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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
15/33

Guns Rhapsody 『Mag Mell』 Ⅱ-Ⅱ

長らくお待たせしました次話です


 閉所による近接戦闘の授業はアクシデントも無くスムーズに終わり。その後は徒手格闘の授業が始まった。

「織原は徒手格闘、暁は近接武器の教導をしてやるように」

 鬼島先生の提案に二人は快諾。

 美夜の丁寧な教えと暁のスパルタ式によるアメとムチの元、一年生達と二年生の自分達がペアを組んで軽いスパーリングを行う事に。

「刃物を扱う際は常に距離を意識するように。考えながら戦うことも重要だが、一番のは身体が委縮せずに自然と動けるようになることだ」

 トレーニングし合う生徒の間を歩きながら、教官顔負けの迫力満点な暁が声を上げる。

(なんで、俺がこの子の相手しなきゃいけないんだか……)

 刃引きされたナイフで鋭く突いてくる1年女子――橘菊花。

 日常的に美夜や暁に来襲されてる身からすれば、これ程度の速度は遅い部類。

「そうだ、単調にならずに緩急を付けて」

 基礎である8アングルを意識した脇腹狙いの突きを峰の部分で捌き、お返しにナイフでガラ空きの上腕部を軽くなぞる。

 どこか苛立った様子で前蹴りを放ってくる。

「っと」

 蹴りに合わせて半身に転身。空ぶった所を軸足を払って地面に転がす。

「実戦で大振りはNGだ、やるならもっとコンパクトに最短で動く」

 間髪入れず、地面に手を付いたキレのあるアウーバチードが頭目掛けて飛んで来る。

 両腕でブロッキング、一旦距離を取る。

「今のは不意打ちには中々良かったぞ」

 カポエイラを身に着けているとは驚きである。

 仏頂面の橘菊花が睨むようにこちらを見てくる。

(自分、何かしたのかな……いや、怒らせるような事はしていないはずだぞ)

 ビクビクしながら距離を取って警戒していると――

「はいはい、そこの一年生。あんまり本気出しちゃ駄目ですよ〜」

 天の助けとはこの事か、美夜がタイミング良くやって来る。

「……すみません」

 ポツリと小さな声で謝る橘菊花。どうしてこうも反応が180度違うのか……

「あなた体幹とセンスは良い物持ってるんだから、基礎をしっかりと身に着けようね」

 真面目に教導する姿は教師そのもの。

「――それじゃあ、とりあえず次は組手しよっか。カナちゃーん! 組手しよ、組手!」

 美夜が叫び、歩いていた暁と周りの視線が一気に集まる。

「もう行うのか?」

 暁がこちらへとやって来る。

「うん、一回全員の実力把握しておきたいし」

「分かった。それでは一旦、一年生を集めさせるか」

 踵を返し、暁が叫ぶ。

「一年生はこちらへ集まるように! 二年の皆は休憩をしていてくれ!」

 ぞろぞろとクラスの面々と一年生達が動き始める。

「じゃあ、俺も休ませてもらうよ」

 ガシリと後ろから美夜に肩を掴まれる。

「だーめ、幽も教導手伝ってもらうから」

 美夜の満面の笑み。

「任されたのは二人だろ。俺は休むんだ」

「駄目だ、私達との組打ち役をしてもらう」

 横から暁の死刑宣告。

「待て待て待て! お前ら二人相手できるわけ無いだろ!」

 最凶の組み合わせとスパーリング……身体がいくつあっても絶対に足りない。

「またまた、奥の手使っちゃうんでしょー?」

「それでもキツイっての」

 逃げる間もなく、ゾロゾロと一年生達に囲まれるように並ばれる。

「はいはい、それでは皆楽な姿勢で聞いてねー」

 視線が一気にこちらへと集まる。

(あっ、橘の奴め逃げやがった……!) 

