Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅵ
次話です
――リビングのソファに座り、頬杖を突きながらテレビを眺めていると後ろからドアの開く音が聞こえてくる。
「――まさか、こんな所で有名人に会えるなんてね。一体、どういう風の吹き回しなのかしら?」
「知らんな、私はただの武学生だ。人違いではないのか?」
背もたれを飛び越え、隣に落ちるように座って来るマルカ。
「見間違える訳無いじゃない。ハルヴァラの娘――いえ、竜の娘と言った方が分かるかしら?」
制服の内側からナイフを引き抜き、首元へ振るう――が、呆気無く止められる。
「やあねえ、殺気丸出しじゃない」
「黙れ」
「怖いわねぇ、可愛い顔が台無しよ?」
この女の絶対的な自信は何なのか。
「次にその名前を出してみろ。その首を掻き切る」
「『切り裂きジル』のあだ名はだてじゃないわね。ま、可愛い女の子を怒らせるような事はもうしないわよ」
ひらひらと手を振り、気にも留めない様子。
「……ふん」
「いやーん、嫌わないでちょうだいよ」
馴れ馴れしく肩に手を回してくると、髪の毛を指で弄り始めるマルカ。
「暑苦しい、近づくな」
「いいじゃない、私明日から学園で教官をやるのよ? 生徒と親交を深めちゃだめ?」
「お前が教官? 何かの悪い冗談ではないのか」
「失礼ね、こう見えても一部隊の隊長やってたのよ私」
「……スペツナズか」
自慢げな表情を浮かべ、にやにやと笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「そ、今はただの一般人だけどね。昔は結構有名だったのよ? 私の隊」
「お前のような上司がいては部下はさぞかし苦労しただろうな」
「ところがどっこい、私の方がストッパーだったのよ? 私よりもっとヤバいのがいたんだから」
「ふん、信じられんな」
わざとらしい傷ついた表情を浮かべたマルカがオーバーリアクションを取る。
「まだまだ信用されてないわねぇ私……ま、近い内会うだろうし、その時に実感してもらわないとね」
「なに?」
「私、古巣から追われてるのよね」
思わず大きなため息が出てしまう。
気にも留めない様子のマルカがころころと笑う。
「大丈夫よ、追われてるっていうより連れ戻そうと捜索されてるみたいな物だから」
「そういうのを脱走と言うのだ……」
「うーん、そうなのかしら? まあ、銃を乱射するような狂人じゃないから大丈夫よ」
「都市部で犯罪行為を働くようであれば誰であろうと逮捕する。例え軍人だろうと誰であろうとな」
「流石はヨーロッパの裏社会中から恐れられた武学生ね。そりゃあヴェラも頭痛が起きてた訳だわ」
「ヴェラ? まさか、ヴェラ・フーリエか」
「ご明察、私の元勤め先の社長よ。今度、ここに来るマリーズ号の船長ね」
「そう言えば都市部へ寄港すると聞いていたな……」
「カナデちゃんも何回かは招待状が来ているんじゃないのかしら? 裏の顔も持つ貴方ならありえるわよね」
「来ていたが無視していた――まさか、寄港に乗じて逃げ出そうなんて考えているまい?」
「まさか、年中海の上なんて勘弁よ。私は地に足ついてないと駄目駄目なの」
マリーズ・セレステ号が来るとなると、都市部へ特権階級の犯罪者共が大勢訪れる事になる。
(癪だがハルマーに聞いてみるか……)
「――少し出てくる。影海には用事で出かけたと伝えておいてくれ」
「あら、何か思い当たるフシ? 夜遊びは程々にした方がいいんじゃない?」
「ふん、お主には言われたくないな。それと、勝手に逃げ出しても無駄だからやめておけよ」
「はーい」
ソファから立ち上がり、リビングを後にする。
(間違いなくハルマーの奴は寄港の話を耳にしているはず……だが、それについて連絡が無いのはなぜだ?)
