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第3話 メイドは微笑み、剣より鋭く

今日のうちに後1話投稿します!

朝。屋敷はまだ静寂に包まれていた。


ラルは、自室のベッドでぼんやりと天井を見上げていた。

昨日からの怒涛の展開――セリナの甘やかし、ミアの突撃、そして二人の静かな火花の応酬。

休息を望んで隠居したはずの彼の周囲は、まるで戦場のように賑やかだった。


「……なんでこうなるんだか」


そう呟いた直後――


コン、コン。


廊下から控えめなノックの音が聞こえてきた。

響きは小さく、けれど驚くほど規則正しく、まるで測ったような間合いで。


「……誰だ?」


「リーナでございます。朝食の準備が整いました。お支度を……お手伝いしても、よろしいでしょうか?」


その名に、ラルは思わず目を見開いた。


「……リーナ……?」


リーナ。

彼がまだこの屋敷にいたころ、控えめな性格であまり目立たなかった少女。

だがどこか印象に残る――影のように淡い存在感を持った、小間使いだった。


「入ってくれ」


扉が、音もなく開いた。


入ってきたのは、やや大きめのメイド服をまとった少女。

漆黒の髪を低い位置で結い、伏し目がちな瞳は薄紅色。

控えめな姿勢ながら、所作には一切の無駄がなかった。


「お帰りなさいませ、ラル様」


リーナの声は、震えていた――けれど、それは緊張でも恐怖でもなく、“喜び”の震えだった。


「……久しぶりだな。まだ、屋敷にいたのか?」


「はい。ラル様がいらっしゃらない間も……ずっと」


ラルはどこか気まずそうに頭を掻いた。


「……よく、続けてこれたな」


「ラル様が……帰ってくると、信じておりましたので」


そこには微笑みがあった。

穏やかで、澄んでいて――けれど、どこか、深く、染みつくような感情が滲んでいた。


リーナはラルの傍に膝をつき、小さく微笑んだ。


「ラル様が帰ってくる夢を、毎晩見ておりました。……時には、とても怖い夢も」


「怖い夢?」


「ええ。……ラル様が、他の誰かの名前を呼んで、私を忘れてしまう夢、です」


ラルは思わず言葉を失った。


「でも、大丈夫です。そうなっても――」


リーナはそっと、ラルの手に指を重ねる。


「……何度でも、思い出していただきますから。わたくしが、“忘れられない”ように、しますから」


 


朝食の間、リーナはほとんど言葉を発さなかった。

けれど彼女の手はよく動いた。


ラルが水に手を伸ばす前にグラスが差し出され、ナイフに手を取れば新しい皿が出される。

まるで、ラルの行動すべてを先読みしているかのような仕草。


「……お前、こんなに気が利くやつだったか?」


「はい。変わったのです。ラル様がいなくなってから」


「……どういう意味だ?」


リーナは淡々と、しかし熱のこもった瞳でラルを見つめる。


「“正しく在る”ために、わたくしにはラル様が必要です。

それゆえに、わたくしのすべては――ラル様に捧げるべきものと定めました」


その言葉に、ラルは一瞬だけ言葉を失った。


「……たとえばさ。俺が他の誰かと過ごしたら、お前はどう思う?」


試すように問うと、リーナは一切の迷いなく答えた。


「わたくしは……ラル様が誰を愛そうとも、それを否定いたしません。

けれど、“ラル様の最善”になれるよう、誰よりも傍にいられるよう、最善を尽くします」


言葉は穏やかで、表情も変わらない。

だがその声の奥にあるものは、忠誠というにはあまりに深く、

愛というにはあまりに冷静で、

執着というには、どこか整いすぎていた。


“そこに在る”ことが当然で、

“誰よりも長く見てきた”という確信が、彼女の瞳を揺らがせない。


ラルがわずかに視線を落としたその瞬間、

リーナはふと言葉を継いだ。


「ですが………」


「………?」


「“その方”がラル様に相応しくないのであれば、辞退していただくように丁寧にお話しさせていただきます」


淡々と、まるで日常の家事を報告するかのように。

だが、その“お話”がただの会話で終わることはないと、ラルはなぜか確信してしまった。


「……怖いな、お前」


「怖いほどに忠実であれと、ラル様は教えてくださいました」


「そんなこと、言った覚えはないけどな……」


 静かな空気の中で、再び控えめなノックが鳴った。


「ラルー! 入っていい?」


元気な声。ミアだった。


「入れ」


ドアが開き、ぴょこんと顔を覗かせたミアは――リーナを見て、首をかしげた。


「あれ、だれ? 新しいメイドさん?」


「以前から仕えていたリーナです」と、リーナはすぐに一礼した。


ミアがラルに近づこうとした瞬間――リーナがわずかに体を動かし、自然な導線を塞いだ。


「……ご朝食中ですので、ラル様の妨げにならぬよう、どうぞお静かに」


「……へぇ」


ミアの声色が、わずかに変わる。


「ラルとは昔から一緒だったけど……なんか、ずいぶん“距離が近い”んだね?」


「ラル様に仕える者として当然の距離感かと」


ふたりの視線が交差する。

どちらも、にこやかに――だが、目だけは一切笑っていなかった。


(やめろ……朝から“気圧”がすごい……)


