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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
30/33

Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-ⅩⅦ

年末あってか多忙で更新が遅れました申し訳ありません。


次話となります

 ハンガーへ戻って来ると、白澤先生の他に見知らぬ男性が二人。

「先生戻りましたよー」

「よし、次のテスト――の前に紹介する人がいる」

 白澤先生が目配せすると二人の男性が前に進み出てくる。

「お初にお目にかかります、白澤重工機械工学部門の主任の川淵慶次と申します」

 眼鏡を掛けた四十代あたりの男性が頭を下げる。

「こ、これはどうも……」

 斎藤につられて自分も頭を下げてしまう。

 続けて横の若い男性が前に出てくる。

「私はバイオメカニクス技術開発部門担当の新田相馬です。皆さんよろしくお願いしますね」

 こちらは爽やかなお兄ちゃんと言った感じである。

「先生、どうして白澤重工の方がここに?」

「どうしても何も『カリーナエ』の企画に携わているからさ」

「それじゃあ、デザインと設計を書いたのは……?」

「私です、まあほとんどが既存品をベースにしているので細かいデザイン軽く弄っただけですが……」

 川淵氏がどこか恥ずかしそうに答える。

「いやいや十分に凄いっすよ! 人間工学の標本に載せても良いレベルですって!」

 この道ではオタク気質な斎藤が興奮した表情。

「いやはは……それで所長、カリーナエを身に着けているそちらさんは担当の生徒ですか?」

「いや、単純なテスト要員だ使い潰す勢いで良いぞ」

「冗談に聞こえないですよ先生」

「お前なら規格外のデータを取れるから重宝するんでな――新田、コイツがさっきの結果を出した張本人だぞ」

 白澤先生の言葉に驚きの表情を見せる二人。

「えっ、彼がですか? 他のデータはS部隊とSATの現役隊員の物ですよ?」

 あまり聞きたくない部隊の名前が出て来た。

「ああ、コイツはちょっと特別枠みたいな物でな。現役の武装官と肩を並べられる程だ」

 自慢げに言うと首に腕を回されて引き寄せられる。

(だあああ! 当たってる! 当たってるよ……!)

 だが、先生の言葉が信じられないのか新田氏が懐疑的な表情。

「計器の故障とかでは無いですよね?」

 タブレット端末と自分を交互に見ながら念押ししてくる。

「ああ、計器がぶっ壊れていたらプロジェクトはお仕舞いどころか開発部門は借金まみれさ」

「あのー……それで、次のテストはいつから始まるんでしょうかね……?」

 恐る恐る話に横槍を入れる。

「おっとそうだな、二人共他のプロジェクトもあるんだったか」

「いえ、所長のご用件ならいくらでも時間を割きますよ。それにそちらの生徒さんの事も気になりますからね」

 川淵氏が興味深そうにこちらを見てくる。

「いやー……特に何もしていないんですがね……」

「ま、見た方が二人は見た方が早いな――それじゃあ斎藤と千代原、申し訳ないんだがここからは企業の機密レベルの物になる。関わったお前たちには本当に悪いんだが、今日はこれでお終いだ。続きは明日でいいか」

