Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-ⅩⅤ
続きです
襲撃から1時間後。
都市部の海岸線。滅多に人の訪れることが無い、倉庫群のとある一つの倉庫内。
本来であれば資材や機材類を保管する倉庫だが、現在は様変わりしていた。
倉庫の中央や端に置かれた複数のテーブルと椅子。端には小さなテレビが置かれ、その近くの壁面には大型の無線機が置かれ、まるでどこかの軍隊の基地のような内装。
そして、倉庫内にいる男達の共通点といえば――全員が日本国外の人種であること。
日本語ではない言語が倉庫の中に現れては消え、まるでこの倉庫の中が違う国になったかのよう。
――そして、倉庫へと出入りする為のドアが突如、音を立てて叩かれる。
見張り役の一人がスライド式の覗き窓を開け――たちまち血相を変えて錠を開ける。
中へ入って来たのは作業着姿の女性。四肢が拘束された男を肩に担いでおり、敬礼していた見張りの男に投げ渡し、二、三言残すと倉庫の中を進んでゆく。
それまで弛緩した空気の中、ポーカーや読書、スマホートフォンに興じていた男達が女性に気付くやその場に立ち上がり、強張った表情で背筋正して敬礼をする。
女性が片手で座るよう催促するが、男達は微塵も動くことなく敬礼をしたまま。
女性が苦笑いしながら小さなため息を吐くと、倉庫の二階部分へと続く階段を登り、二階の奥のドアの向こう側へと消える。
張り詰めた空気が僅かに緩むが、先程の穏やかな空気へ戻るには難しい程。
そして、ドアの向こう側。二階に設けられた簡易的な就寝スペース。何人かが仮眠を取っており、女性は足音立てずにさらに奥へと進む。
就寝スペースの突き当りの壁に設けられたドア。女性が中へと入ると、身に着けていた作業着の上を開けて上半身が下着だけの姿になる。
奥の部屋は広い就寝スペースとは僅かに違い、部屋の四隅にベッドが置かれ、四つ全てがバラバラな装いが凝らされていた。
作業着の腕の部分を腰に巻き付け、ため息混じりに奥のベッドに音を立てて腰かける。
「はあ……次会えるのはいつになるんだろうか……」
ポツリと誰もいない部屋に女性の声が消えてゆく。
ポケットから取り出したスマートフォンを操作し、画面に映し出される黒髪の少年。
「はあぁ……ユウさん……」
ベッドに突っ伏し、大きなため息を吐く女性――レーシャ。
「任務がなければ、心ゆくまで堪能出来たのに……はああぁぁ……」
置かれた枕に顔を埋め、深々とため息を漏らす。
――部屋の外。ドアの前ではレーシャへ報告をしに来た男達が数名立ち尽くしており、伺うタイミングを今か今かと図っている。
だが、今の状態の彼女に話しかけるというのは自殺行為に等しい物であることは誰もが知っている事で、三人はただただドアの前で立ち尽くすだけ。
「おい、また少佐が男を見つけたのか」
「そのようだ、昨日の晩に少尉や軍曹と話しているのを聞いたぞ」
「今度はどれ程の被害が出るのやら……いい加減、大佐を見つけなければ我々の身体が持たないぞ」
神妙な面持ちの三人が小声で話し合う。
「それでどうするんだ、いつまでもここに居ては少佐からお叱りが飛んでくるぞ」
「だが、あの状態で少佐に話しかけるのは自殺行為だ」
「これでは手詰まりじゃないか……」
立ち尽くす男達。
「――なにやってるんだあんた達」
三人の沈黙を破るように掛けられる声。
「バ、バタノファ少尉!」
姿勢を正し敬礼する三人。
「人の部屋の前でなに突っ立っているんだい」
「それが……」
事情を話す三人。
「あー……今回は過去最高に重症だから、当分の間は仕事の話しを持ち込まないほうがいいな」
「そ、そんな……」
「まあ、レーシャは荒事担当だからな。細かいのはアタシとトリシャに任せときな」
「それでは我々の報告は……!」
「あたしが聞いてやろう。ここじゃなくて下でな」
安堵したような表情の三人。
――そして、ホテルで分かれた残りの二人が倉庫へと戻って来ると、三人は一階部分に置かれた丸形のテーブルを囲んでいた。
