正しい想いの伝え方
冬、春を迎える季節
それは唐突にやってきた。
「俺は気付いちまったんだ」
恭介のいつにない真剣な視線が僕の瞳を捕らえて離さない。
「あの日、お前が俺たちを助けてくれた時からずっと思っていたことがある」
放課後、恭介に呼び出されて訪れた裏庭には人影はなく、彼だけがひとり佇んでいた。
もうすぐ冬も終わるのだろう。まだ少し肌寒さは感じるものの風は既に春の香りを滲ませて、やがて来る始まりの季節を予感させた。
「俺は」
ぐっと、恭介は何かを言いたそうにして、けれど言い留まっている。
どうしたのと尋ねようとして、しかしその場の空気がそれを許さない。言い淀んでいる恭介の瞳には迷いと決意が混ざり合い表情を曇らせていた。
結局僕は何も言わず恭介の言葉を待つ。一番大事なのは彼が彼自身の力で話を切り出すことだと思ったからだ。
僕がすべきことは彼を信じてそれを待つこと。
それが息を吸うほどの時間だったか、一息付くほどの時間だったかは分からない。
「俺は、お前が好きだ」
静かにゆっくりと、けれど力強く、真直ぐに僕の瞳を覗き込んでそう言った。
その言葉の意味が理解できて、けれど理解できない。
「僕も恭介のことは好きだよ?」
それがあまりにも僕らはにとっては普通の感情だったからだ。
恭介は僕らのリーダーとして小さいころから一緒に遊んだ仲だ。困った時、迷った時にはいつだって手を差し伸べて最高の結末へと導いてくれた。
その恭介を目標にして、いつか越えてみようと決意してリトルバスターズの新リーダーになることになったのだから。
当然、僕は恭介の事が大好きだ。少しもためらうことなくそう断言できる。
けれど恭介の瞳に映るのは失望だった。ふっと、寂しげな、自虐的にも見える笑みがこぼれる。
「違うんだ」
なにが、違うのだろうか。
「俺は、お前のことを愛している。誰よりも、だ」
ひとすじの風が髪を撫でていく。何をどう言っていいのか分からない。どう反応すればいいのかも分からない。
寧ろこれは恭介なりのネタかなにかなのだろうかと考えて呆気に取られ動けない僕を突然彼は力強く抱きしめた。
「俺の傍に居てくれないか」
唐突でいて力強いのに優しさと暖かさを感じる抱擁に彼の言葉が冗談などではなく、真摯な想いによって紡ぎ出されたのだと理解できてしまった。
でも僕たちは、と吐き出そうと思ったその言葉は喉で詰まって出てこない。
目の前にある真剣な恭介の瞳と、力強い彼の腕の中で一体僕は何を迷う必要があるのだろうか。
ほんのりと頬を染めて恭介の名前を呼ぶ。
「もちろんだよ……恭介」
彼の胸の中で甘えるようにしてそう囁いた。
秋、冷たい雨の季節
しとしとと細切れた冷たい雨が地面に敷かれた所々ひび割れては土が剥き出しになっている無機質な灰色のアスファルトを黒く陰鬱に染め上げていく。
その上に幾つも並んでいる中でも特に小さなお墓の前に僕は傘も差さずに立っていた。
この喪失感をよく知っている。それでも泣かないと決めていた。
笑顔で見送りたいと思ったから。泣いてばかりじゃなくて、強くなって安心させたいと思ったから。
だから僕は冷たい雨の中で最後のお別れを告げる。
ありがとう。
さよならは言わない。きっと君はいつだって傍に居るんだ。
いつか、僕もそこに行くことになったらまた合えるかもしれないから。
失うことは悲しいことだ。だけど、出会ったことで得る喜びも僕はもう十分に知っている。
だから、ありがとう。
喜びをくれて。
笑ってくれて。
傍に居てくれて。
出会ってくれて。
ありがとう……。
一緒に居るだけで楽しくて、ボールを華麗に受け取る姿も、それを追いかける姿も無邪気で可愛くて。
