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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
12/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅻ

半年以上空きましたが投稿です


 翌日


 案の定と言うか予想通りと言うか――目覚めるとすぐ真横に小さな侵入者が気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 猫を彷彿とさせる癖っ毛と人形みたいな愛嬌のある顔立ち。恐る恐る毛布を捲ってみれば……

(おいおい……シャツとパンツだけかよ)

 いくら十年以上の付き合いがある幼馴染とは言え一応は女子である。世間一般常識的に考えて、16歳の年頃の女子が異性の寝室に忍び込むのはどうかと思う。

(猫みたいに音も無く入ってきやがって……)

 ゴソゴソとベッドから静かに這い出してフローリングに足を下ろす。

(……9時過ぎか、ちょっと寝過ぎたな)

 危険地帯と化した自室に長居しても特に意味が無いので、装備類を片手に部屋から脱出。

「ったく……どうしてアイツは軽々しく危険な事をしてくるかな。ちょっとは意識してくれよ」

 自分だってイチ男子である。色々と悩む時だってあるのである。

 寝起きの身支度を済ませ、欠伸混じりにリビングへ入ると――

「おはよう影海」

 新聞紙を片手にマグカップを傾ける暁が静かな声で挨拶して来た。

(美夜もコイツみたいにここまでしっかりしていてくれたらな……)

 シワ一つない白のブラウスにタイトな薄紺のジーンズ。寝癖一つ無い長髪をポニーテールにまとめ、あまりの真面目さに眩しくて目を細めてしまう程。

「その目はなんなのだ」

 僅かに口をヘの字にする暁。

「いや、なんでも無い……なんでも無いっす」

 テーブルを挟んで暁の向かい側に座り、ため息が思わず漏れてしまう。

「コーヒーだが影海も飲むか?」

「おう、すまないな」

 暁が立ち上がるとキッチンでインスタントのコーヒーを作り始める。

(今日くらいはのんびりと過ごしたいもんだ……)

 手持無沙汰なのでテーブルの上に置かれたテレビのリモコンを手に取り電源を入れる。

『只今入ったニュースです。特別指定中央都市部の西区で倉庫一棟を全焼する火事が発生しました。火元は不明で――』

「おいおい……朝から物騒だな」

 画面に映し出される東区の造船所。炎々と燃え盛る炎が二階建ての倉庫らしき建物を焼き焦がしている。

 数台の消防車が並び、消防隊が必至に消火作業を行っているが火の勢いが一向に止む気配がない。

『中央警察署によると倉庫の所有者は船の部品を製造する外資企業で――』

 燃え盛る倉庫を遠距離から映し出したアングルに切り換り――

「はあっ!?」

 画面の端に映った人物に思わず叫んでしまう。

「な、なんなのだ急に」

 キッチンから驚いた暁の声。

「今、テレビに霧ケ峰が映っていたんだよ」

 一瞬だけしか見えなかったが、灰褐色の髪の毛の女性なんてそうそうに居ない。

「どう言う事だ?」

「本当にどう言う事だよ。どうしてアイツが現場にいるんだ……?」

 考えたくは無いが霧ケ峰の奴が火事に関わっている可能性もある。だが、交易会社と霧ケ峰の両者から関連性が見いだせない。

(クソッたれ……一体どうなってんだ?)

 足早に自室へ駆け戻り、机の上に置いていた携帯電話を手に取るとニアの番号に電話を掛ける。

『はいはーい、どうしたのユーくん。遂に私への愛の告白ぅー?』

「告白は後回しだニア。ちょっと調べてもらいたい会社がある」

『もー、オフの日に仕事の話? しょうがないにゃあ調べてあげるよ』

 アナウンサーが言った聞きなれない社名をニアに伝え、しばしの沈黙が続く。

『……普通の精密機器製造っぽいね。あれ? 今さっきのニュースで火事起きた会社じゃん、どうしたの一体』

「無理を承知で悪いんだがその会社に侵入して調べてもらえないか? ヤバそうになったら俺が責任を取る」

『うーん……分ったよユーくんがそこまで言うならやってやりましょう』

「なるべく早く頼む」

『了解了解』

 通話が切られ、スピーカーから終話音が聞こえてくる。

「ねえ幽、朝からどうしたのー?」

 ベッドの毛布から顔だけ出した美夜が眠たそうな顔で尋ねて来る。

「さっさと起きてくれ美夜。霧ケ峰絡みの厄介事だ」

「……っ!」

 美夜が一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、犯罪者を目前にした時のような面構えに切り替わる。

「すぐ着替えてくる」

「とりあえずニアに情報収集を頼んでいる、早めに頼むぞ」

 ベッドから滑るように降りた美夜が部屋から出ていく。

「休日くらい休ませてくれよ……!」

 ケースタイプのガンケースを机に置き、引き出しからホルスターを取る。

「影海、一体どうし――」

 後ろから飛んできた暁の声が不自然に途切れる。

「……? すまないが急用が出来た」

 振り返ると、目を見開いて固まった暁が。

「おい、どうした」

「あ、ああ、いやなんでもない何でもないぞ」

 挙動不審全開の暁。

「?」

 すると、タイミング良く携帯電話が鳴り始め、見れば着信はニア。着替える時間も惜しいのでハンズフリーにして出る。

『調べてきたよー』

「どうだった?」

『スタンドアローンで手出し出来なかったから武学園のデーターベースから探したらすぐに見つかったよー』

「なんだ、武学園もマークしていたのかよ……それで収穫は」

『どうやら去年末辺りから目を付けられていた小さな新興犯罪組織みたいでね、主な活動内容は銃器類の密輸と販売だってさ。この間の一斉摘発を乗り切るとは中々の組織だと思うよ』

