Guns Rahpsody Ⅰ-Ⅹ
お ま た
暁と共に踵を返して走り出す。
慌てて後ろから追って来る不良の皆さん。
「とりあえず外に出るか」
「うむ。だが、あそこまで低俗な人間がいるとはな……非常に不愉快だ」
適度に距離を取りながら追って来る不良達を見る。後ろからはヤンキーのお兄ちゃん、高校生の順番で来ており。内数人が携帯電話やスマートフォンでどこかに連絡をしている。
「おっと、さらに増えそうだぞ俺達を追う人間」
「ふん。どうせ同じグループの仲間にでも応援を入れたのだろう、何人増えようが叩き伏せてやる」
露骨に不機嫌な表情を浮かべる暁。
「頼むから素手の一般人に刀剣類は持ち出すなよ」
「抜くわけが無いだろう。私の大切な刃物が汚れるのはゴメンだ」
人混みにカチ合うのは避けたいので利用する人の少ない階段の方へ。3段飛ばしで降りながら、後ろから気丈にも追って来る不良を確認。
「さてと、逃げる方向だが……このままだとビル裏にある小さな通りに出る事になるな」
「近くに空き地や公園はあるのか?」
「小さな公園があるな。まあ、あの数を相手する余裕は十分にあるぞ、追加要員がどれくらいかは分からないが……」
「どうせ2、3人か5人程度だろう」
「……いや、それ程度じゃ無いと思うぞ」
階段の踊り場で上階の様子を窺いながら暁の言葉を否定する。
「なに?」
「あの『高橋先輩』の顔に見覚えがあるんだよ……俺の記憶が正しければ都市部で活動している暴走族のヘッドで、中央支部のブラックリストに載っていたはず。まあ、危険度は全く無いけどな」
少し感心したような暁の表情。
「よく憶えていたな」
「いやー……今時、日本で暴走族なんて珍しいからさ。記憶に残っていたんだよ」
自分の記憶が正しければ都市部の近隣地域に存在する暴走族の中では小規模で、たしか広域暴力団との繋がりは無かったはず。
「――それでだ、トップに膝蹴りを叩き込んだと言う事は一つの暴走族チームに喧嘩を売った事になる。そうなると後は簡単に想像がつくだろ?」
「間違い無く下の木っ端を連れて私達を潰しに来るな……ちなみに構成員は何人ほどなのだ?」
今後の事態がどう転がって行くか察知した様子の暁。
「喜ばしい事に構成人数はたしか40人ギリギリだ。さすがに全員が追って来るとは思えないが……」
1階に到着。すぐ近くの出入り口からビルの裏手へと飛び出る。ビル裏の道路は表通りの道路より細く、品物の搬入をするトラックや路上駐車する無数の来るまで道路の半分程が車で占領されている。
遅れて出て来る不良達。全員が息を切らせており、高校生が3人ほど少ないのは途中で脱落したのだろうか?