本当に、幸せな時間だったんだ。
熱い物がこみ上げる。少しくらい泣いても雨に紛れれば分からないだろうか。
いや……ここで泣いてしまったら、きっと止まらなくなるから。だから泣くわけにはいかなかった。
すっと、傍から傘が挿される。誰も居ないと思っていたのに驚いて見上げる。
赤いTシャツに鉢巻、使い古されて少し色落ちしたジーパンと言う変わらない姿で彼はそこにひっそりと気配を消して立っていた。
お互いに何も言わずに、僕は目を閉じる。
ぱんっという真人が手を合わせる音が聞こえた。
無限にも思える黙祷の後、帰ろうと真人に声をかけた。
無言のまま静かな雨の墓地を後に真人の傘に入れてもらいながら歩く。
「あのよ」
真人が不意に歩を止めて遠慮がちに声をかけた。
「あー、何ていえばいいのかわかんねぇけどさ」
ぽん、と大きな真人の手が僕の頭の上に乗せられた。彼の手はこんなに大きかっただろうか。
「俺は馬鹿だからさ、こういう時になんていえば良いかわかんねぇんだけどよ……でも泣きたい時に泣ける強さだってあるんじゃねぇか? 俺はそれでお前が弱いとは思わねぇ。だからよ、今だけでも思いっきり泣いとけよ。 明日からまた元気になる為にな」
その一言で僕の中に抑えていた物が全て溢れ出した。
心の底からずっと抑えていた物が何倍にもなって流れてくる。
「心配すんな。悲しい事があっても俺がまた笑えるようにしてやるからよ」
真人の腕が背中に回って静かに、優しく抱きしめられる。僕はただ静かに何度も頷いていた。
夏、ほとばしる情熱の季節
この試合が終わったら伝えたいことがあるんだ。
謙吾にそう言われて僕は一人、高校生を対象とした剣道の大きな全国大会に足を運んでいた。
リトルバスターズのメンバー全員で行けばいいのにと思っていたのだが謙吾がその提案に珍しく首を横に振ったからだ。
訝しく思った物の、結局最終的に謙吾の希望通り僕一人で来ている。
試合の方は順調に勝ち進み、既に決勝戦が始まる所だった。
今の所結果は2-2で引き分け。この大将戦で試合の結果が決まるクライマックス。
相手は何度か謙吾を打ち負かしたことがあるほどの腕を持っている。どちらが勝つかなんて分からない。
試合開始、それはまるで停止ボタンを押した映画のようだった。互いに構えた刀を前にしてほとんど動きもせず、時折揺らすように振ることで牽制する。
ほんの僅かに足を動かしただけで震えるような緊張が僕を襲う。
相変わらずほとんど動きはない。でもそれは多分お互いに隙を探すべく奔走している結果なのだ。
……ごくり、と僕が息を呑んだ刹那、対戦相手が揺れる。
鋭い掛け声が響いて一閃、しかし謙吾は既にそれを見切っていたのか僅かに焦る様子もなく受ける。
しかしそこから切り返すこともなく、また場は静かに静止した。
と、今までは腰程度までの高さを保っていた謙吾の剣がすっと頭上へ振り上げられた。上段の構えだ。
見れば謙吾は瞳を閉じている。傍から見れば隙だらけにも見えるかもしれないが、相手の面を狙う攻撃を重視した構えでもある。気を抜けば即座に取られる。
じりじりとにじり寄る様に足を動かし、謙吾がほんの僅か剣を振り下ろすとバシン、という竹が打ち合う小気味よい音が大気を叩く。
警戒した対戦相手が謙吾の剣を弾く様に薙いだのだ。だがしかし謙吾はそれでも動かない。
謙吾がにじり寄ればよっただけ相手が下がる。相手がにじり寄れば同じように謙吾が下がる。
互いにリーチを完全に見極めた上での進退は下がっては前へ、かと思えば円を描くように回る舞のようにも思えた。