「銃器類の密輸か……その会社と関係を持っていた人間や組織までは行けたか?」

『んー、情報量が多すぎて口頭だと伝えきれないや』

「そうか……それなら今からそっちに行く。申し訳ないが待っててくれ――それと、出来たらでいいんだが月島を呼んでくれるか?」

『ほいほい、ユーくんがそう言うなら従いますよん。ちゃんと渚ちゃんも呼んでおくからそれじゃあね――あと、ひとっ風呂浴びてまっ――』

 ニアとの会話を終え、会話に集中しすぎて着替えるのを忘れていた事に気づく。

「幽、準備出来たよ――って、うわあ」

 タイミングよく暁の横に制服姿の美夜が現れ、こちらを見るや驚きの声をあげられる。

「幽、早く上を着なって。暁さん固まってるよ」

「え?」

 下を見れば自分の上半身。何故に暁は固まったのだろうか。

「もー、どうしてそう言う所は鈍いのかなー」

 あきれ顔の美夜が戸口近くの洋服掛けに吊るしたワイシャツを放り投げてくると、何故かドアを閉める。

「早く着替えなよー? カナちゃんを起こしてリビングで待ってるからー」

「はいはい」

 急いで部屋着から制服に着替え、スラックスに通したピストルベルトに使い慣れたナイフと小型のマグホルスターを装着。ポケットに制服と同じ素材のグローブを入れ、最後に左右の脇に愛銃の入ったホルスターを吊るす。

 持っていくマガジンは六つと大容量で、もし全弾使い切ったら当分は9㎜弾を使わざるおえないだろう(経済的な問題で)。

 足早に部屋を出てリビングへ向かうと美夜がテーブルの上で短機関銃――《MP9》の細長い弾倉に弾丸を詰め込んでいた。

「それで、一体全体どうなっている訳?」

「霧ケ峰が西区の倉庫地区で起きた火事の現場にいたんだ」

「なにそれ、直接見たの?」

「違う、テレビで偶然見たんだ。詳しい事は俺にもよく分らん……ただ言えるのは霧ケ峰が何らかの行動を起こしたって事だけだ」

 テレビを見ればリアルタイムで先程の火事の現場が映し出されている。

「まさかこの火事って霧ケ峰が?」

「まだ未確定だ」

 画面の向こうでは緊迫した表情のアナウンサーが燃え盛る炎を背後に中継している。

「それと、今から諜報科の第四資料室に向かうぞ」

「ニアちゃんの所に?」

「ああ、お前も来るか?」

「当たり前じゃん。ここまで来て首突っ込まないのは武学生として失格だよ」

 頼もしい事を言ってくれる美夜。

「なら確定だな」

――すると、廊下に繋がるドアが開かれて制服姿の暁が入ってくる。

「一体何事なのだ影海、説明してくれ」

「ちょっとした休日勤務さ。馬鹿みたいに強い奴と戦ってみたくないか? ちょっと(タチ)が悪いがな」

「例のロシア人か。本当に強いのだろうな?」

「めちゃくちゃ強いよ。正直言って、私達で行っても捕まえられるか怪しいくらい」

 当の本人にかなり恥ずかしい事をされた経験のある美夜の説得力のある言葉。

「そこまでの者か、興味が湧いて来たな。私も同行するぞ」

「とにかく今は行動するのが先決だ。急ぐぞ」

 慌ただしく部屋を後にして男子寮の横に隣接する共用車庫に入る。キーボックスから番号札付きのカギを一本拝借。

停められていたSUVに乗り込み、エンジンを点火してから発進する。

「おい美夜、武装はどれくらい持って来た?」

「サブマシンガン一丁、警棒二本、予備マガジン四本」

「……足りないな。暁は?」

「マチェット、ナイフ、カランビットが二本ずつ。スローイングナイフが六本」

 思わず一瞬だけ助手席に座る暁を見てしまう。

(その細い体にどれだけ隠し持っているんだお前は)

「あー! 今えっちな目でカナちゃんの事見たでしょー」

 後部座席から身を乗り出した美夜が耳を引っ張ってくる。

「いてっ! 何てことを言うんだお前は!」

 アイアンクロー気味に美夜を後部座席に押し戻し、片手で危なっかしくハンドルを切る。

「そんな目で私を見ていたのか影海よ……」

 美夜の勘違いにハマった暁がショックを受けたような声音で横から脇をド突いて来る。

「運転中は止めてくれって!」

 必死に暁の貫手を避けながら目的の諜報科の校舎に到着。半ば逃げるように停めたSUVから降車。

「ほ、ほら二人とも早く行くぞ!」

 ジト目の暁と美夜が無言で続けて降りてくる。

 足早に情報科の校舎に入り、ニアのいるであろう第四資料室へと急ぐ。

 土曜日とあってか生徒は誰もおらず、不気味なほどに静かな廊下を小走りに進む。

「ニアちゃんの部屋久しぶりだなー、相変わらず散らかっているのかな?」

「前に来た時に片付けろって言っておいたんだがな……どうなっているんだか」

 最後に来たのは二カ月前くらいか。あれから悪化しているのか、それとも改善されているのか。

 そうこう話している内に四階の第四資料室に着く。

「入るぞニア」

 急ぎなのでノックも無しにドアを開け――

「ウェルカアアァァァムユーくうううんッ!」

――ダイビングしてきた小動物を半身で避ける。

「よっ」

 自分の後ろにいた美夜が苦もなく両手でキャッチ。何事もなかったかのように床に下す。

「なに、客人の命を狙ってるんだお前は」

「えへへ」

 恥ずかしそうに笑みをこぼす小動物――もといニアに軽く手刀を入れる。

「あんっ」

 ニア――ニア・コレット。

 適当に切られた鮮やかな金髪と少し不健康そうな白い肌。澄んだ碧眼と人形のような可愛らしげのある顔立ち。背丈は美夜と同じ位で、幼い顔立ちで下手すると小学生の高学年と間違えられてもおかしくないほど。

 夜道に二人で歩いていたら職務質問されかけない容姿だが、自分や美夜と同じ武学生であり情報科に在籍する一応同学年(タメ)である。

「何なのだコレは……まるで意味が分らんぞ」

 一部始終を見ていた暁が至極まともな反応。

「これが普通なんだ暁。申し訳ないが受け入れてくれ」

「私流のスキンシップなのにひどーい――まあまあ、どうぞ中へ入ってよ」

 入ってゆくニアに続いて第四資料室の中へと入る。

 資料室と名の通り規則正しく並んだスチールラックには無数のファイルと書物が保管さ

れ、壁の棚にもギッシリと資料と思わしき物品達が詰められている。

 そして、資料室の最奥の一角。そこには奇妙な空間が広がっていた。

 天井に届きそうな程の大きな長方形の機械が三つ並び、その隣には大きなデスクと大きな椅子がワンセット。デスクの上には五つのモニターが並び、その前には二つのキーボードとマウスが置かれている。

 隣に置かれた小さな冷蔵庫に、用途のよく分らない電子機材が置かれたスチールラック。デスクのすぐ下に置かれたごみ箱にはジャンクフードと炭酸ジュースの空が溢れ落ちそうな程入っており、正直言ってかなり汚い。