「テメエら……馬鹿に、しやがって……俺達が誰だか……わかっ、分かってんだろうな……!」
苦しそうに呼吸を荒げ『高橋先輩』が格好付かないままこちらを睨んで来る。
「東区の廃工場でドンチャン騒ぎしている……『チューブ連合』だっけ?」
「『中央連合』だ! ナマ言ってんじゃねえぞガキ!」
鼻にピアスを付け、髪の毛を赤っぽく染めた一人が敵意むき出しに叫ぶ。
「そうそう『中央連合』だった。それで、トップの『高橋先輩』とその皆さんは自分らに一体何の用ですかね?」
近くにいた他の一般人がそそくさと逃げ出し、野次馬根性のある何人かはスマートフォンや携帯電話で撮影なんかをしている。
「いい加減にしろよ糞ガキが……!」
ボクシングか何かの格闘技でもやっているのか、拳を構えて距離を縮めて来る鼻ピアス。
真面目に相手するのも馬鹿らしいので、不良に背を向け公園の方へと走り出す。
「待てガキ!」
路駐していた自動車のボンネットへ飛びこむように身体を投げ出し、一瞬だけ手を付いた足を浮かせたまま一気に飛び越える。
「追え!」
後ろから浴びせられる怒声。
「あれは完全にキレているな……どうする暁?」
隣を走る暁に尋ねる。
「全員叩きのめして拘置所行きだ。折角の休日を邪魔しおって……」
「まあまあ、怒ると眉間にシワが出来るぞ」
前を向けば前方に小さな公園――中央区第五公園が見えて来る。後ろから諦めずにしつこく追って来る不良達を確認してから中へと誘い込むように入る。
「5分以内だ。さっさと片付けてショッピングに戻るぞ」
「おいおい、暁みたいに格闘戦は得意じゃないんだよ俺は」
「嘘付け、私を組み伏せた者が何を言うか」
背負った鞄を近くのベンチに起き、肩を回して軽く慣らしておく。
「まさか2日連続で更生活動とはな……」
そして、少し遅れて公園に駆け込んで来る不良達。
「はぁ……はぁ……! 馬鹿に……しやがって!」
ざっと数えて人数は13人。撃ち5人は先日の高校生達なので脅威数にカウントする必要は無いだろう。肝心なのは危なっかしい凶器類を取り出している残りの8人。
突起の付いたメリケンサックや刃渡り10センチ程の折り畳みのナイフ。中には伸縮式の特殊警棒を取り出している者までいる。
「糞ガキは半殺しにしろ。アマは捕まえて撮影会だ」
下卑た発言にに青筋浮かばせ、犬歯を見せてギリギリと歯ぎしりする横の暁。
「あ、暁さん……! 真っ昼間から刃傷沙汰は止めてくださいよ!」
あまりの恐ろしさに敬語になってしまう。
「影海は手を出すな……貴様ら全員病院送りだ」
最終通告を不良達に言い渡し、構えもせずにズカズカと不良達の方へと進み出す暁。
「ナマ言ってんじゃねえぞアマぁ!」
メリケンサックを嵌めた金髪の男がボクサーの様に拳を構え、暁へと挑みかかるが――
瞬間、男の顔面に膝がめり込んだ。
「は……?」
一応は武学生である自分の目でも追いつけない程の早業。
唖然とする不良達。男が地面へと崩れ落ちるより早く、散開する前の固まった不良達に暁が襲いかかる――
(こ、こええぇ……)
今まで見たショッキングシーンの中で上位に食い込む凄惨な光景が目と鼻の先で繰り広げられる。
警棒を振る不良の右甲を裏拳で打ち据えると手放された警棒を掴み、逆に利用して手首に絡めると一気に地面へと不良をねじ倒す。
不意を突くように横から迫る暁の腹部を狙った蹴り。しかし、暁は蹴りを放った不良の股下を這うように一瞬でくぐり抜け、後ろから軸足を払って蹴り倒す。
「女1人に何やってやがる! 囲んで動きを抑えろ!」
高橋先輩――もとい中央連合の副リーダーがナイフを片手に叫び。残りの不良達が一定の距離を取って暁を囲み始める。
(頃会いか……)
囲まれた本人は全く気にしていない様子だが、そろそろ収拾をつけたほうが良いだろう。公園の外に騒ぎを聞きつけた近隣の皆さんが集まって来ているし。
腰のホルスターから抜いた安全装置のかかった銃を頭上に向け、携帯電話をポケットから取り出して耳に当てる。
「――たった今警察に通報した! 今すぐ逃げないと全員拘置所送りになるぞ! それとも、年下の女子に負かされて仲良く皆で捕まりたいか?」
