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【久遠進】


「――――……」

 あ――……頭が痛い。

 ついでに体も重い。

 瞼を開いても霞んで見えない。

 押し寄せる不安と疲弊に、心と体が挫ける。

 陰陰滅滅となる。

 項垂れる。

 しおしおとなる。

 諦める。

「――――……」

 声が聞こえない事も無い。何があったんだっけ?

「……返事を……さい……」

 そうだ、山を降りる途中で……情けない事に僕は足を踏み外したんだった。だとしたら崖下か? それにしては動いているような感覚がする。

「……大、丈夫……ですか? 返事を……ください」

 聞き覚えのある声。どうやら木綿子さんが近くに居るようだ。ああ、駄目だ、身体が重い、頭の扉を誰かが叩くように、痛い。意識は朦朧としたまま、しばらくこの引きずられているような感覚に、意識を委ねる事にする。

「……聴こえてますか? 生きてますか……?」

 引き吊りながら、彼女は何度か脈拍などを確認する。

「チッ」

 そして吐き棄てるように舌打ち、引きずっていた体を地面に落とす。何か痛い気がした。

「くそっ、気ぃ失ってんじゃねぇよ」

 そのまま頭を抱え込む。

「ああ――もう、上手く行かないなぁ……」

 朦朧としているので表情は伺えないが、酷くイラついているようだった。どうやら、僕の意識が半覚醒である事には気が付いていないようだった。

「ここに捨てて行きたいけど、麓に仲間が居るって言ってたし……」

 ぶつぶつと、感情任せに口走る。

「こいつ連れて行けば、理由つけて同行して遠くに行けるとか思ったけど、とんだお荷物!」

 腹立たしさに、足元の男を蹴る。何か痛い。

「ここまで来たんだ! もう少しで自由なんだよ!」

 雨に負けじと吠える。

「くそ、やっぱ早計だった! あいつ等怖気づきやがって、全部話そうとかしやがるから、殺すしかなかったけど」

 地団太を踏む。

「やっぱ、死体は三人組みたいに山奥に捨てるべきだったかなぁ」

 大きく溜め息をつく。

「それに、もっと胡散臭い業者にするべきだったな、費用ケチった割りに何気に本職来るなんて想定外っつーの」

 雨に濡れながら愚痴る。

「さっさとお守りとか壷でも売って帰ればいいのにさ、あんな呑気な連中じゃ、犯人に仕立てるにも無理があるし」

 髪を掻き毟って憤りを発散させる。

「まぁ、うん、反省終わり」

 再び腕を引っ張られる感覚。

「後もう少しなんだ! おねぇちゃん売って、お金作って、親騙して、ついでに殺してここまで来てんだ! ようやくこんな辺鄙な村からおさらばなんだ!」

 何もかも省みず、彼女はひたすら前を向く。

「街へ行って、商売とか色々とやったりして、華やかに生きてやるんだ!」

 力を再び込めて男一人を引きずる。

「くっそぉ、重い、ばらさないで運ぶってやっぱり大変」

 再び男を地面に落とす。さっきから何か痛い。

「それともまとめて殺した方が楽だったかなぁ……あいつ等みたいに寝込み襲ったり」

 くすくすと笑う。

「三人みたいにやらせてる最中に包丁で刺したり!」

 高ぶって笑う、が、すぐに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「……落ち着けぇ私、あいつ等とはこれ以上関わらない方が絶対いいし、今は逃げる事が先決」

