Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅸ
続きです
「立て」
防刃防弾の繊維で編まれたグローブを嵌めつつ、リーダーらしき男の腕を取って無理矢理と立たせる。
先程の事務所の別な小部屋へと入ると、ドアを閉め切って男を放り投げる。
「色々とお前に聞きたいことがある。質問に答えろ」
「だっ、誰が答えるかよクソガキ!」
男の胸倉を掴み、拳ではなく掌で頬を叩く。
「随分と舐めた態度だな。今、自分が置かれてる状況が分からないのか?」
男を床に倒し、戸棚に置かれていた道具箱を床に置く。
蓋を開ければ、通常の工具類が入っており、プライヤー、ペンチ、精密ドライバー、塩ビニッパー、電動ドリルまで入っている。
手ごろな塩ビニッパーを手に取ると、逃げようとする男を踏みつけて止めると上に跨る。
「質問に答えろ」
ニッパーの太い刃を男の鼻に入れながら静かに尋ねる。
「ふぁ、ふぁあ」
間抜けな返事。刃部分を引き抜き、男の右耳を軽く挟む。
「奥の部屋の子供はなんだ?」
「あっ、あれは商品だ。客に売るための……」
「金属泥棒以外にも人身売買をしていたってことか?」
「ち、違う……! あの子供が初めてだ!」
「初犯も糞もねえよ。取引相手は誰だ、教えろ」
「そ、それは……」
言葉に躊躇う男。
手に力を入れ、男の耳たぶに刃が食い込み始める。
「耳の次は舌、口、鼻のどれかを切る。それでも言わないなら爪を剥がしてから指を一本づつ叩き潰していく」
「言う! 言うからやめてくれ……!」
半ば叫ぶように男が懇願してくる。
「あ、相手は国外の組織だ。面と向かって、はな、話したことがないんだ」
「名前も知らない奴とお前は商売していたのか?」
鋏を握った右手に力を入れる。
「電話でしか会話したことが無いんだ! 本当に知らない! 嘘なんかついてねえよ!」
必死の形相で懇願してくる男。
「……それならお前に用は無いな。事故死か自殺で片付けてやるよ」
押収していた拳銃を抜き、シリンダーをスイングアウト。弾倉の中には弾丸が入っており、撃鉄を起こせばすぐに撃てる状態。
男のこめかみに銃口を突きつける。
「ひぃっ! ひいいぃぃぃつ!」
顔面の穴という穴から体液を垂らして泣き叫ぶ男。
「言う! 言うから殺さないで!」
「隠し事か。舐めてくれるな、知っている事を全部言え」
「と、取引相手はま、マグ・メルって言う組織だ! お、俺達は子供を預かってるだけで誘拐はやってねえ!」
「マグ・メル? どうしてあのカジノ島の名前が出てくるんだ」
「知らねえよ! 相手がそう名乗ったからだって……!」
涙と鼻水で顔面がグチャグチャの男が泣き叫ぶ。
「……そうか」
男の胸ぐらを掴み、顔面を殴って黙らすと無理矢理立たせて外へと連れ出す。
「物凄い声が聞こえましたが」
「少し質問をな。他の犯罪組織に繋がらないか到着するまで中を探ってる、コイツらを絶対に逃がすなよ」
「はい」
再び中へと戻ろうとした時――下へと繋がる階段から駆け足の音が。
「――影海!」
登ってきたのは暁。腰には見慣れない大きな刀剣が吊るされている。
「来たか。中へ来てくれ」
「うむ」
「橘、学園の応援が来るまで犯人を見張ってもらう。行けるか?」
「はい」
「何かあったら呼んでくれ」
言い残すと、暁と共に部屋の中に入る。
「例の子供はどこだ?」
「奥の鍵付き部屋だ。衰弱はしていないが、かなり不衛生な環境に監禁されてたから感染症に罹っている可能性がある」
「分かった。影海よ、上着はどうした?」
「中の子に貸してやったよ。男の俺があんまり見ちゃいけはい格好だったからな」
