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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
23/33

Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅹ

前回続きです

 ほうほうの体で寮へと帰ると、アルマを暁の部屋で寝かせることにした。

 ベッドに寝かせ、毛布を掛けてあげた暁が部屋から出てくる。

「ひとまずは落ち着けそうだな」

「ああ……俺も何だか疲れたよ」

「情けない事を言うな――と言いたい所だが、私も疲れてしまったな」

「珍しいもんだ。さて、俺は晩飯の用意をするかね」

「私も手伝おう、お主ばかりに苦労をかける訳にもいか――」

「いや大丈夫だ」

 食い気味に言葉を被せる。

「飯は俺に任せろって。それよりお前はし……し、下着を着て来た方がいいんじゃないのか」

 バイオテロの被害者にはなりたくないので遠ざけるような話題を振る。

 思い出したかのように胸元を腕で覆い隠す暁。

「そ、それもそうだったな……いいか、絶対に覗くなよ」

 部屋へと入る直前、暁が殺気を孕んだ表情で念を押してくる。

「……流石に覗かないっての」

 自室に制服の上と銃を置き、ホルスター類をベッドに放り投げてワイシャツ姿のままリビングへと入る。

 マルカの奴はまだ帰って来てないようで、静かなリビングが迎えてくれる。

「さてと、まさか短期間で三人も増えるなんてな……食材足りるか?」

 冷蔵庫を開けて残りの食材を確認。暁の食事量は把握しているので、新参のマルカとアルマがどれくらいの消費量なのかを確認しておきたい所。

「……なんだか多国籍だなこの部屋」

 フィンランドにロシアとルーマニア、アジア圏が自分しかいない。

「ルーマニア料理ってなんかあったか……?」

 いつだかで見た本ではたしか小麦やトウモロコシとかが、主食な国だったような記憶が無くもない。

 ひとまずは休むべく、ケトルに水を汲んでスイッチを入れてからソファに飛び込むように座る。

「あー……疲れたな」

 一日で色々な事が起きたせいで頭がボーっとしている。

 適当にテレビを点けると、夕方過ぎのニュース番組が始まっていた。

『本日の特集コーナーは。今週末、都市部のマリーナへと寄港予定の豪華客船マリーズ・セレステ号の特集です。この客船は――』

 昨日あたりに言っていた豪華客船が番組として取り上げられていた。

「船旅ねえ……」

 やはりというか船内情報の秘匿性の話題になり、コメンテーターやら研究家やらが画面越しにトークを繰り広げている。

――後ろからドアの開く音。

 リビングのフローリングを踏む音とケトルからお湯が湧いたスイッチ音。

「暁、何か飲むか?」

 振り返り、簡易な格好に身を包んだ暁の姿が飛び込んでくる。

 脚を大胆に出したショートパンツに、胸元が少し空いた黒い半袖のシャツと膝下くらいまでの黒いハイソックスとかなりルーズな格好。

「そうだな、こ、コーヒーを頂こう」

「おう」

 ソファにポスンと腰かける暁を尻目に、キッチンの食器棚から自分と暁の二人分のカップを取り出す。

 濃い目の分量のインスタントコーヒーを入れ、お湯を注いでから砂糖とミルクを適量入れる。

「ほら、熱いから気をつけろよ」

「うむ」

 空いたソファーの片側に腰かけると前傾気味に座り、膝に肘を乗っけてテレビを見る。

「マリーズ・セレステ号か……」

 横の暁がポツリと呟く。

「知ってるのか?」

「まあな、会員の招待が何度も来ているが無視している」

「おいおい、世界有数の豪華客船なんだろ。随分と勿体無いんじゃないか」

「お高くとまったのは嫌いでな。特権階級の人間は金で何もかも解決しようとするから苦手だ」

「そうなのか?」

 本当にコイツは一体何者なのだろうか……? 同い年とは思えない程の知識と能力、加えて――真偽は確かではないが――富裕層にも引けを取らないほどの財力と政治的なパイプ。

(ハルマーさんも嘘か誠かは分からないが特殊部隊の人間だし……本当に暁は何者なんだ?)

