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第8話 遅れてきたもの、ずっと抱えていたもの 〜エリス視点〜

夜にまた1話投稿する予定です!

ふぅ……。


ようやく鎧の匂いが抜けてきた。

戦場に染みついてた鉄と血の匂い――この屋敷に来て数日、ようやく“日常”の温度を思い出してきた。


でも、心の奥に残るざらつきは、まだ消えない。

きっと、ラルくんがいる限り、私はずっとこのままだ。


「ねぇ、ラルくん。わたし、ちゃんとここにいるよ」


そう小さくつぶやいて、鏡の前で髪を軽く整える。

戦場じゃ一秒も気にしなかった髪型も、今は少しだけ気になる。


ちゃんと、見てほしい。

わたしのことも、わたしの想いも。


……なんて。自分で言ってて、ちょっと恥ずかしい。


でも――


あのとき、何も言わずに消えたラルくんを、追いかけるしかなかった自分の気持ちは、本当だから。


 



⸻ 1年前、戦場にて。


「ラルくん、ちょっとは寝てよ。さすがに限界でしょ?」


「平気だ。報告だけ済ませたら交代する」


またそれ。絶対平気じゃないのに。


副官として、戦友として、……それ以上の想いを抱く“女”として。

私は、何度ラルくんの倒れそうな背中を支えてきたか。


それでも、気持ちは言葉にできなかった。

「好きだ」なんて一言で済ませられるものじゃない。


でも、だからこそ。


ラルくんが、何も言わずに姿を消したとき――わたしの中の何かが、壊れた。


命がけで共に生きてきたのに。

黙って背を向けられたことが、悔しくて、悲しくて、どうしようもなかった。


探した。

馬鹿みたいに。

泣きながら、探した。


“もう、どこにも行かないで”って、心の中で何百回も叫びながら。


だから。

行き先を突き止めたときには、もう覚悟を決めてた。


「行くしかないでしょ。あの人に会いに」


勲章も、功績も、地位も、ぜんぶどうでもいい。

わたしには――ラルくんしかいなかった。


 



その夜。食堂にて。


ラルくんが座って、少し遅れてわたしが入る。


空気が……少し変わった。

言葉ではなく、感情で肌に感じる微かなざわつき。


(やっぱり、ちゃんと見張ってるんだね。……ラルくんの周り)


それでも構わない。

だって、わたしがここに来た理由はただ一つ。


――ラルくんの隣に戻るため。


それ以外は、本当にどうでもいい。


 


「……ご挨拶が遅れましたわね。エリスさん、いえ――副官殿。まさか、本当に“いらっしゃる”とは」


優雅な声。

刺すように、けれど滑らかに。

セリナちゃん、さすが言葉選びが上手い。


「ふふっ。セリナちゃんは相変わらずね。ま、顔くらい見れるとは思ってたけど……こんなに早く睨まれるとは思わなかったなぁ」


本当は、“睨まれる”なんて思ってない。

むしろ、少し心配してたの。ラルくんのまわりに、どんな顔が並んでるか。


でも、いた。変わらずに、ちゃんと守ってきた顔たち。


それが少しだけ、安心だった。


(……だけど)


(わたしの知らない時間が、あの人のそばで流れてたんだ)


そう思うと、胸の奥が少しだけ冷たくなる。


 


「別に睨んでなどおりませんわ。ただ……過去に縋る者が現れると、視界が濁りますの」


“過去”――

そう呼ばれる覚悟は、してたよ。


でもね、セリナちゃん。


「過去? 違うよ、セリナちゃん。私は“今の”ラルくんを見に来たの」


あの人が変わってしまっていたら。

もし、どこかに傷を残したままだったら――

わたしが、ちゃんと隣で寄り添いたかった。


過去を語りに来たんじゃない。

これからのラルくんを、わたしの隣に連れ戻すために来たの。


 


「まぁ……ご立派な動機ですこと。まるで“彼の変化を見守る資格がある”とでも言いたげですわね」


……資格、ね。


でも、それを他人が決めるもの?