女の子がいる部屋のドアを開ける。
一瞬、こちらを見た女の子が身体を震わせて端で縮こまるが、自分と横の暁を見た途端に表を上げる。
「それと、英語以外の言葉で喋っていたから通訳頼めるか」
「分かった」
暁が女の子に近付くと、同じ目線まで身体を下げ、今までに聞いたことがないくらいの優しい声音で語りかける。
(人身売買の被害者か……)
容姿や言語からしてこの女の子は間違い無ければ日本国外の外国人となる。
どこの国も他国からの旅行者を狙った人身売買の誘拐はそう珍しくない話である。
年齢からして中学生か小学校の高学年あたりくらいか、親御さんが捜索願いを提出していれば何とか見つかるかもしれない。
途中、英語だった暁が見知らぬ言語で喋り始める。
(やっぱり凄いな暁は)
内容が分からないため、戸口を警戒しながら二人のやり取りを見守る。
「――大体の情報は引き出せたぞ」
こちらを振り向いてくる暁。
「マジかよ」
「どういう訳かこの子はルーマニア人だ」
「ええと、たしか東欧だったか……距離はかなり遠いってことは理解できる。だけど、どうしてこんな所に?」
「……あまり言いたくはないが、若い少女というのはどこの国でも高く売れる。それこそヨーロッパ圏でも日本でもどこの国でもな」
「じゃあなんだ、この子は誘拐されて日本に来たっていうのか?」
「だろうな。言うのも難だがルーマニアの犯罪率はヨーロッパ圏の中でも比較的高い、それこそマンホールチルドレンとかだな」
子供が巻き込まれる犯罪はどれも胸糞悪い物ばかりだが、今回はさらに胸糞悪い。
「通例でいけば警察か武学園だな。もしくはその者が属する国籍の領事館か大使館か」
「どちらも都市部から距離があるな」
ふと、先程の尋問で入手した情報を思い出す。
「……そうだった、さっき暁が来る前に犯人から情報を聞き出したんだった」
「この子の身元に繋がる事か?」
「いや、どちらかというと買う側の情報だ。真偽は確かじゃないけどな」
「どういう事だ?」
「さっきリーダー格らしき奴から聞いたんだが――」
聞き出した事を説明すると、暁の表情が険しい物になってゆく。
「あ、暁……?」
「なぜだ……あの島が関わってくる……?」
初めて見る、怒気を孕んだ殺気立つ危険な空気。
「……影海よ、この子を普通に保護しては危険そうだ」
「えっ、どういう事だよ」
「これ以上の説明は落ち着いた所で話したい。まずは学園へ戻る必要がありそうだ」
「警察に届けなくていいのか」
「ああ、武学園だけで片付けないといけないぞ、この一件は。国内に限定される警察では手に負えん」
いつにもなく真面目な表情の暁。
「なら、さっさと退散したほうがよさそうだな」
暁が女の子に語りかけると、女の子が弱々しく立ち上がろうとする。
見るに耐えれないので自分の上着を身に着けた女の子の手を取り、横向きに抱きかかえる。
(なんて軽いんだ……)
足早に部屋を出ると、タイミングよく学園の清掃課が到着していた。
拘束した一味は作業員に連行され、橘は部屋の端で事情の説明をしていた。
「君が当現場の担当武学生か」
橘と会話をしていた男性がこちらに気づくと、淡々とした調子で訪ねてくる。
「はい、前衛科二年影海幽です」
「その少女は一体?」
「このビルの一室にて監禁されておりました。窃盗の他に誘拐も行っていたようです」
「なら参考人として学園で保護する。後は我々に任せてくれ」
「――いえ、こちらの少女は一旦我々で預からせて頂きます。身柄の引き渡しは後でも問題ありますまい?」
横から暁が会話に入ってくる。
