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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
3/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅲ

頑張りました(良い出来とは言ってない)

(おいおい、なんでスカート履いた状態で登ってるんだよ。確かに動きやすいとは思うけどさ……)

 こちらの心労などお構いなしに美夜や他の人工壁を使う女子達は手慣れた様子で登ってゆく。人工壁から少し離れたベンチでは観客組の女子達が暁を囲み、何やら話に花を咲かせていた。

「もしかして噂の転入生の暁奏さんだよね!? 始めまして!」

「どこの支部から来たの? 東北支部? 西南支部? もしかして海外組!?」

「めっちゃスタイル良いね! 170センチくらいかな?」

「口惜しや……私より大きい!」

「大丈夫だって。私も同じ位だから……」

「意外と面倒だよ? 肩はこるし銃構えると微妙に邪魔だし、男子と組手する時に変な目で見られるし」

「うっわ髪の毛さっらさら! ナニコレ絹糸っ!?」

 汎用機関銃のごとく質問攻めする女子達に少し引き気味の暁が助けを求めるようにこちらを見て来る。

(手に負えないんで無理です)

 頭を横に振り自分ではどうする事も出来ない意思を見せると。諦観(ていかん)した表情を浮かべる暁。

「ねえねえ、CQB訓練で2組の全員負かしたって実話?」

「う、うむ」

 言葉を詰まらせながらも返答する暁に女子達は黄色い声を上げる。

「武装が刃物類だけって本当?」

「本当だ」

「御出身地は日本? 国外? 前にいた支部ってどこ? 前は何科にいた?」

「出身はフィンランド。元北ヨーロッパ支部だ。前衛科に在籍していた」

 ちょっと尋ね過ぎじゃないか……?

「そのスタイルを維持する秘訣はズバリ!?」

「特に何もしていない規則正しい生活と己を抑圧しない事だ」

 必死に暁の話を聞く女子達。大変なんだな……色々と。

「どうして影海のような畜生凡夫と一緒に?」

 何だよ〈畜生凡夫〉て……女子高校生が使う言葉じゃ無いだろ。

「依頼で中央()支部()を案内してもらっていた」

「なるほど。ピックアップや何か脅迫されて嫌々付き合っている訳じゃないと」

「おい、本人が目の前にいるのに、よく平然と悪口を言えるな」

 あれ……? もしかして俺って女子に嫌われてたりするのかな……

「美夜ちゃんと言う正妻がいるのに二人目作っちゃ駄目でしょ。そのうち屋上から投げ飛ばされるんじゃないの?」

「そう言った類の話は止めてくれ。美夜が聴いていたらややこしくなる」

「呼んだー?」

 頭上から聴こえてくる聞き覚えのある声。振り向けば人工壁の頂上部に腰かけた美夜が大きく手を振ってくる。

「あ、幽じゃん! こんな所まで何しに来たのー?」

「客だってよ!」

 美夜に聞こえるよう声を張り上げると暁がいる事に気がついた様子。次の瞬間、ためらう素振り無く美夜が頂上から飛び降りる。

 地面に足が着くと同時に前へ身を投げ出して受け身を取る。すると、むくりと何事も無かったように起き上がり、スカートに付いた土汚れに僅かに渋い顔。

「お待たせ――あれ? 幽と暁さんはどうしてそんな呆けた顔してるの?」

「膝は大丈夫なのか……」

 暁の問いかけ。

「全く異常無いよ? ヘーキヘーキ別に頭打ったりしてないし」

「頑丈過ぎだろ」

「私の丈夫さは知ってるでしょ幽は」

「そうだけどよ……」

 他の女子達は『美夜ちゃんならいつもの事』とか『過保護過ぎ』『チキン野郎』とか言って来るし。見ない所でコイツはどれ程の危険行為を行ってきているんだ……

「で、暁さんはどうして私を探しに?」

「む、ここでは人が多いな……少し離れた所で話しても良いか」

「ほいほい」

 二人が人気の無いスケートパークの方へと去って行くの見届け。ベンチに座りながら女子達の立ち話に耳を傾ける。

「んー……暁さんって只者じゃないよね」

「分かる。『豪傑』とか『達人』っていうの?」

「それ物凄く共感できる! 日本刀とか薙刀持たせたら絶対に似合うよね」

(あー……袴とか和装が合いそうだよな)