「よし、それじゃあ各々の仕事に取り掛かるとしますかね。トリシャ、いつも通り頼んだよ」
「はいはい分かってるわよ」
防水加工が施されたエプロンを身に着け、袖まで伸びる手袋身に着けたコーシュカ――トリシャが椅子から立ち上がると、倉庫の奥へと歩いてゆく。
「レイラ、私は車の解体で当分の間は出てこないから外は頼んだからな」
「分かった」
抑揚のない声で返事をするフィリュン――レイラが倉庫の外へと出ていく。
「……さてと、あたしも仕事に取り掛かるとしますかね……」
そう呟くと、レイラとは反対方向の倉庫の外へと出ていくサバカ――イリーナであった。
中央支部・第二男子寮
嵐のように爪痕を残していったレーシャさんの鮮烈な記憶が残ったまま、自分とニアは武学園へと戻っていた。
「さてと……アルマの様子はどうなのやら」
ニアを情報科の棟まで送り届けて分かれた後、島内に建つ武学園お抱えのスーパーで食材や雑貨品を購入しに寄り道したため、夕日が水平へと落ちる寸前の時間帯になっていた。
両手に持ったビニール袋を持ち直し、エレベーターで自室の階まで登る。
(帰ったら様子を見て、夕飯作って、アルマの身の回りをキチンと整えて……)
やる事が多すぎる。
懐かしの我が家(部屋)に付くと、ドアを開ける。
土間には合歓のサンダルに加えて暁の靴と……誰だろうかこの靴は。
サイズ的に美夜ではないし、アイツはこんな高そうなローファーではなく無骨なタクティカルシューズである。
(サイズ的に女子だよな……)
自分の部屋に来訪する女子など、考えられるとすれば月島あたりだろうか……?
嫌な予感が脳裏に過りつつも、廊下へと上がってリビングに繋がるドアを開ける――
「おお、戻ったか幽」
最初に反応したのはソファに腰かけた、ブラウスにスカート姿の奏。
「……これはどういう事なんだ」
「あっ、ユウじゃんお帰り~」
リビングの中央。正方形の大きな布の上に規則正しく置かれた三色の布。
それを囲むように合歓、アルマ、そして――
「お邪魔していますね」
「なんで葛葉がいるんだ」
――制服姿の葛葉が正座して座っていた。
「私が連れて来た。生徒会の手も借りられないかとな」
「どういう事だ?」
「まずはその荷物かした方がいいんじゃない?」
サイコロを振りながら合歓が言葉を足してくる。
仕方がないので冷蔵庫に買ったものを入れ、それ以外は適当な所に置いておく。
「それで、どうして生徒会が出て来たんだ。そもそも葛葉はアルマの事情を知っているのか?」
食事で主に使うテーブルとセットで置いた椅子に腰かける。
「ああ、犯罪の被害者でやむを得ずここに居ることもな」
葛葉と合歓の二人が見えない角度で奏がアイサインを出してくる。
(公社の話しは出していないって事か……)
「……なるほどな」
「安心してください幽さん。アルマちゃんの身元が判明するまで武装官本部が所有する施設で過ごして頂けることも出来ますから」
ボードゲームから離脱した葛葉が自分の正面の椅子に腰かける。
「施設?」
とんでもない単語が出て来た。
「はい、都心からそう遠くない所に武装官本部が所有する犯罪被害者の方々のリハビリ施設があります。そこは拉致被害者の方も何人かおります」
「犯罪組織が絡んでくる――って言っても武装官本部の施設なら安全か」
あそこを襲撃しようものなら軍隊かそれ相応の武力を持った奴らでは無いと無理な話だろう。
「ですから、手詰まりになった場合はそこでアルマちゃんは生活してもらいます」
「だが、そんな金のかかりそうな事をして平気なのか?」
「安心してください、費用は外務省と武学園が全額持っていますから。いざとなれば生徒会からも幾らかおります」
「ひとまずは、それで着地点は落ち着いているのだが……幽は何か考えはあるのか?」
「俺からか……?」
正直に言ってしまえば、安全面や金銭面を考えれば葛葉の厚意に預かるのが正しい選択だろう。
だが、本人の意志はどうなるのか? 一番重要なのはそこである。
「俺は……」
