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喪失

作者: 定色カケル


 一人暮らしをはじめて早二年。大学生になってこの街に引っ越してきた日が懐かしい。

 あのころは勉強や夢に向かって……という希望に満ちた目をしていたのに、二年経って蓋を開けて見ればこの様。

 一日一日を自由気ままに生きて、その場限りの生活。

 最低限としての勉学はしているがこの情けない生活に自分自身が嫌になっていた。

 せめて身の回りだけでも綺麗にしないとなー。この部屋なんて何ヶ月も掃除してない。

 周りに散らばっている紙屑、コンビニで買った殻の弁当多数、積んでいるマンガやゲーム、埃が集っている各場所、とりあえずこれらをキレイサッパリしたい。

 要らない物も多そうだ。物置にしまう物、捨てる物と整理しよう。

 大掃除を計画すると部屋の窓を全開にし、空気の入れ替えをした。

 掃除機、ダスキンを用意し、今見える部分を軽く綺麗にする。それから物を片付けるダンボールを用意しようと物置に向かった。

 物置をあさると次々と懐かしい物が出てくる。過去の学校の卒業アルバム、昔読んだマンガ、友達と旅行に行ってきた時の写真など沢山出てきた。

 でも特に一際目についたのは元彼女の思い出の写真だった。手を繋いで幸せそうな笑顔を浮かべている。とても大切な思い出……。


 彼女とは高校の頃から付き合い始めていた。『ベストカップル』と周りからもてはやされる位僕らの関係は良好だった。

 なのにそれから約一年後、突然彼女の口から別れの言葉を伝えられた。

 すごく動揺した。軽い冗談だと思った……。

 でも彼女の顔を真剣だった。

 上手く行ってたっと思ってたのは俺だけ? そう思うと俺は果てしない絶望感を感じた。

 それ以来俺は恋愛が怖くなった。いくら人を愛しても、その人も愛してくれるとは限らない。

 そんな当たり前の事を俺はやっと気付けた日だった……。


 今、思い出しても胸が痛くなる。まだ未練が残っているのだろうか?

 俺はその想いを振り切って掃除に手を動かそうとした。 

 不意に電話のコールが鳴り、一瞬、掃除の手が止まる。

 家の電話? 珍しいな、友達なら携帯にしてくれるし……。

 電話に出ようか少し迷ったが、今日は掃除に集中したいので出るのを止めた。

 何か用事があったらまたしてくれるだろう。

 たっぷりと八回目のコールが流れた。

 相手は留守電も残すつもりらしい。

「誰だろう?」

 少し気にかかりながらも、作業を再開し元彼女の写真をしまおうとした、瞬間……凍りついた。

受話器の方から元彼女の声が聞こえてきたのだ。

「もしもし? 留守ですか?」

 懐かしい声。昔の思い出が蘇る。

「留守かな? 私の声覚えてる?」

 間違いない、写真の彼女だ。忘れるはずがない。でも何で電話なんか。 

 俺は作業を止め、慌てて家の電話機に近づいた。

「でももうあなたは覚えてないかもね。私のことなんて興味なかったんだから」

 えっ? 突然何を言い出すんだ?

 頭が真っ白になる。彼女の言葉に怒りが混ざっていたからだ。

「あなたが興味あるのは自分だけだった。私のことなんて何も知らない」

 突然の出来事、突然の言葉で頭が中々着いていってくれないが、少しずつ理解していくと目の前が暗くなった。前に味わった絶望に近い感情。

「例えば、そうね……。付き合い始めて初めて行ったデートの事、覚えてる? 何処へ行った?」

 勿論覚えている。それは僕が計画したデートだ。なるべく飽きさせないよう楽しめるように考えた。

 えっと、確か公園…何公園かは忘れたけど、とにかく公園で待ち合わせて、それから最初に……えっ?

「どう? 思い出せた?」

 ケタケタと見下すような笑いが受話器から響いた。

 あれ? どこ行ったっけ? あれ? オカシイぞ? 

 ナニモデテコナイ。

「ちょっと難し過ぎたかしら? じゃあ、そうね……私の名前は覚えてる?」

 えっ? そんな、当たり前の事……えっ?

 血の気がサっと引いた。大好きだった。昔は毎日呼んでいた名前……。

 

 付き合っていた頃を回想してみる。

 手を繋いで歩いている。笑顔で話をしているんだ。

 俺は口を開く。きっと名前を呼ぼうとしてるんだ。

「……………………」 

 聞こえない、まるでテレビの放送禁止用語を喋ったときみたいにピーっと無機質な音が遮る。


「ああ……あぁ……」

 床に頭をつけてうな垂れた。今までかつてない絶望感。今までの人生を全て否定されたのだ。

 そして彼女はトドメの言葉を放った。

「私の……顔は覚えてる……?」

 俺は思わず物置へかけ出した。そしてさっきしまった元彼女の写真を取り出す。

 見ると彼女の顔部分がまるで墨を塗られたみたいに黒く染まっていた。

 俺は声にならない悲鳴をあげて俯いた。

 受話器からは俺の知らない女性の声が響いていた。


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