Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-ⅩⅩ
度重なる延期、大変申し訳ございませんでした。
誤字脱字、おかしい点ありましてもご理解のほどお願いします。
そして、小テストだらけの午前コマが終わり――昼休み。
「あー……疲れた……」
昼食を買うか学食で済ませるか悩ましい所である。
「なんだ、これ程度で泣き言とは情けないぞ」
眼鏡を掛けた奏が呆れ顔を浮かべる。
「そっちと違ってテストは平均ぎりぎりなんでね」
「ふむ、それなら私が教えてやるか?」
「流石に自分の面倒は見きれるっての」
「……よくと考えれば幽と同じ部屋に住んでいるのだし、何時でも教えられるな」
声を落とした奏が恐ろしいことを言ってくる。
「オフの日に仕事は勘弁したいな」
たしかに優秀な奏に勉強を教えてもらえるのはありがたいが、自分のせいで迷惑かけるのは心苦しい。
「不真面目な奴め」
「まあ否定は出来ないかな――それで、奏ちょっと大事な話がある」
「大事な話?」
「ああ。そうだな……ちょっと人気なの無い所に行くか」
流石に誰が聞いているか分からない教室で公社の話をするのは避けたい。
「まあ別に問題はないが……」
ひとまず奏と共に教室から出る。
昼休みとあってか廊下は生徒でごった返し、友人らと共に何処かへ行く奴、装備担いで依頼を受けに行く奴、学食弁当片手に教室へ帰投する奴、と様々。
「あ! カナちゃん学食行こーよ!」
出るやいなや、廊下にいた他クラスの女子軍団が食らいついてくる。
「今からか?」
「そうそう! 先に他の子がショバ取りしてるから後は行くだけー」
「厚意は有り難いが今回は遠慮しておこう」
「えっ、どうしてさ」
「幽と大事な話があるのでな。次の誘いは必ず行こう」
実にイケメンな対応の奏。
「こんにゃろ! このタラシめが!」
不意打ちのローキック。危なっかしく避けて着地する。
「どうして蹴ってくるんだよ!」
「むぎいいぃぃ!」
仕込みナイフ片手に素早いパンチが飛んでくる。
「まあまあ、落ち着いてくれ」
素早い身のこなしでナイフを捌くと、腰に手を回して抱き寄せる奏。
「私は逃げないし時間が無いわけではない、ここは少しばかり辛抱してくれないか?」
女子にしては少し低めな奏のイケボ。
「う、うん……」
「さて、行こうか幽」
「あ、ああ」
とりあえずあまり人の来ない屋上へ。
普通学校であれば立入禁止の屋上だが、武学園ではヘリポートやVTOL機の発着場として使われるためいつでも使えるように開放されている。
「やれやれ、とんだファンクラブだな?」
「共に食卓を囲む者が多いのは悪くはないがな」
「概ね同意は出来るが……というか、随分と手慣れた様子だったな」
「うむ、前の支部でもああいった者が居たからな。対処している内に慣れてしまった」
「まあ、両性共にモテそうだもんな」
男子からしたら華麗系女子だし、女子からしたら容姿的にも武学生的にも憧れの女子、人気な訳がない。
「そうか? 私以上に女性らしい者は学園に沢山いると思うが……」
無自覚とは恐ろしい奴だ。
「――ち、ちなみに幽はどういったタイプが好みなのだ?」
「俺かぁ? その手の話はNGだ、他の奴を当たってくれ」
「なんだ、はぐらかすとは恥ずかしいのか?」
「そんなわけ無いっての――それより、大事な話だ大事な話」
「そうだったな、公社の話か?」
「朝の話は聞いてただろ」
「うむ、私の方でも色々と調べておいたが本当のようだな」
「ああ、悠長に下調べと準備している時間は無さそうだ、三日間か……」
「なら、可能な時間の限り準備するしかあるまい」
「いきあたりばったりなんて毎度だから慣れてるけどな……だけど、船の中には武装は持ち込めないんだろ?」
「何回か招待されている者は顔パスだ。初めて乗船する者はボディチェックとX線ゲートを通る必要がある」
「なるほど、仕込み武器もアウトか」