――言いかけた所で突然ドアが開かれ、思わず見入ってしまう。
「……あら? 私、なにかやっちゃったかしら?」
いたのはスーツ姿のマルカ。
「お前かよ……」
「お腹空いたわユウ、早くご飯作ってちょうだい」
鞄やジャケットやらを投げてくると、合歓とボードゲームで遊んでいたアルマの横に座るマルカ。
「あ~ん、やっぱり天使みたいな反則級の可愛さだわ~」
アルマを抱き寄せると、人形のように抱擁しながら表情を和らげるマルカ。
「わあ、本当に噂の臨時講師さんだよ。本当に同居しているんだね」
「あら? 貴方は……なるほど男にしてはイイ趣味してるわね」
「ありゃ、一発で見抜かれちゃうか……只者じゃないですね、先生?」
「職業柄聡くないといけないのよ。それより『マラケシュ』なんて珍しいわね、こっちじゃあマイナーじゃないのかしら?」
「ボードゲーム好きなんですよ自分、先生も遊ばれます?」
「そうねえ、アルマちゃんが負けそうになってるしお助けとして参加するわ」
スーツ姿のままボードゲームを遊び始める三人。
「……とにかく、私の案はあくまで最終的な物です。私からも外務省に掛け合ってみますので」
椅子から立ち上がり、リビングから出ようとする葛葉。
「――それと、幽さん」
「なんだ?」
「幽さんだから信頼しますが……くれぐれも、学生の身分から逸脱した行動などは起こさないで下さいよ?」
どこか恥ずかしそうに注意してくる葛葉。
「大丈夫だ、腕っぷしでどちらにせよ負けるから」
「そういう問題ではないのですが……まあ、幽さん信じます。それでは――」
見送ろうとするより早く土間の靴を履き、部屋から出て行ってしまう葛葉。
「さて、私も腹が減って仕方が無いぞ幽」
「お前もかよ……分かったよ、今から作るから三人の子守をしていてくれ」
「ボク、お肉食べたーい」
「ちゃっかり相伴預かろうとするなっての……」
こうして忙しい一日が終わろうとするのだった――
時刻は過ぎ――夜の10時を過ぎた頃。
合歓は自室へと戻り、アルマは奏の部屋で眠りについていた。
「――ほらよ、これが約束の端末だ。24時間モニタリングしてるから変な真似はするなよ」
「Спасибо 助かるわ~」
渡すと、ポチポチと熱心に操作し始めるマルカ。
「……さて。疲れているとは思うが、我々の今後について色々と話し合う必要があるぞ、幽」
「公社の事か?」
「そうだ、知ってしまった以上、お主には色々と知ってもらう必要がある。もちろんマルカからも説明をしてもらう」
「まあ、公社に直接関わっていたものね。だけど、私は実働隊なのと一年少ししか所属していなかったから上の話しとかは全く知らないわよ?」
操作していたスマホの画面から表を上げるマルカ。
「それでも十分だ。今までの公社の関係者はどいつも口を割らなかったからな」
奏の物騒な発言。
「だが、まずはどこから話したらいいものか……この前に話したのが現状私が知っている全貌だからな。公社が何を目的に活動しているのかは、正直な所分からない」
「えっ」
「奴らの明確な答えが無いのだ。普通の犯罪組織や犯罪者は何かしらの目的があり、犯罪を犯しながら行為を働いているだろう?」
「ああ」
「だが、関わった事件はどれも一貫性がないのだ。精々まとめれると言えば主犯格に武器の供給や人員提供、情報協力と言った『テロに助力している』ことだけ。奴らが主体となって起こした事件というものを聞いたことが無いのだ」
「なんか変な犯罪組織だな。まるで犯罪者の斡旋所みたいな所じゃないか」
「斡旋所?」
マルカが自分の言葉に返してくる。
「ああ、仕事を探している人に色々な仕事を紹介する場所のことだよ。そっちはないのか?」
「民間じゃなくて国主体でそういう事をしているわね――しかし斡旋所とは面白い表現ね」
「変だったか?」
「……いや、非常にすんなりと理解できるな。なるほど……犯罪者の斡旋所か、言い得て妙だ」
なぜか納得したような表情の奏。
「マルカよ、お主が所属していた時。公社からはどのような仕事を請け負っていた?」