ラルは、そっと額を押さえた。


――少女たちの戦場は、すでにここから始まっていた。


「……あれ、セリナもいるじゃん」


ミアの言葉に続いて、静かに食堂の扉が開いた。


銀の髪を完璧に整え、優雅に微笑む少女――セリナが現れる。


「おはようございます、ラルさま。おふたりも、どうかご機嫌よう」


「お、おはよ、セリナ!」


ミアがちょっとだけ気まずそうに挨拶を返す横で、リーナは静かに一礼した。


「おはようございます、セリナ様」


「まあ……あなたは確か、メイドの……リーナさんでしたかしら?」


「はい。以前よりラル様にお仕えしておりました」


「……ふふ、そうですの。なら、ご一緒に食卓を囲むのも久しぶりですわね」


セリナの笑顔は柔らかい。けれど、その奥にあるものは――ミアにも、リーナにも伝わっていた。


“また増えたのね”


同じように、リーナの視線にも、微かにだが確かな熱が宿っていた。


“あなたが隣にいる理由を、私は見逃しません”


そして、ラルの左右にふたりの少女。

真正面に、リーナ。

ラルはパンを咥えたまま、無言で天井を見上げていた。


「ねぇラル、今日はお庭にでも出ない? 久しぶりに一緒に走ろうよ!」


ミアが弾けるように提案する。


「その前に、お身体の調子はいかがでしょう? 少しお疲れのようにもお見受けしますが……」


リーナが静かに添える。


「ふふ、私と少しお茶でもいかがですか? ラルさまの好みの香りを取り寄せておきましたのよ」


セリナも、柔らかく――だがはっきりと、自分の選択肢を提示してくる。


「……一旦、黙ってくれないか?」


ラルが目を閉じ、苦笑まじりに言う。


「朝食くらい……静かに食べさせてくれ」


3人は、ぴたりと口を閉じた。

が――その空気は、むしろより重くなっていく。


ラルがグラスの水を口に含んだ瞬間、リーナが低く囁いた。


「……昨日の夕食、お残しになったのは、セリナ様の作ったスープでしたね」


セリナの手がぴたりと止まる。


「ええ、ですが……お口に合わなかったのは、きっと体調の問題でしょう。私の落ち度ではございませんわ」


「そうかしら? ラルって、ちょっと味が濃いめの方が好きなんだよね」


ミアがさも当然のように言って、ラルの手から皿を取っていく。


「ミア様、食事中に他人の皿を取るのは行儀がよろしくありません」


リーナが穏やかに、だがはっきりとたしなめる。


「誰かがラルを困らせてる方が、もっと行儀悪いと思うけどね」


ミアが負けじと睨み返す。


セリナは微笑んだまま紅茶を口に運びながら、ラルへ小さく囁く。


「……ラル様。どうか、私を頼ってくださいませ」


その小さな声の中に、熱がこもっていた。


 

食後、ラルは立ち上がる。


「今日は……一人で出かける」


「えっ?」


ミアとセリナが同時に声を上げる。

リーナは、一瞬だけ表情を変えた。


「ひとりで、考えたい。最近ちょっと……落ち着く時間がないからな」


その言葉に、三人ともが何も言えずに立ち尽くした。


ラルは背を向けて食堂を出ていく。

扉が閉まった直後、重たい沈黙が場を支配した。


 


「……あなたたち、ラルさまに近づきすぎですわ」


最初に口を開いたのは、セリナだった。

柔らかな口調のまま、静かに告げる。


「お言葉ですが、セリナ様。ラル様への接し方において、私には一分の非もございません」


リーナの瞳は揺れていない。冷たいまま、淡々と。


「そもそも私が一番長い付き合いなんだからね? ラルが戦場にいた頃だって、手紙のやり取りとか――」


「手紙など、思い出には過ぎません。ですが私は、ラル様の日常を今も支えております」


「戦場では、支え合って命を懸けてたんだけどな?」


「ですが、今ここにいるのは“私”です。今、傍にいるのは――わたくし」


リーナの言葉に、ミアが目を細める。


「……あんた、ほんとに怖いね」


「ラル様のためなら、いかなる代償も厭いません」


その瞬間、食堂の温度が一気に下がった気がした。


セリナが席を立ち、微笑みを保ったまま言う。


「……でも、勝手に“ラルさまのため”を語るのは、ちょっとおこがましいのではなくて?」


リーナは、まっすぐにセリナを見返す。


「おこがましくとも、わたくしは決して退きません。ラル様のために生きてきたのですから」


 


静かに火花が散る。

気配だけが殺気立ち、誰もが一歩も引かない。


少女たちの“戦場”は、確実に激しさを増していた。


そして、当のラルはその裏で――


「……戦場より緊張感あるんだが、こっちの方が……」


頭を抱えながら、屋敷の裏庭でそっと草の上に寝転がっていた。


(誰か助けてくれ……マジで)

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