 思案しながらテレビを食い入るように見つめる。

「……影海はあの船に乗ってみたいのか?」

「うーん、乗れる機会があるなら乗ってみたいが、率先して乗ってみたいとは思わないな」

「そうか……もしだ、もし、乗れる機会があったらお主はどうする?」

「そうだな……日帰りの見学ぐらいだったら行ってみてもいいかもな」

 船旅は経験したことが無いが、間違いなく自分は向いていないのは確かだろう。地に足が付いていないと落ち着かないタイプだし。

「……そうか」

 ソファに体育座りで座り、両手で持ったコーヒーカップに口を付ける寸前、暁が小さく呟く。

『次のコーナーは世界各国のクルーズ客船紹介のコーナーです。ご紹介するのはお隣、香港を本社とする――』

 背後、廊下の方からドアが開く音。

 ドタドタと騒がしい足音が聞こえてくると、リビングに繋がるドアが勢いよく開かれた。

「あーん! もう疲れたぁー!」

 パンツスーツ姿のマルカがわざとらしい素振りで部屋へと入ってくる。

 なぜかすぐさまキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて何かを入れるマルカ。

「カナデちゃーん! 私を癒やしてぇ~」

 まるで飼い主とペットかの如く、座った暁にしだれ掛かるマルカ。

「騒がしいぞマルカ、来客がいるから静かにしろ」

「本当? あら……本当に居るみたいね……これは、女の子の匂いかしら?」

「お前は犬か」

 暁の首に腕を回し、見ているこちらが暑苦しく感じてしまう程の密着具合。

「そうねえ、化学兵器で何のガス使ってるかの判別ぐらいならセンサー計器なくても行けるわよ」

「そういう返答は求めてないからな」

「意外だな、影海は分からぬのか?」

「普通の奴は判別つかんわ」

 空のカップを受け取り、シンクに置いておく。

「霧ヶ――じゃない、マルカ。しばらくの間、訳あって同居人が増えることになる。犯罪組織絡みだから司法取引中のお前は出来るだけ関わるなよ」

「匂いの主の女の子でしょ? 大歓迎よ」

「今は衰弱している状態だから本当に絡みに行くなよ」

「大丈夫よ、さすがの私でもそこまで馬鹿じゃないわ」

「本当に頼むぞ。かなりややこしい事になっているんだから」

「苦労人ねぇ」

 ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見てくるマルカ。

「さて、私は外部と少し電話をしてくる――それと、マルカはいい加減スーツから着替えたらどうだ? シワになるぞ」

「そうね、カナちゃんにお着換えしてもらえたらとっても楽ね」

「勘弁願おう」

 呑気に会話をしながら暁とマルカがリビングから出ていく。

「さて、こっちは晩飯の準備でもするかね……」

 四人分の食事を作るのは久々なような気がする。一年生の時の訓練時代の時以来か?

 台所に立ち、料理本片手に冷蔵庫の食材と睨めっこする事になった――


 夜・第二男子寮


「――なるほどねえ、人身売買の被害者を保護したって事ね」

 斜め前に座ったマルカが腕組みし、ぽつりと言葉を漏らす。

「そうだ、口外はするなよ」

「分かってるわ。それにしても、天使みたいな可愛さねこの娘……将来化けるわよ」

「手を出したら容赦無く斬るからな」

 マルカの横に座った暁が睨みつける。

「やあねえ、流石に私でも分別はついてるわ」

 当のアルマと言えば、どういう訳か自分の横に座って、怯えた猫の様に身体を寄せてくる。

(顔を伺おうと見ると逸らされるし、一体何かしたか……?)

「それと影海、ICPOに調べさせた所、色々と情報を得られたぞ」

「おいおい、ICPOって……あの?」

「そうだ、現在東欧圏で出されている迷子や捜索願を洗ってもらった」

 暁のいうICPOとはあの国際組織である『国際刑事警察機構』の事。犯罪捜査や犯人逮捕に携わる各国の警察との連携を図り、各国間の情報の伝達ルートの役割を果たす――いわばパイプ部分みたいな組織。

「それでどうだったんだ」

「それが、一件も無い。ルーマニアを始め、ボスニア、ギリシャ、ブルガリア、セルビア等の東欧圏も探してもらったが該当の案件は無かったそうだ」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、そうしたらアルマの親は捜索願を出していないってことなのか」 

