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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
2/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅱ

お待たせしました二話です。

五分が過ぎた頃か。キルハウスの正面口が開くと美夜が出て来た。

「駄目でしたー」

 両手を上げて少し悔しそうに笑みを浮かべる美夜。

「織原。どうだったか?」

 柊の問いかけに美夜が肩をすくめて答える。

「閉所空間で交戦する時点で負けたも同然ですね。呆気なくテイクダウン取られました」

 ザワザワとどよめく他のクラスメイト達。

『美夜ちゃんがテイクダウン取られるってヤバくないか……』

『銃声一発も聞こえて来なかったんだけど』

『14人相手して、なおかつSクラスを組み伏せるとか……人間じゃねえな最早』

『これもう無理だろ』

 敗戦ムードが漂う未突入組。

「次は誰が行くんだ? 時間は有限だぞ」

 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる柊。

(そろそろ行った方が良いな……)

 おそるおそる右手を挙げて名乗り出る。

「せいぜい死なないようにな」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ……」

 背中をこづかれて正面口の前へと進み出る。

(入りたくねえ……)

 腰のホルスターから銃を抜き、ナイフを抜きやすいようにジャケットの前は開き。薬室に初弾を送って咄嗟に撃てる状態にしておく。

「頑張ってね~」

 後ろから美夜の呑気な声援が聞こえてくるが、こっちはそれどころじゃない。

今すぐ逃げ出したいのを堪えつつ、キルハウスの中へ静かに突入。合成素材で出来た傷だらけの壁と乾燥した砂の地面。極力立てないように注意した自分の足音と心臓の音が耳に入りこんで来る。

(ああ……これ完全に入っちゃってるな)

 普段より鋭敏になった聴覚が様々な情報を取りこんで来る。

(足音が聞こえてこない……どこかに隠れているのか?)

 制服のスラックスを止めるベルトに通した小さなケースに手を伸ばし。中から拳銃用の銃剣を取り出しとアンダーレールにはめ込んで銃剣のカバーを外す。

 銃を保持しつつさらに前へと進み。死角と物陰に意識を向けながら暁奏を探すため奥へと進む。

(美夜を組み伏せる程の奴となると。教師共と同レベルか、それに近いレベル……どうしたもんかねマジで)

 ――背後から聴こえたほんの僅かな地面を踏む異音。反応と同時に背後――先ほど通り過ぎた小部屋の方を向く。驚いた暁の表情。

女子に発砲するのは少し気が引けるが、先手を打たなければこちらが痛い目に遭う。胴体めがけて即座に二発続けざまに発砲。手首に伝わる軽い反動と乾いた銃声が耳朶を打つ。

 狙い通りの個所に弾丸が直撃するが、ほんの僅かに眉をひそめただけ。

(おいおい化け物かコイツは!?)

 手早く終わらせるためにみぞおちへ撃ち込んだのに痛がるどころか平気な顔をしている。

 すると、素手のままズカズカとこちらへ突き進んで来る。

「な、なんだよ!?」

 銃口を向けるが止まる気配が無い。手がギリギリ届きそうな距離まで来ると、突然立ち止る。

 背丈は自分より少し低めだが同年の女子としては高い方か。一番に目に付くのは額の右側の生え際の一房だけがダークブロンドに染まっており、他は墨の様な黒髪。

露わになった肌は雪の様に白く、凛とした鋭さを感じさせる顔立ち。透き通ったガラス細工の様な青灰色の瞳が値踏みするようにジッと見つめてくる。

(一体どういう事なんだよ。訳が分からないぞ)

 すると、口をつぐんでいた暁が至極真面目な表情で。

「名を名乗れ」

 奇妙な事を言い放った。

「は?」

「だから名を名乗れと言っている。言葉が間違っていたか?」

「え、いや間違ってはいないけど」

 分からん。これが『文化の違い』って奴なのか……? いや絶対に違うな。

「ええと。影海幽(ゆう)です……」

 名前を言った途端、暁の「はぁ?」と言わんばかりの猜疑に満ちた表情。

「オリハラと言う女子は知っているか」

(オリハラ? ああ美夜の事か)

