Guns Rhapsody Ⅰ-ⅩⅠ
誰も閲覧していないとは思いますが最新話です。
残り二回にて一章終了です。
都市部・西区『湾岸倉庫区』
ヨットハーバーから少し離れた小さな商港。無数の倉庫が立ち並ぶ区画の1か所、輸入品の一時的な保管庫として『ある会社』が使用する倉庫の事務所の一室。
「ふうん……で。品物の入ったケースを盗んだ一味は武学生にあっけなく逮捕。盗まれた銃は一味に使用されて警察と武学園の鑑識行きと?」
革張りのソファに腰かけ、背の低いガラスのテーブルに脚を投げ出す白いブラウス姿の女性――霧ヶ峰楠嶺が冷ややかに告げる。
「そ、そうです……病室には武装した警備がいて迂闊に近寄れなくて……」
霧ヶ峰とテーブルを挟んで対面のソファに座る短髪の男が力無く答える。
「そんなのブチ殺して全員拉致してくれば良いじゃない。そんな簡単な事も出来ないのアナタ達は?」
「申し訳ありません……」
男の左右には強面の屈強な男性が2人腰掛け。事務所にはその他に10人程の男達が霧ヶ峰と男の会話に表情を硬くしながら耳を傾ける。
「それで……盗んだ一味は特定しているのかしら?」
「は、はい。東区の郊外の廃工場を根城にする中央連合と言う暴走族のメンバーでして……捕まえて問い質した所『実行した奴らが独断で行った』と喋りました」
「それで? 盗まれた公社の大事な商品の在り処が分かっているのに、行動していないアナタ達は何をしたいのかしら?」
「そ、それは……」
「いい事? 私は公社と組むに値するか見極めるために派遣された『監視役』であって不手際を処理する『手駒』ではないの。盗まれた理由を聞いて『ハイそうですか。私がその品物を探しましょう』と言うほど甘くは無いのよ。子供みたいに鼻水垂らして連絡を寄こすなら、威勢だけ立派な玉ナシ共に命令してさっさと捜索に移りなさい」
厳しい霧ヶ峰の一言に部屋にいた数人が殺気立ち、男の両隣に座る2人が睨み付ける。
「あら、図星突かれて逆切れ? それとも本当に玉ナシなの?」
口元を隠し、クスクスと笑う霧ヶ峰。
「言わせておけばこの女!」
霧ヶ峰の斜め後ろに立っていた組員が声を荒げ。小さな自動拳銃を懐から取り出すと、ソファに座る霧ヶ峰に銃口を向ける――が、銃口を向けられた本人は意にも介さず向けられた銃を一瞥。
「あら、故郷の銃で撃ち殺されるとは皮肉が効いてるわね……デッドコピーなのは頂けないけど」
あっけらかんとしていた霧ヶ峰の右手が突如閃き、銃を握る男の手元を通過。ボトリと湿った鈍い音を立て事務所の床に落ちる――人差し指。
予期せぬ痛みに悲鳴を上げ、拳銃を落として床に蹲る男。
「分かってもらえたかしら組長さん? 意思は見せ方によって結果が違ってくるのよ」
正面に座る男へニコリと笑みを浮かべ、血の付着した細身のナイフを指で器用に回しながらソファから立ち上がる霧ヶ峰。
「それじゃあ二日後に。結果と意思を私に見せてね?」
扉の傍にいた組員のジャケットで血を拭い取り、事務所の外へと出ていく霧ヶ峰。
「だれか包帯を持ってこい!」
途端に事務所の中が慌ただしくなり、指を失った組員の元に駆け寄る数人。
「……」
組長と呼ばれた男は騒ぎに動じず。ただ沈黙を貫いていた。
事務所の外へと出た霧ヶ峰はブラウスの胸ポケットからスマートフォンを取り出す。
「私よ、監視役の件でお話いいかしら? そうそう、都市部で活動している小さな暴力団が持ち掛けて来た提携の件……」
人気の無い倉庫街を1人歩き出す霧ヶ峰。
「提携先の組だけど――駄目ね。指示はまともにこなせないし、不祥事起こすし馬鹿過ぎるわ。掃除用にそっちから10人程『私兵』を送ってくれない? 厄介な武学生からマークされちゃって私1人じゃちょこっと手に余るのよ」
髪を指で弄りながら霧ヶ峰は喋る。
「軽武装でいいわ、まともに銃の構え方も身につけていない素人だし――ああ、セーフハ
ウス? そうねえ……適当に見繕っておくから到着したら連絡して。それじゃあ」
耳から離され、胸のポケットに戻されるスマートフォン。
「……さてと、都市部のバー巡りでもしちゃおうかしらねー」
呑気な呟きは行き違った車両のエンジン音にかき消されていった。
――日夜稼働している臨海工場地帯からさらにへ東へ進むと、その『廃工場』はあった。
大小様々な鉄骨に支えられ、無数のパイプが複雑に絡み合い空高く建ち並ぶ三つの大きな予熱装置。敷地内に存在する巨大な貯水タンクや、建物のトタン屋根は雨風と潮風に色褪せ。セメント粉末を貯蔵していた倉庫はいまや更地と化し、外の敷地は雑草と不法投棄で荒れ果てていた。
廃工場の敷地内。かつては作業員の休憩所として使われていた小さな建物の手前には中型のバイクだ数台程停められていた。
「いててて……腕がメチャクチャ痛いんだけど」
「お前はまだマシだろ。シズちゃんなんて鼻が曲がったから病院に行ったぜ?」
「マジかよ。凶暴過ぎんだろあの女」
窓際で紫煙をくぐらせながら雑談する3人の若者。
「どうするよ。やられっ放しじゃあ示し下に示し付かないぜ俺達」
「そりゃあお前、あのガキにお礼参りするしかないだろ……俺はやるぜ?」
