Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅶ
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そして、時刻は過ぎ――午前授業の終わり。
「疲れた……」
「だらしないぞ影海、しゃんとしろ」
昼休みに入ったばかり。クラスメイト達が思い思いに過ごすべく教室から出ていったり、弁当を広げ合ったりする中、端の自席に突っ伏す。
横からクソ真面目な暁のありがたいお言葉。
「いやいや、朝っぱらからあんなハードな授業だとそうなるって」
「お前は体力が少なすぎるのではないか?」
「お前さん基準だとな……午後の合同授業を休みたいぜ」
三限分の座学の内容が完全に頭からすっぽ抜けている。後で暁のノートを拝借しなければなさそうだ。
「サボったら追いかけるからな」
「怖すぎるから勘弁してくれ」
まず逃げ切るのは不可能だろう。
「それなら真面目に取り組め。お主もきちんとやれば、私の何倍も上の実力を持っているだろうに」
「適度な息抜きも必要なんだよ――さて、俺は昼飯と弾を買ってこなきゃいかん、少し外す」
「それならついでにパンとコーヒーを買ってきてくれないか」
「返品不可だぜ」
「構わん、甘い物で頼むぞ」
「へいへい、パシられてきますよ」
教室を後にし、廊下へと出る。
昼休みとあってか生徒で賑わっており、見慣れた顔から友人まで色々。
「よう、ユウ! 相変わらずシケた顔してんな!」
「テメエの賭けに負けたせいで昼飯抜きだぞコラ!」
「貸した金返せ!」
殴る蹴るが挨拶の武学園では、廊下を歩いている最中に横から蹴りが飛んできても何ともない。
「お前のツラに比べたらマシだ。賭けは違法だし、お前に借りてた分は全部返しただろ」
蹴りをいなして、拳は腕でブロッキング、膝蹴りは大腿に手刀を叩き込んで撃ち落とす。
「聞いたぜ、宮原の秘蔵っ子と授業で殺り合ったんだろ?」
「まあな」
「一年生内じゃあ上から数えた方が早いらしいな」
「あの宮原が真面目に教えてるんだからよ。武学生じゃなくて、諜報員になっちまうんじゃねえのか」
ゲラゲラと笑う三人。
「笑えない冗談だ」
「だろ? しかも噂じゃあ、宮原の奴、自分の尋問を横で観察させてるんだとよ」
「おいおい、犯罪組織の刷り込みかよ」
「――なにが刷り込みだって?」
一気に廊下の温度が下がったような錯覚。
突如、背後から首根っこを掴まれて身体が委縮してしまう。
「じゃ、じゃあなユウ。俺達、用事があるからよ……」
「また今度な――生きて会えたら」
「お前の貸しは三途の川の渡し賃で使ってくれ」
無情にも去ってゆく三人。
廊下を歩く生徒達が皆一様に視線を下げ、露骨な奴は教室に引っ込んでしまう。
「よう影海ィ、元気にしていたか?」
掴んでいた手が離され、なんとか身体が自由にり、恐る恐る背後を向く。
「はっ、はい……」
声の主――宮原巴がニタリと邪悪な笑みを浮かべていた。
暗めの印象を与える不健康そうな白い肌に、目元にはクマ。背丈は自分より拳一つ分程大きく、女性にしては大柄な方。
普段と変わらず口には手巻きの煙草を咥え、黒いブラウスに赤いネクタイと黒いパンツという個性的な服装。
腰にはカイデックス製ホルスターがオープンキャリーで装着され、拳銃のグリップ――グリップの形状からしてグロックファミリーのどれかだろうか――が覗いている。