「ありゃ、月島さんがどうしてここに?」

 デスクの横、パイプ椅子に置物の様に静かに座る月島が。

「ユーくんが5Pしたいから呼んでくれって頼まれたんだよね~」

 最高に汚い冗談を吐くニアの尻に思わず蹴りを入れてしまう。

「部屋と人間もろとも汚すぎる」

 暁の容赦無い一言。

「いやー、最近忙しくて片づける暇が無かったのよねえ」

 デスク下に落ちている小さな布きれ(多分パ○ツ)や脱ぎ散らかされたソックスとかはなるべく視界に入れない方が身のためだろう。

「で、さっそく本題に映りたいんだが」

「はいはい、ちょっと待っててね」

 ニアが大きな椅子に座ると、キーボードを手前に引きよせて操作し始める。

「ユーくんの電話が終わった後にちょっと気になってね、テレビ局から放映された映像を引っこ抜いてきて解析してみたんだけどさー」

 画面の一つが切り換り、見覚えのあるワンシーンが映し出される。

「いやあ、バッチリ映ってるんだよね霧ケ峰」

 マウスのクリック音と共に画面の一部が拡大され、荒かった画面が鮮明な物に変わる。

 物々しい火事の現場には不釣り合いな霧ケ峰と――その横に立つ見慣れない男が一人。

「前々からユーくんの動体視力はおかしいと思っていたけど……この映像で霧ケ峰が映ったのって一秒にも満たない時間だよ?」

「運が良かっただけだ。それより霧ケ峰の隣にいるこの男は誰だ?」

「誰だと思う? 見事当てたら私のスリーサイズを教えちゃうよん」

「知るか」

「ひっどーい! 正解は――」

「殺し屋だ」

 黙っていた暁が突如、横から口を挟んでくる。

「え?」

「映っている男は『ロッソ』イタリア南部で活動しているフリーランスの殺し屋だ」

 初めて見る暁の抜き身の刃の様な鋭く剣呑な表情。

「おいおい、どうして海外の殺し屋が日本にいるんだよ」

「むしろ私が聞きたい位だ。奴はイタリアの刑務所に収監されているはずだぞ」

 どうしてそんな事を知っているのか気になるが、あえて聞かない方が身のためだろう。

「ねえカナちゃん。このロッソとか言う殺し屋はどれくらいヤバい奴なの?」

「血の気の多い奴でな。武装したカラビニエリ5人を拳銃一丁で殺す程の腕だ。過去に仕事で殺害した人間の数は40人を超える」

「うわあ……」

 さすがの美夜もどん引きの様子。

「もしロッソと会ってしまったら急いで逃げろ。我々は武学生とは言え程度が知れている」

「そんなにヤバいのがどうして霧ケ峰とつるんでいるだよ……」

「やっぱり捕まえて聞き出すしか方法はないよねー」

 美夜がベルトに装着したホルスターからMP9を抜き、ボルトを引いて一発目を薬室に送る。

「まあ、いつもと同じやり方しかないだろうな俺達は」

「待て。人の話を聞いていなかったのかお主らは?」

「聞いてたよー、とにかくヤバい奴なんでしょ」

 美夜が銃に減音器をキコキコと装着しながらさも平然と返す。

「私達は武学生でしょ? (タチ)の悪いクソッたれな犯罪者共を捕まえるのが本業じゃん、殺し屋程度で逃げてたら武学生なんて勤まらないよ」

 美夜のイカれた言動に暁が『信じられない』と言った表情。

「諦めろ暁。美夜は頭がおかしいんだ」

 美夜に習い、ホルスターに収めた二丁の拳銃も初弾を送り込んでおき、いつでも撃てるようにマニュアルセーフティだけ掛けておく。

「酷いなー、そう言う幽だっておかしいじゃん。バイクからバイクに跳び移ったり、突っ込んできた車を跳んで避けるなんてアクション映画しか出来ない芸当だよ?」

 過去の恥ずかしい行為を暁の前でベラベラと喋る美夜。

「鉄パイプを捩り切ったり、ナイフを手刀で折ったりするお前と比べたらまだマシだ」

「ナイフ折るくらい誰だって出来ますぅ―、幽が貧弱なだけだもーん」

 グリグリと脇を攻めてくる美夜。お返しに顔面にアイアンクローを決めて離そうとするが、しぶとく食いかかってくる。

「それじゃあ、いつも通りに現地で私が管制&通信担当でオッケー?」

「頼んだ。いつもの無人機は使えるか?」

 美夜の目元を打ち据えて無力化。

「何時でも使えますよん。無線機はこれで我慢してね」

 ニアからスロートマイクタイプのヘッドセットと小型無線機を受け取る。

「さてと、前回のリベンジマッチと行くか」

「――これ以上お主達を止めようと努力しても無駄なのだろうな……私も同伴させてもらおう」

 呆れ顔の暁が溜め息混じりに呟く。

「やったー! カナちゃんが折れた」

「これで五人だな。地下の保管庫に急ぐか」

 頷く四人と共に資料室を出て地下にある装備保管庫へと向かう。

「それじゃあユーくん、私は指揮車のエンジン温めておくから急いでねー」

「了解。一応、湾岸倉庫一帯を監視しといてくれ」

 一階の玄関口でニアと別れ、階段をさらに降りて地下の保管庫に到着する。

 電子ロックのテンキーに生徒一人一人に割り振られる学籍番号を入力し、ロックが解除された扉を開けて中へと入る。

 急襲用の装具を身につけるために制服を脱ぎだす美夜と暁。

「暁、先に言っておくが霧ヶ峰は完全武装じゃないと捕まえられないレベルだ。そこらへんの犯罪者と考えなくていい」

「了解した。頭に留めておこう」

 下着一丁になった暁が至極真面目な表情。こう言う所で恥じらわないのが武学生の女子の特徴である。

「あと、霧ヶ峰は格闘戦が滅法強いから気を付けてねカナちゃん。下手に近づくと関節極められて胸触られちゃうから」

 SSサイズのカーゴパンツを履きながら美夜が補足。

「ふむ、織原が言うほどか……楽しみだな」

 パターンの入っていない特殊なソールのブーツを履き、防弾ベストを身につけた暁が長い黒髪を後ろに束ねる。

「それに、狙撃に関しては用心深いので私の弾が当たるのは半々だと覚えていてください」

 ライフルを背負い直した月島が一言付け足す。

「気を付けたいのは霧ヶ峰もそうだが、殺し屋の方も十分に注意した方がいいだろうな。暁、知っているだけでいいから殺し屋の事を教えてくれないか?」

 ロッカーに制服を放り込み、装具類に異常がないかチェック。

「ロッソは元々民間警備会社で働いていたオペレータだ。度重なる命令違反と非人道的な行為により退職と言う名の除隊、その後はナポリの犯罪組織に拾われて今のような殺し屋になった」