 だが出身はフィンランドと言っていた。たぶん片親が日系人なのだろう。海外から編入して来る生徒は珍しく無くいし、教師組にも海外から移住してきた人が何人かいるしな。

「今晩は女子寮が騒がしくなりそうですな」

「グッヘッヘッヘ……身辺情報の洗いがいがありますなぁ」

「高性能な撮影機材借りてきちゃう? 撮影会始めちゃう!?」

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、薄汚れたやり取りをする女子達。後で本人に用心しておくよう伝えておこう。

 すると、話が終わったのかこちらへ戻って来る二人。

「二人で何を話してたんだ?」

「色々とね。幽とは関わりの無いことだから知ってもつまらないと思うよー?」

「そうかい」

 一方の暁は女子達から揉みくちゃにされている。

何社(どこ)のナイフ使ってる? おススメのナイフとかある?」

「やっぱステンレス鋼だよね!」

「いやいや炭素鋼が一番でしょ。硬過ぎる刃は荒く使うと刃こぼれするから」

(刃物の話で盛り上がる女子高校生……嫌だなあ)

 再度始まる質問攻め。今度は得意分野なのか少し表情が明るい――気がする。

「ねえねえ暁さんの持ってる刀剣類を見せてよー!」

「一本だけなら良いが……」

 暁が右手を後ろに回すと、いつの間にか左手に現れたナイフ――カランビットが。

「えっ! いつの間に抜いたの!? 全く分からなかったんだけど!」

 黒地のハンドルと艶消しされた灰色と黒色のタイガーストライプ模様の刀身。鉤爪の様にカーブした刃は両刃で、弧の外側の部分(普通のナイフで言う峰の部分)には少し大きめのセレーション生えている。

人差し指でカランビットを手慣れた手付きで器用に回転させる暁。

「こちらの方は気付いたか?」

 右手には今朝方自分の顔面めがけて放られた投げナイフが。

『おおー!』

 一同が驚きの声を上げ、小さな拍手が浴びせられる。

「暁さんメッチャ格好良い!」

「惚れたわ」

「ちょっとコレは新しい扉が開かれそう」

「男子制服が似合う。これは間違い無い」

 悶える女子達。すげえ……ここまで骨抜きにされてるの始めて見たぞ。

「幽は今の見えた?」

「お前が無理なら俺に見えるわけ無いだろ」

(よくアレを負かすことが出来たよな……未だに信じられん)

 ――その後。美夜達と別れると武学園の様々な施設を紹介して回り。終わる頃には日が沈み始めていた。

「これでほとんどの施設を案内したが……」

 再び戻って来た校舎の前。授業が終わってから二時間ほど過ぎているが生徒や教師はまだ校舎内に残っている。

「まだ見て回りたい所はあるか?」

「特に無い。それで依頼の報酬の話に移るのだが――」

「あー……無償でいい」

 正直言って施設案内だけで金を取るのは気が引けるし。

「…………」

 口を閉ざした暁がこちらを見つめて来る。

「やましい気持ちとか裏なんて無いから身構えないでくれよ」

 そこまで出来た人間じゃないが、分別はそれなりに付いている自信はある。この依頼は無償に値する物であって金銭を取るほどの物ではない。

「……そうか。お主が要らぬと言うのならそうしよう、世話になったな」

 暁が小さく笑みを浮かべると踵を返し、校舎の方へ去って行った。

「……帰るか」


 第二男子寮


 寮に到着する頃には日は完全に暮れてしまい、道路の街灯が点灯し始めていた。一般的なマンションのエントランスに似た空間を抜けて、エレベーターに乗り込むと『五階』のボタンを押す。  

(はあ……適当に食って寝るか)

 目的の階に到着すると疲れた体を引きずりつつ外廊下を歩き。自室の前で止まると鞄の中から部屋のカギを取り出して開錠して我が家へ帰宅。

 土間で靴を脱ぎ。適当に揃えて中の廊下へと上がると、自室へフラフラと入る。

 電灯を点け、鞄をベッドの上に放り投げ。制服の上着とネクタイを脱ぎ、脇のナイフとベルトに装着したホルスターを取り外して机の上に置いておく。

「何を作るかね……」

 カーキ色の腰掛けエプロンを身につけながら献立を考える。

(主食は昨日の残り物を解凍して汁物は適当に味噌と乾燥ワカメで良いか)

