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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
6/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅵ

出来ました

 

  一方では――


 別れた美夜と月島の二人は繁華街を当ても無く歩き回っていた。

「うーん人多いね、別の通りの方に行く?」

「その方が良いかと」

 賑わう繁華街通りから横に外れ、一回り細い通りへと移る二人。表通りと同じように様々な店が並ぶが、こちらは怪しげな雑貨屋や小さな土産屋と言った個人経営の規模の小さな店ばかり。

「それじゃあ南区目指そっか」

 昼下がりの繁華街、二人がのんびりと裏通り歩き始める。

「――そうそう、月島さんに聞きたい事あったんだ」

「私に何か」

「いやあ、アドレスか番号聞いてなかったからさ、良いかな?」

 自分の携帯電話をスカートのポケットから取り出しながら隣を歩く月島に尋ねる。

「持ち歩きません」

「え」

「動きの支障に来たすので」

「えっ、じゃあ朝の緊急依頼ってどうやって知ったの?」

「お二人が教室に飛び込んできたので、何かあると思い」

「逆に凄いね……」

 呆れ半分驚き半分の表情を浮かべる美夜。

 交差する繁華街の通りに二人が差し掛かった時。横から歩いてきた女性と美夜が軽く接触してしまう。

「мне оченьж аль」

 異国の言葉で女性が一言返すと雑踏の中へ足早に消えてゆく。

「……ねえねえ月島さん、さっきの人何て言ったか分かる?」

「周りの音でよく聞こえなかったのですが……おそらくロシア語かと」

 一瞬だったので容姿を確認できなかった美夜が残念がる。

「もしかして謝ったのかな……? だったら申し訳ないなー」

「この人の数ですし追うには無理でしょう」

 道と道の交差点とあってか行き交う人の数は非常に多い。

「仕方がないか」

 二人が再び歩き出そうとしたその時――交差点から10メートル程離れた緑と白の看板が目印のコンビニエンスストア。白いマスクとサングラスをかけた一人の男が自動ドアを無理矢理こじ開けて通りへと飛び出してくる。

「誰かそいつを捕まえてくれ!」

 遅れて店の中から飛び出してくるコンビニ店員。よく見ればマスク姿の男の手には15センチ程の包丁が握られており、反対の手には妙に膨らんだ白いコンビニ袋。

 叫び声に即座に反応した美夜が男目がけて走りだす。一瞬だけ戸惑う男、しかし逃げようとせずに包丁の刃を上に向けて腰だめに構えると突進して来る。

 その矢先、美夜の背後から飛来した物体――飲み水の入ったペットボトル――が突進する男の鼻先にぶち当たる。突然の事に驚きたたらを踏む男。

 その隙に肉薄した美夜が男の右手首に手刀打ちをあびせ、包丁を地面に叩き落として手首を掴む。掌を返して関節を極めると外側に男の手首を曲げて体勢を崩し、足を払って地面に転ばせる。

 即座に朝のビルジャックで使用したタイラップの残りを取り出して男を拘束。

 地面に落とした包丁を拾い上げ――ふと、周りの目線に気付く美夜。現実とは思えない異様な光景を目の当たりし、辺りは一様に静まり返っている。中には携帯電話や小型のデジタルカメラで写真を撮る者まで。

「あのー……どなたか警察に通報してくれませんか?」

 むず痒さを感じながら大衆に言葉を投げかけると、それまで辺りを満たしていた沈黙が破れた。

 警察へ緊急電話するスーツ姿の男性。コンビニから出てきた店長とおぼしき中年男性が感謝の言葉を送り、一部始終を見ていたギャラリー達の会話や無数のシャッター音で辺りが別な種類の騒ぎに包まれる。

 お礼をしたいと頭を下げる男性店長を断っていると、人混みの間から月島が出てくる。

「大丈夫でしたか」

 お礼を丁寧に断ると、路地へ逃げるように歩き出す二人。

「そうだ、さっきの援護ありがとね」

「援護?」

「えっ、ペットボトル投げたの月島さんじゃないの?」

「身に覚えがありませんが……」

 不思議がる美夜と話が食い違うことに違和感を覚える月島。

「捕まえる寸前に私の後ろからペットボトルが飛んで来たんだけど、それって月島さんがやったんじゃないの?」

「いえ、逃げる人々に巻き込まれて私は少し離れた所にいました」

 美夜が飛んできたペットボトルの軌道を思い出す。先程のペットボトルは遠くから投げられたのでは無く、美夜の後ろ近くから放られたのだと気付く。

「私の後ろって誰かいたっけ……?」

 思い出そうとするが状況が状況だったため詳しく思い出せない。

(誰かが狙って投げたって言うの……?)