「随分と波乱な経歴だな」

「とにかく奴は非常に危険だ。私が対処するから二人は例のロシア人に専念してくれ」

「カナちゃん本当に大丈夫ー?」

 ナックルガードの付いたグローブの感触を確かめながら美夜が若干心配そうな表情。

「心配するな織原。ロッソみたいな犯罪者は過去に私は何度も逮捕している――さあ、急ごうではないか」

 背負うように装着したマチェットの鞘の位置を調節しながら、黒装束みたいな格好の暁が答える。

「まあ、暁ほどの腕なら心配すること無いだろ。昨晩で実力はどれ位か分かっただろ?」

「うーん……確かにそうだけどさ……」

 二人と共に保管庫を出て地上へと戻ると、正面玄関から外へと出る。

 校舎の正門前には地味なカラーリングの中型トラックが止まっており、コンテナには欺瞞用のダミー会社のロゴが貼られている。

「もー、遅いよユーくん。とりあえず無人機で探索し始めてるから」

 運転席の窓が開き、ニアが顔を出してくる。

「すまんすまん。運転は俺がやるからニアは管制指揮の準備をしてくれ」

「ほいほい、バックアップはお任せくださいね~」

 ニアと交代して運転席に乗り込み。美夜達がコンテナに設えられた小さなドアを開けて中へと入って行く。

 コンテナと運転席は全て繋がっており、マイクロバスの後部座席には通信機材が詰め込まれている。

「ニア、現場の状況は?」

「火は無事に鎮火。早速警察が現場検証に来てるよ」

 暁の思案するような表情がミラー越しに見える。

「殺し屋と一緒にいる時点で表側の人間ではないです。本当、何者なのでしょうかあの変質者は」

 珍しく心なしか不機嫌そうな月島の声音。

「まあ、捕まえて直接聞き出すしかないよね。今度こそアイツの横っ面ぶん殴ってやるんだから」

 年頃の女子とは思えない物騒な事を口にする美夜。

――武学園と本島を繋ぐ海洋道路を抜け、ジャンクションから目的の倉庫地区へと向かう道路に乗り換える。

「織原よ、霧ヶ峰を詳しく教えてくれるか」

「うーん、前の時は素手だったから詳しくはわからないけど。この間の幽が霧ヶ峰に捕まっている時が初めて見たかも」

「ふむ……お主の見立てではどうなのだ」

 何やら思案するような表情の暁とミラー越しに目が合う。

「よく分からんが傭兵とか殺し屋とかじゃないのか? 俺は全く分からんぞ」

「うーん、傭兵っぽい気配は有るんだけど何か分からないんだよねー」

「霧ヶ峰は殺し屋とは正反対の性格かと。あの性分は向いていません」

 後ろのコンテナで始まる霧ヶ峰の分析。よくと考えたら後ろの女子四人は自分より上のクラスの武学生ではないか。

(足を引っ張らないようにしないとな……)