「この間の件の話は聞いているぞ。なんでも、一緒の部屋らしいなぁ?」
琥珀色の瞳が獲物を狙うような眼差しで見つめてくる。
「はっ、はい」
「女たらしのお前にゃ問題無いと思うがあんまり『おいた』はするなよ? 生徒と教師がヤって退学退職なんて笑えないからなぁ」
ド直球の事を言い放ってくる宮原。
「い、いやそういうのは絶対にありませんって」
「あっはっはっは! 分かってるさ、それより橘と授業で一戦まじえたらしいじゃないか?」
一気に身体の温度が下がる感覚。
(もうお仕舞いだ……暁、昼飯買えそうにないよ……)
「そ、そうですが……鬼島先生から聞いたんですか?」
「まあな、どうだった?」
「どう……とは?」
「橘の奴だよ。お前さんからみてどの程度だったかってことだ」
僅かに視線を逸らしてみれば、先程まで廊下にいた多数の生徒が人っ子一人いなく、いるのは自分と宮原だけ。
「自分の意見は参考にならないと思うのですが……」
「Sクラスの生徒達から口を揃えて評価されているのにか? 随分と御大層な自尊心じゃあないか」
「それはそいつらの過大評価です、自分は評価されるほどの腕はありません」
「頑固者だなあお前は――それで、現場の人間からしてどうだったと聞いているんだ」
若干だけ真面目な声音の宮原。
「……戦闘技術は一年生のレベルなら十分に優秀だと思います。身体能力も並以上ですし、実戦を経験すれば優秀な武学生になると思います」
「……ふむ、個人的な感想はあるか?」
「個人的ですか?」
「ああ、クソつまらん教師のような模範解答だからな。お前の目で見た事を聞きたい」
教師が言うセリフではない。
「うーん……ちょっと武学生寄りの戦闘技術を身につけないと学則的に危ないんじゃないですかね。何度かヒヤッとする時があったんで、直しておかないといけないんじゃないでしょうか」
すると、珍しく宮原のばつの悪そうな表情。
「お前でも分かるレベルかぁ……やはり、教え方が少し昔のやり方でやってしまったのがいけなかったか」
昔とはどういう意味か……触れると色々とヤバそうだ。
「……まあ、お前の意見は参考になったよ影海。引き留めて悪かったな」
あっさりと分かれを告げると、足早に階段を下っていってしまう宮原。
「なんだったんだ……」
――ふと腕時計を見れば、授業が始まる数分前で完全に昼飯を摂り損ねてしまっていた。
お腹を空かせて待っていた暁は、クラスの女子共から菓子やらレーションを分けて貰っていたらしく、完全に自分のパシリは無駄足に終わっていた。
合同授業を受けるべく、腹を空かせた状態で集合地点である校舎の校門前で待機していた。
自分のクラスの他に、先日に合同で授業を受けた一年生が一クラス分。
「腹減った……」
「もー、ちゃんとお昼食べなかったのー?」
後ろから美夜の声。
「色々と忙しかったんだよ」
「ほらコレ、先生が来る前に食べなよ」
美夜が制服ポケットから取り出してきたのは封のされたシリアルバー。
「いいのか」
「食べないとマトモに動けないでしょ」
「たすかる」
ありがたく頂戴し、先生が来る前に腹に収める。
「……そういえば、今日の朝遅刻ギリギリだったけどどうしたんだ?」
「まあ、ちょっとした野暮用でね」
「――霧ヶ峰か」
「……まあね。アイツの監視と注意事項の説明をしてた」
「やっぱりか。そうなると一緒に来た月島も同じ内容か?」