「俺も賛成。あのガキの顔面に一発ボコんねえと怒り収まらないわ」
すると、部屋の端で静かにパイプ椅子に腰かけていた若者――中央連合のリーダーが立ち上がる。
「お前ら……今から出来るだけ中央連合のメンツ集めろ。あの糞ガキとアマ探し出してぶっ潰すぞ」
足元に置かれていた銀色のケースを手に取り、部屋の中央にある机の上にケースを置く。
「ソレ使うんスか!?」
「相手は武学生っすよ!」
ケースの中身を知る者は驚きの表情を浮かべ。知らない者は何事かと疑問を浮かべる。
「武学生だから使うんだよ」
リーダーにより開かれたケースには――無数の緩衝材と数丁の銃が収められていた。
都市部・中央区繁華街
時刻は午後6時を過ぎ。
酷使した喉を擦りながらカラオケ店から出ると、中央区の繁華街は人でごった返していた。
居酒屋の呼び込み店員や帰宅途中の会社員、私服に身を包んだ学生らしき集団、中央支部の武学生、派手な装いの女性……と様々で。街灯と看板の明かりで色付いていた。
――臨海公園を出た後、美夜の説明を聞きながら都市部の5区間全てを徒歩で移動。中央区に戻って来るやいなや美夜と暁を先頭に買い物&店回りが開始され。財布の中身は1時間と経たずに札が全て消え去り、残るは帰り賃と非常用の千円札1枚となってしまった。
そして、何を思ったのか『カラオケ行こうよカラオケ!』と美夜が提案し、嫌がる自分と暁は捕まえられてカラオケ店に強制連行。ローテーションやデュエットを駆使して、3時間と言う超長丁場を何とか乗り切ったのだった――
「3時間ぶっ通しで歌うのはキツ過ぎるだろ……」
「ゴホッゴホッ……喉アメか何かを持っておらぬか影海……」
暁の疲労困憊した表情。
「アッハッハッハ! 次はどこにハシゴする2人共?」
美夜がハイテンション気味に前を歩く。
「過労死してしまうだろ」
「私はもう満足だ……これ以上は勘弁してくれ」
繁華街の通りから南区の駅へと続く大通りに出ると、のんびりとしたペースで歩みを進める。
「それを遊び疲れって言うんだよカナちゃん! 少し偏り気味な休日だったかもしれないけど……こう言うのも悪くはないでしょ?」
満面な笑みを浮かべた美夜が暁の表情を伺うと――
「……まあ、悪くはなかったな」
少し恥ずかしいのか微妙に視線を外した暁が口元を緩め、小さく肯定する。
「ウェッヘッヘッヘ……可愛い顔しちゃってぇ! カナちゃんてば乙女ぇ~!」
破顔した美夜がニタニタと笑みを浮かべながら暁の脇を肘で突っつく。
「な……! 笑うな!」
微笑ましい2人のやり取りを眺めていると――
夜の都市部に爆音を撒き散らしながら、数台のバイクが蛇行運転と幅取りをしながら低速で大通りを走ってゆく。
「なんだ……?」
道路を占領するように走ってゆく無数のオートバイ。明らかに違法な改造しているのが多く、中には金属バットや短い鉄パイプを持った者までいる。
「うーん……嫌な予感がするのは私だけ?」
「奇遇だな、私も同じだ」
穏やかな雰囲気から一転。武装した犯罪者と対峙した時の様な鋭く剣呑な空気が2人の周りを漂い始める。
「おいおい、ここは素直に警察へ任せようぜ。2人でどうこう出来る規模じゃないぞコイツは」
後ろに続くヘッドライトの数は明らかに自分達の倍以上はある。
「治安維持も武学生の一環ですぅー」
ド正論を言う美夜が下から頬をグリグリと指で刺して来る。
「織原の言うとおりだぞ影海。武学生は眼前の事件を解決する義務がある、例えそれが瑣末な事件でもだ」
「そりゃあそうだけどよ……」
美夜の手を払いのけながら暁の言葉に答える。
「よし、それじゃあ早速行ってみよー!」
エナメルバッグを地面に落すや、スカートを翻して無数のオートバイが走る車道へと美夜が飛び出す。
飛び出してきた美夜に驚いた黒色のCB400SFが急ハンドル。低速だったお陰か接触寸前の所で停止。その後ろを走っていた後続車が予期せぬ事態に次々と停まってゆく。
「死にてえのかテメエ!」
積んでいた鉄パイプの先端を地面に叩きつけ、怒鳴り声を上げる運転手。さらに後ろから続いていた一団が次々と停まり始め、あっという間に道路の半分が大量の後続車で通行止めになってしまう。
手前の数台からゾロゾロと六人程が降りてくる。
「何だよ急に止まるなっつうの事故りかけただろ」
「うおっ! 女の子じゃん!」
「誰だよこの子? 中学生?」
たちまち数人の暴走族達に囲まれてしまう美夜。
「つーか何で停まってんだよお前。列乱したらヘッドにボコられるぜ」
「コイツが歩道から突然飛び出して来たんだよ!」
「は? どう言う事よそれ」
「キミ、どこの学校なのかなー? 子供はお家に帰る時間ですよー?」
赤い半キャップを頭に乗せたプリンカラー頭の1人が美夜の手前でしゃがみ込み、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべる。
「すっげえ気持ち悪いな! その内コイツ捕まるんじゃねーの!?」
「中学生に手エ出すのはヤバ過ぎんだろ! 警察に通報すっぺ」
下卑た大きな笑い声がこちらにまで聞こえてくる。
