第2話 幼なじみは突然に、そして容赦なく
まだあと2話投稿します!
朝の陽が差し込む書斎。
ラルはソファにもたれ、ようやく落ち着いてきた屋敷の空気にほっと息をついていた。
「……少しは慣れてきたかもしれないな」
返事代わりに、窓辺に立つセリナがそっと振り返る。
その所作は相変わらず完璧で、絵画のように静謐だった。だがその双眸だけは、ラルの一挙手一投足から一瞬たりとも目を逸らしていない。
「ラルさま、そろそろ温かいお茶をお持ちいたしますわね。心身ともに、穏やかに保つためにも」
「……ありがとう、セリナ。大丈夫だよ。今はゆっくりしてていい」
「いえ、ラルさまの“お身体をお守りする”のが私の役目ですので」
その微笑みは優雅で、静かで、美しかった。
――けれど、どこかで踏み外せば、二度と戻ってこられない気配がある。
ラルは、少しだけ肩を竦めた。
(……この平穏が、続いてくれればいいんだけどな)
そう思った、まさにそのとき――
「ラルーーーーーっっ!!」
ガンッッ!!!
屋敷の重厚な扉が外れそうな音を立てて開いた。
吹き込んだ風とともに、紅い疾風が飛び込んでくる。
「うおっ!? なんだっ――って、ミア!?」
「やっと、やっと見つけたああああっっ!!」
跳ねるような赤毛と小麦色の肌。太陽のような笑顔。
かつて共に戦場を駆けた幼なじみ・ミアが、迷いも遠慮もなく飛びついてきた。
「ラル~~~っっ! もうっ、なんで一人で帰って来てんのよ!? ずっとずっと探してたんだからねっ!」
「おい、ちょ、苦しい! 胸が! 胸が当たって――いや、それより、なんでここが――」
「調べたに決まってるじゃん!」
「……正直すぎるな!?」
「だってさ、ラルのことだもん。きっと一番静かなとこに隠れるって思って……全部、地図見ながら潰していったの。一軒ずつ」
「潰して……地図……?」
「んー……でもさ、夢に出てきたんだよね。ラルが“助けて”って。だから、行かなくちゃって」
ラルの腕に抱きついたまま、ミアは無邪気に笑う。
――けれど、その言葉の中に、ラルはほんの僅かに“底知れなさ”を感じた。
「……“ノルド隊”のミアさん、ですわね?」
静かな声が背後から響く。
セリナがティーカップを手に立っていた。微笑を浮かべたまま――しかし、明らかに室温が一段階下がった気がした。
「ん? ああ……セリナじゃん。ラルの直属部隊の隊長さんでしょ? 戦場で何度か姿見たし、噂も聞いてたよ」
ミアは気さくに笑い、まるで友達と再会したかのように手を差し出した。
「……お初にお目にかかるのは、これが正式には初めてですわね。もちろん、あなたの戦績や行動記録は一通り拝見しておりますけれど」
セリナはその手に触れず、代わりにティーカップを静かに持ち直す。
「へぇ~……記録まで取ってたんだ? さすが“氷の令嬢”って感じ?」
「おほめに預かり光栄ですわ。けれど私は、ただ“ラルさまの安全”を守るために必要な情報を整理していただけですの」
「そっかそっか~。でも安心して? ラルは昔から私が守ってたから、ケガひとつさせない自信あるよ?」
「それは心強いですわ。ですが、戦場と“日常生活”では、必要とされる配慮も異なりますもの。ラルさまの好みや生活リズム、夜間のご様子まで――すでにすべて把握しておりますわ」
ミアの笑顔がピクリと引きつる。
「へぇ……夜間の様子って、なにそれ。“見張ってた”とかじゃないよね?」
「ふふ、まさか。あくまで“体調管理”の一環ですわ。何も――おかしな意味はありませんことよ?」
ふたりの間に、火花のような視線が交錯する。
どちらも笑顔。どちらも礼儀正しい。だが、その下にあるものは――明らかに“戦場の空気”だった。
ラルは、ゆっくりと後ずさりながら、ソファに座り直した。
「ねぇラル! あたしも今日からここに住んでいいよね?」
「……え?」
あまりに自然に言われて、ラルは思わず聞き返した。
「だってさー! やっとラルに会えたんだよ? 一人で帰って、連絡もなしって、それはないでしょ?」
「いや、だからって――」
「寂しかったんだよ……ずっと。ほんとに、ほんっっっとに。あたし、夢の中でもラルの声、毎日聞いてたの。たまに泣いて起きたりしてさ」
ミアの声が、少しだけトーンを下げた。
その表情は無邪気な笑顔のままだが――その裏にある執念が、ほんのりと滲む。
「……私がずっと隣にいたのに、ラルは……帰る時、あたしの名前、一言も言わなかったんだもん」
「……ミア」
「だから、今度はずっと一緒にいよう? ね?」
ティーカップの小さな音が、ピシッと鳴った。
セリナが、微笑みを崩さずにそっとティーセットを置いた音だった。
「ラルさま。ご判断を。……“無許可侵入者”をこのまま屋敷に住まわせるかどうか」
「侵入って言い方やめろ……」
「ごめんね? でももう決めたから♪」
ミアは部屋の奥に向かって歩き出す。
「こっちがラルの部屋でしょ? わー、ベッド広っ! 今日からここに――」
「寝ません!!!!!」
ラルの怒声が書斎に響いた。
「うわ~怒った~! かわいい~!」
「かわいいじゃない!!」
「ラルさま。今夜の背中のマッサージ、早めにご用意いたしますわね。最近お疲れでしょうし」
「はっ!? ずるっ!! そんなのあたしもやるに決まってんじゃん!!」
「ごめんなさい、それは“ラルさまが求められた場合”のみとさせていただきますわ」
「求められるに決まってるじゃん!! 昔から、ラルが肩こりひどいの、あたしの方が先に気づいてたし!!」
「……そう。幼なじみって、何でも許されるんですのね」
二人の間に、ピキピキと目に見えない火花が走る。
ラルはただ――遠い目をして、天井を見上げた。
(誰か……助けてくれ……)
そして夜。
結局ミアは、当然のように寝室の隣に部屋を取り、荷物すらないのに完全に“住む気”でいた。
ドアの外からは、セリナの気配が静かに見張るように漂っている。
一方、ミアはベッドの足元で丸まって、猫のようにスヤスヤ眠っていた。
(これ、いつか爆発するぞ……)
ラルは額に手を当てる。
そして――その予感は、翌日、確信に変わるのだった。
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