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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
16/33

Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅲ

だいぶ間があいてしまいました、つらみ


     中央支部ホーム内

 

 幽とカナちゃんが葛葉ちゃんと何処かへ行ってしまったので、今日はクラスの面子と一緒に都市部へ行くことになった――

「なあ月島。前から気になってたんだけどさー、どうして月島はスポッターの子と組まないんだ?」

 駅のホームに置かれたベンチに腰掛け、折り返し電車を待っていると、同じクラスメイトの女の子――すずちゃんが隣の月島さんに質問を投げかける。

「……同じ実力を持つ方がいないからです」

「わお、言うねえ! まあ、現に同じレベルは中々にいないもんね」

 言うだけの実力があるから否めないのが現実である。

「たしかに月島の腕は学生レベルじゃないもんな。同い年の自分からしたら雲上の存在だよ」

 ショートカットがよく似合う、スポーツ選手然とした印象な高身長な外見のすずちゃんが羨む様な表情を浮かべながら、スポーツドリンクの空を放り投げめゴミ箱に寸分たがわず投げ入れる。

「こら、女の子がゴミを投げて入れるんじゃないの」

 隣、小さなマスコットがぶら下げられたライフルケースを足元に置いた三つ編みの女子――三咲っちが、すずちゃんの肩をパシリと叩く。

「イテッ、三咲は本当凶暴だな。いい加減にその擬態はやめた方がいいんじゃないか?」

 肩を擦りながらわざとらしく痛がるそぶりを見せるすず。

「擬態ってなによ擬態って――そもそも荒事はもうゴメンよ。今の私は大人しい女子高校生なの、そう言うすずこそ中学の時みたいに髪の毛伸ばさないの? 結構可愛いかったのに」

「昔の話はやめろっての」

 一年生より前、中学の時から知り合いの二人が仲睦まじいやり取り。

「――あ、そう言えば二学年でSクラスって何人くらいだっけか?」

 今まで意識したことが無かったが、この二学年には何人程のSクラスがいるのだろうか?

「えーと、ウチのクラスだと美夜に暁さんと、つい最近で月島さんだろ? で、隣の三組が高千穂と篝で、四組は無し。五組が皆川とニアで、六組桐島の七組が渥美だったはずだぞ」

「よくまあペラペラと分かるわね」

「そりゃあ目立つ奴は記憶に残るからな――ああ、後は影海の奴か」

「ん、幽は違うよ? たしかBとCを行ったり来たりだから」

 すると、すずちゃんと三咲っちの意外そうな顔。

「あいつまだ昇級してなかったのか?」

「うん、その気は無いってさ」 

「はあ……アイツはマジで分からないわ。今日も例の一年生の子を一瞬で無力化してたし、その後にも美夜と暁さんの二人相手にしてたわよね?」

「ありゃ、三咲っち見てたの?」

「遠目だけどね」

 呆れた様子の二人。

「その内、撃たれた弾丸を切るんじゃないのアイツ」

「いやいや、脳天撃ち抜かれてもピンピンしてるだろ」

「流石にそこまで人間離れしていないでしょ。せめて弾丸を掴み取るとか、弾丸避けるとか」

 酷い言われようである、きっと本人がこの場にいたらぶーぶー文句を言っているだろう。

――突然、ポケットのスマホが振動。取り出してみればニアちゃんからの緊急通報メール。

 月島さんも確認しており、残りの二人は訝しげな表情。

「渚ちゃ――」

 今度は着信のアラーム。何事かと画面を見れば、表示は『武学園』。

「はい、織原です」

 三人から離れ、ホームの端へ行く。

『柊だ、少し話す事がある。大丈夫か?』

「問題ないです」

『悪いな。話の内容なんだが先日の霧ヶ峰楠嶺の件についてだ』

「何かあったんですか……?」

『そうだ、近くに影海か暁はいるか』

「どちらも不在です。私と月島さん、六人部さんと広幡さんだけです」

『分かった。今から月島と二人で二学年棟の職員室まで来れるか』

「緊急ですか?」

『ああ可及的速やかにだ』

 通話が切られ、終話音だけが聴こえて来る。

(何だろう……嫌な予感がする)