「うむ、例外的にセレステ号が認めた上客や公社関係者は甲板のヘリポートに来るらしいがな。秘密裏に調べていた情報だから変わっている可能性がある」
「本当に分からずじまいなんだな」
僅かに高くなった屋上ヘリポートの縁に腰掛け、横に奏が腰掛けてくる。
「それと、セレステ号で働いている船員の全員が元軍人だったり公務執行機関の元オフィサーだ。船員の服を奪って誤魔化すなんてことは出来ないぞ」
「バレた瞬間自分以外の人間が敵に回るってか、おっかないな」
「うむ、だから任務は静かに秘密裏に行う必要がある。申し訳無いが船の中に入ったら私の言う事を聞いてもらう事になる」
「キャリア的にも奏の言うことを聞くさ。武学生いっても国内でしか活動したことないし、グローバルに活動していた奏と比べたら経験不足だしな」
どんなに優秀でも『井の中の蛙大海を知らず』と言う言葉があるので、慢心やナメてかかるのは愚か者のする事。
「だが、場合によっては幽に判断を仰いだりお主だけに任せる場合もある」
「了解した。無茶ぶりは慣れっこさ、心配しないでくれ」
奏のどこか悲しそうな表情が一瞬だけ現れる。
「私は本当に申し訳ない事をした……お主を巻き込むべきではなかった」
「おいおい今更だろ。ここまで来たら後戻りは出来ないし、目の前の犯罪を見過ごすのは嫌だって前もいっただろ」
「だが……下手すればどちらも捕まって拷問の末に殺されるのだぞ?」
「拷問されるのは心底怖いし、殺されるなんてもっと怖いさ。でも、アルマみたいな子を一人でも増やさないようにする事が少しでも出来るなら――死んでも文句は無いさ」
「献身にも程があるぞ」
「たしかにな。それでも子供を餌にする奴は絶対に許せないんだ、例え死ぬと分かっていてもな」
いつもの鋭さが引っ込んだ奏のどこか弱々しい眼差し。
「……それに、皆が羨む高嶺の花と一緒の秘密を持つってのは約得だろ?」
「肝心な所で茶化すな」
「酷いな、必死の痩せ我慢だったんだけどな」
まあ、美人と一緒に死ねるなら男冥利に尽きるから有りといえば有りか。
「――ま、そういう訳だから俺の意志は変わらないって事だ。流石に寄港早々に突入はしないから安心してくれ、様子見がてら情報収集してくるさ」
「やめろと言っても止まらないだろうから先に言っておく、セレステ号は寄港先を公表はするがそれはフェイクだ。大半はだいぶ離れた港に停泊する、もしマリーナと公表していたら留まるのは人気の無い工業区などだろうな」
「そうなのか? かなりのグレードの高い船じゃないのか」
「表はな。裏社会の人間からしたら何処で乗っても変わらないし、人目につかない事は望ましい事だしな」
「なるほど、そうしたら反対側を探せば行けるってことか」
「そうだ、くれぐれも顔を見られるなよ」
「大丈夫さ、いざとなったら全力で逃げる」
「……気をつけるのだぞ」
「へいへい――さてと、そろそろ昼飯買いに行ってくるかな俺は」
「それなら私も行こう」
「購買部でクレカは切れないぞ?」
「馬鹿を言うな、全く生意気な奴め」
こうして平和な昼休みが静かに過ぎていった――
時刻は過ぎ放課後
先日、橘と待ち合わせの場所として設定していた場所、一学年校舎前の校門前で待機していた。
一年生の授業時間と二年生の授業時間は若干違うので、自分がたどり着いた時は丁度一年生達が下校している時間だった。
(真っ白だなあ……去年の俺もあんな感じだったんだろうか)
この時期は丁度、合同授業で先輩方に扱かれていたタイミングである。
(畝傍先輩か……電話で武装官に就職が決まったって言ってたけど、それ以降は全く音沙汰ないんだよな……)
眼鏡をかけた柔和で優し気のある顔が脳裏によみがえってくる。
(高千穂先輩と同期で入ったって言ってたし、よほどの事がなければ殉職なんてありえないだろ……多分)
卒業間近の噂では婚約していたとかなんとかと聞いたがアレは本当だったのだろうか?
