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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
7/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅶ

メッチャ遅れました

 時間は進み放課後。平日最後の授業が全て終了し、柏先生が連絡事項を言いに教室へと入って来る。

「えー、柊先生から伝言があります『土日の予定が混みあい補習は無し』だそうです。皆、大切な休日が潰れなくて良かったね~」

 先生が教室から出て行った途端にワラワラと群がって来るクラスの女子達。だが、目的は自分では無く――左隣りの席に座る暁。

「暁さん、街へ遊びに行こうよー!」

「いいねー! カラオケ行っちゃう?」

「どうせ明日暇だしオールでも大丈夫でしょ!」

「うっわ不良じゃん、マジ引くわー」

「男漁りに都市部のゲーセン巡りしてるアンタに言われたかないね」

 極力女子共を刺激しないように、静かに鞄へ道具類を詰め込んで非難する。

「……ユウも弾かれたか」

 飴玉に群がるアリの様に群がる女子達に怖がる斎藤が話しかけて来る。どうやら同じように弾き出されたらしい。

「あいつら怖すぎだろ……真ん中の暁さんが若干引いてるぜ」

「珍しい物好きなんだろ。それとインカムありがとうな」

 ポケットに仕舞っていたインカムを斎藤に返却する。

「おう、どうだったよ使い心地は。出来れば悪い所を挙げてくれ」

 小さな手帳を取り出してペンを構える斎藤。こう言う所は細かいのに、他の所がズボラなのが勿体ない。

「そうだな……耳掛けタイプは便利なんだが。ちょっとフィット感が心許ないと言うか」

「あー……ふとした衝撃で外れそうとか、落っことしそうとか?」

「そうそう」

 真剣な表情で手帳に書き込んでゆく斎藤。

「なるほどなあー……それ以外は何かあるか?」

「それ以外は特に無い。携行性は良かったし音声もクリアで聞き取りやすかった」

 犯罪の現場では常に状況は変化し続ける。特に通信関連は重要で、現場を走り回る武学生にとって情報伝達の手段とは命に関わる大切な物である。

「そうかそうか。よし、後は美夜ちゃんと月島さんにも聞いておくか……」

 この後に何かの用事でもあるのか、教室の壁に掛けられた時計を見る斎藤。

「おっと! そろそろ行かねえとアイツにケツ蹴り上げられるな……じゃあなユウ」

 鞄を片手に斎藤が足早と教室から出て行く。

(さて……ニアからは連絡はまだ来ないし。美夜でも起こすか)

 年頃の女子高生とは思えない顔で爆睡する美夜の元へと足を運ぶ。腕を枕に、小さな口を空けた間抜け面。

「おい起きろ。授業終わったぞ」

 肌荒れ一つ無い柔らかな頬を軽く叩きながら呼びかけるが、起きる気配が全く無い。

「うぅん……」

 悩ましげな声を漏らすと組んだ腕にもぞもぞと顔を埋め、一向に起きる気配が無い。しかし、美夜と少し話す事があるので寮へ帰るにも帰れない。

(どうせこの後は何も無いし適当に待ってるか)

 美夜の隣は既に教室から出て行ったので席を借りる。大事な休日を課題で潰すのは避けたいので今の内に終わらせてしまう。

(クソッ……なんで高校生が弾道学の腔圧曲線なんかを勉強しなくちゃいけないんだよ)

 数分ほど教科書とにらみ合い、今すぐ教科書を窓から放り投げたい衝動に駆られつつも必死に課題を苦労しながら解いてゆく。

「幽ってポンド計算苦手だよねー」

 頬杖ついた美夜が真横から喋りかけて来る。

「やっと起きたか」

「眠気には勝てないからね、しょうがないしょうがない」

 忌まわしい勉強道具類を鞄に押し込み、美夜の方に向き直る。

「大事な話がある」

「挙式の話? どうしよう……私達まだ高校生だよ」

「椅子に縛り付けるぞ」

 制服の内ポケットから余っていたタイラップを取り出す。

「あはは冗談よ冗談。ゴメンゴメン――」

 ケラケラと笑い飛ばす美夜。

「――霧ヶ峰の事でしょ?」

 ふざけた雰囲気から一転。声のトーンがほんの僅かに下がり、武装犯とカチ会う寸前の剣呑な雰囲気に変わる。

「そうだ。ふざけた窃盗犯だとは言え、奴を野放しするのは武学生として見過ごせない」

「現行で暴行、銃器違法所持、武学生への活動妨害が付いてるからね。最近起きてる下着泥棒の件も十中八九アイツだろうし逮捕は可能でしょ」

 半年前の窃盗事件も足せば逮捕する理由には十分。

「でも、アイツの情報って外見くらいしか分からないよ私達」

「あとは時々使っていた妙な外国語くらいか」

「どこかで聞いた事ある言葉なんだよね、どこだったかなー……」

 普通科目の英語すら難儀していると言うのに、英語以外の言語を聞いただけで分かるはずがない。

「外見はいくらでも変えられるから材料にはならないしな」

「私、容姿解析はあまり得意じゃないんだよねー」

「知人で日本語と英語以外の言語が分かる奴はいないのか?」

「月島さんはフランス語喋れるらしいけど……」

 後ろの方を見るが、残っているのは暁を捕まえて質問攻めする女子達と数人の男子だけ。話題に挙がった本人は既に帰ってしまっている。

「――そうだ。北ヨーロッパ支部出身の暁なら分かるんじゃないか?」

「あー! 周辺国の言語なら日常的に聞いていたかもね、ちょっと聞いて来るよ」

 颯爽と椅子から立ち上がり、教室の後ろの女子集団へと突貫。美夜の来襲にざわつく女子達。

(暁か……)

