【掌編】マリトッツォの伝説
私がその話を聞いたのは、会社で同僚と優子ちゃんとお昼のお弁当を食べている時だった。
「伝説の丸どっと??」
「真理ちゃん、違うよー。マリトッツォ!」
「まるまって??」
「ん、もう、何をどう聞いたらそうなるのよ~??」
私が発音に苦労しているお菓子、マリトッツォ。
私はよく知らなかったけど、ちょっと前にブームになった丸いパンに生クリームがたっぷり挟まった菓子パンのことらしい。
「それの何が伝説なの?」
私はわけがわからないので、お弁当のハンバーグをつつきながら優子ちゃんに理由を聞く。
「それがね、桜町ある山田ベーカリーっていう昔からあるパン屋さんがあるでしょ? あそこで売ってるマリトッツォを食べると好きな人と両想いになれるんだって」
「そんな女子高生みたいな都市伝説をどこで聞いてきたのよ」
「えーっと、SNS?」
いい大人の私たちが、女子高生が喜びそうな都市伝説でキャッキャしてるのはどうかと思う。
どうかとは思うけど……。
でも、クリームがいっぱいの話題のまぁるいパンは食べてみたい。
(そうよ。パンが食べたいだけで決して恋の成就とかは関係ないのよっ!)
うん。女子高生じゃないしね。
たかが、菓子パンにすがるなんて馬鹿なことは28歳の会社員の私がするわけないじゃないですか?
と、とうぜんですよ。
当然、そんなことしませんよ?
*
だいたい、その都市伝説の山田ベーカリーっていうパン屋さんは幼馴染みのカンタのうちなのよね。
私が、パン屋だからカンタじゃなくてパンダだと小学生の頃にいじり倒して子分にしてた山田幹太。
そのカンタも、もう立派な跡取り息子だ。
お父さんと一緒に店も大きく改築して、今ではイートインスペースもある小洒落た店になっている。
私も仕事帰りにたまに寄って、カンちゃんに元彼の愚痴などを聞いてもらっていたけれど……。
最近、仕事が忙しいし、愚痴をぶちまけたのも恥ずかしくって、ここ1カ月くらい御無沙汰していた。
(まさか、その間に伝説のパン屋になっていたとは……)
私は、残業で遅くなったが閉店間際に寄ってみた。
*
暗がりの中、ほんわりとオレンジ色の明かりが灯る夜のパン屋さん。
以前は、こんな遅くまで開店していなかったのに、カンちゃんの代になってからは私が帰宅するような遅い時間まで開いている。
(なんだか、ホッとする……)
久しぶりにメロンパンと山切りパンを一斤買って、カンちゃんにと特別にぶ厚い4枚切りにしてもらおう。
そしたら、明日の朝はそれをこんがり焼いて、バターをたっぷり塗って……。
考えただけでよだれが出てくる。
(あ、でも今日はメロンパンじゃなくマリトッツォを買うんだった!)
「こんばんはー」
お店のドアを開けると、香ばしいパンとイーストの匂いがしてなんだか幸せな気持ちになる。
「まっ、真理ちゃん! いらっしゃい。やっと来た……」
白い清潔なコックコート姿で少したれ目のカンちゃんが何かつぶやいたが、私にはカウンター越しで最後の方は良く聞こえなかった。
「ん? 何か言った?」
「なんでもない。久しぶりだね!」
「そだね~。今日は、いつもの山切りパンを4枚切りでお願いね」
「かしこまりました」
そういって、カンちゃんは山切りパンをカットするために、さっそく厨房へ行ってしまう。
私は店内のイスに座りながら、その背にためらいがちに声をかける。
「カンちゃん、あとね。えっと……。なんだか最近、人気商品があるんだって?」
「あっ! えっと、うん。そうらしいね……」
「棚にはもうないみたいだけど、例のそれ1個くらい残ってたりする?」
カンちゃんは、それを聞いてハッと顔を上げこちらを見て、この世の終わりとばかりにサーッと青ざめた顔をした。
(あわわ。私、無理を言っちゃったかな? カンちゃんにとっては、いまだに、怖い親分って感じなのかな?)