一斉に集まる視線。見えるようにわざとらしく銃を揺らすと不良達が顔色を変える、
「なんだ逃げないのか? このまま警察に捕まりたいのかお前ら。俺は武学生だから警察に一言喋れば、全員をブタ箱にぶちこめる事も出来るんだぞ!」
最初に高校生達がフェンスを乗り越えて一目散に逃げ出し、数人の不良が倒れた仲間を引きずって同じように逃げ出し始める。
「……テメエ!」
「た、高橋さん。俺達も逃げねえとヤベえっすよ……!」
残るはリーダーと茶髪の不良。
「逃げないのか? それともあんた達が相手するのか? さすが中央連合のリーダー様だな」
こちらを睨みつけて来る副リーダー。ガン飛ばしなら柊と犯罪者共で鍛えられているから何とも無いね。
「……チッ。そのツラ憶えたからな!」
映画の悪役みたいなセリフを吐き、駆け足にフェンスを乗り越えて逃げ出す副リーダーと茶髪の不良。ビルの間を走ってゆく後ろ姿を見届け、完全にいなくなったのを確認する。
「フーッ……あいつらが素直(馬鹿)でよかった……」
ため息を溢しながら銃をホルスターに収め、携帯電話をスラックスのポケットに突っ込む。
「やってくれたな影海。水を差しおって」
なぜか不機嫌な表情の暁が詰め寄って来る――ちなみに、暁は自分より少し小さいので青灰色の瞳が睨むようにこちらを見上げて来る形に。
「無血解決で済んだからマシだろうが。ほれさっさとここから離れるぞ」
置いた鞄を背負い直し、むつけ顔の暁を連れて公園を出る。不良達が逃げて行ったのは東区方向とは逆の西区方向へと小走り気味に歩き始める。
隣を歩くふくれっ面の暁がジッと睨んで来る。
「なんだよその目は」
「……」
無言の圧力を無視しながら中央区の中心地に出ると、西区へと通じる大通りに合流し、歩くペースを落とす。
「……」
歩きながら器用に靴を小突いて来る無言の暁。
「そんなに不満なら中央連合の『たまり場』を教えてやる。あいつらは東区の工場地帯のさらに奥へ行った所にある廃工場で、毎日のように二輪を乗り回している。俺は止めないから夜にでも存分に暴れてこい」
不良とはいえ40人もの相手をするのは流石の暁でも無理だろう。ここは諦めてもらうしかない。
「あのような雑魚共と相手するなら、お主と手合わせした方が有意義だ」
「俺は嫌だぞ。そう言うのは美夜か他の奴に頼んでくれ」
――西区へと伸びる大通りは店数が少なく。小さくも豪華な邸宅や小洒落た小さな服屋、家具や小物を一緒に取り扱う個人の店、オープンカフェ等と言った閑静な物。
「――つうか、猫みたいにすばしっこいよな暁って」
猫と言っても暖かい家で買われる愛玩用の可愛らしい猫では無く、厳しい大自然の中で暮らす獰猛で凶暴な山猫の方だが。
「何だそれは。褒めているのか? それとも貶しているのか?」
僅かに眉をひそめて口をへの字に結ぶ暁。
「素直に褒めているんだよ。実戦で『股抜き』する奴なんて始めてみたぞ」
言葉を返すや表情が一転。口元を緩ませてどこか恥ずかしそうに表情を和らげる。
「……ふむ……まあ、なんだ。日頃の鍛錬による賜物だ」
(うわあ、物凄く分かりやすいな……)
「あの身軽さは一体何をしたら身に着くんだよ。美夜以外であんなに動ける人間は初めて見るぞ」
「力の使い方。それと、最小限で効率的に筋肉を使うよう意識する。以上の二つだ、慣れると無意識で出来るぞ」
「理解しても身体が追いつかねえよ」
やはりSクラスの武学生は人間を辞めている。
「そう言うお主も大概だろう。投げたマチェットを掴んで受け止めるなど普通の人間の動体視力では不可能な芸当だぞ」
「そりゃあアレだ……『人間、頑張ってみれば出来る』だ。もう二度とやりたくないよあんなの」
「答えになっていないぞ」
――突如、暁の手にした鞄からくぐもった電子音が鳴り響く。
「む……」
暁がスマートフォンを取り出し、画面を一瞥すると画面をタッチして耳に当てる。
「織原か」
どうやら電話の主は美夜らしい。手首の腕時計で時間を確認してみれば、ちょうど選択科目の授業が終わって5分も経っていない。
「うむ、うむ……分かった。我々はそこで待っていればいいのだな? ああ、影海に伝えておこう……では」