 灯りのスイッチを入れてから窓の防火カーテンを閉め。袖をまくり上げながら台所の冷蔵庫の前にしゃがみ込むと中を見る。

「明日か明後日辺りに買い物しないと冷蔵庫がスッカラカンだな」

 昨晩の残り物を取り出して電子レンジに突っ込んでから『温め』ボタンを押す。時間が表示されるのを確認してから、汁物用の茶碗を小さな食器棚から引っ張り出す。

 電気ケトルのお湯が沸くまで少しの暇が出来たので待っていると。突然ポケットに入れていた携帯電話が振動。開いて画面を見てみれば未登録。

「誰だ……?」

 いかがわしいサイトに踏みいれた事は無いし。誰かが勝手に番号を使ったか、登録し忘れていたかどちらか。

 放置するのも面倒なので着信に出てみる。

「はい」

『あ、影海か?』

 聞き覚えのある低い女性の声。

「ええと……柊先生でしょうか?」

『そうだ、お前に一つ聞きたい事がある』

 あれ……いつの間に先生、俺の番号を知ったんだ?

「何の用でしょうか」

『たしか影海の寮部屋は今一人で使っていたな?』

「そうですが……」

『それだけ確認したかった。切るぞ』

 一方的に柊が喋り終えると、プツリと回線が切られる。

「放課後に奴の声を聞くなんて……運気下がったかもしれん」

 タイミング良く鳴る電子レンジの音と沸騰したお湯の水音。

「おっと……」

 冷めた飯ほど悲しい物は無いので急いで夕飯の準備にとりかかる。木製の盆お盆に主食、白ご飯、味噌汁、飲み物を載せてテーブルに着く。

 時刻は午後の六時を過ぎた頃。置いていたリモコンでテレビの電源を点け、一人で夕飯を頂く。

(んー、もうちょっと味濃い目が良かったかもしれないな……)

 本来ならこの寮部屋は3人~4人がルームシェアして使う部屋。2年生に進級してから今年の4月上旬までは3人で使っていたのだが。一人は海外の武学園へ転入、もう一人は依頼で発生した銃撃戦で重傷を負い長期休学。

 現在は自分一人で使用しており、空き部屋が三つもある状態。時々斎藤や他の男子共が遊びに来てそのまま宿泊していく事もあるので決して無駄にはなっていない。

 しかし、自分は一人でいると寂しく感じてしまう性分なので正直、同居人がいた方が精神的には落ち着く。

(やっぱり寂しがり屋なのかねえ……自分は)

 テレビから流れるニュース番組に耳を傾けながら夕飯を食べていると。玄関の方からチャイム音が。

「ったく、飯の時に……」

 箸を置いて椅子から立つと台所で口をゆすいでから玄関に向かう。扉には魚眼レンズは付いていないので来訪者の顔を拝むべく扉を少しだけ開く。

「どちら様でしょう……か――」

 隙間から見える艶やかな黒髪と女子制服。急いで扉を閉めようとするが空いた隙間に靴を突っ込まれる。

「そう言うのは間に合ってますんで!」

「私のどこが押し売りに見える!」

「嫌だ! 絶対に開けないぞ!」

「開けろ!」

 本日3度目の来襲。もう勘弁してください……

「なんで1日に3回も会うんだよ! 」

「私が知りたいくらいだ! いいから扉を開けろ!」

 突っ込まれた暁の足を蹴るがビクともしない。

「嫌だよ! どうしてお前が俺の部屋を知っているんだよ!」

 一瞬、ブランド物のクラブバッグと一メートル程の布袋が見えたのは見間違いにしておこう。

「いいから私を中に入れるのだ!」

「何でお前を入れなきゃいけないんだよ! ここは男子寮だぞ!」

 すると、隣の扉のドアノブがガチャガチャと動く。

「げっ……」

 この状況で他の奴から見られたら最悪な事になりかねない。

「……分かったよ早く入れ!」

 扉を開けるとバッグを片手に暁が土間へ上がる。タッチの差で隣の奴が出て来る。

「おい影海。声がデカイぞ、少しは抑えてくれよ」

「すまんすまん」

 軽く謝ってから扉を閉めるて振り返ると暁の顔が間近に。

「うおっ!?」

 思わずのけ反ってしまい後頭部を扉に強打する。

「ここがお主の寮部屋か」

「分かったから早く上がってくれ。ここの土間は狭いんだよ」

 暁との距離が30センチ程しか無いので色々と近い。

「そうか、失礼する」

 外履きを脱ぎ、行儀よく揃えて端に寄せる。

「ふむ……想像していたよりも片付いてるではないか」

 黒の靴下を履いた暁の右足の親指がフローリングを器用になぞる。

「こまめに掃除してるんだよ」

「同居人はおらぬのか? お主以外に人の気配がしないが」

「立て続けに退去者が出てな。今は一人で使ってる……っていうか何しにここへ来たんだよ」

「立って話しきれるほど短い内容では無い」

「そこまで面倒な事になってるのかよ……」

 もう何が来ても驚かないぞ。

「――あ、ちょうど飯中だったんだ。片づけて来るからちょっと待っていてくれ」

「申し訳ない」

 暁を残してリビングに戻る。テーブル上の料理は少し冷めてしまっており、思わずため息が漏れてしまう。

(まあいい。今はアイツをなんとかせなきゃいかん)