ラルくんが、わたしの声を覚えててくれた。

名前を呼んでくれた。

それだけで、わたしにはもう十分“根拠”がある。


 


「わたし、ミアでーす☆」


ミアちゃんの声が飛び込む。

その明るさが、ちょっとだけ場を和ませる。


けど――わたしは、そこに甘えたりしない。


(だって、これは“誰が一番ラルくんを想ってるか”の戦場みたいなもんだから)


 


その時だった。


わたしの視線が、ラルくんの横顔をとらえる。


その温もり、そのまなざし、今すぐにでも触れたくなる。


だから――言葉が零れた。


 


「ねぇ、ラルくん。一緒に寝たときのこと、覚えてる?」


「ぶっ!?」


「なっ……!」


その場が静かに、でも確実に凍りつく。


でも、わたしは微笑んだまま。


だって、これは嘘じゃない。

戦場で、一度だけ――

ラルくんがわたしの膝で眠った夜。


 「語弊がある言い方はやめろ、エリス。誤解されるだろうが」


「え〜? でも、私の膝で寝てたのは事実でしょ? すごく……幸せそうだったよ?」


 ねぇ、ラルくん。

“事実”を突きつけられるのって、少し照れるでしょ?

でもその照れ顔、他の子たちには絶対に見せちゃダメ。

だってその顔は、“わたしだけの戦利品”なんだから。


ふふっ。ほんの少し赤くなったラルくんの表情に、

胸の奥がじんわりと温かくなる。


それだけで、今日ここに来た意味があると思えた。


(ほら、セリナちゃん、顔が少しこわばってるよ)

(ミアちゃんは、わかりやすいな。目が泳いでる)

(リーナちゃん……無言のまま、でも、その視線の奥は、炎みたいに燃えてる)


でも、みんなに分かってほしいの。


わたしがこうしてラルくんに近づくのは、

煽りたいわけでも、勝ち負けが欲しいわけでもない。


――ただ、好きだから。


戦場で見た、あの背中。

無理して、苦しくて、でもみんなのために戦ってた。


一番近くで見てたのは、わたし。


触れた体温も、隠した涙も、

わたしだけが知ってるものが、ちゃんとあるの。


 (だから――わたしは譲らない)


誰にだって優しいラルくん。

でも、その優しさに甘えて、勝手に“隣”を奪うのは違うと思うから。


わたしはわたしの手で、言葉で、気持ちで、

ちゃんとあの人に“隣にいてほしい”って伝える。


今夜は、ただのひと刺し。


でもこれからは――

本気で、奪いにいくよ。


だって、ラルくんが好きだから。


その“本気”は、誰よりも深く、強いって――

胸を張って言えるから。



⸻ 夜の廊下。


見つけた。ラルくん、一人になってる。


「ねぇ、ちょっといい?」


「……ああ。どうした」


静かに距離を詰めて、袖をそっと掴む。


「ラルくんってさ、本当に変わらないよね。こうやって、一人で何でも抱え込もうとしてさ」


「……お前は昔から、よくそう言うよな」


「だってほんとなんだもん。周りに人がいても、心の中には誰も入れない。……でも、だからこそ惹かれたのかも」


わたし、笑ってると思う。

でも目は、たぶん笑ってない。……それくらい、本気。


「寒かった夜、寝袋に無理やり入ったの、覚えてる?」


「……忘れるわけないだろ」


「ね? あれ、わたしの中ではちょっとした“事件”だったんだから」


あのとき。

ラルくんの体温に触れた瞬間、ほんとに泣きそうになった。

戦場の中で、はじめて“人のぬくもり”に触れた気がして。


あれで決まったんだと思う。

――この人の隣にいようって。


「わたしはね、ラルくんの隣が一番落ち着くの。昔も今も」


「……エリス」


「誰かに勝ちたいわけじゃない。でも、あの頃のあなたを知ってるから。……一人で壊れそうだったあなたを、わたしは知ってる」


だから、伝えたかった。


「わたしね、ラルくんが幸せなら、それでいい……って思ってた。でも、やっぱりダメだった」


「……?」


「“幸せにしてあげたい”じゃなくて、“一緒に幸せになりたい”って思っちゃったの。わたし、欲張りだよね」


ほんの少しだけ、目を逸らして、苦笑する。


……でもその直後。

目を見て、もう一度だけ、真っ直ぐに言う。


「……でも、もう逃がさないよ。絶対」


ちゃんと伝えた。

ちゃんと見つめた。


ラルくんは少し戸惑った顔をしてたけど――逃げなかった。


その顔が見られただけで、今日は報われた気がする。


 


夜の空。少し雲が晴れて、星が顔を出していた。


わたしは、そっとつぶやく。


「ねぇ、ラルくん。今度は――ちゃんと、わたしの隣にいてね」


お願いじゃない。

これは、決意。


誰よりもラルくんを知ってるのは、わたし。

誰よりもラルくんを好きでいる自信があるのも、わたし。


だから。


“もう置いていかないで”なんて、もう言わない。


今度は――わたしの手で、連れてく。

ちゃんと、わたしの隣に。


 


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