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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
8/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅷ

下手くそな表現ですがちょっと生々しい所があるかな? 

 第2男子寮


 寮周辺の防犯カメラの視界外を通り、寮の住民と遭遇しないよう静かに寮の階段を登り。曲がり角や階段の上下に耳を傾けながら上へと進む。

 運が良かったのか誰とも遭遇せずに目的の階に到着。突然住民が出て来ないかビクビクしながら廊下を足音殺して歩く。

「後ろ見ていてくれ」

「む」

 前後を警戒しながら自分の部屋の前までたどり着くと、手早く玄関の扉の鍵を開けて暁から中に入らせる。

(これから毎日、こんなのが続くのか……男子共を気軽に部屋へ呼べなくなるな)

 最後に左右を見回してから扉を閉める。暁は既に土間から廊下へと上がっており、リビングのドアを開けて中へ入って行った所。

「何日間続くのやら……」

 小さなため息がこぼしつつ自室に入る。鞄をベッドの上に放り投げ、上着はハンガーに掛けてから壁の服掛けに吊るしておく。

 腰のホルスターと予備弾倉のマグポーチ、吊るしていたナイフを机の上に置き。安全のため銃の弾倉を抜いておく。

(今日は何の料理がいいかなー)

 机の本棚から手頃なレシピ本を抜き取り、ページをめくりながら自室を後にする。

「暁、晩飯で食べたい物はある……か……」

 視界に飛び込んできたのは白いブラウスの暁の後ろ姿。どう言う事か身に付けているはずのスカートが無く、ブラウスの裾からはみ出ている黒い下着に覆われた臀部が見えてしまっている。

「ん? 私はどのような料理でも構わないぞ」

 牛乳パック片手に振り向く暁。最悪な事にブラウスの前が開いており、黒いブラジャーに覆われた形の良い胸が一瞬だけ見えてしまう。

「……じゃあ、魚でもいいか?」

 直視するのはちょっと気が引けるので視線を逸らしつつ話を続ける。

「ふむ、シンプルな物も大好きだぞ」

「わ、分かった」

 冷蔵庫の中を確認するため台所へ。冷蔵庫の中のチルド室をのドアを開ける。

(真アジの開きが二尾……適当に焼き魚でいいか)

 魚の入ったトレーを取り出しつつ今後の事を考える。

(今日から一人分増えるし、明日か今日の夜辺りに買い物に行った方がいいな)

「私も手伝うぞ」

 牛乳パックを戻しに来た暁が袖まくりしながら意気揚々と申し出て来る。

「暁は休んでいていくれ」

 即座に申し出を断る。暁の作る料理は冗談抜きでNBC兵器(大量破壊兵器)に値する。手伝おうとする気持ちは大変嬉しいのだが、自分の胃腸は決して強靭(きょうじん)な物では無いため作らせるわけにはいかない。

「ほ、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。それより暁は料理じゃなくて部屋の準備をしたらいいんじゃないか?」

 暁の背中を押して台所からリビングへと押し出す。

「料理への情熱は昨日説明しただろ? だから、俺に任せてくれ」

「う、うむ……」

 少し驚いた様子の暁。本人にはちょっと悪いが自分の生命が最優先なので仕方が無い。

「あと、その格好は少し露出が多過ぎるんじゃないか? せめて短パンくらいは穿いてくれると助かる」

 ブラウス一丁の格好を指摘。自分の格好の露出具合に気付いたのか、恥ずかしそうに裾を押さえる暁。

「す、すまなかった」

 ソファの背にかけられていた制服類を小脇に抱えて、廊下へと出て行ってしまう。

(なんで気付かないんだよ……普通は気付くだろう)

 もしかすると、安住する事が決まって気が抜けていたのだろうか。

(いや、昨日も似たような感じだったからな……もしかしたらオンの時と、オフの時がハッキリしてしまう性分なのか?)