通話が終わり鞄にスマートフォンを戻す暁。
「それで美夜はなんて?」
「今から武学園の車両を相乗りしてこちらに向かうそうだ。待ち合わせ場所は臨海公園の東口らしい」
「あそこか、ここの通りを真っ直ぐ行けば着くぞ」
暁と共に通りを再び歩き始める。
「臨海公園とはどのような所なのだ?」
「西区の住宅区と中央区の境にある大きな公園だ。西区の住宅区が広がる山の斜面にあるんだが、とにかく広い」
「ほう、それほどに大きいのか」
「遊歩道と噴水広場、遊具のある以外は全部野山だからな。利用する人も子連れかご老人しか立ち寄らないから年中静かだぞ」
「……すると、多少騒いでも迷惑はかからないと?」
「多少はな。さすがにドンパチしたら通報されるが……何か妙な事をする気じゃないよな……?」
「単に聞いただけだ。人の目が少ない所は犯罪が起きやすい、しかも人が滅多に立ち寄らず、視界の拓けていない所だとなおさらだろう――」
少し呆れた表情を浮かべ、犯罪心理の基本中の基本を語る暁。
「――だが、人目に付きたくない事をするには打って付けの場所だがな」
突如、暁が腕に抱き付いて来ると息のかかりそうな距離まで顔を寄せてくる。
「な、なな何だ……!?」
暁の身体は予想外に柔らかく、僅かに弾力のあるアレの感触やナイフシースの堅い感触が腕に伝わって来る。口から漏れる吐息が耳をくすぐり、甘い花のような香りが一層強くなる。
(ヤバいヤバいヤバい! 何が起きてるんだ! 落ち着け落ち着け! コイツはSクラス! コイツはSクラスの武学生……!)
一気に脈拍が跳ね上がり、顔の温度が上がっているのが分かってしまう。
「止まるな、このままで歩くぞ」
暁が耳元で囁き、腕を引かれて危なっかしい足取りで歩き始める。
「いっ、一体どうしたんだよ突然!」
顔を向けると下手したら接触しかねない距離なので、正面をひたすら凝視する。
「尾行だ」
「は?」
「だから尾行だと言っている。難聴が始まったのかお主は?」
「い、いつからだよ……! あと腕に引っ付かないでくれって、近過ぎる!」
「尾行だと確信したのは電話の最中だ。中央区の街中を出てからずっとだぞ――それと、近いのは読唇防止のためだ」
真面目に返してくる暁。歩く振動で腕に伝わってくるアレ(胸)の感触が強烈に伝わってくる……ヤバい、今までで一番刺激が強すぎるぞ。
「な、何で尾行されなきゃいけないんだよ」
「思い当たるフシが多すぎて逆に特定が出来ん」
「そこまで多いのかよ」
(そんな事より腕の危険物をどうにかしてくれ、まともに考えることが出来ん)
どうやらこう言う緊張でも自分はフローに入ってしまうらしく。徐々に感覚がフロー時の鋭敏な物になってくる。
(冷静になるんだ……深呼吸、深呼吸だ。出来るだけ腕の感触は考えるな)
普段から張り付いて来る美夜やニアでこう言う類は慣れているかと思ったが――よく考えたらあの2人の体型は『女子』と言うより『女子小学生』辺り。
本人達には少し失礼だが、暁ほどアレの『量』……と言うか『規模』は少ないし、今のように半パニック状態に陥った記憶が無い。
(チクショウ……なまじ綺麗だから困るんだよ。もう少し地味めでもいいじゃないかよ……!)
「尾行されたまま人目の少ない公園に入りたくない。次の曲がり角で待ち伏せするぞ」
「お、思いすごしだったらどうするんだよ」
「何度も尾行されいたから分かる。これは経験上の勘だ」
そうこうしているうちに左へ曲がる細い路地へと差し掛かり――暁に引きずり込まれるように路地へと入る。
「念のため銃を抜けるようにしておいてくれ」
暁が腕から離れ、スカート下から黒く艶消しされた細身のナイフを抜くと、一瞬で袖の中にナイフを隠してしまう。
一応、制服の前のボタンを外しホルスターから銃を抜きやすいようにしておく。
嫌な沈黙が続き、鋭くなった聴覚が曲がり角の向こうから近付いて来る足音を捉える。
(男物の革靴、歩き方に癖は無し……)
そして、角を曲がって出てきたのは――灰色のスーツに身を包んだ一人の男性だった。
(おいおい、この人が俺達を尾行してきたって言うのか……?)