カンちゃんは、山切りパンをカットし終え私のところにしょんぼりしながら戻ってきて言う。
「真理ちゃんは、もう次の好きな人ができたってことなのかな?」
「えっ! あ、違う違う。誤解だよ~」
私は大きく手を振って、全力で否定する。
なんだか、カンちゃんには誰か他に好きな人ができたとか、思って欲しくない。
まだ、彼氏とかそう言うのいらないっていうか、こうやってカンちゃんと話してる時がなんだか癒しなんだよね。
なんだか、久しぶりに来たけどやっぱりカンちゃんと話してる時が、落ち着くし。
(明日は、定時に仕事を終えて寄ろうかな?)
「真理ちゃん……。今、好きな人いないんだよね?」
「うん。別れたばかりでフリーだよ」
それを聞くと、カンちゃんはちょっと待っててといって、入り口にクローズの看板を出した。
(ん? なんだろ? 混み入った話かな??)
*
厨房から、戻ってきたカンちゃんは緊張した面持ちで言い放つ。
「真理ちゃん、ずっと好きでした。俺とお付き合いしてください!」
カンちゃんはそう言いながら、生クリームの上にイチゴがラインストーのようにキラキラと並んだ、まん丸いマリトッツォを私に差し出してきた。
――― しかも、ひざまずいてだ!
私は、何が起こったかよくわからずびっくりしながらも、とりあえず差し出されたマリトッツォを両手で大切に受け取った。
「えっと、はい? いただきます」
だっておいしそうだったんだもの。
条件反射だよ!
カンちゃんは、やったと小さくガッツポーズをして、頬を染めてニコニコしている。
それを見ると、私もなんだかまあいいか? と、いい気分になった。
「真理ちゃんが、彼氏の愚痴を言って大泣きしたあの日から、来なくなっちゃって心配してたんだ。それと同時に、俺なら絶対泣かせないのにって思ってて……」
そうだったんだ。
私は、あれからちょっと恥ずかしくてここに来なかったから、よりを戻したと思ってたのかな?
「真理ちゃんが来なくなっちゃったから、何かまた来てくれるいい方法がないかって考えて、マリトッツォを作って毎日待ってたんだ」
「何でマリトッツォなの? 確かにふわふわパンも生クリームも大好きだけど?」
エサで釣り上げる作戦?
まあ、大成功だったといえるけど。
「それは、おまじないみたいな感じで……」
そういえば、マリトッツォの発祥のイタリアではこの中に指輪を入れて、婚約者に贈るとかプロポーズに使うとかなんとか、同僚の優子ちゃんが言ってたなぁ。
それを思い出し、私はぎょっとして丸くてかわいいマリトッツォを穴が飽きそうなほど見た。
「まさか、この中に指輪とか入ってるの!? 気が早くない??」
「ええっ!! 食べ物にそんなことしないよ。異物混入ダメ。衛生的によくない」
あ、はい。そんなロマンチックではないのか。
私は、清潔感があって真面目なカンちゃんらしい答えに、なんだかおかしくなって笑いが込み上げてきた。
「カンちゃんらしいね」
くすくすと笑う私に、カンちゃんは少しもじもじして照れくさそうに言う。
「『真理待って』」
「へ?」
「『真理ちゃん待ってて、真理ちゃん待ってる』って意味で、マリトッツォを大量に作ってたら、なんだか売れたんだよね」
私はその言葉を聞いて、両の手のひらに乗っている宝物のようなマリトッツォが愛しくてたまらずにパクリと食べた。
それはやわらかくて甘くて甘くて……。
私は恋愛成就の都市伝説は、本当の伝説になるなと思った。
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