「可能性としてはまずそれが一つ」

「その言い方だと他にもあるってことか」

「もう一つは出されているが『上』から圧力を掛けられているかだ」

 暁の物言いに疑問が浮かぶ。

「どういう事だ? 上ってなんだよ」

「お主に『公社』の話をしたな。そいつらが警察の上層部や政府の官僚を買収している可能性があるという事だ」

 突拍子の無い言葉に面食らってしまう。

「いくらなんでも可能性が低すぎじゃないか」

「その線もあるという事だ。公社はどんな所にでも現れる……それこそこの都市部にもな」

「それじゃあこの子は……」

「影海よ、今はまだ初めの段階だ。そう急いて考えても事態は変わらぬ」

「分かってるけどよ、なんかこうさ……」

 短絡的な考え方しか出来ない自分がとても馬鹿馬鹿しく思えてきてしまう。

「若いわねえ、とっても若々しいわ」

 斜向かいのマルカがテーブルに頬づいて憎たらしい笑みを浮かべてくる。

「若くて何が悪いんだよ。俺だって17そこらのクソガキだぞ」

「その青さはいつまでも持っている方がいいわよ。腐った人間になったら後戻りなんて出来ないんだから」

「お前が言うと説得力があるな」

「先人の知恵ってのは重要よ――それと、この子の情報集め。私が手伝ってあげてもいいわ」

「なに?」

 暁がマルカの方を見る。

「私が裏社会の情報網を使って探してあげるって言ってるの。表が駄目なら裏から行けばいいじゃない」

「……お前に何の得がある?」

「馬鹿ね。私は全ての女の子の味方よ、女の子の為なら公社だろうが軍隊だろうが何だろうが喧嘩ふっかけてやるわ」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉に吹いてしまう。

「ぷっ……本当、お前はおかしい奴だな」

「酷いこと言ってくれるわね――カナちゃん、いいでしょ?」

「なぜ私に聞く? 私はお主の保護者ではないぞ」

「いや、一応貴方の了承も得といた方がいいかなって」

「本来なら捜査協力なぞ手伝わせていなかったが……今回は相手が面倒だ、特別に協力して貰う」

 マルカと暁の会話にどうしてか僅かな違和感を覚えてしまう。

「決まりね。マルカ・ヴラジーミロヴナ・ルミャンツェフ、武学園の捜査に全力で協力するわ」

「頼もしいが、お主は司法取引の身だと言う事を忘れるでないぞ。それに、余罪が付けば再逮捕も頭に留めておくように」

「やあねえ、キチンと抵触しないくらいで動くわよ――それで早速なんだけどプリペイドの携帯電話が欲しいわ」

「一発目が物品の要求とはいい度胸してんな」

「信頼できるスジに連絡するのよ。気になるなら通話履歴と録音してもいいわよ?」

「もちろんそうさせて貰う。しかし端末の準備か……」

 腕組みして悩むような表情を浮かべる暁。

「それならニアに頼むか? アイツならそこら辺の動きは早いぞ」

「魔女か。たしかに彼女なら確実かもしれんな」

「この時間ならネトゲしてる最中だろうし、手配出来るか掛け合ってみるよ」

「分かった。それなら私はアルマを寝かしつけてこよう」

 暁がアルマに話しかける。

 すると、小さく言葉を返して頷くアルマ。

「しばらくの間は私の部屋で寝てもらう事にしよう。流石にマルカと同室は何をされるか分からんからな」

「ひどーい」

 アルマの手を引き、リビングから出ていく暁。

「それじゃあ、私はお先にシャワー浴びてくるわ――覗いちゃいやよ?」

「誰が覗くか」

 出ていくマルカに中指を立て、ポケットからスマホを取り出す。

「公社か……一体何者なんだよ」

 世界規模の犯罪組織? いくらなんでも話の規模がデカすぎる。

 通話履歴からニアへコールを送り――5コール辺りで電話が取られる。

『もしもしー!? ユーくん今メチャクチャ忙しいんだけど! だああっ! 味方B旗突っ込みすぎ!』

 スピーカーを貫通して聞こえてくるニアの大音声。

「あー……悪い、後でメールで要件伝えるから……」

『いや! 大丈夫、ユーくんの声聞こえるなら全然平気だから! それで要件ってな――そこ貫けるんかい! クソマップさっさと修正入れっての!!』

 怖い……普段より声にドスが効いていて怖い。

「え、ええとだな……プリペイド携帯が一台と、それにリアルタイムで画面とか音声をモニタリング出来るような、そんな感じの機能を付けてほしいんだけど……」

『なにそれ? プログラムってこと? それとも機械的な話?』

「そこら辺の知識がさっぱり分からないんだ」

『うーん、わざとバックドア仕込んで似たような事はできるけど……なに、ストーカープレイか監視プレイ? それとも独占欲マシマシプレイ――オラッ! ツール使ってんじゃねえぞチーターが! 運営とサバ管に報告しちゃるわ!』