けれど勝負にはいつか終わりは来る。それは目にも止まらぬ一瞬のことだった。
対戦相手が僅かに1歩だけ前に踏み出すべくそろりと歩を進めた刹那、謙吾の刀が揺れた。
気づけば刀がいつの間にか振り下ろされたのに気づいてから竹の小気味よい音がようやく認識できる。
何が起こったのか見えなかった。それはもしかしたら審判でさえもそうだったのかもしれない。
あるいは、見事な太刀筋に思わず心を奪われたのか……静寂は息を飲む暇もないほどだったのにやけに長く感じる。
途端に歓声が場内を包み込んだ。誰も彼もが興奮しているように奇声とも取れるような叫び声さえ聞こえてくる。
謙吾は勝ったのだ。ほんの僅かな隙を突いて見事に1本を決めていたのだ。
試合後はそのまま閉会式及び授賞式に移行するらしく、謙吾はスタッフに導かれて壇上に上がる。
審査員の解説の後にマイクが謙吾に向けられる。
「優勝した宮沢さん、何か言いたいことはありますか?」
いつもなら特に無いとそっけなく返す謙吾だが今日は珍しくそのマイクを受け取った。
そして
「理樹、俺はお前を守るためだけに剣道を始めたんだ。……けれど、俺はあの日お前を守れなかった」
後悔の滲む声で話し始めた。
「守れなかったどころではない。結局俺は守ろうとしていたお前に守られていたんだ。
あの時、俺はこのままの日常を続けることを選んでしまった。でもそんなもの日常でもなんでもない。ただの幻だ。
幻で満足して言い訳がないんだ。それがたとえどんなに絶望的であったとしても諦めてはいけなかった。
俺は自分が強いと驕りお前を守れると本気で思っていたんだ。
本当に強かったのはお前のほうだったというのに!
そんな俺がこんな事をお前に言って良いのか……正直今でもまだ迷っている
だからこそ俺は今日、この大会をお前のためにささげようと誓った。そして大切な人の為に勝ってみせると!
理樹、俺はお前が好きだ。今度は、今度こそは俺がお前を守ってみせる!
だから俺の傍に居て欲しいっ!」
場内に歓声が響き渡る。理樹、行ってやりなさいと佳菜多さんが壇上へ僕を押し上げた。
「理樹、俺の傍に居てくれるか?」
投げかけられる真摯な瞳と、自信に満ちたその表情に、僕はこくりと頷いた。
頭が猛烈に痛い。今まで否定され続けてきた「頭痛が痛い」という表現が、今ここでなら全く問題ない物であるかのようにさえ思えた。
その原因はどう考えても精神的なもので……目の前の恭介と真人、謙吾が語った妄想のせいであるのは間違いない。
できれば今すぐに忘れたい思い出がここで一気に3つもできてしまった。
なにがどうしてこうなったのか……
原因は恐らく、頑なに認めたくないものの僕にある、と思う。修学旅行で事故に合い、それでも奇跡的に復帰を果たした頃、僕は幼馴染の鈴の事が好きになり始めていた。
初めはそれが何なのか分からなかった。
例の一見以降、随分と社交的になった鈴は異性の注目を以前より大分集めるようになって心が落ち着かなくなった。
鈴が時折見せる笑顔に何か特別な物を感じ、思わず頬が赤く染まった。
それが極極々稀ではあるものの、他人に向けられることをどこかつまらなく感じていた。
いつも傍に居る距離感のせいで異性として鈴を好きになっている事実に情けなくも気づけなかったのだ。
或いは、気づいていてなおこの関係が壊れてしまうことを恐れて心に封じ込めてしまったのかもしれない。
紆余曲折を経て、それから1ヶ月後には僕の思いは完全な決意として自分の中で確立していた。
鈴が好き。
想い続けているだけではなくて、ちゃんと好きと伝えて付き合いたいという願い。
