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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
18/33

Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅴ

続きです

「あー……とりあえず武学園に帰るか」

「うむ、身体が汗臭くてかなわん。シャワーを浴びたいぞ」

 多分汗より返り血の方が多い気がする暁が腕や髪を嗅いで顔をしかめる。

「そうですね、ちょっと火薬臭いですし……戻りましょうか」

 パタパタと手で仰ぐ葛葉。

 乗って来たSUVに乗り込もうとすると、暁が運転席に乗り込む。

「私が運転しよう」

「いいのか?」

「ああ、よくと考えたらしばらく運転していなかったのでな。帰路なら少し遅くなっても構わんだろう?」

 確認するべく葛葉を向くと――

「そうですね、特に急ぐ事も必要ないですし。お願いできますか暁さん?」

 どうやら問題が無さそう。

「任せてくれ、最初は少々荒いかもしれないから注意してくれ」

 SUVへと乗り込み、武学園へと帰路に就く。

(今日の頭痛はあまり酷くないな、ちょっと休めば治まるかな)

 運転席に暁、助手席に葛葉、後部座席の自分の横には土谷の配置。

 暁の操作と共にスムーズにSUVが進みだす。

 道中、報道機関の中継車がズラリと並んでいたが警察の規制により捕まる事無く警戒線を抜けて都市部へと出る。

「うーん……シャワーも浴びたいが腹も減ったな」

「道中にどこか寄るか? 実は私も空腹で仕方がない」

「俺は大丈夫だけど、葛葉と彩華はどうする?」

「そうですね……軽い物であれば」

「わ、私は皆にお任せします……」

 いつも通りの彩華の返答。

「じゃあ、どこかで腹ごなしだな――それと暁、お前さんはあまり食わないようにしとけよ? また夜中に洗面所で叫ばれると、近所迷惑になるんだ」

「なっ……! 叫んでなどいなぞ私は」

「嘘つけ、四日前の二時くらいに洗面所で叫んだだろ。体重計の起動音も聞こえて来たぞ」

 ミラー越しに分かるほど顔を真っ赤にする。

「聞いてたのか!?」

「否が応でも聴こえたよ」

 そろそろ暁は隠れて同居していることを自覚してもらわないと、色々とフォローが効かなくなってくる。

「口外したらお主の隠し持っている雑誌達を捨ててやるからな」

「おいおい、それを人質に取るのは駄目だろ――つうかどうして『ソレ』を知ってるんだよ」

 第二男子寮の機密書類はきちんとカムフラージュして隠していた筈なのに。

「二日前の掃除当番は私だ、リビングのソファに挟んだまま忘れただろうこのスケベめ。まさかあの様なのが好みだとはな……」

 嫌らしいものを見るような目つきで睨んでくる暁。

「わー! この場でその話はやめろって!」

 だから、昨日の夜に一冊足りなかったのか……ベッドの奥にでも引っ込んでしまったのかと思ったら、暁が持っていたのか。

「あれ……洗面所、掃除当番……? まるで同じ部屋みたいな……」

 彩華が首を傾げる。

「――幽さん?」

 シート越しにこちらをジッと見てくる葛葉。

「ははは……」

「はぁ……土谷さん、ええとですね――」

 疲れた表情を浮かべ、葛葉が彩華に説明する。

「えっ、そうするとお二人は同じ部屋に寝泊まりしていると……?」

 驚いた表情の彩華。

「流石に寝るときは別室だよ。寝ぼけて刺殺されたくない」

「なんだと」

 運転中にも関わらず、こちらを向いてくる暁。

「お前、たまに起こしに行くとベッドから転がり落ちてるじゃないか」

「あ、あれはだな……」

 朝が弱いのかそれとも単にオフの時が緩いのか分からないが、暁は睡眠関連の事がら全体的にズボラである。