 しかし、ペットボトルは男の視界を覆うように飛んできた。狙って投げるには非常にシビアでかなりの正確さとタイミングが要求される。

「うーん……誰なんだろう?」

「誰かが投げたのが偶然当たったのでは」

「そうなのかなあ? まあ、無事に捕まえられたから問題は無いんだけどさ……」

 釈然としないまま美夜は南区へと足を進めるのだった。


――二人の後方。壁伝いに並んだ自動販売機の前に一人の女性がいた。

 年齢は二十代頃。背丈は170センチを超えており女性としては少し高めの背丈。服装には無頓着なのか白いワイシャツと小さなダメージの入ったデニムと言った野暮ったい格好。スタイルは良く、ワイシャツの下から主張する形の良い胸と程良く引き締まったウエスト、年相応の臀部と少し肉付きの良い脚。

 ウルフカットに整えられた髪は灰と黒が混じった珍しい色合い。顔立ちは野性味を感じさせながらもどこか上品さを漂わす妖しげな雰囲気の顔立ち。五月の日差しでも暑いのかワイシャツの袖をまくり上げ、陽光を遮るサングラスを掛けている。

『あっつ……』

 小さくロシア語で呟きながら自動販売機の取り出し口から出てきた飲み水入りのペットボトルを手に取り、その場で封を開けると喉を鳴らしながら盛大に飲み始める。残り四分目の所でボトルから口を離すと、大きなため息を一つ。

『なんでこの国の五月はこんなに暑いのよ……』

 聞きなれぬ異国の言葉と超俗めいた容姿の女性に姿を眺める不躾な男性達の目線と、端麗な容姿に羨む若い女性達の羨望の眼差しが集まる。すると、女性がヒップポケットに仕舞っていたスマートフォンを取り出して画面を見ると。露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

『はい』

 無愛想に返事を返し、人の混む繁華街の通りを歩き出す。

『今? 起きたらクソ暑くてイライラするから、避暑地を探してたら繁華街に迷いこんじゃったのよ――なに、問題が発生した? 話してみなさいよ』

 スマートフォンの向こう側から聞こえてくる男の声。

『密輸した銃が数丁足りない!? アンタ達が童貞野郎みたいにウジウジしてるからこんな事態になるのよ! さっさと盗んだ奴ら捕まえて海に沈めて来なさいこのタコ!』

 歩きながら罵倒する女性の剣幕に周囲の人間達が驚く。

『犯人は分かってる? なら強盗に見せかけて全員片づければいいじゃない……は? 今朝から流れてるニュースを見たか?』

 繁華街の通りにある小さな電気屋のショーウィンドウに飾られた街灯テレビの前で立ち止まる女女性。

 画面には大きく『明朝にビルジャック。武装した犯人逮捕に武学生活躍』と映し出され。その後に『銃火器の入手経路は不明』と続いている。

『まさか、朝のビルジャックと関係があるなんて言わないわよね……』

 返される肯定の言葉。女性が思わず大きな深いため息を吐き出す。

『私はあくまでアンタ達の監視役で派遣された身。私は汚れ仕事は請け負わないし、早く上に誠意を見せないとアナタ達全員が海の底に沈む事になるわよ?』

 繁華街から南区の通りに出ると、近くにあったベンチに腰掛けるてペットボトルを弄りながら声の調子を落とす。

『さあ、どうするのかしら? 私は手を出さない監視役。自分達の後始末は自分達で片づけてよ?』

 言い終えると電話回線を切り、スマートフォンの電源を切るとポケットに仕舞いこむ。

『はぁ……クソみたいな仕事引き受けるんじゃなかったわ……』

 ベンチに背中を預けながら脱力する女性。

『まあ、可愛い下着が沢山手に入ったし。久しぶりにあの子達が見れたから……半々って所かしらね』

 かつて未熟だった少女の面影は無く。鍛えられた鋼の様な美しさと、覆い隠せない程の荒々しさを放つ一匹の獣に変わっていた。

(もう一人の子はさらに磨きが掛ってたわね……今度は逃げ切れる自信が無いかも)