だけど今まで僕には告白の経験が無い。何故かその先になると色々できそうな気がしたりしなかったりするのだが、好きですと相手に伝える方法がよく分からなかった。
事件があればなんかこう、ガバっといきそうな気がしなくも無かったが、平和なこの世界に早々事件は転がっていない。
だから僕は恭介に鈴が好きだと正直に伝えて、情けないながらにもどうすればいいだろうと相談したのだ。
恭介はそれを聞いてお似合いだと思ってたと喜び、止める間もなくすぐに真人と謙吾にも伝えられ、告白の練習をしようと言うことになったのだ。
その為には相手役が居なければならないと、女の子らしさを持っていてそれでいて常識的な価値観を持つメンバー……クドか小毬さんにお願いする事になったのだ。
そこに噂をすればなんとやら、クドが図書室で宇宙関係の雑誌でも借りてきたのか、薄い本を胸に抱きながら丁度よく歩いてきたので、恭介に「即興で能美に告白をしてみろ」と言葉巧みに唆され、愛の告白を試みた所、即座に嘘の告白と見抜かれてしまった。
冷たい目で蔑まれつつ事情を説明すると引っ立てられた恭介は事情の説明を余儀なくされた。
「わふーっ、理樹はそういうことをしないのです!」
「いや、すまなかった。どうしても生の感想を聞きたくてな」
憤慨するクドの前で恭介が見事な土下座を披露しながら許しを請う様は……なんというかシュールな事この上ない。
「女性に偽りの告白をするなど問題外なのですっ。でも……みなさんの真剣な気持ちは分かったです! 是非手伝わせてくださいっ!」
そう言って快く理樹と鈴の仲を取り持とう、僕らのラブラブハンターズ(その時点で命名)に加わってくれたのだ。
「いいですか、告白に大事なのは女心を理解することなのですっ」
こう見えてクドはかなりの勉強家だ。
コスモナーフトになりたいと言う彼女の夢は一度諦めかけても消えるものではなかった。
そんな彼女が今までに読んだ様々な文献の中には、告白はとても大切な物でその美しさ次第で駄作と名作にわかれる、と言われる事さえあるのだと言う。
何が相手にとって嬉しい言葉で、欲しい言葉なのか知るには女心を理解するしかない。
確かにそうかもしれないと思いはしたが、女心を理解するのは簡単ではない。
「確かに、女性の心を男性が理解するのは難しいかもしれませんが……良い方法があるのですっ! リキが鈴さんの気持ちになって告白を受けてみるのですっ! 何と言われたら嬉しいかを自分で考えてみてください」
鈴の気持ちになって告白を受けてみる。そんな発想は無かった。確かに、告白を受ける立場になる事で何か分かる事があるかもしれない。
あるのかもしれないが!
クドから告白されるならともかく、恭介や真人、謙吾から告白されても練習になるとは思えない。
けれどその一言はクドから密やかに溢れ出る、朗らかでいて圧倒的な存在感を放つ"空気読め"オーラと、今まで見たこともない猟犬のような鋭い視線で遮られてしまった。
クドの様子が、何かおかしい。
ふと、彼女が手にしていた雑誌と思っていた本のページを軽くめくり……すばやく閉じた。
「あの……クドってそういえば、西園さんのルームメイト……だっけ」
「はいなのですっ!」
「つかぬ事を聞くんだけど、西園さんと過ごしてどうだった……?」
「はじめは戸惑いもしたのですが、この世界も意外と深いことを知って日々精進あるのみなのですっ! わふっ」
逃げ場のない四角い部屋の中、ルームメイトという事もあって中々断り辛かったクドが染まるのは、無理なかったのかもしれない。
BLという、西園さんの嵐に。
「あの、クド、やっぱりその、後は僕らで考えるからもう大丈夫というか何というか……」
「理樹、何かいいましたか?」