「そうねえ……公社に関係を持っている要人の警護とか、敵対した組織の構成員の誘拐に尋問とか、殺し以外はほとんどやって来たかしらね」
「殺人をしていないとは意外だな」
「当り前じゃない、汚れた手で清らかなるなる女の子を触るなんて絶対に出来ないもの」
冗談なのか本気なのか判断の付きにくい言葉。
「まあそれは置いといて……他の公社の構成員とはどうしていたのだ? お主と一緒に行動していた殺し屋や他の者達を覚えているか」
「ロッソとかそいつの部下達の事? アイツらは私の『監視役』みたいな物よ」
「そもそも、マルカは都市部に何しに来ていたんだよ。下着泥棒だけって訳じゃないだろう?」
「そうね……どうせ宮原センセに白状した事だし別にいいかしら……」
ポツリと呟くマルカ。
「私はここ、都市部に公社の拠点を作るための『協力者』を選別しに来た――調査員ってわけよ」
「調査員?」
「そう。先月からね都市部で犯罪組織巡りしていたのは。ボウヤに捕まる寸前は小さな暴力団に公社からの土産として銃火器を渡したわ――ま、そいつらはヘマこいて公社の私兵に掃除されたけど」
さも平然と話すマルカに一瞬だけ怖気が走ってしまう。
「……まさか、拳銃とサブマシンガンの詰め合わせのセットじゃないよな……?」
「あら? もしかして銃を盗んだ不良を逮捕したのってボウヤ達?」
スピリタスの入ったグラスを片手に笑うマルカが尋ねてくる。
「そのもしかしてだよ……まさかお前が絡んでるとはな。罪状追加してもらうからな」
「ねえ取引しないボウヤ? 私の罪状を黙ってる代わりに私は貴方に全面協力するわ」
露骨な上目遣いにはだけた胸元を見せ付けてくるマルカ。
「駄目だ。後日報告するから大人しくしてろ――話を再開してくれ」
「ちぇっ……柊先生は何のお酒が好きなのかしら、聞いておく必要がありそうね――で、公社はここ日本に拠点を作るために私を調査員として派遣したってわけ」
「他には何か請け負ってなかったのか?」
「本当にそれだけよ」
空になったグラスに新しく注ぎながらマルカが答えてくる。
「じゃあ、お前と一緒に行動していたロッソとかいう殺し屋は一体何だったんだよ。突入する寸前に何だか仲間割れしていたらしいじゃないか」
「アイツは殺し合いでしかイケない変態よ。それで私に喧嘩を吹っ掛けて来たって訳」
「お前ならロッソが潜伏している所を知っているんじゃないのか、公社の事を教えるついでにその事も教えろよ」
すると、何故かマルカが眉をひそめた怪訝な表情。
「……ボウヤ、まさか知らないの?」
「なにがだよ」
「ロッソは殺されたわ。私達がやり合った造船所からそう遠くないコンテナ置き場でね、聞いていないの?」
「なんだよそれ、初耳だぞ」
あの時の事件に関わっていた奏の方を思わず見てしまう。
どうやら奏も初めて聞いた話しだったらしく驚きの表情を浮かべている。
「どうやら生徒には話をしていないみたいね……ロッソは埠頭のコンテナ置き場で額を撃ち抜かれて殺害されていたわ、お供の兵士達も同じようにね」
「おいおい、聞いた話ではかなりの危険な奴だったんだろロッソは」
奏の説明ではたしか元PMCだったと。
「頭はイってけど殺す事については優秀な奴だったわ。でも、学園の現場検証ではロッソとその仲間以外の足跡があったけど、トラッキング防止用のソールパターンが無い靴で追うのも困難。それ以外は何も無し……まるで幽霊みたいな『誰か』が一方的に殺したという推測の元、学園が目下捜索しているのよ」
信じられない裏側の話しに思わず深く息を吐いてしまう。
「正直に言ってアイツを一方的に殺せる奴なんて早々に居ないわ。それこそアイツより腕が立つ同業者か、それに近い事を普段からしている物騒な奴か」
「それじゃあ……公社の事について話せるのは現状お前と奏ぐらいしかいないのか」
「そういう事ね――それと、私は公社の仕事をしていたって言っても実際は数か月くらいしかしていないのよ」
「なんだって?」
「半年以上、とある一人の要人を警護をしていたのよ公社関係のね」