「毎度のヤバい奴っすね? いつもの事だから平気っすよ」

「右に同じです。ジャングルジムはバラしておいていいんですよね」

 慣れた様子の二人が軽い調子で言葉を返す。

「ああ、いつもすまないな……さて、下の射撃場に行くぞ」

 斎藤と千代原を置いて、なすがまま白澤先生と二人に連れていかれる。

「先生、どうして二人を同行させないんですか?」

「あー……そうだな、コレは私の『戒め』みたいな物だ」

 突然の言い回しに首を傾げてしまう。

「ストレートに言ってしまえば『殺しの道具』を生徒に携わらせたくないからだ。お前は武学生則が何か分かるだろう?」

「……はい、『いかなる時も、いかなる状況でも武学生は生命を略取してはならない』。ようするに絶対に殺人は行うなってことですよね」

「そうだ、今から行うテストは武学生則から逸脱した目的のデータを取る為だ」

「……自分はどういう扱いなんですかね?」

「お前は単なる『テスター』だ。殺しの道具を作った制作者ではなく、あくまで道具の試験役という訳だ」

「流石に非合法な事はさせませんよね……」

 目的の地下射撃場に到着。どうやらハンガー内の射撃場は屋内型のキルハウスで、二階建ての高さのキルハウスが防弾ガラス越しに目の前に建っている。

「……正直に言えばかなりのブラックゾーンだ。今から行ってもらうのは、キルハウス内に設置されている人型のターゲットを――殺すつもりで撃ってくれ」

「えっ、それって諜報科もやってないレベルですよね」

 殺しの技術を仕込まれるというのは犯罪組織か軍隊の特殊部隊や『その手』の部隊しかない。

 その技術の訓練を武学園が行うというのは、違法もさることながらバッシングと非難の嵐の原因にもなるほど。

「ああ、だから人払いをしている。今からは行うのは非公式であり非合法のテストだ――もちろんお前が嫌なら新田にやらせる。こいつは一応、ライセンスを持っているからな」

 神妙な面持ちの白澤先生。

 自分の推測だが、今から行って得られたデータは軍隊や法務機関へ納入する際に出される資料などに使われる物なのだろう。

 武学生は少数で軽装な装具類で現場に出ているが、軍隊や法務機関は多くの装備を身に着けて現場に出ている。

 この装具を身に着けた状態の負荷がどれくらい軽減されるのか、どれくらいのレスポンス向上が得られるのか――そういった数値を取りたいのだろう。

「――いえ、自分はなんともありません。これは単純なテストなんですよね?」

 本当ならば専門の人間がやるのが普通なのだろうが、自分が駆り出されるという事はこのプロジェクトもグレーゾーンな物なのかもしれない。

「……そうだ、いつもとは違う感覚で撃つだけだ」

「はい、問題ありません」

 どこか複雑な表情の白澤先生。

「……さて、それなら君には他のテスターと同じ状態で行ってもらう。そこの机の上に乗っている装具類を身に着けてくれるかな?」

 新田さんが白澤先生の代わりに喋るように、机を指す。

 上に置かれているのはどこか見覚えのある装具類。

(右は自衛隊で、左は警察の特殊部隊か……)

「まずは右の装具をスーツの上から身に着けてくれ。銃もこちらが用意した物を使ってもらう」

 言われた通り、装具類を苦労しながら装着し――全て着終わる。

 ズレや固定のし忘れが無いか確認し、異常が無い事を確認する。

「よし、それでは銃と交換用の弾倉を取ってくれ。調整が済んだら声を掛けてくれ」

 置かれていた装具の横、マガジンが抜かれて置かれていたアサルトライフルの『HK416』。

 横の刻印を見ると、どうやらこれは公的機関向けモデルの『HK416D』の方か――だが、製造ロットが綺麗に削り潰されている。

(詮索しないほうがよさそうだな)

 マガジンを入れる前にチャージングハンドルを引いて、薬室内に異物や弾丸が無いか確認。

 ライフルを構え、空撃ちで引きしろを確かめる。

 バレルの先端には円筒状のサプレッサーが取り付けられ、レシーバー上のレールに乗った光学照準器は某大手会社のホログラフィックサイト。

 取り回し向上にハンドガード部分には細長なグリップが装着され、照準を素早く向けられるようになっている。

 近距離なのでゼロインはいらないだろうが、フリップアップサイトとホロサイトの二点で狙う感覚は掴んでおいた方がよさそうか。

(サプレッサー付きで、フルオートありのモデル、完全に民間が使うモノじゃないなこれは……)

 ある程度の感覚は掴めたので、弾丸が込められたマガジンを手に取り、レシーバー下のマガジンウェルを使いつつ嵌め込む。

 小気味いい音と共にマガジンが装着され、一層重量が増す。

 サイドアームの拳銃は官民共にユーザーが多い有名所である『SIG P220』の、マズルにねじ切り加工が施された『P220 TB』の方。

 こちらも同じように状態を確認し、マガジンが入っていない状態で引きしろを確かめる。

(少し軽くしているカスタムか結構な頻度で使われているかどっちかかな)

 ライフルの方は使って間もないと言うか『こなれている』感触が無かった。

 自分のM&P9は左の腰に、借り物は右の大腿部分に取り付ける。

「――準備できました。いつでも大丈夫です」

 弾を送り、セーフティはそのままにしておく。

「そうか、それなら合図のブザーと共にキルハウスへ突入。中のターゲットを全て射殺したら終了とする」

「はい」

「ターゲットはセンサーが組み込まれているから、バイタルゾーンや致命箇所を撃たれると無力化の合図が鳴る。それと、これはテストだか実戦と思って取り組んでくれ――まあ、武学生にあってはならない事を要求している時点で変な話だが……」