 その呟きには僕も心なしか同感であった。この会社には極力関わらないに越した事は無いのだ。

「くっそ、本当に憑かれてんのかなぁ……」

 ……ォン

 その時、頭上から風の音が聞こえてきた。と、思った瞬間、足場が崩れる様に下へと流れていく。

そこで再び意識は途切れる。


「……木綿子――」

「おねぇちゃん」


 意識は再び半覚醒。視覚と聴覚は夢現に取りとめも無く音と光景を空ろに取り込む。

 何処か、川辺のような音が聞こえる。体の下の感触は砂利か。

 目の前に、少女の姿。

「……お、おねぇちゃん――?」

少女は驚いたような、竦みあがったような様子で、目の前を凝視する。その先は、霞んでいてよく見えないが、女性とその後ろに大きな影が立っているように見える。

 ……ォン

 大きな影は、天に吠えるように少女を見据える。

「……うそ、うそうそ、ありえない――」

「……木綿子――」

 何処からとも無く、幻聴が響く。

「っ!? おねぇちゃん――」

 ……ォン

 影が大きく体を伸ばす。伸縮自在のように上半身を伸ばし、厚みの無い様な手が伸びる。

 背を向けて逃げ出そうとする彼女を、あっという間に手の中に捕らえる。

「お、おねぇ……ご……ごめん、ごめんなさい……ゆ、ゆる、ゆるし……ぐぅ」

 なす術も無く、彼女は影に抱えられ謝罪と懇願と呻きを繰り返す。

「…………」

 女性は、その様子を見て、笑みを浮かべた。

「おねぇちゃん、おねぇちゃん……おねぇちゃん、おねぇちゃん――」

 彼女はもはや、同じ言葉を繰り返す事しかできない。

 また幻聴が響く。

「……アナタもワタシを見捨てたでしょう?」

 ……ォン

 影が笑みのカタチに口を開く。女性の笑みと重なる。

 アアアァァァ……。


【鬼】


「……木綿子――」

「おねぇちゃん」

 声のする方に、近寄ってみる。

 川原に倒れ伏すように、あの娘を見つけた。川の流れはなかなかに速く、娘はかろうじて多い和にしがみ付いているような状況だった。

 近くに居る小娘は、この娘の縁の者か、姿形がよく似ていた。

「木綿子……た、助けて……」

 どうやらあの娘は、手を出さずとも助かりそうだ。そう思ってみていると、黙っていた小娘が口を開いた。

「はぁ、最悪――嫌な物見たなぁ」

 小娘は覚めた目でその光景を見つめていた。

「……木綿子――?」

 何か思案するような顔つきで呟く。

「あいつ等、殺すなら、もっとちゃんとやれっつの、こんななりで帰ったら、流石にあいつ等も色々と何色示すっての」

 そう言って、娘の捕まっている岩の上に立つ。

「お、お願い……もう、腕が痺れて……」

 そんな様子を、自然体で眺めながら小娘が呟く。

「いい加減気づけよな、あの三人におねぇちゃん売ったの私だって事、ちなみに親が馬鹿三人組に脅される様に仕組んだのも私だから」

「……えっ?」

 理解できない出来事に、娘が唖然とする。

「つー訳で、おねぇちゃん」

 小娘は、隙を付いて、娘の捕まっている手を両手で掴む。

「……バイバイ」

「!」

 そのまま、岩から引き離すように手を放る。

「助け……木綿……子」

 そのまま川の流れに、消えて居なくなる。

「だから、元から救いなんか無いんだって……」

 小娘はそれを、どうでもいい事の様に眺めていた。


 ……ォン

 先程の川原を更に降った川原。娘は冷たく打ち上げられていた。

「……どうして?」

 呟く。まだ動く己が信じられない様子だ。生憎、それはそう感じるだけで、すでに誰にも見られる事の無い状況なのだが。

 ……ォン

 娘に吠える。

「あら……お前は」

 娘の姿には、何だか分からない動物に見えているのだろう。

 お前を山に捧げられた供物として受け取った。と告げる。

「え?」

 状況を理解できず、釈然としない様子だった。それもいいだろう。

 よって、代わりに汝の願いを一つ叶えよう。そう言った。

「もしかして、山神様?」

 さぁ、願いを言うといい。力の限り叶えよう、そう言った。

 だが、肝心の娘が何をお願いしたのかは覚えていない。


【久遠進】


 アアアァァァ……

 最後まで人で居ようと足掻く悲鳴の余韻が、嵐に攫われて消え去る。

 握り潰された彼女は、四肢を別々に踊り狂わせ、幾つかの肉塊と血溜まりとなって、川原にぶち捲かれた。

 汽車に轢かれても、こうまで惨たらしくは死ねまい。

 塊の所々に指や髪が転がる様は、正に人の面影を持つ化け物のようであった。

 貌は鬼が喰らって無くなった。

 臓物の混じったどす黒い溜まりは、降り続く雨に攫われるだろう。

 実は意識がはっきりとしないため、よく見えない。所感で語っては見たが、いや多分見なくてもいいモノだろうと、視線を外す。

 超常、怪異に葬り去られる事ほど無残な事は無い。それらは自然の驚異と同じで、凡そ人の力など及ばない。死に様は人の死とは言いがたい、有り様で平らげられる。

 ああ、眠い。

 凄く眠い。

 もう終わったのなら眠ってもいいのだろうか?