 しかし、女性はあの二人に負かされる気など毛頭無いし。もう一度あの少女達と一戦交えてみたいと考え始めている程。

――すると、女性の前に若い数人の男達が。

「ねえねえお姉さん今暇してる?」

「日本語通じますー?」

 時代錯誤な口説き文句で話しかけるおちゃらけた印象の男三人組。高価そうな靴やゴテゴテのアクセサリー類を身につけ、まさに〈軽薄な男〉と言った格好。

『これが可愛い女の子だったら最高だったのにね……本当に苛つくわ』

 異国の言葉の呟きに男達は首をかしげる。

「言葉分かりますかー?」

 小さな笑みを浮かべながらサングラスを外す女性。その下から現れる野生の獣を彷彿とさせる鋭い琥珀色の瞳。

「――通じるわ。それで私に何の用?」

 暑そうに胸元に風を送りながら女性が言葉を返す。

「いや、さっき電話の相手と何だか口論してたじゃん? だから俺達とパーッと遊んで忘れさせてあげようかなーって」

「日本語で言う『ナンパ』ってやつね?」

 溜まり始める怒りを最大限に抑えつつも、少しふざけた様子で女性が答えると三人が笑みを浮かべる。

「よく知ってるね! 意外と日本語も結構ペラペラだしお姉さん何者?」

「そうね……ここら辺の話とか聞きたいし、どこか涼しい所を紹介してくれるなら少しくらい喋っても良いわよ?」

 自然な仕草で胸元のボタンを一つ外し、暑そうにしながらシャツの内側に風を送る女性。空いた胸元から覗く白磁の様な艶めかしい胸周りと、かすかに見えた下着の端に三人が固唾を飲む。

(本当チョロいわねー、どうせホテルかどこかに連れ込まれるのだろうし。それまでタップリ尽くしてもらおうかしらね)

「じゃ、じゃあOKって事で良いのね?」

「少しは楽しみにしてるわ」

「やった」

 こうして三人組の不運な一日が決定されたのだった――


 都市部・南区


 神経をすり減らしながら中央区の〈裏通り〉を抜けると。現在は都市部の高級ホテルやビジネスホテル、その他のホテルが多く建ち並ぶ南区のホテル街を歩いていた。

「ここが暁の泊まるはずだった〈colore〉って言うホテルか……」

 ホテルの出入り口前に並ぶ黒長のリムジンや黒塗りの高級車達。もし中に入ったらあまりの高級さに腰を抜かしてしまうかもしれない。

「しかもスイートが当たり前って……本当、何者だよアイツ」

(刀剣類で銃に勝つわ、格闘戦で美夜を倒すわ……絶対に普通の人間じゃないぞ)

 だが、暁に勝ってしまった自分がいるので。そうなると自分が普通の人間を辞めた事になってしまうので、この事は考えないようにする。

(ま、フローに入っている時はノーカウントだろ)

 そんな事を考えながら交差点の信号待ちをしていると。スラックスに入った携帯電話が振動。取り出してみるとどうやら電話の様で送信主は美夜。

「はい」

『あ、幽? 今どこら辺にいるー?』

「あと五分くらいで到着する。そっちはどうだ?」

『えーとね、テレビ局の取材班に追われてる』

「はっ?」

 交差点の歩道を横断しながらすっとんきょうな声を上げてしまう。

『話すと長いんだけど……聞く?』

「手短に頼む」

『今さっき繁華街で強盗を捕まえたのよ。そしたら近くでロケを撮ってたテレビ局の人達に突撃取材されて、今それから逃げてるわけ』

「また面倒事に巻き込まれたのか……」

『繁華街で撒いてからそっちに向かうから……十分くらいかな』

「いっそ取材受けてやったらどうだ? たしか取材は嫌じゃないんだろ?」

 ファーストフード店で言っていた美夜の言葉を掘り返してやる。

『ムリムリ! 面倒くさいのは勘弁』

「ま、気長に待ってるからな」

『げっ……月島さん上に行っても大丈夫!?』

 ブツ切りされ、終話音だけが聞こえてくる。

「やれやれ……」

 電話している内に駅の前のロータリーに到着してしまったので。人気の無い静かな方へ歩くとベンチがあったのでそこに腰掛ける。

 昼下がりの暖かな陽光に照らされながら道行く人を眺めていると、次第に眠気が襲ってきた。

(……っと! イカンイカン、何か飲んで眠気を覚まさないと……)