「うん、学園長からは学業に支障が出ない範囲でいいって言われてるんだけど……まあ、私の性分は分かるでしょ?」
「まあな。だけど、あんまり根詰め過ぎるといつかぶっ倒れるぞ?」
「やだなあ、か弱い幽じゃないんだから」
バシバシと背中を叩いてくる。
「ま、部屋に居る時はおれが見といてやるよ。なんだか大人しくするみたいだしな」
「本当に?」
「それにいざとなったら――半殺しにしてでも大人しくさせるさ」
ふと。脳裏によみがえる、美夜がマルカに気絶させられた時のあの光景。
「ちょっと幽、表情がヤバいよ」
「おっと……疲れてるかなオレ」
眉間を指でほぐしながら、表情筋をほぐす。
「……ねえ、幽。ニアちゃんから聞いたんだけど――」
「授業を始めるぞ、全員集合!」
美夜が言いかけたところで、柊がやって来るや一喝。
ヤバさを知っている二年生はただちに集合し、一年生達は不安げな様子で集まって来る。
「これより合同授業一日目を開始する。授業内容は簡単、学園から出された課題を一年生と二年生が力を合わせてこなせ。それだけだ」
単純明快だが面倒な事この上ないのは確かである。
「振り分けはこちらで済ましてもらっている。今から読み上げられた生徒同士で組んでもらい、課題を渡す。後は各々に任せる。それでは最初に穂波睦月――」
質問など微塵もやらせない勢いで柊が読み上げ始める。
どうやら男女混合のようで、一年生が男子で二年生が女子の時もあればその逆もあった。
「次は、織原美夜――」
そして、とうとう柊に呼ばれる美夜。
「じゃ、頑張ってね幽」
前へと走ってゆく美夜。
「頑張ってか……」
そして、月島、暁が呼ばれて去ってゆき。
「次に影海幽――」
呼ばれて前へと急いで出る。
「――次に、橘菊花」
「え゛っ」
一年生の群れからこちらへとやって来る、見覚えのある女子生徒。
「これが課題だ」
柊に手渡される、折り畳まれたA4判の用紙。
文句を言ったらコンクリで雪崩式ダブルアームスープレックスを掛けられかねないので、足早に退散する。
「……」
無言で後ろをついてくる橘菊花。
(クソ……絶対、宮原が一枚噛んでるだろこの組み合わせ)
ひとまず課題の内容を確認するべく、校門から出て校舎の敷地外へと出る。
「課題の内容は……」
恐る恐る開けてみると、内容は至って簡単で非情であった。
『都市部南区で活動する小規模犯罪組織の無力化及び逮捕』
用紙の下には学園のデーターベースの記録番号と思わしき数字が。
「マジかよ……」
この時期の一年生がこなす内容では無い。
仕方が無くスマホからサーバーにアクセス。学籍番号とパスワードを入力し、検索ボックスに数字を入力して検索ボタン。
出て来たのは、お隣であるアジア諸国で活動する犯罪組織を顧客にした盗品の電子機器や貴金属を密輸を主にする小さな窃盗団。
諜報科と情報科の情報収集である程度のアタリはついているらしく、後は実働隊がいればすぐさま終えられるような規模。
(なるほどな、これくらいなら二年生が二人か三人いれば容易に済ませられるレベルだ)
拠点は南区の繁華街で、ペーパーカンパニーまで用意している周到さ。
情報流出阻止のためにデータのダウンロードや外部保存はできないため、一旦スマホをスリープにしておく。
「……」
振り向けば、不機嫌な猫の様な表情でこちらをジッと見つめてくる橘菊花。
「……」
こういう時はどうすればいいのだろうか……普段のような口調で話した方がいいのだろうか?