 集団の中を探すが、うまく隠れられて全く見つからない。

「それじゃあ、今から一対多の格闘戦の訓練を行います。最初は二人対一人で説明しながら行うから、しっかりと覚えるように!」

 美夜が背負った布の鞘から30センチ程のラタン材質のスティックを二本引き抜く。

「格闘戦は武器だけでの戦いではない。拳や蹴り、関節技、搦手を織り交ぜてこその格闘戦だ。決して武器だけで戦うな」

 制服の上着の下から見慣れたマチェット、スカートの下から無骨な黒刃のナイフを引き抜いた暁が続ける。

「おい、どうして二人共こっちを見るんだ?」

「最初は武学生の格闘戦の基本である、打撃武器から行います」

 美夜が言いながらスティックを回転させ、手首のストレッチを始める。

「はい、じゃあ幽は避けてねー」

 言うや否や、スティックを構えて飛び掛かってくる。

「マジかよ!」

 首、肩、腹部、膝、と言った弱点や関節を二本のスティックで的確に狙い打ちしてくる。

 右腕で首狙いを往なし、肩への打撃は左手の外側で傷めないようにブロック。

 腹部は身体を捻ってスレスレを避け、膝は脛で受ける。

「――と、こういう風に打撃は受けるか流すかどちらかが主になります。あ、慣れない内は打撃をあまり受けないようにね。折れたりヒビが入っちゃったりしちゃうからね」

 蹴りや突きを交ぜ混ながら美夜が打ち込んでくる。

「ワンパターンは敵に覚えられちゃいます。『からめ手』やブラフを混ぜましょう」

 捌きで伸ばした左腕にスティックを絡ませ、関節を極めて体勢を下へと崩してくる。

 合わせてわざと体勢を崩し、次の手が来る前に後ろへ転がって逃げる。

「こういう風に、関節技を使ってテイクダウンを取るのも選択肢の一つです。実力が上の人間にやると逆に関節を極められるから同格か下の人にやるように」

 すっ飛んでくる蹴りを避け、お返しに脚で下段払い。

 跳躍して避けられる――これも織り込み済みなのだろう。

「はい、今度は刀剣を使った格闘戦です。最初はトレーニング用を使いますが、後半は本物を使うのでしっかりと覚えるように」

 美夜が着地するより早く横から暁が乱入。

 触れただけで指や手が吹っ飛びそうな速度でマチェットが振るわれる。

 舞うように大きく振るわれるマチェットの合間合間を縫って、ナイフのコンパクトな突きや斬りが織り込まれる。

 動体視力と反射神経に無理言わせて避けるだけで精一杯である。

(こんなんだったら手袋を持ってくればよかったぜ)

 これ以上は素手で捌くのは無理だろう、こちらも抜かなければなます切りにされてしまう。

 上着の内側に吊るしたシースから使い慣れたナイフを引き抜き、暁の振り上げを峰で受け流す。

「腕、脚、胴、どこを切っても大半の人間は萎縮する。怯まない者は戦いに慣れている人間か、恐怖心の無い狂人だけだ」

 マチェットを捨て、突如ナイフ一本になる暁。

「刀剣と言うものは単純ながら効果的な武装だ。最小の動きで効率良く無力化を行える」

 鋭くスナップの効いた動きで暁がナイフを振るう。

 大振りの薙ぎをナイフで捌き、織り交ぜてくる蹴りやパンチをなんとか躱す。

「こういう風にナイフを起点にすることで関節技へ移行しやすくもなる」

 逆手に持ち直した暁が自分の突きを弾き逸らし、峰で手の甲を挟み込むと捻って無理やり関節を極めてくる。

「いててっ、手加減してくれよ」

 制服の防刃性を利用してナイフを無理矢理押し出して逃げると、暁の後ろへ転がって体勢を立て直しつつ一旦距離を取る。

「よく言う。今ので私から盗んだだろう」

「――バレたか。一本借りるぞ」

 暁から拝借したカランビットを左の人差し指でクルクルと回す。

「手癖の悪い奴め」

 ニタリと犬歯を見せて好戦的な笑みを浮かべる暁。授業と言う事を忘れているのではないか……?