背丈は自分より少し高く体格は比較的良い方、歳は三十代前半辺り。くすみかかったブロンドの髪は短く整えられ、黒フチの眼鏡が印象に残る。柔和な笑みを浮かべた顔はヨーロッパ圏北欧寄りの顔つきで、手には革製の高価そうな鞄が握られている。
(――間違いなく吊ってるな……左脇か)
すると、男性が警戒もせずにスーツの内側に手を入れ――名刺を取り出す。
「これはどうもお初にお目にかかります。私、フィンランド大使館で外交官を務めておりますエルッキ・ハーヴィッコと申します。尾行に関しては職業上の癖と言いますか……」
ニコニコと笑みを浮かべながらこちらに近づいて来ると、両手で名刺を差し出してくる謎の男性――エッルキ氏。
「こ、これはどうも……」
予想外の行動に戸惑いつつペコペコと頭を下げながら名刺を受取る。
(どうして隣県の外交官が都市部で尾行なんかを……?)
しかも、フィンランドと言う事は暁の故郷。偶然にしては出来過ぎているし、暁と何かしらの関係があるのだろう。
「ええと、ハーヴィッコさんに色々とお尋ねしたい事が有るのですが……」
「失礼ミスター。その前にミス・アカツキと少しお話をしても?」
「あ、どうぞどうぞ」
ハーヴィッコさんが笑みを浮かべながら暁に向き直る。
『どうもミス・アカツキ。いやあ、昼間からお熱いですねえ』
『死ね』
聞きなれない発音の言葉――恐らくフィンランド語で会話しているのだろう。
『いやはや、あのミス・アカツキが異性と仲良く歩くとは。今までで一番驚きましたよ』
『死ね』
何故か半歩後ろに下がる暁。
『そうそう肝心の話ですが……昨晩の件はご苦労様でした。依頼主の皆さまが大変評価していましたよ、今後も『武学生』として様々な依頼を請けてほしい欲しいと。報酬は十分に弾むそうですよ』
『狗として働けと? 金と権力にしか脳の無い平和ボケした役人共に伝えておけ『喉笛を噛み千切られる覚悟のある者を用意してから出直せ』とな。無能の下で働くなど真っ平ご免だ』
エルッキ氏を鋭く睨みつけ、露骨に不機嫌な表情を浮かべる暁……これは尋常じゃないキレ具合だぞ。
『いやいや、血気盛んで勇ましいですねえ――ですが、彼の前でそんなに言葉を荒くしたら嫌われちゃいますよ? 最近は草食系男子なるモノが流行っているとか』
なぜかこちらを見てくるエルッキ氏。一体何の話をしているんだ2人は?
『そんな事はどうでもいい。それより、どうして私達を尾行した?』
『いやあ、街を歩いてたら偶然ミス・アカツキを見つけたもので。昔は訓練と犯罪者の逮捕に明け暮れていた貴女が異性と楽しそうに街でデートしている。これは尾行するしかないでしょう』
こちらと暁の顔を交互に見てくるエルッキ氏。何故にこの人は満面な笑みを浮かべているんだ……
『外道が』
『おっと、この距離で貴女を怒らせると危ないですねえ。それとも、袖に隠したナイフで私に切りかかっちゃいますか?』
エルッキ氏の言葉を皮切りに、肌を針先で刺すような嫌な感覚が細い路地を漂い始める。
(おいおい……何だよこの尋常じゃない威圧感は!)