 寝ぼけてパンツ一丁で現れる時もあれば、夜中の手洗いの時に寝ぼけて寝室に入ってきたり、眠りながら朝食を食べたりと……こちらとしては大変苦労するのである。

「大丈夫ですよ土谷さん。甲斐性無し、へっぴり腰、軟弱の三拍子が揃った影海さんです」

 前から葛葉の容赦ない言葉。そして、何故か納得したような表情でこちらを見てくる彩華。

「酷い言われようだな……」

 体面は優等生で通っている葛葉だが、こう言う人目の無い所だと毒を吐いて来るから恐ろしい。

「――む、そこのファーストフードでいいか?」

「異論無し」

「そうですね、妥当かと」

 ドライブスルーではなく普通の駐車場に停車。流石に装具を付けた状態で入店するのは非常識なので、ベストやリグを外してゆく。

「ん」

 前からベストを差し出してくる暁。

「ほい」

 そのまま後部座席の後ろの収納スペースへ放り、葛葉のも同じように受け取って放り込む。

「うーん……久しぶりに動いたような気がします」

 助手席から降りて来た葛葉が猫のように身体を伸ばす。

「なんだよ、現場に出てなかったのか?」

「新学期が始まってバタバタしていましたからね。多分、一か月ぶりくらいでしょうか」

「そりゃ長いブランクだな」

「近接戦闘訓練は定期的にしていたのですが、やはり現場は何が起こるか分からないですからね。実戦こそが一番の訓練です」

 サラッととんでも無いことを言いのけるが、こいつは有言実行してしまう能力を持っているから冗談に聞こえない。

 四人で店内に入ると、厨房とカウンターから元気な掛け声が飛んでくる。

「さてと……何を食うかね」

 意外と時間が経っていたらしく、時刻は夕方の五時過ぎ。いい具合に腹が減っているので、少し多めに注文した方がいいかもしれない。

「ええと――」

 お財布事情も考えつつメニューを頼み、整理券を手渡されてカウンターの横で待つ。

 ここの店舗は一階がカウンター席や二人掛け席が主となっており、ボックス席や団体用は上の二階部分のよう。

 時間が時間とあってか学生の数が若干目立ち、ほとんどが都市部内にある私立高校の制服である。

 スマホ片手に和気あいあいとお喋りをしていたり、笑い合いながら携帯ゲーム機で遊んでいたりと

学生生活を謳歌している。

――ふと、この間八代に言われた言葉が頭の中に浮かんでくる。

(普通の高校生か……一体、どんな物なんだろうな。想像が全然つかないぞ)

 普通に勉強して、部活をして、放課後には友人と遊んで……きっと火薬と血とは無縁の世界なのだろう。

 店員さんから呼ばれてカウンターへ、頼んだ物を受け取る。

「先に席取ってるぞ」

「うむ」

 階段を使って二階部分へ。夕方とあってか込み合っており、店内を見渡すと奥側のボックス席が開いていた。

 こちらも込み合っており、一人、奥の方へと向かう。

(うおっ、凄い美人だな……海外の女優みたいだ)

 座ったボックス席の反対側、壁際のカウンター席に腰かけた女性に目につく。

 映画に出てきそうな程に整った顔立ちに、眩しいほどのプロポーションの良い体形。

 茶色みが僅かに混じった明るい金色の短髪に、シミ一つない血色の良い白い肌。

 恰好は至ってシンプルなもので、デニム生地のパンツにブラウスと言った軽装な恰好。

――が、テーブルの上に置かれたとんでもない量のゴミくず。軽く数えただけでも六つはハンバーガーを食べている。

(世の中には凄い人が沢山いるもんだな……)

 ジロジロと見過ぎたせいか、スマートフォンを弄っていた女性が顔を僅かに上げて、こちらを見てくる。

(やべっ……失礼な事しちゃったな)

 すると、向かい側の女性が掛けていたサングラスを僅かに下げ、珍しい灰色の瞳でこちらを見ると――小さくウィンクしてくる。

 なるべく自然なフライドポテトをつまみ、若干視線を明後日の方向に投げながら口に無理矢理突っ込む。

(なんだなんだ、俺が何をしたっていうんだ)