 夕飯制作に取り掛かりながら暁の一連の様子を思い出す。

(まあ、嫌が応でもその内慣れるだろ)


――そして、無事に夕食を終えて、午後8時を過ぎた頃。突如、玄関の方から呼び鈴が鳴り響く。

 万が一にそなえて暁は奥の方に引っ込めておく。

「はい」

 玄関の扉を開けると黒いスーツを身に付けた男性が立っていた。

「こちらは508号室で間違いありませんか?」

「そうですが……」

「フィンランド大使館の者です。ミス・カナデから連絡を受け、お荷物を届けに参りました」

 男性が横に置いていたブランド物の大きなキャリーケース三つと見覚えのあるクラブバッグ一つの計四つをこちらに渡して来る。

「あと、ハルヴァラ氏からミス・カナデ宛てに封筒が届いておりましたので御本人にお渡しください」

 分厚い茶封筒を手渡され、言葉も足早に無く去って行ってしまう男性。

「今のが業者……?」

 寮の正面の道路を見下ろすと、道端に一台の黒塗りが停まっている。暗くて詳しい車種は分からないが、ボディと分厚さからして要人輸送用の防弾性なのは確かだろう。

(さっきの男性がフィンランド大使館の人? いやいや、軍人か『ソッチの人間』にしか見えなかったぞ)

 疑問に思いながら暁の荷物を部屋の中に運び込むと、リビングの方から暁がやって来る。

「届いたのか」

「おう。あと、ハルヴァラって言う人からお前宛てに封筒が届いていたってよ」

 分厚い封筒を暁に手渡す。

「この四つは昨日使った部屋に運んでいいんだろ?」

 暁が封筒の一面を見た暁の表情が曇る。

「……ん? ああ頼む。それと、ベランダを少し借りるぞ」

「おう」

 詮索はよくないので言われた通りに暁の部屋へと重たい荷物を運びこむ。

(さっきのオッサンと言い。謎の人物からの封筒と言い……厄介な事にならなきゃいいんだが)

 リビングへ戻ると。防弾ガラス一枚で隔てられた窓の向こう側では暁が誰かとスマートフォン越しに会話していた。どちらからも話し声は聞こえて来ないが、見られながらの会話はあまり良い気分では無いはず。

(部屋でまったりしてますかね)

 武学園の敷地内にある店は24時間営業なので、買い物は9時を過ぎてからでも大丈夫だろう。

 自室へ入ると制服から野暮ったいジャージに着替え。銃の整備をするため机に向かう。

(霧ヶ峰の奴め。安全装置の掛っていない銃を投げるなんて……きちんとガン・ハンドリングを習わなかったのか?)

 小さな擦り傷が増えた愛銃を簡易分解してガタ付きや異常が無いかチェック。銃に入っていた弾倉と予備弾倉から、スプリングのヘタり防止のために残っていた弾をプチプチと抜き、プラケースに入れておく。

 今日はナイフと銃剣は使わなかったのでチラッと見まわしてから放置。そして一番お世話になった減音器を取り出して様子を確かめる。

(この減音器も使って1年経つのにまだまだ使えそうだな。さすが一本で6万円)

 減音器は弾丸やメンテナンスのオイルと同じ消耗品。モノによって消耗具合はバラバラだが、自分の使っている減音器は値段相応に高品質な物。

「やっぱりバックアップ用に別なの買っておこうかな……」

 本棚に仕舞われた銃のカタログを取り出し、フルカラーのカタログページをめくる。最近はポリマーフレームのセルフディフェンス(個人防衛)用の拳銃が人気らしいが、武学生にとっては火力が少し不足気味。