「……ええと」
黙り込んだままこちらを見てくる。
「ひ、ひとまずお互いに意思疎通をキチンとしよう。黙ったままじゃ話し合いもできないだろ?」
「……はい」
なぜにここまで不機嫌そうなのか……一体、自分が何をしたというのか。
「ええと、俺は二年前衛科の影海幽。よ、よろしく」
「一年、橘菊花です」
ぶっきらぼうに答える橘。
「とりあえず、君にも課題がどれほどのものか見てもらう必要がある。学園のデーターベースを閲覧する方法は教えられたよな?」
「はい」
「だったら、手持ちのスマホでも携帯電話でもなんでもいいからこの数字を検索してくれ」
「……持って来ていません」
「へ?」
「ですから、授業の邪魔になるので持って来ていません」
「あっ、すまなかった……それじゃあ俺ので見てもらって構わないから」
他人に見られてやましい物は特に入れていないので、資料を開いて橘に手渡す。
両手で画面を食い入るように見つめる。
「大体頭に入ったら返してくれ」
「……お返しします」
一分と経たない内に帰って来るマイスマホ。
「本当にか? 早すぎないか」
「問題ないです」
「そうか。それなら、そっちが大丈夫な前提で話すぞ」
頷く橘。
「この課題は二年生の情報科や後衛科ですら単独でこなせるレベルだ。その意味が分かるか?」
「ある程度の戦闘能力があれば、後方支援の人間でも出来る。つまり、二年生にサポートとして手伝えば普通にこなせる……ということでしょうか」
「その通り。推測だけど小遣いレベルの小金を稼ぐ十把一絡げな犯罪組織だろうな。だから、証拠を現場で確認しすぐさま現行犯逮捕でさっさと終わらせたい」
「作戦も糞も無いんですね」
「ああ、俺は前衛科の脳無し馬鹿だからな。ぶっちゃけ決定的な証拠が無くても、イチャモン付けてしょっ引くこともできる」
大きな溜息を吐く橘菊花。
「まずは敵情視察だ。ひとまず、都市部へ向かう――その前に少しやる事があるな」
「……?」
「君の射撃訓練だ。一年生にしては上手な方だが、武学生としてはまだヒヨッコだ」
橘菊花の射撃技術は確かに高い。昨日で嫌というほど体感した。
だが、現場で使うには少々危険な所が多々見受けられる。人を教導出来るほどの腕前は無いが、レクチャーくらいなら出来る。
「……分かりました。ご鞭撻お願いします」
昨日の敵意丸出しはどこへやら、不機嫌そうながらも真面目に頭を下げてくる。
「この時期の一年生はもう帯銃しているよな」
「はい」
「それなら、都市部へ行く前に射撃場だ」
橘菊花を連れ、校舎からほど近い体育館と屋内射撃場が一緒になった施設に到着する。
地下の射撃場へ降りてみると、普通の授業時間帯なせいか偶然にも他の所が使用していた。
「――おや、影海じゃないか。今は授業中じゃないのか?」
扉からすぐ横にいた男性教師――天野俊也先生が少し驚いた顔でこちらを見てくる。
「お久しぶりです先生」
スポーツマン然とした短髪の黒髪にポロシャツとカーキ色のカーゴパンツ。
右脇にはレザーホルスターに収められた拳銃が。
「……すみません、勝手ながら申し訳ないんですけど今大丈夫ですか」
「どうした?」
「合同授業で奥の近接戦闘用の1レーンお借りしたいんです」
「ああ、そういえば二年生は今日から合同授業だったか。そうなるとそっちの生徒さんは一年生の子か」
「はい」
「ふむ……ひとまず着いてきなさい」
先生に言われるまま射撃場の奥へと歩き出す。
(天野先生の担当学年は三年生。そうなると、ここに居る生徒全員が三年生かよ……)
人外魔境の武学園の中でも教師の次にヤバ存在。それが三年生である。
毎日が死と隣合わせの生活の三年目到達者にして、過酷な進級テストを合格した化け物である。
金網越しに射撃訓練を行う三年生をちらちらと見る。