 格闘戦で美夜を打ち負かし、閉所戦闘では銃を持った現役武学生に刀剣類だけで圧倒する、ある意味でヤバい奴。

(いやいや、転校してきて間もないのに厄介事に巻き込むのは駄目だろう)

 霧ヶ峰の実力は未知数な所がまだあるし、下手したら大怪我する可能性だってある。

(もしかしたら俺と美夜だけで対峙する事になるかもしれないしな……)

 女子達を遠目から眺めていると、内側から美夜が暁の手を引いて出て来る。

「連れて来たよー」

 引かれた暁は何故か安堵した様な表情。立ち話も難なので椅子を引いてやる。

「おい、どうして後ろの女子共は皆して俺を睨みつけて来るんだ」

「あはは……気のせいじゃない?」

 乾いた笑いで言葉を濁される。

「で、私に重要な話があるのだろう?」

「いや、そこまで重要な事でもないんだけどな……」

 一体、美夜は何を言って暁を連れて来たんだ?

「えっとね、暁さんに尋ねたいことが何個かあるんだけど……いいかな?」

「私でよければ」

 真摯な態度で美夜の願いを引き受ける暁。

「あのさ、暁さんって何カ国語まで話せる?」

 小さく呟きながら指を折って何かを数え始め出す。

「……30以上だな」

『はぁっ!?』

 美夜と同時に叫んでしまい、暁が少しビックリしている。

「地域柄憶える言語が多かったのだ」

「いやいやいや、マルチリンガルの域越えてるだろ」

「じゃあさ、聞いただけでどこの言葉か分かったりしちゃう?」

「うむ、喋ってもらえればある程度は」

 平然とした様子であっさりと答える暁。

(もしかして暁ってかなりの高性能……?)

「ええとね――」

 美夜が霧ヶ峰の喋った言葉をたどたどしく言う。

「……ふむ。その独特な発音からしてロシア語ではないか?」

「ロシア語?」

「そうだ、織原が耳にした言葉は日本語に直すと『久しぶり』と言う意味だ」

「じゃあ『ダスダヴィーニャ』は何て言うんだ? うろ覚えだから間違ってるかもしれないが……」

 去り際に霧ヶ峰が言った言葉を思い出しながら暁に問う。

「それは『さようなら』の意味だ。紙とペンを貸してもらえるか?」

「ん? ああ、構わないが……」

 鞄からノートとボールペンを取り出し暁に手渡す。

「綴りはこうだ」

 見やすい文体でノートに見慣れぬ文字で単語が書き出される。

「うわぁ……何これ、さっぱり分からないよ。幽は分かる?」

「お前でも理解できない物を俺が理解できると思うか?」

 何だよこの奇妙な文字は、一度もお目にかかった事が無いぞ。

「ロシア語ってことはさ……霧ヶ峰ってロシア人?」

「そう……なるのか? 比較対象が中央支部にはいないから全く分からないぞ」

「ふむ、容姿を詳しく教えてくれれば、もう少し詳しい情報が得られると思うが」

(暁さん何だか乗り気だよ幽……どうする?)

 声をひそめて顔を近づけて来る美夜。

(本人が乗り気なら良いんじゃないか?)

 武学生なら厄介事に巻き込まれるのは日常茶飯事だし。腕っ節の強さならそこら辺の男よりは強いから大丈夫だろう。

(うーん……まあ、連続殺人とか猟奇的殺人起こしてる訳じゃないしね)

(それに暁の実力が現場でどれ位なのかも見てみたいし丁度良いんじゃないか?)

 すると、美夜が声を少しひそめて暁に言葉を返す。

「ありがとうね暁さん。でも、教室(ここ)だとちょっと話しづらい話題なんだよね……」

「場所を移すのか。ならば荷を取ってこよう」

 颯爽と自席へ戻って行く暁。再び女子の一団に囲まれて引き止められかけるが、丁寧に断るとこちらへ戻って来る。

 その後ろでは女子達全員が鬼の形相で得物を取り出し始める。

(逃げないと撃たれるぞ……コレ)