 頬杖ついてカタログに視線を落としているとドアがノックされる音。

「影海、少し話がある」

「今行く」

 銃を組み立ててホルスターに突っ込み。廊下に出ると、黒いパーカーに短パンと言う薄手の格好をした暁が腕組みして立っていた。

「どうした」

「用事で少し外に出る。すまぬが買い物には付き合えそうにないぞ」

「分かった――そうそう、ついでだしお前に鍵渡しておくよ」

 ドアを開けたまま一旦部屋に戻り、机の引き出しからスペアキーを取り出す。

「ほれ、これなら俺がいない時でも出入りできるだろ」

 銃弾のイミテーションが吊るされた寮部屋の鍵を暁に渡す。

「すまぬな。帰るのは深夜か明朝になる」

 暁が足早に出て行くと1人取り残される。どうせこの後は特にする事は無いしもう買い物しに外出しても大丈夫だろう。

 部屋の電気を消し、財布と携帯電話をポケットに入れて。スーパーマーケットへと歩き出す。第2男子寮からスーパーマーケットまで10分程度の距離なので、夜景を楽しみながら夜の島を一人歩く。

 都市部の喧騒や、南区の方角から聞こえてくる飛行機の音。時おり銃声がするのはきっと、夜間の射撃訓練でもしている勤勉な奴がいるのだろう。

(もう2年生か……ついこの間まで1年生だったのが嘘みたいだな)

 武学園の入試は非常に簡単な筆記試験しか行われない。筆記試験の後は数日間に渡って一人一人の個人面接が行われ、合格通知が貰えれば晴れて武装学生になる。

 そして、新入生は入学してから武学生としての基礎、知識、技術を1年間の内にみっちりと叩きこまれる。基本中の基本である『ガン・ハンドリング(銃の取り扱い)』や。軍隊式の戦闘技術や警察の技術を改良した『無力化戦闘技術』他にも『弾道学』や、武学園および武学生に適応される法律、国際条約、規則と言った物まである。

 基礎訓練の段階で厳しさのあまり退学する者も多く。去年――つまり自分が1年生だった年は1年間の内に13人の自主退学者が出たと聞く。

 ある先生いわく『入学前の個人面接や筆記試験はただの通過点。本当の入学試験は2年生へ進級するまでの1年間』らしい。

(3年生へ無事に進級できるか心配になって来たな……)

 左腕の古傷を擦りながら街灯に照らされた夜道を一人歩く。

 そして、目的のスーパーマーケットに到着。店の前には武学園所有の四駆(ジープ)が停められており、どうやら自分以外にも利用者がいるのだろう。

 ちなみに店の規模は中程度で、取り扱っている品物は海外の輸入食品から国内の食料品から基本的な雑貨品までと、多彩な種類が揃っている結構便利なお店。

 しかし、利用客――つまり利用する武学生は少なく。自分のような料理好きの酔狂な人間や教員寮に住まう先生方くらいしか利用する者がいない。

 積み重なったカゴを手に取りカートに乗せると、自動ドアをくぐり抜けて店内へと入る。店の中はスッカラカンで本当に経営が成り立つのか疑問に思ってしまうほど人がいない。

「ほうれん草、もやし、人参、玉ねぎ、じゃが芋……」

 メモ用紙と陳列された品物を交互に見ながら、静かな店内をゆっくりと歩く。

「――が無いぞ早苗」

「学園の敷地内の店でウイスキーが売ってるわけ無いだろう。頭の中までアルコール漬けになったのかい由香?」

 棚の向こう側から聞こえて来る聞き覚えのある声。

「――ああ、消毒用の高濃度アルコールでも持ってきてあげようか。火炎瓶を大量に製造出来るほどあるよ」

「私を殺す気かお前は」

「刺しても撃っても死なない人間なら、毒物か化学物質で殺すしか方法がないからね」

 活気の無い少し低めの女性の声。

(この声は……衛生科の八代と柊かよ。絡まれたらアウトの二人じゃねえか)

 衛生科の八代こと――八代早苗(やしろさなえ)は中央支部の衛生科の科長を務める(一応)偉い人物。常に気だるそうな表情を浮かべた影のある顔立ちと。無造作に伸ばされた茶色の長髪に、不健康そうな白い肌。薬品と手術時の返り血で薄汚れた白衣がトレードマークで一年中同じ物。