「一応は知っているけれど……まさか、アイツ失礼なことしました?」

「そうか、お主が『ユウ』か。――拍子抜けだ」

 反応出来たのはこの状態のおかげか。視界の端から振るわれたマチェットの刃先を銃剣で撫でるように受け流す。

(やべっ。反射的にやっちまったよ)

 返しが来る前に距離を取って回避すると、再び暁の驚いた表情。

「危ねえな。まともに入ったら骨折するだろ」

 あのコースはわき腹狙い。モロに入っていたらあばら骨を何本か折っていただろう。

「奇妙だな。完全に不意打ちを狙ったのだが」

 初対面の人間の急所狙うとか物騒過ぎるだろ……

「降伏しろ。完全にお前の射程外だ」

 距離は10メートル程。銃を向けながら降伏を促すが、暁の意にも介さない表情。この距離でも俺を負かす自信があると言うのかこいつは。

「撃たぬのか? 私の背中を地面につけない限り無力化されぬぞ」

 艶消しされたマチェットの切っ先が向けられる。

「その綺麗なツラが汚れても知らないぜ」

 皮肉を言ってやると微妙に後ずさる暁。

「kaunis…?」

 なんて言ったんだ……かうにす? 北ヨーロッパの言語は全く知らないから分からん。

「歯の浮くような事を言いおってからに……!」

 何故かブチ切れた暁がマチェットを振りかぶって投てき。回転して飛んできたマチェットの柄を左手でなんとかキャッチする。

「あっぶな! 殺す気か!」

 R-18指定のスプラッター映画のワンシーンになる所だった。しかし、あちらは殺る気満々なようで、既に走り出しており距離は半分も詰められている。

(速っ!)

 銃を向けようにも不安定な姿勢の人間に撃つのは大変危険で、下手すれば殺傷しかねない。

(そこまで自信があるなら逆に近接で応戦してやるよ……!)

 マチェットを地面に放り。銃を構えると暁がニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

左腎臓狙いの鋭い突き上げ。銃剣で逸らして避けつつ、お返しにコンパクトな右膝蹴りを放つが。肘で防御される。

 一瞬で逆手に握り直した暁のナイフがスラックス越しに軸足の内大腿を擦り、わずかな痛みに顔をしかめてしまう。

(防刃じゃなかったら大量出血コースだな)

 反撃するより速く距離を離しこちらの間合いの外へと逃げ。間髪を容れずに両刃の投げナイフを緩やかに放る。

 大きく体を傾けなければ顔面に当たる最悪のコース。だが無事に避けたとしても暁への対処が間に合わない。

(本当、Sクラスって奴はタチが悪いぜ……!)

 飛んできたナイフの刃の先を前歯で噛み取り。驚いた暁の動作がワンテンポ遅れる。

「あふねえふぁろ!(危ねえだろ!)」

 誤射の発生しない超近距離からの発砲。暁の胴に二発と右腕に一発撃ち込み、手にしていたナイフを無理矢理叩き落す。

「動くな。ディスアームは効かないぞ」

 咥えたナイフを吐き出し、銃口を向けて降伏を促す。

「……」

 無言のまま青灰色の瞳が見つめてくる。

「先程のアレは狙ってやったのか?」

「偶然だ偶然」

 詮索されると後々厄介な目に遭う可能性があるので障りの無いように適当に答えておく。

(これよりさらに人間離れした芸当があるんだけどな……人に見せた事は無いが)