軍人や法務執行機関の人間顔負けな手品の様な素早さのクイックドロウ。機械のような的確な射撃補正、コマ送りのよう手早いリロード。
ほぼ途切れない銃声。
(怖すぎる)
そして、射撃レーンの後ろ――壁側で順番待ちをする三年生達が通路を通る自分達を見てくる。
「お、天野先生。そのちびっ子たちはどうしたんだよ」
突如、壁際のベンチでスポーツドリンクを飲んでいた男子生徒がこちらに気づくや、先生に話しかける。
「山下、授業中の私語は厳禁だぞ」
「いいじゃねえかよ、順番待ちで暇なんだって。後ろの一年と二年の二人は一体どうしたんだ?」
「合同授業で射撃レーンを使用するんだ」
「あー、あったなあそんな物。こんな面倒なのはサボっちまえって二年生」
「おめえはサボって鬼島さんにボコボコにされてたべ、不良街道に引き込むなっての」
横から新たな男子生徒。
「これこれ、後輩の妨害をするんじゃない。柊先生と鬼島先生の秘蔵っ子だぞ」
たちまち顔色が悪い物に変わる二人。近くにいた他の生徒も驚いた表情でこちらを見てくる。
「おいおい、ツートップの秘蔵っ子てとんでもねえぞ」
「いやいや、あの二人からって……先生冗談きついっすよ」
「これが冗談じゃないんだな。なあ、影海?」
「いやいやいや、自分は何もしてないですって」
「本当か? 鬼島先生、お前の事になると少し口が軽くなるぞ?」
ざわざわと別な騒がしさが辺りを包み始める。
「あれ……そういえば、あの男の子去年どこかで見たような……」
「うーん……なんかそれ分かるわ、どっかで見覚えあるのよね」
「まーた、年下好き共が狙ってるよ。お前ら、この間もお叱り食らっただろうが」
聞こえてくる不穏な会話。
「せ、先生できればその……」
「ははは、すまんな。さて、一番奥の所を使ってもいいぞ――伊藤、交代の時間だぞ!」
先生がフェンスの扉を開け、中で撃っていた生徒に叫ぶ。
「うーっす」
男子生徒がイヤーマフを外し、ラックに掛けると通路へと出ていく。
「ラックの弾は好きなだけ使っていいぞ。さ、頑張れよ影海」
先生に背中を叩かれて喝を入れられる。
最奥の射撃レーンは特殊なタイプになっており。一見するとだだっ広い空間だが、セーフエリアの端末でターゲットや障害物を自由に配置が可能というトンデモ機構なのである。
ひとまず中へと入り壁のラックから新しいイヤーマフを拝借し、橘にも渡しておく。
「まずは、自分の使う武装の確認だな。テーブルに置いてくれ」
言われた通りに素直に銃を制服下の脇のホルスターから引き抜く橘。
「ルガー社の『9E』か。ナイフも全部出せよ」
「……あっち向いてください」
スカート端を掴む橘に、踵を返して明後日の方向を向く。
「大丈夫です」
言葉を信じて振り返ると、テーブルの上に置かれた大量のナイフ達。
「おいおい、過剰武装だな」
小型のナイフとフォールディングが計6本。これでは暁である。
「常時携行は一本か二本で大丈夫だ。そんな、ナイフだけで戦うわけじゃないんだから」
「影海先輩のご友人の人は刀剣類しか持っていないですよね、あの方はどうなんですか?」
「暁か。あいつは特別枠だ、ナイフ一本で銃持った犯罪者を簡単にのしちまうからな」
よくと考えると、かなりのストレスが掛かるはずなのだが、アイツはどう対処しているのやら。
「そうなんですか」
「そうなんだ。とにかく、ナイフは一本でいいからな」
「分かりました」
仕舞おうとした素振りを見せたため、再び見ないようにする。
「次に銃だけど……ひとまず1マガジン分、5メートル距離でこのマンシルエットに撃ってくれ」
イヤーマフを装着する橘。こちらも耳にはめて、聴覚を保護する。
設置された端末を操作し、橘の足元のラインから5メートル辺りにマンシルエットのターゲットが天井と床から出てくる。