「そ、そんな訳無いだろ依頼でちょっと入り用なんだよ」

 どうしてこう、歪曲した発想しか思い浮かばないのか……というか普段の明るい性格から豹変していて怖い。

『――まあ依頼内容は秘匿だから詮索はしませんよん。それで、仕込むくらいなら小一時間で出来るけど』

「本当か、それならお願いしてもいいか。報酬はそっちの裁量で構わないから」

『まことに⁉ それじゃあ、明日の放課後にパーツ屋巡りしたいから放課後付き合ってほしいな~』

「それだけでいいのか? 別に問題ないけど……」

 荷物持ち程度で依頼の報酬が払えるのなら万々歳である。

『ッシャオラァ! 明日はユーくんと街巡りだぁぁぁ! それじゃあ明日の放課後に絶対だからね! あと他の女の子には絶対に口外しないように! あ、落ち合う場所どうしよっか!?』

「そ、そっちに合わせるよ……」

 アッパー系のドラッグを決めた時の如く、テンション高いのは何故なのか。

『それじゃあ、放課後に学園の駅前で! それじゃあねー!』

 一方的に通話を切られ、終話を告げる電子音が寂しく聞こえてくる。

「とりあえずの準備は大丈夫そうだな……」

 スマホを仕舞い、若干キンキンする左耳を擦る。

「――戻ったぞ影海」

 丁度よくリビングに戻って来る暁。

「こっちも手配が済んだ。明日の放課後までには用意できるらしい」

「魔女には何度も世話になってるから頭が上がらんな」

「そうか? ていうか、アイツってそんなに凄い奴なのか」

 ソファに腰かけると、習って横に座って来る暁。

「そうだ、ニア――魔女は古巣でも有名な情報科の武学生でな。彼女にかかればどんな強固なセキュリティも魔法のように簡単に突破した。有名どころで言えば、去年の夏頃に起きた機密文書漏洩事件を覚えているか?」

「ああ、タックスヘイブンに秘匿していた世界中の資産家リストが漏れ出したって事件だろ? 一時期、ニュースで持ちきりだったな」

「その情報をいち早く嗅ぎ付け、世界中にバラまいた数人の内の一人がそうだ」

「とんでもないな、本当なのか?」

「ああ、彼女は自分の手を咥えたプログラムや痕跡にトレードマークを残す癖がある。六角形にとんがり帽子という特徴的な物をな。機密文書のデーターが送られた報道機関のほとんどにはそのマークがあったそうだ」

「随分と洒落た事してるんだな。だが、そういう輩は目立つのはよろしくないんじゃないか?」

「確かにな。だが、彼女の正体や経歴を知る者は極わずかだ、巧妙に隠蔽されているからな」

「そもそも、去年は中央支部にいなかった暁がどうしてそんな事知っているんだよ」

「こう見えても情報科の知識もあるのでな。当時、彼女のお遊びのお陰で散々国中を駆け回ったから知ることが出来たのだ」

 昔を懐かしむような表情の暁。

「なるほどなあ、アイツはそういう事は全く喋らないからな。中央支部の奴らはほとんどが『腕の立つ情報科』としか見ていないと思う」

「それは言えてるな。だが、実際の魔女があそこまで幼い外見だとは思わなかった」

「まあ、見てくれで言ったら中学生か小学校高学年にしか見えないもんな。美夜と同じくらいのレベルだ」

 近頃は本当に同年代か疑わしく思ってきた。

「――ふむ……少し話が変わるがいいか、影海よ?」

 突然の話の急転換。

「どうした」

「いやなに、近頃呼び方がどうも堅苦しく思ってきてな。当分の間は一緒に住まう仲なのだし、いっそもう少し砕けた言い方というか……」

 後半、段々言葉が尻すぼみしてゆく暁。

「あー……呼び方か? 別に何でも構わないぞ、名前が短いから大体の奴らは下の名前で呼んでるしな」

「も、問題ないのか」

「ああ、ただしお前の口から『ユーくん』は勘弁してくれよ。ショックで寮の屋上から飛び降りちまう」

 暁からユーくんなんぞと呼ばれたら、激しすぎるギャップでこちらが死にかねない。

「それなら、今後は影海ではなく幽とよんでいいのだな――幽」

「ああ、名字で呼ばれるよりそっちの方が慣れてるからな」

 チャンネルを切り替えて、情報番組からバラエティ番組に切り替える。

「そ、それなら私の事もし、下の名前で呼んでくれて構わな、ないぞ」

「暁の下の名前って言うと、奏ってか?」

「ああ」

「うーん、おいそれと言いにくいっていうか軽々と言えないというか……」

 今までは苗字で呼んでいたが、日本国外だとかなり堅苦しいのだろうか?

