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Guns Rhapsody  作者: 真赭
First Bullet
1/33

Guns Rhapsody Ⅰ-Ⅰ

消した一部の描き直し版です。順序が逆なのはお許しください

 

 第一章〈武学園〉


「開けてよ~」

 どこかで聞き覚えのある越え

 頭を横にして、時計の針を見ると針は七時を指している。

「開けてよ~」

 聞こえてくる間抜けた声は夢であって欲しい……

 少しの沈黙が続き――玄関の扉の鍵が開く重い音が聞こえてくる。

「おいおい何回目だよ……」

 扉の閉まる音と、近付いてくる足音。

 毛布を跳ねのけて身体を起こし、ベッド横の小さなサイドテーブルに置いた〈FN ファイブセブン〉が有ることを一応確認しておく。

「失礼しま~す」

 ノックも無しに寝室のドアが開き、小柄な体格の女子――美夜が部屋に入って来た。

「あ、起きているなら返事してよね」

「二年生に進級してから今回を合わせて二十回目だぞ……」

 そろそろ錠を変えるように寮長に相談したほうがいいのかもしれない。

「まあまあ、可愛い女の子が朝起こしてくれたんだよ? 役得だよ役得」

(それが一体、ピッキングとどういう関係が?)

 しかし、正直言って嫌では無いので逆に返すと話がややこしくなりかねない。

 たしかに一般人の目線から見れば、可愛い部類に入るかもしれない。

 高校生にしては小柄な背丈。少し癖っ気のあるショートカットの黒髪に、健康的な肌色と鹿の様に引き締まった四肢。

『綺麗』と言うよりかは『可愛らしい』と言ったほうがしっくり来る愛嬌のある人懐っこい顔立ち。

 黒と暗い緑のタータンチェックのベルト付きスカート。

 シンプルな黒のシングルブレザーと下には白のブラウス、首には学年別に分けられたネクタイを締めている。

「自分で言うな、自分で……」

 こちらのツッコミを無視する美夜。本当、何しに来たんだよ……

「もう7時半だよ。急いで急いで」

 毛布を引きはがされ、ベッドから引きずり降ろされる。

「そう急かすなって、時間にはまだ余裕があるだろ」

 身支度にそこまで時間を必要としないし、大丈夫だろう。

「はいはい、早く顔洗ってきなよ。パンはマーガリンとイチゴジャムで良いでしょ?」

「たのんだ」 

 そう言い。部屋から出ると向い側の洗面所へ入ると、手早く洗顔と歯磨きを済ませる。

 濡れた顔をハンドタオルで拭き取り、自室へ戻る。

 壁際に置いた布製のクローゼットを開き、掛けられた制服一式を取りだす。

 後ろから小さな金属音。

 振り向けば、わずかに開いたドアの隙間から見つめてくる美夜の瞳。恐ろしい……

「覗くな」

「うん、で?」

「閉めろ!」

 部屋のドアを勢いよく閉め、ため息を吐きつつも寝巻から、制服に着替える。

「幽の上半裸ゲット!」

 こりずに扉の隙間から覗く美夜、もう構うだけ無駄だろう。

 白のワイシャツを着てからネクタイを締め、灰色のスラックスを履く。

 腰のベルトに空のカイデックスホルスター、その横にカーボンファイバー製のコンパクトなマガジンポーチを二つと小さなケースを通す。

 ショルダーハーネスのナイフをワイシャツの上から装着し、最後にホルスターに銃を入れる。

「やれやれ……」

 呆れたため息を吐きつつリビングへ。

 茶色のフローリングと少し色あせた白い壁。部屋の中央には食事用のテーブルと椅子が置かれており、その横には二人掛けのソファが。

「はい、あーん」

 台所から来た美夜が口に食パンを突っ込み、牛乳入りのグラスを手渡してくる。

「む」

 朝のニュースを見るため、壁際に置いた22インチ薄型テレビの電源を入れる。

 流れる朝のニュースに目をやりつつ、椅子に腰かけて朝食を取りながら一息つく。

「あ、この事件って私が三日前に引き受けた『依頼』の奴だよ」

 ちゃっかりと食パンを頂いている美夜がテレビを指す。

 テロップには『火器類の密輸集団。武学生が検挙』

「あれ、この依頼って複数人受けたんだよな?」

「複数って言っても三人だけどね、大変だったよー」

「よく、無傷ですませられたな……」

「だって、非武装の密輸業者だよ? 投げたら気絶しちゃって呆気なく捕まえられたんだもん」

 あれ、この捕まった犯人、大人だよな……とうとう大の男まで投げれるようになったの

 かこいつは。

 朝食を済ませ、時計を見るとそろそろ出る時間。

「もう出た方がいいんじゃない?」

「だな」

 グラスを流し台に置き、鞄を取りに自室へ。

 ペンケースやノート類を入れて、シャープナーと予備の小さな弾薬ケースを追加で投げ

 込む。

(今日は学食だな)