 衛生科の奴によれば、睡眠不足と重度の慢性のカフェイン中毒者であり。定期的にカフェインを摂取しないと支離滅裂な言動が発生するらしい。

 極め付けには『都市部の薬物中毒者(ジャンキー)に医療用の麻薬モルヒネを横流ししている』や『ボディーバッグ(死体袋)で寝ている』などと言う聞きたくも無い噂が生徒内で流れている『ある意味でヤバい教師』としても有名である。

 過去に何度かお世話になった事があり。会うたびに『君の脳を解剖させて欲しい』だの『君の脳は非常に興味深い。是非ともサンプルとして提供してくれ』だのと。頭のぶっ飛んだ事を言って来るヤバい人物として自分は認識している。

――だが、医術関係に関しては中央支部随一と言っても過言ではない腕前。外科医、内科医、心理学、神経科学と様々な学問にも通じていおり、衛生科の生徒や先生型は本人を非常に敬っている。

(チクショウ……だから四駆(ジープ)が停まってたのか!)

 逃げようにも相手は柊。無限に近い体力と、美夜に匹敵する程の怪力の前から簡単に逃げ切れる者は中央支部の武学生の中では誰もいない。

「――それと、棚の向こう側に一人盗み聞きしている人物がいるようだが……この臭いは影海君かな」

 心臓が鷲掴みにされた様な圧迫感。全身から冷や汗がドッと噴き出る。

「なに?」

 棚の隙間から覗いた柊と目が合ってしまう。

「こ、こんわんば柊先生……」

 あまりの恐怖に変な言葉が出てしまう。

 向こう側から二人が近付いて来る足音。今すぐ店から逃げ出して自室のベッドに潜り込みたい……

「おう、影海」

「やあ、今日も良い夜だね影海君」

 私服に身を包んだ柊と八代の二人がカゴを片手に話しかけて来る。柊は女性らしさが微塵も感じられない黒の半袖シャツと緑色のカーゴパンツ。八代は黒色のブラウスとジーパンの上に白衣と言う奇妙な組み合わせ。

「ぐ、偶然ですね、あはははは……」

(こちらから何もしなければ被害は無いはず。ここは穏便に済ませるんだ)

 しかし、狂人の八代はさらに上を行き……

 突如、顔を近づけると。動物の様に鼻を鳴らして自分の首周りを嗅いで来る。

「……影海君。今日はどれほどの異性と触れあったんだ? 織原くん以外の知らない匂いが二つ……いや、三つもあるぞ」

 寸前まで迫った八代が訝しげな表情で見上げて来る。

「なに変な事言ってるんですか!?」

 慌てて後ろへ下がり八代から距離を取る。

「一番濃いのはフローラル系のオードトワレか。混ぜているのはイランイラン、ジャスミン、マグノリア……随分と高価そうな物だな、裕福な人物か?」

 どう言うわけか、疑ってしまう程に八代は非常に『嗅覚』が鋭い。今のように詳しく当てるのは日常茶飯事で、調香師やフレーバーリストでも食っていける程の鼻。

(該当しそうなのは――暁か? たしかにアイツの後ろを歩くと花の様な香りはしたような気がするが……)