「行き先だけど……昨日の屋外運動場で良いかな?」

「分かったから、早く出ようぜ」

 ビクビクしながら教室から出てから廊下を進み、下駄箱で外靴に履き替えると。人気の無い所を探しに歩き始める。

「ねえねえ暁さん、寮の部屋割ってもう決まった?」

「それが音沙汰一つ無いのだ……」

 前を行く二人の後ろ姿を眺めながら外を歩く。

「えっ、それってヤバくない?」

「うむ、もしかしたら今日も泊まる所が無い状態になるかもしれん」

 何故かこちらを一瞥する暁。まさか、また泊まりに来るんじゃないだろうな……

「いっそ幽の部屋に滞在しちゃったら? 手を出すほど度胸ないし、チキンだし」

 後ろから美夜の小振りな尻をあらん限りの力を込めて平手打ち。

「ふぎゃっ!?」

 尻尾を踏まれた猫の様な鳴き声を上げ、前へとたたらを踏む。

「次は蹴り入れるからな」

 振り返ると器用に後ろ向きに歩きながら、自分の臀部を擦る美夜が文句を言って来る。

「ひっどーい! 女の子のお尻叩くなんて!」

「人を馬鹿にする方も悪いだろ」

「だって事実じゃん。……ハッ、まさか幽って女の子に興味無いクチ?」

 右ふくらはぎ狙いの下段蹴りを放つが身軽にジャンプされ回避される。

「普通の男子高校生だ!」

「アッハッハッハ! 冗談よ冗談」

(足引っ掛けて後頭部から転べばいいのに……)

「ふむ、美味しい食事付きに個別で静かな部屋か……魅力的だな」

 真剣に検討している暁。

「いやいやいや、普通に考えてそこは拒否してくれよ」

「そうか? 前の支部で男女同衾(どうきん)など珍しくなかったぞ?」

 さすが海外育ちだ、価値観が全く違う。

「へー! その話、ちょっと気になる」

 ゴシップ好きの美夜が反応早く食い付いて来る。

「微妙に話が違うのだが北ヨーロッパ支部は少々特殊でな。学園側は生徒達に自立意識を促すよう基本的に何もしないのだ」

「え、授業とか訓練も?」

「うむ。教官や教師は基本的に受け身で生徒が何らかの行動を起こさない限りは何もしない。授業を受けるも受けないも生徒の自由だからだ。もちろん休めば休むほど自分の首は絞まってゆくがな」

「それって教育的に問題は無いのか?」

「――たしか日本はハイスクールまでが義務教育なのだろう?」

「ハイスクール? ああ高校か……そうだな、小学校と中学校が義務教育で高校から自由教育だ」

「武学園は自由教育の範疇(はんちゅう)であろう? だから受け身なのだ。本当に学びたい人間は自ら学校の門戸を叩き、知識と技術を学びたいがために自ら学ぶ」

 暁の言葉に感心しつつ耳を傾ける。

「で、本題に入るのだが……教育と同じように学校での生活も同じだ。最低限の衣食住は学園が用意しているが、それ以外の事は全て生徒に一任されている。仲良し同士で生活するのも良し、恋人同士で生活するのも良し、組んだ『班』で生活するのも良し」

 美夜が元気よく挙手。

「はいはい質問! その『班』って言うのは何ですかー?」

「簡単に説明すると武学生同士で『小隊』や『分隊』を作るシステムだ。最低数は二名で、同じ学年の者となら誰とでも組める」

「その班ってのは北ヨーロッパ支部だけなのか?」

「おそらく。班を作ると色々な恩恵があってな、武学生としての活動が楽になるのだ」

「へー」

 ここ(日本)と欧州圏の教育は本質と言うか根が全く違うんだな。一つ大切な事を学んだかもしれん。

「だから同衾は全く気にしないぞ」

「そこでその話に戻るか? 別な話題にしてくれよ」

 屋外運動場まで距離はあるので話している内に到着するだろう。

「むう……ならばどのような話が良いのだ」

「はい! 付き合っていた男の子とかはいましたか」

 遠慮する気皆無の美夜の質問。

「過去も現在もいない、この先は分からぬが……」

「好きなタイプは!」

「私より腕の立つ人間だ」

 それってかなり限定されると言うか物理的に難しいんじゃ……

「好きな食べ物は!」

「砂糖を沢山入れたミルクコーヒーとコルヴァプースティ」

 聞き慣れぬ異国の料理に思わず反応してしまう。

「そのコルナントカってのはどんな物なんだ?」

「こちらで言う『平手打ちのシナモンロール』だな。甘さ控え目で美味しいのだ」

 何だ、意外と女子らしい所もあるじゃないか。

「幽、まさか作る気じゃないよね……?」

「作るに決まってるだろ」

 ため息を吐き、少し呆れた様子の美夜。

(小麦粉は足りそうだがバターは確実に足りないな……夜飯食ったら島のスーパーに行かないと)