「格闘戦は今みたいに自分の武装を奪われたり、壊されたりするリスクもあります。基本的に武学生はコンシールドキャリーだけど、稀に戦闘中に武器を奪われたりするケースもあるから注意するように」

 横から美夜のありがたいお言葉。

「……ふむ、とりあえずデモンストレーションは終了だな。次は実際に行ってもらおうか――そうだな、そこの手前三人から始めるとするか」

 スッたカランビットを返し、暁が一年生達の適当な三人を指名。

「はい、じゃあこっちも打撃武器で訓練を行いまーす。君と君とそこの可愛子ちゃん、カモーン」

 美夜も暁にならい、一年生の教導を始める。

(頃合いだな……)

 視線が痛いが、捕まる前にそそくさと人の輪から撤退。

「いてて……」

 痛む腕やら手首やらを擦りながらクラスメイト達のいる所へと向かう。

 どうやら、クラスの面々はキルハウスの周囲で休憩しているらしく、キャットウォークや周りの壁に寄りかかり談笑していた。

「お、帰ってきたかユウ」

「ボロボロだなオイ」

 気付いたクラスメイトの嶋津と桑名がやって来る。

「散々だったよ。こんなのが5日間続くとなると億劫だな」

 今日みたいなのが5日間も……考えただけで頭が痛くなってくる。

「あれ、知らねえのか? 今年から合同授業は実地だぜ、この授業は今日だけだぞ」

 嶋津が意外と言わんばかりの表情。

「えっ」

「なんだよ聞いてねえのかよ。去年は俺達、先輩に園内で教導されてから最後に実地だっだろ? だけど、今年から1日の教導して、残りの4日間は一年生と組んで依頼を請けるんだよ」