「ああ……それ以上煽るのは止めた方が……」
しかし、自分の警告が聞こえるはずが無く。
美夜の手が無造作に動いて正面の男の顎を掴むと――一気に手前へと引いた。
「不正改造車の公道走行、蛇行運転等の共同危険行為、騒音運転、装具未着用の道路交通法違反、都市部条例違反、鈍器等の凶器所持……全員免許取り消し確定。それと、凶器所持で現行犯ね」
聞こえてくる低い美夜の声。
「お、おえお(俺の)あおあ(顎が)……!」
呂律の回らない声を上げ、力づくで外された顎を押えるプリンカラー頭。
「なにしやがる!」
最初に突っ掛かった1人が美夜の肩口めがけて鉄パイプをスイング。とっさに右腕を盾にして防ぎ、肉を殴りつける鈍い音がこちらまで聞こえてくる。
「これで正当防衛成立ね?」
止めた鉄パイプを腕力に物言わせて奪い取り、男が反応する間も無く一瞬で足元をすくい上げて地面に叩き伏せる。
予想外の出来事に反応が遅れた他の面々が慌てて対応し始める。
「このガキ!」
「やりやがったな!」
「誰か先頭のヘッドに連絡しろ! 武学生が出たぞ!」
美夜を囲み始める数人の外側。ブルーのXJR400Rに跨っていた1人が発進しようとアクセルを絞ろうとした瞬間――
「行かせん」
いつの間に飛び出していたのか。暁が発進しようとしていたオートバイの前輪にマチェットを叩き込み、即座にタイヤを切り裂く。
「うおっ!?」
「2人目だ! 囲んで動きを封じろ!」
路上で開始される捕り物劇に周囲にいた通行人がザワザワと騒ぎ始める。
『何の騒ぎ?』
『暴走族だってさー』
『何これドラマの撮影?』
『うわ! あの女の子刃物持ってるじゃん!』
『おい、誰か警察か武学園呼べ!』
呆れるほどの危機感が皆無の人や、携帯電話やスマートフォンで動画を撮り始める人。中には慌てて警察に通報しようと電話を掛け始める人もいるが、渦中の中心が2人の武学生だと言う事に気づくとスマートフォンを耳から離し、呑気に動画を撮り始めてしまう。
(国民性と言うか何と言うか……)
しかし、放ったままだと二次被害が出てしまう可能性があるので観客は退避してもらう。
「武学園です! 危険ですので離れてください!」
バッグから手袋を取り出して両手に装着、懐から学生証を取り出し。掲げながら呑気に騒ぎを眺める通行人の皆さんをやんわりと追い払う。
誘導しながら路上を見れば、美夜が12人目を地面に投げ捨て。暁が9人目をマチェットの峰でテイクダウンを取る。
僅かだが少しずつ2人を囲むように位置取りし始めてゆく暴走族の一団。
(妙に統率が取れているな……このままだとジリ貧で捕まりかねんぞ)
何かないか辺りを見渡し――
「あ」
停まった後続車の一団から出て来た金髪の男――『中央連合リーダーの高橋先輩』こと『高橋リーダー』と、思わず目が合ってしまう。
「テメエは昼間の!」
大声を張り上げ、こちらを指差してくる高橋リーダー。
足元の荷物を担いで即座に全力で走り出す。2人を囲み始める輪の薄い部分に肩から突っ込み、無理矢理と中心へ飛び込む。
「逃げるぞ2人共!」
美夜のバッグに暁の荷物を突っ込み、美夜に投げ渡しながら叫ぶ。
「マジで!? どうやって逃げるのさ!」
「拝借するしかないだろう!」
自分の案に気付いた暁が反対車線側の方へ走り出し。近づいて来る暁に動揺した輪の一部を拳と蹴りで突き破る。その隙に包囲網の外へ抜け出し――道路の中央線寄りに停められていた黒色の750RSに跨る。
小柄な美夜は前のシートギリギリの所に座り、暁が後ろに乗ると腰に手を回して来る。
「2人共掴まってろよ!」
スタンドを蹴り外し、無理矢理とスロットルとブレーキを使った180度ターン(アクセルターン)で方向転換。3ケツノーヘルと言う道路交通法に正面から喧嘩を売るような状態で夜の道路を走り出す。
「うっひょおおおお! メチャクチャ速いいいぃぃ!」
二輪車は一気に法定速度まで達し、前に座った美夜が風に髪をはためかせながらハイテンションに叫ぶ。
「東区の郊外まで飛ばすぞ! 中央連合がたまり場にしている廃工場なら撃とうが切ろうが問題無いからな!」
交通量の多い所を走るのは非常に危険なので大通りから外れ、片側二車線の道路を抜けると、東区の工場地帯へと繋がる海岸沿いの国道に出て一気に速度を上げる。
「影海! 後方から物凄い数が来ているぞ!」
「分かってるよ!」
ミラー越しに見える無数のヘッドライト。先頭を走る数台が物凄い速度でこちらに迫って来ている。
「3台近づいてきたぞ! これ以上速度は出ないのか!?」
「過積載で速度が出ないんだよ! 普通なら人数オーバーだ!」
近づいて来るエンジン音。一瞬だけ振り返れば1台がすぐそこまで近づいて来ている。
(速度が出ないままじゃたどり着く前に捕まっちまう……やるしかないな)
「……少し揺れるぞ! 一瞬だけハンドル操作は頼んだからな美夜」
ハンドルから両手を離し、即座に美夜がスロットルを握る。
「ちょっ、何するつもり!?」
「一台借りて来る。暁、俺が飛んだら美夜と運転代わってくれよ?」
「馬鹿かお主は!」
「ははっ、否定は出来ないな」