「君は?」
「前衛科二年、暁奏です」
「ならば預かる理由はなんだね?」
「まずこの少女は日本語はおろか英語も喋れません。そちらのスタッフで東欧圏の言語、またはルーマニア語を喋れる方はおられますか?」
「いないな」
「自分は喋れます。それに長時間拘禁されていたので突然の環境の変化は精神的に影響を及ぼしかねますし、年齢も近い我々の方が緊張しないかと」
「……なら、その少女は君達に一任しよう。身柄を引き渡す場合は学園の窓口を通すように」
言い残し、他の清掃員と共に去ってゆく。
「暁、一年生とは何で来たんだ?」
「都市部の電車だ」
「公共機関か。俺達は車で来たからそれで学園に戻ろう」
「うむ、その車両はどこに停めている?」
ビルから出ると、一年生のネクタイをした男子生徒がすぐ横に。
「少し遠いな。持ってくるまで少し待っててくれるか」
「分かった――芦屋よ、すまないが今日の合同授業は一旦中止だ」
「ウス、自分はこれからどうしましょう?」
「お主に任せる。遊ぶでもいいし学園に戻って訓練するでもいい、だが私との行動は出来ないからな」
「分かりました。それなら、ちょっと街ブラついてから帰りますわ。失礼しますね先輩方」
芦屋と呼ばれたガタイのいい一年生男子が頭を深々と下げてくると、地下繁華街の出入り口方向へと消えてゆく。
「――と言う訳で橘。俺達の課題はこれで完了だ。後処理は俺の方で済ましておくから残りの時間は君の好きなようにしていい」
「それなら、自分も同じようにさせて頂きます。それでは」
言い残し、ペコリと頭を下げると先程の男子を追うように小走りに立ち去る。
「さてと……繁華街の出入り口まで車を持ってくる。暁はそれまで待っててくれるか」
「分かった。早く戻るのだぞ――それと、今以上に警戒を怠るなよ」
「了解、その子を頼んだぜ」
走れば五分くらいか。早めに回収したほうがいいかもしれない……
――そして、外に停めていたSUVを回収し、地下繁華街から出て来た二人を拾って武学園へと車を走らせる。
「……で。暁、さっきの話なんだけど」
「そうだったな……色々と話すことが多いが、まずはお主に先に言わなければならない事がある」
「なんだよ改まって」
「この一件は正直に言ってお前や織原、月島やニアなどを巻き込みたくないと思っている。それ程に厄介な話だ」
「おいおい、政治屋が絡んでるとかじゃないよな?」
「それもある。お主に少し前に話た『公社』という言葉を覚えているか?」
「言われたような言われなかったような……」
いつだったか……近頃、出来事が多過ぎて細かい事が思い出しにくくなってきた。
「まあ、話すと長くなるから手短に言うが『公社』とは世界中の犯罪者組織で作り出した一つの共同体だ」
「聞いたことないぞ」
「基本的に表に出てこないからな。武装官でも知らない者の方が多いだろう」
「具体的に何をやって来た奴らなんだ?」
「近年の大きな犯罪の殆どは公社が関わった物だ。英国での同時多発飛行機ジャック事件、モナコの爆弾テロ事件、フランスの原発爆破未遂事件、スペインの主要駅化学テロ未遂事件とかだな」
「おいおい、ここ数年の大きな事件の大半じゃないか。でも、本当にその公社ってのが関わっているのか?」
何件かは死人や殉職者も出ている大きな物である。
「そうだ、裏社会ではもはやどの組織も介入出来ない程の強大な力を持っている。それこそ政府から庇護を受けていると錯覚してしまう程にな」
「なるほどな、なんともスケールのデカイ話になってきたが……それで、この女の子と公社がどういう関係にあるんだ?」