「マジかよ」

「おいおい、この間の朝のホームルームで柏ちゃんが言ってだろ」

 呆れ顔の桑名。

「2日前の朝……ああ、爆睡していた」

 暁の部屋のリフォームに手伝わされて、寝不足が祟って寝落ちしてしまったのだ。

「とことん運ねえなあお前は。まあ、適当にやってりゃあ大丈夫だって。依頼は学園が選んだ簡単な物らしいから」

 嶋津が笑いながら背中をバンバン叩いてくる。

 確かに入学して半年も経ってない一年生が武装犯と正面からドンパチできる訳がない。

「――それよりよ、今週末に都市部へあの『マリーズ・セレステ号』が寄港するって話聞いたか?」

 桑名が会話の話題を変える。

「ああ、あの一部のVIPしか利用できないって逸話の豪華客船だろ?」

 昨日、テレビで特集が組まれていてちょうど見た。

「そうそう、ラグジュアリー級の豪華客船。完全会員制で情報規制がかかるって中々のモンだよな」

 巨大な建物やら車両類が大好きな後衛科の桜井は興奮気味に話す。

「でも、若干の短期滞在だけだろ確か」

「いやいや、あの船体を拝めるんだぞ。どうしよう、一眼レフ用の望遠レンズ買っちまおうかな……」

「止めとけって、噂じゃあ外国で船体の写真を撮ったカメラマンが会社から起訴されたって噂だぜ」

「そりゃまた凄いな、それ程までに規制しているとは」

 嶋津の話に驚いてしまう。もはや機密レベルのブラックボックス扱いではないか。

「だから、遠くから眺めてるだけにしろよ」

「マジかぁ……しょうがねえ、見るだけにしてるかあ……」

 しょんぼり顔の桑名。

「……おっと、鬼島先生が帰ってきたみたいだぜ。ぼちぼち休憩も終わりだな」

――こうして平和な一日が過ぎ、放課後。


 寮へ帰るべく支度を済ましていると、教室のドアが開かれ――

「失礼します」

――訪ねて来たのは馴染みの女子武学生の、土御門葛葉。

 今日は髪の毛を結い上げ、赤いフレームの眼鏡を掛けている。

「あ、葛葉っち。どしたのー?」

 廊下側先頭端の席の女子、朝木が慣れた様子で話しかける。

「いえ、人に用があるのですが……」

 キョロキョロと教室を見渡す土御門。

「あら土御門さん。誰かに用が?」

 まだ教室に残っていた柏先生。

「ええと、暁奏さんと影海幽さんはおられますか? 生徒会関係の話で二人に用があります」

 自分と暁に? 一体何の用なのか……

「二人ならまだいるわよ。暁さん、影海くん!」

 柏先生から教壇から呼んで来る。

「はい、自分が何か」

「なんすか先生」

「土御門さんが二人に用があるそうよ」

 離れて喋るには目立つので、席の合間を縫って前へ。

「おう、久しぶりだな葛葉。どうしたんだ?」

「お久しぶりです影海さん。少し話したい事があるのですが、この後にお時間を頂いても?」

「俺に? 大丈夫だけど……」

「それと、お初にお目にかかります暁奏さん。あなたにもお伺いしたい事がありまして、少し宜しいでしょうか?」

 横の暁へ葛葉が丁寧な口調。

「問題無い」

「それはよかった、それではお二人は生徒会室まで来ていただけますか」

 荷物を回収し、葛葉に連れられて教室を出る。

「影海よ」

「どうした?」

 前を歩く葛葉の後ろを歩いていると、暁が耳打ちしてくる。

「少し前に生徒会に知り合いがいると言っていたが……彼女がそうなのか?」

「ああ、生徒総務委員会生徒会長の土御門葛葉だ」

 奇人変人の巣窟である武学園唯一の良心といっても過言ではない、超常識人の一人にして容姿端麗、品行方正、文武両道、才色兼備の四つが揃ったパーフェクト善人超人。

「ほう、生徒会の長ということは随分と優秀な武学生なのだな」

「ああ、武学園にあるまじき常識人だ」

「……幽さん?」

 見れば、こちらを振り向いている。

「お、おうどうした」

「転校生して来たばかりの暁さんに変な事を吹き込まないでくださいね? 貴方は見境なく手を出すんですから」

「いやいや、俺は何も変なことは吹き込んでないぞ」

 どちらかと言うとウチのクラスの女共の方が危険なような気がする。

「聞きましたよ、また危険な事件に巻き込まれてるみたいじゃないですか。1年生の時から何も変わっていませんね、もう」

「いやいや、事件に巻き込まれるのは俺は悪くないだろ葛葉」

 昔から面倒事に巻き込まれたり、飛び火したりと散々な目に遭っているからもう慣れてしまったものだ。

「ふむ……随分と親しげなのだな」

「まあ、一年生の時に色々と有ってな。武学生としての腕は確かだよ」

 なんせ武学生を束ねる組織の長、生半可な腕で務まる訳がない。

「幽さんが言うと説得力が無いですよ」

「バカ言え、普通の武学生だぞ俺は」

 生徒会室は5階だったか、一回も訪れた事が無いからどんな所なのだろうか。

「織原さんから聞きましたよ。暴走族を鎮圧したり、凶悪な国際指名手配犯を単独で逮捕したりしたらしいじゃないですか。相変わらず無茶苦茶ですね」

 美夜の奴め……呆気なくゲロりやがって。

「運が良かっただけだ」

 すると、暁が横からキレのあるローキック。

「痛っ!?」

「嘘をつくな嘘を。お主、武装した不良の集団を一人で無力化していただろう、この目で見たぞ」

「おい、もしかして集団に追われてたの見てたのか……?」

「うむ、お主の大立ち回りしていた所から若干離れてな」

「なんで助けてくれなかったんだよ」

「お主の腕を見極めていた、まあ過ぎたことではないか」

「全然よくない。あの時、目茶苦茶大変だったんだぞ」

 美夜だったら尻に蹴りを一発入れていた所だろう。

――そして、土御門に連れられて生徒会室へと到着する。

「さあ二人共入ってください」

 葛葉に促され、部屋の中へ。

 中は教室より若干狭く、置かれた机の数は圧倒的に少ない。普通の教室と違うとすれば、壁際に置かれた資料棚とかか。

「ほう、ここが生徒会の部屋か」

「初めて入ったが意外と普通なんだな」

 後ろから扉を閉める音――そして、鍵が掛けられる金属音。

「?」

 違和感に思わず振り返ってみれば、葛葉が扉を背中に立ち、こちらを見ている。

「どうかしましたか幽さん?」

「いや、なんでもないぞ。それより話ってなんだ?」

「ああ、その事なのですが――幽さんが暁さんと同居していると言う話は本当なんですか?」

 背中から嫌な汗が吹き出る。

「なんだよその話」

 まさか、とうとうバレたか……?