 断るにも学園からの指示では無視できない。

 三人の所へと戻り、霧ヶ峰の名前は出さずに二人に説明。

「柊先生からの呼び出しならしょうがないわね。すずと二人でデートでもして来るわ」

「なっ!?」

 驚くすずちゃんに三咲っちがカラカラと笑う。

「ごめんねー、今度二人に5.56mmの弾ワンボックス奢るから」

 折よく都市部行きの電車が到着する。

「いいって美夜、面白い話でも楽しみにしてるよ」

「じゃ、頑張ってね二人共」

 二人が電車に乗り込み、車両のドアが閉まると汽笛と共にホームから出て行く。

「……それじゃあ行こっか月島さん」

「霧ヶ峰ですよね?」

「うん、前衛科の第二職員室まで来いってさ。今日は何持ってきてる?」

「SIG716 DMRです。1000メートルであれば狙撃可能です」

「おっけーおっけー、前衛科の周りはあんまり遮蔽物ないから大丈夫か」

 足早に駅のホームから出ると、前衛科校舎へと歩き始める。

「それにしても朝から気になってたんだけど、月島さんがボルトアクション式の狙撃銃じゃないのは珍しいね。イメチェン?」

「有坂さんにメンテナンスをお願いしているのでバックアップのコレを持ってきました」

「なるほどー、智浩っちも多忙だなあ」

 道中、一年生校舎の前を通りかかると――校舎に隣接した屋外射撃場から軽快な発砲音。

「おー、やってるねえ。伏射訓練かあ」

「教官は天野教諭みたいですね」

 どうやら今は遮蔽物越しに伏射射撃をしているようで、何人かの生徒が地面に横たわって銃を撃っていた。

「懐かしいねー」

「はい、昔を思い出します」

 最初は排莢口から出てきた熱々の空薬莢と地面を反射して伝わってくる銃声にストレスを患う生徒がほとんどだが、慣れてしまえば安定した射撃が可能な有効的なスタンスである。