 影が今度はこちらに歩を進めるが、人に出来る事など何も無い。

 眠ってしまっての構わないだろう。


 ……ォン

 意識も擦れに掠れ、視界に白い靄が掛かる。もう、お迎えを待つだけかと胸中で溜め息をついたところで、影がこちらに体を伸ばす。

 伸ばされる黒い手を傍観していると、白い靄がそれを遮った。

 ……ォン

 影が腕を引っ込める、しかし、妙に短くなっていた。

「……娘に誑かされたか」

 何処か、懐かしい声が聞こえる。

 しかし誰の姿も無い。目の前には、よく見かける白い靄が一匹。僕は一体何処から何処までを夢と認識しているのか。

 ……ォン

 影が白い靄に吠える。

「言いたい事を言う前に、これが目に入らぬか下等神、大山積神様よりの証文だ」

 そう言って、器用に四足歩行の白い靄は尻尾に括りつけられた文を開いてみせる。

「内容を簡潔に言えば、お前を土地神から解任し、元の来訪神に戻すという内容だ……」

 そのまま、器用に前足で証文を切り裂く。

「だが、貴様は個人的に許せん、このまま帰す訳には行かんな」

 どすの聞いた声が、黒い影を射抜く。

 ……ォン

「いや、別に貴様が堕ちようが曲がろうが気にはせん」

 黒い影と白い影が対峙する。

「そこの男は、私の大事な氏子でな、ゆくゆくは夫婦神となる予定だ。小鬼如きが指一本でも触れてみろ」

 大きさでは黒き影が圧倒的であろうに、白い影はむしろ威圧するかのように、影を睨む。

「消すぞ」

 その一言で、黒き影が気圧された気がした。

 ……ォン

 負けじと、影が吠える。風が更に吹き荒れる。

「ま、啖呵如きで荒神が静まるとは思っておらん」

 爪を一舐めし、獲物を駆るかのように構える。

「掛かってこい」

 その瞳は、鬼をも狩らんとする、鋭さを持つ。

「招き猫の力を見せてやる!」

 いや、それ弱いから!

 思わず夢に突っ込みを入れる、しかもそれに全力を使い果たし、僕の意識は闇に落ちた。


【水仙寺奏】


 本土を通過し、猛威を振るっていた颶風は、翌朝にはその影も形も無くなっていた。

 傷跡はなかなかに深く、まるで怪物同士が戦ったかのように、大きく斜面を崩していた。

 私達がその場所に辿り着いた時には、殆ど全てが土砂に埋もれて、ただ一人進だけが、天の幸運に守られたのかポツンと川辺に取り残されていた。

 村でも多少の被害が出ているため、祭り所ではなくなってしまったのが残念といえる。

「結局木綿子さん見つかりませんね?」

 進の無事を確認して、次に私達は居なくなった木綿子さんの捜索をしている。

「どうだ?」

 神崎さんの問い掛けに、香を焚いているレイジーさんは首を振って答える。

「土砂に巻き込まれたか、それとも遠くに逃げ遂せたか」

 ため息一つ。

 私は未だに神崎さんの推理が正しいとは思っていない。

「これじゃ、真相は暴けませんね」

 しかし本人が居なくなっては、事件は永久に謎のまま。神崎さんの推理が合っているかどうかも、これで確認は出来なくなったわけだ。安心したような、不安なような、どうともいえない感情が胸に渦巻く。