 毎日自炊するのも結構な費用がかかるので、たまには学食を利用するのも良いか。

 などと考えつつ部屋から出ると、美夜が土間に置いていた自分の靴を履いている。

 女子高校生にしては無骨なフォリッジグリーンのタクティカルシューズ。

 外の廊下を歩き、降りて行く。

「……なあ美夜」

「なになに? 衝撃の告白タイム~?」

「違う、少し前から気になっていたんだが。わざわざ朝起こしに来るんだ?」

「私って昔からの幼馴染じゃん?」

「幼稚園以前からの付き合いだしな」

 かれこれ十七年か、短いようで長いような……

「『わざわざ起こしに来る』と言う行為が大切なのよ」

「今度、カウンセリング受けに行こうな。一緒に付いて行ってやるから」

 日頃のストレス蓄積かよほど酷い光景を見てしまったか。

「酷いなあ、傷付いちゃう」

 清々しいほどのわざとらしい演技。

 そんな他愛の無い話をしていると、敷地内を走る循環バスの停留所が見えてきた。

 既に並んでいる生徒の数は多く、顔見知りも何人かいる。

「お、朝からイチャついてんな」

 列の最後尾に並んでいた男子――斎藤勝(まさる)が話しかけて来た。

「うるさいな」

 同じ二年生で所属科は機巧科。体格は良く、見てくれは運動部然した外見で短髪。『サバット』と呼ばれる蹴り技中心の格闘技と、様々な投げ技を得意とし。一年生の時からのクラスメイトで現在も同じ組。

「朝から女子とイチャイチャしやがって。ボディスラム掛けていいか?」

「スモール・パッケージ・ホールドで返してやるよ」

 なんで朝から野郎と舌戦を始めなくちゃいけないんだ……

「じゃあ私はエクスプロイダー掛けたい」

 横から話に割り込む美夜。

「お前がやると死ぬ確率が高くなるから止めてくれ」

「あー、前にユウがジャイアントスイング掛けられて、人形みたいに吹っ飛んだもんな」

 一週間ほど前か。近接格闘の授業で美夜にぶん投げられ、5メートルほど飛んだな……

 すると、循環バスが後方からやって来る。

 並んでいた生徒達と共に乗り込み、しばしの間バスに揺られる。

「そういや情報科の奴から聞いたんだけどよ。なんでも、編入生が来るらしいぜ」

 斎藤が少し声をひそめる。

「『訳アリ』か『問題児』か――」

「さあな。中央支部(ウチ)への留学とかじゃねえの?」

「どんな子だろうねー」

「俺は野郎の方にジュース1本」

「なら、女子の方に賭けるかな。」

 9㎜弾一箱だったら賭けに乗らなかったが、百円程度のジュース一本くらいなら大丈夫

 だろう。

 話してる内に様々な校舎が立ち並ぶ区画内へ。

 ――ここは【武装学生学園中央支部】

 別名〈武学園〉とも呼ばれる世界的に見ても稀に見る非常に特殊な学園。

 英名は〈Armed student school〉海外では略して〈ASS〉と呼んでいるらしい。

 生徒数は1000人を越え、教員数は100人を越えるマンモス校。どこが特殊なのかと言うと。武学園に籍を置く生徒は皆〈武装〉しているのだ。そして、武学園に属する生徒は皆〈武学生〉と呼ばれる。

