Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅳ
前話の続きです。
翌日
目覚まし時計のアラームに叩き起こされ。片手を叩きつけるように止める。
「う……」
案の定というか予想通りというか。昨晩目にした光景が頭から離れず最終的に寝付くことが出来たのは午前の1時頃。
普段より短い睡眠時間だったため寝起きは最悪の状態。昨日のフローの反動で軽度の頭痛が発生しており、まさに地獄の朝。
いつも乗るバスの時間まで一時間くらいは余裕がある。寝間着姿のままベッドから立ち上がり、頭痛薬を片手にふらふらと洗面所へ向かう。
廊下へ出ると鼻をくすぐる食べ物の匂い。匂いからして卵焼きか何かだろうか。
(……そういや朝飯作るとか言ってたな)
少しばかりかは気が楽になったが襲って来る頭痛に顔をしかめてしまう。一旦トイレで用足し、洗面所に入ると鏡に映った自分の顔に思わず呟いてしまう。
「顔色悪っ……」
洗顔と寝起きの歯磨きを済ませ、市販の頭痛薬を二錠だけ飲む。
(寮を出る頃に効き始めるかな)
欠伸を吐きながらリビングに入ると。暁がテーブルと台所を行ったり来たりしていた。
どこから引っ張り出したのかカーキ色のエプロンをブラウスの上に身につけ。髪が汚れ
ないようにポニーテールにセットされており、暁が動くたびに尻尾がひょこひょこと揺れている。
「おお、やっと起きたか。朝餉は既に出来ているぞ」
テーブルの上に並べられた慎ましくもとても美味しそうな朝食達。茶碗に盛られた白ご飯、小さく切られた豆腐の入った味噌汁が良い匂いを放ち。形の良い卵焼きと菜っ葉のお浸しが鮮やかに盛り付けられている。
(ああ……腰のぶっといナイフが無かったら良かったな……)
「さ、冷めぬ内に食べてくれ。お主の舌に合うかどうか」
「そこは食ってみないと分からないな」
椅子に座ってから合掌して挨拶を済ませると、最初に味噌汁から頂く。汁茶碗を傾けると口内に味噌と昆布だしが程良く効いた味広がる。
「どうだ? 少し濃かったかもしれぬが……」
正面に座った暁が訪ねて来る。
「美味いよ。個人的には好きな味だ」
同じ材料を使ってる筈なのにここまで味が違く感じるなんて。
「そ、そうか」
次に卵焼きに箸を付け適当な大きさに切り取ると一気に食べる。
「……ん?」
口の中に広がる味は――――ヤバい。塩っ辛いとか甘いとかでは無く純粋にヤバい。
(この卵焼きは――普通の卵焼き……だよな?)
しかし、卵の味は完全に無く。固めた昆布茶の粉を噛んでいるような超が付くほどのしょっぱさ。
「どうした?」
「い、いや。美味しいよ、うん。非常に個性的な味だと思う……」
「昆布茶の粉があったから隠し味に少し入れてみたのだが……分かったか?」
分かるも何も昆布茶の味しかしません。
「へ、へえ……気付かなか、かったよ……」
水を飲みたい。1リットルのボトルで一気に。
「よかったよかった」
お願いだから、そんな花が咲いたような満面の笑みを浮かべないでくれ……本当のことが言えなくなるだろう。
このままだと高血圧で倒れそうなので、極力顔色を変えずにご飯と水で無理矢理と胃の中へ流しこむ。
(朝からパンチの効いた料理は胃に厳し過ぎる……)
しかし、作った本人が目の前にいて。なおかつ嬉しそうな表情なので残すに残せない。
「そ、そうだ暁は朝食を済ませてるのか?」
どうして声が枯れかけているのだろう。
「うむ。お主のを作り始める前に食べた。心配せんでいいぞ」
「さいですか……」
食い終わるまで目の前から動きそうにない暁。もう胃は諦めるしかないのか。
「さて、私は少し部屋で準備がある。食べ終わったら流しの所に置いておいてくれ、後で私が片付けておく」
そう言うと椅子から立ち上がり廊下へと去っていってしまう。戻って来ない事を確認。一気に卵焼きを口に放り込み、大量の水で胃の中へと流し込む。
「むぐうぅ……」
白ご飯と味噌汁で相殺しようとするが全く効果が無い。これはもう化学兵器として認定してもいいのではないか。
「はぁ……はぁ……誰か、助けてくれ……!」
すると、玄関の方から間延びたチャイムの音が。
「このタイミングで来るか……」
体内を攻撃する食物兵器に必死に耐えながら玄関の扉を開けると。通学カバンを片手に美夜が立っていた。
「おはよー……顔色悪いよ大丈夫?」
「そ、そうか?」
(即効性のある物なのかアレ……本格的にヤバいんじゃないか)
「まあいいや、お邪魔しま~す」
するりと横を通り抜けられ部屋の中に侵入される。
「……ねえ。放課後に誰かここに来た?」
ちょうど暁が隠れているであろう部屋の前で美夜が立ち止り、眉間にしわ寄せて訪ねて来る。
(怖っ!?)