前方から吹きつける風を読みながらシートの上にしゃがみ――風に背中を押されつつ跳躍。
(ああ、これは失敗したら死ぬな)
内心冷静になりながらも、近づいて来ていた1台の上を一瞬通り過ぎ――空中で身体を捻って無理矢理とシート後ろに着地。
「ハァッ!? ハアァッ!?」
驚きのあまり気が動転しているのか。変な声が赤いフルフェイスのヘルメット越しに聞こえてくる。
「あー……驚いてる所悪いんだが少し左に寄せてもらって……コレ借りてもいいか?」
コツコツとヘルメットをノックしながら要求してみると――
「う、うっわあああぁぁぁああ!」
80近くは速度が出ているにも関わらず自ら道路に身体を投げ出す運転手。
「おいおい、大丈夫かよあの人……」
緩められたスロットルを再び絞りながらミラーで後ろを見れば、ほうほうの体で道路の左端へと転がって避難する運転手が。
「すげえなあの人……丈夫過ぎるだろ」
速度が落ちて少し距離が離れてしまった2人の後ろを追従するように走り。ライトアップされた工場地帯の拓けた通りを抜ける。東区からさらに東へと進むと、辺りの街灯が一気に少なくなり、前方に見える縦長に伸びた3本のタワーらしき物を確認する。
――どうやらフローは嗅覚、聴覚、動体視力、反射速度以外にも効いてくれるらしく。鋭くなった夜目が前方のタワーらしき物の細部をハッキリと捉える。
(ちょっと前に斎藤が熱く語っていたな……たしかあの縦長装置はセメント粉末を予熱する装置だったか?)
廃工場への出入り口を見つけたのか前を走る暁が片手でハンドサイン。
『敷地内に避難。態勢を立て直す』
『了解』
前の暁が雑草まみれの廃工場の敷地内に減速しながら侵入。奥に見える大きなトタン屋根の倉庫らしき建物へと近づき、停車。
急いで近くの大きな倉庫の中へと入り、空いた穴から外の様子を確かめる。
「ああ、随分と大層な場所を占領しているもんだ。ちょっと汚いのが頂けないがな」
倉庫の至る所に小さなゴミが捨てられており、端には不法投棄品が山積みに捨てられており一角が凄い事になっている。
「それよりどうするのさ。3人で一度に全員を相手するのはちょっと難しくない?」
「ルアー(誘き出し)か不意打ちだろうな。拓けた場所だとさっきみたいに囲まれてしまうぞ」
美夜の言葉に答えつつ鋭くなった夜目で外を見渡す。
廃工場の敷地は広く。3基の予熱機を始め、複雑に並んだ得体の知れない建物と自分達のいる大きな倉庫。他には端の小さな2階建てと廃車の積まれた一角くらいか。
「ふむ……それなら散開して各個撃破が一番ではないか? ここで奴らを引きつけて同時に逃げれば3つに勢力が分かれるはず」
「ハイリスクな賭けだな。もし全員が1人狙いだったらどうするんだよ」
「その可能性が高いのは幽だし大丈夫じゃない? 50人くらいなら幽が1人で何とか出来るでしょ」
「そんな無茶を言うんじゃない――と言いたいが、そんな余裕は無さそうだな」
自分達の通って来た出入り口から次々と数十台のオートバイが廃工場の敷地内に侵入してくる。
「よし……俺達の貴重な休日の夜が潰されたんだ、存分に暴れるぞ」
呼応するようにマチェットが抜かれ、小さな拳が打ち合わされた。
廃工場・駐車場
「くそっ、俺達の工場に逃げ込みやがったぞあの3人!」
「好都合だ! 外へ逃げられないように出入り口と周囲を何人か見張っておけ! 残りは二つに分かれて探しに行くぞ!」
中央連合のリーダーと共に敷地の中へと入る総勢30名の不良達。残りの17名は己のバイクを走らせて工場の周囲に散らばって行く。
「うおっ、真っ暗で何も見えねえ」
「誰か懐中電灯とか持ってねえのかよ、足元が全く見えねえぞ」
「持ってるわけねえだろアホ。スマホかライターで照らしとけや」
出入り口の近くで固まっていた一団がザワザワと騒ぎながら明かりを点け始めると、集団で奥へ進み始める。
「おい、俺にもチャカ触らせろよ」
「ちょ、馬鹿かお前危ねえだろ」
出入り口付近に残った5人の不良達。
呑気に煙草を吸い始め、その内の1人――白いパーカーを身に付けた男がパンツのポケットからライターを取り出すと、ベルトに挟まれた小さな拳銃――〈ブルドッグ〉が他の者の目に留まる。
「うおっ! 何だよソレ!」
日常生活ではお目にかかれない代物に興奮し始める周りの不良達。
「これ本物だろ? 初めて見たんだけど俺!」
「意外と重いのなコレ。名前なんて言うんだよ」
「たしかリボルバー……だったか? 昔、何かの映画で見たな……たしか、このツメみたいなのを倒して――」
暗い視界の中、捨てられたブラウン管テレビの上。缶コーヒーの空き缶に銃口を向けると引き金が引かれ――
乾いた発砲音が夜の廃工場に響き渡り。銃口から吐き出された.357Magnum弾が空き缶を貫き、貫通した弾丸が地面に小さな穴を空ける。
沸き起こる歓声にも似た驚きの声。漂う硝煙の臭いが不良達の感情を徐々に煽って行く。
「ヤバくねコレ! メチャクチャ気持ち良いんだけど!」
「おい! 俺にも撃たせろよ!」
「見ろよこの穴! 人に当たったらヤバい事になるんじゃね?
