2話
闇雲に議論を重ねてしまったけど、結局、流行りに左右されそうな古着屋を諦め、スポーツカフェ開店に向けて動き出すことにした。
「誠、メニューはどうする?」
真琴がノートを広げて、真剣な顔をした。
「おにぎりとペットボトルだけでいいと思う」
僕は即答した。
「え、そんなに絞るの?」
「その場で握ればロスが少ないし、おにぎりって特有のワクワクがあるだろ。
梅と鮭だけでも勝負できる。誰でも食べられるし、ゴミも少なくて済む」
真琴は少し考えてから笑った。
「確かに。学生が安心して食べられるし、片付けも楽だね」
「ペットボトルも保存が効くし、フタがあるからこぼれにくい。
在庫管理も楽だし、コーラと麦茶とジュースでなんとかなる」
「ゴミも汚れにくいし、いいじゃん」
僕らは150円均一に決めた。
「安すぎるかな…」と僕が不安を漏らすと、
「学生が気軽に来られる方が大事だよ。値段より、ここで過ごす時間の方が大切」
真琴はそう言って、こでまりの頭を撫でた。
次に話題は映像に移った。
「放映はどうする?全部やるのは無理だよね」
「サッカーと野球とバスケに絞ろう。盛り上がりやすいし、学生も集まりやすい」
「うん、三つあれば十分だね。試合の熱気を共有できるのが一番の魅力だし」
こうして僕らの店は、
**おにぎりとペットボトルだけの150円均一メニュー**、
**サッカー・野球・バスケの三本柱の映像放映**という形に固まった。
シンプルだけど、確かにここから何かが始まる気がした。
「おにぎりとペットボトルだけなら、簡単にできると思ったんだけどな…」
保健所の窓口を出た僕は、ため息をついた。
厨房設備の基準、手洗い場の位置、冷蔵庫の容量。思った以上に細かい。
「ほら、誠。現実ってそういうもんだよ」
真琴は書類の束を抱えながら笑った。
「でも、こういうのを一つずつクリアしていくのが、始めるってことなんだよ」
数日後、僕らは食品衛生責任者の講習を受けた。
朝から夕方まで、衛生管理や食中毒の事例を延々と聞かされる。
「手洗いは最低30秒」「まな板は用途別に分ける」「冷蔵庫の温度管理」…。
正直、退屈だった。でも、講師が最後に言った一言が心に残った。
「食べ物を提供するということは、人の命を預かることです」
その瞬間、僕は少し背筋を伸ばした。
真琴は隣で「意外と重い話だね」と小声で呟いた。
修了証を受け取ったとき、僕らは顔を見合わせて笑った。
「なんか学生時代の資格試験みたいだな」
「でも、これで一歩前進だね」
次にぶつかったのは映像の問題だった。
「スポーツ中継って、勝手に流しちゃダメなんだって」
動画を見ながら真琴が眉をひそめる。
「放映権の契約が必要で、しかも結構高い」
「え、じゃああのスポーツバーは全部契約してるのか?」
「そういうこと。誠、契約書とか読める?」
「……苦手だ」
「だよね。じゃあ私が読む。交渉は二人でやろう」
僕らは配信会社に連絡を入れた。
電話口の担当者は淡々と説明した。
「サッカー、野球、バスケの放映にはそれぞれ契約が必要です。
料金は月額で、規模によって変わります」
「学生向けの小さなカフェなんです。できるだけ安くしたいんですが…」
真琴が必死に食い下がる。
「規模が小さいなら、限定パッケージをご案内できます。ただし同時配信は不可です」
「同時じゃなくてもいいです。試合ごとに切り替えます」
僕は慌ててメモを取りながら答えた。
交渉は何度も続いた。
「契約書の文言が難しい」「支払い方法はどうする」「上映範囲は店内だけ」…。
夜中の空き店舗で、僕らはノートパソコンを開き、契約書を読み上げながら頭を抱えた。
こでまりはカウンターの上で丸くなり、
「そんなに難しく考えなくてもいいよ」と言いたげに眠っていた。
「誠、これってさ、壁っていうよりステージだと思わない?」
真琴がふと呟いた。
「許認可も契約も、全部この店の舞台装置。
面倒だけど、これを乗り越えたら本当に始められるんだよ」
僕はその言葉に救われた。
現実の細かさに押し潰されそうだったけれど、
それを「舞台装置」と思えば、少しだけ胸が高鳴った。
こうして僕らは、許認可の壁に挑むことを決めた。
おにぎりとペットボトルだけの店でも、
サッカー・野球・バスケの映像を流すためには、
現実の試練を一つずつ越えていくしかなかった。