 特に渚ちゃんのような狙撃手は伏射が基本で、場所によっては座射や委託射撃と言った場合もある。

「……そう言えば話は変わりますが先日、柊教諭と柏教諭が新任の教官が二学年へ来ると話をしていました」

「え、マジ?」

 前衛科の校舎が見えてきた所で、渚ちゃんの珍しい呟き。

「はい、なんでも元空挺部隊とかなんとか……」

「眉唾だねー、日本人?」

「いえ、そこまでは聞き取れませんでした」

「新しい先生かあ、普通の人かな?」

 話している内に目的の二学年棟に到着。他の諜報科や後衛科には無い、独特なキナ臭い雰囲気が入る前から漂ってきている。

「うーん、10分前くらいに出て来た所に戻ってくるとは……」

「どうか厄介ごとじゃないのを祈るばかりです」

 渚ちゃんと正面玄関から校舎へと入る。

 校舎の中は相変わらず煤けており、壁の端には小口径の弾創や切創が残り。緑色の掲示板には物騒な文言が並べられた物騒な掲示物。

 廊下を進んで階段へ。

――階段の上から降りてくる足音。

「――おや、織原に月島か」

 上から降りてきた人物は中央支部きっての問題教師――宮原巴先生。

「……どうもです」

 黒いハーフコートにノーネクタイの黒いブラウス。タイトなパンツを履き、靴は軍用の厳つい編み上げのブーツ。

「なんだいなんだい、そんなに身構えなくとも何もしないさ。わたしは教師だぞ?」

 敷地内にも関わらず、口に咥えられた麻色のタバコがピコピコと揺れる。

「いえ、普通どおりにしておりますが」

「ふ――まあいいさ、それでこんな時間になんの用だい」

「柊先生から来るようにと連絡がありこちらへ。柊先生はどこにおられるかご存知ですか?」

「ああ、由香なら職員室だよ」

「ありがとうございます」

 先生に頭を下げて渚ちゃんと逃げるように上の階へと登る。

「――宮原先生。どうして着いてくるんですか……?」

 後ろからブーツを鳴らして着いてくる宮原先生に思わず突っ込んでしまう。

「いや、由香が抱えている案件にアンタ達も関わっているとはねえ。面白そうだからついていく事にしたよ」

「仕事は大丈夫なんですか」

「あいにく、今が仕事帰りなんでね――なに、私は空気と思ってもらっていいさ」

 防水マッチで煙草に火をつけると、お香のような独特な匂いが漂い始める。

「宮原先生、生徒の前で堂々と吸わないでください」

「へいへい、申し訳ないねえ」

 薄ら笑いを浮かべる宮原先生に大きなため息を吐く渚ちゃん。

 そうこうしている内に職員室に到着。

「ちぃーっす」

 ノックも無しに職員室のドアを開けて中へと入ってゆく宮原先生。

「本当に宮原先生て教員免許持ってるのかな……」

「とても公務員とは思えません」

 このまま帰るわけにもいかないので、意を決して職員室へと入室。

「おーい、織原と月島! こっちだこっち!」

 他に教職員がいるにも関わらず、大声を上げて手を振ってくる。

 申し訳ない気持ちで職員室の端を進むと、宮原先生のすぐ横には柊先生の姿。

「来たか二人共――と言うか、どうして巴が付いてきているんだ」

「私は居ないものとして扱ってくれて構わないよ」

「そういう問題じゃないんだがな――まあいい、早速だが二人に会ってもらいたい人物がいる」

 柊先生が立ち上がり、付いてくるよう催促してくる。

「?」

 言われるがままついて行き。柊先生が職員室に隣接した部屋のドア――応接室のドアをノックする。

「失礼します学園長」

 意外な人物の名前を言い、柊先生がドアを開けて中へと入ってゆく。

「ご苦労さまです柊先生。さあ、どうぞ二人共中へ」

 渋みのある男性の声。

「失礼します」

 一礼し応接室へと入ると――予想外の人物がいた。

「あら、子猫ちゃん達じゃないの。元気にしていたかしら?」

 革張りのソファーに腰掛け、ソーサーとカップを手にした灰髪の女性――霧ヶ峰楠根が軽い調子で話しかけてくる。

「それでは柊先生、後は私が説明しますので」

「かしこまりました、それでは失礼いたします」

 早々に出ていく柊先生。

「さてさて、お二人共――まずはそのナイフと警棒は仕舞いましょうね、ここでの切った張ったはご法度ですよ?」

 霧ヶ峰の正面、ソファに腰掛け、無骨なガスマスクの男性――武学園中央支部学園長が、間延びた調子で注意を促してくる。

「……はい」

 腕の内側に隠していた警棒を収納し、スカートのベルトに着けたポーチに入れる。

「ほらほら、月島さんもナイフは仕舞って。刃物は危ないですよ」

 真綿で首を閉められるような静かな威圧感が部屋をの空気を張り詰めさせる。

「了解しました」

 細身のナイフを脇に吊るした鞘に仕舞う渚ちゃん。

「さあさあ、二人共どうぞ掛けて。紅茶でよろしいですか?」

 学園長が座るよう勧めてくるが――

「いえ、紅茶はご遠慮しておきます」

 ソファに浅く腰かけ、いつでも戦えるよう身構えておく――と言うか、そもそも霧ヶ峰の前でお茶会など微塵も考えたくない。

「良いんですか? ハロッズの美味しいセイロンが手に入ったのですが……」

「はい、ご好意は有り難いのですが、まずは私達が呼ばれた経緯を説明して頂けますか」

 渚ちゃんが学園長に問いただす。

「残念です、また今度にでもお茶会でも行いましょうか――それで、お二人を呼んだのは『マルカ先生』の監視役を努めていただきたいのです」

 学園長の言った言葉に一瞬たけ思考が止まる。

「昨日の夜、裁判所より司法取引の書類が通ったと連絡が来ました。誓約書通り、本日より『武学園の臨時講師』としてマルカ先生は中央支部に所属してもらいます。ですが、司法取引によって様々な犯罪組織から狙われる危険性が高くなったので、腕の立つ二人を呼びました――これでよろしいですか?」