 新田さんの気不味そうな表情。

「自分は問題ありませんから」

 ドアをくぐり、キルハウスの手前の空間へと入る。

『――それでは突入前の状況からテストを始める。10カウント、9、8、7――』

 天井から降ってくる新田さんのカウント。

 セーフティを解除、いつでも撃てる状態に。

 それに合わせるようにいつもの感覚がやって来る――

 ゼロと同時に鳴り響くブザー。

 意識と共に動く両足。

 正面口に当たる場所、スリングを使って銃を保持しつつ、ドアを左手で開けると同時にキルハウスの中へと突入する。

 最初は廊下の突き当り。十メートルほど離れた位置にある階段の、踊り場に置かれた遮蔽物の後ろに置かれたターゲットの頭に二発、心臓に一発叩き込む。

 ブザーを聞きながらすぐさま右手のドアのない小部屋へ。

 素早くクリアリングしながら部屋の中に異常が無いことを確かめ、出ようと踵を返し――左手で抜いた拳銃を右脇の下から向け、クローゼットの中から飛び出てきたターゲットの脳天に二発。

 拳銃をしまい、次いでベストのホルスターから閃光手榴弾を取り出すと、新たなドアを僅かに開けて中へと投げ込む。

 一拍遅れて鋭い破裂音と隙間から漏れてくる白い閃光。

 ドアを開けつつ、人質の絵がプリントされた人形を盾にするように置かれたターゲットが視界に飛び込んでくる。

 銃を持った手の方の肩、頭の順に撃ち抜き――身体を傾けて照準したまま左の死角に置かれたターゲットの心臓を撃つ。

 制圧のブザー。

 部屋から出ると、先程制圧したばかりの小部屋から――どういう仕組みなのかは分からないが――ターゲットが飛び出してくる。

 モックの銃を手を持った部分を撃ち、胴体の重要な器官がある箇所を撃つ。

 不意打ちのブザー。

(絶対に遠隔で操作しているだろこれ!)

 回れ右をして、一階の最後の部屋へと挑む――

 最後の部屋へアプローチを掛けるまでおおよそだが体感時間で約30秒くらいか。

(もう少し広く見ればもう少しは早くなりそうだな)

 安全装置をかけながらライフルを身体の横に下げ、左右の手で拳銃を引き抜く。

 長物を握るより拳銃を握る時間が多いせいか、こちらの方がとてもしっくり来る。

 ドアを蹴破りながら、部屋の中央へと飛び込むと左右の銃でターゲットの急所を撃ち抜く。

 5秒と立たずに鳴るブザー。

 拳銃を仕舞いつつ通路へと戻ると、ライフルを構え直しながら二階部分へと向かう――


「――凄いですね彼」

 設置されたモニターを眺める川淵が呟く。

「だろう? とんでもないのが沢山いる武学園だがアイツほど普通じゃないのは滅多にいない――生物学にも詳しい新田くんはどう思うかね?」

 計測器とモニターを注視していた新田へと尋ねる白澤。

「そうですね……カナーリエはあくまで軽減負担の装具類ですので、あれ程までの動きは関係無い。そうなると、彼本人による物となりますが……正直に言って人間の範疇を超えかけているような気がしますね」

「ほほう?」

「移動速度は法務執行機関のオペレーターに迫る程の物ですが、反応速度、空間把握能力、瞬時の対処能力は普通でありません。まるでゲームや漫画に出てくる機械の兵士を見ているみたいですよ」

「機械の兵士か。面白い例えだな」

「ええ、最初のAルームの後ろからの不意打ちは完全に人間では反応出来ないレベルで設定します。なのに彼は反応したどころか、見ないままターゲットの無力化ポイントを撃ち抜いた……これを機械と言わずして何と言います?」

「今までは影海の奴は偶然や運が良かったとはぐらかしてきたが……これは人為的に行えるものなのか」

「理論上は可能です。微細な音や空気の動きを五感の内どれが感じ取り、その対象が動くより早く脳が神経信号を送って、対応する効果器が反応する――それを普通の人間の反射と同じくらいの速度で行っているんです。分かりやすく言うならSFX用語の『バレットタイム』って言えば分かりやすいですかね」