手持無沙汰にスマホでSNSを見ていると――
「――影海先輩」
視界の外から声、画面から視線を上げると女子が一人。
「ああ」
「お待たせしました、最後の授業で少し遅れまして……」
「何てことないさ。それより今日の授業内容は何か思いついたのか?」
「はい、屋内環境での射撃訓練をお願いしたいと思います。先日の依頼の時は全く動けなかったので……」
「あれが? 一年生にしては十分動いていたと思うけどな……まあ、君がそう言うならそうするか」
屋内環境の再現となると、一番手っ取り早いのは先日使った機巧科の『ハンガー』にあるキルハウスが早いだろう。
「それじゃあいい場所知ってるからそこに行こうか、そう遠くないから徒歩でも構わないな?」
「はい」
いざ機巧科のハンガーへ。落ち始めた太陽に照らされながら歩道を歩く。
「影海先輩、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「先日、保護した国籍不明の女の子ってあの後どうなりました?」
「あの子か? 武装官本部に専用の施設があるらしくて、そこに学園経由で保護してもらうよう頼んできたよ」
どこかホッとしたような表情の橘。
「まあ、身元が分かれば武学園持ちで元の国に帰れるさ」
「少し安心しました――ああいった事件は多いんですか?」
「『多くなってきている』が答えだな。情報科の統計と法務執行機関の調べじゃあここ数年で緩やかに上がってきている。それに表面に出ていないだけでも結構な数があるらしいから、もしかしたらあの女の子よりさらに幼い子だって犯罪の被害者になっている可能性だってある」
「そうなんですか……」
「だからそう言った犯罪に巻き込まれた人を助けるために武学生がいるんだ。司法にも対処しきれる限界はある、武学園はそういったこぼれ落ちた水をキャッチする存在みたいなものさ」
「……ちょっと例えが分かりにくいと思います」
「な、なんだよ先輩の言葉だぞ」
小さく笑う橘。
(普通に会話すれば年相応の女の子なんだけどな……どうして他の一年生達は意思疎通を図らないのやら)
「とにかくあの女の子は無事だ。いつまでも過去のことを引きずってると先に進めなくなるぞ」
「分かりました切り替えます――それで、話は変わるんですけれども。すこし意見を聞いてもいいですか」
「俺の意見でよければ」
「はい、実は自分の武装についてなんですが少し迷っていて」
「迷ってる?」
「はい、一年生は拳銃だけじゃなくてナガモノを使うのが義務付けられていますよね? そのナガモノを未だに決められていなくて何にしたらいいかと……」
「あー、そういえばそんなのもあったなあ」
入りたての一年生は最初の内、初めて銃に慣れるべく拳銃だけではなくナガモノ――つまり、アサルトライフルやサブマシンガン、ショットガンやライフル(単発射撃のみの銃)など言った全長のナガいモノを使えと教師陣から強制される。
では何故ナガモノを使えと強制されるか銃を扱う事の基礎を学ばせる為や、各生徒の得手不得手を見極める為にやっているらしい。
大体の生徒は一年生で自分の使い易い銃を見つけ、二年生に上がってからその銃を使い続ける奴が多い。
体感の割合的にはサブマシンガンが四割、ライフル類が三割、残り三割は残りの種類が多い気がする。
「ですので、今日の訓練でそれを見つけられたらなと思って……」
「なるほどな、そうしたら閉所戦闘の最後に君の使いたい奴を見つけてみるか」
「はい、先輩のご意見も参考にしたいのでお願いします」
「でもなあ、俺は拳銃しかもっぱら使わないしナガモノはたまーに感じだぞ? 銃の扱いならこの間会った渥美が一番だ」
「そうなんですか?」
「ああ、何でも平均以上に扱えるし射撃技術は二年うちでもトップレベルだからな。我流の俺は参考にはならないよ」
「そうでしょうか?」
「ああ、下手にクセがつくと追々痛い目見るのは自分だからな。最初は教則本通りに基礎を身に着けて、次に応用をやっていけばいいんだ」
かくいう自分は基礎と応用をすっ飛ばして一年生を終えてしまっているので、人に教えられる立場ではない。