 ガスマスクをずらし、学園長が紅茶を一口。

「これは武装学生学園中央支部学園長より正式な指名依頼です。強制ではないので、お二人の意思を尊重しますよ」

 ついこの間捕まえた犯罪者を今度は保護? 冗談にも程がある。

「ちなみにニアくんは既に依頼を請ける意思を表明しております。もし、お二人が降りた場合は武装官もしくは――影海幽くんに頼もうと思っています」

「……なぜ幽が?」

「現時点で中央支部最高の武力を有するからですよ。この場にいる我々が総出で挑んでも打ち負かされるのは――親友である織原くんが一番知っているでしょう?」

「……」

 確かに幽は『フロー』と言う反則的な強さがある。正直に言うと本気の自分が挑みかかって勝率は一割を切っているのは間違いない――

「……この依頼、請けます」

 だが、美味しい話だけで世の中と言う物は回らないのだ。これ以上、幽に負担を掛けてはいつか――壊れてしまう。

「ふむふむ……織原くんなら安心して任せられますね……月島くんは如何しますか?」

「私も請けます。護衛であれば狙撃手は必要かと」

「分かりました。長期の依頼となりますが本当にいいのですね?」

「はい、乗りかかった船から今さら降りることも出来ませんので」

 長期依頼と言う事は最低でも一週間以上、もしかしたら三年生まで持ち越すかもしれない。

「ねえ、渚ちゃん。本当に請けてもいいの?」

「心配しないで下さい織原さん。一年前に目の前のコレと関わった時点で、もう避けられない運命なのです。コレは言わば『疫病神』のような物です」

 渚ちゃんの容赦の無い言葉に笑う霧ヶ峰。

「酷いわぁ、私は二人と仲良くしたいだけよお」

 場所が場所なら銃を抜いていただろう……本当に苛立たしい人間だ。

「――さて、依頼の本題に入ろうと思いますが……二人とも宜しいですか?」

「はい」

 隣の渚ちゃんが肯定の頷きを返す。

「それで、依頼の詳細なのですが……二人はいつも通りに学生生活を送っていただいて問題無いです。普通に授業を受けて、普通に武学生としての活動を行ってください」

「監視ならば常に付き添うはずでははないのですか?」

 渚ちゃんが学園長に尋ねる。

「はい、実質的な監視兼護衛役は柊先生と鬼島先生に行って貰います。お二人はどちらかと言うと『先生達への連絡役、身の回りの世話役』ですね。なので、あまり重く受け止めなくて大丈夫ですよ」

 中央支部の教職員内で最も戦闘力の高い二人がいれば大丈夫――だろう多分。

「私はいつでもどこでも見て貰って構わないわよ~」

 気持ち悪い発言の霧ヶ峰。 

「あと、マルカ先生。明日からの住まいなのですが……」

「そうねえ、二人と同じ寮か女の子がいる所がいいわ」

「それは少し難しいんですよ、去年に第一女子寮で盗難したでしょう? 司法取引をした被告人が犯罪に結びつく恐れの有る所に住み込むなんて駄目ですよ」

「えー、いいじゃない。ちょっと味見する程度よ」

 どうして霧ヶ峰は学園長にすらタメ口で喋るのか……中央支部で最も危険な人物なのに。

「駄目です。うーん……教職員寮にはこれ以上増やせないし、増設するにも日にちと時間が足りない……」

 ガスマスク越しにうんうんと悩む唸り声が聴こえて来る。

「……あっ! そうだ、影海くんの寮部屋なんてのはどうですか? 男だらけですが暁くんが同居しているので条件を満たしていると思いますが」

「がっ、学園長は同居の件をご存知なのですか?」

 意外な所に思わず横から口を挟んでしまった。

「ええまあ、こちらの不手際で起きた事なので……」

 少し恥ずかしそうに後ろ頭を掻く学園長。

「暁くん? 誰かしらそれは」

「元北ヨーロッパ支部のSクラス武学生の子ですよ。個性的な子ですが真面目で義理堅い子ですよ」

「女の子よね。可愛いのかしら?」

「うーん、可愛いと言うよりは綺麗な方ですね。雰囲気はマルカ先生に似ていますよ」

 どこが似ていると言うだろうか……正反対の位置に存在する者同士ではないだろうか。

「ちょと気になるわね……そのもう一人の影海ってのはどう言う子なのかしら? さっきも話に出ていたわよね」

「マルカ先生もご存知だと思いますよ。二丁拳銃が印象な先生を逮捕した彼ですよ」

 すると、霧ヶ峰が露骨に驚愕の表情を見せる。

「えっ、あのボウヤと同じ部屋に? 絶対に嫌よ、いくら綺麗な女の子がいてもアレは無理」

 露骨に焦る霧ヶ峰。こんな顔を見たのは初めてかもしれない。

「――分かりました、それでは影海くんの寮部屋が住まいと言う事で決まりですね。必要な荷物や家具等の設置は清掃課の者に行わせますので、必要な物は全て柊先生に申し出てください」

 きっとガスマスクの下では満面の笑みを学園長は浮かべているのだろう。

「よしよし、これで問題は解決しましたね。あとマルカ先生、行動に関しては無人機がリアルタイムで監視を行っておりますので、組織と接触したり逃亡行為が発覚した場合は武学園の教師陣を向かわせますので」

「その点に関しては大丈夫よ。もう二度とあいつらの下では働かないわ、むしろ潰す事に協力したいくらいね」

「その言葉信用していますよ?」

「首輪を付けられたんじゃあどうしようも無いわ――それよりボウヤと同じ部屋は本当に止めてほしいのだけれど」

 モデルの様な長い脚を組み直し、湯気の無くなった紅茶を一口啜る霧ヶ峰。

「それに関しては決定されたので変えようが無いですね。それと、マルカ先生は明日から教師として武学園で働いてもらいます。臨時講師として籍を置くので報告書、授業日程等の職員業務も行っていただくので、教導役に柏先生を付けさせるのでキチンと働いてくださいよ?」