 世間一般的に武学生とは『武装学生学園に学籍を持ち。一時的逮捕権と銃火器、刀剣類の携帯を合法的に許可された学生』と捉えられている。

 辞書や法関連の書物を読めばさらに事細かく書かれているが、正直言って良く覚えていない。

 もちろん殺傷行為はご法度で。かろうじて普通学校と共通点が有るとすれば様々な学科あると言う事位か。

 だが、普通科とか工業科や商業科と言った平和的な物は無く。硝煙と鉄臭い物ばかり。

 銃火器と刀剣類を用いて武装犯と銃撃戦をおっ始める『前衛科』

 前衛科ほど荒く無く。狙撃、後方支援に携わる知識や技術を主にする『後衛科』

 スパイ映画じみたヒューミントから、尋問や潜入と言った諜報活動が主な『諜報科』

 武学園の通信設備の運営から情報工学、質問サイトへの返答までなんでもする『情報科』

 武学園の車両、船舶、航空機、その他機械類の修理、改装や改修と言った工業的な技術を得意とする『機巧科』

 救急医学やカウンセリングと言った衛生学の知識と技術が主な『衛生科』

 属する場所が普通で無いのなら生徒や教師も普通では無く。生徒間の日常会話の大半は

 〈依頼〉に関連した話や。銃火器、刀剣類や装備に関した物騒な内容の物ばかり。

 教師達にいたっては『授業の内容が~』とかではなく『室内射撃訓練の改装が~』とか『夜間降下訓練の日時が~』とか言った平和的な物が一切無い。

 ちなみに〈依頼〉とは武学園に民間から要請される案件の呼び名。

 寄せられる依頼は様々で。日雇いの施設警備、警察や機動隊で手に負えない武装犯の捕縛や。飼い犬の散歩に庭の雑草むしり、と言ったピンからキリまである。

 もちろん専科ごとの知識を生かす依頼もあり、情報科や機巧科ではないと引き受けられない専門的な依頼もある――

 バスが校舎の校門前に停車すると前の方のドアが開き、ゾロゾロと出て行く生徒達。

「今日も撃たれないように頑張るかー」

「やめてくれよ縁起でも無い」

 下駄箱で外靴から内履きに履き替えて教室へと向かう。

 廊下の柱や壁の所々に大小様々な弾痕や、切創にクラック。

 緑のコルク素材の掲示板には民間から要請された依頼の用紙や、サープラスの情報が書かれた紙などが雑に貼られている。

 廊下の端に転がる空薬莢、窓には『狙撃の流れ弾に注意!』と頭の悪そうな注意喚起が書かれた張り紙。

(実際にこの間、流れ弾が飛んできたから馬鹿に出来ないんだよな……)

 犯人は教師達による(拳を用いた)教育的指導とガラスの弁償で済んだらしく、実名公開はされていない。

 教室へ着き、扉を開ければ結構なクラスメイト達の数が。

 自分の机に着くと鞄を横のフックに掛け、ため息をひとつ。

(1時間目の授業は……『Aキルハウス・教練弾使用』か)

『キルハウス』とは室内射撃訓練施設。つまり今日の1時間目は『教練弾を使用したAタ

 イプのキルハウスでの近接戦闘訓練』と言う事。

(弾って残り何箱あったかな)

 腰のホルスターに収められた銃〈FN ファイブセブン〉は専用の〈5.7x28mm弾〉と言う弾薬を使用するポリマーフレームの自動拳銃。

 お値段は驚きの10万円で一緒に購入したサプレッサー(減音器)は6万円と高校生が持つには高価。しかも当時の自分はなにをトチ狂ったのか二丁目も購入。

 計26万円と、下手すれば一会社員の月給を越える金をつぎ込んだ。

(昔の俺ってかなり頭がイってたんだな……)

 両利きを生かした二丁拳銃を独学で研究し、あろう事か実戦に投入。

 銃と言う物が未発達だった時代での二丁拳銃は効果的だったが、短機関銃や自動小銃がもっぱら使われる現代での二丁拳銃は愚か者か命知らずがやる行為。

(やはり、あの状態だからこそ使えるんだろうな……)

 そんな黒い過去を内心恥ずかしがっていると、教室の前の扉が開かれる。

 入って来たのは黒のパンツスーツに身を包んだ、身長155㎝を下回る女性教師。

「はいはい、皆席に座ってねー」

 初対面の人間なら『中学生ですか?』と聞いてしまいそうな童顔と、美夜とほぼ同じ位の低い身長。

 後衛科の副主任にして2年2組の担任を兼任する女性教師――柏仁美。担当教科は戦略

 戦略と世界史、年齢は不詳。武学園教師の中で数少ない既婚者の一人でもあり、たまに授業中に惚気話を始め出したりする。

 生徒からの人望は厚く、後衛科のマスコット的な存在として人気。

 教卓に出席簿を置き、成人女性にしては高めの声音で喋り始める。

「今日の授業や特別授業はありません。あと、1時間目の授業は移動教室だから普段より

 行動を早めに」

 全員が静かに柏先生の話に耳を傾ける。

「後は――特に言う事は無いから、武装の最終メンテをしておくように。それでは朝のH

 R終わります」

 喋りながら名簿とこちらを交互に見つつ生徒名簿にペンを走らせ。それが終わると教室

 から出ていってしまう。

 早くHRが終わってしまったため、授業開始まで時間はかなり残っている。

 銃の整備は昨晩済ませているので特にすることも無く、周りのクラスメイトらの作業風

 景を眺める。

 銃の簡易分解を始める者や、パーツのガタ付きが無いか念入りにチェックする奴。

(ああ、ロッカーにどれだけ残ってるか見とかないと)