「――仕方がない。負けを認めようではないか」

 あっさりと引き下がった暁が、肩をすくめながら諸手を挙げて戦う気が無い事を示す。

「もう物騒な物を振り回さないでくれよ?」

 おそるおそる銃を下げる。

「失礼な。二言は無いぞ」

 先程の鋭利な雰囲気はどこへやら。暁がムスッとした表情で口をへの字に結ぶ。

「なら良いんだ。帰り際に後ろからザックリやられたくないんでな」

 銃剣を外してポーチにしまうと、ホルスターに銃を納める。

「じゃ、周りには『空薬莢に足滑らせて頭打った所に俺が現れた』っていうことで」

 踵を返して去ろうとした瞬間、肩を掴まれる。

「待て、どう言うことだ?」

「色々と聞かれるから面倒なんだよ」

 周囲からの無茶ぶりの連続とフローの連続で色々な意味で可能性がある。

 ――ちなみに『フロー』とはこの異常な状態を指す呼び名みたいな物。似たような単語が心理学にあるらしいが、自分は小難しい事が苦手なので内容はよく分かっていない。

 ただ少しだけ分かった事は『ある程度の緊張』や『対峙する物事への没入』があるとフローに入りやすい……らしい。

たしかに、武装した犯罪者とドンパチする時はほとんどの割合でフローに入っているし。

何か一つの事に集中している時も同様だ。しかし、良い所もあるが悪い所もある。

それはフローから抜けた後にやってくる頭痛。長い時間入っていると終わった後に酷い頭痛がやって来て、あまりにも酷い時は鎮痛剤を飲んでしまうほど。

 一年生の時に衛生科のドンである八代先生に診てもらった事があったが。特に脳に異常は無く、むしろ健康すぎて『脳標本にさせてくれないか』とぶっ飛んだ告白をされた記憶がある――

「それじゃ」

 掴んだ手を引きはがし、キルハウスの出入り口へと足早に去る。

(はあ。もう二度と会わない事を願うしかないな……)

 途中、制服に地面の砂を擦りこませて投げられたように擬装する。そして、鈍痛に痛がるフリをしながら出入り口から出る。

「お前でも駄目だったか影海」

 なぜかニタリと笑みを浮かべる柊。

「ぶん投げられました」

 余計な事は言わずに退散。敗者の一団に紛れ込むと縁石に腰かけて一息吐く。

「お疲れ様。どうだった?」

 隣に座る美夜。

「お前あいつに何か入れ知恵しただろ」

 前置き無しに美夜へ問いただす。

「な、なんの事かな? 私にはさっぱり分からないや」

 わざとらしい露骨な反応。

「言わないとお前の個人情報を諜報科の奴らに売りつけるぞ」

 見てくれだけなら十分可愛いらしい美夜は男子共からマスコット的な意味で大人気。中には好意を寄せる奴もいるのだが、ことごとく断っているらしく『同性の方にケがあるのでは』と言う憶測まで立てられている。

「私の情報管理はしっかりしてるもん。幽が頑張っても無駄だよ」

 二の腕を指で摘まむと「いぎゅっ!?」と言う変な悲鳴を上げる。

「おら、正直に答えろ。何を言ったんだアイツに」

「このむっつりスケベ……ほら、幽って学園長から目付けられてるじゃん? その事を教えちゃった」

「なんて事をしてくれたんだお前は……」

 美夜の言う学園長とは武学園中央支部の経営者と学園長を兼任する、頭のネジがぶっ飛んだ人物。様々な界隈のお偉いさん方に顔が利くらしく、行事に参列した防衛省の高級官僚がペコペコと頭を下げる姿を見た事がある。