 初対面の女性にウィンクをされたのは生まれてこの方一度も無い。

「――幽さん?」

「うおっ!? く、葛葉かどうしたんだ?」

「いえ、壁を凝視していたものですから……何かあったのですか?」

「いいや、何も無いぞ。単にちょっとボーっとしてただけだ」

 向かい側の席に座る葛葉。

 トレーの上にはアップルパイと飲み物だけで、ここの店のウリであるハンバーガーが乗っていない。

「なんだ、それっぽっちしか食べないのか? あれだけ動いた後なんだから足りないんじゃないのか?」

「はぁ……幽さんは分からないでしょうね。この大変さを、維持という物がどれだけ困難かを」

「そうか? 細すぎるのもなんだかなと思うけど……」

「……幽さんはどっちが好みなんですか?」

「おいおい、その手の話はNGだ。事務所を通してくれなきゃ困るぜ――ま、しいて言うなら普通が一番かな」

「普通ですか……そうなんですか……」

 何故か真剣な表情の葛葉。

「まあ、武学園のほとんどの女子共に共通して言えることは『細すぎる』って事だな。格闘戦でウェイトが無ければ殴られてすぐのされちまうし、マウントから逃げにくくなっちまうのにな」

「色々と女子高校生は大変なんですよ」

 無駄話をしている内に、階段から昇って来る暁と彩華。

「待たせたな」

 暁のトレーの上にはLサイズのハンバーガーが2つに、Lサイズのフライドポテト、山盛りのチキンナゲットに飲み物とカロリーの暴力が乗っかっている。

「おいおい、食いきれんのかよその量」

「無論、これはただの間食だ」

 葛葉の横に座り、彩華は自分の隣に座る。

「本当、凄いですよね暁さん。部屋でもこんな感じなんですか?」

「あー……たしかにそうだな。食材費が三倍くらいになったし、俺の倍は食べてるかもしれないなコイツ」

「一体、この身体はどうなっているんですか……」

 葛葉が制服越しに暁の腹を撫でる。

「適度に動いて、適度に食べる。ただそれだけだ」

 思い出してみれば、コイツは余計な肉がついていない運動選手みたいな体形である。

「うー……私も暁さんみたいに細くて綺麗になりたいです……」

「土谷も十分だと思うぞ? ココに関しては私より断然あるから羨ましい限りだ……」

 わざとらしいジェスチャーをする暁。

「何をどうしたらそんなになるんですかね……はあぁぁ」

 男子の自分は絡みにくい話題で話に花を咲かせる女子三人。本当、武学園の女どもはどうして往来でそういう話題を言えるのか……

(まあ、男子で言う所のエロ談義みたいな物だな……静かに芋食べてよう、芋)