「いえ、タレコミと言いますか告発と言いますか。先日、諜報科から生徒会宛にこんな物が送られてきまして」

 葛葉が制服の内ポケットから取り出したのは数枚の現像された写真とケースに入ったSDカード。

「……っ!」

 写真には寮の自室へと入る自分と暁の姿。

「こちらは監視カメラの録画記録です。織原さんが幽さんの寮部屋にお邪魔している事は周知ですが、動画を見た所、暁さんが出入りする時間は明らかに『その部屋で生活いる人間』の物にしか見えません」

 不味った……まさか、監視カメラがあんな所にあったとは。

「……もう一度聞きます、幽さん。貴方は暁奏さんと同居しているのですか?」

 ぐっ……今日の葛葉は何故にこんなにも圧迫感満載なんだ。

「そうだ、学園側の不備でな。だから影海に非は一切ないぞ」

 横から暁の助け舟(?)が渡されるが、果たしてこれは助け舟なのか。

「……学園の不備ですか?」

「そうだ、女子寮の部屋が足りないと柊教諭から伝えられている。この問題はむしろ生徒会に非があるのではないか。生徒会は学校生活を送る上での問題点や課題などを改善解決することを目的にした組織であろう?」

 真っ向から言い放つ暁。

「……これは耳が痛いですね。ぐうの音も出ません」

 肩をすくめる葛葉。

「たしかに学園側の不手際で暁さんの部屋を用意できなかったのは事実です。ですが――」

 葛葉が言葉を区切り――

「――何故、影海さんの部屋へ割り振られたのですか? 普通なら教職員寮が割り振られる筈ですよ」

「いや、自分にはさっぱり」

 まさか柊の思い付きとか、学園長の気紛れとかそう言うのは無いよな……

「納得行かないです、だいたい影海さんの部屋は女子生徒が出入りし過ぎなんですよ。普通であれば風紀委員会から注意が促されている筈ですよ?」

「分からん。うちのクラスに風紀委員が一人もいないから……とかじゃないだろうな」

 もし、藤の奴に暁の同居がバレたらどうなることか……よくて粛清(私刑)か藤のサンドバッグだろう。

「はあ……とにかく、影海さんはあまり同居の事を喋らないでください。なるべく暁さんにストレスを掛けないようにするんですよ」

「いやあ、結構ストレスフリーだけど……」

 二週間足らずでリビングのソファを占拠し始め、風呂上がりに平気な顔して半裸状態のまま牛乳を飲む人間のどこにストレスが溜まるというのか。

「……そうなんですか?」

 暁に尋ねる葛葉。

「うむ、何の問題も無いぞ。衣食住完備で文句無しだ」

 すると、葛葉が暁の肩を抱き、生徒会室の端へ。

(なんだ?)

 チラチラとこちらを見てくる葛葉と暁。

 おそらく男子の自分が近くにいると喋りにくい内容なのだろう、妹がいるからなんとなく分かる。

 そして、話が終わったのか二人がやって来る。

「大体の状況は把握できました。もし、暁さんに変な事をしていたら藤さんより酷い事になっていましたよ」

 ラーテルばりに凶暴な奴に手を出すのは馬鹿か命知らずのどちらかである。

――正面から暁がスネを蹴り上げてくる。

「痛っ!」

「今、失礼な事を考えただろう」

「んなわけあるか」

 同居してから幾度と経験したが、コイツの勘の良さは何なのか……第六感でも持っているのだろうか?

「とにかく、今後も障りなく過ごして下さいね二人共。いくら学園側が認めたとは言え、何も知らない人が聞けば間違いなく面倒な事になりますから」

「分かった分かった、気を付けるよ」

 現状、隣室の面々達はクラスメイトや馴染みのため黙認してもらっているため発覚する心配は無いが――今後、第三者(縁の無い人間)が介入されると、ほぼ確実にバレるのは間違いないだろう。