「お主が気になるようであれば今まで通りで問題ない。ただどうも、ファミリーネームで呼ばれるのは少し引っ掛かってな」

「あー、日本はそういう文化があるからなあ。それじゃあ奏って呼んだ方がスッキリする感じか」

「まあ、本当の所はそうだ」

「それなら今後はこっちも名前で呼んでおくよ――さすがにカナちゃんとか、カナとかは怒るだろ?」

 冗談交じりに言ってみると、何故か言葉が返って来ずに帰って来るのは沈黙のみ。

「えっ、ちょっ……」

 何故だんまりが帰って来るのか、これは肯定なのか否定なのかどちらかなのか――

「――ふぅーっ! やっぱり日本のお風呂は最高ね! キンキンに冷えたウォッカが欲し……え、何この空気」

 静まり返ったリビングに間抜けな声。

「つ、次は私が頂いてこよう」

 暁が足早にリビングから出ていってしまう。

「ちょっとボウヤ。カナちゃんに何か変な事したでしょ」

「何もしてねえ――って、服を着ろよ!」

「あら、恥ずかしいの? 軍隊上がりの私は全く恥ずかしくなかいら平気よー?」

 下はゴージャスな黒い下着に、上はバスタオル一枚で隠された胸や、綺麗に割れた腹筋やら色々とアブナイ所が見えてしまっている。

「俺は良くねえんだよ!」

 背中には大きな狼のトライバルが掘られ、一見すればその手の人間にしか見えない。

「あら失敬ね、人様に見せても恥ずかしくない物だと思っているのだけれど」

 ケラケラと笑いながら、キッチンの方へと歩いていくと冷蔵庫を開ける音。

「お前な、いつの間に酒なんて買って来てたんだよ。晩飯を準備するときにびっくりしたぞ」

「いいじゃない、この島のスーパーマーケット、お酒の種類が多いから買ってきちゃったのよ」

「不良教師共が真夜中に大量に買い込んでるからな。柊、八代、宮原の三人に絡まれると厄介だぞ」

「あら、それなら今度飲みに誘ってみようかしら」

 キッチンから戻って来たマルカの片手には、ポーランド代表のアルコールである『スピリタス』が。

「おいおい、それってストレートで飲むもんじゃないだろう」

 中年男性のようにドカリと横に座ってくると、口でキャップを豪快に噛み開ける。

「あら? 日本の飲酒は二十歳からよね? どうして知ってるのかしら。それにこのウォッカいいじゃない、スッキリとした甘さで飲みやすいのよ」

 日本の消防法だと危険物扱いになるこのアルコール飲料(?)を飲むのは、変人か本物の狂人のどちらかと聞いたことがある。

 実費で購入した覚えのあるグラスにスピリタスをツーフィンガー分注ぎ、豪快に一口で飲み干すマルカ。

「カーッ! やっぱり湯上りの一杯は格別ね!」

 バスタオル一枚で真横に座られると、色々と危ない所が見えそうで精神的によろしくない。

「オッサンかよ」

「失礼なお子様ね」

 ソファの背もたれに肘を乗せてニヤニヤと笑ってくる。

「普通の女性は風呂上がりに上半身裸でウォッカ飲まないっての。本当に服か何かを着てくれよ……」

「しょうがないわねー」

 ケラケラと笑いながらリビングから出ていくマルカ。

「はあ……どうしてこう、デリカシーが無いのかなアイツは……」

――こうして、騒がしい一日が終わってゆくのだった。

 