「直接的ではない。この子を買おうとした顧客側が公社と関係を持ってる疑いをかけられているのだ」
「なんだっけか、たしか『マグ・メル』だったか?」
「そうだ、一般的にはカジノ島として知られている人工島だ」
「たしかにキナ臭い噂とかゴシップは何度か聞いたことがあるけど……名前を騙った奴らとかじゃないのか?」
「本当の事だ――まあ、信じるか信じないかは影海の自由だがな」
赤信号で車が停車。
「……いや、俺は暁を信じるぜ」
「もし私の言葉が間違いだったとしたら?」
「その時はその時だ。腹くくるさ」
再び車が発進。武学園の島へと続く海洋道路を走る。
「豪胆なのか諦めがいいというか……」
「それで、そのマグ・メルはどうして人身売買なんかに手を出しているんだ。あそこは世界的に有名なレジャー施設だろ?」
「だからだ。世界有数の富豪や大物政治家に軍属の上級将校や手出しできない領域の犯罪者共……そういう輩は普通の刺激では満足できない、だから常識を逸脱した娯楽に快楽を求めるのだ」
暁がまるで見てきたかのような面持ちで言葉を吐き出してゆく。
「過去に一度だけマグ・メルの裏のサービスを利用した事がある。もちろん、潜入捜査としてだ」
「どうして裏サービスを受けれたかは聞かないほうがいいんだろ?」
「ああ……」
バツの悪そうな表情。
「それで、どんくらい酷かったんだよ」
「そうだな……一言で例えるなら『ソドム』だな、あそこは」
「知識不足で申し訳ないんだが教えくれ」
「旧約聖書に出てくる堕落の都市の名前だ。肉欲と性欲に塗れ、天から降ってきた火により滅んだとされる」
「なるほどな、それ程にヤバいってことか」
「そうだ、言葉に出すのも嫌なほどにな。正直に言ってお前には関わらないで欲しいほどだ」
海洋道路を抜け、武学園の敷地内に入る。
「そりゃあ無理な願いだな暁。この話を俺に話した時点でお前は誰かに助けを乞いたかった――違うか?」
車を路駐し、暁に向き直る。
「それは……」
「巻き込みたくないなら誰にも言わずに一人で抱え込んじまえばよかったんだ」
「……」
「だけど、お前は俺に話してくれた、ここまで説明されて『はいそうですか、大変なんだね』なんて言う性格じゃないのは短い間の付き合いだけど分かるだろ?」
「ああ」
「だからさ、俺もその話に乗らせてくれよ。武学生が目の前の犯罪に目を瞑るなんて……いけないだろ?」
正直に言って自分の力でどれだけ助力できるかなんて分からない。
だが、同じクラスの学友で、同じ部屋に住む同居人に大事に直面しているのに放置するなんて出来るわけがない。
「影海……」
「それに、当たり障りの無い学校生活より刺激のあった学校生活の方が退屈しないだろ?」
「茨の道だぞ。それでもいいのか」
「何度も言わせるなって。俺は武学生だ、理由はそれだけで十分さ」
すると、強張った表情の暁が表情を緩めて小さく
ため息をつく。
「やれやれ……お主は本当に変な奴だな」
「酷いな。お前までそんなこと言うのかよ」
「ふっ、褒め言葉だ――さて、そろそろこの子を休ませてやらなければな」
「だな、ひとまず衛生科に連れていこう」
「うむ」
再び車を発進。島内を進み、衛生科の手術室や専用機器が置かれている棟に来る。
暁が女の子に優しく話しかけ、言葉を理解した女の子が弱々しく頷く。
「中に入ったら、影海は経口栄養剤を貰ってきてくれ。私はこの子を清潔にしておく、一階の患者用浴場にいる」
「分かった、流動タイプの方がいいか?」
「その方がいいだろうな、頼んだぞ」
暁と別れ、自分は二階へと階段を登る。
廊下を走り、衛生科の備品貯蔵室の前へ。テンキータイプの電子キーに自分の学籍番号を入力して、扉を開ける。