「私は別に発覚されようとも何とも思わないのだがな」

「だよな、武学生の時点で性別もクソも無いもんな」

 切った張ったが日常の武学園でいちいち『そういう類』を気にしていたら、身も心も持つ訳がない。

「はあ……二人共、鈍すぎですよ」

 呆れたような溜息をつく葛葉。

――すると、ポケットに入れた携帯電話が振動。

 合わせるように暁と葛葉からも振動音が聞こえてくる。

「事件だなこりゃ」

「そうみたいですね」

 今の振動パターンはニアから『優先的』に流れて来た緊急通報だろう。

「銀行強盗とは物騒だな。場所は南区、オフィス街か」

 暁もスマホを取り出して確認する。

「籠城戦で重武装と来たか、たしかに武学生の出番だな」

 今日の持ち合わせは弾倉が2つに、ナイフが一本。重武装には少し火力が足りないか。

「……幽さん、行くつもりですか?」

「少しばかり火力が足りないから火器庫に立ち寄る。葛葉は来るか?」

 暁は常に完全武装だから問題ないだろう。

「はあ……もちろん行きますよ。それと、武装なら生徒会のを持っていってください」

 そう言い、葛葉が壁際の棚の一つに近付き――横に手を伸ばす。

 すると軽快な金属音が鳴り――棚が前に開いた。

「スパイ映画顔負けだな」

 暁が感心したような声。

 棚の後ろには古今東西大小様々な銃火器が保管されていた。

「相変わらず生徒会は過剰火力だな。PMCでも開けるんじゃないか?」

「武学生の規範たる組織ですからね。学園の予算から出ていますからバリバリ使っても大丈夫ですよ」

「そういう問題なのか……?」

 ワイシャツの上に防弾ベストを重ね、制服の上からチェストリグを身に着け、弾倉が外された状態でラックに収められた銃――ブッシュマスター社の突撃銃『ACR』を手に取る。