「本当、幽って料理関連の事になると行動力が段違いになるよね……」

「美味しい料理を食べて嫌な顔する人なんていないだろ?」

 過去にパンや簡単なケーキは作った事があるがシナモンロールは始めて作る。

「実っけ――じゃなくて最初に出来た奴を食べさせてやるから」

「今、実験って言おうとしたよね?」

「お前の胃腸は頑丈だろ? 口に入れられるレベルまで何とか頑張るから」

 暁の作る料理と比べたら可愛い物だろう。

「じゃあ、完成品が出来たら暁さんに食べさせてあげるのー? ()けちゃうね」

「自己満足の範疇だ。大体人様の口に入れられるほど俺の料理は美味しくない」

 そこまで考えていないし。もし『お礼に手料理を振舞ってやろう』なんて言われたら日には、土下座して遠慮しないと胃腸があの世行きになってしまう。

「そうか? 昨晩の夕餉(ゆうげ)は美味しかったが……」

 話している内に目的の屋外運動場に到着。平日末とあってか利用している生徒は一人もおらず、生ぬるい潮風だけが吹いている。

「うーん、見事に誰もいないね」

「そりゃあ花の金曜日なら誰だって浮かれるだろ」

 休憩用に設えられた屋根付きの東屋(あずまや)のベンチに腰掛ける。

「それで、他の者に聞かれたくない話題とは一体何なのだ?」

 美夜が半年前に発生した窃盗事件と霧ヶ峰の事。そして、駅前で起きた出来事を暁に説明する。

「――なるほど。間抜けな人物だが、二人ですら捕まえられない程の人間か……」

「追加で月島渚っていう子もね」

「二人と共に帰って来た狙撃手の者か」

 よく分かったな。記憶している限りだと暁と月島が会話している姿見たこと無いぞ。

「そうそう、三人がかりでも捕まえられないのさ」

 どうして身の回りの女性は皆して凶悪なのしかいないんだろうか……

「ふむ……そこまで腕の立つ者なのか。手合わせしてみたいな」

「アレは本当に相手したくないぞ。完全武装した美夜でさえ背後を取られてセクハラされるんだ」

「うえぇ……昔、霧ヶ峰に尻揉まれた感触を思い出しちゃったじゃん」

 苦虫を潰したような表情。

「しかも、()級の変質者と来たか……厄介な事この上ないな」

『女性の下着だけを盗む女性』って言う時点でかなり危ういのに。銃撃戦の最中でも執拗に女性(美夜)の身体に触れて来て、あまつさえ身につけている下着をかすめ取って来る生粋の変質者。

(都市部を循環してる朝の電車で張り込んでれば。簡単に捕まえられそうな気がしてきたな……)

「容姿はどうなのだ? ロシア人は地方によって外見が違って来るのだ」

「ええと伸長は俺と同じ位で。髪色は狼の毛皮みたいな感じ」

「それで、瞳は琥珀色で肌は――暁さんより少し焼けてるかな」

 霧ヶ峰の外見を思い出しながら一個ずつ挙げてゆく。

「あと、非常に苛々するほどスタイルと顔が良いね。『モデルです』って言っても違和感が無いくらい」

「お前と比べると圧倒的にデカイよな」

 胸周りを強調するジェスチャーをすると。テーブル下から(すね)を蹴り上げられ、美夜に凄まじい形相で睨みつけられる。

「……その『霧ヶ峰』と言う人物を知っているかもしれぬ」

 暁の意外な一言。

「えっ、ちょっ……それってまさか……」

「違うぞ! とあるウェブサイトで顔を見た事があるかも知れないだけで、実際に会った事は無い!」

(霧ヶ峰のツラが拝められるウェブサイト?)

 未成年は立ち入り禁止のヤバいサイトしか思いつかないのは、自分の心が汚れているのだろうか……

「で、そのウェブサイトってのは今見れるのか?」

「少し待ってくれ」

 暁が制服の胸ポケットから取り出したのはガワが灰色のストレート式で小さなキーボードが搭載された薄型コンパクトなスマートフォン。始めて見るタイプでおそらく海外製なのだろう。

――ちなみに中央支部の武学生は未だ携帯電話を使用している者が多い。普通にスマートフォンを使用する生徒もいるが比べれば圧倒的に数が少ない。

 なぜスマートフォンではなく前時代の携帯電話が主流なのか。っそれは『堅牢性』と『ソフトの脆弱性』の二つが挙げられる。

 携帯電話はスマートフォンと比べると(多少だが)丈夫で衝撃にも強い。昨今は丈夫なスマートフォンも増えてきているが、日常的に撃たれたり殴られたりが多い武学生にとっては『ある程度頑丈な物』が好まれる傾向にある。

 次に『ソフトの脆弱性』だが、これは携帯電話もスマートフォンもさして大きな違いは無い。だが、この数年で発生している電子犯罪の被害はスマートフォンが多い傾向で。その手の犯罪に詳しい情報科の生徒ニアさんの話によれば『クラッカーはつねに最先端を行く犯罪者。最近の稼ぎ場はスマートフォンが多くなって来た』と分析している。

 しかし、武学生とは言えやはり年頃の高校生。携帯電話とスマートフォンの両方を持つ者や、堅牢性に特化した機種をわざわざ使う者も増えてきているらしい。

 ――暁が慣れた手付きで操作すると、向きを変えてこちらに差し出して来る。

「二人の言う『霧ヶ峰』とはこの顔か?」

 美夜と同時に小さな画面を覗き込む。最初に目に入ったのは画面右側に表示された一枚の写真。写っているのは会社のロゴが沢山プリントされた濃紺のタンクトップを身に付け、爽やかな笑みを浮かべてピースをする霧ヶ峰の姿。他は全て英語で書かれており、英語の評価がまずまずな自分には何が何やら分からない。