「いやー、話が盛り上がっちゃってねえ。でも良い人だったでしょ? 暁さん」

「初対面の人間にマチェットぶん投げる奴は良い奴と言わないぞ」

「変なこと言ったんじゃないのー? 幽ってニブチンだし」

「本人の前で言ってくれるじゃねえか」

 呑気に話していると、最後の一人がキルハウスの中へ怖々と入って行く。

「お前達。もし相澤が駄目だったら土日のどちらかに50分の楽しい補習訓練が待ってるからなー」

 一帯に漂う絶望感。もう諦めるしかないのか……

 5分と経たずに中から乾いた銃声。遅れて相澤の悲鳴が外に響いて来る。

「駄目っぽいね……」

「諦めて次の授業の事を考えるか……」

 こうして総勢36名の補習訓練が確定したのだった――


 時は過ぎ昼休み。昼食を買うため生徒で込み合う購買部へと足を運んでいた。

 普通の学校の購買部はノートや筆記用具と言った文房具。惣菜パンや飲料類と言った飲食類を売っているのが普通。

 しかし武学園は購買部ですら普通では無い。売っているのは様々な口径の弾薬から発射薬ガンパウダー銃用雷管プライマー薬莢ケースの各種バラ売り。さらには刀剣用の砥石や銃の整備に使うオイル類まで揃っている充実っぷり。

 本来なら学食で済ませているのだが、今日に限って四時限目が少し延長。食堂に到着してみれば券売機の前には長蛇の列が出来ており、仕方がなく購買部に来ていたのだ。

(チクショウ。早めに買っておけば良かったぜ……)

 国民性か他の奴による制裁が怖いのか、横入りや強奪は行われていないので安全と言えば安全。

 目的の物をなんとか購入。即座に人ごみから離脱する。

「はあ……」

 気だるさに思わず視線が落ちてしまう。

(依頼は放課後に回して、食ったら昼寝しよう)

 ふと視線を上に戻すと。顔に見覚えのある奴が一人。

(なんでこんな所にいるんだよ……)

 繰り広げられる買い物戦争の範囲外で右往左往する暁奏。一体何をしたいのだろうか。すると、自分に気付いた暁が近付いて来るので逃げるに逃げれなくなってしまう。

「おい」

 周りに居た数人の生徒らがこちらをチラチラと見てくる。

「な、何かご用でしょうか……」

「何故そのような反応をする」

 うわあ……周りからの視線が半端無いぞ……。

「……一体何の用なんだよ」

「あの人だかりは一体何なのだ?」

 購買部の人だかりを指さす暁。

「前の武学園になかったのか? 学校内コンビニみたいな物だ、そっちにコンビニがあるのかは知らないが」

「キオスキみたいな物か。ちなみにどのような物を取り扱っている?」

「飲食品からガンパウダーまで何でも売ってる。刀剣類と銃火器は扱っていないぞ」

(どうしてこんな事を俺に聞くんだ……)

 周りから聴こえてくる話声。

『あれ? 二年生であんな人いたっけ……ほら。影海と話してる黒髪の子』

『モール空けの子じゃない? でも、どうして影海なんかと……』

『誰か非致死兵器持ってないか? アイツにぶっ放すベ』

『すいませーん! ビーンバッグ弾一箱くださーい!』

『すげえ……あの子メッチャ美人じゃん……』

 不穏な会話が聞こえて来たのは気のせいと信じたい。

「大体、何か買いに来たんだろ、並ばないのか?」

「無理だ。あの混み様では圧死してしまう」

「ひ弱過ぎだろ」

 暁がハの字に眉をひそめ、頼りなさげに答える。美夜をはっ倒す程の奴が買い物の混み具合に怖気づくなよ……

「放課後ならガラガラだからその時に来てみろ」

 お得な情報を教え、教室へ戻ろうと去ろうとした瞬間――

「待て」

 肩を掴まれ引き止められる。

「なんだよ、教室に帰りたいんだけど」

「柏仁美と言人物を知らぬか? 柊教諭から昼休みに会いに行けと言われたのだが……」

「ああ、柏先生ならこの校舎の職員室に居る。職員室は二階だから階段登ってすぐだぞ」

「そうか。引き止めて悪かったな」

 そう言い、暁が階段の方へと去って行ってしまう。

(何だったんだ……本当に)