「相変わらずその銃が好きなんですね」

「寄せ集めのニコイチ銃ってのが何だかいいだろ?」

 銃をテイクダウン。バレルを引き抜き、近接戦闘用の10.5インチバレルに差し換える。

 銃が収まっていたラック下から弾倉を5つ拝借、ベルトにマグポーチを身に着け、その中に収めて内一つは銃に嵌め込む。

「影海、ブリーチャー役は私がやろう」

 そう言い、暁が手に取ったのはモスバーグ社の散弾銃『M500』

「土御門よ銃剣はあるか?」

 催涙ガス入りの手榴弾にスモークグレネードにスタングレネード、非致死性のショットシェルと制圧装備を手慣れた様子で装備してゆく暁。

「ありますけど……実戦で使うのですか?」

「そうだが?」

 信じられないと言った表情の葛葉と、首を傾げる暁。

「大丈夫だ葛葉。暁は十二分に使える腕がある」

 ついでにSIG P226 CFをホルスターごと拝借。腰のベルトに通して弾倉もお借りする。

「……分かりました。今は急いでいますし仕方がありません」

 ラックの下から鞘入りの銃剣を取り出し、暁に渡す葛葉。

「足はどうする?」

「生徒会のSUVが裏手にあります。それを使いましょう」

 葛葉も棚から自分と同じ銃を手に取り、準備をして行く。

「ぼちぼち行くか」

 二人と共に校舎を出て、裏手の駐車スペースに停められたSUVの『シボレー・タホ』に乗り込む。

「――もしもし」

 膝に銃を置き、ハンズフリーにしながらニアに電話を掛ける。

『はいはいユーくん、さっきの緊急通報だねー?』

「そうだ、状況は?」

『定点カメラからだけどいーい?』

 車を発進。ハンドルを切り、都市部へと伸びる道路を突っ走る。

「無いよりはマシだ。教えてくれ」

『ええとね、人数は少なくとも10人以上。武装はアサルトライフルに防弾装備、十中八九爆発物も所持しているね』

「もはやテロリストだな」

 後ろから暁。

『およっ? カナちゃんもいるの?』

「ああ、葛葉もいる」

『両手に花だねユーくん。本命はどっちなのさー?』

 都市部へ繋がる海洋道路に乗り、さらにアクセルを踏み込む。

「ノーコメントでお願いする。それで民間人に被害は出てるのか?」

『警備員二名が撃たれて病院で治療中。どちらも命に別状は無いみたいだね、後は利用客と従業員が人質として捕まっているくらい』

 典型的な籠城パターンか。セオリーなら交渉して人質開放が優先になってくるか。

「ふむ……即時対応している部隊はどこだ?」

 シートに手を掛け、身を乗り出してくる暁。

『軽武装の警察官数名と急行してきたAFSの二個小隊だね』

「完全に均衡状態ですか」

 都市部の道路に乗る寸前、葛葉がボードから緊急車両用の赤灯ランプをルーフに載せ、サイレンのスイッチを点ける。

「我々で虚を突くしか無いだろうな。ニアよ、そのビルの建設会社はどこだ?」

『白澤重工の建設部門だね――図面、貰ってくる?』

「宜しく頼む。データは私のスマートフォンに送ってくれ、責は私が受けよう」

『了解了解、三分くらいで用意するから待っていてねー』

 ニアが言い残すと、通話が終了する。

「さて、そろそろ着く頃だな」

 大通りに差し掛かると既に通行規制が始まっており、目を凝らせば遠くで警察官が規制している。

『緊急車両が通ります、道を空けてください』

 葛葉が車載のトランシーバーを取り、一般車両に道を空けさせる。

 やっとの事で規制線まで到着。ウインドウを下げて外の警察官の男性に学生証を見せる。

「武学園です」

「やっと増援が来たか。場所は二つ目の交差点を右に曲がった所だ、通ってくれ」

 規制線の向こう側へと通され、ガラ空きの道路を進んでゆく。

「ふむ……増援と言っていたな、私達意外にも武学生が来ているのか?」

「そうだったらさっさと帰れそうだな」

 人っ子一人いない通りを走り――言われた交差点を曲がった所で前方に警察の装甲車――『遊撃車』の姿が見えてくる。

 不意打ちを警戒しつつ車を進め、遊撃車の陰に停車。車のドアを遮蔽物にしつつ降り、足早に装甲車の陰に移動する。

「君達が応援の武学生か?」

 遊撃車のドアが開き、タクティカルベストを身に付けた目出し帽姿の男性が出て来る。

「はい、現状は自分達のみです。現場の指揮官は貴方ですか?」

 自分が答えるより速く、葛葉が前に進み出る。

「そうだ、本都のSATが来るまでは私が現場の指揮官を務める」

「状況の報告と被害報告を」

「ここから50メートル地点の銀行に武装集団が籠城中。利用客の殆どは逃げだせたが、一部の従業員が人質に取られていて現在は交渉人が尽力している。被害は警備員が腹部を撃たれて病院で治療中、部隊への被害はゼロだ」

「分かりました……我々以外に武学生は来ているのですか?」

「ああ、女子生徒が1人。隣の車の中でブルっている」

 指揮官の言葉に傾げる暁。

「とにかく、人命を危険に晒すような行動は慎んでもらいたい。ひとまずは待機していてくれ」

「かしこまりました、二人とも既にいる武学生の所へ行きましょう」

 ピリピリとした空気の中、車から出る。

「影海よ、ブルっているとは何なのだ」

「ん? ああ、怖くて震えている事を言うんだよ。辞書に載っていない――まあ日本のスラングみたいなものさ」

「そうなのか」

 ひとまず様子見に隣の遊撃車へ。重い扉を開けて車内へと入ると――先頭の方に女子生徒が1人。

「あ……か、影海くん……?」

 こちらに気づき、俯いていた顔を上げて縋る様な表情を見せて来る。

「土谷さん? どうしてここに」

 葛葉が驚いた様子。

「つ、土御門さんも……!」

 今にも泣き出しそうな表情の女子生徒――土谷彩華が情けない声を上げる。

「状況の説明を――と言いたい所ですが、その余裕は無さそうですね。何があったのか、ゆっくりとで良いので教えてくれますか?」

「え、ええと近くを歩いてたら突然覆面の変な人達が銀行に入って行って――」

 葛葉の言葉にたどたどしく答え始める土谷。

(偶然居合わせたって感じか。確かに土谷一人にこれは荷が重すぎるな)