 耳に入って来る会話をシャットアウトしつつ、ハンバーガーとポテトを食べることにする。

「――なるほど……全く参考にならん」

「天然物ですか……参考にできないのが口惜しいですね」

「そ、そんな大きくてもいい事無いですよ。姿勢が悪くなりやすいし、服のサイズはちょっと大きくなっちゃうし、肩がこるし、目立つし……」

「贅沢な悩みで羨ましい限りだ」

 三つ目のハンバーグに突入する暁が若干ご機嫌斜めな声音。

――すると、ポケットにいれたスマホが断続的な振動。

「すまん、ちょっと電話だ」

 席から離れてトイレへ。

 画面を見れば美夜から。

「もしもし?」

『――あ、やっと出た。もしもし、幽?』

「どうした」

『えっとね、ちょっと重要な話があるんだよね。電話だと話しにくいから直接話したいんだけど』

「大事か」

『いや、大事――だね、うん。かなりのデンジャラスなお話だね、うん』

「そんなにか、いますぐ学園に戻るから待っててくれ」

『あっ、そんな早急じゃなくていいよ。銀行強盗の制圧帰りでしょ? 疲れてるんだろうし普通でいいよ』

「なんだ、知ってたのか?」

『ニアちゃんからメールがね。怪我なかった?』

「良いパンチを一発くらったくらいだな」

『もー、また無茶して。とにかく急ぎじゃなくていいからね。あと、部屋勝手に入ってるから』

「分かった。部屋を物色したら酷い目に合わすからな?」

『大丈夫だって、ベッド下のえっちな本はカナちゃんに黙っててあげるからさ』

「……その話は勘弁してくれ」

 時すでに遅しとはまさにこの事。そろそろ、別な保管場所を見つけなければならないのだろうか。

『へっへっへっ……これで幽の弱みがまた一つ増えたね――じゃ、待ってるね~』

 通話が切られる。

「電話で伝えられない重要な話か……なんだろうな、急ぎじゃないって言ってたけど……」

 ひとまず席へ戻るためにトイレから出る。

 席へ戻ろうと、店内通路に出た瞬間――

 横から出て来た利用客と軽くぶつかりかけてしまう。

「О, вибачте.」

 聞きなれない言葉。

 見れば、先程の謎の女性。

(本当、なんだったんだ……?)

 席へと戻り、自分の位置に座る。

「食事中に悪かったな。美夜からだった」

「何かあったのですか?」

「どうやらな。急ぎじゃないけど、重要案件らしい」

 怪訝そうな表情を浮かべる暁と葛葉。

「奇妙だな、他には何か言っていなかったのか?」

「ああ、特に何も言ってなかった」

 腕組みをして首を傾げる暁。

「うーむ……分からんな、とにかく早急に学園へ戻った方がよさそうだ」

「そうですね、織原さんですら手に余る程の案件ですから」

 何故だろうか、ここまで不安になって来る感覚は……

「とにかく、急ぎ足で帰った方がよさそうだな」

 残りを口に放り込み、ジュースで流し込む。

「終わったと思ったらまた問題か、休む暇も無いな」

 同じように豪快に残りを食べきる暁。

 お嬢様な葛葉と小食な彩華はテイクアウト用の紙袋を店員に頼んで貰い、足早に店を出る。

「――うし、全員乗ったな?」

 帰って来る三人分の返事。

 駐車場から都市部の主要道へと出ると、武学園へ車をかっ飛ばす。

 人工島へと続く海上道路を走り抜け、第二男子寮へ向かう。

 寮の正面に設けられた駐車スペースに停車。

「頼むから面倒くさい事じゃありませんように……」

 スライドを引いて弾丸を薬室に送り、マニュアルセーフティをかけたままホルスターに戻しておく。

 階段を駆け上がり、部屋のある階へ。過ぎてゆく部屋の番号が次第に自室に近づいてくる。

「最初に俺から入る。何かあったら後ろは頼むぞ」

「任せろ」

 戦闘モードの暁が答える。

 ドアノブに手を乗せ鍵が掛かっていないことを確認――

(美夜が既にいるってことか)