――そして、武学園を出発してから5分程。ようやく目的の造船所地区の事件現場に辿り着いた。


 都市部東区・造船所区画


 消防車のサイレンが響き渡る倉庫から離れた小さな倉庫。スチールラックが占領する倉庫の一角に奇妙な二人組はいた。

 灰色のハーフコートを身につけ、体の前には無骨な自動小銃を携えた巨躯の男と、カジュアルな格好に身を包んだ軽薄そうな女。

『それじゃあ私はホテルに戻るわ。後は好きにしていいわよ』

『了解した。次はもっと歯ごたえのあるのを用意してくれ』

 灰色コートの男の背後には十数人の武装した男達が佇んでおり。皆一様に無機質な印象を与える。

『セーフハウスはこの座標よ。私はホテルに戻るから後は好きにしなさい』

『我々は暇が苦手なんだ霧ヶ峰楠根。他に殺す人間はいないのか?』

 流暢な英語で物騒な会話をする二人。

『いないわね。そこらへんのチンピラかジャパニーズマフィアでも相手していたら?』

『張り合いの無い人間ほど殺したくない。日本の人間は緊張感が無さ過ぎる』

『これだから殺し屋は嫌いなのよね』

 そう言い、女――霧ヶ峰楠根が踵を返して立ち去ろうとしたその時――金属同士がぶつかり合う鈍い音が屋内に響き渡った。

『……まだ何か御用かしら?』

 振り返った霧ヶ峰の右手に握ったナイフのヒルトに食い込む黒刃のナイフの切っ先。

『いや、暇だから相手してもらいたくてね。少しくらいなら良いだろ?』

 一瞬で引き戻され、矢継ぎ早に閃く黒刃のナイフ。

『イヤ』

 突き込まれたナイフを反身になって避け、心底嫌そうな表情を霧ヶ峰は浮かべる。

『頼むよラストーチュカ。アンタほどの楽しめる人間は滅多に出会えないんだ』

『男と殺しあうなら海に飛び込んで魚の餌になった方がマシ』

 振われたナイフの刀身を蹴り付け、明後日の方向に吹き飛ばす。

『なあ良いだろ? 後ろの奴らも溜まってるんだよ』

 恍惚の表情を浮かべた灰色コートの男――ロッソが新たなナイフをコートの下から抜く。

『――そろそろ頃合いね。場所を変えた方が良さそうだわ』

 霧ヶ峰が1歩後ろに下がった瞬間――先ほどまで霧ヶ峰の立っていた床が爆ぜる。

 咄嗟に地面に伏せる男達。

『厄介なのが来たわよロッソ! 私はここで失礼するわ!』

 霧ヶ峰が小さな円筒状の金属物――スモークグレネードのピンを引き抜き、倉庫内が煙幕で覆われ始める。

『臨戦態勢! 俺は霧ヶ峰を追う、お前達は迎え撃て』

 凶暴な笑みを浮かべたロッソは煙幕がたち込める中、霧ヶ峰を追うべく走り出そうとし――背後から眩い閃光と衝撃に背中を打たれた。


――混乱の始まる数分前。

「この造船所地区のどこかに霧ヶ峰がいるのか……」

「ちょっと待ってねユーくん。待機させてた無人機の記録映像を確認するから」

 画面とにらみ合うニア。

「……いた! ここから北北東に300メートル地点の倉庫にいるよ。倉庫名は《樫月交易》」

「うし、それじゃあカチコミに行きますか」

 犬歯を見せて邪悪な笑みを浮かべた美夜が短機関銃のボルトを引いて、薬室に初弾を送り込む。

「オープンチャンネルは5。個別チャンネルはみっちゃんが1、暁さんが2、ナギちゃんが3でユーくんが4だからね」

「それでは私は見晴らせる所から援護狙撃に回ります。皆さんご武運を」

 形状が印象的な狙撃銃『PGM Ultima Ratio』を背負った月島が一言告げると、足早にコンテナから出て行ってしまう。

「月島と言ったか……少し前に言っていた狙撃手だったか? 腕はたしかなのか」

「ああ、大人しい奴だが腕はピカイチだ。たしかAクラスだったかな」

「あれ? 聞いてなかったの幽? つい先週、渚ちゃんはSクラスに昇格したよ」

「えっ……」 

 会話しつつ美夜をフロントマンにコンテナから出ると、周囲を警戒しながら進み始める。

「月島がSクラスに昇格って本当なのかよ美夜」

「うん。『突然呼び出されて勝手に昇格させられた』って渚ちゃんがぼやいてたもん」

「まじかよ……ますます2組が危険地帯になってきたな」

 たださえ美夜と言う特異点がいると言うのに、新規で暁と月島が追加されたら異次元へとシフトしてしまうのではないだろうか。

「二人とも口を慎め。いつ伏兵がいてもおかしくないのだぞ」

 最後尾を受け持つ暁が後ろから注意してくる。

「はーい」

「へいへい、了解しましたよ」

 美夜が不真面目に返事を返しながらスピーディーに曲がり角をカッティングパイ(クリアリング)する。

「まったく……どうして日本支部の者達は皆一様に気が抜けているのだ」

 後ろから暁の小さなぼやきが聞こえてくる。

『――影海さん』

 左耳に掛けた通信機のイヤホンから月島の声。

「異常か」

『はい、目的の倉庫内で霧ヶ峰と例の殺し屋と思わしき人物が戦闘中。仲間割れのようです』

「仲間割れ? そこから敵の人数は把握できるか?」

「申し訳ありません。私は倉庫の西側にあるクレーン上にいるため、一部しか確認できません」

 月島に言われて周囲を見渡し――だいぶ離れた所に伸びる巨大なクレーン群に目が止まる。

『そこです。なので一部方向からによる援護のみなってしまいます』

「渚ちゃんから?」

「ああ、どうやら仲間割れを起こしているようだ。急がないとヤバそうだぞ」

 マイクを塞ぎながら美夜に言葉を返す。

「ならば先に言っているぞ」

――言うや否や後ろの暁が一気に加速。自分と美夜を置いて先行してしまう。

「はやっ!?」

 陸上のスプリンターばりの速さで自分達を置いてけぼりにする暁。

「月島、暁が先走った。申し訳ないが援護を頼む」

『了解しました』

 通信の切れる小さな電子音。

「急ぐぞ美夜。これ以上ゴチャゴチャになると面倒な事になる」

「りょうかーい!」

 暁を追うべく速度を上げ、美夜と共に走り出した。


――倉庫内に立ち込める煙幕に隠れるよう投げ込まれる新たな異物。

 瞬間、刺すような閃光と破裂。炸裂音と衝撃波が倉庫内にいた男達の耳朶を打ち据える。

 混乱に紛れ、滑るように音も無く倉庫内に滑侵入する黒い影。

 煙幕を撹拌(かくはん)すように振われる――1本のナイフ。

 一人目の喉を切り裂き、二人目の喉を突く。三人目の脳幹を後ろから切り貫き、四人目の大腿と頸動脈を二挙動で切断、最後に首半分を裂き開く。

 四人目の腰に装着されていたナイフが投げられ五人目の眉間にナイフが生え、六人目はナイフで首を串刺しにされる。

 ゴミを捨てるように淡々と行われる一方的な殺戮。

 七人目は顎からナイフを突き上げられ、八人目は眼窩から脳幹をシェイク。

 九人目の心臓が切っ先により破られ――最後の十人目が黒い影に銃口を向ける。

 引き金を引こうとするが――直後、右指に鋭い痛みが走り銃口から弾丸は吐き出されない。

 激痛と不快な喪失感。直後に右手甲に異物が突き込まれ、振り返るより速く口からナイフの刃が生えた。

 黒い影は骸を後に、倉庫の奥へと逃げた灰色のコートを身に付けた男を追う。

――直後、遅れて入ってくる少年と少女の二人組。

「ごほっごほっ……うぇっ、何これ……」

「仲間割れか……?」

 埃と鉄の匂いに混じり、血の生臭い臭いが屋内に充満している。

「……急ごう美夜。急いで暁と合流しないと」

「う、うん……」

 調べる暇も無く血の海をかき分け。開けっ放しにされた――『倉庫から外へと続くドア』を注意して潜り抜ける。

 造船所はとても広く、中央に鎮座する製造途中の船やその周囲にそびえる巨大な四機のクレーン。様々な材料やら重機が並び、まるで鉄の遊園地の様。

「ここの何処かに霧ヶ峰と殺し屋がいるのか」

「最高に嫌な予感しかしないんですけど」

 銃を構えつつ美夜と共に左右上下を警戒しながら進んでゆく。

(クソっ……久々に見ちまったよ……)

 人生経験など十数年そこらしか経っていない自分だが、武学生をやっていると少なからず人の死と言う物を目の当たりにしてしまう。

 踏み込んだ犯罪組織の詰め所がブラッドバス(血の池)になっていたり、勃発した抗争により致命傷を負って現場で死亡した犯罪者だったり、不意の事故で急死してしまった武学生の仲間だったりと……実に様々である。

 これで死体を見るのは五回目だが、特に感慨も何も浮かばないのは自分がどうかしているのか、それとも現実味が無いのか。

(いかんいかん)

 一応、武学生に対して学園側と公的機関がメンタルケアやリハビリ治療の制度を実施しているが当人達が受けるモノと医者が診るモノは、それとこれとは別なのである。

「――幽、ねえ幽ってば」

「えっ?」

 前を進んでいた美夜が怪訝な顔でこちらを見てくる。

「ちょっと大丈夫? ボーっとしてたよ」

「す、すまん」

 大きなクレーンの下で一旦止まり、周囲を警戒しながら重機の物陰に身を隠す。

「しっかり見張っててよ幽。とりあえずニアちゃんに定時連絡するから」

「分かった」

 銃をいつでも撃てるようにハイレディで保持し、周囲の環境音と変化に意識を傾ける。

(どこにいる……?)