 席から立ち上がり、教室の一番後ろ。生徒用のロッカーの方へ。

 自分のロッカーの前にしゃがみ込み、ダイヤル錠を解除。ロッカーに入っていたアモカンを手前に引き出して蓋を開く。中には空の弾倉が五つと紙製の小さな箱が二つに、弾入りの中サイズのフリーザーバッグ。

(残り100発くらいか……)

 弾倉三つとバッグを抜き取り、アモカンを入れ直して自分の席へ戻る。

 席に座り直すとバッグの中から弾薬を取り出しつつ弾倉にプチプチと詰めていく。

 すると、前の方から黒い短機関を前にぶら下げた美夜がやって来た。

 ぶら下げた銃の名前は〈MP9〉使用する口径は9㎜×19弾。黒地のフレームと銃前部から生えたフォアグリップが印象的。弾倉は抜かれており、ポケットにでも突っ込んでいるのだろう。

「やっほ~」

「なんだよ、俺は弾詰めに忙しいんだ」

「手伝ってあげようかー?」

 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら、前の空いた席に座る美夜。

「ほれ。入れるのは15発だけで良い」

「えっ。あ、うん分かった……」

 空弾倉を手渡し机の上に弾をザラザラと流し出す。

 手早く終わり、銃に入った一つと腰の二つを交換。フリーザーバッグは適当に机の中に突っ込んでおく。

「早く行かないと先生に叱られちゃうよ」

 教室には自分と美夜を含めて10人もいない。

「そうだな」

 教室から出て廊下を進んで階段を降りると下駄箱へ。外靴へ履き替えて外へと出ると半ば走るようにキルハウスの方へ。

 校舎から歩道を歩いて3分ほど。白い外装と平屋根の建物が現れ始める。高さは3階建て程か、まるで洋画の撮影スタジオの様な外見だが、中身は弾頭と空の薬莢が飛び交う物騒な場所。

 指定されたキルハウスの前では既にクラスの皆が集まっており、楽しげに話す奴や軽い準備運動をしている者も。

「そういや担当の先生って誰だろうね?」

「柊じゃない事を祈るしかないな」

「呼んだかい」

 突如、真後ろから浴びせられる最も聞きたくなった声。おそるおそる後ろを振り向けば声の主――柊由香が。

 背丈は自分より高く180㎝はあるか。髪色は茶色混じりの長めの黒髪で、伸びた髪を後ろに一つ結びしている。

「ど、どうも柊先生」

 顔立ちは整っており、凛々しさを感じる美人の部類に入るのだが、中身が非常に危険なのだ。過去の経歴は諸説様々で『元特殊作戦群隊員』や『某外国人部隊の戦場帰り』だったりと恐ろしい物ばかりで。武学園内では畏怖と恐怖の象徴として認識されている。

 そしてその後ろには見慣れない女子生徒が立っている。

 柊の来襲に気付いた他の奴らが別な意味でざわめき始める。

『また影海かぁ、可哀想にな……何回目だ?』

『6回目だな。あいつはもっとしばかれて良い。むしろ足りねぇよ』

『美夜ちゃん居るもんなあ……しかも可愛い幼馴染だろ? リンチしてえなオイ』

『おいおい、日中だと目立つから止めとけって。襲うなら夜間だべ』

 級友が命の危機に瀕しているのに……なんて薄情な奴らなんだ。

「ほれ、授業を始めるからお前らこっちを向け」

 柊の一言で他のクラスメイト達が一斉に向き直る。

「今日は複数ではなく一個人で訓練を行ってもらう。内容はシンプルだ一人ずつ入って行って一人でもこいつを無力化出来たら全員に高評価、誰も出来なかった場合は全員に低評価を付ける」

 柊が謎の女子を前にやるとどよめきが。

「こちらは昨日より北ヨーロッパ支部から来た。(あかつき)(かなで)さんだ」

(北ヨーロッパ支部って……朝に斎藤が言っていた奴か)