橘が僅かに身体を強張らせ、発砲。
マンシルエットのダンボールが僅かに揺れ、断続的に銃声が鳴り響く。
銃がスライドストップ。マガジンを引き抜き、新しいマガジンに交換すると、銃口を僅かに下げる。
「……ふむ、なるほどな」
ほぼバイタルゾーンに命中しているので銃の扱いは確かである。即座に無力化出来るので有効的ではあるが――どれも致命傷になりうる部位が撃ち抜かれている。
「一応、授業では不殺の射撃技術を教えられてる筈なんだがな。『ジッパー』なんて普通の女子は知らないはずだぞ? 流石に武学生が殺人を犯すのは禁止だって知ってるだろ」
頭部へ水平に2発、そこから身体の正中線をなぞる様にローマ字の『T』を描くように撃つ、殺し屋の技術。
「宮原先生からここを狙えと教えられました」
思わず大きなため息が出てしまう。
「なるほどなあ……こりゃ、早めに矯正しとかないとヤバそうだな。ひとまず手本を見せるから」
「……お願いします」
穴だらけのターゲットの横に吊るされた新しいターゲットの前に。
ここは手本も兼ねて、抜くところからの方がいいか。
呼吸を整え――制服の下から銃を引き抜く。
セーフティを解除しながら銃をアイソセレススタンスに構え、しっかりと銃を保持してトリガーを絞る。
小気味いい銃声と共に紙が揺れ、微調整をしながら――全弾を撃ち切る。
「……まあ、俺は下手な方だから強くは言えないんだけどな」
狙い通りの場所に命中しているが、撃ち切る速度と補正が甘くて若干ズレてしまった。
主には肩や腕といった意識や戦意を削ぐ易く、行動不能にし易いポイント。
「とりあえず、致命傷になりやすいバイタルゾーンを狙わないように意識付けようか。現場だと狙いも糞も無いけど、意識しているかしていないかで大分変わるからな」
空になったマガジンをリリース。テーブルの上にホールドオープンした銃を置く。
「何発程やるんですか」
「うーん、ひとまず50発くらいかな。無意識に狙えなくとも、スムーズに狙えるまでは覚えてもらいたい」
「分かりました」
こうして、気まずい雰囲気の中、合同授業が始まった。
――宮原お墨付きとあってか橘は飲み込みが早く、指定数の半分くらいで指示した部位に比較的当てられるようになった。
(こういう指導は美夜や葛葉が適役なんだけどな……)
ウィーバースタンスに構え、落ち着いた様子で射撃する橘を眺める。
手持ち無沙汰な両手を制服のジャケットのポケットに突っ込み――ふと、違和感。
「ん?」
いつの間にあったのやら、上着のポケットに見慣れぬ紙切れが。
(なにかのメモ紙でも入れてたかな……?)
小さく折りたたまれた紙切れを解くと、中には見慣れぬメールアドレスと十一桁の番号が。
「なんだこれ……」
いつの間に入っていたのか。
「影海先輩、どうかしたんですか」
イヤーマフを外しながら橘がこちらを向いてくる。
「へっ? いや、何でもない」
紙切れをねじ込み、言葉を返す。
「課題の確認をお願いします」
「あ、ああ……」
ペーパーを見れば、教えた有効箇所を的確に撃ち抜いている。
「まあ、静止状態だから当たって当たり前かね……訓練がてら都市部へ行ってみようか」
「強襲するんですか?」
「まあ、それも含めてだな、まずは『社会見学』かな。武学生ってのがどんなのかを知るいい機会だ」
装備を整えさせ、射撃場を後にする。
三年生の授業は撃っている間に終わっていたらしく、他の人の気配が全く無い。
「どこに行くんですか」
「そうだな、都市部で一番犯罪発生率の高い地区はどこだか分かるか?」
「南区の繁華街が一番で次に中央区です」
「その一番目の所で巡回任務だ。宮原に捕縛術は叩き込まれてるだろ?」
「はい」
射撃場を後にし、共用の車庫へと向かう。