 耳を澄ましてみれば奥、部屋の方から話し声。

 意を決して引き戸を開けると――半裸姿の女性が廊下に突っ立っていた。

「へっ」

 濡れた灰色の髪の毛に見慣れたバスタオル。ほぼ見えてしまっている豊かな胸に、湿った腰回り。

「――あら、二丁拳銃のボウヤじゃない」

 下は黒色のショーツだけで、それ以外は何も身に着けていない。

「…………は?」

――なぜ、自分の部屋に逮捕したはずのアイツがいるのか。

「影海、何故止まっ――」

 後ろの暁の言葉が途切れる。

「あ、シャワー勝手に使わせてもらったわ。あと、冷えたアルコール類はないの? 調理酒しか無いじゃないの」

 濡れた髪の毛をタオルで拭きながら奥のリビングへと消えてゆく。

「……」

 ドアを閉め。一旦、深呼吸。

「……アレは何なのだ?」

「知らん……むしろ俺が聞きたいよ……」

 いっそこの場で自分の脳天を打ち抜いてしまおうか……その方が悩まなくて済むかもしれない。

「二人とも、一体何があったんですか」

 見えない位置にいた葛葉が尋ねてくる。

「なんでもない、何でもないぞ。とにかく今日はお開きだ、遠路はるばる悪かったな二人共」

 葛葉と彩華の背中を押し、半ば無理やりと部屋から離す。

「……本当ですか? 聞き慣れない女性の声が聞こえましたが」

「気のせいだ、だから今日はお開きにしよう」

 この二人を巻き込んではいけない、特に彩華が奴に絡まれたらとんでもない事になってしまう。

「本当に大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないさ」

「――分かりました、何かあったら生徒会に報告してくださいよ?」

「おう。あと、彩華も巻き込んじゃって悪かったな」

「い、いやそんな……」

 恥ずかしそうに顔を俯かせる。

「さあ行きましょう土谷さん、どうやら幽さんは私達がいると都合が悪いみたいですから」

「は、はい」

 やっと帰っていく二人。乗ってきたSUVで去っていったのを確認、思わずため息が出てしまう。

「暁、一応先に言っておくけどさっきの痴女は美夜を素手で倒すほどの奴だ。気をつけてくれ」

「それほどなのか」

「ああ、用心して入るぞ」

 答えるようにカランビットを引き抜く暁。

 こちらも銃を抜き、不意打ちに用心しながらドアを開ける。

 漂ってくるシャンプーの匂い。

(どうしてアイツが俺の部屋でシャワーを浴びていたんだよ……)