 このままだとベンチに座ったままアホ面を晒してしまう可能性があるので、飲み物を買うために自販機の方へと向かう。

 缶コーヒーを一本だけ購入。その場で開封してから一口傾けるとコーヒーの苦みが口の中に広がり、少しだけ眠気が覚める。

「ふう……」

 ため息つきながら建ち並ぶホテルを眺めながらベンチへ戻ると――前方。少し離れた交差点の向こう側から、男三人と女一人と言う奇妙な組み合わせの四人組が歩いて来る。

(さぞかし綺麗な人なんだろうなー……)

 ベンチに座ってコーヒーを口に含みながら眺めていると、次第に女性の容貌がハッキリと見えてくる。高い背丈とシャツとデニムと言ったシンプルな格好。そして、珍しい灰色と黒色が混じった髪の毛。

(なんか見覚えのある姿だな……)

 目を細めて女性の顔を眺めてみると――

「ブホッ!?」

 囲まれるように歩く女性は――半年前に武学園で52件の下着泥棒を働いた希代の変質者――霧ヶ峰楠嶺だった。

 あの夜に起きた一件は鮮明に覚えている。フローに入った俺を地面に叩き伏せ、激昂した美夜の猛攻を腕だけであしらい。月島による狙撃を一発も掠める事無く全て回避した正真正銘の化け物。

 しかも、奴は情報を意図的に隠しているのか周到な性格なのか、ネットでは一件も名前が出て来なく。本当に奴の名前が『霧ヶ峰楠嶺』なのかすら怪しく思ってしまうほど。しかし、犯した犯罪が殺人と言った重い犯罪では無く。下着泥棒と言う間抜けな物なので目の敵にもしずらい人物でもある。

(何で霧ヶ峰がここにいるんだよ……!)

 平静を保ちつつ霧ヶ峰の様子を盗み見る。奴は男三人組みから絶え間なく話しかけられており、服装の膨ら具合みからして武装はしていない筈。

 素手で捕まえるのは不可能だろう。かと言って銃を抜けば周りの民間人が騒いで面倒な事になりかねない。

(どうすればいいんだよこの状況……)

 移動して後から尾行するにも既に霧ヶ峰の視界内に入っているので突然動いたら怪しまれるし。かと言ってこのまま見逃すのは絶対に避けたい。

 そして5メートルも無い距離まで縮まった瞬間――

「……あら、半年前のボウヤじゃない。元気にしてた?」

 久しぶりに出会った友人に話しかける様な調子で話しかけて来た。

「え、なになにどうしたの知り合い?」

「うわっ、武学生じゃん」

「半年ぶり?」

 霧ヶ峰の挨拶に三人組が少し驚いた表情を浮かべる。

「サボリ? 不良ねえ」

 三人組から離れると、不用心に足組みして隣に腰掛ける霧ヶ峰。

(コイツ完全に舐めてやがる)

 座った反対側のホルスターに手を伸ばしつつ、だんまりを決め込んだまま霧ヶ峰の問いかけに無視する。

「ちょっとちょっと、どういう事だか説明してよ」

 三人組みが前を囲むように立ちはだかり。少し威圧するように声の調子を変える。

「ちょっとした顔見知りよ。あとアナタ達は飽きたから帰っていいわよ」

 霧ヶ峰の平坦でつまらなさそうな声音。

「は? アレだけ貢いでおいて『ハイさようなら』は無いでしょ」

 三人組の内一人、金髪が脅すように霧ヶ峰の肩を掴み――湿気った木の枝を折るような音が男の手から響く。

「……は?」

 歪にねじ曲がった小指と薬指に男が上ずった声。同時に霧ヶ峰の右脚が跳ね上がり、男の股間に足甲が吸い込まれる。男の声にならない悲鳴。身体を震わせながら地面に突っ伏す。

「虫以下のクソ袋が。盛った猿みたいに喧しいのよ」

 ユラユラと奇妙に身体を揺らし、唖然としていた二人に音も無く近付くと――一瞬で地面に男二人がコンクリートの地面に叩きつけられる。

「やっぱり男は駄目だわ……クソよクソ」

 露骨に嫌悪感を表した表情のまま首の骨を盛大に鳴らす霧ヶ峰。

「動くな」

 霧ヶ峰から数メートル距離を取り、銃を突き付ける。

「あらら、物騒ねえ」

「喋るな。両手を上げて後ろを向け、妙な真似したら両膝に鉛玉撃ち込むぞ」

 下から聞こえてくるうめき声。

「見ない間に怖くなっちゃって。半年前は純朴そうな子だったのにねえ」

(カマ掛けるつもりか……?)

