表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/15

第1話『元・英雄の隠居先には、隊長がついてきた』

今日で4話くらい投稿する予定です!

朝、柔らかな光が窓から差し込む。

ラルは、久しぶりに静かな目覚めを迎えていた。


戦場の臭いもしない。血の気配も、怒号も。

聞こえるのは鳥のさえずりと、遠くの森を撫でる風の音だけ。


「……やっと、終わったな」


彼はベッドから身体を起こすと、大きく伸びをした。

もう剣は持たない。誰の指揮も取らない。

今日からは――いや、昨日からは「ただのラル」だ。


元“最強部隊の指揮官”なんて肩書きは、もう必要ない。


(静かに、ゆっくりと。誰にも邪魔されず、誰も傷つけず――)


そう願っていた。


だが、屋敷の扉が勢いよく叩かれたのは、その直後だった。


「ラルさま! お戻りとの報せを聞き、ただいま参上いたしましたわ!」


「……ああ。やっぱり来たか」


ラルは頭を抱えた。

聞き覚えのある、気品たっぷりだが妙に押しの強い声。


扉を開けると、案の定だった。


「お久しぶりでございますわね、ラルさま!」


銀髪をなびかせ、凛とした美貌に微笑みを浮かべたその女性――セリナ=エーデルバルト。


元・直属戦術特務隊・隊長。戦場では懐刀としてラルを支え、無数の敵を両断してきた“氷刃の貴婦人”である。


「……セリナ。なんでお前がここに?」


「なにをおっしゃいますの! ラルさまがご隠居なさるとあって、当然わたくしがお側をお守りいたしますわ」


「いや、もう戦わないし……そもそも誰も襲ってこないって」


「戦場で斃れるより、屋敷で事故に遭う方が案外多いのですのよ。屋根の落雪、階段の転倒、盗賊の潜入……わたくしがいれば安心ですわ」


「…………どんな理論だよ」


ラルはため息をつきながらも、セリナの強引さに懐かしさを覚えていた。


「とにかく、しばらくはこちらに滞在させていただきますわね。寝室の位置はどちらかしら?」


「……帰れとは言わないけど、勝手に寝床探すな」


「お優しい。やはりラルさまはそうでなくては」


頬を軽く染め、にこにこと笑うセリナ。


その表情は美しく、どこか誇らしげで――ラルは思わず視線を逸らした。


(……ダメだな、俺。全然、休まらない)


 


セリナが屋敷に入ってまだ一日も経たないうちに、ラルの生活はすっかり騒がしくなっていた。


「ラルさま、朝の散歩などいかがです? 一応、裏山の魔獣の有無は確認しておきましたわ」


「裏山に行く予定ないって……ていうか調べたのか」


「ええ、昨晩のうちに。夜目は利きますので」


さすが元直属戦術特務隊・隊長。無駄に行動力がある。


 


昼には昼で――


「今日はご昼食にサンドウィッチを用意しましたの。もちろんラルさまのご好みに合わせてございます」


「……なんで俺の好みを?」


「ふふ、お気になさらず。戦場で共にした日々の中で、自然と記憶しましたのよ」


「いや、それ逆に怖いな……」


 


とはいえ、セリナの料理の腕は確かだった。

戦場でもラルの部隊の士気が高かったのは、彼女の食事が一因だったこともある。


「……うまい」


「嬉しいですわ。ラルさまの舌に叶うなら、いくらでも作りますわよ」


「……毎日は遠慮したい」


「まあ! 謙遜なさって……♪」


このやりとりが、何度も繰り返される。


(……これは、絶対“隠居”じゃない)


心の中でラルは叫んでいた。


夜、ラルが自室に戻ると――そこには既に布団を敷いているセリナの姿があった。


「…………おい」


「おかえりなさいませ、ラルさま。冷えますので、お布団は二重にしておきましたわ」


「……いや、何してるんだお前」


「ですから、今夜からはご一緒に――いえ、お側で、寝泊まりを」


「この部屋、俺の部屋な」


「ええ、だからこそ。“最も安全な場所”にしておきたいのですわ」


「いやいや、意味が分からないって」


ラルは額に手をやった。

セリナは、穏やかな微笑みを崩さない。


「……屋敷の鍵は、すべて交換しておきましたわ。窓の施錠も強化済み。地下通路の出入り口も、いったん封鎖しておりますの」


「……お前、いつの間にそんな……」


「ラルさまがゆっくりお休みできるように、当然の配慮ですわ」


「……いや、これ監視じゃ……?」


「そんな――まさか。見守るのです。ラルさまの安寧のために、ね?」


まっすぐな目で言い切るセリナに、ラルは背筋が少しだけ冷えるのを感じた。


「……寝室は別に用意しろって。そこだけは譲れない」


「…………そう、ですか」


しばしの沈黙。


セリナはしゅんとしたように俯いたが、その指先では――

静かに敷いていた布団を折り畳みながら、“枕だけ”はそっとラルの枕の隣に並べていた。


「…………せめて、香りだけでも。今夜は、これで我慢いたしますわ」


「いや、我慢とかじゃなくて……」


「おやすみなさいませ、ラルさま。どうか、よく眠れますように」


微笑んだまま部屋を後にするセリナ。

その背に何も言えず、ラルは重い溜息を吐いた。


そして、ふと――ベッドに腰掛け、違和感に気づく。


「……この毛布、いつから俺の匂いじゃなくなった?」


少しだけ、上質すぎる“香水のような香り”が染みついた寝具に、彼は言い知れぬ不安を覚えるのだった。


(……やっぱり平穏なんて、俺には来ないんだな)


そう思いながら、戦場よりもある意味で“神経を使う”新たな日々が始まっていくのだった。


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!ブックマーク、感想等もお待ちしております!

作者の励み、モチベに繋がります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