「あとはオーデコロンのオリエンタル系とシプレ系か。その内、織原君に股間をもがれるぞ?」

「そう言う痛々しい話は止めてくださいよ……大体、今日は依頼で都市部にいたんですよ。そりゃあ他の人の臭いもしますって」

「由香。影海君は本当に都市部へ行っていたのかね?」

「ああ、朝イチの緊急依頼でな。同行したのは織原、月島、高向の3人だ」

 柊は武学園に集まる依頼の管理担当でもあるのでスラスラと答える。

「なるほど……私の思い過ごしだったか。すまないな影海君」

「本当ですよ。それじゃ自分はこれで――」

 カートを押して逃げようと踵を返すが、後ろから襟を掴まれて引き止められる。

「少し聞きたい事があるんだが……時間は大丈夫か?」

 背筋が逆立つような笑みを浮かべる柊。何もしてないのに……

「なっ、な、何でしょうか柊先生」

「お前の部屋に暁を送り込んだのが私だってのは本人の口から聞いているだろう?」

「ええ、おかげで散々な目に遭いましたよ」

 出来たてホヤホヤのNBC兵器食べさせられたり、精神的試練を与えられたり。思い出すだけで腹が痛くなってきそうだ。

「――それで。暁は今もお前の部屋に宿泊しているんだろう?」

 思わず回答に困ってしまう。肯定したら教師に発覚して処罰。否定したら拷問まがいの尋問で無理矢理聞き出される……どちらにせよ終わりだ。

「学園長は同居に対しては何も言っていない。むしろ面白がって笑っていたよ」

「どこに笑う要素があるんですか……」

「で、実際はどうなんだ?」

「はぁ……そうです。本人は連絡が来なくて困っていましたよ」

 すると、珍しい柊の少し気不味そうな表情。

「その事なんだが、第二女子寮の部屋が満員どころか定員オーバーしていてな。暁の寮部屋が無い状態なんだ」

「あれ、第二女子寮って4人部屋と言うか、数人ずつの複数で使っていましたよね?」

「そうだ、どの部屋も全部が使われていてな。空きが無いから第2男子寮の影海の部屋に避難させた――と言うか、なぜお前は女子寮のシステムに詳しいんだ?」

 疑いの眼差しを向けて来る柊。睨むだけでも人体に影響が出る事を本人は知らないのだろうか。

「み、美夜から聞いたんですよ」

「まあいい――それでだ、第二女子寮の増築が終わるまで暁を泊めてやれ」

「どれくらいの期間ですか?」

 武学園の技術力なら1カ月もかからないはず。

「着工が来週の月曜日で。完成予定が今年の冬先か中旬辺りだな」

「マジッすか……」

「普通に生活すればいいだろう。もし学生の本分を逸脱するような行為をしたら、無期停学と厳罰処分、教育的指導のフルコースで処理してやる」

「分かりやすく言うと君と暁君とヤッた事がばれたら社会的に抹殺されると言う事だ。まあ、君は日頃から女性と交流があるからそこら辺のやり繰りは得意だろう?」

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、左手で作った輪に反対の右人指し指を抜き差しするドストレートなセクハラジェスチャーをする八代。

「止めろ」

 八代の後頭部を叩く柊。

「それと、生徒会と風紀委員には絶対に知られるなよ。土御門はお前と交流があるからある程度は融通が利くと思うが、藤の場合は風紀委員の荒事専門の生徒を引き連れて処罰しに来るぞ」

 脳裏に思い浮かぶ二人の顔。

「私からの話は以上だ」

「隣の住人にはどう説明したらいいんですかね……」

「適当に言い訳しておけ。誤魔化すのは得意だろう? 昨日の授業の嘘はあからさま過ぎたがな。まあ、善処する事だ」

 八代の首に腕を回すと無理矢理と引きずり、レジの方へと去って行ってしまう柊。

「影海君! 次こそ私の研究に付き合ってもらうからなー!」

 引きずられる八代の間抜けな声。

「……ばれてたのかよ」

 自分の小さな呟きは、静かになったスパーマーケット店内へと染みるように消えて行った――


 時を同じくして都市部《西区・ヨットハーバー》


 都市部の中央区から西側に進み。防砂林帯の役割と住宅地を兼ねる山から、大きな道路を挟んだ所に位置する、中規模のヨットハーバー。

 港にはボラード(係留杭)にロープで繋がれた無数のヨットや大小様々なプレジャーボートが小さな波に揺られ、一番端には一隻の大きなプレジャーボートが夜になっても煌々と光を放っている。

 港の淡い外灯に照らし出された静かな波止場を一人の少女が歩く。黒いパーカーと膝丈の短パンを身に付け、無骨なカーキ色のタクティカルシューズを履いた男子の様な格好。目深のフードを被り、灯りに照らし出された顔は年頃の端正な少女の物。