 料理と白ご飯をを台所の台に戻してから布巾でテーブルを綺麗にふき取り。消臭剤を撒いて料理の残り香がある程度消えたのを確認する。

(こんなもんだろ)

 廊下で待っている奴を呼びにドアを開けると――

「……おい」

 使っていない倉庫部屋のドアを少しだけ開け、頭だけ突っ込んでいた。慌てて顔を引きぬく暁。

「き、気になったのだ! この部屋以外は何も見ていないぞ!」

「分かったから。あとリビング入ってもいいぞ」

 恥ずかしそうに顔を少し俯かせて横を通り過ぎてゆく。なんか印象の表裏が激し過ぎじゃないか……?

 戻ってみれば部屋の中を物珍しそうに見まわしている。

「特に面白い物は無いぞ」

 日頃から美夜が入り浸ってるせいで物を隠す技術だけ上達しているからな。諜報科の潜入技術に長けた奴くらいじゃないと見つけられないはず。

「ふむ、比較的片付いているし不潔ではないな」

「部屋の評価は良いから。どうしてウチに来たのか教えてくれよ」

「おっと、そうであったな……」

 バッグを床に置くと姿勢を正した暁が喋り始める。

「お主と別れた後、武学園から伝えられた都市部のホテルに向かったのだ」

「……まさか学園側が予約を忘れていたとか?」

 大きなため息を吐く暁。

「その通りだ。フロントマンに尋ねても『御予約のお電話は頂いておりません』と言われてな」

「ビジネスホテルなりカプセルホテルなり探せばあっただろう」

「グレードの低い所は信用ならん。置き引きやスリに遭ったらどうするのだ」

 もしかしてコイツ……かなりの金持ち?

「なあ、泊まるはずだったホテルの名前を念のために教えてくれるか」

「『Colore』と言うホテルだ。聞いたことぐらいはあるだろう?」

 聞かなきゃよかったぜ……高級もなにも一泊何十万が最低レベルの最高級グレードのホテルじゃねえか。

「じゃあ、泊まる部屋はもちろんスイートルーム?」

「当たり前だろう。それ以外に何があると言う」

 マジモンのお嬢様かよ。

「……で、どういう経過があって俺の部屋を知ったんだ?」

「職員室で残業をしていた柊殿に相談したらお主を紹介された」

 あの凶暴教師、生徒の個人情報を勝手に使用しやがったな。

「で、今日一晩だけ泊めて欲しいと」

「うむ」

 躊躇(ためら)うことなく肯定する暁。

「もし断った場合は?」

「適当に武学園の敷地内で野営する」

「根性あるなお前……」

「いさぎよく私を泊めてくれ。同年の女子(おなご)と一晩同じ屋根の下で寝れるだけ役得だろう?」

「銃かナイフを常に持ち歩いている武学生の時点で色気もクソもねえよ」

 少し衝撃を受けた様子の暁。

「よし、私を泊めてくれたら美味しい手料理を作ってやろう。それでどうだ」

(フィンランド料理は穀類がメインだったよな……一度も食べたこと無いなし。しかも手製と来たか……)

 そりゃあイチ男子として女子の手料理は嬉しい事この上ない……しかし、明日は普通に授業がある日。90%の確率で来襲して来るであろう美夜への対処や、他の奴から見つからずにどうやって登校するか……