どこか懐かしむような表情を浮かべる。
「もちろんそれも説明してくれるんだろうな?」
「そうね……言ってもいいのかしらカナちゃん?」
なぜか奏に話を振るマルカ。
「……仕方があるまい。マグ・メルに関わる以上避けて通ることの出来ない道だ」
「私としては出来れば関わりたくないんだけれどもね」
「お、おいおい……なんだよ二人して……」
「私が警護していた人物……それは、豪華客船『マリーズ・セレステ号』の船長である女社長――ヴェラ・フーリエという人物よ」
「ん? その船って……」
聞き覚えのある名前に思わず奏の方を向いてしまう。
「そうだ、先日お主に聞かせた豪華客船だ。公社との濃い関係があると各国の情報機関から疑われている」
「おいおい、ズブズブの関係なのかよ」
「そうよ、マグ・メルは娯楽と快楽を提供する側で、ヴェラはその利用客を選び、運ぶ――いわば選定役ね」
「なんとなく分かったけど……そういえば奏の所に招待状が届いているって言ってたよな? 公社と関係がある船と奏がどうして……」
セレステ号が公社と関わっているという事はその客も公社に一枚噛んでいるという事。
「……それについてはまだ幽には教えられない……だがこれだけは信じてくれ、私は武学生だ。公社と関係を持っているような事は断じて無い」
青い瞳が、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「……奏が普通の武学生じゃ無い事も、俺や皆に言えないような秘密と隠している事もなんとなく分かるよ」
黙り込む奏。
「誰でも他人に言えない秘密はあるだろうし言いづらい事があるのも理解は出来る」
「幽……」
「それに、もし奏が公社の人間だったら今頃俺は寝首掻かれて海に捨てられてるだろ――だから腑に落ちない点とかあったりするだけど……ひとまず信じるよ」
特殊部隊と思しきハルマーさんや、国外の情報機関とのコネがある奴なんて滅多にいるものではない。
「……本当に信じてくれるのか?」
「通しきるほど嘘吐くの上手くないだろ奏は」
「たしかに否定は出来ないが……」
「だから、ひとまず信じるさ。流石に後ろからバッサリだなんてしないだろ?」
「当たり前だ」
奏の即答。
「じゃあ、そういうことにしよう――で、極端な話し、船の船長とマグ・メルの経営者の犯罪の現場に居合わせて捕まえればいいだけの話しだろ?」
自分の言葉に呆れた表情の二人。
「あははは! 馬鹿言うわねえボウヤ」
「単純だが、荒唐無稽な話しだ」
「でも、それが一番だろ?」
「まあ確かにそうだが……非常に危険な道だぞ」
「そんなの知ってるっての」
目標が分かればあとはどう近づき、どう証拠を掴むである。
「あと、セレステ号って都市部に近々寄港するんだろ? その時にお邪魔すればいいんじゃないか」
「簡単に言うけど中々に厳しいわよ? どんな乗客でもチェックを受けるし、船員は全員公社の人間だからバレたら捕まって拷問室行きよ」
「なるほどな……船で接近、中に忍び込むってのも難しいのか」
「周囲には海賊や不審船対策の武装した哨戒艇が四隻。ハチの巣されて海の栄養分になりたいのならそれでもいいけど」
忍び込むのも難しいときたか。
「……侵入経路は私の方でなんとかしてみよう」
「大丈夫なのか?」
「ああ、任せてくれ。それよりも船内での身の振り方が問題ではないのか? いつものように応援や支援は受けられないのだぞ」
「あー……それも考えないといけないのか」
海上となれば船か航空機類の二択。そして武装した哨戒艇が海にいるとなれば、応援を呼べたとしても武装船に攻撃されるのは間違いない。
「いっそマグ・メルで捕まえちゃえばいいんじゃないの? あそこは珊瑚海の沖よね、航続距離の長いヘリにESSS乗っければギリギリ行ける距離じゃない」
「出来なくはないが……ふむ、最寄りの武学園はシドニーか。だが非現実的な案だな」
「なあ二人共、そもそも『マグ・メル』ってどこら辺にあるんだ? 海の上と、暖かい地域くらいってしか分からないんだけども……」