 フローに没入しながら五感をフルに稼働。

 破堤に打ちつけられる波の音に交る金属の打ちあう異音。鉄と潮に混じった微細な火薬の臭い。視界に映り込む情報を一気に脳が処理する。

 頭上から聞こえてきた微かな異音。

 反射的に上を見上げ――降ってきた霧ヶ峰へ照準を合わせる。

「はっ! やるじゃないボウヤ!」

 人間離れした動きでクレーンの鉄骨を蹴りつけた霧ヶ峰が無理矢理と軌道を変える。

 照準を追従して発砲――不殺コースで放った弾丸は空を切り、コンクリートを砕いてあらぬ方向に飛んでいく。

 美夜を挟む位置に着地した霧ヶ峰が動物のようなしなやかさで地面に伏せる。

 直後、美夜の振った警棒が殺人的な速度で通過。

「やん、怖いわあ」

 フロー状態の自分でも追いつけるか分からないギリギリの速度で警棒が幾度も振われるが、余裕の表情で回避する霧ヶ峰。

「シッ!」

 美夜の呼気と共に突き出される鋭い横蹴り。軽やかに避けた霧ヶ峰の後ろにあった高所作業車の車体が大きくへこんで不安定に揺れる。

 歯を見せて笑いながら霧ヶ峰が後ろの作業車を蹴って跳躍。美夜の頭上を抜けて、自分の目の前に降りてくる。

(上等!)

 膝めがけて銃剣を突き込みながら射撃。

 僅かに脚を動かしただけで避けた霧ヶ峰がナイフを喉狙いに振ってくる。

 左の銃剣で上へと受け流しながら左の銃で同時に射撃――

「Явам(わお)!」

――が、肘で刀身を打ち払われて空へと弾丸が逸れてしまう。

(なんんちゅう反応速度だ)

 らちが明かないので霧ヶ峰の後方にいる美夜へと蹴って誘導。

「いやん。お尻は駄目よ子猫ちゃん」

 気色悪い猫撫で声をあげながら美夜の振った警棒を避ける霧ヶ峰。

「キモい!」

 挟撃で注意するべき誤射など気にせずに短機関銃で横に弾をばら撒く美夜。

「あっぶな!?」

 銃口の向きを見ながらギリギリの所で飛んでくる弾をなんとか避ける。

 弾倉を交換せず空になった銃を手放した美夜が、当たれば一発で病院送り確定の蹴りと拳打を急所に打ちこむ。

 打撃に合わせて吊るされた布の様に往なし受ける霧ヶ峰。

「うーん、もっと踏み込んだ方が良いんじゃない」

「うるさい!」

 キレ気味に叫びながら上段蹴りが放たれ、片手で掴み止められる。

「子猫ちゃんはもう少し同じレベルと組み打ちをするべきね。下に合していたら身に付くものも身に付かなくなっちゃうわよ?」

 涼しい表情の霧ヶ峰が教師の様な口調で美夜に話しかけ、足首を捻り上げて体勢と崩すと一瞬で体の内側へと潜り込み、顔面を掴んで地面に叩きつける。

 側頭部から地面に叩き付けられた美夜はそのまま動かなくなる。

 気を失った美夜の顔が瞳に映った瞬間――頭の中でパチリと何かが点く音。

「――ハッ! イイ面構えになったじゃない」

 銃は要らない。ベストも装具も動きの邪魔になるだけだ。

 足元に転がった小石を霧ヶ峰の顔面めがけて蹴り飛ばす――が、首だけ傾けられて避けられる。

(ならば正面から潰してやる)

 全てがスローに視える視界の中、ナイフを構えて奴へと突っ込む。

 自分よりワンテンポ遅れて動く霧ヶ峰が、迎え撃つようにナイフを首狙いに振ってくる。

(邪魔だ)

 グローブ越しにナイフを掴み止め、左腕の三角筋、上腕三頭筋を順番に切り裂く。

 直後、腹部に放たれる鋭い前蹴り。後ろへ倒れながら受け流し、向う脛を浅く切りつける。

「ははっ、やるじゃない! 久しぶりに切られたわ!」

 狂気じみた笑みを浮かべた霧ヶ峰が這うような低い体勢からナイフを突き上げてくる。

 その場で跳躍。肩に蹴りを入れつつ飛び上がり、空中で半回転しながら僧帽筋を切りつける。

「いっ!?」

 くぐもった悲鳴と同時に着地。振り向けば、肩を押さえた霧ヶ峰がいつの間に抜いたのか右手に握った拳銃を向けてくる。

「いくらボウヤが早くてもこの状況では不可能よ。諦めなさい」

(あのスライド形は……間違い無ければGsh-18か)

 西側の銃では珍しいポリマーフレーム採用の自動拳銃。記憶が正しければ『7N21』と言う徹甲弾を仕様前提とした拳銃。

 間近まで迫った銃口と絶体絶命の状況に極度の緊張が感覚を伸ばしてゆく。

 立ち眩んでしまうほど鮮明になった視界が霧ヶ峰の挙動を捉え、銃口内の弾丸の弾頭までもが見える。

(こんな所で死んでたまるかよ)

 鼻から垂れる生温かい液体の感触と生臭い鉄の臭い。

 引き金に添えられた人差し指が引き絞られる。

――もう後には戻れない。今からやる事は墓の中まで持っていく。

 極限までスローになった視覚が銃口から発火炎と共に吐き出された弾丸を捉える。

 迫る弾丸の軌道に合わせて体を捩じりつつナイフを斜め下から振り上げる。

 手首を襲う体験した事の無い衝撃。

(ついにやっちまった)