 淀みなく喋る新田の最後の単語にどこか納得がいったような表情の二人。

「なるほど……彼は我々とは違う世界が見えているという事ですかね?」

「噛み砕いて例えればそうです川淵主任。ですが、あくまで今の理論は自分の想像と知識で組み立てた物です、もしかしたらもっと違うかもしれない」

「いやいや、新田くんの言葉なら信憑性があるよ」

 画面の向こうでは、断続的な銃声を鳴らしながら風のようにキルハウスを掛ける少年の姿。

「局長、武学園はああいった少年少女が多いのですか?」

「いいや、アイツが特別なだけさ。他にも優秀な生徒はいるが、アイツほど逸脱した生徒はいない」

 不意をつくように前後から現れるターゲットをほぼ同時に無力化する少年。

「これでも駄目か。まるでファーストパーソンのシューティングゲームのチーターみたいですね彼は」

 画面越しの少年がキルハウス最後の部屋へと差し掛かり、マガジンを手品のような素早さで交換する。

「――新田、今すぐCモードに切り替えられるか」

「えっ」

「やれ、責任は私が持つ」

 白澤の言葉にすぐさま端末を操作する新田。

 画面越しでは少年が今まさに部屋へと突入しようとしている。

「さて……ただの的撃ちは終わりだぞ影海」


――空になったマガジンをダンプポーチにねじ込み、新しいマガジンをポーチから取り出すと交換してリリースレバーを押して弾を装填。

(この感覚ならまだ反動はこなさそうだな)

 ライフルを構え、ドアを蹴り破る。

 中へと突入した瞬間――異変がすぐさま飛び込んできた。

 今までの物とは違い、設置されたターゲットの手には存在感を放つ――本物の回転式拳銃が。

「げっ」

 一気に深く入ってしまうフロー。

 遅くなった視界の中、身体の必要最低限な部分だけ動かす。

 ほぼ同時に銃声が鳴り響き――自分のすぐ後ろの壁に弾丸が突き刺さる。

 拳銃の銃口の上を撃ち弾き、脳天にダブルタップを叩き込む。

 今までとは違うブザーの音。

『――テストは終了だ。戻ってこい』

 天井の小さなスピーカーから白澤先生の声。

「……ふぅ」

 ため息を吐きながら部屋を出て、緊張したテストが終わったのだった。

 二階部分から地上へと降りる階段を使い、先程の待機ルームへ。

「ご苦労だったな影海」

「最後のメチャクチャビビったんですけど」

「すまんな、あれは試験的な奴だ。きちんと当たらないようプログラムしているから当たらなかっただろ?」

「いや、明らかにバイタルゾーン行ってましたけど……」

 自分でなかったら被弾していただろう、それも心臓や重要な内臓器官部分に。

「まさか、私のプログラムにミスがあるわけ無いだろう。さあ、また同じようにやるぞ、さっさと準備をするんだ」

「はぁ、了解しました……」


 こうして、装備や状況を変えてのテストを何度か行い――時刻は過ぎ、夕方。

「――さて、十分なデータが取れたな。ご苦労だったな影海」

 最後のターゲットを撃ち抜き、戻って来ると白澤先生か終了の言葉。

「だいぶ疲れましたよ」

 腕がクタクタだし、フローの連続で頭が少しボーっとする。

「お陰で有用なデータが取れた。報酬は生徒別の口座に振り込んでおくから確認しておけよ」

「了解です」

 元のハンガーへと戻り、装具を脱いでから高級スーツを恐る恐る脱いで制服に着替える。

「ご協力感謝するよ影海くん」

 ホルスターの位置を確かめていると、後ろから話しかけて来たのは新田氏。

「いえ、自分は単に動いていただけなので……」

 ジャケットを羽織り、ネクタイは面倒なので絞めずにポケットに入れる。

「いやいや、お陰で普通よりいい物が取れたよ。それにしても良い動きをしていたじゃないか、最初のテストでの最後はよく反応できたね」

「運が良かっただけです」

「本当かい?」

 眼鏡越しに見つめてくる新田氏の瞳。

「はい」

「ふむふむ……そうなるとあの制御プログラムも少し見直さないといけなさそうだ」

 そう言い、身に着けた上着の内ポケットから薄いカードケースのような物を取り出す新田氏。

「影海くん、よろしければ今後も白澤重工のテスターとして時々でいいから手伝ってもらいたい。学業を優先するのが本来の正しい姿だけど、たまには手伝ってくれると嬉しいよ」