「なるほど……ご鞭撻ありがとう御座います」
「それは今日の最後にいうセリフだ――到着だ、ここが機巧科のハンガーだ」
見覚えのある白い横長の建物。
「ここが……」
「実際は中に入ってすぐ地下に行くんだけどな。授業が始まる前に説明を受けただろ?」
「はい、武学園が所有する車両や機械類を担当する機巧科の実験場みたいな所ですよね」
「そうだ、下手に触ると指が飛びかける物もあるからむやみやたらに触らないほうが良いぞ」
「はい、担任の白澤教官から『笑い話』を色々と聞かされました――こちらとしては全く笑えませんでしたけど」
「あの人、感性が独特だからさ……」
ハンガーへ入ると、すぐさま階段を使って地下へと向かう。
「それじゃあ、今日は屋内戦闘についての訓練だけれども……最初は君の対処能力を図ろうか」
「対処能力ですか」
「そうだ、銃を持って部屋に突入、瞬時に部屋の中の状況を把握し、適切な対処を取る。『シュートオアノットシュート』は習っただろ?」
「はい、銃を一番最初に触った際に教えられました」
「それの確認さ。最初はモックで、ある程度こなしたら俺がマト役になる」
驚いた表情の橘。
「さすがにおっかないからエアソフトを使うよ。あれも肌に当たると結構痛いけど……」
本当に初心者用のダミーガンはどこのレンジにも置いているはず、万が一なければ勝手に校舎の『火器庫』から持ち出せばいいだろう。
やって来た地下のキルハウス。
前方から乾いた銃声、どうやら先客がいるようである。
「ありゃ、誰か使ってるみたいだな……」
ひとまず様子を見に向かい――地下なのに――三階建のキルハウスのフェンスの手前で止まる。
『今の優先順位は逆だよ! 実戦なら死んじゃってるからね!』
『はい!』
聞こえてくる聞き覚えのある声。
「美夜が使ってるのか」
「織原先輩ですか」
「みたいだな」
断続的に聞こえてくる銃声。
『次はフラッシュを使うよ! ファイブカウント! レディ、5,4,3,――』
破裂音とモックの隙間から見える白い閃光。
「……そちらが問題ないなら美夜と合同授業してみるか?」
「織原先輩とですか」
「ああ、アイツは二年内でも優秀な武学生だからな。馬鹿力除けば教則本に載せてもいいレベルの堅実さがある」
「私は問題ありません、あちらがどうかにもよりますが……」
「出てきたら聞いてみるか」
「はい」
――そして、5分ほどが経過し、銃声が止む。
『一旦小休憩! 終わったら次はマスターキーを使ったブリーチング訓練行くからねー!』
『はい!』
もう一人の声はおそらく一年生だろうか、あいつのスパルタ教育によく耐えきれている物である。
キルハウスの正面口から出てくる女子二人。
片方はちんちくりんこと美夜で、もう一人は橘と同じくらいの背丈なポニーテールの一年生女子。
一年生の格好はキャリーベストの上にジャケットを羽織り、体の前には美夜がよく使っている銃器メーカーであるB&Tのアサルトライフル『APC556S』が吊るされている。
――こちらに気付く美夜。
「ありゃ? 幽じゃんどうしたのさー」
フェンスの戸を開けながら出てくる。
「俺達もモックを使いに来たんだ、お邪魔だったら別な所でやるさ」
「ここだと室内戦闘の訓練でしょ?」
「ああ、そっちも同じ内容だろ」
「うん――あー……それならいっそ合同でやっちゃう?」
「こちらとしては使えるに越したことはないが……双方の一年生の意思は聞いといたほうがいいんじゃないか」
「ねえねえシズちゃん、今からこの先輩と一年生ちゃんとで合同授業してもいいかーい?」
美夜が軽いノリで一年生に尋ねる。
「一緒にですか?」
「そーそー、銃を使った戦闘は個人と複数人とじゃあ全く違うからさ。いい経験になるかなーって思ったんだけど……」
「先輩方の技術を学べるのでしたら問題ないです」
ショートなポニーテルの黒髪と楚々とした印象な顔立ちの一年生女子。
「橘も問題無いか?」
「はい、人数が増える程閉所戦闘は難しくなると聞いています。そちらの方が身の肥やしになるかと」
実に真面目な一年生達である。