――騒ぐ5人から数メートル程。数台の廃車が並んだその内の1つ、大きくフロント部分が陥没したキャブオーバー型ミニバンの陰。獲物を狙う獣のように息を殺し、ガラスの割れた窓越しから一部始終を観察する小さな人影はいた。
(うわー……これはヤバい事になってきたかも……)
内心、寮の部屋に帰りたい衝動に駆られる小さな人影――美夜が心の中で愚痴る。
密輸された非正規品や国外から流れて来た粗悪品ならまだ理解が出来る。でも、先日のビルジャック犯が持っていた拳銃をどうして中央連合の不良達が持っているのか。
(考えるより本人に聞いた方が早いか……)
地面に落ちていた前輪の無い自転車を掴み上げ――真ん中の不良めがけて片手で投げつける。
「ぅぐぇっ!?」
自転車が狙い通りに男に命中、他の不良達と言えば突然の事に固まってしまっている。
(そりゃあ自転車が飛んでくるなんて普通はありえないもんねー……)
特殊警棒を使うまでも無く、残った4人の中心へと素手のまま飛び込む。
右手前にいた1人を加減して蹴り倒し、左の1人の腹部にラリアットを決めて地面に叩き伏せる。頭目がけて振るわれた木製バットを右手でキャッチ。力任せにへし折り、鳩尾に膝蹴りを入れると呆気なく気絶してしまう。
(情けないなあ!)
表情を強張らせた白パーカーが両手に構えて銃を向けて来る。
「うっ、動くな!」
素人の脅し程度でビビっていたら武学生なんてマトモにやっていける訳が無く――
「それじゃあ撃てないよ?」
「え」
間抜けな顔で銃を覗きこむ白パーカー。向けられていた銃のシリンダーを掴んで、力任せに無理矢理と取り上げる。
「えっ、あっ、あっ」
シリンダーをスイングアウト、シリンダー内の弾をエジェクターロッドで押し出してからポケットに弾を入れ、無力化した拳銃はスカートのベルトに挟まれる。
「はいそこ、逃げちゃ駄目ですよー」
腰を抜かした1人が逃げようとしていた所を足を掴んで引き戻す。
「ひいぃっ!」
悲鳴を上げて恐怖に震える姿に思わず、気まずそうな表情を浮かべる美夜。
「質問に素直に答えてくれたら何もしないよ?」
折れた木製バットを拾い上げ、さらに二等分にして適当な所に放り投げる。
「なっ、なんでも答えます! 何でもしますから……!」
何も始めていないのに、ペコペコと地面に土下座し始めてしまう不良達。
「それじゃあ質問です。この銃はどこから入手したのかな?」
怖がらせないように笑顔て尋ねてみるが、逆に恐怖心を煽ってしまい、不良達がガタガタと震え始める。
「そっ、それは仲間が盗んできたヤツで……お、俺は何もしらっ、知らないんですっ!」
「盗んだ? そこの所もうちょっと詳しく説明してくれるかな?」
拳銃を指で回しつつさらに尋ねてみる。
「リ、リーダーが詳しく知ってる! 俺はただ渡されただけなんだよ! 何も知らないんだってばぁ!」
(うーん……本当っぽいし、なんか怖がられると良い気がしないなあー……)
「そっか、リーダーさんなら知ってるんだね。ご苦労様でした」
叫ばれると厄介だし逃げられると面倒なので白パーカーの後ろに回って締め落とす。
(うーん……盗んだって事は元々の所有者がいるってことでしょ? でも、スコーピオン(Vz.61)は一般人向けのモデルじゃ無かったし……犯罪組織? いや、シロチャカを横流し出来る規模の組織と言ったら――)
「あー……意味分かんないなぁ」
思いつく可能性が全て的外れ過ぎて関係性を見いだせなく。情報が足りない余りにも『メチャクチャ』な状況に美夜は思考を放棄。
(とりあえず工場周辺にいる見張りを潰しちゃってから考えよう……うん、それがいいね)
――1人で自問自答すると美夜は新たな獲物を探すべく音も無く走り出した。
廃工場・屋外
時を同じくして廃工場敷地内。小規模な建物が無数にひしめく明かり1つ無い暗闇の一角を、十人程の不良達がゾロゾロと縦列気味に歩いていた。
「クソッ、周囲が全く見えねえぞ」
「うひぃ!? 顔に蜘蛛の巣が!」
「うぷっぇ! 何だ今の虫!?」
列の最後尾。黒地に金文字のプリントが入ったパーカーに灰色のスウェット。手にはスマートフォンと金属バットを持った黒髪の青年が画面の光で辺りを照らし、危なげに足取り前の後ろを着いて行く。
「なあ、ヤバくね俺達?」
「あ? 何だよいまさらビビったのかお前?」
青年の隣。黒地と金刺繍の入ったスーベニールジャケットを羽織り、片耳にピアスを付けた茶髪の青年が答える。
「んな訳ねえだろ。殴っぞお前」
「はっ! この間の喧嘩で負けかけた奴がよく言うぜ」
「んだよ、武学生相手にメリケンサック持って来るお前も大概だろ」
茶髪の青年の右手には金色に鈍く輝く真鍮のメリケンサックが嵌められている。
「3人の内2人が女なんだろ? 女なんて俺の顔面ワンパンで一発だろ」
ボクシングでも身に付けているのか、堂に入った動きで右ストレートを繰り出す茶髪の青年。