部屋へと入り、制服を脱いでから私服に着替える。
動きやすいように下はスカート、上はシャツの上にパーカーを羽織る。
(ナイフくらいはいるか)
スカート下にスローイングナイフ、パーカーの内側に黒色に艶消したナイフと小振りのプッシュナイフを持っていく。
「……」
――他意は無いが、一応影海を見ておこう。
私室を後にし、向かいの影海の部屋へ。
ドアを静かに開けて、中を覗き込む。
ベッドの上に横たわる人影、寝息がこちらまで聞こえてくる。
「行ってくる」
静かにドアを閉め直し、履きなれたシューズに足を入れて、寮を後にする。
スマートフォンを操作し、電話をかける。
『もしもし?』
「ハルマーか、少し聞きたいことがある」
『珍しいですね、暁さんから電話をしてくるとは。それで、何をお聞きになりたいのですか?』
「近い内、ここ都市部にマリーズ・セレステ号が寄港するのは本当か?」
人気の無い人工島の端側へと夜風に撫でられながら歩く。
『ええ、この都市の後に寄港した後に太平洋沖のマグ・メルへ着き。補給を済ませるみたいです』
「あのタックスヘイブンが終着点か」
『――もしや、また抜き打ち検査を行うつもりですか?』
「出来るのであればな。昔は政府のせいで手出しするのが難しかったが、この国は自国の事だけで手一杯だから前に比べたら自由に動くことが出来る」
『うーん、お手伝いしたいのは山々なんですけど、折り悪く厄介な連中のために隊員がほとんど出払っておりましてね……』
「なに?」
『西の熊が複数人、都市部へ入りましてね。特殊部隊が相手となると尾行する人数が倍必要なんですよ、それで現状人員が内勤しかいないのです』
「タイミングが悪過ぎるな」
先程のマルカの言っていた追跡部隊の者だろうか。
『本当ですよ。お陰で二勢力を見張らないといけない――ああ、思い出した。この間、逮捕した例のロシア人なんですけど武学園が拘束していると言うのは本当ですか?』
「敷地内で監視している――と言うかいつの間に知った?」
『いやあ、都市部の裏社会で話題になってましてね。貴方がお熱の彼が捕まえた例のロシア人、どうやらかなりの大物らしいんですよ』
「自称だがスペツナズと言っていたな」
『既にご存知でしたか。そうです、マルカ・ヴラジーミロヴナ・ルミヤンツェフ。ロシア空挺軍の特殊連隊たる連隊、第45独立親衛特殊任務連隊に属する一個小隊の元隊長。真偽は不確かですがかなりの秘匿性の高い部隊を率いていたそうですよ』
「空挺部隊のスペツナズか。道理で化物じみた動きの筈だ」
『えっ、まさかもう戦ったのですか?』
「戦ったというより、痴漢行為を制止しようとしたというのが正しいな」
『はい?』
珍しいハルマーの素っ頓狂な声。
「とにかく、真正面から相手をしたら確実に負かされる相手だ。お前でも怪しいかもしれんな」
『そうでしょうか? 私と例の方は似たような立ち位置だと思いますけどね』
「同じ穴の狢だな――分かった、マリーズ号に関しては私単独でカタをつける。お前は熊の動向に専念していてくれ」
『そうするしかありませんからね。何かあったらコールしてください、情報提供くらいなら手伝えると思いますからね』
「頼むぞ、それじゃあ」
通話を切り、一つ大きなため息が漏れてしまう。
「収穫無しか……面倒な」
ハルマーのバックアップが使えない状態でマリーズ号へ強襲をかけるのは無駄死にするようなもの。
(潜入して現行犯逮捕……だめだな、海の上で孤立した状態でそんなことをしたら数の暴力で捕まる)
間違い無く、共謀者共に捕まるのがオチだろう。そうなると、都市部に停泊している短時間の間に違法行為の証拠を見つけ、陸地で現行犯逮捕するしかない。