「どっちも大丈夫みたいだね」
「だな」
「それなら小休憩後に二人も含めた四人で訓練しよっか。それじゃあ25分まで自由時間ね~」
シズちゃんと呼ばれた一年生が一礼すると、銃を置いて自販機のある方へと去っていく。
「でしたら、私は武装の確認をしてきます」
「ああ」
残される美夜と自分。
「いやあ今年の一年生は真面目だねえ」
「今年のって去年の俺達だろ」
「あはは、そうだっけ?」
台に置かれていたライフルと空の弾倉、弾薬ケースを手に取りベンチに腰かける。
「そうだろ――だけど、他人に指導するってなんだか不思議な感覚だよな」
「そう?」
「まあ、お前さんはセルフディフェンスのインストラクターとか捕縛術の講師で色々と出回ってるから慣れたもんだろうけどな」
冷たい弾丸を弾倉にパチパチと詰めながら会話をする。
「まあねえ、一般人の防犯意識を高めるのも武学生の仕事の内って言うからね」
こう見えて徒手格闘の能力が優秀な美夜は、都市部で開かれている古今東西の徒手格闘のセミナー界隈では有名人のようで、街中で肩幅が自分の倍はあるゴツイおっさんや、いかにも軍人上がりと言った外国人まで色々な人達と交流がある。
加えて母と姉の経歴が合わさり、機動隊や警察と言った法務執行機関の徒手格闘の訓練にも参加したりインストラクターとして出払ったりと色々な界隈に知られている。
「ま、お手柔らかに頼むよ先輩殿」
「あたしゃあスパルタ式ですよ~? 橘ちゃん、キチンとついてこれるかな?」
「一年生時点では十分動けている方だ。初依頼でビビらずに動けてたし、実戦でもアがったりはてなかった」
「あー、そういえば幽は初日に終わらせちゃったんだっけ」
「ああ、稗田さんの情報を買って即日にな」
その後は色々あり過ぎて大変な目にあってしまったが。
「また『紅茶屋』使ったの? あそこ諜報科や公安とかと同じ臭いするからいい加減止めときなよー」
「別にいいだろ、情報提供者を利用しているだけだ」
「また無条件に人信じて……その内性格に付け込まれてろくでも無い事に巻き込まれちゃうよ?」
「そしたら潔く巻き込まれるさ」
四つ目の弾倉を詰め終わり、僅かに疲れた指をほぐす。
「もー……お人よしなんだから」
話していると、戻ってくる美夜の担当の一年生さん。
「あ、お帰りー」
「戻りました」
飲み物片手に帰って来た一年生さんが自分の方を見る。
「申し遅れました、一年の古畑靜枝といいます。影海先輩のお話は織原先輩からお聞きしております」
思わず美夜を見る。
「……一体何を話したんだ?」
「えっ? い、いや私は何も……」
露骨に視線を逸らす、一体何をゲロったんだこのちんちくりんは。
「影海先輩、差し支えなければこの後一度手合わせしていただけませんか?」
「えっ、俺とか」
「はい、織原先輩に徒手格闘で勝てるなんて普通じゃないですから! 是非ともどれくらいか体験したいので」
「……美夜、一つ確認なんだけど古畑さんは学園に入る前に何か格闘技とかやっていたなんて事はないよな?」
「うーん、そのまさかです。シズちゃん、去年のWAKOのフルコン女子フェザー級で準優勝してる」
「WAKO……おいおいキックボクシングの世界で二位かよ」
「いえ、重量級の選手に比べたら全く……」
それでも凶悪な事に間違いは無い。
「――もうそろそろ開始でしょうか」
橘も戻って来て、四人が揃う。
「それじゃあ、徒手格闘の訓練は終わって体力残ってたらという事でよろしかねい?」
「はい」
「個人的には辞退したいかな……」
実戦において格闘技の経験の有る無しは結構大きく、体感では経験者とやり合うのは非常に手間がかかる。
「それじゃあ一年生ズの腕を確認したいから、トップバッターは橘ちゃんでおけ? シズちゃんは既に見てるからさ、先に確認したいなって」
「かしこまりました」
「それじゃあ最初だしフロア1のみSorNで。全ての部屋をクリアリングして二階に上がったら終了ね」
「はい」
「動きはモニターで見てるから、突入はブザーが鳴ったら開始ね。あとキチンと防音マフ付けるように」
「了解です」