 土間から廊下へ。耳を澄ませば奥から話し声が聞こえてくる。

「複数人いるようだな」

「ああ、美夜だったらいいんだがな……」

 中から尻尾を踏まれた猫の様な情けない――美夜の悲鳴。

 リビングへのドアに手を掛けて、暁と共に頷きあう。

 ドアを勢い良く開けて突入すると――中では地獄絵図が広がっていた。

 床に散乱する女子用制服や武装類。

 リビングの真ん中ではブラウスの前を大胆に開けた――正確には開けられたが正しいか――美夜が、ほぼ全裸の霧ヶ峰に胸や腹を揉まれていた。

「触るなこの!」

 容赦の無い肘鉄を食らわすが、全く効いていない様子の霧ヶ峰。

「あぁん、スベスベお肌に割れた腹筋……体脂肪率は10%代ねコレ」

「ひゃぁんっ」

 普通の男性からしたら眼福の絵面かもしれないが、自分からしたら地獄そのもの。

「なっ、渚ちゃん助け――あっ、幽⁉ いつからそこにいたの⁉ お願い、この変態を引き剥がして……!」

 逃げようとするが、霧ヶ峰が美夜と脚同士を絡ませて変則的な足絡みを掛けて逃げ出すのを妨害する。

 部屋の端を見れば、マニューリンのMR73を手にした月島が。

「どうなってんだコレ」

「色々と事情がありまして……」

 銃を保持しつつも珍しく困った表情を見せる月島。

「ちょっ、いいから助けて! やっ、そこ触るなっ!」

 近所迷惑などお構いなしに騒ぐ二人。

「はぁ……暁、コレ止めれるか?」

「やってみよう」

 変態に臆せず近寄る暁。

「3Pだなんて、私の身体が持たないわぁ」

 気持ち悪い霧ヶ峰が美夜から離れると暁に襲いかかる。

「遠慮しておこう」

 組しだこうと伸ばされた手を弾き逸す。

「貴女みたいな綺麗な子も大好きよワタシ」

 フェイントを掛けた低空タックル――が、暁が体操選手顔負けの綺麗な側宙で避け、真後ろに着地。

 霧ヶ峰が振り返るより早く膝裏を蹴って体勢を崩し、チョークを極める。

「やるじゃない」

 霧ヶ峰が緊張を見せない調子で体を右に倒しつつ、脚を引っ掛けて前へと転ばす。

「ほう」

 投げられた暁が冷静な様子で床に手をつき、体操選手のような身のこなしで体勢を整える。

「あら、私の投げが効かないなんて意外ねぇ」

 ほぼ全裸なので目のやりどころに困る霧ヶ峰が、首を鳴らす。

「久しぶりに返されたな。軍人か?」

 間髪入れず、暁の鋭い前蹴り。

「オトナは秘密が沢山あるのよん」

 タイミングを合わせて体の内側に入る霧ヶ峰。

「む」

 胸に手を当てられ、柔術のように軸足を払われる暁。

「カップはCかDってところね……やっぱり若い子は最高だわ」

 ブレイクダンスの様に反転して立ち上がり、壁際へと逃げる暁。

「変質者め」

「褒め言葉として受け取っておくわ――っくしっ」

 似合わぬ可愛らしいくしゃみをする霧ヶ峰。

「日中でも半裸はちょっと寒いわね……服を着ないと風邪ひいちゃうわ」

 緊張感ゼロの呑気な様子で、テーブルに無造作に投げられていた黒色の派手なブラジャーを手に取る霧ヶ峰。

「ジロジロ見ないの!」

「ぐおっ⁉」

 美夜の容赦の無い目元への平手打ち。

「うーん、まさかこんな所で掘り出し物を見つけちゃうとは……貴女、名前は?」

「暁奏だ、そちらも名乗れ」

「私? 私はマルカ、マルカ・ヴラジーミロヴナ・ルミヤンツェフよ」

 長ったらしい霧ヶ峰の名前。

「ロシア人か」

「ご名答、そういう貴方は……北欧出身ね?」

「そんな所だ」

 そう言えばフィンランドとロシアは隣り合った国だったか、大昔に争い会った仲だし何かと隔たりがあるのかもしれない。

(ていうか、ついこの間の傷がほぼ塞がっているぞ……なんつう回復力だよ)