「コレだよコレ。コレが霧ヶ峰だよ」

 顔をしかめる美夜。

「このサイトは一体何なんだ?」

「去年の夏に行われたフリークライミング世界大会の選手紹介ページだ」

 よく見ると霧ヶ峰の身に付けたシャツには見覚えのある国外の会社のロゴが何個かある。

「え、でも載ってる名前が違うけど」

 写真の上には選手のプロフィールが記載されており。名前の個所には全く知らない人物の名前が載っている。

「ま、マルカ……らす――何て読むのコレ?」

「ラストーチュカ。その女性の名はマルカ・ラストーチュカだ」

 美夜の問いに答える暁。その他に載っているのは出身国とフリークライミングに関連した簡単な経歴だけ。

「出身はロシア――何だよこの異色の経歴は。マジで化け物じゃねえか」

 過去二年間の内に世界中で開催された10個のフリークライミング・ボルダリングの大会を全て優勝しており、どれもニューレコード(大会史上新記録)を叩き出している。

「で、その者の動画があるのだが……」

 暁が置いたまま指先で操作すると画面が切り替わり動画サイトに移動。数秒ほど待つと動画が再生される。

 ギャラリーの歓声と司会者のハイテンションな実況。カメラの視線の先には白い人工壁と地面に置かれた緩衝マット、そして二つの壁の前にたたずむ二名の選手。カメラがズームすると選手の姿が映し出され、どうやら左側が霧ヶ峰のようだ。

「高さは……30メートルくらい? と言うか、このホールドサイズにこの間隔はヤバいでしょ」

 美夜の言うとおり、そびえる壁のホールドのサイズは全て最小サイズの物。しかもホールドの個数が少なく、大きく間隔の空いている所もある。

 そして、司会者によるカウントが開始され――合図のブザーが鳴る。

「マジかよ……」

 右側の男性選手も尋常ではない速度だが、左側の霧ヶ峰はそのさらに上の速度。小さなホールドを足場に滑るように垂直の壁や傾斜のついた壁を登ってゆき、30秒と経たずに壁の頂上に到達してしまう。

 司会者の驚愕に満ちたアナウンス。画面越しでも熱気が伝わって来そうなほどのギャラリーの歓声が聞こえてくる。

(まさかプロのクライマーだったのかアイツ……)

 動画が終わると暁がスマートフォンを手にする。

「この者で間違いないのだな?」

「ああ、間違い無い」

 すると、暁が眉をひそめて疑問に満ちた表情を浮かべる。

「そうすると『マルカ・ラストーチュカ』は『霧ヶ峰楠嶺』と言う偽名を使って入国した事になる……では、なぜ偽名を使ってまで日本に来たのだ? わざわざ女性の下着を泥棒しにこの国へ来た訳ではあるまい?」

「それなんだよね。どうして霧ヶ峰が都市部に来たのか……それが気になってしょうがないのよ」

 真剣な表情で考え始める二人。北ヨーロッパ支部のSクラスと、中央支部のSクラスの二人が悩む問題を、万年Bクラスの自分が解けるはずが無い。

「なんだか『マルカ・ラストーチュカ』って言う名前すら本名なのか疑ってしまいそうだな……」

 今までの事を考えると何もかもが怪しくなって来てしまう。

「その事のなのだが」

 腕組みした暁が自分の言葉に反応する。

「何かあるの暁さん?」

「うむ『マルカ・ラストーチュカ』はロシア人の名前として間違っているのだ」

「間違ってる?」

「ああ『マルカ・ラストーチュカ』の『ラストーチュカ』と言う言葉。ロシア語で『ツバメ』と言う意味なのだが人名の姓では実際しない物なのだ」

「ますます分からなくなってきたな……本当にアイツは何者なんだ? 武学生を(もてあそ)べる程の腕を持っていて、クライマーの世界では有名人。なのに都市部では下着泥棒として動き回っている」

「日本語も流暢に話せると言う事は、それなりの教養は持ち合わせている……」

 身辺調査、人物分析は後衛科か諜報科の得意分野。だがこの場にいる自分含めて全員は前衛科と言うどうしようも無い状況。

「……前みたいにニアちゃんに頼んで調べてもらう?」

 沈黙を解いた美夜の言葉に暁が眉をひそめる。

(そう言えば暁はニアに散々な目に遭わされたんだっけな)

「あー、そのニアについて美夜に話す事があったんだが……」

「待て、なぜ〈魔女〉の名前を知っている?」

 暁が少し身を乗り出して問いただして来る。どうか面倒な事になりませんように。

「それがな――」

 ニアが〈魔女〉と呼ばれていると知ったのがつい数時間前だと言う事を丁寧に説明。

「つまり幽の鈍さが(たた)って勘違いしちゃってたって事?」

「恥ずかしながらそう言う事になる。まさかニアの奴が有名人だとはな」

『二つ名』とか恥ずかしくないのだろうか……自分なら絶対に二つ名なんて名乗りたくないな、大きくなって思い出して悶絶したくはない。

「――て言うかニアの奴はそんなに有名人なのか?」

 暁と美夜が大きなため息を吐き、呆れたような表情を浮かべる。

「有名も何も世界中の諜報機関や情報機関からスカウトが来ている超有名人だよ……本当に知らないの?」

「大御所だとアメリカのCIA(中央情報局)にNSA(国家安全保障局)とDARPA(国防高等計画局)のIPTO(情報処理研究室)イギリスならGCHQ(政府通信本部)とSIS(秘密情報部)この国だとDIH(防衛省情報本部)や公安警察が挙げられるな」