「次は無いぞ」

 すると、両手をノロノロと挙げ始める霧ヶ峰。

「もう、久しぶりに会ったんだから小話くらい良いじゃ――ない!」

 閃く右手、飛んで来た銀色の物体を何とか身体を傾けて回避。一気に距離を詰めて来た奴の大腿目がけて引き金を引く――が。撃つより早く跳躍、鋭い膝蹴りが顔面を狙って飛んでくる。

 力の限りに下――地面へと伏せて頭上を霧ヶ峰が通り過ぎる。

 咄嗟に身体を前に投げ出し、起き上がると同時に銃口を向ける。喉元を掴まれるが霧ヶ峰の右手が静止する。

「あら、意外と良い反応してるじゃない」

 獣の様な獰猛な笑みを浮べる霧ヶ峰。

「こちとら毎日凶暴な教師共に鍛えられてるんでな」

 霧ヶ峰の腹部に食い込ませる銃の先端。さすがの奴でも接射を回避する事は出来ないだろう。

「力入れた瞬間撃つからな。無駄な抵抗は止めて大人しく投降しろ」

「Нет 男の手で捕まるなら最後まで抗ってやるわ」

 奴の動きを止める事が出来たのは上出来だった。だが、喉元を掴まれているので動くに動けない状態。

(クソったれ……この状態からどうしろって言うんだよ!)