「いやいや、学校でタイマン無敗のお前でも無理だろ。相手は武学生だぜ? レベルが違い過ぎるって」
「セミプロ舐めんなよ? 日頃からクッソ強い奴と打ち合ってるんだぜ俺は、得体の知れない女に負ける訳ねえよ」
自信満々に語る茶髪の青年と内心怯えながら友人を諭すスカジャンの青年。
徐々に周りの景色が変化し始め――先頭が密集した地帯に差し掛かる。一帯の頭上には鉄骨の囲いで覆われた大小様々なパイプが伸び、建物と建物を繋ぐ橋のように広がっている。
ふと、青年の視界の端――頭上前方のパイプを見上げると『黒い何か』が通り過ぎる。
「あっ!」
声を上げながら咄嗟にスマートフォンの画面を頭上に向ける青年。
「どこだ!」
前にいた1人が声を荒げる。
「う、上のパイプに今……」
震える青年の一言で一行が立ち止まり、次々と頭上に光が向けられる。
「何もいねえぞ美間違いじゃねえのか」
「野良猫じゃね? 日中によく見かけんじゃん」
「光が届かなくて何も見えねえ」
青年の発見むなしく、愚痴や否定の言葉と共にあっさりと降ろされてしまう光。
「チッ……次はちゃんと見とけよ?」
青年の前を歩いていたソフトモヒカン頭が不機嫌そうに呟く。
「す、すみません……」
隠れた武学生を探すべく再び歩き出す一行――ふと、先程から隣を歩く友人の声がしない事に青年が気付く。
「おい、お前も今の……」
振り向けば隣に誰もいない。青年は暗闇の広がる後方や逆方向を見るが――友人の姿がどこに見えない。
たちまち背筋に悪寒が走り。嫌な汗が青年の手に滲み出す。
(いない!? どうして!?)
恐怖で乱れる青年の思考。心拍数が一気に跳ね上がり息が荒くなってゆく。
青年の真後ろで小さな音。勢いよく振り返るが――何も無い。
(怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!)
脳内が恐怖で埋め尽くされ――
「次はお前だ」
――囁きと共に青年は広がる暗闇へと引きずり込まれた。
闇へと引きずり込まれた事など露知らず。廃工場の奥へ奥へと進んでゆく不良達の先頭。
「……? なあ、妙に人が少なくねえ?」
「はっ? 何、馬鹿言って――」
隣の言葉に振り返る先頭の1人。見れば妙に人が『まばら』になっているような気が。
「ええと1、2、3……」
暗がりに目を凝らしながら人数を数えてゆくが――
「お、おい……ひ、1人足りねえぞ……!」
数えた不良の記憶が正しければこのグループは全員で13人。しかし、人数を数えてみれば12人しかいない。
「おい、1人足りねえぞ! どう言う事だ!?」
先頭の一言で立ち止まる不良達。何事かと全員がざわつき始める。
「は? 足りない?」
「なになにどう言う事よ、全然意味分かんねえんだけど」
「1人足りねえ? ええと1人、2人、3人……」
列の最後尾から2番目。先程、叫んだ青年に舌打ちをしたソフトモヒカン頭が確認しようと後ろを振り向く。
(うん……? ウチのチームにこんな女いたか……?)
黒いパーカーのフードを目深に被り、下には黒っぽい色のスカートを穿いた細身の少女らしき1人。ソフトモヒカン頭が自分の後ろを歩いていた仲間を思い出してみるが、女ではなく2人の男子高校生のはず。
「おい、お前そのツラみ――」
喉に打ち込まれる軽い手刀。声にならない悲鳴が口から漏れ出し、瞬く間に地面へと投げられるソフトモヒカン頭。
他の者達が異変に気付くより早く一団の先頭方向へと駆け出す謎の女。
「ぶふっ!?」
「うおっ!? 前が見えねえ!?」
放り投げられた黒色のパーカーが2人の顔を覆い被さると――片足首を掴まれて吊り上げられるように頭部から一気に引き倒される。
「武学生が出たぞ!」
「近付かれるな! 囲んで捕まえろ! こっちの方が数は多いんだ!」
姿を捉えようと慌ただしく動く無数の光。しかし、女は一団に飛び込む事無くその場で跳躍。隣接した建物の壁を蹴りつけ、数秒と経たずに建物の上に広がる暗闇へと消えてしまう。
「クソッ、どこに行った!?」
「全員バラけるな! 相手は1人だ!」
敵対勢力の集団や複数人での喧嘩を、幾度となく経験している中央連合のメンバー。中にはそう言った争い事に敏い者がいるのか、矢継ぎ早に的確に指示を出し始める。
たちまち不良達が小さな輪を作るように背中合わせになり、頭上にひしめくパイプ群をスマートフォンや携帯電話の光で照らし出す。
――しかし、不良達の予想は外れ。暗い地面から湧き出るように現れた女が1人の股の間をくぐり抜けると、握られた鈍色に輝く小さなナイフを音も無く振るう。
上腕二頭筋、広背筋、大腿四頭筋、大殿筋、腓腹筋――後遺症や生活の支障に来しにくい部分が次々と浅く切りつけられ、30秒と経たずに一瞬で地面に沈む6人の不良達。
地面に落ちた光源に照らし出される女の姿。
氷の様な冷たさを与える青灰色の瞳と、鋭さのある凛々しい顔立ち。長く伸びた艶やかな黒髪が光に反射し、暗く銀色に輝く前髪の一房。