「どこかで嗅ぎ覚えがあるんだよね……どこだったかな……」
訓練された軍用犬みたいな事を口走る。一体どんな嗅覚してるんだコイツは。
「い、今朝飯食べていたんだよ。訳の分かないことは後にしてくれ」
「んー……」
腕組みしながら頭を傾げて唸る姿は女子高校生とは思えない物。
「……気のせいか」
「そうそう気のせい気のせい」
美夜がリビングへ行こうと足を踏み出した瞬間――暁の隠れた部屋から小さな物音が。
引き千切らんばかりに開け放たれるドア。
「きゃっ!」
内側から聞こえてくる暁の小さな悲鳴。
「えっ!? なんで暁さん!?」
(ああ……かなり面倒な事になったぞ……)
リビングへ逃げようと美夜の後ろを静かに通り過ぎ――背後から左肩をガシリと掴まれる。
「ねえ、詳しく説明してくれる?」
肩に食い込む美夜の細い指が痛い。
「は、はは……」
それから数分後。硬いフローリングの上に正座させられ。美夜に色々と詰問されていた。
「――で。幽の部屋に暁さんが泊まる事になったと」
「申し上げた通りです……」
「ちなみに教師側はなんて?」
「特に何も。柊から『部屋は空いているか?』としか言われてない」
あの放任主義め、もし何かあったら学園長にタレこんでやる。
「なるほど……一応、聞いておくけどいかがわしい事はしてないよね?」
「断じてしてない。暁からも何か言ってくれないか」
先程から傍観に徹していた暁に助けを求める。
「うむ、影海は何もしていないぞ」
「本当にぃ? まあ幽は根性無しだから女の子襲ったりしないか」
「影海程度なら仮に襲われても斬り伏せるからな」
よく本人の前でボロクソ言えるな。しかも暁は昨日俺に負けただろう。
「ま、武学生なら普通に起こる事だし。今回は不問にしてあげましょう」
「はあ……やれやれ、どうして朝からこんな目に」
正座を崩して立ちあがり、時計を見ればそろそろ部屋を出る時間。
「うわっ、もうこんな時間か」
「ほらほら、早く着替えないと遅刻しちゃうよー?」
美夜を無視して自室へ急ぐ。手早く制服に着替え、今日は二週間ぶりに銃を二丁携行することに決めた。
「おおー! 久しぶりだね幽の二丁拳銃スタイル!」
背後から美夜の野次が飛んで来る。振り向けばドアの隙間からこちらを見る目が四つ。
「二人して覗くな!」
制服の上を慌てて着ると。通学鞄に必要な物と予備弾薬を詰め込んで二人を散らす。
「オリハラよ、なぜ影海は前時代的な事をしているのだ? あれは非効率的だと聞いているが……」
「んー……ロマン?」
「浪漫か」
「ほら『男性はいくつになっても子供』って言われるじゃん?」
「それは少し違うのではないか……?」
真剣な表情で話す二人。これ以上その話題を話さないでほしい。
「二人とも置いてくぞ!」
カラカラと笑いながら靴を履く美夜。意地悪な奴だよ本当。
第二男子寮は一般的なマンションと同じ構造。外の廊下では否応無しに登校する男子と会うはめになる。そして、毎日のように第二男子寮(自室)を訪れる美夜は寮の住人に何度も目撃されているのでたいして珍しがられないのだが、今日は『暁奏』と言うイレギュラーがいので。
「よう影海! また新しい女か? 死ねよ」
朝から銃口を向けられ。
「いい朝だなユウ! 首折って死ね」
執拗に首元を狙われ。
「二股はイカンだろ。その内、後ろからザックリ刺されるぜお前」
最後に笑えない冗談を言われ、循環バスの停留所に到着。タイミング良く来たので乗り込み朝のバスに揺られて登校。