そう言いホルスターからハンドガンの『9E』を引き抜き、スライドを引いて弾を送り込む。
「ほい、それじゃあ私達はモニターね」
防弾ガラスの向こうへとゆく橘。
残った自分含め三人はキルハウス内を見れるモニター前へ。
「はいはい、橘ちゃん準備はおっけいかね~?」
『問題ありません』
マイクが大きなイヤーマフを付けた橘の声を拾う。
無造作にブザーのスイッチを美夜が押し、鳴り響く甲高いブザー音。
どこか慣れた手つきで銃を片手に構え、もう片方の手で一枚目のドアを突き放すように開けると滑るようにキルハウス内へと突入する橘。
すぐさま別カメラから断続的な銃声が鳴り、すぐさまターゲットを無力化した際に発生するブザー音が鳴り響く。
「うーん、一年生ちゃんにしては良い動きするね~……彼女入る前になにかやってたの?」
こちらを向いて聞いてくる美夜。
「いいやそこらへんは何も」
「そうなの? 動きが一年生とは思えないくらい滑らかだけど、ほら今のカッティングとか」
一瞬だけ遮蔽物から身を乗り出し、的確にターゲットの無力化部位を撃ち抜く。
「うーん本人にはそう言った過去話はしてないな、ほらプライバシーって言葉があるだろ?」
「まあねえ、でも一年生でここまで動けるっていうと入る前に撃ってた経験者か反社くらいしかいないじゃん?」
「おいおい、穏やかじゃないな」
「まあ、カナちゃんの所の芦屋くんとかもソレっぽいしね」
「芦屋くんがどうかしたのか?」
クリアリング後に出て来た部屋から不意をつくように飛び出てくるターゲット。
一年生にしては上出来な反応速度で遮蔽物に転がり込むと、プローン(伏射)の状態から脚と腹部を撃ち抜く。
寝そべったまま身体を横にしつつ腰のマグポーチから弾倉を抜いて交換、この姿勢時でのリロード技術も本来ならもう少し先に教え込まれる技術のはずである。
「あれ、芦屋くんの入学前の話知らない感じ?」
「他人の過去話なんて聞いても無駄だからな。まあ、今回は聞くが……」
「まあざっくりと言うと芦屋くん、武学園に入る前から『ライセンス』取ってるんだよね。しかもアメリカで」
「そりゃまた凄い経歴だな。だから入試であんな活躍してたのか」
「そうそう、真偽は分からないけどライセンス取得して間もない内に賞金稼ぎのヘルプをしてたとかなんとか……」
なんともマユツバな話である。
「だから橘ちゃんも似たような感じなのかな、と」
「まあ、身体能力はともかく『躊躇いが無い』のは特殊だな」
「だよね、普通の子なら顔面狙いにぶっ放さないし、躊躇い無くナイフ振らないしね」
初めて合同授業で手合わせした事を思い出す。確かに彼女はなんの躊躇いも無く、銃を顔面狙いに撃って来たし、動脈狙いにナイフを振るってきた……普通ではない武学生ならまだしも、普通の人間ならそういった致死に至る行為には忌避感や抵抗感があるはずである。
「――お、そろそろ終わるねえ。フロア1のトリだと『アレ』が出るけど、どう反応するのやら」
「織原先輩、アレとは?」
古畑後輩が美夜に尋ねる。
「よくぞ聞いてくれました。フロア1はね、最後のブロックで人質を盾にした武装犯のモックが出てくるんだけど……実はその人質が犯人で、武装犯のモックは逆に人質なの」
「えっ……何ですかそれ」
「むかーしあったケースなんだけどね。立てこもり犯が人質の一人に扮して、脱出しようとした事例があったの。結局は保護先でバレて捕まったんだけど、もしその変装した犯人が銃を持っていて保護先で乱射したり車両をハイジャックしてさらなる被害が広がったら……ていう過去話があるのよん」
「なるほど……それで、そんなややこしい偽装を?」
「そうそう、どこのキルハウスでも必ず一体はそういう『引っ掛け』があるんだよね。ここのは毎年一年生が引っ掛かるのが通例なんだけど……お、次の部屋だね」
橘がドア部分を蹴り開け、中へと突入する。
すぐさま置かれていた遮蔽物の後ろから起き上がるモックが二体。
橘が取った反応は――モックを二体ごと撃ち抜いていた。
トーンの違うブザーが鳴り響き、モックが後ろに倒れ込む。
「わーお……今の反応は初めてだねえ」