 無理矢理と逸らした弾丸が横髪を掠めて後方へと飛んでいく。

 衝撃でナイフを落としてしまうも、空いた左手で補助のナイフを抜き、信じられないと言ったような驚いた表情の霧ヶ峰に突っ込む。

 傷のある肩口にナイフを突き込み、ひるんだ瞬間に拳銃の握った右手の手首の関節を極めてディスアーム。

 膝を蹴りつけて体勢を崩してうつ伏せに地面に組み伏せる。

「現住建造物等放火罪の疑い及び、障害、窃盗罪の罪で逮捕する」

 パンツのポケットに入れていたケーブルタイを取り出して霧ヶ峰を拘束。

「逃げたら脚を撃つ」

 鼻血をぬぐいながら先ほどまで自分の脳天を狙っていた拳銃を拾い上げる。

「あんなの見せられちゃ逃げる気も起きないわよ」

 地面に横たわる美夜に近づき、呼吸と脈を確認。共に正常なようで自然覚醒を待つか、活入れで起こすべきか。

(一体、暁はどこに行っちまったんだ)

 無理なフローの影響か酷く頭が痛い。

「ニア。今、霧ヶ峰を拘束した。武学園の清掃課に連絡を頼む」

『大丈夫? 声がヤバいよ』

「俺は何ともない。それより美夜が霧ヶ峰に気絶させられた。今の所は脈と呼吸は大丈夫だが、コンクリに頭から入ったから精密検査を受けておいた方がいいかもしれない」

『了解』

「それとさっきから暁と通信が繋がらない。そっちで何か分からないか?」

『それが私のコールにも反応してくれないんだよね。ヤバくない?』

 自分より腕の立つ暁なら余程の事が無い限りは大丈夫だと思うが……

「例の殺し屋も見えないしまだ終わりじゃなさそうだな。ちょっと月島を呼んでみる」

 試しに周波数を変えて月島に呼び掛ける。

『――はい。月島です』

「すまん月島。今からこっちに来てくれるか?」

『了解しました。三分ほどで到着します』

「すまないな」

 疲労の溜め息を吐きながらニアの周波数に変え直す。

『うーん、さっきから暁さんの姿を探しているんだけど、見つからないよユーくん』

 逃げようともがく霧ヶ峰に銃口を向けて黙らせる。

「すると屋内か……この状態で動き回れないし待機する」

『うい、皆をピックアップしに向かうから待っていてね』

「そうしておく」

 ニアとの通信を終え。強烈な頭痛に顔をしかめつつ月島とニアを待つことにした。


 都市部東区・コンテナ港


 造船所地区から1キロメートル程離れた広大なコンテナ埠頭。整然と並べられ、高々と積み上げられたコンテナ群の中で、凄惨な殺し合いが繰り広げられていた。

「ハハハッ! いい加減にそのマスクを取ったらどうだ殺し屋!」

 灰色のコートを靡かせ、無骨なナイフを振う巨躯の男が狂気じみた笑い声を上げる。

「……」

 相対するのはガスマスクを身に付け顔を隠した謎の人物。

「沈黙を貫くか! その口を割らせてやる!」

 男がナイフを抉り上げる様に突き込み、謎のガスマスクが手にしたマチェットで音も無く切っ先を逸らす。

 殺し合う二人の周りには武装した男達が数人。同士討ちを警戒してか、銃口を小刻みに揺らしながら立ち尽くしている。

「……」

 謎のガスマスクが男の脚を蹴りつけ、後ろへと距離を離し――急転回してマチェットを後方で息を潜めていた男達向けて投げ付ける。

 口から侵入したマチェットの刃が脳幹を貫き、痙攣しながら地面へと伏す。

 謎のガスマスクが走り出し、突然の事に反応の遅れた男達の中心へと突っ込む――

 手前の一人の音も無く首を一掻、喉を押さえながら倒れ込む。

 眼球を横薙ぎに切り裂かれ、耳から侵入したナイフが脳を撹拌する。

 両手を一瞬で切り落とされ、茫然としたまま心臓を貫通。

 ベストの隙間からあふれ出る臓物と血の滝。

「っ!?」

 必死の形相で銃口を向ける最後の一人。しかし、開かれた脚の間を謎のガスマスクが滑り過ぎ――大腿と股間から血を噴き出して倒れ込む。

「……」

 無言のまま何事も無かったかのように灰色のコートの男――ロッソに向き直る謎のガスマスク。

「……ハッ! 貴様が俺の死神か!」

 喜々した表情を浮かべ、ロッソがホルスターから抜いた拳銃を向ける。

 ロッソが引き金を引くよりも早く、小さなナイフを投擲する謎のガスマスク。

 手の甲に突き刺さるナイフ。怯んだ隙を突き、謎のガスマスクが――ロッソの頭を拳銃で撃ち抜く。

 呆気無く脳漿をまき散らし、唖然とするロッソの意識は一瞬で断絶した。

「……」

 始終無言を貫いていた謎のガスマスクがロッソの死を見届け終えると――ガスマスク越しに溜め息を吐き、血の海を後に踵を返した。


 都市部東区・造船所区画


「さて、あとは暁と例の殺し屋をどうにかしないといけないな……」

「さっきから無人機で周辺を捜してるんだけど、全く見当たらないんだよねー……どうするユーくん?」

「暁なら大丈夫だとは思うが……美夜の事もあるしな……」

「私は影海さんの指示に従います」

 拘束具で無力化した霧ヶ峰を端に転がし、バスの後部で話し合っていた。

「……分かった。とりあえずもう一回だけ暁に連絡を入れてみる。もし、不通だったら武学園に撤収する」

 頷く二人。

「とりあえず俺は外に出てるから、その間に二人で霧ヶ峰のボディチェックを済ましておいてくれ。あと、ニアは清掃課に連絡を入れておいてくれ」

「えっ! 女の子二人にメチャクチャにされちゃうの!?」

 気持ち悪い発言に月島が無言の蹴りを霧ヶ峰の腹に一発入れる。

「とっ、とにかく頼んだぞ……」

 警戒しつつバスから出ると、暁のチャンネルに無線機のバンドを変えて呼び掛けてみる。

(余程の事が無い限り問題は起きないと思うが……今回は不確定要素が多すぎるからな)