「はてさて、鬼に食われたのかもな」

 そういう事なら、それでもいい。

レイジーさんは早々に進を抱えて村へと戻っていったし、終わった事件をとやかく考えても仕方ない。

「これ以上は無駄だな、帰るぞ」

 そういう事にして、捜索を切り上げる神崎さんについていって、私は川原から山道に戻る途中、ふと何かに触れた気がした。

「え?」

 振り返ると、女性。

 透き通るような、透けるような、不確かな造形が漂う。反射的に背筋を悪寒が襲う。

「ほう、まだ居たのか」

 神崎さんはその人影の元へと行く。

「こ、これって、お、鬼……」

 後ずさる私とは対照的に、恐れず引かず、神崎さんは立ちはだかる。

「ああ、恐らく人柱として迎えられたのだな、山神に」

 美しき女性のカタチは、何をするでもなく漂う。

「しかし、神と成るには聊か俗過ぎたか悪鬼よ」

 一方的に神崎さんは話しかける。見たところ、両者の会話が成り立っているとは思えない。神崎さんは手向けの言葉を区切る。

「ようやくコイツが役に立つ」

 持って来ていた日本刀を一息で抜き放つ。

「敬意は払っても畏怖はしないのがモットーだ」

 躊躇う事無く、そのカタチを切り伏せた。音も感触もなさそうだったが、切られたように、カタチは姿を亡くして消え去った。その最後に、鬼の目にも涙か、様々な感情を含んだ、雫が頬を流れた気がした。気のせいだ、目の錯覚だ、他愛も無い朝露を見間違えたのだろう。

 ともかくこれで、ようやく鬼退治は完了だろう。

 最後の問題は、一体私達は誰から報酬を貰えばいいのだろうかと言うところだ。


【久遠進】


 夏まけて、咲きたるはねず、ひさかたの、雨うち降らば、移ろひなむか。

 と、大伴家持が万葉集で詠うが、森の木々は久の雨にむしろ青々しさを増した気がした。人にとっては脅威であれど、森には恵になる場合もあるという事か、斯くも自然は脅威なり。

 ちなみにこの詩は、久しぶりの雨で花の色が褪せてはしまわぬか心配しいるが、ごらんの通り杞憂である。人より遥かに逞しく、夏の景色を彩っておられる。まだまだ夏を読む詩は多くあるが、今は痛む体に鞭打っての帰路に精一杯、身勝手ながら、講釈は終わりとさせていただく。

「ああ、熱っつい……」

 目の前を、和服美人が気だるそうに行く。

「だから日が昇る前に帰りましょうって言ったんですよ」

 社長達に報告をしに一足先にレイジーさんと奏は山を降りて行った。その隙にと神崎さんはお酒を嗜んだ次第であり、完全に自業自得なのだ。

 重そうな荷物は一通り先に持っていって貰ったので、身軽で気軽。もう、向かう所の敵は夏の熱気くらいである。

「にゃ」

 道の途中にて、白い猫が合流する。どうやら一緒に帰るつもりらしい。

「おお」

 見ると尻尾の文はなくなっていた。んん? 何処かで中身を見たような気がしたが、ま、気のせいだろう。

「ん? こらこら、変なもの狩るなよ」

 よく見ると、しょうぐんは口元に鼠大の何か変な生き物をくわえていた。

「っ! おい、ちょっとそれを見せろ!」

 何故か神崎さんがそれに反応して、手を伸ばす。猫から鼠を奪うとは、何たる所業だろう。鼠っぽい奴は、まだ息があるらしくジタバタ暴れている。

「まさか、コレがあいつか?」

「にゃ」

 神崎さんの質問に、白猫はぷいっとそっぽを向いて行ってしまう。

「そうか、思ったよりしけてるな、とんだ見掛け倒しだったのか?」

 よく言っている意味は無いが、しょうぐんは特に何も言わずに尻尾を一振り。

「とんだ小物だなぁ、お前まさか神通力吸い取ったりしてないよな?」

 そう言って神崎さんは白猫を睨みつける。

 しょうぐんは、振り向いて不敵な表情とも取れない顔を見せた。

「やっぱりか! 返せこら!」

 しょうぐんは素早く駆け抜けていった。当然人と獣、神崎さんに追いつけるはずも無い。

「くっそ……しょうがない」

 憎憎しげに先を見つめる。

「ああ、まったくこれでようやく鬼退治完了だ」

 そう言って籠に捕らえる。

 彼女は遊び終わりを告げるかのように。

 コレで家に帰れるとでも言うように。

 告げる。

「鬼さんつーかまえた」


【完】


投稿の仕方を間違えたので、修正いたしました。申し訳ございません。

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