 太平洋・海上


「――船長。ご報告がございます、ただ今よろしいですか?」

 黒く静かな海面に浮かぶ一隻の白亜の巨船。

 その船の一室、無数の機器が並ぶ――操舵室。

「いいわ。何かしら」

 流麗な英語が飛び交う中、操舵室の中央に立つ一人の女性。

「次の寄港予定であります都市部の『収穫係』より急電です」

「内容は」

 船長と呼ばれた女性の後ろに立った、大柄な制服姿の男性が姿勢を正す。

「はっ……それが『収穫物』の保管を担当していた組織が法務執行機関に踏み込まれまして……最悪な事に商品を奪われました」

 部屋を満たしていた会話が一瞬だけ止み、計器の電子音だけが操舵室を満たしてゆく。

「……どういう事? 情報操作は完璧のはずではなかったかしら」

「はい、情報の管理は完璧でした。ですが今回は運が悪かったとしか……現在は証拠隠滅の為に『公社』の部隊を動かしております」

「寄港するまでには確保するようにしなさい。そうしなければ、我々の信用は一気に海の底まで落ちるわ」

「尽力いたします。それと、もう一つあるのですが……」

 顎に蓄えたヒゲが熊のような粗暴さを与える印象の男性が、心なしか恐怖の色が浮かんでいる。

「なにかしら」

「その……船長とお知り合いであります、マルカ・ヴラジーミロヴナ・ルミャンツェフ氏なのですが」

「マルカかどうかしたのかしら?」

「先程の寄港予定の都市部で『公社』の仕事をしていたらしいのですが――武学生に逮捕されたとの事です」

「なんですって⁉ マルカが逮捕された? それは何かの間違いではないの、あの人を捕まえる人間なんてそうそうに居ないわよ」

「はい、私もそれは理解しております……ですが、公社の連絡員から報告がありまして……」

 男性が言い終えると、船長と呼ばれた女性が額に手を当てる。

「信じられないわ……」

「それと、その同日にフリーランスの殺し屋でありますロッソが何者かに殺害されました。連絡員の話ではマルカ氏が逮捕された現場で公社の兵士と共に何者かに殺害されたと……」

「マルカ意外は皆殺し? 変な話ね」

「はい、どの死体も鋭利な刃物で切られており……まるで『例の殺し屋』のような手際です」

「公社の関係者ばかりを殺し回る狂人ね。ここしばらく話を聞いていなかったけれども……なぜ、日本で?」

「申し訳ありませんが私には見当も……」

「公社殺しはいいとして、マルカの逮捕が問題ね。武学生って言うと子供よね?」

「はい、欧州圏で何度か見たことはありますが、マルカ氏に敵う程度では無いかと」

「あの人の気まぐれか、それとも本当に捕まったのか……」

「あのお方なら前者の線もあるかと」

「……停泊期間はたしか5日間よね?」

「はい」

「それなら、その5日間内でマルカをここに連れてきて頂戴。出来なかった場合は別な案を考えるわ」

「かしこまりました。部隊を使って捜索させます」

「それと、マルカを捕まえた武学生も連れてきなさい。どんな人物か気になるわ」

「かしこまりました。尽力いたします、それでは部隊への作戦書を制作する必要がありますので、一度失礼いたします」

 踵を揃えて敬礼すると、操舵室から出ていく男性。

「――夜中だってのに大変だな、社長さんよ」

 先程の男性とは違う声。

「ピトック? 貴方がどうしてここにいるのかしら」

「いやあ、依頼主のご機嫌がよろしくないみたいだからな。様子見よ様子見」

 黒いワイシャツに赤いネクタイ。下はダメージの入ったジーパンを身に着け、無骨なブーツを履いている。

「だからって関係者専用の部屋に入るのは駄目なじゃないかしら?」

「おいおい、おたくに雇われてる時点で俺は関係者だぜ」

 砂色の短髪に茶色の瞳と、軽薄そうな笑みを浮かべた優男風な顔立ちの男。

「屁理屈ね」

「あの雌狼が捕まったからってカッカしないでくれっての」

「話を盗みきぎするとはマナーがなっていないんじゃないかしら」

「聞こえてきたから俺は何も悪くないぜ。それにしてもアイツが捕まるなんて余程の事じゃないのかね」

「全くだわ。警察の対テロ部隊ですら手を焼くのに……」

「逆にアイツを捕まえたガキの方が気になるな。一体どんな奴なのやら」

「――貴方が出るほどではないわ」

「酷えなあ、うまい飯を前にしておあずけ食らってる犬かよ」

「猟犬には首輪が必要でしょう? それに、貴方が出る時は余程の事があった時よ、契約時にそう言ったわよね?」

「まあな。そうすると、副官殿が失敗したら俺が出るってことだろ?」

「ええ」

「それだけ確認できりゃあいいね。それじゃあ邪魔したな――社長どの」

 言い残すと、操舵室から出ていく男――ピトック。

「はぁ……どうして面倒事ってのは次から次へとやって来るのかしら……」

 女性――ヴェラ・フーリエの大きなため息は、電子音に紛れて消えていった。


次回は1か月以内には出したいと思います。


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