 そして、一分程が経とうとした頃――

『――こちら暁』

「やれやれ、やっと出てくれたな。どうして応答が無かった」

『それどころではなかったのでな。影海は今どこにいる?』

「造船区画の端だ。四機のクレーンが並んでいる所だが……そっちこそどこにる?」

『ふむ……ここは……分からんな、見たことも無い場所だ』

「おいおい」

『ロッソの奴が車両で逃げたからバイクで追ったのだが、途中で邪魔をされて逃がした』

「おいおい、大丈夫かよ……」

『奴は姿を消すのが上手い、恐らく警戒線が回るより速く国外へ逃げるだろうな』

「マジか」

『奴は仕事以外で殺しはやらない。典型的な仕事屋だから無差別的に殺すことは無いだろう』

「詳しいな」

『最初に奴を捕まえたのは私だからな。それより例のロシア人はどうなったのだ?』

 さらっととんでもない事を言う暁。だが、これ程度で驚いていては到底、武学園で生きていけない。

「なんとか捕まえた。美夜が気絶させられたが一応は無事だ」

『そうか……私は自力で武学園へ戻るから心配するな』

「おいおい、機巧科にヘリを出してもらうから無茶するなって」

『ふっ、影海は心配性だな。夕飯は美味しい物を頼むぞ』

 通信を切られ、静寂が通信機から聞こえてくる。

「ったく……心配性じゃなくても心配するっての」

 眼前の問題事が一つ消化できた事に安堵のため息を吐きながらバスへと戻る。

「あ、どうだったユーくん?」

 中では目も当てられない惨状が広がっていた。

「暁は無事そうだ。清掃課の方はどうだ?」

 ニアの傍らに積まれたナイフの山と、直視するには非常に気まずいカラフルな布切れ達。

「ヘリで急行するって。五分も掛からないから待っていてくれって」

「影海さん。尋問してみましたが一向に口を割りません、どうしますか?」

 普段より心なしか冷やかな目つきの月島が、横たわる霧ヶ峰を足で小突く。

「それは諜報科か宮原に任せよう。どうせ俺達みたいな素人じゃあコイツの口は割れそうにない」

「子猫ちゃん二人の脱ぎたての下着をくれるなら洗いざらい喋るわ」

 嫌悪感丸出しの表情を浮かべ、ニアと月島が口を引きつらせる。

「ねえユーくん、海近いし廃車に詰めて沈めちゃおうよ。今ならバレないって」

「コンクリートの精製所に投げ入れた方が環境的ですニアさん」

 犯罪者スレスレの発言をぶちかます二人。

「落ち着けって二人とも。コイツは色々と聞かなきゃいけない事が沢山ある――すまないが外で待っていてくれないか?」

 この状況下においても余裕綽々の霧ヶ峰を見下ろす。

「分かりました。ニアさんと外を警戒しておきます」

 二人が外に出て行き――息を整える。

「あら、私を尋問するつもり? 慰み者にされちゃうの?」

「んな訳ねえだろ。ちょっとした事だけ尋ねるだけだ」

 横たわる霧ヶ峰の手首を掴み、力任せに引き立たせる。

「俺の質問に答えろ。これ以上舐めた態度をとるようなら、無理矢理口を割らせる」

 バイツ(噛み付き)を警戒しつつ霧ヶ峰を真正面から睨みつける。

「……昔、ボウヤみたいな兵士を見たことがあるわ。戦場を駆け回る狂犬よりもっと性質の悪い――厄災みたいな存在よ」

「お前の狂言に突き合ってる義理は無いんだよ。今から俺の質問に答えろ霧ヶ峰」

「――分かったわ」

「一つ目だ。お前を雇った奴は誰だ?」

「……『公社』よ。私は雇われの身、日本で言う派遣社員みたいなものね」

(公社? どこかで聞いたような……)

「分かった……二つ目だが。先日から発生している違法火器を使用した連続事件、心当たりはあるか」

「あるわ……でも、簡単に教えるわけにはいかない」

――瞬間、霧ヶ峰の横面にフックを叩き込む。

「お前は情報を小出しにして優位性を保とうとしているがな、こちとら細かい事まで脳ミソ回る程冷静じゃないんだよ」

 車の壁に叩き付けられた霧ヶ峰の胸倉をつかみ、引き摺り立たせる。

「いいか、お前は美夜を傷付けた。普通の犯罪者なら半殺しだ――だがな、武学生としてお前を五体満足のまま武学園に引き渡さなきゃいけない。それが苛立たしいんだよ」

「ははっ、良い顔してるわよボウヤ。本当に十六そこらの子供なの? まるで殺し屋みたいな顔よ」

 鼻血を流しながら霧ヶ峰が狂気じみた笑みを浮かべる。

「余計なお世話だ犯罪者。いいから俺の質問に答えろ」

「話したいけど――時間切れね」

「は?」

 聴こえてくるヘリのローター音――外から車のドアがノックされる音。

『ユーくん? 清掃課の人達が来たよ』

「……分かった。今出る」

 霧ヶ峰から手を離し、設えられたドアを開ける。

 開けて最初に視界に飛び込んできたのは、印象に残らない顔立ちをした作業服姿の中年男性。

「責任者は君か。負傷者は?」

「交戦中に気絶させられた生徒が一名。頭を強打したので精密検査を受けるべきかと」

「ふむ、急患が一名か。他には?」

「……死亡者が発生してます。確認したのは前衛科二年の影海幽、前衛科二年の織原美夜の二名です」

「詳細情報を」

「場所は造船所区画にある樫月交易と言う企業の倉庫内。自分の確認が間違っていなければ死亡者は六名から十名ほどかと」

「分かりました。以上の二名は武学園へ戻り次第担当教諭に報告し、武学園側から指示が出るまで待機するように」

「はい。ですが織原の意識が無いので、自分が代理に報告します」

「分かりました。総員、これより作業を開始する。一から三班は現場検証、四班は負傷者と生徒を武学園まで送り届けるように。残りの五班は死亡者の確認を。私と六班は一緒に捕縛者の護送を行う」

 淀みの無い指示が発せられ、灰色の作業着を身につけた清掃課の人達が動き始める。

「後は我々が取り仕切る。君達は武学園に戻りなさい」

「はい、それではお願いします」

 頭を下げ、清掃課の人達に連れられて汎用輸送ヘリへ二人と共に乗り込む。

 先ほどより頭痛が酷くなってきた……八代から処方された鎮痛剤を飲まないとヤバいかもしれない。

(少し目を瞑れば少しは楽になりそうか……)

 イヤーマフ越しに聞こえてくるローター音を子守唄に、次第に意識が薄れていった――


見ている方がいるとは思えませんが一応続編は執筆中です

もしかしたら違うジャンルで新しいのを出す可能性があります

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