 振り向けば斎藤の少し悔しそうな表情。

「ちなみに彼女のクラスはSなので本気で取り組むように」

(おいおい、そいつはヤバすぎるだろ)

 〈クラス〉とは意味の通り、武学生の格付けみたいな物。クラスは全部で七つに分かれておりSは最上位の位置にある。ちなみに自分は中間のBクラスで美夜はSクラス。

 未だに信じたくはないが、長らく付き合いのあるこの小さい幼馴染は入学して間もなくSクラス入りしたヤバい奴でもある。ちなみに中央支部のSクラス武学生は1000人を越える生徒数の内100人程度。美夜を介してその内の何人かとは知り合いや顔見知りだが、全員が非常にクセのある奴らばかり。

(さらに増えるのかよ……)

 美夜は凄い嬉しそうな表情を浮かべているし。

 暁さんがキルハウスの中へ入っていくと、柊が口を開く。

「さあて最初の犠牲者は誰から行くんだ?」

 こうして地獄の一時間目が幕開いた。

 開始して二十三分。合計14名の男女がキルハウスへ突入していくも未だ誰一人として制圧出来た者は居なかった。帰って来た男子達は皆痛がっているものの、何故か満更でもない様子。

 聞いてみれば暁奏は銃火器類を一切持っておらず、刀剣類のみと言う時代錯誤な奴らしい。

「ありゃあ、狩られてる動物の気分だぜ」

 首筋の総頸動脈と右手首の尺骨動脈部に赤い線を作った斎藤が言う。

「角から突然現れたと思ったら。反応する前に手首と首筋にナイフ跡が出来てるんだよ。しかも、足払い掛けられて関節を極めるのに十秒たらずだぜ……無理無理」

 他の奴らも同じようで、体格の良いAクラスの男子でさえ組み伏せられたらしい。

「入りたくないな……」

 逃げたとしても柊から.45ACP弾を背中に撃ちこまれて、海めがけて投げられるだろう。

(青アザ作って海で溺れかけるなら。潔く負かされた方がマシだ)

「次は誰が行くんだ。名乗り出ないなら私が指名するぞ」

「はいはい! 私行きまーす?」

 美夜が挙手して前に進み出る。

「織原か。内装壊すなよ」

 キコキコとMP9専用のサプレッサー(減音器)を銃口に装着。弾倉をグリップの下に差し込む。銃床のスリングを調節しながら美夜が正面口の前に。

 明るく活発な雰囲気から一転。研ぎ澄まされた刃の様な鋭い雰囲気へと変わって行き、威圧感で辺りが静まり返る。

 銃を斜め下に構えた美夜がキルハウスの中へ入って行った。


【キルハウス】


 合成素材の仕切りで区切られたキルハウスの中。MP9を両手で構えた美夜が、物陰に注意しながら滑らかな動きで室内を進んでいた。

 通路の幅は狭く、成人男性が横に三人並ぶと通れなくなる程。壁は跳弾の発生しにくい硬質ゴム材とコルク材で出来ており。地面は転倒や不意の事故が起きないように整地されている。

 キルハウス内の小部屋や大部屋の一つ一つに様々なシチュエーションが存在しており。

『銃を突きつけ人質を盾にした武装犯』や『セーフティが解除された銃を向ける武装犯』『IED(即席爆破装置)のモックアップが体に巻かれたマネキン人形』と。訓練を受ける者に咄嗟の判断や相応の対応を要求する物もある。

 角を曲がると、美夜の視線の先。左側の小部屋へ繋がる扉が開けっ放しに。

(罠……だろうね間違いなく)