 スラスラと組織名を挙げる暁。一個も分からない自分が普通なのだろう――多分。

「すまん最初の一個しか知らない」

 先程より盛大なため息を吐く暁。

「『NSA』はシギントに特化した世界一セキュリティの強固な情報機関。『IPTO』は最先端の情報処理技術が研究されるDARPAの一つの部署。『GCHQ』はヨーロッパの情報機関の中でも幅広いパイプを持つ優秀な機関で、『SIS』はMI1やMI5で有名だから説明せずとも分かるだろう。『DIH』と公安警察は自国の人間だから知っているであろう?」

 頭痛が発生してきた……

「えーと……日本語だよな? フィンランド語とか異国の言語じゃないよな?」

Typerys(バカ)!」

 今度は正面の暁から(すね)を蹴り上げられる。

「痛ぁっ!? 何で蹴られなくちゃいけないんだよ!」

 蹴った暁はこちらを見ずに黙って話を聞いていた美夜の方へ向き直る。

「織原よ……本当に影海は武学生なのか? モグリや制服を不正に着ているだけの一般人ではないのか?」

(言ってくれるなオイ)

「そうだよー」

 美夜のあっさりとした返答に暁が訝しげな表情を浮かべ。見定める様な眼差しで正面から見つめてくる。

「な、なんだよ」

「――決めた。今日からお主の寮部屋に宿泊させてもらうぞ」

「はっ?」

「ちゃんと生活費と食費は払う。贅沢はしないし、騒ぎもしない」

「いやいや費用とかそう言うのじゃなくて普通に考えて駄目だろ」

「大丈夫だ。お主に()()を襲われても撃退できる自信はある」

「返答に困る事を言わないでくれ」

「もし、お主に屈してしまったら……まあ、その時はその時だ」

 少し恥ずかしそうにする目線を外す暁。マジで何なんだこれは。

「良いんじゃない幽。暁さん綺麗だし可愛いし嫌じゃ無いっしょ?」

 ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる美夜。

「どうしてお前らは抵抗が無いんだよ」

「そりゃあ幽が女の子に手を出す度胸と根性が無い事を知っているからねえ。ある種の信頼だよ」

「前の武学園では男女混合の大部屋で生活していたからな。私は全く気にしないぞ」

 二人の返答に思わず黙り込んでしまう。

(そりゃあこんな機会は滅多にないけどよ……こちらも結構大変なんだよ。主に自制面の意味で)

 自分だってどんなに馬鹿にされようとも一応は男なのだ。そりゃあ綺麗な女子や可愛い女子と仲良く出来るのは嬉しいし、こんな綺麗な女子と同居できるなんて夢と疑ってしまう程――だが、自分は歳に応じた分別(ふんべつ)を持ち合わせているつもりだ。

 成人過ぎの男女が同居するのなら理解できるが、自分や暁は16か17そこらの未成年。どう考えても一緒の部屋(一応、寝泊まりする部屋は分かれているが)で生活するのは色々とアウトだろう。

 仮に生活するとしても近隣のやつらに目撃。風紀委員会か生徒総務委員会へのタレコミのコンボで停学処分か謹慎を食らう事になるのは明らか。

「もし隣の奴に密告されたら謹慎処分を頂くハメになるぞ。それでも良いのか?」

「そうしたら学園側に対応の不備を訴えてやればいい。なに、女子寮で生活出来るようになるまでの期間だけだ」

(『(したた)か』と言うか『(たくま)しい』なコイツは……)

「本当に良いのか?」

「うむ、お主に迷惑を掛けないよう最大限努力する」

「どうせすぐに部屋の手配が決まるでしょ。大丈夫だって」

 話に横槍を入れて来る美夜。

「…………はぁ。分かったよ、部屋は自由に使ってくれ構わないから」

 できるだけ早く『保険』を作っておいた方が良いかもしれないな。

「恩に着る」

 真剣な表情で深々と頭を下げる暁。

「朝起こしてくれる人が増えて良かったねー」

「お前にピッキングされる回数が減って最高だよ本当」

 今後の事を考えながら美夜に皮肉を返してやる。

「ならば、荷物の配送を業者に連絡しなければならぬな」

 暁がスマートフォンを取り出してどこかに電話を掛け始める。電話向こうの相手が出ると流暢な英語で二、三つ話すと終話ボタンを押してポケットに仕舞い込んでしまう。

「夜にお主の部屋に私の荷物が届くよう手配した」

「行動早いな」

「『思い立ったが吉日』と言うだろう? それに私の荷物は鞄が三つだけだ」

 驚いた表情の美夜。

「えっ、荷少な過ぎじゃない?」

「衣服に関しては最低限の物しか持っていないのだ仕方があるまい」

(しまった……『洗濯物』と言う最大の難関を忘れていたぞ……)