美夜と暁の話に耳を傾けているとバスが校門前に停車。生徒用玄関へ入ろうとしたところで暁が突然立ち止る。
「すまぬが私は職員室に向かわなければならないのでな。色々と世話になった」
暁が頭を下げると生徒用とは別の職員用の玄関へと去っていく。
「そっか、クラス分けとか色々あるもんね」
昨日みたいにまた再開しそうな気がしてきた……現実にならなければ良いが。
「たぶん今晩あたり女子寮に来るんじゃないか?」
「なるほど。でも部屋の空きあったっけ……?」
靴を履き換えながら話していると。ポケットに入れた携帯電話が振動する。
「お、緊急依頼みたいだね」
見れば美夜も一緒に携帯電話を出している。
「うわあ、ビルジャックだってさ怖いねえ」
送られてきた情報によれば場所は都市部北西区のとあるオフィスビル。
――『緊急依頼』とは掲示板に掲示された普通の依頼では無く。『現在進行形で発生して
いる武装を必要とした依頼』の事。ほとんどは警察や機動隊で処理しきれない『大量の銃
火器』が登場した危険な事件。
この緊急依頼は発生してから誤差五分以内で武学生の持つ情報端末へ同時に通知される
のが普通。しかし、現状は誰も携帯電話や他の情報端末を取り出していない。
なぜ同時に来るはずの通知が早く来ているのか。それはこの通知システムに一枚噛んで
いる情報科の知人に融通を効かせてもらっており。美夜と自分、そして他数人は他の生
徒より少しだけ早く通知が来る。
つまり、他の生徒よりいち早く現場に向かう事ができるので昔は結構な頻度で恩恵をあずかっていたものだ。
「どうする? 授業があるけど……」
一時間目の授業は頭の痛くなる数学。正直ってかったるい。
「――行くに決まってるだろ。急ぐぞ美夜!」
予備の弾倉は腰に計4つ。よほどの事が無い限り弾切れになることは無い。
「不良だ不良だ~」
足を調達するため美夜と教室へ走り出す。到着するや美夜が勢いよく扉を開け放つ。
「桜ちゃん。ちょっと失礼するね!」
「えっ!? えぇっ!?」
美夜が席に座っていた機巧科の高向を横抱きで担ぎあげる。
「斎藤。後は頼んだぞ」
「ほれ、小型のシーバーとインカム。有効範囲が800メートルで最大使用時間は4時間な。それと帰ってきたらノート見せてやるから感謝しろよ」
セットが入った大きな黒いナイロンケースを放り投げられ両手でキャッチ。
「すまんな」
教室から飛び出ると三段飛ばしに階段を下る。
「美夜ちゃんどういう事!? なにが起きてるの!?」
抱かれた高向の訳が分からないと言った表情。
「えーとね、今から都市部の依頼片づけに行くんだけど運転頼めないかなー? って」
「じゅ、授業が……」
「都市部の美味しいケーキ屋さん紹介するから見つけたから、それでどう?」
「け、ケーキ……」
なるほど女子は菓子類で釣れるのか。
「頼む高向。お前のドライビングテクニックが必要なんだ」
横から頼み込むと何故か恥ずかしそうにする高向。
「へ? あ、か、影海くんの頼みなら……やります」
「よっしゃ運転手ゲット!」
外へ出ると車庫へと走り、中へ入ると高向がキーボックスから鍵を取り出して。対応した車〈HUMMER H3〉に乗り込む。
いざ発車しようとした瞬間――助手席の窓ガラスを叩く白い手。
「うおっ!?」
開かれる後部座席のドア。
「私も同行します」
入って来たのは黒いライフルケースを背負った一人の女子。長く伸びたアッシュブロンドの髪を編み込みハーフアップにまとめ。
ハシバミ色の瞳と西洋人形のように整った顔が、どこか現実離れした印象を与え。感情の起伏を感じさせないどこか冷めたような表情が独特な雰囲気を放っている。
