【超超短編小説】アルるの女の伽藍ドール
「煙草、やめないの」
開け放たれたベランダの鉄扉に寄りかかって立つ女が俺に訊いた。
爆発した髪の毛と一体化した様なズルズルのXXXLサイズ黒Tシャツと、中学生が着る学校の芋ジャージより薄い生地の黒ジャージを引きずるようにして履いていた。
俺は焦げ穴だらけになったソファベンチから身を起こして笑う。
「やめるのをやめたんだ」
またひとくち煙草を吸ってから、短くなった吸い殻を転がっている空き缶に押し込んだ。
女は何か言いたげな顔をしていたが、やがて諦めたように灰色の溜め息を吐くと、部屋に戻って冷蔵庫を開けて缶入りのハイボールをひと口飲んだ。
まぁ日曜日だしな、朝から酒くらい飲むこともある。
引退寸前のソファベンチに再び体を横たわらせた。
低層マンションの上方に鎮座するドープな太陽は明確な殺意を持って輝いている。分厚い雲がそれをなんとか丸く収めようと愛想笑いで広がっていた。
風はあまりなく、近所の子どもたちの声が耳をからかう。
「まぁ、お互いにクラブ27には入り損ねたしさ。硬いこと言うのは良そうぜ」
禁煙を止めた俺は機嫌良く煙を吐く。
「別に、何も言ってない」
ハイボールで鎮痛する女は少し不機嫌だ。
「そうか。なら良い」
構わないさ。
すでにケツと背中には汗と熱と鬱屈が粘性の塊になって張り付いている。ビニールソファはいつだってそうだ。
今日は予定通り、このまま風呂場でイカを焼いてしまうか。剃刀はどこにあったかな。
それとも先週に予定していたドライブを実行するか。それなら道中で七輪とダクトテープを買わなきゃならないからホームセンターに寄ろう。
いや、目隠しドライブってのもいつか言っていたか。スカイダイビングの話をしていたのはいつだったか。
分厚い雲の向こう、太陽までの距離、イカロスの祈り、否応なしに積もる生と死。
「ねぇ、今日はなんの映画を観るの」
鎮痛剤の効いた女は機嫌が良かった。素晴らしいことだ。
「昨日から配信が始まったマフィア映画で面白いのがあるんだよ」
「どんなの?」
「竜巻に飲まれたイタリアンマフィアが世界中に降り注ぐんだ」
何も今日じゃなくていいか。
でもいつか耳が聴こえなくなって、手足が動かなくなる前には。
「まぁ、飯食ってから考えるか」
女が久しぶりに笑った気がする。
いや、今なんだろう。
俺はソファベンチから立ち上がって、ベランダの手すりを乗り越えた。