エルッキ氏から発せられる息苦しさを感じる重く重厚な威圧感。対して暁は目の前にしただけで身体が竦み上がってしまいそうな荒々しい威圧感――
瞬間、前触れもなく暁が距離を詰めようと大きく踏み込み。エルッキ氏がスーツの内側に手を差し入れる。
(いかん)
反射的に飛び出し――ナイフを突き入れる暁と、素早く銃を抜いたエルッキ氏の間に割り込む。右手で銃のスライドを掴んで固定させながらトリガーの内側に指を突っ込み、左手で暁の握ったナイフの刀身を摘まんで押し止める。
「ちょ、2人とも喧嘩は駄目ですって……ここ街中ですよ!?」
こんな人気の無い路地で物騒な物を抜いてる所を一般市民に見つかったら通報される可能性だってあるし、外交官相手に問題を起こしたらタダでは済まなくなってしまう。
2人の表情を伺えば、目を見開き信じられない光景を見た様な驚いた表情。
(ヤベっ……素でやっちまった)
銃とナイフが手放され、2人が自分から離れるように後退する。
「今のを止めますか! いやはや、日本でもここまでの方がいるとは……!」
先程の優しげな雰囲気はどこへやら。口角を吊り上げて獣の様な獰猛な笑みを浮かべるエルッキ氏。
「またか……お主、本当に人間なのか?」
警戒するような眼差しで暁が失礼な事を言ってくる。
「なにおう? 失礼なことを言うんじゃない。俺は人間だぞ、真人間」
「また? ミス・アカツキ、是非ともその話をお聞かせください」
即座に反応するエルッキ氏。この人まで食い付いて来ちゃったよ……!
「それは――」
暁が言いかけた瞬間、聴路地の外から聞こえてくる足音を聴覚が捉え――
「あれー? 何やってるの2人共?」
――美夜の間抜けた声が路地に響き渡る。
振り向けばエナメルバッグを斜めに掛け、左手には先日訪れた某ファーストフード店の紙袋が抱かれている。
「おっと、そろそろ退散しないと五体満足で帰れそうにありませんね。それでは失礼しますね」
銃を一瞬で掠め取られ、止める間もなくエルッキ氏が路地から足早に去って行ってしまう。
「なに今の人……幽の知り合い?」
「えーと……そのなんだ……今さっき知り合った」
どうやら、霧ヶ峰並みに厄介な知り合いが増えてしまったようだった――
立ち話で済ますには少しばかり情報量が多いので、状況を整理するために臨海公園の噴水広場へと移動。ベンチ代りにもなる噴水の縁に座り、美夜の買ってきた軽食を食べながら話し合う事になった。
「――と言うわけだ」
短時間の間に起きた様々な出来事(もちろん暁が腕に抱きついた事は伏せておく)を簡単に説明する。
「面倒なのに手を出しちゃったねー」
湿気り始めていたフライドポテトを口に咥えた美夜の面倒くさそうな表情。
「えっ、ただの不良集団じゃないのか? 単に騒音被害と迷惑行為だけだと思っていたんだが……」
「それは先月までの話。今月の頭辺りから傷害事件、車両と金属、貴金属類の窃盗、違法薬物の転売、未許可の武装所持、その他の違法行為諸々」
「このご時世でそこまで行うとは逆に感心するな。やはり何処かの組織と繋がりがあるのか?」
「分かんない。ここ最近は密輸摘発で忙しかったし、人から聞いただけだもん。そこら辺のヤーさん(ヤクザ)と繋がりが有るんじゃない?」
「うーん……面倒事が増えてきたな。中々に忙しくなってきたぞ」
霧ヶ峰、都市部に流れ込んでいる大量の銃、エルッキ氏、中央連合……四つだけなのにここまで厄介になって来るとは。
「まあ、2人なら不良相手に遅れは取らないし大丈夫でしょ。いっそ地域貢献の為に全員捕まえちゃったら?」
「集団と誰がやり合うか。体力が持たんわ」
美夜を挟んで右隣、バニラシェイクをストローで啜っていた暁が横から話に混ざって来る。
「試してみないと分からないだろう。何事も挑戦だ」
「根性論で解決できる規模じゃないからな? 俺はお前達とは違って普通の武学生だからな?」