「お、おう」
こいつは同じのクラスメイトの月島渚。一年生来の知人でもある。
車庫から出て駐車場を通り過ぎ道路に出ると高向が一気に車をかっ飛ばす。
「月島さん今日はどっち持ってきてる? 場合によっては支援じゃなくて突入要員になるかもしれないけど……」
揺れる車の中。助手席に座った美夜がシートの間から顔を覗かせる。
「小銃の方です」
どうしよう、同じクラスになのに喋った記憶がほとんど無い……ちょっと気まずいぞ。
「オッケーオッケー。私達とは別行動になるけど大丈夫?」
「心配ありません。それと影海さん連絡用のインカムをください」
ハシバミ色の瞳がこちらを見つめて来る。
「お、おう」
ナイロンケースの口を開けると中には四つのインカムと小型の黒いトランシーバーが。美夜と月島に手渡し、自分の分は膝の上に置いておく。
「高向は要るか?」
「わ、私は皆を送ったら武学園に戻るから……」
「そうか、色々とすまないな」
運転席のシート後ろから拘束用のタイラップを何本か拝借。美夜に何本か渡し、残りはベルトに落下しないように挟んでおく。
「そ、そんなことないよ……!」
直列五気筒のエンジンが唸りを上げ、武学園と都市部を繋ぐ専用道を突っ走る。
「ひえぇぇー!」
助手席の美夜が半分笑いながら悲鳴を上げる。
都市部の一般道に乗る寸前。高向が運転席横の窓を開け、片手でハンドル操作しながら赤色ランプをルーフに叩き乗せる。
通勤時間帯とあってか都市部の道路は混雑しており。一気に減速してしまう。
『武学園の緊急車両です! 道を開けてくださーい!』
美夜が車載された拡声器を手に取り叫ぶと、前方で信号待ちしていた一般車両が車線の中央を空ける。
交差点を通り過ぎ、北西区へ走らせていると黄色い規制線が張られ。その奥には白黒のパトカーが数台道路を塞ぐように停まっている。
規制線の手前に立っていた男性警察官が近付いて来るので美夜が助手席の窓を降ろすと学生証を提示する。
「武学生です」
「随分と早いな。今さっき武学園に知らせたばかりなんだが……とりあえず中へ」
規制線が切られ立ち入り禁止区域へと車ごと通される。さらに奥へ進み、T字路交差点を斜めに占領する一台の装甲バスが。
「うわあ、特殊急襲部隊(SAT)までいるよ」
口元と目元が開いた黒の目だし帽。開いたケブラー製の黒いヘルメットにポリカーボネート製の防弾バイザー。紺色の突入服の上には胴体を守る防護ベストと下腹部を防護するプレート。さらにその上に予備弾倉や無線機が収納されたタクティカルベストを身につけ。まさに突入部隊と言った格好の男性らがバスタイプの隊員輸送車の陰で待機している。
「美夜。少し声は落としとけ」
「そうだね……なんかピリピリしてるっぽいし。あ、桜ちゃんここら辺で大丈夫だよ」
「月島、無線はもう繋いでおいてくれ」
「解りました」
ただちに停車。すぐさま車から降り、バスの陰で待機する隊員達の元に駆け込む。後ろでは乗って来た車が猛スピードでバックしていく。
「君達が増援の武学生なのか」
隊員のリーダーとおぼしき男性が、透明のプレート越しに驚いた表情でこちら見つめて来る。
「そうです。現在状況は?」
「現段階で我々が把握しているのは武装犯が10人以上。全員が火器類と防弾装備で固めており、社員が集められて人質に取られている。あとは上から突入許可が下りればすぐにでも突入すんるだが……」
10人以上と言う事は美夜が6人。自分が4人ってところか?
