第20話 彼を奪い返すために──《姉妹》は動き出す(後編)
王都・ヴァルステッド邸──
姉妹は邸に戻ると、何も言わずに自室へと歩いた。
誰にも見られず、何にも邪魔されず──まるで儀式の後のように、静かに。
扉が閉まった瞬間、ルナはソファに身を投げ、満足げに息を吐く。
「ふぅ……あー、スッキリしたぁ。
あの将軍、最後ちょっと泣きそうだったね。目が泳いでた」
クロエは何も言わず、軍服を丁寧に畳みながら小さく頷く。
「……当然の報いよ。
“あれ”は、ただの警告じゃない。“宣告”よ」
「だよねー。
次、あいつがラル先輩の名前を口にしたら……今度こそ、“本当に壊す”よ?」
ルナの口元には甘い笑みが浮かぶ。
けれどその瞳は、冷えきった硝子のようだった。
クロエは棚の中から、先ほど仕舞った黒い小箱を改めて手に取る。
「……最初の“贄”には、ちょうどよかったわ」
「贄って……ふふっ、さすがクロエお姉ちゃん」
ルナは笑いながら、くるりと身を起こす。
「でも、これでいいんだよね?
ラル先輩に近づく“邪魔な手”を全部払っていけば……そのうち、気づいてくれる。
“自分には、私たちしかいない”って」
「気づかせるの」
クロエの声には、一切の迷いがなかった。
「わたしたちの“領域”に足を踏み入れた者には、
どれだけの代償が待っているか──その現実を、全員に思い知らせる」
ルナの口角がぐいっと吊り上がる。
「……じゃあ、次は“誰”を追い払う?
名前を呼ぶだけで、虫酸が走る人……まだ、何人かいるよね?」
「焦らないで。順番よ」
クロエが微かに笑った。
「今夜、わたしたちが再確認したのは、“誰にも触れさせない”という意思。
──あとは、“彼”を迎え入れる準備だけ」
ルナは目を細めて頷いた。
そして──
ルナは楽しげに、だけど狂気を孕んだ声で笑った。
「ふふっ……やっと、やっと会えるんだね、ラル先輩……♡」
小さく呟いたその言葉は、誰に向けられたものでもなく、ただ空気に溶けていく。
次の瞬間、ルナはベッドの上で身を丸め、枕をぎゅうっと抱きしめた。
「ねえお姉ちゃん……ずっとずっと、我慢してたんだよ?
ラル先輩の声、匂い、背中、手の温度──全部、夢の中で何度もなぞったの。
会いたくて、苦しくて、誰かの名前を呼ぶたびに“私じゃない”って思うたびに、
全部、ぜんぶ、喉の奥で血の味がした……」
枕に頬をこすりつけながら、唇がゆるく歪む。
「でももうすぐ、また“全部”取り戻せる……♡
ねえ、先輩は覚えてるかな。
私が熱出したとき、ずっと隣で冷やしてくれたこと。
作戦の失敗で泣いたとき、背中を撫でてくれたこと。
──“私だけ”に見せた顔。優しさ。弱さ。全部、隠してた秘密」
目が潤みながら、それでも笑顔は崩れない。
「誰にもあげたくない。あの顔も、声も、心も──
だってあれは、“私だけのもの”なんだよ?
なのに、あの4人が“好き”とか“支える”とか、“わかる”とか……ふふ、笑っちゃうよね……?」
ギシッ、とベッドの軋む音。ルナが静かに立ち上がる。
その姿はもはや“恋する女の子”ではなく、
獲物を前にした捕食者のような、ぞっとするほど静かな興奮に包まれていた。
「さあ、“回収”しに行こう、お姉ちゃん。
わたしたちの、大事な、大事なラル先輩。
外の世界で“汚れて”しまう前に……全部、取り戻さなきゃね♡」
クロエはその言葉に、ゆっくりと微笑を返した。
だが──その笑みは、氷のように冷たく、そして深かった。
「ええ……ずっと、準備してきたもの」
彼女はクローゼットの奥に隠すように仕舞われていた、黒い小箱を静かに取り出す。
その中には、誰にも見せることなく密かに集めてきた“断片”たち──
ラルが着ていた軍服の欠片、使い古された手袋、戦場で拾った落し物、
そして、まだ送信されていない一通の“保留”された通信文。
「会わない間、何度も考えたの。
彼が今、誰といて、何を話して、どんな顔をしているのか……
そのたびに、心が冷えて、痛んで、……でも、それでも“整えて”きたの」
クロエの声には、怒りも悲しみもない。ただ──**異様なまでの“静けさ”**があった。
「感情で動けば、彼が悲しむから。
衝動で奪えば、彼が傷つくから。
だから私は、冷静を装って、“正しく奪う準備”を続けてきた」
手袋の破れた指先に、そっと指を通すクロエ。
「でも……もういいわ。
“理性”の時間は、今夜で終わりにする。
ラルが自分を“差し出そう”とする前に──私が、彼を“封じる”」
ゆっくりと立ち上がり、軍服の上着を羽織る。
その姿には、かつての指揮官としての威厳と──
ただ一人の男を“囲い込む”覚悟を決めた女の狂気が、静かに宿っていた。
「明日からは、毎朝声をかけられる。
どこにも行かせずに、手の届く距離で呼吸を感じられる。
──誰よりも早く“彼の一日”を知って、“彼の最後の言葉”を聞ける」
一歩、ルナの隣に立ったそのとき──クロエの目が、凍てつくように細まる。
「……それが“私たちの特権”であり、誰にも奪わせない“権利”よ」
ルナがくすくすと笑った。
「ふふっ……ねえお姉ちゃん、“檻”ってどんなのがいいかな?
鉄製? 魔導障壁付き? それとも……記憶ごと“封じて”縛るタイプ?」
「形はどうでもいい。必要なのは、“完全性”よ。
絶対に……誰にも、手を出させない」
その会話は、ただの妄想ではない。
言葉の裏にあるのは、確かな戦略と、本気の“意志”だった。
遠く、王都の鐘が静かに鳴った。
だが、この部屋に響いていたのは──
狂おしいまでの、独占と執着に染まった決意の音。
──ヴァルステッド姉妹、侵攻開始。
その“包囲網”は、ラル=クローディアという名の中心を巡って、
ゆっくりと、しかし確実に閉じていく。