「栄養剤、栄養剤……」
該当の棚を見つけるが、自分の知能では理解しきれない程の専門用語が書かれたパックや缶などが収められている。
「間違ったらヤバイよな……」
こういう時の為に衛生科の授業を取っておけばよかったのかもしれない。
(仕方がない……電話して聞こう)
スマートフォンを操作し、医療関係に聡い奴へ電話をかける。
数コールが鳴り――
『もしもし、影海?』
「篝か、今時間いいか」
『なにさ、長話だったら切るよ』
「いや、質問に答えてくればいい。ええとな――」
事情を説明し眼前に置かれた物品達の名前を挙げる。
『……拘禁期間が何とも分からないけど。リフィーディング症候群が起きたらヤバいから紙パックタイプと液体の奴を持っていきな、少量でゆっくりと与えるんだよ』
「分かった。放課後にすまないな」
『私や八代さんが出動しないように祈ってるさ。こんなもんかい』
「ああ、すまないな」
通話を終え、言われた通りの栄養剤を拝借して貯蔵室から出る。
(しかし、公社とかマグ・メルとか……なんだかスケールの大きな話になって来たな)
自分の認識が正しければ『マグ・メル』は世界的に有名人が数多く利用するリゾート地である。そんな所で人身売買が行われているとは、想像だにしなかった。
一階へ到着。たしか患者用浴場は一階の西側の一番端っこだったか。
人のいない廊下を走り抜け、浴場のドアの手前で一時停止。
「あー……これはどうしたもんか……いや、緊急事態だし仕方がない……けど、風呂かぁ……」
今は緊急事態だと無理矢理自分に言わせつつ、半眼気味にスライド式のドアを開ける。
(うっ……予想通りか)
考えていた通り、浴場の手前に設えられた着替え用のスペースのど真ん中には乱雑に脱ぎ捨てられた暁の制服と、女の子が身に着けていたボロボロ下着と自分の制服の上が。
大判バスタオルを何枚か棚から取り、手前に置くや――浴場のバリアフリー化されたドアが勢いよく開かれる。
「戻って来たか。追加で悪いが患者衣も持ってきてくれるか」
「おっ、おう」
暁に言われ、制服を回収して再び貯蔵室へと戻り、患者衣を取ると急いで出る。
流石に入りずらいのでドアをノックする。
「暁、持って来たぞ」
ドアが僅かに開かれ、暁が半身を乗り出して患者衣を受け取る。
ぴしゃりとドアが閉められ、仕方がなく外で待つことにする。
「あとはどこで保護観察するかだな……」
美夜や土御門を巻き込むのは駄目だろう、そうなると教職員か自分の部屋か。
(防犯的な意味で考えたら寮部屋が一番安全か……)
腕組みして考えていると、ドアが開く音。
「待たせたな。ひとまず、ロビーへ向かおう」
見慣れない白いビニール袋を小脇に抱えた暁と、若干サイズが合っていない患者衣を身に着けた女の子が出てくる。
「ああ」
衛生科の一階部分に設けられたロビーの休憩スペースへと向かい、四人掛けのテーブル席に座る。
ウォーターサーバーから紙コップを取り、水を汲む。
「やれやれ……合同授業どころではなくなったな」
どこか疲れたような表情を浮かべた暁が小さくため息を吐く。
「スマン、お前を巻き込むんじゃなかった」
「気にするな。私は別に苦労だとも何とも思わんからな」
腕組みした暁がもぞもぞと身体を何度も動かす。
「暁には色々と頭が上がらないな」
当の女の子は幾分か回復した様子で顔の血色も心なしか良いものになっている。
紙パックタイプの栄養剤の封を開けてやり、差し出すと恐る恐る飲み出す。
「さて……今後の事だが――」
「お主の事だ、寮部屋で一時的に保護するのだろう?」