「このビルの見取り図と周辺地図はありますか?」
少し目付きが鋭くなった美夜が尋ねる。
「これだ。見取り図は建設当時の物だから少し古いが地図は新しい物だ」
「ありがとうございます」
美夜が見取り図と周辺地図を受け取ると足元の地面に広げる。
「これはまた面倒な間取りだな……」
「うーん、進入口が正面と裏の社用駐車場かー……」
正面から突っ込むのは絶対にしたくない。
「あと、ほとんどの部屋がこっち側だね。12階建ての築10年……弾が壁抜いちゃう可能性あるよね」
「だろうな、それと人質がいるってことは〈シュートorノーシュート〉になるぞ。ポイントマンはどっちがやる?」
見取り図を頭に叩き込みながら美夜に問う。
「勝ったら負けよジャンケン……ポイッ!」
突如始まるジャンケンに遅れ気味に反応――結果は、こちらはチョキ。美夜はパー。
「不意打ちと紛らわしい条件付けの組み合わせは卑怯だろ」
「勝てば官軍よ」
(頭悪過ぎる決め方で隊員の皆さんが目を丸くしてるじゃねえか)
「じゃ、幽がポイントマンでクリアリングはツーディレクションね。私は後ろと周囲警戒担当するから」
「待て。一人で二方向対処は不可能だろ」
「いけるいける」
〈ポイントマン〉とは進行と突入の先頭を務める斬り込み役。〈クリアリング〉が簡単に言えば安全確認で。〈ツーディレクション〉は文字通り『二方向』の意味。さらに砕いた表現だと『室内へ突入した時は一人で二方向の安全確認をしろ』と言う無茶振り極まりない事。
すると、右耳に装着したインカムから入電の合図が。
「月島か。狙撃地点は見つかったか?」
『影海さん達の位置から南に200メートルほど離れたビルの屋上に居ます』
言われた方向を見るが200も離れるとなると目視は不可能。
「狙撃可能範囲と使用口径は?」
『窓際から10メートル圏内ならどこでも。使用口径は〈7.62×45mmNATO〉』
クラスⅢかそれ以上じゃないと危ないな……
「申し訳ないんだが今回は対人狙撃じゃなくて対物狙撃をお願いしても良いか? 奴さんの防弾装備がどれほどか把握出来ていないんだ」
『分かりました。それでは御武運を』
プツリと通信が切られ。回線をオープンにしたまま視線を美夜に向ける。
「月島はいつでも狙撃可能だそうだ」
「よし、そんじゃま突入と行きますか」
車の中で既に二丁とも初弾を薬室に装填しているので、いつでも撃てるようにマニュアルセイフティだけ降ろしておく。
「二人だけで大丈夫なのか!?」
「はい、毎度の事なんで大丈夫です」
酷い時なんて4人に対して30人くらいで襲いかかって来るからな……もう何も怖くないよ。
「あ、防弾盾一つ貸してもらえませんか?」
容姿を最大限に有効活用し、美夜が覗き窓付きの分厚い防弾盾を別な隊員から譲り受けている。自分達より小柄な少女が重さ10キログラム近くある大きな盾を片手で扱っている光景に唖然としている。
「片手でいいから支えててね? 下手したら盾が幽の頭に落ちるから」
「いや、どう頑張っても斜めになって俺が物凄く危険なんだけど」
美夜が盾の持ち手を両手で握り、地面と水平になるように頭の上に掲げる。
「スリーカウントレディ。3、2、1――ゴー!」