「ふん……浅く切っただけでこの様とはなんと情けない。それでも男か貴様ら?」
痛みに呻く不良達を見下ろし、不機嫌そうに鼻息を吐くと、女――暁は廃工場に広がる暗闇へと歩き出した。
廃工場・予熱装置周辺
「注意して進め! アイツを見つけたら何が何でも捕まえろ。手足を折って海に捨ててやる……!」
下から聞こえてくる聞き覚えのある声。目を凝らして見下ろしてみれば、先頭をゆく男は中央連合のリーダーこと――高橋リーダーではないか。
(本当に『当たり』を引くとはな……)
予熱装置の支えるようにを囲む細い足場から5メートル程下の様子を観察する――
「こりゃヤベえな……マジギレしちゃってるよリーダー」
「キレると見境ねえからなー……まあ、俺達は銃持ってるし大丈夫っしょ」
「本当な! マジでヤバ過ぎでしょ、ガキ相手にチャカ持ちだすとか。さすが『中央連合の狂犬』と呼ばれるだけあるわウチのリーダー」
その後ろを適当な間隔で歩く計17人もの不良達。どう言う訳か数人が小さな拳銃と短機関銃を所持しており、迂闊に手出しが出来ない状況。
(どうして中央連合の奴らが銃なんか持っているんだよ……聞いてないぞ)
暗過ぎるため何の銃か分からない。もっと近付けば確認する事が出来ると思うが、ちょっと危険すぎる。
(だが、あちらが武装しているならこっちも武装を使用しても問題は無いな)
手袋を嵌めたままホルスターとポーチから銃と減音器を取り出す。先端のラグを外し、減音器を装着。初弾を薬室に送り安全装置はかけたままにしておく。
(弾は人数分以上あるし、亜音速弾だから減音器も大丈夫だな……さっさと片付けて部屋に帰ろう)
不良達一行が自分のいる装置の前を通り過ぎた所で黄色い落下防止柵を飛び越えようと手を付き――金属の折れる嫌な音。
「げ」
外側に身体が持っていかれる感覚。前のめりに空中へと身体が投げ出され、折れた柵と共に地上へダイブしてしまう。
フローに無理矢理と物言わせて空中で態勢をなんとか修正。地面に着地と同時に転がり衝撃を出来るだけ逃し、少しよろめき気味に立ち上がる。
異音に気付いた全員が光と銃口を一斉に向けてくる。
咄嗟に身体を投げ出し、横倒しになった貯水タンクの陰に飛び込む。無数の銃声が鳴り響き、タンクの端部と地面が銃弾でズタズタになってしまう。
(危なっ!)
安全装置を解除しつつその場から移動。素人とは言えど、1人対多数で正面から打ち合うのは歩が悪過ぎる。
地面に伏せ――陰から飛び出してきた2名の片脚が重なった瞬間を撃ち抜き。情けない悲鳴を上げながら地面に倒れる。
(どうかショック死だけはしないでくれよ……!)
銃を口に咥え、空のドラム缶を踏み台にして頭上に伸びるパイプを囲む鉄骨の一部にしがみ付く。
「散らばらずに3人組で奴を探せ! どうせ武学生は殺人が出来ねえんだ、半殺しにしちまえ!」
下から聞こえてくる恐ろしい怒声に軽く恐怖しつつ、倒れた仲間を助けようと近付いてきた3人組。
(これだから加減できない素人は嫌いなんだよ! 少しは頭を使ってくれよ)
脚で身体を支えながら手を離して逆さにぶら下がり、反転した視界の状態で3人の脹脛を撃ち抜く。
半回転して地上へと降り、予熱装置とは逆方向の白い建物が狭い感覚で並んだ方へと全力で走り出す。
「あそこだ!」
背中に浴びせられる叫び声と同時に跳躍。壁を蹴って上がり、地面と平行するように反対側の壁を伝うパイプ群を蹴ってさらに上へと跳ぶ。
壁の突起を掴んでさらに登り、地上から5メートル程高い屋根の上に到着。屋根の端から急いで離れる。
「猿みたいに跳び回りやがって! この小屋を囲んで撃ち落とせ!」
屋根の端部が銃弾で弾け、破片がパラパラと飛んで来る。
(随分と威力の高い弾だな……!)
近付いて来る無数の足音。口から銃を取って立ち上がり、隣の屋根へと前宙しつつ跳躍。
空中から下の3人の片脚を撃ち抜いてを一気に無力化。転がりながら屋根へ着地、不良達のいる反対側の地上へと降りる。
――ちょうど真下にいた1人を下敷きにして着地、残るは3人の不良。
内1人が――どこかで見た事のある――小さな回転拳銃を手にしており、こちらめがけて銃口を向ける。
フローで強化された反射神経で咄嗟に銃口を指先で払い逸らし、真横を銃弾が掠める。交差した腕で銃を保持し、目の前の大腿を撃ち抜き無力化。
倒れた不良の右横から果敢にも突っ込んで来た1人が金属バットを振るって来るが――身体を後ろに逸らして鼻先を通過。振りきって無防備になった大腿に1発撃ち込む。
「舐めんなっ!」
倒れる仲間に目もくれず、腹部目がけて薙がれる細身の折り畳みナイフ。防刃性に物言わせて切りつけをあえて受け、驚いた所で顎に掌低を一発打ち込み昏倒させる。
「いてて……変に食い込んだじゃないか」
建物を迂回して近付いて来る無数の足音。地面に落ちた拳銃を拾い上げ、足音のしない方向――廃工場の奥へと走る。
(残り5人……一気に片付けるしかないぞ……!)