ふわりと風が流れた。
気づいた時にはクドが僕の両手を取っていて、ともすれば魅力的なシチュエーションであるにもかかわらず、背筋に冷たいものが流れる。
「わふっ」
ごりぃという骨が軋む音が聞こえた。全身を稲妻が突き抜けたような痛みが襲う。
「く、ど……?」
「わふーっ! 訓練の結果、今ではクルミも指で割れるのですっ!」
いいから黙ってろ。無垢だった筈の少女がいつの間にか無言の圧力をかけられるまでに成長していた。
その後クドは恭介には情熱的な告白を、真人には慰めながらの告白を、謙吾には努力の末の告白を、というお題が与えられ、各々がそれを元に告白方法を妄想して発表することになったのだ。
当然彼らの物語に出てくる僕の反応も彼らの創作である。
勿論彼らの物語に出てくる僕の反応も彼らの創作である。
大事なことなので2回言いました。
「恭介さんの告白ですが、同姓に対してのどうしようもない想いの高ぶり、そして悩んだ末のストレートな告白……感動しました。ご馳走様です」
「いや、一応僕って鈴の役って設定だよね……」
不穏な解説を聞きながらも、確かに少しどきりとした部分はあった。
恐らく真摯な思いで好いてくれる相手にあんなに情熱的に告白されて心を動かさない人は早々いない、と思う。
「直江さんも顔を赤らめて潤んだ表情を見せ付けるなんて、流石としか言い様がないのですっ! 本番も楽しみなのですっ」
「いやいやいや、誰もそんなこと言ってないよね!? そもそも本番って何!?」
当然、僕の突っ込みはどれも見事になかったことにされてしまった。
「春の前って言ったらやっぱ卒業だろ?告白のタイミングなに最高のシチュエーションじゃないか。お互い違う道を歩く事に決まってもずっと一緒にいようと誓い合う二人……やべぇ、理樹、卒業式後は空けといてくれよな!」
元から単純だとは思っていたが、いつの間にか恭介はすっかり乗せられていた。絶対に空けてたまるかと心に誓う。
それに僕と鈴は同時に卒業するから使えない。何より一緒の大学に行こうと考えているのだ。
「次に井ノ原さんの告白です。美緒さんは真×理を美しくないと評価していましたがっ! 私はありだと思ってます!
男性としての男らしさ、強さが気丈に振舞う直江さんを優しく包み込む……。
普段の井ノ原さんとは一味違うギャップは王道のギャップ萌えです! いえ、燃えです! 燃えなのです!
普段はボケたキャラをしつつも土壇場では一番かっこよく決める。……これは恭介さんの特権だと思っていましたが、井ノ原さんもなかなかやりますねっ。語りすぎない所も美しいとしか表現しようがありませんでした」
何だ、俺ってそんなに凄いのかと喜んでいる真人が今は何より遠い存在になってしまった様に思えて一筋の涙が流れた。
でも確かに真人と居れば毎日が楽しいし、一見ただの筋肉馬鹿と思われている節もあるけれどその中にある優しさも、頼りがいも近くで見てきた僕はよく知っていた。
いや、だからといってときめいたりはしない。……しない、はずだ。
「ところで、これは何をイメージしたのですか」
確かに真人にしては情景描写や設定がきちんとしているように思える。
もっとも、落ち込んでいる女の子を励まして好感度を高めるのは王道であってもタイミングが難しいから実際に使えるかといわれると難しい。
ただ真人がどうしてこんな状況を選んだのかには興味があった。
「いや、だって理樹が鈴の設定なんだろ?だから猫を埋めてみた」
鈴に知られたら殺されるよ、真人……。
「最後に宮沢さんなのです。どう攻めてくるか心配でしたが……わふっ! 王道に胸が熱くなります!