「熊共の存在も気にかかるし、この機を逃したらヴェラ・フーリエの逮捕もゼロに近くなる……厄介だな」
いっそ、最終停泊地のマグ・メルで逮捕するか。
(それだと、後ろめたさのある者達がますます増えるか)
一人であの船を制圧するのは中々難しいものがある。少なくとも敵の数は間違い無く百を越えるし、客の大半は裏社会に関わりのある者達。黙っているわけが無い。
「……ふむ。久しぶりに面倒な事になったな、どうした物やら――」
島の端は人気が完全に無く、すぐ目の前には見渡す限りの夜の海。
端に腰掛けて足を投げ出し、海を眺めながら考えることにした――
そして夜は明け――武学園。
若干眠い目を擦りつつ、自室から出ると案の定リビングは地獄絵図が広がっていた。
乱雑に脱ぎ散らかされた女性モノの衣服類。酒のツマミと思われる菓子類の残骸が積み重なり、テーブルの上には買い置きしていた筈のリットル調理酒空になって横たわって放置されている。
「勘弁してくれよ……」
昨晩の就寝前までは綺麗だったはずなのに、一晩でここまで汚くなるのはどうしてか……
荒らした本人は既に学校へ向かったらしく、部屋を覗いても姿は無い。
「はあ……同居人がまた増えるなんてな」
別に増えるのは構わないのだが、異性でなおかつ美人となるとまた意識して生活しないといけない。
悲しみにくれながら部屋を片付け、朝食を作っているとリビングに暁が入ってくる。
「おはよう」
「む、マルカの奴は先に出たのか?」
「らしいな、まあ学園から逃げ切れる奴なんてそうそういないし問題無いだろ」
「ふむ……追跡用のGPSは付けられているだろうから、よほどの事が起きなければ大丈夫か」
普段通りキッチリと制服を身に着けており、今日は見慣れない物を持っている。
「その布袋はなんなんだ?」
「まあ、気分転換だ。それより腹が減ったぞ」
「はいはい、朝から食欲旺盛な事で」
部屋を出るまで時間はあるので、ゆっくりと朝食を摂る。
「――しかし、今日から下級生と合同授業か。なんとも不思議な物だな」
「まあ、普通なら違う学年同士で授業なんてしないからな。内容も内容だし」
「だが、教導をすると言うのは貴重な経験だ。違う目線から自分を見つめ直す機会でもある」
「大層な考え方だな。俺としては面倒な事この上ないよ」
静かな朝を過ごし、いざ教室へ。
今日から合同授業と言うことなので念のため二丁拳銃で挑むことにする。
バスに揺られて正門の前まで着く。
「あ、おはよう暁さん」
「おっは〜」
「うーん、朝から眼福だわあ」
騒がしい女子三人組がすれ違いざまに暁へ挨拶をしてゆく。
「慕われてるな」
「そうか? お主程では無いが」
何故か一歩、先に行く暁。
「――よお! 朝からイチャついてんなユウ!」
朝っぱらから騒がしい挨拶と共に尻を叩かれる。
「早く可愛い子紹介してくれよ。あ、もちろん武学園以外の普通の子でな!」
「てめえ、昨日の放課後に会長と暁さんと三人で生徒会室でナニしてやがった?」
後続が次々と背中や肩をバシバシと叩いてくる。
「何もしてないっての。単なる小話だ」
「かーっ! これだからモテ男は! 一発弾丸ぶち込んでいいか?」
「勘弁してくれよ」
隣のクラスの三馬鹿。一年生の時から相変わらずの騒がしさである。
「そうそう、そんな浮気性のユウに朗報だぞ」
「誰が浮気性だ、でなんだ?」
「噂なんだけどよ、今日から外部の臨時講師が学園に来るんだとよ」
「なんでその臨時講師が朗報なんだよ」
武学園と関わりがある時点でカタギじゃないのは確か……これ以上変人が増えるのは本当に勘弁してほしい。