息を切らしながら正面に見えて建物の開かれたシャッターをくぐり抜け、中に飛び込む。建物の中は広くトタン製の壁や屋根の所々には穴が開いており。セメントの製造に使用されていたのか大きな機械類が鎮座している。
機械類の隙間を抜けて壁際の適当な機械の陰に隠れると、空になりかけた弾倉を交換してから、先程奪って来た拳銃を確認する。
「おいおい……どうして『コレ』を中央連合の連中が持っているんだよ……!?」
携帯電話の画面の光で照らしだされる黒色の小さな回転式拳銃――〈ブルドッグ〉
普通の回転式拳銃より一回り小さいサイズと人差し指程の短い銃身。シリンダーをスイングアウトしてシリンダー内を確認してみれば弾は一発しか撃たれていない。
(どうしてビルジャック犯と同じ銃を奴らが持っているんだ? 中央連合はビルジャック犯の連中と何かの繋がりがあるって言うのか……?)
携帯電話を落ちないよう制服の内ポケットに仕舞い、弾を抜いたブルドッグ拳銃をベルトに挟んでおく。
(自分のいる壁側と反対側。シャッターの方向から近づいて来る――5人分の足音。
「隠れてないで出てこいクソガキ!」
アクション映画に出てくる小物な悪党の言いそうなセリフが建物内に響き渡る。
(もう少しマシなセリフなら格好が付くんだがな……)
弾倉を交換しつつ機械の陰から向こうを覗き見れば、近付いて来る小さな光が5個。自分達の位置を自ら教えてしまっているのに気付いていないのだろうか?
機械の陰から陰へと移りつつ5人の左横へ回り込むように移動する。数メートルと離れていない間近を5人が通り過ぎる。
膝立ちから3発。銃を持った2人の手首を打ち抜き、ナイフを持った1人の脹脛を撃ち抜く――
突如、後――こちら側へと向けられる小さな光。断続的な銃声が耳朶を打ち、眩い発砲炎が建物内を照らし出す。
咄嗟に真横に飛んで機械の陰に飛び込み、吐き出された弾丸が真横の機械にぶち当たる。
(危なっ!? 短機関銃……Vz.61かよ!)
完全に頭から抜け落ちていた。ブルドッグがあると言う事はもう1つの銃がある可能性は十分にあったのだ。
「――クソッ! 何だよコレもう撃てねえのか!? 使えねえ!」
毒づく中央連合のリーダーの声。こちらの方向へとスコーピオン(Vz61)を投げつけて来るが、的外れな方向で意味は無い。
機械の隙間を縫って飛び出し、残りの2人へと飛びかかる。
1人目の右膝の関節部分を外側から蹴り付け、体勢が崩れた所で鳩尾に膝蹴りを叩き込んで無力化。
「クソガキ!」
銃口を向ける間もなく怒声を上げた中央連合のリーダーがナイフを構え、顔面を狙ったコースで小振りに切りつけて来る。
「人に刃物を向ける……なっ!」
暁や他の奴らに比べれば遅い速度。突かれた刃に合わせて左手で往なし、腕に右手を押しつけて一気に外側へと相手の体勢をずらす。
呆気なく地面へと倒れる中央連合のリーダー。
即座に顔面へと銃を向け――
「動くな。銃砲刀剣類所持等取締法違反および道路交通法違反の罪で逮捕する」
――短いようで長く感じた騒ぎが幕を閉じた。
「ああんもう疲れたぁー! もう動きたくなーい!」
男子寮に帰って来るや靴を脱いだ美夜が廊下のフローリングに寝転がる。
「どうせ寝るなら風呂入ってからにしろ」
「えっ……もう幽のエッチぃ」
気持ち悪く身体をくねらせる美夜をスルーし、私室へと入ると着替えるためにドアを閉める。
「まったくもう……シャワー借りるからねー?」
ドアを貫通してくる騒がしい美夜の声。近所迷惑なので夜中の9時以降は叫ばないでほしい物だ。
(はあ……今日は散々な目に遭ったな……)
――あの後。都市部の警察署に通報し、数分と経たずにやって来た数十人の警察官に無力化した中央連合を丸投げして武学園へと戻って来た。
捕まえた中央連合のリーダーは美夜と暁が懇切丁寧に尋問(脅し等)を行い、様々な情報を聞き出す事が出来た。
(まさかビルジャック犯が中央連合のメンバーだったとは……色々な意味で有名になるんじゃないかあの連中)
真偽は確かではないが銃器を入手した場所を聞き出す事が出来たし、中央連合のメンバーが『都市部で活動する犯罪組織の構成員に銃の事で問いただされた』と言う非常に重要な情報も入手する事が出来た。
(犯罪組織絡みか……これ以上は警察や武学園の上級生に任せよう……うん)
部屋着に着替えてからホルスターと手袋を机の上に置き、ブレザーとスラックスを軽くブラッシング。
「いてて……少し無茶し過ぎたか」
脳の内側からハンマーで小突かれるような鈍い頭痛。机の引き出しから鎮痛剤(八代処方)の入ったピルケースを取り出し、ポケットに入れると私室から出る。
「明日は筋肉痛になりそうだな……」
背骨をバキボキと鳴らしながらリビングのドアを開けると――暁がソファに横たわって寝てしまっていた。
猫のように身体を僅かに曲げ、静かな寝息を立てている。
「……まあ、今日は散々だったからな……仕方がない」
ドアを静かに閉めて廊下にある共用倉庫のドアを開ける。共用倉庫は二段構造になっており、下段には備品である小型掃除機や他の道具類。上段には代えのベッドシーツや上掛けを収納する段があり、未使用の毛布の入ったケースから1枚取り出しドアを閉める。
五月とは言え何も無い状態で寝るのは少し酷なので、静かに寝息を立てる暁に毛布を掛けてやる。
(やれやれ……こう言う所は普通の女子なんだがなあ)
――暁の小さく静かな寝息がリビングを満たして行った。
次話は一週間以内に出せれば出しますん