何かを達成した時、人は強くなれます。しかもその理由も、実はリキの為にあったんですね。
かつて宮沢さんは直江さんを救えなくて、それをずっと後悔していて、強くなろうと決めた。
そうして傍らに居ながら強さを目指し、自分という存在に納得できた今、告白する。とても感動的なストーリーでした」
うっとりと恍惚な表情を作る彼女が今は西園さんにしか見えない。それに、
「ちょっと待ってよ、謙吾が剣道を始めたのは僕らと出会う前からなんだけど」
「リキ、……これはただの予行練習で妄想ですよ」
その一言にようやく自分が墓穴を掘らされた事に気づく。
「そもそも呼称を決めると美味しくなかったのでそのままの名前にしましたが……リキはもしかして本物の告白をして欲しかったのでしょうか? わふっ! それは素晴らしい事なのです!」
ぐさぁっと何かが突き刺さる。そんな訳は無い。無いったらない。
「そ、そんな訳無いじゃないか、そもそも僕は鈴と」
鈴と付き合いたいんだ、しかしそう高らかに宣言するより先に恭介が全てをぶち壊す。
「俺はお前のこと、愛してるぜ」
何かを言おうとして、結局何を言ったらいいのか分からず声にならない悲鳴を上げる。
その横でクドが、告白されて悶えるリキ……ありなのです、美緒にも見せたいのです! とノートに何かを書き込んでいた。
いい加減にぼけないでよね、と冷や汗をかきながら恭介に文句を言おうとして、ずいっと真人が前に出る。
良かった、真人はきっと僕の気持ちが分かるはずだ。
「てめぇ、理樹は俺のものだ、恭介なんかに渡すかよ」
高々と宣言すると僕の前で何かから守るように両手を広げる。どうしちゃったんだ真人は。君はどこへ行こうとしてるんだ。何を目指しているんだ。目指す物は筋肉だけで十分じゃないか。それだけでも有り余るというのに。
「大丈夫だ、理樹。お前は俺が守る。俺の言葉は全部本気だぜ」
ごめん真人、真人がもう遥か遠い存在に感じるよ。届かないくらいに。投げ捨てたいくらいに。
真人と恭介が視線をぶつけ合う最中、やれやれとばかりに謙吾がため息をついた。
そうだ、謙吾ならこのメンバーの中でも一番の良識派だ。この場も納めてくれるかもしれない。
「お前たち、いい加減にしないか。理樹が困ってるじゃないか」
凛とした謙吾の声に思わず胸が熱くなる。ありがとう。君だけはまともだとずっと思っていたよ。いつかどこかで聞いた、守るという謙吾の言葉が胸に響き……
「それに、理樹は俺の物だ、いやっほぉぉぉぅ!」
轟音とともに崩れ落ちた。ダメだこいつら、早く何とかしないと。
その横をクドが三つ巴の略奪愛、大いにありなのですと更なる恍惚とした表情で見とれている。
はじめから誰かに頼るのが間違いだったのかもしれない。
鈴への想いはずっと胸の中にあったのだから、ただそれをまっすぐに伝えればよかったのだ。
まだ心の整理は付かないけれどきっとすぐに言える日も来る。
よし、と自分に気合を入れて立ち上がる。とりあえずこの3人は放置しようと思ってドアに向かうと、3人分の声がハモって僕の名前を呼んだ。
「「「俺たちの中で、誰の愛をとるんだ!?」」」
「いやいやいや、要らないから。もう勝手にやってて」
そう言い残してドアに手をかけるた瞬間、全身を嘗め回すような寒気と悪寒が襲った。
「ほう、勝手に、か」
「いいじゃねぇか、じゃあ誰が一番初めに理樹のハートをさらえるかだ」
「そういうことなら任せとけ、理樹、俺が一番初めにお前を連れてバージンロードを歩いてやるぜっ」
そして凍りつく時間と、沈黙。3人が全員本気なのがよく分かる。だって、幼馴染だから。
ばたん、ドアを開けて即座に鍵を取り出し外側から施錠する。僅かながらの時間稼ぎ。
すぅっと深呼吸、僕は思い切り校舎を目指して走り抜けた。
その背後から3人がドアに突進してぶち破る音が聞こえてくる。鍵なんて全く関係ない。
余りにも非常識だ。幸い3人が互いに邪魔しあってくれているおかげで差が縮まる事は無いものの、運動能力の差もあって開くことも無い。
「「「理樹っ、俺を選べ!」」」
「ひぃぃぃぃぃっ」