合図と共にバスの陰から全力疾走。途端、頭上からガラスの割れる音とほぼ同時に鳴り響く銃声。頭上に掲げた防弾盾に銃弾の雨が降り注ぎ、右手に着弾の衝撃が伝わって来る。
「うひゃー! 超コエェー!」
ケタケタと笑いながら美夜に恐怖しか感じない。
「笑う状況じゃないだろ!」
残り約10メートル。周囲には隠れる遮蔽物も何も無い。ここで銃撃戦が発生したら間違い無く終わりだ。
幸いか何事も無くビルの目前まで接近できた。しかし、ガラス張りの出入り口はシャッターが降ろされており、中の様子どころか侵入さえ難しい。
(正面は潰されていたか……まあ、仕方がないか)
「さすがにこのまま正面から突っ込まないよな?」
「もちろん! 横っ腹突っついて引っかき回すよ」
弾痕だらけになった盾を捨て、美夜が隣の雑居ビルの方へと走り出す。背後から聞こえてくる銃声に思わず頭を腕で覆ってしまう。
美夜の先導の元、隣の雑居ビルに到着。ビルとビルの隙間は2メートルくらいか。侵入防止の金網が設けられており、色褪せた『進入禁止』の張り紙が貼られている。
「なるほど、確かに横っ腹だな」
「侵入階は――8階のあの開いてる窓だね」
目を凝らして上を見れば不用心に半分ほど開いた窓が。美夜がフェンスを2歩で乗り越えると向こう側の地面に着地。
続けてフェンスを乗り越え。片手と両足の3点着地。視線を上げれば先行した美夜は既に三階辺りまで到達している。待たせる訳にはいかないので急いで壁を駆け登り、上の壁を走るパイプを両手で掴んで身体を引き上げる。さらに上の小さな窓枠と通気口の縁に手を掛けさらに上へ。
途中、美夜が侵入出来そうな窓を見つけたがどれもナイフだけでは開けれ無さそうな物だったので仕方が無く上へと登る。
そして目的の8階の窓に到着。美夜が音も無く侵入し、10秒と経たない内にサムズアップが突き出される。美夜ほど力は無いので最後に苦労しつつ窓から入り込む。
「おいおい女子トイレかよ」
抑え気味の声量で思わず呟いてしまう。
「変態だー」
「スカートでビル登る女子も十分変態だともうぞ」
「スパッツだから恥ずかしくありませーん」
躊躇うこと無くスカートをたくし上げて中身のスパッツを見せつけて来る。幼馴染が痴女ってのはちょっとキツイな……
「はいはい。さっさと片付けに行くぞ」
ホルスターから1丁を抜きセイフティレバーを解除。スライドを少しだけ引いて弾が装填されている事を確認。ラグのカバーを外してサプレッサーを回して装着する。
「ちぇー、恥ずかしいの我慢して見せてあげたのにー」
「全く恥ずかしそうに見えなかったぞ」
美夜がぼやきながらMP9に弾倉を挿入。ストックは付けずに室内戦闘用の短いサプレッサーを装着。
「とりあえず人命が最優先。これ以降はハンドサインとタッチサインで意思疎通。後ろの守りは頼んだぞ」
「はーい」
呼吸は整った。銃声による難聴が少し怖いが贅沢を言っている暇はない。女子トイレの引き戸を少しずつ静かに開け、様子を確認しながら外に出る。案の定フロアは静寂に包まれており環境音の一つも聴こえて来ない。
フロア全域が一つの事務所になっており、背の高い物は一つも無く見通しが最高の状態。
(人は――いたぞ。武装してるな)