 しかし、整った顔は心底面倒そうな表情。少女が溜め息を吐くや、波止場に生ぬるい潮風が吹く。

(どうして私がこんな目に遭わなければならないのだ……)

 内心でブツクサと文句を垂れ流す少女――暁奏は一人、波止場を歩く。


――今から十分ほど前。第2男子寮を後にした暁が道路へと出ると、道路の左右を一瞥。すると、寮から死角の位置に停められていた外務高官専用車の運転席のドアが開き――先程、幽の部屋に荷物を運びに来た男性が丁寧な仕草で後部座席のドアを開ける。

 不機嫌な表情の暁が乗り込むと、男性が運転席へと戻り音も無く車が発車した。

 豪華な革張りのシートと広々とした車内に、分厚いドアと防弾ガラスのウィンドウ。

「……で。私に何の用だ?」

 腕組みした暁が正面を向きながら、英語や日本語では無くあえてフィンランド語で切りだす。

 すると、暁の隣――眼鏡をかけ、くすんだ金髪の男性がA4判の用紙と小型のヘッドセットを差し出す。

「夜分に大変申し訳ございませんミス・ハルヴァラ。こちらが資料になります」

「ハルマー、くだらない内容だったら車内を血の海にするぞ」

 刺すような威圧感が車の中を包み込み、ハンドルを握る運転手の(てのひら)に嫌な汗がにじみ始める。

「いえ、今回は日本のPSIA(公安調査庁)とMOFA(外務省)から直々の指名依頼です。詳しい内容はお手元の資料に書いていますので」

 会話しながら用紙に目を通す暁。

「ふん、私のような一介の武学生ではなく国の荒事専門班でも処理出来る物ではないか」

「いやあ、外務省の連絡員から連絡がありましてね『熊』が日本に一個部隊送り込んだらしいんですよ。お陰でどこもかしこも大忙しで人手が足りない……まあ実際の所は二方から『ミス・ハルヴァラの実力がどれほどか見てみたい』と直に言われましてね。なにせ私は大使館のイチ職員なもので……断れなかったんですよ、本当です」

「癪だな」

(ロシアが一個部隊を投入? 霧ヶ峰が日本にいるタイミングで……? 何をするつもりなのだ……)

 車は武学園の島を出ると都市部へと繋がる大橋を進む。

「それと、今回の依頼は秘匿扱いなので事後処理は政府の清掃班が秘密裏に担当します。血で汚すのは良いですけれど、船を爆発させたり破壊させたりするのは止めてくださいよ? 私の給料が減給して――」

 パーカーの下に隠したナイフの鞘をコツコツと苛立ちげに小突く暁に目もくれず、ペラペラと喋り続ける眼鏡の男――『ハルマー』ことエルッキ・ハーヴィッコ外交官。

「――ちょっとミス・ハルヴァラ、私の話聞いてます? 銃声で耳が遠くなりました?」

 暁の裏拳がハルマーの鼻頭目がけて飛び――寸前の所でハルマーが顔を後ろに逸らして回避する。

「分かったから黙れ。それと『ハルヴァラ』と呼ぶな、その口を裂くぞ」

「これは失礼を――それではミス・アカツキ。『清掃』が終わりましたらいつもの番号にご連絡下さいね『清掃課』を向かわせますので」

 ハルマーの言葉と同時に車が停まり。数秒の沈黙が流れる。

「……」

 反応しないまま自分で後部座席のドアを開け、車から出ると蓄積した鬱憤を晴らすようにドアを閉める暁。

 すると、ウィンドウが降り始め、車内のハルマーが顔だけ向ける。

「それと、お役人方に状況が分かるようにヘッドセットにはカメラとマイクが付いておりますので。それでは頼みましたよ」

 ハルマーがウィンドウを閉めると車が静かに発進し、数秒と経たずに中央区の方へと消えて行った。

「…………はぁ」

 溜め息を吐き、暁は目的の船が停められ方へと歩き始めた。


――これで七回目の溜め息だ。溜め息を吐く度に幸せが逃げるとしたら、今の私は非常に不運な状態なのだろう……

(ハルマーから呼ばれていなければ。今頃は影海と武学園のマーケットでのんびりと買い物が出来たはずなのに……)