 差し出されたのは新田氏の名前が書かれた一枚の名刺。

「あ、ありがとうございます……」

 すると、ハンガーに入って来る川淵氏と白澤先生。

「新田君、そろそろラボに戻ろうか」

「かしこまりました主任――それじゃあ影海くん、いい返事を期待しているよ」

 肩に手を乗せられ、軽く言い残すと川淵氏と一緒に去っていく。

「なんだ、何か言われたのか?」

「いや、今後もよろしくとしか……」

「アイツの悪い癖だ。まあ、一つの企業に武学生が偏って協力するのはアウトだから、忘れても構わないぞ」

「は、はい……それでは失礼します」

「おう」

 乗り物だらけのハンガーを抜け、機巧科の実験棟を後にする。

「くーっ……疲れたな、明日が休日なだけマシか……」

 スマホの時計を見れば時刻は7時を回ったところ。軽く二時間程はテストを手伝っていたことになる。

「どうするかな……アルマの生活雑貨とか服とか色々買い足しに行くか?」

 だが、あれくらいの女の子の服を自分が探していたら間違いなく変質者かかなりヤバイ奴である。

(奏か合歓に手伝ってもらうか)

 一人、夜の歩道を歩く。

「……アルマの今後の事も考えないとな」

 ある日突然に両親から引き離され、言葉も文化も分からない異国でたった一人だけ。あの歳であんな経験をするのはあまりにも酷すぎである。

 本来ならば政府が管理する保護施設や収容施設に入るか、保護権を持つ両親のいる国へ送還されるのが基本的なルールのはずだがアルマは誘拐によるもの。

 通常であれば保護した外国籍の人間は武学園側が外務省に掛け合って引き渡し、後はあちらに丸投げするのだが再び犯罪に巻き込まれる可能性が高いとなると、あまり任せたくないのが本音な所。

「でも、外務省の施設なら武装官の人達もいるんだし安全といえば安全なんだよな……」

 暁の話が本当であれば自分はかなり危険な組織を相手している。正直に言ってしまえば武学園とはいえ学校を巻き込みたくないし、友人達を面倒事に関わらせたくない。

「……はぁ、どうしたものやら」

 生暖かい夜風に撫でられながら歩いていると、ポケットのスマホが振動。

 見れば電話の主はマルカから。

「さっそくか」

 通話に出ると――

『Алло 聞こえるかしらユウ?』

 肉声より微かに高く聞こえるマルカの声。

「聞こえてる」

『あら、アナタの声って電話口だと少し低いのね』

「いたずら電話なら切るぞ」

『せっかちねえ、公社の事で話があるのだけど少しいいかしら?』

「大丈夫だ。話の内容は?」

『昔のツテを借りて公社の人身売買の人間に聞いてきたわ』

「直球だな」

『お陰で殺し屋共が来そうでおっかないわよ。それで、東欧地域を調べたんだけどやっぱり当たりだわ』

「当たり?」

『ええ、アルマちゃんみたいな綺麗で若い女の子や男の子は誘拐か売られるとマリーズ・セレステ号やマグ・メルを始め世界中の様々な所に送られるの』

「そのまま続けてくれ、聞いているから」

 立ち止まり、近くにあった縁石に腰掛ける。

『それで、ここ半年のマグ・メルへ送られる商品の子供達の国籍を洗ったわ。そうしたらアルマちゃんらしき女の子が一件あったの』

 胸糞悪い話に胃のあたりがムカついて来る。

『で、カナちゃんの予想は当たってたわ。アルマちゃんの出身地はルーマニア、そこの南部のセクトール5よ』

「そのセクトール5ってのは何なんだ?」

『都市部でいう南区や北区みたいなものよ。ルーマニアは全部で5つのセクトールがあるんだけど、セクトール5は他のセクトールと比べると犯罪率が高い地域ね』

「なるほどな、それなら誘拐されたのに納得がいく」

『で、本当に申し訳ないのだけど情報はそこまでなのよ。誘拐した場所や日時までは聞き出せなかったわ』

「いや、それだけも十分だ。本当に申し訳ないな」

『報酬はカナちゃんとミヨちゃんのブラジャーで手を打つわ』

「俺が捕まるから本人達に直談判してくれ」

『それも乙ね――で、もう一つあるわ』

「厄介な話じゃないだろうな」

『違うわよ。今日、古い馴染みに会ってくるから今晩は帰ってこないって事』

「馴染み?」

『そ、軍人時代の昔馴染み』

「おいおい、アレは冗談じゃないのか」

『嘘か本当かはユウ次第よ。それじゃあね』

 そういい、勝手に通話を切られる。

「軍人時代って……アイツ、本当に何者なんだ……?」

 思わず出てしまった呟きは静かに消えていった――

次は1月上旬中に出せればいいなあと思います

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