自分達のいる反対側の所。片手に回転式拳銃を握り締めた男と、短機関銃を前に掛けた男の合計2人が。頭には黒い目だし帽、長シャツの上に防弾ベストを着こんでおり、下はデニムだけ。
『前方12時方向に武装犯2名。武装はリボルバー(回転式拳銃)とサブマシンガン(短機関銃)』
空いた左手で後ろの美夜にハンドサイン。了解の合図に肩を二回軽く叩かれる。
二人はこちら側を向いているので下手に動けないため少し様子を見る。
「おい、外はどうなっているんだよ」
回転式拳銃の〈Bulldog〉を手にした緑シャツが口を開き、隣の奴に尋ねる。
「俺に聞くな。下手に窓から覗いたら撃たれるぞ」
身体の前に〈Vz.61〉をぶら下げた黒シャツの男が煙草をふかしながら答える。
「どうせ日本のサツは人を撃てねえさ」
不用心に窓際へ近付くと銃の先でブラインドに隙間を作る緑シャツ。
――瞬間、金属のひしゃげる耳障りな音。持っていた銃が音と同時に弾け飛ぶ。
『8階の窓際1名を無力化』
抑揚の無い月島の報告。窓には大きな穴が空き、風が入り込む音が聞こえてくる。
(おいおい、銃のボディに当てるんじゃなくて銃口の縁に当てるのかよ……)
緑シャツが吹き飛んだ衝撃で折れた指の痛みに叫び、後ろのもう一人は何が起きてたのか理解できず固まっている。
視界がこちらから逸れた隙に発砲。くぐもった銃声がオフィス内に響き、弾丸が黒シャツの右足を払う。同時に背後にいた美夜が走りだし、置かれた机を飛び石の様に駆け抜け一気に接近。容赦なく顔面に蹴りを入れて昏倒させる。
『階段を警戒しろ、俺は止血と拘束』
『了解』
銃を床に置きタイラップを取り出すと二人の手足を拘束。自分の撃った方は貫通銃創なので膝上の少し上をきつく縛り上げ血が流れ出るのを抑えておく。
最後に床に落ちた銃達を回収。バレル部分がひしゃげたリボルバーはまともに動作しなさそうなので適当な机の上に放置。
(一体どこで入手したのやら……)
最後にサブマシンガンを拾い上げると弾室の弾と弾倉を抜き、銃はリボルバーと同じ所に置き抜いた弾と弾倉は別な所に置いておく。
すると、階段方面を見ていた筈の美夜がやって来て肩を叩いて来るとハンドサインで伝えて来る。
『複数人接近』
耳を澄ましてみると、上の階の方から大きな足音が聞こえてくる。
『可能なら迎撃』
『了解』
不意を打てる位置に隠れつつもう1丁をホルスターから取り出し。サプレッサーを着けながら次第に近づいて来る足音に耳を傾ける。
壁際に置かれたスチール棚の透明なガラスに入って来た武装犯達が映り、目を細めながら様子をうかがう。
(人数は3人。全員武装してるな)
「おい、何が起きた!」
「うおっ! 撃たれてるぞコイツ!」
慌てた様子の声。どちらも20代半ばくらいか。
「騒ぐな! 二人が撃たれたって事は撃った奴が近くにいるはずだ!」
最後の一人が鋭く叫び、先程の黒シャツが持っていたのと同じサブマシンガンを腰だめに構える。
(少しは頭の回る奴もいるってことか)
緊張で〈フロー〉には入っている。例え7、8人来ようが対処は可能。
探そうと3方向に分かれて歩き始める武装犯達。こちらへ来られる前に先手を打つべく。銃を構えて寝ころび、銃を2方向に構えてタイミングを見計らう。
(5歩、4歩、3歩、2歩、1歩――ゼロ!)