 第2男子寮に住む二学年男子一同は一階のコインランドリーで汚れた衣服類を洗濯する。利用者がほぼいない時間帯は午前二時から明朝の四時までの二時間だけで。他の時間帯は最低でも二人は利用している人間を見かける。

(他にも色々言う事があるな……帰ってから飯前に話し合おう)

 男子寮のコインランドリーで女性物の下着が発見されたりしたら……考えただけでも恐ろしい。

「暁さん駄目だよ! 女の子はお洒落しなくちゃ! せっかく綺麗なのに勿体無い!」

「シャツとジーパンで事足りるのだが……」

 ズボラどころの話しじゃないな。完全に無頓着の思考だぞそれは。

「明日、一緒に服買いに行こう! 幽が荷物持ちしてくれるからさ」

 また服を買いに行くのか……よく飽きないものだ。

「何で俺まで行くハメになるんだよ。クラスの女子共と一緒に行って来いって」

「ダメダメ、買い物がてら霧ヶ峰探しもするんだよ」

「優先順位が逆だろ」

 ふと、ここに来た理由と何の話題を話していたのかを思い出す。

「おい、服以外に話す事がまだあるだろ」

「霧ヶ峰の事は明日考えて。ニアちゃんに頼むのは幽の判断で」

「俺に丸投げするな」

「私から頼むより幽から頼んだ方が、ニアちゃんの意気込みが全く違うじゃん」

 ――ふと、別件でニアに頼んでいるのを美夜へ伝え忘れていた事に気が付く。

「そうだ美夜。朝のビルジャックの事なんだが……」

「なになに」

「犯人達の銃器入手経路が少し気になって、昼頃ニアに調査を頼んだんだ」

「武装が全員同じで銃の状態が良かったもんね。そりゃあ違和感覚えちゃうよ」

 暁は依頼の話しが気になるのか聞く事に徹している。

「お前も俺と同じ考えか。ちなみに結果は最速で今日の夜、場合によっては明日の午前中まで掛るかもしれないそうだ」

「うーん……」

「どちらにせよニアの頑張り次第だな。下手したら霧ヶ峰の情報収集は俺達だけで行うかもしれないぞ」

「その時はその時でしょ」

 それまで話しに混ざっていなかった暁の方を向く。

「手伝ってもらって本当に助かる。だが、本格的に動き出せるのに数日掛るかもしれない……それでも手伝ってくれるのか?」

「ここまで関わったのなら最後まで貫くのが道理であろう? それに霧ヶ峰がどれ程の者なのかも気になるし、二人の実際の実力も知りたい」

「そう言えば暁さん依頼まだ請けてないもんね。日本の依頼は平和な物ばかりで刺激が足りないんじゃない?」

「この国は銃規制に厳しいと聞く。銃など滅多に出て来ないのだろう?」

「ガチガチって訳でもないけどな。10回事件が発生したとしたら三割か四割って所だ」

 出て来る銃の大半は拳銃か単発のみの短機関銃がほとんど。その次に散弾銃と小銃で、アサルトライフルや機関銃と言った物は滅多に見ない。

「だから朝のビルジャックは何かがおかしいんだよねー。やっぱり密輸専門の業者から買ったのかなぁ」

「ちなみに、その者達が使用していた火器は何だったのだ?」

「ええとね民間モデルじゃない旧タイプの〈Vz.61〉と。国内でも購入できる回転式拳銃の〈ブルドッグ〉だったね。どっちも状態は良くて、シリアルナンバーは綺麗に削り取られてたね」

 美夜がスラスラと銃の特徴を挙げてゆく。

「ふむ。前なら違法銃の入手経路を絞り込めたが……織原よ、日本相手の主な密輸相手は把握しているか?」

「世界中と関係持ってるね。ぶっちゃけ国内も凄い事になってるよー? ハッパ(麻薬)、錠剤(ドラッグ)粉末(コカイン)、生肉販売(人身売買)、廃品回収(金属盗難)、銭洗い(マネーロンダリング)――」

 これ以上真っ黒な会話を聞くと平和が音速で遠のいて行ってしまうので、二人の会話をシャットアウトするように別な事を考える。。

(だからSクラス同士の会話は嫌なんだよ……どうして高校生が犯罪の話題で盛り上がるんだ。他の話題で盛り上がるのが普通だろう)

 貫通して聞こえてくる二人の会話。

「――日本は平和だと聞いていたが……」

「単に報道されないだけで実際は真っ黒な事件で盛りだくさんだからね。だから武学園なんて物騒な物が国内に三つも設置されるのさ。武学園は国内の抑止力だね――」

(今日の晩御飯は何にするかな……せっかく暁が来たんだし。少し豪勢な料理がいいか?)

 現実から目を背けて今晩の夕食のメニューを考える。

「――これは関係のある人間から(じか)に聞き出した方がてっとり早いかもしれぬな。都市部でそう言う者達が住まう土地はあるか?」

「中央区の〈裏通り〉って言う一角だね。危険過ぎて逆に犯罪件数が一番少ない所だよ」

「ふむ、近い内に(おもむ)く必要がありそうだ」

「結構ヤバそうな人多いよ? あ、でもヨーロッパ諸国に比べたら平和か……」

 そう言えば菓子類以外の暁の好物は何なのだろうか。

(フィンランドで思いつく食べ物って言うと……何あったっけ?)