「うーん、動いちゃったからお腹が空いたわね……ねえ二丁拳銃のボウヤ。何か軽食でも作ってくれないかしら?」

「は? なんで俺がお前に料理を作ってやらないといけないんだ。そもそも、逮捕されたお前がどうしてここにいる」

 拳銃を抜き、霧ヶ峰に銃口を向ける。

「あらやだ物騒ねぇ。怖いわミヨちゃん助けて」

 わざとらしく怖がる仕草を見せると、美夜の後ろへ隠れるように位置取る霧ヶ峰。

「ちょっ、ちょっとタンマタンマ! 幽、一旦銃を仕舞ってよ!」

「なぜ庇うんだ、そいつは犯罪者だろ」

「確かにそうなんだけど、今は違うの。だから銃は一旦仕舞おう、ね?」

 宥めるように近付いてくる美夜。

「影海さん、この変態は司法取引をしたのです。ですので、今は情報提供者として学園が保護している状態であり、美夜さんと私が身辺警護の為にここへ連れてきました」

 月島が美夜を庇うように横から割り込んでくる。

「どうして俺の部屋なんだ」

「学園長のご意向です。曰く、中央支部で最も腕が立つ……と」

「またあの人の独断かよ」

 マニュアルセーフティを掛け、操作一つでいつでも撃てる状態にしつつ銃を仕舞う。

「怖いわねえ、まるで殺し屋みたいな顔よ?」

「お前のせいだよ」

 本来なら両膝を撃ち抜いて、諜報科の尋問室にぶち込んでいる。

「申し訳ないんだけど幽、コレ預かってくれない?」

「駄目だ、元いた場所に返してこい」

「私がちゃんと面倒見るからいいでしょ? ね、お願い」

 まるで捨て猫を拾った時の子供と親の会話のようだ……

「駄目だ、司法取引したとはいえコイツは犯罪者だ。いつ寝首掻かれるかもしれん」

「それは無いわね。撃って弾丸逸らす怪物に歯向かおうなんて思わないわ」

 美夜、月島、暁が信じられないといった表情でこちらを見てくる。

「とにかく俺の部屋は駄目だ……暁も犯罪者と一緒の部屋で生活するのは嫌だろ?」

「ふむ……たしかに嫌だが学園の指示となれば仕方があるまい」

 どういう事か肯定的な意志の暁。

「おいおい、こいつは女子とあらば見境なく襲い掛かる変質者だぞ」

「それは先程の乱痴気騒ぎで心得ている。だが司法取引をしたということは、ある程度の自重はするのだろう?」

 霧ヶ峰に尋ねる暁。

「まあね、流石にここで騒ぎは起こさないわよ。ある程度の自由はさせてもらうけどね」

 気持ち悪いほどの素直な霧ヶ峰。

「どうやら大人しくするみたいだぞ影海? 私は同居に関しては一向に構わんぞ」

「マジかよ……」

 暁に追加して今度は霧ヶ峰――いや、ここではマルカか――が増えるのか。

(いっそ、自分から別な部屋に転居しようかな……そっちの方が安く済むかもしれないぞ)

「心苦しいですが私からもお願いします影海さん。抑止力として一番適役なのは影海さんしかいません」

「お前もか月島……」

 買ってくれるのは嬉しいが、コイツが関わると高確率でロクな事にならない。

「はぁ……分かったよ。だいたい、学園長からの命令なら断れないしな……」

「よろしく頼むわね二丁拳銃のボウヤ」

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた霧ヶ峰――もとい、マルカが肩に手を乗せてくるのではたき落す。

「まだ信頼したと思うなよ。キッチリと言うことには従ってもらうからな」

「いやん、立場を利用して私にいかがわしい事する気ね?」

 自分の身体を抱いてわざとらしい演技。

「誰がするか――というか衣服はどうしたんだ衣服は。そろそろ着てくれよ」

「あら、大人の身体を見て恥ずかしいのかしらー? やっぱり子供ね~」

 ニタニタと笑みを浮かべて近づいてくるマルカ。

「うるさいな!」

 無造作に落ちてたブラウスを投げつけ、なんとか逃げる。

「カナちゃん、幽の事だから変な事はしないと思うけど、一応見張っておいてね。あと、コレはある程度殴ってもビクともしないから」

「うむ、影海のことだ。目を離した隙に何をするか分からぬからな、要注意しておこう」

「おい、本人の前で堂々と言うなよ」

 確かにマルカは美人だし、映画に出てきそうな程のプロポーションである。だが、中身が性犯罪者ばりの変質者となればそういった感情はゼロに激減する。

「じゃあ、私と渚ちゃんはこれで失礼するね! 後は頑張ってね幽」

 月島の手を引き、足早に部屋から出ていく美夜。

「逃げやがったなアイツ……」

「ねえねえ、私の部屋は無いのかしら? 連日尋問だらけで疲れているのよ私」

 ブラウスを身につけながらマルカが尋ねてくる。

「こっちだ」

 ここの部屋は元々四人用。今までは物置にしか使っていなかった部屋へ案内する。

「ホコリ臭いわね」

「今の今まで物置だったからな。学園からの借家だから穴開けたり、改造したりするなよ」

「流石にそこまではしないわよ、ちょこっと家具は置かせてもらうけどね」

「勝手にしてくれ」

 マルカを放置して自室へ。装具類と制服の上着を床に放り投げて、ベッドに倒れ込む。

「なんだか酷く疲れたな……」

 時刻は七時を過ぎた頃。明日から忙しい時期がやって来るというのに、こんなに疲れていて大丈夫だろうか……

(ちょっと仮眠しよう。その後に夕飯を済まして……)

 スマホの目覚まし時計をセットし、ベッドで横になると、五分と経たずに意識が薄れていった――


早く出したいです

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