隙間から見えた2人の足首めがけ合計4発発砲。足払いされる様に転倒する二人。すぐさま立ち上がり3人目へ銃を向け――伸縮式警棒が最後の1人の銃を叩き落していた。
止めと言わんばかりに放たれる、机を踏み台にした上段蹴りが首に入り。盛大な音を立てて崩れ落ちる武装犯。
(これ以上は悠長にしてられないな……突っ込んで奇襲をかけるか)
「もう時間を食いたくない。上階に突入するぞ」
沈黙を破り、美夜の方を向く。
「賛成」
銃を取り上げてゴミ箱に放り込む。階段へ繋がる扉をくぐり抜け、頭上に最大限気を配りつつ2丁拳銃を構えながら駆け登る。
「月島、外から人質が集められたフロアは分かるか?」
『はい、えすが最悪な状況です。影海さん達がいる8階フロアより二つ上。10階の窓際に人質が並ばされ始めています』
「なにっ!?」
思わず足を止めてしまう。
『全員の身体に要求とおぼしきものが書かれてあります、読み上げますか?』
「どうせ最悪な内容なんだろう読み上げてくれ」
『20分以内に現金1億円とヘリを用意せよ。さもなくば人質を射殺する』
「リーダーの歯を全部引っこ抜いてやりたいな」
突如、頭上の方から聞こえてくるガラスの割れる音。
『内側から窓が割られました。どうやら要求が飲まれなかった場合は人質をビルから突き落とすみたいですね』
「本当性根腐ってるな……外から見える中の状況を教えてくれるか? 分かるだけで良い」
『やってみます、少々お待ちください』
再び階段を登り、10階の手前の踊り場で立ち止まる。
「美夜。月島の言っいた事は聞いていたな?」
「うん。胸糞悪過ぎ」
「その胸糞悪いクソ共を今から掃除しに行く。だが、もう少しだけ耐えてくれないか? 今月島から情報を集めてもらっている」
無言で頷く美夜。
『――申し訳ありません影海さん。人質の後ろ側に大きなバリケードが作られており、中が把握できません』
「無茶言って悪かった。それと今から30秒後に突入する、もし援護できるなら頼む」
『分かりました』
月島との会話を終えると後ろを向く。
「30秒後ね了解了解」
急いで最後の階段を登り切り、扉越しにトラップや待ち伏せが無いかチェックする。
(よし……さすがに罠は無いな。錠をかけて無くて助かった)
少し息を落ち着かせ自分の手首にはめた腕時計の秒針を確認。残り8秒。
「……ファイブカウント。5、4、3、2、1――」
ゼロと同時に渾身のタックル。内開きの扉と共に部屋の中へ突入。先程のフロアとは違い、置かれた机や仕切りの板が全部無く、あるのは数個のデスクチェアと武装犯だけ。
(人数は――右3、左4か!)
突如、時間が引き延ばされるような例え様の無い不思議な感覚。視界に映る全ての物がスローで映り、自分以外の人間が止まって見えるほどゆっくりと動いている。
最初に正面にいた2人の両膝を銃で即座に撃ち抜く。次に窓側に詰まれたバリケードを向いていた1人の膝裏を上に交差させた左の銃で撃ち抜き。曲げた左腕の下、右の銃で反対側に立っていた4人の内1人の肩を撃ち抜く。
背後から断続的なくぐもった銃声。残った3人の内2人が大腿と肩から血を流して倒れ込む。
そして、ちょうど美夜から見えない位置にいた最後の1人。咄嗟にこちらへ銃を向けて引き金を引こうとする――が、銃口の下の縁に当てた弾丸が銃口を弾いてあさっての方向に逸らす。予期せぬ衝撃に銃を落とす武装犯。咄嗟に美夜が銃撃で対処。
(残りは……!?)
銃を構えながら見渡すが隠れる様な物影は何も無い。撃った武装犯は痛みに叫んだり呻いていたりと、完全とはいかないがほぼ無力化の状態。
「ふーっ……」
銃を降ろしながら鋭く息を吐き出す。
「月島、ビルを制圧した。今から人質を解放する」
『了解。今からそちらへ向かいます』
こうして硝煙と血の匂いに満ちた騒がしい朝の学校外活動が幕を閉じた――
出来るだけ早急に上げたいです