 土谷とは二回ほど同じ依頼を請けた事があるが、前衛でバリバリと戦うような人間じゃない。

――すると、暁からスマートフォンの振動する音。

「ニアのが来たか」

「うむ」

 暁と共にスマホの画面を覗きこむ。

「土谷さん、恐縮なのですが手伝って頂いても宜しいですか?」

「うう……怖いけど頑張ります……」

「ありがとうございます」

 葛葉と土谷がこちらへとやって来ると、四人でスマホを囲む。 

「小さめの二階建てで、公的図だと入口は表玄関と裏手の車両搬入口、従業員用の出入り口か」

「隣接した建物が高すぎるので飛び移るのは無理そうですね」

 そうなると車両搬入口か従業員用の出入り口からになる。

「ふむ、奇襲が仕掛けられないか……装甲車で正面から突っ込んでみるか?」

 軽い冗談を言うような調子で暁がこちらを見て来る。

「お前と心中はしたくない、その案は絶対にやめてくれ」

 コロコロと笑う暁。ジョークにも限度と言う物があるのを知らないのか。

「まあまあ冗談はさておき――裏の車両搬入口から侵入。そのまま階段を使って上層階へ進むのが一番でしょう」

「後は人質の場所と犯人の人数だな。もし人質に爆弾なんて仕掛けられていたら非常に面倒な事になるぞ」

 あいにく自分は危険物処理の知識は持ち合わせていない。もし、ビルのワンフロアを軽々とふっ飛ばせる程の爆発物を発見したら間違いなく尻尾巻いて逃げだすだろう。

「ば、爆発物処理なら任せて下さい」

 おどおどとしながら手を挙げる土谷。

「ふむ?」

「あー、暁は初対面か……こちらは土谷彩華、後衛科で爆処理を専攻している」

「爆発物処理か――自己紹介がまだだったな、私は暁奏だ今後ともよろしく」

「ど、どうもです……」

 相変わらずおどおどしている土谷。ここら辺は一年生の時から全く変わっていない。

「土谷、今日はどれくらい持ってきている?」

「え、ええと……」

 土谷が背中に提げていたボディバッグを前に回し、ジッパーを開ける。

「っ!」

 ビクリと身体を震わせ、若干こちらに身体を寄せてくる暁。

「C-4、デトネートコード、テルミットスプレー缶が2本、遠隔式雷管が12本、有線式が5メートルです」

「銀行の金庫でも破らない限りは十分だな」

「大丈夫ですよ、この量なら装甲車だって綺麗に等分できます」

「恐ろしい事を言うではない」

 横の暁が珍しく滅茶苦茶ビビッている。

(初見は絶対にこうなるよなあ、俺だって最初はビビったし)

 理論上、C-4は雷管でしか起爆しない。だが、2tトラックも軽く吹っ飛ばせる量の爆発物が目の前にあるとなると人は無意識の内に恐怖心をいだいてしまう物である。

「大体は決まりましたね。一応、指揮官に伝えて来ますので三人は装備の確認をお願いします」

 足早にバスから出ていく葛葉。

「さてと、武装の共有化だな。彩華は何持ってきてるんだ?」

「る、ルガーのSR22です」

「22口径か、護身用なら大丈夫かな」

「すみません」

「いやいや、謝る必要なんてないって。とりあえず俺か葛葉の後ろにいてくれ」

「は、はい」

 すると、興味津々な様子の暁が自分と土谷を交互に見る。

「……ふむ、二人は知り合いなのか?」

「まあな、中学生の時からの付き合いだ」

 単純計算すると四年の付き合いになるか。

「ほう」

「意外と怒らせると怖いんだぜコイツ」

「か、影海くん……!」

 恥ずかしそうに顔を赤らめる土谷。やはり武学園には似つかない平和な奴だ。

――バスのドアが開かれ、葛葉が戻ってくる。

「皆さん準備は大丈夫ですか? 状況開始ですよ」

 ACRのボルトを引き、薬室に初弾を送り込みながら葛葉が出るよう催促して来る。

「了解」

「うむ、さっさと片付けるとするか」

 暁がM500のセーフティを解除し、非致死性の弾が込められたショットシェルを装填してゆく。

「我々は裏口の地下駐車場から侵入、可及的速やかに制圧。目標は人質保護が最優先、武装犯は無力化し捕縛してください」

 携えた銃に初弾を送り込み、金属の感触と共に意識が戦うモノへと切り替わる。

「それでは、銀行強盗犯の無力化を開始します――」

 

つらたん

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