 料理は思いつかないが、菓子なら有名な『サルミアッキ』が思いつく。

(まだ食べたこと無いんだよな。凄まじい味だと聞くが……どれくらい強烈な物なのだろう)

「それに武装の準備や土地の様子も把握しておきたいしな。どちらにせよ都市部を回る必要がある」

「結構都市部って広いよ? 中央区とか密集していて迷子になる観光客が多いもん」

「ふむ、そうか……なら織原よ。よければ明日の放課後に街の案内を頼んでもよいか? 効率的に見て回りたい」

「よろこんで! 良いお店知ってるから紹介するよー」

「刀剣類の品揃えも良いのか?」

「うん。海外の品でも最短二日で届くし、受注品も取り扱ってるね」

 やっと比較的平和な話題に戻って来たので二人の話しに耳を傾ける事にする。

「そう言えば暁さんは選択科目の教科は何を取るの?」

「前の支部で〈諜報 Ⅰ・Ⅱ〉は修了しているから。次の〈諜報 Ⅲ〉を取る事になる」

『選択科目』とは自分が在籍している科以外の科目を受けられるシステム。

 基本は一つの科目、最大で二つの科目を受ける事ができ――簡単に言えば『前衛科の生徒が諜報科や衛生科』の授業を受けられると言うシステムなのだ。

 自分は〈後衛 Ⅰ〉と言う後衛科の科目を受けており、後衛科の2年生が習う基礎技術を学んでいる所。

 ちなみに美夜が取っている科目は〈衛生 Ⅱ〉と〈衛生 専科〉言う二つで。衛生科の2年生が習得する技術と知識、衛生科の専門技術を学んでいる。

 暁の言う〈諜報 Ⅲ〉とは本来〈諜報 Ⅱ〉の授業を修了していなければ受けられない物。つまり、暁は1年生の段階で2年生の授業を受けていた事になる。

「一教科かー、私二つ取ってるから結構時間かかっちゃうんだよね……」

「一時間程度であろう? 全く苦にはならないぞ」

 武学園の授業は基本が50分間だが、選択科目や専科の授業は最短で60分、最大で90分程かかる物もある。

「うーん、でも待たせるのは暁さんに悪いし……」

 なぜかこちらを向く美夜。何かを企んだ笑みを浮かべており、絶対に良くない事なのは確かだろう。

「幽って一教科だけだよね? 明日暇でしょ? だったら先に暁さんに街を案内してあげなよ」

 一方的にまくし立てられ。このままだといけないので口を挟む。

「何で俺なんだ。クラスの女子達に頼めばいい話だろ」

「ダメ、皆浮かれちゃって案内どころじゃ無くなるもん」

 暁に群がる女子の一団を思い出す。

「あー……」

 今日の美夜のように服屋巡り、甘味所巡りでスムーズに動き回れるのは無理だろう――いや、不可能だろう。

「日頃から騒ぐ側の人間が言うんだから間違い無いって。絶対に目的から大きく脱線するから」

「妙に説得力あるな」

「だから暁さんと先に行って欲しいな。授業が終わったら急いで合流するからさー」

 すると、首に腕を回してきて内緒話するように口元を隠しながら耳打ちしてくる。

(ほら、デートだと思えば最高じゃん? 暁さん美人で綺麗だし、今の内に手を打っておかないと他の男子に持って行かれちゃうよ~)

(毎日のように暑苦しい程のアピールをして来る奴のセリフか?)

(『幼馴染の余裕』ってやつですよ。それに、暁さんったら幽に対して気になっている所があるっぽいし?)

(……分かったよ、分かったからその手の話題は止めてくれ)

(じゃあ先に案内してくれるんだね?)

(ああ)

 美夜の腕から解放されると。本人が暁の方に向き直る。

「私が合流するまで幽が案内してもいいよだって。暁さん的には大丈夫?」

「問題無いぞ」

 即決の暁。なんだか明日も厄介な事になりそうな気がしてきたな……

「そしたらさ、連絡用に番号かアドレス教えてもらっても良い?」

「うむ」

 美夜と暁がお互いの端末片手に情報を交換し合う。

「影海も交換するか?」

 遠慮の微塵も無く暁がスマートフォンを向けて来る。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 交換すると電話帳へ適当に登録しておく。

(高く売れそうだな――いや、見つかったら半殺しにされるから止めておこう)

 時刻を一瞥してからスラックスのポケットに自分の携帯電話を仕舞いこむ。

「あら、意外と長い時間喋ってたんだね」

 空を見上げれば徐々に日が暮れ始めて来ており。外を吹く風が微妙に冷たくなって来ている。

「今日はここでお開きだな」

「だね」

 重たい腰を上げ、こり掛けた身体の筋肉を伸ばす。

「じゃ、私はこの辺りで! 明日の朝は幽の部屋に行くから楽しみにしててねー!」

 元気に別れを告げながら鞄を片手に美夜が足早と去って行ってしまう。

「俺達も帰るか……」

「……そうだな」


頑張ります///

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