 しかし、武学生とは言え一応は二十歳にも満たない一人の女子。五月とはいえ夜は冷え込むし、野営装備を持っているかすら怪しい。

「……分かった。ただし、我がままや文句を言いだしたら容赦なく部屋から追い出すからな」

「奇遇なものだ……お主には本当に色々と世話になるな」

「本当にな。誰かに意図的に操作されてるんじゃないかって思うよ」

 ふと時計を見れば時刻は夜の7時に差し掛かる頃。

「ああそうだ、寝場所だが――」

「そこのソファで足りる。我がままは言えないからな」

 イタズラな表情を浮かべてで茶化してくる。

「あと、俺の目に付きたくない事をする時はお前がさっき覗いていた部屋を使ってくれ」

「あの部屋か」

「あとは自由に使っていい。ただし、人が来たら全力を尽くして隠れるように」

「目撃者の口止めは得意だぞ」

 容易に想像ができるぜ。ナイフ首元に付きつけられるんだろうな。

「じゃ、後は適当にくつろいでくれ」

 冷めきった夕飯が載ったお盆をテーブルの上に置き。再び食事を始める――

「なんで見つめてくる」

 こちらの食事風景を見つめてくる暁にしびれを切らし、思わず口を開いてしまう。

「な、なんでもない……!」

 そっぽを向かれ。暁の髪が遅れて揺れ動く。

「そうかい」

 すると、前の方から『くー』と言う小さな音。視線を上げると恥ずかしそうに顔を伏せ

 る暁の姿が。

「メシ……作るか?」

「……頼む」

 垂れた髪の毛の間から見えた耳が真っ赤なのはあえて触れてやらない事にした。


 要望は特に無かったので、乾燥ネギと短冊切りにした油揚げを入れただけの簡単な煮込みうどんを作り始める。

 椅子に座った暁が調理過程を興味深そうに眺めて来る……そんなに珍しいのだろうか。出来あがった物を器に流し込みながら。ふと浮かびあがった疑問を聞いてみる。

(はし)は扱えるのか?」

「もちろん」

 客用の塗り箸とうどんを前に置く。

「頂きます」

 髪をかき上げて後ろで一つにまとめると、合掌してから熱そうにズルズルと食べ始める。

「……」

 風呂に入るには少し早いし。見たいテレビ番組も無いので、頬杖ついて食事風景を観察する。

 一瞬、こちらをチラ見すると器を自分の方に寄せる暁。

「やらないぞ」

「要らねえよ」

 こいつと話していると何だか調子が狂うな。

「素朴だが美味しいぞ。嫌いではない味だ」

「そ、そうか」

 正面きって褒められるってのは、どうもこそばゆい。

「随分と自炊に慣れてるようだが」

「武学生は身体が資本だろ。武装や日々の訓練も大切だが身体がヤワじゃ話にならん。それにどれだけ驚異的な武装をしていても、それを扱う人間が貧弱だったら宝の持ち腐れだろ?」

 それに『腹が減っては戦が出来ぬ』や『An army marches on its stomach(軍隊の進軍は腹次第)』と言う言葉もある。それほど『食』は重要なものだ。

「だから食事にはそれなりに気を使ってるんだ。まあ些細な程度だがな」

 食べながら面白そうに話を聞いていた暁。

「ふふっ、実に面白い事を言うなお主は」

「周りから変な奴とよく言われるよ」

 食べ終えた暁が箸を置くと。ぺこりと頭を下げて来る。

「馳走になった。それと湯を借りるぞ」

「ん? ああ、適当に使ってくれ。食器は俺が片付けておく」

「すまんな」

 バッグと布袋を両手に廊下へと去っていく暁。

(今日は早めに寝よう……)

 食器を片づけながら一日を振り返っていると思わずため息が出てしまう。すると、廊下の方――洗面所の奥にある風呂場から聴こえてくるシャワーの音。

「これは……リビングから出ない方が良いな」

(下手に動いたら大惨事になる……ここは待ちに徹するしかないぞ)

 バスタオル一丁で部屋の中を平然と徘徊する美夜には何とも感じないのに。暁だとここまで緊張するのはどうしてか。

「そうだ、テレビを見よう。頭を空にして何も考えないようにしよう」

 エプロンを身に付けたままソファに腰掛けテレビを点灯。公共放送のニュース番組に変える。取り上げられているのは近頃散発的に発生している『連続下着泥棒』の事件。

 1週間前に数人の後衛科の奴らが調査協力の依頼を請けたと聞いたが、未だに解決されていなかったのか。

「単独犯で50件? 馬鹿を通り越して逆に凄いな……」

 平和と言えば平和だがまぎれも無い窃盗事件だし、50件となると結構な被害総額になるだろう。

「そう言えば去年もこんな事件が武学園で起きたっけな」

 美夜やSクラスの武学生による追跡から逃げ切った唯一の犯罪者……今はどこで何をしているのやら。

 次々と流れてい行くニュースを眺めていると。後ろからドアの開く音に続いてほのかなシャンプーの良い香りが。

「風呂の使い方分かったか?」

「うむ。だが、やはりサウナは無いのだな」

「そりゃあここはフィンランドじゃないからな――」

「どうした? 口が開いたままだぞ」

 少し赤みの差した顔と湿った濡れ羽色の髪。巻いたバスタオルの下から主張する歳相応サイズの胸。バスタオルに隠されていない腕や脚は引き締まっており、程良く筋肉がついている。