「それがよ、すげえ美人らしいんだ」
「ほー」
気付けば暁の姿は無く、どうやら先に行ってしまったらしい。
「で、その美人講師なんだが姿を撮影した奴が居てな……」
スマホの画面を見せてくるので、覗き込むと――
(うげっ……)
「後ろ姿だけどそれでも分かるだろ?」
パンツスーツの後ろ姿に、一本に結んだ灰褐色の髪の毛……紛れもなく奴である。
「噂だと徒手格闘と射撃の臨時講師らしいんだわ。手とり足取り教えてもらえるんだぜ……ふへへ」
多分、やましい事をしたら関節を外されてぶん投げられるのが目に見えている。
「だけど、武学園に関わるなんて変人確定だろ。あんまり高望みしない方がいいんじゃないか?」
「分かってえな。美人教師って言うのがミソなんだよ。お前は何にも分かっちゃいねえ」
朝からここまで全開とは……
「分かったよ。授業で来たら拝んでおくから、じゃ」
「おう! ユウのモテ男パワーで色々と聞き出しておいてくれよな!」
教室の前で別れ、いざ中へ。
時間が時間とあってかクラスメイトのほとんどが揃っている。
ひとまず自分の席へと座り、荷物を置く。
先に行っていた暁は真面目にも教科書を開き、予習をしている。
(そういえば、暁って授業の時はいつも眼鏡をかけてるよな……)
だが、月島レベルに視力がいいはずなので眼鏡はいらないはず。
課題は諦めているので、朝の手持ち無沙汰な時間は読書の時間にする。
机の中からカバー付きの文庫本を取り出し、栞を挟んでいたページから読み始める。
時間が過ぎ――朝のHRの時間。
(美夜と月島が来ないな……どうかしたのか?)
教室に入って来る柏先生。
「はい、それじゃあ朝のホームルームを始めます。最初の連絡事項から――」
なんの変化もなく柏先生が喋り始める。
「……月島と美夜の奴が来ていないな」
「分からん。月島はともかく、頑丈バカの美夜が休むのは珍しいな」
物理的に頑丈な美夜が休むのは何年ぶりだろうか。
「――はい、それと最後にもう一つ。この後の体育の授業ですが、新しく武学園に臨時講師として来られた新しい先生の授業と入れ替えになります。格好と武装はそのままで大丈夫らしいので、体育館で集合するように」
嫌な汗がじわりと伝わる。
「それじゃあ、朝のホームルームを終了します。皆、送れないように――」
先生の言葉が終わる寸前、教室のドアが開かれる。
「遅れましたー!」
元気よく教室に入ってくる美夜。
「あら、織原さん」
続けて無言の月島が入ってくる。
「すみません、依頼で遅れました」
「そうなのね、一応出席にしておくから」
「はい、すみません」
足早に出ていく柏先生。
そして、授業が始まる前の僅かな時間が出来る。
「ミーちゃんと渚ちゃんが遅れるなんて珍しいね、なんかあった系?」
「まあねえ、面倒くさくて嫌になっちゃうよもう」
ケラケラと笑いながらクラスの女子と談笑をしている美夜。
(多分、霧ヶ峰――いや、マルカか。アイツので何かあったんだろうな)
文庫本を閉じ、最高に受けたくない授業が近付いてくる事に嫌気が指してくる。
「おう、ユウ。新しい臨時講師だってよ、男か女か賭けしようぜ」
斜め前の斎藤が振り向いてくる。
「面倒だからパスだ」
「おいおい、久々の外部の人間だぜ? 武学園に来る段階で普通の人じゃないのは確かだけど、気になるじゃんかよ」
「じゃあ、女性の方に昼飯」
出来レースだが、黙っているのがいいだろう。
「おっ、それじゃあ男に同じくだ。負けたらちゃんと奢れよ?」
「そっくりそのまま返してやる」
緩い調子で校舎と隣接する体育館へ、斎藤と共に向かう。