 あえて近付く美夜。片手で銃を保持しつつ、空いた手で扉に手を掛ける。勢いよく扉を突き開け中へと突入する。

 しかし、中には誰もおらず。有るのは弾痕が残る段ボールのマンシルエットターゲットが二つ。

「……はあ」

 ――その背後。大振りのナイフを手に構えた暁が音も無く現れる。瞬間、美夜の小柄な身体が反転。振り向きざまに抜かれた伸縮式警棒の先端がナイフの横腹を打ち据える。

 金属同士のぶつかり合う鈍い音。弾き飛ばされたナイフが吹き飛び、横の壁に突き刺さる。

「どこにいたの!? 全然分からなかったよ!」

 嬉々とした顔の美夜が警棒を横に薙ぐ。しかし暁は返す言葉無く、紙一重の距離で回避。

「ありゃ、もしかして日本語通じないかな?」

「……通じるぞ」

 後退しながら返す暁が背中に右手を回すと。制服の下から抜かれる軍用マチェット。

「デカッ! どこから出したのそれ!?」

 刀身は30センチ程か。黒く艶消しされた刃がえも言われぬ物々しさを放っている。

「企業秘密だ」

 言い放つと同時に空いた左手で小振りの投げナイフを下手(したて)から投げ放つ暁。

「えー、教えてくれてもいいじゃん」

 頭だけ屈めて避けると。何故か銃から弾倉を抜き取り、壁際に置いてしまう。

「降伏か?」

「まさか」

 歯を見せながら獣めいた好戦的な笑みを浮かべる美夜。

「この距離まで詰められちゃ銃は使え無さそうだし。女の子撃ちたくないし」

 二本目の警棒を抜き、柄尻に通した紐を手首に巻き付ける。

「口が達者だな」

「それほどでも」

 絶妙な距離を取って向かい合う二人。

「ふむ。先ほどの反応と良い、その余裕綽々な態度……学園長殿が言っていた『面白い生徒』と言うのはお主なのか?」

「違うと思うよ」

 あっさり否定する美夜。

「私なんかより規格外なの一人知ってるけど、多分その人じゃない?」

 呑気な会話の裏で格闘戦を繰り広げる二人。ナイフと警棒が衝突し合い、澄んだ金属音が部屋の中に響き渡る。

「ほう。Sクラスお主が評価する程か」

「そりゃあもう規格外中の規格外だよ~? 私なんかよりもっと凄いから」

 美夜の絶賛に興味を示す暁。

「その者の名は何と言う? この授業が終わった尋ねてみよう」

「うーん、そう言われちゃうとタダで教えたく無くなっちゃうなぁ……負けてくれたら教えてもいいかな」

「それは無理な願いだ」

 隙を狙った肘打ち。左手の警棒が手から明後日の方向に弾き飛ばされる。

 美夜が返しに木製バットを軽々とへし折りそうな程の鋭い中段蹴りを放つが。スレスレで避けられると開いた美夜の脚の内側に暁が潜りこむ。手品の様に一瞬で逆手に持ち替えられたナイフの峰と左手で足首を手前へ一気に引く。

 足が綺麗に弧を描き、背中を強かに打ちつける。仰向けになった美夜に暁がのしかかり首元にナイフを突き付ける。

「こうなってはお主でも無理だろう。降参しろ」

「うーん、さすがSクラス武学生」

 両手両足共に封じ込まれ、完全に詰みの状態。

「悔しいけど……参りました」

 少し悔しげに美夜が負けを認めると上から退ける暁。

「あと少しでも長引いていたら今頃は逆の状態だったがな」

 立ちあがる美夜が軽く笑いながら背中に付いた土埃を払う。

「もうちょっと粘れば良かったなあ」

 地面に落ちた銃と警棒を拾い上げると、スリングに腕を通して体の前に掛ける。

「でも、久しぶりに良い運動が出来たし。とっても楽しかったよ!」

 暁の手を取ると満面な笑みで握手する。

「そういえば私の名前言ってなかったね! 私は織原美夜、漢字で書くとこうだよ!」

 しゃがみ込んで地面の砂に指で名前を書き出す姿は、まるで砂遊びをする子供の様。

「ちなみに私の苗字と名前はこうだ」

 同じようにしゃがんで地面にフルネームを書き記す。

「おおー、古風で良い名前だね! でも、北ヨーロッパ支部ってことはあっちの人だよね?」

「父が日本人で母がフィンランド人だ」

 美夜の脳内に世界地図が浮かび上がる。

「なるほど。だから日本人の名前だったんだね」

 年頃の女子らしいのどかな会話。

「あ、そうだ。早く戻らないと授業終わっちゃう」

 小部屋から出て行こうと扉を開けた所で美夜が立ち止る。

「そういえば、さっき言っていた『面白い生徒』の事を教えなくちゃね。その生徒の名前は『ユウ』って言う二年生の男子だよ!」

「その者の組割りは知っているのか?」

「知ってるも何もウチのクラスだよ。まだキルハウスに入ってないから、この後で来るかもね! それじゃまた後でね~」

 そう言い残すと、美夜は颯爽(さっそう)と小部屋から去って行く。

「ユウ……か」

 暁の小さな呟きは誰にも聞かれること無く、空に消えて行った。


次回はなるべく早く上げたいと思います

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