 どこか頼りなさげで気の優しそうな、あの男の情けない顔が浮かぶ。

(影海幽か……)

 中央支部の学園長や教師達から目を付けられ、Sクラス武学生や普通の武学生達とも交友を持つ奇妙な奴。

 自分の振るう刃を全て避け、あまつさえ噛んで真剣白刃取りをする規格外中の規格外。

(あの異常さは一体何なのだ? 放り投げたナイフを歯で噛み止めるなど……普通の人間が出来るはずが無いぞ)

 訓練で組み倒されたのは過去に何度も経験しているから驚く程では無い。だが、投げたマチェットを片手で受け止め、歯で真剣白刃取りする人間など今まで一度も会った事が無い。

(だが、書類上での影海は『Bクラス』だった。しかし、武学園の不備はありえないし、教員側が手抜きを見抜けないハズが無い……)

 夜の海を眺めながら拾った小石を片手で(もてあそ)ぶ。

(残るは『教師の買収』か『武学園側の手違い』が残るが……前者は普通ありえないし。後者は確率的にとても低い)

 ふと、頭の中が影海の事で一杯だった事に気が付き。今から始まる掃除に意識をむりやり向ける。

(何をやっているのだ私は……今まではこんな事など一度も無かったのに……)

 身に付けたナイフの重みを再度意識し、思考を戦闘用に切り替える。先程、頭に叩き込んだ船の見取り図と対象の情報を整理。

(迂闊に手出しが出来ない大物政治家へ『玩具』を売りつける人身売買組織のボスか……バクテリアの餌にすら惜しい程のクズだな)

 防刃の手袋を両手に嵌め、身に付けた刀剣類、非殺傷手榴弾、拘束バンドと言った装備をチェックしながら近づいて来る大きなレジャーボートを遠目から観察。

(情報によれば武装した護衛が船内に最低で5人以上。船外の周辺に変装した護衛兼見張りが1人、残りは利用客、ボス、そして『玩具』か……)

 船内で行われているであろう行為を想像しただけで怖気が背筋を走る。

 船との距離が100メートル辺りを切った所で、前方に1人の釣り人がいるのを確認。

(外の見張りが1人とは……間抜けなのか?)

 お互いの容姿が見える距離まで縮まり――こちらを向く見張りの1人。こちらを見定める様な表情を浮かべ、腰に手を伸ばそうとするが――遅い。

 手にしていた小石を喉元目がけ投擲。狙い通り投げた小石が見張りの喉を打ち、衝撃と痛みに崩れ落ちながらのたうち回る。

 姿は釣り人の格好だが、上着を開いてみると腰のベルトには黒いヒップホルスターが装着されており拳銃が入っている。

 地面へ後頭部を叩きつけるように蹴りつけて気絶させ、銃と無線機を取り上げる。

(9mmか。大口径じゃなくて助かったな)

 手足を拘束し、抜いた弾倉と薬室の弾と無線機もろともクーラーボックスに放り込む。

(残りは船内の護衛共か)

 見張りを放置して歩き出し――徐々に近づいて来る目的の船。全長は大よそ50メートル程か、日本での個人ボートとしては些か大きく。操舵室の横長な窓と船体の側面に設えられた窓からは微かな光が漏れ出している。

 どうした事か見張りが誰1人としておらず、接岸された船の左舷船尾側から中へと安易に侵入できてしまう。

 見回してみると船尾の後部デッキは広く。中央には長方形のテーブルと白い細身の椅子が置かれ、その近くには下へと続く小さな階段が。

 パーカーの前を開け、船首側へと伸びる左舷側の細い通路を進む。上階のデッキへと昇るとすぐ横に操舵室へ繋がる扉が。ガラス越しに中を覗き込んで見ると、中には2人の男が壁際に設えられた豪華な革張りの大きなソファに腰掛け、足を投げ出しくつろいでいた。