「私、大学は出てるけど教員資格は無いわよ? せいぜい教えられるのは戦う事くらいかしら」

「いやあ、武学園はそれだけでも大丈夫ですよ。それに、先生は元空挺部隊の人ですよね? それならエアボーン技術や軍隊式の制圧技術を生徒達に教えてあげてください」

 学園長の言葉に霧ヶ峰が鋭い眼差し。

「あら、古巣の話は一度もした事が無いのだけれど……どうして知っているのかしら?」

『六字の隔たりみたいな物ですよ。マルカ・ヴラジーミロヴナ・ルミヤンツェフ』

 突然、聞いた事のない言語で霧ヶ峰に喋りかける学園長。

『お見通しって訳ね。FSBみたいに暗くて嫌らしいわ』

『いやあ、立場上敏くないとやっていけないんですよ。それに、スペツナズと会うのは10年振りでしょうか』

『あら、学園長もあの紛争に?』

『一応は――さて、二人が戸惑っていますし、お話を戻しましょうか』

『何だか納得いかないけど……まあいいわ、当分の間は従う事にしてあげる』

 笑みを浮かべながら霧ヶ峰が肩をすくめて大きな溜め息を一つ。

「――分かったわ学園長。私の訓練は厳しいわよ?」

「お願いしますねマルカ先生」

 一体、この二人は何を話していたのだろうか。

 学園長が懐から銀色の懐中時計を取り出すと、蓋を開けて時刻を確認。

「おや、もうこんな時間ですか。申し訳ないのですが私、この後に都市部へ行く用事がありましてね。勝手ながら申し訳ないのですが、ここいらでお開きにしちゃいましょう」

――タイミングを見計らったかの如く、隣の職員室に繋がるドアがノック。

「どうぞ」

 学園長の声と共に開き、スーツ姿の鬼島先生が入って来る。

「学園長、そろそろ移動のお時間です。説明はもうお済なので?」

「ええ、マルカ先生の居住先は影海くんの寮部屋です」

 鉄面皮の鬼島先生が珍しく、眉を僅かに上げて驚いた表情。

「まあ、彼なら問題は無いでしょう。武装官より信頼性はありますから」

「そうですね、監視役に織原くんと月島くんのお二人が就いてくれるのでしばらくの間は大丈夫でしょう」

 こちらを一瞥する鬼島先生。

「色々と頼んだぞ二人とも」

「は、はい」

「かしこまりました」

 ……どうも鬼島先生は一年生の時から慣れない。例え様の無い怖さで無意識の内につい身構えてしまうのだ。

「学園長お車は表に停めて置いております、そろそろ行きましょう」

「分かりました――それでは二人とも、マルカ先生の事は頼みましたよ」

 学園長が出ていくのを立って見送り、応接室の中に沈黙の空気が流れる。

「霧ヶ峰、私はまだ貴女を許したわけじゃないから。もし変な行動を取ったら容赦無く――撃つ」

「いやん、怖いわあ子猫ちゃん。その可愛い顔に怒り顔は似合わないわよ?」

 今すぐにでも撃ってやりたいがこの距離では間違いなく霧ヶ峰の方が勝つ距離。

「それより、子猫ちゃん達の事がもっと知りたいわ。今後は生徒と教師の関係なんだから教えてくれても良いわよね? 名前とか好みとか趣味とかスリーサイズとか……」

「嫌です」

 渚ちゃんの虫を見る様な冷やかな眼差しとドスの利いた低い声。

「えー、せめて名前だけでも教えてくれても良いじゃない……駄目?」

 クソムカつく上目づかいでこちらを見つめて来る霧ヶ峰。

「はあ……前衛科2年、織原美夜」

「後衛科2年、月島渚」

 満足したような表情の霧ヶ峰。

「ふんふん、ミヨちゃんとナギサちゃんね。可愛い名前だわ」

 霧ヶ峰の発言に背筋がゾワリと逆立つ。

「今度は私の番ね。マルカ・ラストーチュカは偽名、本名はマルカ・ヴラジミーロヴナ・ルミヤンツェフよ。気軽にマルカで良いわ」

 こうして、過去最高に最悪な依頼が始まってしまうのだった――


次話は比較的早く出せるかと思います

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