「――ああ、そうだ。昨日面白い物作ったからよ、近々動作テスト手伝ってくれないか?」
「この間みたいな死にかけるやつは嫌だぞ」
「大丈夫だって。流石にあの強化外骨格は無茶すぎた、ああ言うのは白澤重工の専売特許だわな」
簡単に言うが強化外骨格は世界中の機関が日夜研究している近未来技術である。
「酷かったら医療費貰うからな」
「んだよ、至近距離で撃たれても死なない奴が言うセリフじゃないぜ」
バシバシと背中を叩いてくる斎藤。
「誰だ、そんな噂流してるやつは」
「しらばっくれるなって。ナイフで銃弾を弾いたんだろ? 車に撥ねられてもピンピンしてるお前なんだから驚かねえって」
話している内に体育館へ。中へ入るとクラスメイトの何人かは既におり、壁際で静かに待機している。
同じように壁際へ移動すると、座って臨時講師が来るのを待つことに。
(どうか問題事が起きませんように……)
心配しながら待っていると、クラスの面々が揃ってゆく。
――そして、運命の時。授業が始まる時間がやって来る。
突如、体育館の扉が開かれ、入ってきたのは――
「はいはい、さっさと授業を始めるわよー」
黒いタンクトップに緑色のカーゴパンツと言うかなりラフな格好のマルカ。
灰褐色の髪の毛を後ろで一つに結わえ、シャープな印象を与える格好である。
「うおお! めっちゃ美人じゃねえか!」
「滅茶苦茶スタイル良いなおい」
「デケえ……あれは、柊とか白澤レベルじゃねえか?」
色めき立つクラスの男子軍団。
「ほらほら、授業を始めるから全員私を囲むように集まりなさい」
言われるがままゾロゾロと集まってゆくクラスメイトの面々。
中身を知っている美夜や月島、暁に自分は端の方で様子を伺う。
「今日からここで臨時講師を務める、マルカ・ヴラジーミロヴナ・ルミャンツェフよ。短くマルカ先生でも教官でもなんでもいいわ」
思い思いの体勢のクラスメイト達が真剣な表情で話を聞く。
「担当科目は徒手格闘と射撃、プロテクション。他にも色々担当できるけど、主なのは3つね」
たしかに徒手格闘の腕に関しては教導役としても通じる腕前だろう。
「とりあえずは以上ね。質問があるなら、じゃんじゃん聞いて構わないわよ」
すると、星河が元気よく挙手する。
「はい、そこの子」
「先生はどこの出身ですかー?」
「それは国? それとも所属?」
「どちらもです」
「出身はロシア。元は空挺部隊よ。信じるか信じないかは自由だけどね」
ウィンクで言葉を締め、クラスの面々が驚きの声。
「ほらほら、他にもう少し面白い質問はないの?」
今度は、男子組の馬鹿代表である水無瀬が元気よく挙手。
「はい、そこの男子」
「スリーサイズはいくつでしょうか」
水無瀬の斜め後ろにいた榎本が尻へとキレのある回し蹴りを放ち、トドメにレバーを殴り抜く。
「スリーサイズ? 変な事聞くのね、上から94 75 79よ」
さも当然のように答えるマルカ。
男性陣が歓声のような声を上げ、女性陣は完全にお通夜のような陰鬱な表情。
「はい、他には無いのかしら? ないなら授業にさっさと移るわよー」
ザワザワと賑やかなクラスの面々。
「おい、ユウ。行ってこいよ」
前にいた二見が煽ってくる。
「嫌に決まってんだろ。元空挺ってかなりヤバイじゃないか」
「でもよ、結構寛容そうじゃん? お前の巧みな話術なら行けるって」
行くも何もアイツは昨日からルー厶シェアの仲。知りたくもない情報は否が応でも入ってくるので、無駄な労力を使いたくないのが現実である。
「俺はパスだ」
「ちぇっ――つうか、何か違和感覚えると思ったら美夜ちゃんが食いついていないのな」