すると美夜と暁の2人が「何言ってんだコイツ?」みたいな表情。
「またまた、一瞬で7人を無力化する人が何言ってるのさ」
「先程の出来事を偶然と片付けるには無理があるぞ。観念して正直に話すのだ」
シェイクの入った容器を置き、言い詰め寄って来る暁。
「なになに! 幽ったらまた何かやらかしたのー?」
喜々した表情の美夜が騒がしく便乗してくる。
「そうだ、割って飛び込んできたかと思ったら指だけでナイフを止めたのだ。しかも片やディスアームを行いながらだぞ? 普通の動体視力と判断力で出来る範囲では無い」
先程、自分がやらかした行動を暁が美夜に話してしまう。
「あれ……暁さんに言ってなかったっけ? 幽の目茶苦茶な機能と言うか、能力と言うか……」
「何なのだそれは」
「んー、なんて言えば良いのかな……暁さんて運動中とか武装犯とやり合ってる時に奇妙な感覚になった事ない? なんか感覚が研ぎ澄まされるというか、いつも以上に頭が冴えるというか……」
「何度か体験した事はある……たしか、昔読んだ心理学の医学書にそんな事柄が書かれていたな――確か『フロー』か『ゾーン』だったか? 大分前の事だから正しいかどうかは分からぬが」
どうして心理学の医学書なんか読んでいるんだコイツは。
「それよそれそれ、そのフローに入り易い脳ミソなのよ幽は。だから平然な顔してとんでもない事をやるんだよね……本当にどう言う頭してんの?」
訝しげに見上げてくる美夜の顔面に軽いチンジャブを食らわせる。
「うぐぉおお……が、眼球がぁ……」
痛みに悶絶する美夜。
「余計な事を喋りやがって……プライバシーと言う物を知らんのかお前は!」
苦しがってる美夜の小振りな頭を右腕でヘッドロック。両側頭部を万力のように締め上げてやるる。
「あぁっ! 割れちゃうぅ! スイカみたいに割れちゃうから!」
「頭突きで瓦割りする奴の頭なんて心配しなくてもいいんだよ!」
車と接触事故を起こしても骨にヒビ一つ出来ない奴だ。コレ程度の締め付けなんて苦にも思わないだろう。
「お、落ち着くのだ影海……」
自分の剣幕に少し驚き気味の暁が止めようとしてくる。
「――よし、暁にも美夜の秘密を教えてやる。コイツも俺同様に珍しい体質を持っていてな『ミオスタチン関連筋肉肥大』と言う奴だ。フローを知っているなら一回くらいは聞いた事はあるだろ?」
「う、うむ……」
「以上だ」
「そ、そうか」
自分の腕を簡単に引き剥がせるくせに、美夜は全く解こうとする素振りを見せない。
「これでチャラだからな! これ以上の秘密をばらすようならそれ相応の対応に出るからな!」
「わ、分かったよー分かったから離してよー」
ヘッドロックを解くと、美夜が荒げる呼吸を整える。
「もう、幽ったら歪んだ愛情表現で困っちゃうんだから……」
「手足縛ってそこの池に投げ込むぞ」
ニアといい美夜といい……どうして周りにいる女子は変なのが多いんだ。
「まあまあ、落ち着くのだ2人共。喧嘩は不毛だぞ」
外野の暁が冷静になだめてくる。一番喧嘩っ早い人間が何を言うか……
「――と、まあ。私も幽も揃って普通じゃないんだよね。私の腕力とか頑丈さは疑問に思ってたでしょ?」
エナメルバッグから取り出したクシで乱れた髪の毛を直しながら、美夜が暁に訊ねる。
「否定は出来ない」
「そんな訳で私と幽の秘密は以上です! 今度は暁さんに色々と質問しちゃってもいいかなー? さっきのすれ違った眼鏡のヤバそうな人とか、北ヨーロッパ支部時代の暁さんの事か」
「ふむ、確かに私は答える義務があるな……分かった。まずは先程の男――エルッキ・ハーヴィッコについて教えよう」
一瞬だけ黙った後、暁が真剣な表情に。