 息苦しい沈黙が辺りを満たす。

「幽なにしてんのー?」

 突如、後方から美夜の間抜けた声が聞こえてくる。

「あーらら、これは逃げないとヤバいわね」

「潔く諦めろ。今なら窃盗と暴行だけで済ませられるぞ」

 近付いて来る2人分の足音。

「うーん……ちょっと名残惜しいけど、逃げさせて貰おうかしらね」

 霧ヶ峰が残念そうに呟いた瞬間、後ろへ倒れながら横に身体を向け銃口の先を逸らされる。

「っぐ!?」

 喉を掴まれたまま引きずり倒され、手にしていた銃を絡め盗られる。

「あと一歩が足りなかったわね、残念」

 手首の関節を極められて後ろにねじり上げられ、銃がこめかみに突き付けられる。

「幽!」

 美夜と月島が即座に銃を抜く。しかし、自分のこめかみに食い込む銃を見て躊躇ってしまう。

「Давненьк не виделись 元気にしてた二人とも?」

 吐息が耳元をくすぐり、こめかみに食い込む銃のラグが妙に冷たく感じる。

「霧ヶ峰!」

 怒りを露わにした美夜の叫び声が広場に響き渡る。

「もう、起こると可愛い顔が台無しよ?」

 ジリジリと後退し始める霧ヶ峰。下手に逆らって風穴を開けられたくはないので自動的に後ろへ歩みを進める。

「ちょっと近くまで近くまで付き合ってもらうわよ」

 美夜と月島が動こうとした瞬間、銃の先端をさらに押しつける霧ヶ峰。

「二人は動いちゃダーメ。ボウヤの頭に穴が開く姿なんて見たくないでしょ?」

 軽い調子で恐ろしい事を言う霧ヶ峰に二人が立ち止まってしまう。

「そうそう、動いちゃ駄目」 

 銃を突き付けられたまま後ろへ歩かされて構内へと連れて行かれる。駅は橋上型で長い階段を登り、壁面がガラス張りの空中通路に差し掛かる。

 通路の下には都市部の循環モノレールが停車しており、騒ぎに気付いていないのか今まさに発車しようとしている。

 突如、霧ヶ峰が自分を手放すと通路のガラス目がけて発砲。乾いた銃声と共にガラス窓が砕け落ち、下のモノレールにガラス片が降り注ぐ。

「じゃ、近いうちにまた」

 躊躇いなく数発の弾丸が制服越しにの鳩尾に撃ち込まれる。

 小口径とは言え弾丸は弾丸。細い鉄の棒で突かれる様な衝撃が鳩尾を激しく打ち、呼吸が一瞬だけ出来なくなる。

「До свидания~(さようなら~)」

 銃を返され、割れた窓を越えると非常用のキャットウォークの手すりを足場に跳躍。音も無く下の電車の屋根へと飛びおりる霧ヶ峰。

 タイミング良く発車する電車。遅れて通路に到着する美夜。

「幽!」

 慌てた様子で走り寄って来た美夜に身体を起こされる。

「だ、大丈夫だ」

「本当? 肋骨とかやられてないよね……?」

 心配そうな美夜の表情。

「俺は大丈夫だ、それより外の男性三人は大丈夫なのか?」

「月島さんが救急車と警察呼んだって」

「じゃあ、武学園に戻っても大丈夫だな。さっさと帰るぞ」

 銃をホルスターに仕舞いながら、痛む腹部をさすりつつ立ち上がる。

(さすがに至近距離から3発も撃たれるのは身体に響いて来るな……)

 救急隊に三人を引き渡していた月島を回収。駅員と遅れて駆けつけた警察官に適当に説明してから武学園行きの電車に乗り込み。南区から武学園の駅まで5分程度で到着すると、校舎行きのバスへ乗り込む。

「いてて……霧ヶ峰の奴め防弾制服だからって容赦なく撃ちやがって」

 一番後ろの座席に座り、苦々しげに腹をさする。

「もー、三時前なのに何だか疲れた……」

 横に座った美夜が力無く呟く。

「この後に二時間ほど授業が残っています」

 月島の無情な一言に、美夜と一緒に顔をしかめてしまう。

「一応、授業には出るけど寝ちゃうかも」

「俺も受け切れる自信が無いな」

 当の月島は全く疲れていない様子。狙撃手は長距離や長時間の活動に当たるためタフなのが多いと聞くが……

「はあ……明日は休日だけど昼から選択履修の授業があるんだよねー……」

 さらに億劫な話題が上がるが、ため息すら出て来ない。

「先の事は考えないようにした方が良いな」

「それが良いかと」

 校門前で停車したバスから降り、重たい身体を引きずって本日二度目の登校。廊下は静かで誰も歩いておらず、後ろのドアから教室内を覗くとちょうど五時間目の授業中らしい。

(よかった……普通科目の授業だ)

 静かにドアを開けて入ると、一斉に視線が集まる。

「随分と遅い帰りだったね」

 黒板に長ったらしい数式を書いていた先生が話しかけて来る。

「色々あって遅くなりました……」

「事情は知ってるよ。ほらほら、席に付いて」

 自分の席に座り、机の上に置かれた大量のプリント類に頭が痛くなって来る。

(もう駄目だ……10分受けたら寝よう。ごめんなさい先生)

 朝に置いて行った鞄から授業道具を取り出した所で――違和感を覚える。

(何で左横の席に人が座ってるんだ……左は空席だったはずだぞ?)

 ふと、横を向けば――姿勢正しく席に座り、開いたノートにシャーペンを走らせる暁奏の姿が。

(疲れてんのかな……俺)

 こちらに気付いた暁が『前を見ろ』と無言で前を指す。なぜコイツがウチの教室にいて授業を受けているのだろう。まさか、このクラスに編入する事になったのか……?

(もう考えるのは諦めて寝よう……)

 組んだ両腕を枕に机へ突っ伏して瞼を閉じる。昼過ぎの教室の中は暖かく、次第に意識が遠のいて来る――眠りに入る瞬間、左の外大腿に生じる鋭い痛み。

「いっ!?」

 小さな悲鳴を上げながら脚を見るが異常はなにも無い。見れば左隣りの暁がシャーペンを順手に持ち替えてこちらを睨んで来ている。

(この野郎、人が寝ようって時に邪魔しやがったな……)

 しかし、この怒りは正当な物では無いので大きな事は言えない。すると、声を出さずに口だけ動かして暁が何か喋って来る。

『真面目に授業を受けろ』

 読唇術は武学生の必須技能なのでもちろん理解できる。だが、こっちは寝てやると決めたのだ。

(お前は保護者かよ)

 少し右に椅子をずらしてペンの届かない位置に動く。先ほどと同じように机へ突っ伏すと、左から聞こえてくる小さなため息。

(やっと寝れる……)

――眠気を誘う暖かな教室の温度のお陰で、眠り始めるのに時間はかからなかった。


次話もなるべく早く上げれるよう頑張ります。

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