学生番号を入力し、車庫のドアを開けて中へと入る。
「ここは一体?」
センサーで照明が点灯し、止められた車両が姿を表す。
「まだ説明されてないのか?」
「はい」
「ここは『車庫』って呼ばれている共用の駐車場みたいなものだ。この時期だと武学生用の運転免許は進行形で受けているよな?」
「はい、先日に大型免許の実地まで行きました」
「じゃあ基本的な運転感覚は身についてるか。島から都市部や他の地域へ急行するときに使用するから、覚えてくれ」
「分かりました」
ナンバリングされたSUVのイグニッションキーを拝借、ドアを開けて乗車する。
助手席に乗り込んでくる橘。
「それじゃあ南区まで着いたら降りて、そこから街の巡回だ」
車庫から発進。武学園の人工島から都市部へと繋がる海洋道路へと向かう。
「ああそうだ、巡回では武装の使用は厳禁にしておこうか。徒手格闘なら自信があるだろう?」
「影海先輩が言うと嫌味に聞こえますね」
真横から冷たい一言。
「俺より格上なんてざらに居るんだけどな……」
「そうなんですか」
「ああ、昨日の授業で指導役をしていた二人がいただろ? あの二人はSクラスの武学生だぞ」
「……その二人と互角にやり合っていたような気がするんですけど、私の記憶違いでしょうか」
「き、気のせいじゃないかな……?」
運転中なので横を向けないが、間違いなく橘はこちらを睨んでいるだろう。
――道中、島内を走っていると前方に生徒の一団が。
歩道側からこちらに手を振っている。
(ん……? あいつらは……)
一団の前で車を停めると、予想通り――知人だった。
「ユウ、ちょっと都市部まで相乗りさせてくれよ」
ウインドウを下ろすと、窓の縁に腕を乗せて車内に乗り出してくる男子生徒。
茶色く染めた短髪と片耳には黒色のボールピアス。軽薄そうな印象で、腰の革製ホルスターと飛び出た拳銃のウッドグリップが印象的である。
「なんだよ皆川と――」
「あたしもいるよ」
その後ろから長い金髪を一つに束ね、ライフルケースを背負った女子生徒が顔を覗かせてくる。
「――渥美もいるのかよ。どうしたんだ?」
「お前と同じ合同授業で都市部へ行こうとしてたんだけどな。駅まで向かってたら後ろからお前が来ていたから引き留めた」
「おいおい、あの距離見えるのかよ」
「お前さん程目はよくねえけどな、乗ってもいいか?」
「こら皆川、一年生が怖がってるだろ」
渥美に拳骨を落とされた皆川が悶える。
「私は問題ないです」
「おっ、ありがてえ。ありがとうな一年生ちゃん」
ぞろぞろと後部座席に乗ってくる四人。
「ごめんね一年生ちゃん、コイツは後でシバイておくからさ」
渥美がケラケラと笑いながら皆川の肩をどつく。
「ええと……とりあえず都市部に行けばいいんだな?」
「おう、いい雰囲気の所をすまねえな」
「だから後輩にセクハラすんな」
容赦の無いヘッドロック。
一番後ろの座席では一年生の男子と女子の二人が縮こまっている。
「おいおい、車内で暴れるなよ。一年生達が怖がってるだろ」
「へっ? ああ! ごめんね二人共」
渥美があたふたと慌てて後ろをフォローする。
「影海先輩、お二方と随分と仲がいいんですね」
「まあ、一年生の時にだいぶ殴り合った仲だからなぁ。皆川はともかく渥美は特にだ」
「ケッ、沢山の女子を侍らせる男ってのはろくでも無いやつしか居ないからね――ユウは別だぞ?」
ルームミラー越しに見える渥美の凶暴そうな笑み。
「そいつらありがたいお言葉だな。昔みたいに視線が合うなり銃をぶっ放さなくなってくれただけでも、十分だが」
女っ気皆無な歯を見せて笑う渥美。
「なんだい、刺激が足りないってのかい?」
「おいおい、車内でやるのは勘弁してくれよリサ。全員海に落っこちるなんて嫌だぞ」