 すると、一部始終を見ていた後衛科の鈴木と山西がこちらにやって来る。

「おいユウ、さっきの可愛い子は誰だよ」

「二股はヤベえだろ……夜道では後ろ注意しておけよ?」

「今日から中央支部に通う編入生だとさ。あと二股って何だよ、付き合っている女子なんていないぞ」

 完全に逃げるタイミングを失ってしまった……

「どうしてその編入したての子と仲良さげに話してるんだよ。もしかして前から知り合いだったとかそう言うオチか?」

「前の授業に見学で来たんだよ。言っておくがSクラスだから下手に手を出したら斬られるぞ」

 文字通り斬られる可能性もあるしな。

「おっかない女子がまた増えるのか……」

「止めとけ山西。前の時みたいに海へぶん投げられた後にボートで引きずり回されるぞ」

 隣の鈴木が真剣な表情で説得を試みる。

「いや大丈夫だって! 前は運が悪かっただけだし……」

 これ以上構っていると時間が無くなりそうなので適当に二人をあしらって立ち去る。

(っていうか柏先生に何の用があったんだ? あの人って歴史と戦略戦術以外に何の担当取ってたっけ……)

 他の生徒が行きかう廊下と階段を過ぎ、教室の閉められたドアを開けて中に入る。

 昼食を食べる者や数人で集まって話に花を咲かせる者。持ってきた雑誌や携帯ゲーム機で遊ぶ者達と様々。

「はぁー……」

 窓側から二列目の最後尾の机である自分の席に座り。ため息混じりに買った惣菜パンの袋を開ける。

(放課後はどうするかな……)

 ボーっとしながらパンを食べながら授業が終わった後の事を考える。部活動はいまさら入るのも遅いし、かといって部屋で時間を潰すのも何だかむなしく感じる。

 予定を練るのも終わってしまい。究極の暇つぶし『人間観察』へ移行しかけた時――

「おーいユウ。掲示板見に行かねえ?」

 炭酸ジュース片手に斎藤がやって来る。

「お前、どうせ放課後は暇なんだろ?」

「まあな。って言うか斎藤も同じようなものだろ」

「バッカお前。俺は常にガンスミスの仕事が入ってるから暇じゃねえんだよ。既に十件も依頼が来てるんだぜ? 過労死しちゃうよ」

「どうして人気なんだろうな。疑問点が沢山あり過ぎるんだが」

 意外と言うか信じがたいというか、コイツは非常に手先が器用。普段は『大雑把』を体現した様な人間なのだが、銃火器や装備の事に携わると非常に頼もしい人間に変わる。

「そりゃあ努力と研究を日々怠らないからな。積み重ねって奴よ」

「じゃあ、勉学の方にもその力を発揮させるべきだったな」

 教室から出て廊下をのんびりと歩き始める。

「オメーも大差ねえだろ。毎回ど真ん中で変動してねえじゃねえか」

「維持しているんだよ。変わらないってのも大変なんだぞ」

 教え方の上手い奴は何人か知っているが、その人は一年中多忙の身なので勉強を教えてもらうにも頼みにくい。

 低レベルな争いをしながら階段を下って行き、二階の職員室のある階に到着する。

 廊下には『掲示板』を見に来た生徒や、職員室へ出入りする先生達で混みあっている。

 武学生は寄せられる事件や些細な問題を『請負計約』で解決する。もちろん『(だく)(せい)・有償・双務契約』が基本。当然、武学生には『請負人の義務』が、依頼人には『注文者の義務』が発生する。一応そこら辺のややこしい法整備も整ってはいるらしく。様々な問題が起きても専門の弁護士が派遣され、武学生に関した法が適用されるらしい。