時には跳び、或いは投げ飛ばされ、力強く地面を蹴り、時には奇声を上げながら迫ってくるその様はさながらB級ホラー映画のゾンビだ。
本気で泣きそうになりながらも渡り廊下を曲がり裏庭を駆けてグラウンドに向かう。
グラウンドに差し掛かる曲がり角を抜けると少し先に見慣れたポニーテールと小さな体、鈴の姿が見えた。
鈴の方も余りの騒々しさに気付いたのか振り返るなり追われる理樹と追いかける3人を見て目を丸くする。
「お前ら何してるんだ」
まるで台所に時々現れる黒くてかさこそして時々飛ぶあれを見る様な目でもつれ合いながら転がり込んでくる三人を一瞥する。
確かに絡まりあい互いに腕を絡め肉薄するその様はそっちの道の人のようにさえ見えないこともない。いや、そうとしか見えない。
「うるせぇっ、理樹は俺のもんだ、鈴、てめぇなんかに渡すかよっ」
「勝手なことをっ、理樹はこのロマンテック大統領たる俺の物に決まっているだろうがっ」
「はっ、お前らわかってねぇな、一番ドキっとさせたのはこの俺だぜ? だったら俺の物に決まってるだろう、な、理樹!」
三人ともその場で俺の物だ俺の物だと罵り合っているのを鈴が心底嫌悪感を込めた冷たい視線で見下ろした。
「何か知らんがお前らきしょい」
全くその通り。けれどその言葉に3人が揃って鈴をにらみつける。一瞬、鈴もひるみかけて、けれど持ち前の気丈さから睨み返す。
「鈴、こいつは真剣な話なんだ、部外者は入ってくるな」
恭介が限りなく真剣に、けれど不真面目な事を平然と言ってのけたが、それにも鈴はひるまなかった。
「うっさい、大体理樹をどうするつもりだお前ら」
「俺たちは理樹が好きだ。愛しているといっていい。だが、悲しいことに理樹の愛を手に入れられるのは一人だけだ。それが分かったら邪魔をするな」
高々と宣言する謙吾を見て、鈴はひぅっと声にならない悲鳴を上げて完全に目を丸くする。
「本気で、言ってるのか」
「当然だ、だからそこを退くんだ」
そのまま暫し思案するそぶりを見せて、構えた。
「想像した。お前らみんなきしょすぎる……それに」
すっと、鈴の体が前に出る。そのまま脇腹目掛けて踵をふりぬく。
ぐふっという謙吾のくぐもった声が聞こえるとそのままばったりと倒れた。
「理樹はあたしのだ、お前らなんかに渡すもんか。お前らなんかより、ずっとずっとあたしの方が理樹のことが好きだっ」
叫んで、僕へと手を差し出す。
「理樹はあたしの事、嫌いか?」
僕の目の前で、今何が起こっているのだろうか。起こっていることがわかっても、理解が追いつかない。
だけど僕は答えなければならない。その答えも、ずっと昔に決まっていたのだから。
「大好きだよ、鈴。本当は僕から言おうとしたんだけど……ずっと前から、誰よりも大好きだった、僕と、付き合って欲しいっ」
何より慌てていたし、咄嗟の事だから気の効いたことなんて何もいえなかった。ただありのままの感情を伝えただけだった。
それでも一瞬の間の後、聞こえてきたのは甲高い、けれど優しい鈴の音が1度。聞き間違いなのではないだろうかと勘ぐってしまう。
しかし目の前の鈴はふわりと、今まで見たことが無いほど喜びに満ちた暖かくて優しい笑顔を満面にたたえる。チリン、と鈴の音がもう一度鳴った。
「いこう、理樹。こんな馬鹿どもは放っておいて」
「うん」
差し出されたその手を僕は掴む。そうして自然と笑顔がこぼれた。
僕たちはそのまま手を繋いでグラウンドの先へと駆けて出した。
「全く、転ぶぞあいつら」
それが見えなくなるまで見送って、満足そうに目を細める。
本来なら修学旅行が終わる時にそういう関係になっていることを望んだのだが、余りにも理樹が鈍感すぎた。
それでも今は二人がこうしてともに手を取り合っている。
「ミッションコンプリート、幸せにな」
日を追う毎に風は熱を伴い、見上げた空は青く、蒼く澄んでいく。
どうか願わくば。
二人の未来がこの大空のように晴れ渡っていますように。
そう願って空を見上げた。夏はもう、すぐそこまで来ている。
「くそう……理樹っ!俺はお前が大好きなんだーーーっ」
約一名の頭の中を除いて。