「たしかにな」
「お前、また何かやらかしたか?」
「俺は知らんぞ」
当の本人は輪の端で月島と暁の三人でマルカを見ている。
「……まあ、他所を詮索するのは野暮だから聞かないけどよ」
すると、マルカが一瞬だけこちらを見る。
クラスの面々が見ているにも関わらず、露骨にウィンク。
(げっ……)
あまり目立つような事をしないで欲しい。
「――それじゃあ居ないようだし。早速授業ね、今日は初日だから軽いスパーリングでもしましょうか」
囲む人の輪を沿うように歩きながらマルカが見定めるような眼差し。
「うーん……そうね、そこの男子くん」
マルカがニタニタと笑いながらこちらをピンポイントで指差してくる。
「やったじゃねえかユウ、お相手してこいよ」
二見が無理やりと立たせてくる。
拒否する訳にもいかないので、渋々前へと出る。
「それじゃあ、軽くスパーリングね。自由なタイミングで打ってきていいわよ」
軽い調子のマルカ。
(帰ったらクレームだな)
拳を構え、動くマルカの顔面めがけて牽制の軽いジャブを放つ――が、頭を軽く傾けただけで拳を避けられ空を切る。
「私が教える徒手格闘は『システマ』と呼ばれるものよ」
自分の体の外側に移動しようとするマルカの大腿へ下段蹴りを放つ。
しかし、振るった蹴りに合わせて逆に足を引っ掛けられて外側に引っ張られ、大きく体勢を崩される。
逃げるより早くマルカが動くと、膝で関節を外側押して床に転ばされる。
「ほら、ボサッと転がってないで早く来なさい。ナイフでも銃でもなんでも使っていいわよ」
起き上がりつつ不意をつくようにタックル。
返しを警戒しつつ胴を取った瞬間、マルカの肘で顔面を押されながら踵を蹴られて、後頭部を思いっ切り打ち据える。
「い゛っ⁉」
力の流れを完全に利用された投げ技。
「世間一般的に認知されているシステマは護身が主だけど、私が教えるのは攻撃的な軍隊式のシステマよ」
受け身を取る間もなく投げられたせいで、呼吸が
ままならない。
(手加減無しでやりやがって……)
「――はい。今のが簡単なシステマの予行演習ね。コレを今日から貴方達に教え込むわ」
先程の緩い雰囲気は消え失せ、張り詰めた糸のような真剣な雰囲気が。
「システマの基本は四つ。呼吸、リラックス、姿勢、移動の四点よ。コレはシステマだけじゃなくて他の物にも応用できるから」
まるで教師のような調子のマルカ。
「それと、プロテクション技術。既に貴方達はある程度の知識や経験はあると思うけど、私の授業ではさらに踏み込んだ技術や応用を教えるわ。もちろん、モックでの実技訓練も」
なんとか立ち上がり、ほうほうの体で輪っかに戻る。
「最後に射撃技術。コレはシステマの射撃技術を徹底的に身体に叩き込むわ、癖がつかない程度に意識せずとも無意識の内に出来るくらいにね」
軍隊仕込みの戦闘技術を教わるのはこれが初めてか……
「――とまあ、以上が今後の方針よ。私は評価も単位も平等に与えるけど、扱いは全員が同じレベルだと仮定して授業を行うわ」
つまり、救済措置は無しと言うことである。
「随分とスパルタだなオイ」
横の水無瀬が尻をさすりながら呟く。
「今日は全員の実力を測りたいから、ひとまず三人ずつと同時にスパーリングを行おうかしら。その間は適当にしていて構わないわよ」
さらっととんでもない事を言うマルカ。
「何か質問のある子はいるかしら?」
黙りのクラスメイト達。
「……いなさそうね。それなら、授業を再開するわよ。そこの三人前へ」
こうして、心配の塊であるマルカの初授業が本格的に始まった。
次もこれ位の頻度で出せたならなぁと思います