第27話 奪還者たち
◆【夜の森】──クロエ&ルナ
その夜。
屋敷の敷地から少し離れた、深い森の中。
月明かりの下、二人の女が静かに並んで立っていた。
「……見た? あの子たちの顔」
ルナは、ふわりと笑いながらも、その瞳には獣のような光が宿っていた。
「どこか浮かれてる。まるで、自分たちが“ラル先輩の最愛”だって……当然のように」
「それが、何より滑稽ね。彼を奪ったつもりの者は、奪い返されることを忘れている」
クロエの声は冷たい氷のようで、それでいて、奥に煮えたぎる炎があった。
「……見たわ。
白昼堂々、腕に抱きついてた子。
髪を撫でてもらって、顔を蕩けさせてた子。
膝枕をねだって、耳元で囁いていた子──」
クロエの拳が、無意識に小さく震えた。
「……“誰のものに、触れているつもり”かしら?」
その呟きに、ルナが不気味なほど無邪気な声で答える。
「ふふっ……知らないんだよ、あの子たち。
ラル先輩の本当の顔も、弱さも、叫びも、血の匂いも……
誰よりも、私たちが全部、知ってるのに」
月明かりに照らされたその横顔は、美しく、けれど歪んでいた。
「触れられてるの、見たよ。髪も、手も、唇も……
……あれ、わたしがずっと、欲しかったのに」
ぎゅっと抱きしめられた小さな人形。
ラルからかつてもらった思い出の品が、ギリ、と音を立てるほどに握りしめられる。
クロエが懐から銀の封書──帝国軍の紋章が刻まれた、“正当な通達”を取り出す。
「“訪問”の許可は明日取るわ。表向きは、軍の監査。
でも本当の目的は、当然……」
「ラル先輩を、“取り戻す”ため」
ルナの笑みが深まる。
その唇が、名を呼ぶように震える。
「……ね、クロエお姉ちゃん。
“ラル先輩の隣”って、あんなに安っぽい笑顔で座れる場所じゃないよね?」
クロエは無言で頷き、
そして懐から一冊の記録書を取り出す。
帝国の研究部隊が開発した、“記憶定着用の補助触媒”──
ある“行為”を通して、脳内に深い暗示を刷り込む極秘兵装。
「明日、触れた瞬間に……ラルは思い出すわ。
私たちと交わした、“本来の契約”を」
ルナが小さく微笑む。だが、その笑みは壊れかけた陶器のようだった。
「“迎えに行く”んじゃない。
……“奪い返す”んだよ。私たちのラル先輩を」
その言葉と同時に、夜風が森を駆ける。
屋敷へと向かうその風には、確かな殺気が混じっていた。
⸻
翌朝。
屋敷の空気には、何かが「少しだけ違う」ざわつきがあった。
朝食の席でも、どこか皆の会話に“緊張”が混じる。
ミアはソファで爪を噛みながら何度も時計を見上げ、
リーナは警備記録を静かに何度も見直し、
セリナはいつもより多めに使用人に指示を飛ばし、
エリスは、無意識にラルのカップに紅茶を注ぎ続けていた。
そして、ラルもまた──
どこか、うわの空だった。
「……なんか、変な夢を見た気がする」
ポツリと呟いたその声に、4人の視線が一斉に集まる。
「……どんな、夢?」
ミアが口を開く。ラルは少し考えて、だが言葉を濁した。
「いや……昔の、戦場にいたときのことだ。
誰かに、何か……“強く求められていた”ような──そんな、感覚だけが残ってる」
「……それは、夢ではありませんわ。ラルさま」
セリナがぴたりと背筋を伸ばして言う。
「現実でも、きっと──貴方は“求められて”しまうのでしょう。これからも」
それがどういう意味かを問い返す前に、
リーナの通信端末が震えた。
表示された内容を確認したリーナの表情が、わずかに動く。
「……来客です。軍からの監査官──二名。名前、クロエ=ヴァルステッド、ルナ=ヴァルステッド」
その名を聞いた瞬間──
空気が、一気に凍りついた。
エリスがカップを置く。紅茶の表面が微かに揺れた。
「……ふぅん、堂々と来るつもりなんだ。ま、迎え撃つだけだよ」
ミアが、手袋をつけ直す。
「今日だけは、絶対に引かない。……なにがあっても」
セリナが鋭く頷く。
「ラルさまは、わたくしたちが“守る”と決めたのです。誰にも、渡しませんわ」
リーナは静かに立ち上がり、冷静に言い放った。
「“訪問”を記録します。──これは“戦争”です」
ラルは、その4人の気迫に言葉を失う。
だが、その心の奥に、確かに芽生えていた。
──妙な既視感。記憶の片隅に、焼き付いた“視線”の感触。
(……ルナ? クロエ……? いや……まさか)
混乱と不安が混ざり合う中、
“運命”と“過去”が、今まさに屋敷の扉を叩こうとしていた。