「――その通りだ。普通なら学園側に任せるのがいいんだが……この子の買い手が普通の奴らじゃないんだろ?」
「そうだ。普通の考え方で相手できる存在ではない」
「なら、安全面を考えて寮が一番よさそうだな。暁、申し訳ないんだがその子に説明してくれるか?」
「うむ」
暁が頷くと横に座った女の子に優しい声音で話しかける。
体力的に余裕が出来たのか今度は女の子からある程度の返事が帰って来る。
「なんて言ってるんだ?」
「問題ないそうだ。それと、この子の名前はアルマ、アルマ・エネスクと言うそうだ」
「アルマちゃんか、分かった」
自分が名前を呟くと正面に座った女の子――アルマが少し恥ずかしそうに俯く。
「それと、この子の身元確認だが私から外務省に掛け合ってみよう」
「いいのか?」
「ああ、絶対的な保証は出来ないがな」
「構わないさ。僅かな可能性でもいい」
こんな小さな女の子を犯罪の被害者にするなど絶対に許されない。
――再びもぞもぞと身体をゆする暁。
「……? さっきから様子がおかしいけどどうかしたのか」
「なっ!? 何でもないぞ」
露骨に動揺する暁が珍しく慌てふためく。
「本当か? さっきから落ち着きないが」
「だ、大丈夫だ。何も問題ない……!」
二つ目の栄養剤を開けようとしていたアルマが、運悪くテーブルの下に空になった栄養剤のパックを落としてしまう。
「おっと」
取ってやろうと身体を下にやり――
「きゃっ」
――正面から聞きなれない声。
思わず顔を上げると、顔を真っ赤にした暁が。
「あ、暁さん……?」
「……いいか、よく聞いてくれ影海」
今しがたの悲鳴は何かの聞き間違いか、それとも幻聴なのか。
「な、なんでしょうか」
「いっ……今私はした、下着を付けていない……だから、絶対に下を見るな」
「ぶふっ」
思わず飲んでいた水が気管に入りかけた。
「おっ、お前なんで着てないんだよ……!」
「し、仕方があるまい! シャワーの際に下着を付けたままだったのだ!」
「ちょっ、まさかそのビニール袋の中身って――」
端に置かれたビニール袋を指さすとひったくるように掴み、抱くように隠す暁。
「言うな。それと、これからこの話は無しだ」
「わ、分かったよ……」
気まずい沈黙がロビーを包み込む。
(なるべく話を安全な物に変えないと……)
「――そ、そうだ暁。合同授業の方はどうだったんだ」
「ご、合同授業か? ひとまずは一年生の実力を図ったぞ」
先程からしている腕組みが完全に胸を隠してる様にしか見えなくなってしまっている。
脳裏に蘇る暁の下着姿。
(よすんだ……思い出すんじゃない)
「そ、そうか。お前が担当した一年生はどうだったよ」
「ふむ、まあ射撃の腕は確かだったな。格闘の腕は並みだったが」
「ほー、あのガタイの良い男子だよな」
「そうだ、芦屋祝という――そういえば、何故だかは知らないが影海の事をよく聞いて来たぞ」
「さすがに同居の事は言ってないよな」
「当たり前だ。武学生方面の事だけだ、お主何か接点はあるのか?」
「いや全く」
そもそも初めて聞く名前だし、彼にあった事は今日で初めて。
「そういう影海はどうだったのだ?」
「まあ少し危なっかしい所はあるけど、キチンと経験を詰めばいい武学生になれそうな子だったよ」
「たしかに目を見張る物はあったな」
「まあスパルタ教育の宮原のお墨付きだからな。素でイイモン持ってるんだろ」
話していると、斜め前に座ったアルマがこくりと船を漕ぎ始める。
「一段落したし、寮へ帰るか」
「そうだな」
――こうして、騒がしい放課後が幕を閉じるのだった。
なるべく早く出したいと思います。