 2人の傍らに置かれた拳銃は先程の見張りが持っていたのと同じ物。

「おい、外の見張りから定時連絡が無いぞ」

「あ? 釣りに熱中し過ぎて忘れているんだろ、前もあったじゃねえか」

 ポルノ雑誌に目を落とし、無線機に耳を当てる眼鏡をかけた男へ面倒くさそうに適当な返事を返す奥の短髪の男。

「一服ついでに様子を見て来る」

「おう」

 眼鏡をかけた男が銃を腰のホルスターに仕舞いながら立ち上がると、煙草の箱とライターを取り出しながらこちらへと歩いて来る。

 身に付けたハーネスから投げナイフを抜き――扉が開いた瞬間、通路に出て来た男の顎に掌底を突き込む。男を気絶させると同時に開いた扉の隙間から操舵室に飛び込む。

「……っ!」

 予想外の事に驚いた男が銃に手を伸ばすが――入ると同時に投げた投げナイフが手甲を貫き、反応を一瞬だけ遅らせ一気に距離を縮める。

 動かないよう両大腿を横に切り付け、こちらを掴もうと伸ばした左掌をナイフで貫いてソファに縫い付ける。

「騒ぐな」

 胸倉を掴み新たに抜いたナイフの先端を口にねじ込むと、肉の裂ける感触が伝わって来る。

「はっ、ふふぁ」

「正直に答えろ。騒いだら耳をそぎ落とす。この船には総勢で何人が乗っている?」

 血の付いたナイフを引き抜き、右耳の根元に刃を僅かに食いこませる。

「ひゅ、10にん……」

 力を込めると、涙目の男が呂律の回らないまま血涎を垂らして泣き叫ぶ。

「ほ、本当だ! ひた甲板ひぇガキとヤッていふ!」

「そうか」

 ナイフの柄尻で男の顎を殴打し気絶させ、取り出した拘束バンドで止血と拘束を済ませる。外の通路に横たわっている男を操舵室に引きずり込み、同じように拘束。

(10人か、十分も要らぬな)

 見れば機材の一番端に置かれたモニターには船内の映像が複数映し出され。画面の向こうでは複数の男達が3人の少女を囲んで行為に耽っている。

 血の付いたナイフを男のスーツで拭き取ると、使い慣れたカランビットを逆手で引き抜き、操舵室から右舷側の扉を抜けて下甲板へと続く小さな螺旋階段を足早に降りる。

 次第に下デッキの方から漂って来る甘みのある嫌な臭いと、鼻を突く生理的嫌悪を覚える不快な生臭さ。

(汚らしい)

 メインデッキを通り過ぎ、下甲板にたどり着くと臭いはさらに濃くなり思わず顔をしかめてしまう。

 そして、すぐ近くにあった扉を開け――視界に飛び込んで来る機械を通さない直の光景。

 ベッド上で獣の様な声を上げ、自分より小柄な少女と情事に耽る醜く太った男。

 近付き男の肩に渾身の蹴りを叩き込んで、ベッドから蹴り落とす。床に転げ落ちた男は突然の事に反応が遅れている。

「な、何だねキミは!」

 耳障りな声に虫唾が走ってしまう。ここまで人と言う存在は堕ちるのか?

「お前に答える義理は無い」

 ベッドで横たわる少女を見れば、目は虚ろで右腕には注射の痕が残っており、口角からは白濁した涎が垂れている。

「外の警備は何をしているんだ!? 誰かいないのか!」

 湧き上がる怒りを必死に抑え、全裸の男へと近付く。

「わ、私が誰だか知っているのかね! 国会議員だぞ!」

(知っているさ。金と権力で我が物顔に生きているゴミすら惜しい存在だ)

――数分後。船内にいた国会議員4名と人身売買組織の社長、幹部、護衛の計6名は刃傷だらけの身体で夜の海へと叩き込まれる事となった。


次回も頑張りますん

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