「ドンパチが控え目な奴は……と」

 掲示板に張り出された無数の用紙を斎藤と共に眺める。

「あー……見事に警備関連の奴しかないな。平和なのは良いんだけどさ」

「俺らみたいな中間武学生は指名依頼とか来ないもんなー」

 貼られてる依頼の大半は大手企業の重役警護や、企業スパイ対策の周辺警備などと武装はさして必要ではない物ばかり。

「お、見ろよユウ。『期限・本日の放課後 内容・武学園の施設案内 武装不要』だってよ。変な依頼だな」

「報酬は依頼人と相談か……どうせ暇だし受けてみるかな」

 初対面の人と話す事はそれほど苦に感じないのし、何事も経験なので受けてみよう。用紙を掲示板から剥がし取る。

「もし綺麗なお姉さんだったら役得だな」

「十中八九男性だから期待しない方が良いと思うぞ」

「まあ武学園を見学しに来る時点で普通の人間じゃねえからなー」

 特に何事もなく昼休みが過ぎ放課後――

「なあ、帰っていい?」

 無事に授業が終わった放課後。依頼の用紙に書かれていた待ち合せの場所である校門前へ向かうと――奴はいた。

「駄目に決まっているだろう。早く私を案内してくれ」

『二度あることは三度ある』と言うが、一日に同じ奴と三回も会うなんて自分に何か憑いているのではないだろうか……

「この依頼蹴って良いか?」

 いままで心霊的な物はあんまり信じていなかったが、ここまで来ると認めざるおえない。

「違約金を発生させるぞ」

「完全に脅迫じゃねーか」

 眉をハの字にひそめた仏頂面の暁がキツイ事を言って来る。

「大人しく案内しろ。潔い方が苦しまずに済むぞ」

「はぁ……分かったよ。施設案内しますよ」

 こっちは生活が懸かっているしな……仕方がない。

「で、どの施設から回りたいんだ?」

「最低でも情報科と諜報科の施設は見ておきたい」

「その二つだと足がいるぞ。何か借りて来るか?」

「ふむ。それでは好意に与ろう」

「じゃあここで待っていてくれ借りて来るから」

「逃げたりするなよ?」

「逃げねえよ」

 校舎の横に建てられた『車庫』へと向かう。

(ニケツするならATVの方が良いか? ミュールだと遅いし……)

 『機巧科管轄車庫』と書かれたプレートが貼られたプレハブガレージに到着。シャッターを開けると中には大小様々な車両が並んでいる。

 『車庫』とは武学園が所有する車両を保管する施設の事。武学園の敷地内にいくつか存在し、航空機や船舶を保管する『車庫』もあり。ここの車庫にはソフトスキン(非装甲車)の二輪と四輪が保管されている。

「ほとんど借りられてるな……」

 幸いか目的のタンデム可能なATV(全地形対応車)が一台残っていたので壁のキーボックスからエンジンキーを拝借。一旦車庫の外に出してからシャッターを降ろす。

 ATVを押して暁の所に戻ると――

(あれ、柏先生?)