「だな……」
美夜がマイクで戻ってくるようアナウンスする。
「あ、さっきのネタバレしちゃったからシズちゃんはフロア3ね」
「了解です」
そして、戻ってくる橘。
「いやあお疲れちゃん」
戻って来た橘の顔色は僅かに朱が差しており、おそらく動き回ったせいで興奮気味になっているのだろう。
「まず所感としては全体的に動けていますが、ちょこっと危なっかしい所が多いです。たしかに武学生の制服は防弾防刃だけど威力自体は軽減できません。さすがに7.62㎜とか50口径を至近距離で食らったらヤバいでしょ?」
「はい」
「だから、橘ちゃんはもう少し保守的に動こうね」
「今後に生かします――正確さはどうだったでしょうか?」
「そうだねえ、無力化部位の命中精度も十分だし緊急時の即応性も問題ないね――だけど最後のはちょっと引っ掛かったかな」
「最後のですか?」
キョトンとした表情の橘。
「そう、最後のターゲットなんだけど……どうして犯人と人質ごと撃ったの? あれだと人質のバイタルゾーンに当たって致命傷になっちゃうけど」
「建物内の制圧速度を優先した結果撃ちました。あそこで躊躇って時間を掛けた場合、他の人質や戦闘中だった場合に他の行動に支障が出る可能性が高かったかと」
「ふむふむ……なるほどねえ」
だが、それは特定箇所を『殲滅』する軍隊のやり方である。
部屋や建物内に突入し、敵対する者に弾丸を浴びせ、反撃されないよう生命活動を停止させる――いわば殺人を行い、己の身を守るという事。
だが、武学園で殺しはご法度。もし殺人を起こしようものなら武装官と教職員の両者により捕縛され、司法の元裁判に掛けられる。
つまるところ橘は武学園というよりかは軍隊よりの技術を身に着けているようで、このまま現場に出したら武学生則に抵触してしまう可能性が高いという事。
「でも、武学生則で『殺人はいかなる場合でも行ってはならない』。そう教えられてるよね?」
「……はい、ですからそうなる前に矯正しないといけないんです。宮原教官からにも言われました、お前の技術は武学生ではなく殺し屋の物だと」
「あの非常識教師は……」
思わず愚痴がこぼれてしまう。
「なるほどね、矯正する意思はあると」
「はい」
「なら今後はもっと自分に厳しくいかないといけないね。可愛い後輩ちゃんがしょっ引かれるのは流石に見たくないよ――ちなみに幽から何かいう事はある?」
突然の振り。
「俺か?」
「そう、担当の後輩ちゃんでしょ? ちゃんと言ってあげないと」
パシリと尻を叩かれる。
「そうだな……橘は一年生にしちゃ十分に優秀だ。状況判断も的確だし、精度も前に比べたら改善されている」
こうは言っても他人を評価するという事を全く経験していないので何と言ったら分からない……
「だから最後の奴ももう少し上手く狙ってれば満点だった。それに、あの人質が銃を持ってたの気付いてただろ?」
「見えていたんですか?」
「そりゃあ二年生だからな、カメラ越しの目と銃口の動きで分かったよ。あの時どちらも撃ったのは初めて遭遇するケースだった、そうだろ?」
「今さら弁明する気はありません」
「だから、もう少し経験を詰めばいいって事だよ。何事も経験と失敗から学べる――まあ、現場で同じ事なんか一度もないし、失敗なんかしたら最悪死ぬけどな」
ジッと橘の瞳がこちらを見つめてくる。
「……ありがとうございます」
「えっ、有難がられる事なんて何もしていなぞ俺は」
「……影海先輩はもう少し先輩らしくした方がよろしいかと。格好がつきませんよ」
容赦の無い言葉に美夜が笑い出す。
「なんだよ笑うなって」
「こっ、後輩からも情けないって言われてるよ……ぷふっ」
「うるさいな! ほら、次は古畑の番だろ、準備だ準備!」
「は、はい!」
どうしてこうも自分の周りは小生意気な女子が多いのか、そういう星の下に生まれてしまったのだろうか?
そして、二番手の古畑がキルハウスへと入ってゆき、合同授業が再び再開した――
次はさすがに早めに出します。
別話ですがもう作品よりこっちの方が数値が高いのはいったいどうして……?