「奴の名前はエルッキ・ハーヴィッコ。書類上はフィンランド大使館の外交官だが、本当はフィンランド陸軍ウッティ・イェーガー連隊『特別猟兵部隊』に所属する特殊部隊の隊員だ。本来なら本国で周辺国の情報収集を務めているはずなのだが、私が中央支部に転校する事が決まった直後に姿を消し、いつの間にか日本のフィンランド大使館の職員になっていた」
「どうして軍の特殊部隊の人と暁さんが? 警察組織の特殊部隊なら分かるけど、軍の特殊部隊って秘匿されるべき存在だから武学園みたいな、大体的に活動する所とは関わりを持っちゃいけないんじゃないの?」
「詳しくは言えないが。『武学園へ入学する前に知り合った』とだけ言っておこう……どうしてもコレだけは2人に言えないのだ」
申し訳なさそうな暁の表情。察するに余程の理由があるのだろう。
「次に北ヨーロッパ支部にいた頃の私だが……舞い込んでくる依頼で毎日のようにヨーロッパ中を飛び回っていた。ほとんどは東欧諸国やヨーロッパ南部で発生するマフィアや他の犯罪組織の摘発でな。授業が終われば休む暇なく駆り出され、寮の部屋に戻ってくるのは夜更けか深夜だった」
肩を落とし、ため息を吐きながら疲れ果てたような表情を浮かべる暁。
「お陰でヨーロッパ中のマフィアやそう言った組織の人間達から顔を覚えられてな。人気の少ない細い道に入れば、たちまち雇われた殺し屋や構成員に命を狙われる始末だ」
「冗談抜きで大変だったんだね……」
自嘲気味に語る暁と、衝撃を受けた表情を浮かべる美夜。
「まあ、苦しい毎日だったが今となっては笑いのタネだ。学べたことも沢山あったしな」
力無く口元をほころばせる暁。
「――それと2人に聞きたい事があるのだが『公社』と言う物を知っているか? 公の会社と書いて『公社』だ」
表情が一転。真剣な表情を浮かべた暁が訪ねてくる。
「『公社』? 聞いたこと無いなー……どこかの公共事業団体?」
「俺も聞いた事無いな」
一体何の単語なのだろうか……政府直属の秘密組織とか?
「――そうか。聞いてすまなかったな、私からは以上だ」
表情を和らげ。暁がシェイクの容器を手に取り、一口啜る。
「――よし……! 暁さん、今日は夜まで遊び倒そう! 私と幽しかいないけど歓迎会しよう!」
美夜が暁の肩をガシリと掴み、至極真面目な表情。
「へ……?」
「1年生の時は満足に遊べなかったんだよね? それなら今日から倒れるまで休日を満喫すれば良いんだよ! 私達以外に武学生は沢山いるんだし、面倒事なんて後回し!」
「だが……」
「だがも何も無いです! 今日は暁さんに都市部を案内するって言ってたし、あながち間違っていないから大丈夫でしょ!」
トンデモ理論で強引に論破する美夜。
「それもそうだな。どうせ街を歩き回るんだし、遊びながら回っても問題は無いだろ」
適当に美夜に合わせて、残ったフライドポテトを炭酸ジュースで流し込む。
「ま、待て……中央連合とやらに目を付けられたのでは……」
「そんなの気にしないの! 襲って来たら徹底的に叩き潰して全員捕まえればいいの!」
サラリと恐ろしい事を言い放つ美夜。中々に腹黒いよなコイツ……
「よし、決定したなら直ちに有言実行だ。移動するぞ」
自分のバッグを背負い。置かれていた暁の荷物を拝借。
「あっ、何をするのだ影う――みぃっ!?」
座っていた暁を美夜が肩に担ぎあげ、都市部方向へと歩き始める。
「よーし! まずは都市部の観光名所巡りからいこう! 次にお店回り、最後に幽が会計持ちの食い倒れツアー!」
担がれる暁を眺めながら美夜の後ろを追うように歩く。
「は、離すのだ! 私は荷物ではないぞ!」
後ろ向きに担がれた暁がジタバタと暴れる。だが、美夜の怪力に勝てる奴など同年代には余程の事が無い限り存在しないだろう。
「か、影海! 見ていないで助けぬか! 離すよう織原を説得してくれ!」
「無理だな。美夜が満足すまで離さないと思うぞ」
暁の下着より、この後に控える超大量出費を考えるだけで酷い頭痛が発生してきそうだった――
次話不定期