 片手に出席簿を持った柏先生と暁が何やら話していた。当の暁は何故か驚いた表情で『信じられない』と言った表情。

「柏先生こんな所で何やってるんですか」

「あら影海くん、バギーなんて引いて一体どうしたの?」

「まあ色々ありまして」

 すると、暁とこちらの顔を交互に見るや慈愛に満ちた表情に。

「教育者として嬉しいわ。影海くん、暁さんは転入して間もないから仲良くしてあげてね」

「先生、その裏がありそうな笑みは止めてくださいよ……」

 絶対に勘違いしているだろこの人。

「奏さん、影海君は少し妙な所があるけれど良い子だから」

「はあ……」

 適当に流す暁。

「あっ。そろそろ職員室に戻らないと……じゃあ二人とも元気でね~」

 颯爽と校舎へ去っていく柏先生。

「……あの者は一体何なのだ」

「戦術・戦略担当の柏仁美先生だ。一応、子持ちだぞ」

「なにっ!?」

 露骨に驚く暁。そりゃあ驚くのも無理は無いな。

「いや、この目で見た事は無いんだけどな。よく授業中にのろけ話聞かされるんだよ。その時に『中学に通っている息子が~』って」

 たしか旦那さんは都市部にある動物病院勤めだったか。

「想像できぬな……」

「慣れだ、慣れ。最初は誰でも驚く」

 暁と話しながらATVのエンジンを点け、シートに跨る。

「ほれ、そろそろ行こうぜ」

「そ、そうだな……」

 僅かだが妙に頬が赤い暁。暑いのだろうか? そんな事を考えてると、暁が後ろに座り腰辺りを掴む。

 ATVを発進させ、情報科と諜報科の校舎のある方向へ走らせる。

「先にどちらから行くんだ? 二つともさほど離れてないから大差ないけど……」

「では情報科の方から向かってくれ」

「了解」

 エンジンを噴かし。屋外運動場の横を過ぎ、五分と経たずに諜報科の校舎に到着。校舎前の駐車場の端に停めるとエンジンキーをポケットに突っ込んでおく。

「施設の案内を頼むぞ。もちろん説明もな」

「そこまで専門的な知識は持ち合わせてないからな。期待しないでくれ」

 情報科の校舎内は二学年の校舎とは違い、物静かで活気を感じさせない無機質な物。ゴミ一つ落ちてない静かな廊下を歩きながら大ざっぱに案内する。

「――なあ、北ヨーロッパってIT産業とか機械系統がとても発達してたよな……」

「うむ」

「中央支部より設備整ってるだろうし、俺の説明要らないんじゃないか?」

 時おり暁に色々と小難しい事を問われつつもなんとか説明していると、ふと疑問が生じる。

「要らぬな。お主無しでもほとんどの事は理解できるぞ」

「おい」

 はっ倒してやろうかコイツ。

「まあ落ち着け。お主の情報も有益な物が何個かあった、決して無駄ではない」

「なんだかなぁ……じゃあ、情報科の案内はもう大丈夫か?」

「いや、一つだけ聞きたい事がある」

「なんだよ。言っておくが情報系統の話はてんで駄目だぞ」

「いや、情報科に在籍しているとある人物について聞きたい。お主は『noita』と呼ばれる者を知っているか」

「の、ノイタ?」

「む、つい素が出たな……たしかこちらでは〈魔女〉だったか?」

(魔女? 魔女って、あのおとぎ話とかに出て来る魔法を使う、あの魔女か?)

「中央支部は変人が多いが。人間辞めてる奴はいないぞ」

「知らぬのか……」

 少し残念そうな表情を浮かべる暁。

「あー……美夜なら十中八九知っていると思うぞ。あいつは色々な奴に顔が利くからな」

「ふむ、そのオリハラは今どこにいるか分かるか?」

「たしかフリークライミングしに行くとか言ってたからな……屋外運動場の人工壁かな」

 武学園の屋外運動場はテニスコートや人工芝グラウンド。BMXパーク、フリークライミング用の人工壁にパルクールの専用ジムまで揃っている実に素敵な場所。

「先程通り過ぎた場所か」

「今から行くか? て言うか、どのみち施設案内で行く羽目になるんだけどな」

 あいつの事だ。どうせ日が暮れるまでクライミングしているのだろう。

「丁度良い。オリハラとお主に色々と尋ねたい事があるからな。案内してもらおう」

「へいへい」

 一階から情報科の校舎を出ると。止めていたATVに再び乗り、屋外運動場へ向かう。途中、ケージ装甲が施されたネイビーカラーのマイクロバスや、防弾仕様のSUVとすれ違う。

(平和は一番だな。こう言う危険に晒されない依頼が一番だよ本当……)

 そうこう考えている内に左側に屋外運動場が現れ始める。人工壁のある方へ走らせると目的の場所が見えてくる。

 無数の人工ホールド(出っ張り)が生えた複合素材の屋外型人工壁が何個か並び。その近くに設置されたベンチには何人かの生徒が。

 道路の左側に駐車。暁は先に行ってしまったので遅れて人工壁の元へ。クライミングしている奴らのほとんどが女子。しかも、あろうことか制服姿で登っている始末。

「美夜は……あそこか」

 高さが10メートルは越える人工壁を、確保用具や滑り止めのチョーク無しで登る小柄な後ろ姿。


次話も出来るだけ早くあげたいです。

「ここが変」「○○を出してくれ」「もっと読みやすくしろ」など様々なご意見を送ってもらえると非常に助かります。

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