「――冗談さ。噂の転入生さんや美夜ちゃんより格上なんかに喧嘩を売ったら無傷じゃ済まない」
ミラー越しに見える渥美の鋭い眼差し。
「ああ、そうだ。俺達の自己紹介がまだだったな、俺は皆川慶太郎。二年生、前衛科だよろしくな一年生ちゃん」
「渥美理沙。同じく前衛科さ」
軽い調子で名乗る二人。
「ちなみにどっちもSクラス武学生だ。皆川が得意なのは早撃ちとガンプレイ、渥美は軍隊仕込みの近接戦闘術だ、どっちも化け物みたいな強さだぞ」
驚いた表情の橘。
「ま、俺は学園側が勝手に昇級させてきたからSも糞もねえんだけどな」
「馬鹿だね、貰えるものは貰っておく。贈られた物は有難く頂戴するのが道理じゃないか」
「無用の長物をもらっても手に余るようじゃあ面倒じゃねえか」
次第に見えてくる都市部の南区側。
「おい、四人をどこら辺まで送ればいいんだ?」
「お前さんに合わせるぜ。俺達は中央区に用があるから、どこで降りても大丈夫だ」
「それならここらへんで停まるぞ。俺達は南区に用があるんだ」
路肩に停車。車載倉庫から拘束用のタイラップを拝借し、懐に突っ込んでおく。
四人と橘が降車し、最後に武学園所有のプレートをフロントガラスの内側に貼っ付けてから車から降りる。
「それじゃあなユウ、相乗り助かったぜ」
「ああ、頑張ってこいよ」
「それはこっちの言葉だよユウ。アンタ、実力があるからって油断するんじゃないよ」
渥美の真剣な表情。
「分かってるよ、現場で気を抜くなんてしないさ」
「それならいいんだがね……それじゃあな」
一年生を引き連れ、中央区方向へと歩き出す皆川と渥美。
「……濃い人達でしたね」
「あれでもマトモな方だ。情報科と諜報科にはもっと凄いのがいるぞ」
ニアと合歓の二人より濃い奴を見たことが無い、あの二人は個性の塊と言っても過言ではないだろう。
「そうなんですか……」
「ま、同じ学校にいるんだし否が応でも見ると思う――さてと、ぼちぼち繁華街へ行こうか」
「分かりました。ですが、具体的に何をするんですか」
「特に決まってないかな。治安維持の為の巡回だけだ、もしその場で犯罪行為を見つけたら即職務質問。現行犯なら有無をいわせずにしょっ引く」
「適当すぎませんか」
「そんなもんだよ」
駅前の大通りを起点に南から北へと伸びる繁華街へと入る。
都市部の南繁華街は駅前とあってか年中問わず昼夜賑わっており、露天商に旅行者向けの土産屋から怪しげな雑貨屋まで様々な物がある。
もちろん黒い部分もあり、表では観光向けの賑やかな通りだが、裏では都市部が出来た頃から活動している犯罪組織が元締めをしている。
規模が大きいのと、不特定多数過ぎるために警察はほぼ黙認状態。
武学園は容赦なく検挙しているが、構成員や主要人物が特定出来ていないため完全にイタチごっこ状態なのである。
「それと、もう一度言うが銃は可能な限り抜かないように。全部徒手で対処するように」
「もし、相手が刀剣類を所持していたらどうしますか」
「基本はディスアーム、厄介な奴だったら最悪ナイフを抜いてもいい。だけど、絶対にバイタルゾーンは狙わないこと、腕や肩といった戦意を削ぐように切れ」
「はい」
「一応、聞いておくけどディスアームはもう習ってるよな?」
「基本動作と基礎は習いました。今回が初実戦ですが……」
「まあ、ヤバくなったら俺が出るから」
「はい」
実戦でブルって動けなくなる奴はざらにいる。それこそ、訓練では優秀な奴でもだ。
「――それじゃあ、都市巡回と行こうか。ひとまずは主要な大通りから回って裏通り、最後に地下繁華街のジャンクショップゾーンへ行く。あそこは都市部の中でも比較的犯罪件数が多い場所だからな」
「了解しました」
次もこれくらいのペースで出せたらいいなと思います