スマホを取り出す奏。
「ここだ。オーストラリア大陸から600マイル程離れた珊瑚海の海上、タックスヘイブンに囲まれた温暖な気候の人工島――まさに現代の『楽園』だな」
地図アプリでご丁寧に見せてくれる奏。本当に周囲には海しかなく、かなり拡大しなければ近隣の島が表示されない程。
「本当に海の上にあるのか?」
「そうだ、構造は中央支部と同じVLFSsで面積は約2キロ平方メートル。世界中の最新技術が集まっている、そして世界中の2%しか訪れることの出来ない、超富裕層向けの娯楽施設でもある」
「とんでもないな」
スマホを仕舞いながら説明を続ける奏。
「そうだ、出来たのはつい5年前。当時は世界中が大々的に取り上げて世界中の金持ち共がこぞって訪れていたが、今は本物しか利用していない」
「表側のサービスは金と身分があれば誰でも利用できるけど、裏側に関しては鍵を持っている人間か公社から直々に認められた極一部の人間しか利用できないのよ。その本物が主に裏のサービスを利用しているってわけ」
付け足すマルカ。
「奏が言うにはろくでも無い場所らしいが……そんなに酷いのか裏側ってのは」
「まあ二回も行く気は起きないわね私は。普通の感性を持っている人間なら後ろめたさと後悔で二度と行く気は起きないわ」
渋い顔を浮かべ、グラスを傾けるマルカ。
「本当に腹括らないといけないみたいだな……」
「それほどに大物だという事だ」
――ふと部屋の時計を見れば時刻は夜の11時を回り、そろそろ半に差し掛かろうとしていた。
「おっと、明日も授業があるんだ。さっさと寝なくちゃな……」
「そうね、お子様は寝る時間よ」
「お前も明日も仕事あるだろうが、酒臭いまま授業するなよ?」
「そこらへんは慣れっこだから平気よ」
なんとも生意気な奴である。
「私は少し用があるから幽が先に入ってくれ」
「いいのか?」
「ああ、少々電話をな。相手は時差で真昼間だから今の内にしておきたいのだ」
「そうか、それじゃあ一番風呂頂くぜ」
眠たい目を擦りながらリビングを後にする――
「……で、実際の所どうするつもりなのかしらカナちゃん?」
静まったリビングの中。ポツリとロシア語で語りかけるマルカ。
「……『アンフィスバエナ』の名前を使う、あの女の名前が出れば流石の奴も対応せざるおえまい」
湯気の立つホットミルクが入ったマグカップを手にした奏が、返しながらソファに腰かける。
「あら、好きな男の子にバレちゃってもいいのかしら? 本当の貴方の事」
瓶とグラスを両手にその隣に座るマルカ。
「馬鹿言え、私は汚れた女だ。そんなのはありえん」
「そう? 昔、ヴェラの船に乗り込んできた時と今の貴方は大分変わって見えるけど」
「半年前……そうか、あの時期にヴェラのボディーガードをしていたという事は、お前もいたという訳か」
「そ、船に踏み込まれたら私が出る予定だったけど、乗船間近で撤退しちゃったものねー」
「ふん、政府の腰抜けどもが上に命令を出したからだ。止められていなければヴェラを逮捕していた」
「随分と自信があるのね」
「事実だ」
カップを傾けながら呟く奏。
「……そうそう、学園の検視官の人から聞いたんだけど」
「なんだ?」
「ロッソが殺された時の現場。本人以外の兵士達は皆、鋭利な刃物で一突きか一掻きだったらしいわ。公社の兵士を刃物だけで殺すなんて随分と奇妙な奴がいるものね?」
「たしかにな、だがその話をどうして私にする?」
「そうねえ、あの時カナちゃんの姿が無かったし。私が直前までいた倉庫の中の奴らも同じように刃物で殺されていたらしいのよ、なにか不審な人とか見なかった?」
「……さあな、私はその時は幽とは別で動いていたそれだけだ」
ソファから立ち上がると、何も言わずリビングから出ていく奏。
「……さて、可愛い女の子のために私も頑張るとしますか!」
そういい、ポケットから取り出したスマートフォンでどこかへ電話をかけ始めるマルカであった――
次回はもう少し早く出せたらなと