「いや……えっと……」

 たぶん顔が真っ赤なんだろうな今の自分。

「……? まあいい、飲み物を頂くぞ」

「あ、ああ……」

 バスタオル姿のまま台所へ向かう暁。視界に入る小振りで形の良い臀部。

(いかん……こりゃいかんぞ)

 視界を逸らすが、脳裏に残る暁の艶めかしい姿が離れない。逃げようにも視界に暁が入ってしまうので無理。

(耐えるしかない……)

 しかし、こちらの苦悩などつゆ知らない暁は追い打ちをかけて来る。牛乳の入ったグラスコップを片手に隣へやって来ると。あろうことかバスタオル姿で真横に座る。

「ふう」

 鼻をくすぐる良い匂い。

(おいおい一体何なんだ!? 狙ってやっているのかコイツは……!)

 グラスに口を付けると盛大に一気飲み。かすかに上下する胸に目が吸い寄せられそうになるが必死にテレビの画面を凝視する。

(相手はSクラス……! 相手は凶暴なSクラス! 落ち着け……冷静になるんだ、相手は鉈をブン回すんだぞ!)

「――っぷはぁ。やはり湯上りは冷えたミルクに限る」

「オッサンかお前は」

「なに? 私はちゃんとした女子だぞ、失礼な奴め」

「女子と言うならせめて下着くらいは着てくれ。その格好じゃ説得力がゼロだぞ」

「暑くてかなわんのだ。ちょっと間くらい良いだろう」

「良くない。せめて下着くらいは着てくれ」

 こちらとしては非常に厳しい状況なんだよ。

「やれやれ、女子の半裸が拝めるだけもうけだと言うのに。なんと勿体ないの奴だ」

「自分で言うなよ」

 フィンランドの人ってこんなに開放的な人柄なのか……? 違うな、こいつが開放的過ぎる性格なんだ。

「――おっと、そろそろ髪を乾かさなければな……」

 時計を見た暁がソファから立ち上がり、廊下へ去っていく。

「もう部屋に引き籠ってよ……」

 これ以上精神的に疲れると、起きる時間通りに目を覚ます事ができるのか心配になって来るので自室へ退散。

 作業台兼勉強用の机に向かって座り、特にすることも無いので銃の整備を始める。

 分解した銃のスライドの内側を布である程度拭き、クリーニングオイルを付けた洗浄用の専用ハブラシで綺麗に磨いてく。フレーム部分とグリップの中も同じように綺麗に、めん棒と布で隙間に残った汚れと油気をふき取る。

 次に重要な部分であるバレル(銃身)部分に取りかかる。バレルは精度に関わって来る非常に重要なパーツなので丁寧に扱う。クリーニングロッドの先端に綿のスワブを取り付け、バレル用のオイルを少し浸してから中に差し込む。

(昔は簡易分解すら怖がりながらやってたよな……懐かしい)

 机のライトでバレル内を照らして大丈夫なのを確認。仕上げのオイルと清潔なクロスで全てのパーツを拭いてゆく。最後にバレルをスライドに入れてはめ込み、先端のサプレッサー用のラグ(突起)に真鍮のカバーをキコキコと被せる。

 残りの一丁は昨日整備したばかりなので今日は無し。代わりに今日のCQB訓練で酷使した銃剣とシャープナーセットを出す。

「そろそろ今日みたいな無茶は辞めるか……」

 そのうち映画や漫画みたいに刃物で銃弾を弾いたり、アクロバットな動きで撃ち出された銃弾を避けだしたりするかもしれない。

(……いや、さすがに銃弾を目視で避けるのは無理だろ。刃物で弾いても角度的に当たるし)

 しょうも無い事を考えながら作業を続け。ふと、机の端に置かれた小さな時計を見ればいつのまにか9時を過ぎている。

(風呂入ってさっさと寝よう。これ以上起きていると厄介な事に巻き込まれかねん)

 銃剣とセットを片づけ。着替えを取り出して部屋から静かに出る。リビングと廊下を繋ぐドアの向こうからはテレビの音声が聴こえてくる。

(どうか明日の朝は気持ちよく起きれますように……)

 ――こうして、騒がしい1日を無事終えることが出来たのだった。

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