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第14話 王都到着。静かなる“歓迎”

王都──帝国の心臓部にして、かつてラル=クローディアが何度も出撃命令を受けた場所。

だが、今日この日、彼がその石畳を再び踏みしめた理由は、“召集”ではなく“包囲”のためだった。


「……人が、やけに多いな」


街道を進みながら、ラルがぽつりと呟いた。

城門から続く通りには行き交う民が多く、だがその誰もが彼らを“遠巻き”に見ていた。


喧騒もない。

視線だけが、ひたすらに向けられていた。


「ただの帰還だったら、こんなに見られないよな」


「そりゃあね~。だって、“奪いに来た”んでしょ? 私たちから、ラルを」


ミア・ローレットが、腰にぶら下げた戦斧を軽く持ち上げながら言う。

その笑顔はいつもと変わらない──はずだった。けれど、その瞳には獲物を前にした肉食獣のような光が宿っていた。


「歓迎とは名ばかり。これは“下見”ですわね」


セリナ=エーデルバルトが、優雅に微笑みながら周囲を見回す。

口元に扇子をあて、涼しげに振る舞ってはいるが──その目は、一切笑っていなかった。


「……誰が、“最初に斬られるか”も決めてるのかしら」


建物の上、窓の隙間、高台のバルコニー──

敵意が、街の至るところからこちらを“観察”していた。


リーナが静かに周囲を観察しながら、報告する。


「狙撃手8、魔導感知機、配置済み。各位置に目印あり。……すぐに“排除”可能です」


ラルが思わず振り返る。


「おい……排除って……」


「……命までは取りません。まだ」


リーナは淡々と答える。

まるで、それすら“許可を得れば可能”だと言わんばかりの声音だった。


「街の住人の動きも不自然ですね。これは……通達が回っています」


「つまり、“静かなる包囲”ってわけね」


エリス=グレイアが、ラルの腕に軽く絡みつきながらささやく。


「誰も騒ぎはしないけど、全部囲まれてる。ねぇラルくん……怖くない?」


「……別の意味でな」


かつて何度も訪れた街のはずだった。

だが、そこにあったのは、懐かしさではなく、“違和感”だった。


歩く先々で感じる圧力。

だがその圧力は、ラルに向けられているのではなかった。


――彼の、隣にいる者たちに。


「なるほど。あの連中……本気で“戦力として”戻したいのね」


セリナが、さらりと毒を含んだ声で言う。

視線の先、軍本部の高台から数人の軍服姿がこちらを見下ろしていた。


「ふぅん。だったら、こっちも“そのつもり”で動いたほうがいいかもね」


ミアの肩に下がった斧が、不意に金属音を鳴らした。


「わたくしを本気で敵に回すなど、正気ではありませんわね」


セリナが微笑みながら、軍本部に向かって優雅に手を振る。


「こちらの構成員の戦闘データ、敵方に渡っている情報と実際の差異は、約43%。 

……正しい認識がないまま“判断”されるのは、危険です」


リーナの冷静な報告に、ラルは静かに肩をすくめる。


「お前ら……喧嘩する気満々か」


「ん〜、違うよラルくん」


エリスがふんわりと笑った。


「戦いに来たんじゃなくて、“連れ戻されにきた”だけ。……でも、誰のものかを忘れてる人がいたら、ちゃんと教えないとね?」


ミアがにっこり笑い、セリナは紅茶をすするような仕草でうなずく。


「では、参りましょうか。皆さま、足並みを揃えて」


「はーい♪」


「了解」


「はい、問題ありません」


「うん、行こっか」


そして、王都の静かな石畳を、かつての“最強部隊”が揃って歩き出す。

だがその姿に、誰も声をかけられなかった。

彼らが持つ“気配”が、全てを拒絶していた。


──その時。


「よぉ、“かつての英雄”さんよ」


嘲るような声が響いたのは、広場へと差し掛かる手前だった。


通りの中央、軍服に身を包んだ一人の男が、腰に手を当てて立ち塞がっていた。


「戦場から逃げたって聞いてたけど、まさかまたノコノコ戻ってくるとはな」

「ずいぶんといいご身分だな。女に囲まれて、笑っちまうぜ」


その男──ガルザ=シュヴァイン。


近年、王都で台頭している“新世代の将”の一人。

口先と派手な戦績で帝国内の支持を集め、かつての英雄たちを「過去の遺物」と見下すことで自らの地位を固めてきた。


当然、ラルのことも──彼自身ではなく、“彼の周囲の女たち”によって担がれただけの偶像と見ていた。


「へえ〜……誰この人?」


ミアがつぶやくと、エリスが小首を傾げて微笑んだ。


「ガルザ=シュヴァイン。自己評価が異常に高くて、ラルくんのことをずっと“嫉妬”してる人だよ」


「自分で言うのもアレだけど、“器”の差って残酷よねぇ」


セリナがくすくす笑い、紅茶をひとくち。


ガルザは構わず、ラルに歩み寄る。


「俺はずっと見てたんだぞ。貴様が戦場で逃げ出したあの日からな」


「英雄? 冗談だろ。貴様は女どもに囲まれて生き延びただけの腑抜けだ」


「女の陰に隠れて、ぬるま湯で酒でも飲んでりゃよかったものを……今さら何のつもりで戻ってきた。俺たちの前に顔を出すなんてよ」


エリスがピクリと眉を動かし、ミアが舌打ちをする。


「何、その言い草……」


「……あー、ヤバ。地雷全部踏んでない?」


だが──当のラル本人は、どこかしら呆れたような顔をしていた。


「それ、誰かに言わされたセリフか? それとも……お前の本音か?」


「はっ、どっちでも同じだ。貴様が戻ってきても、居場所なんてもうねぇよ」


「だから“回収”してやるんだ。俺の手でな。“かつての英雄”としての名誉だけは与えてやる」


「……ただしその前に──お前の女どもは、全部"捨てて"行け」


その瞬間、空気が変わった。


ズゥン、と地面が沈むような“圧”が広がる。


セリナの扇子がぴたりと止まり、エリスの笑顔が一瞬、冷たく凍った。


「……ラルくんに、その言葉を使ったのは……あなたが初めてかも」


エリスがゆっくりと前に出る。


「あと……私たちは“捨てられる側”じゃないよ。捨てるとしたら、そっち。あなたの命とか、尊厳とか、ね?」


「な、なんだと……っ! 貴様、誰に──」


「誰に?」


その言葉が終わるや否や、セリナが軽やかな動きで手を振った。


「――氷結。」


冷たい風が舞い上がり、ガルザの周囲の空気が凍りつく。

次の瞬間、ガルザの身体がまるで透明な氷の檻に閉じ込められたかのように固まった。


「……っ、な、なんだこれ……!?」


動けぬまま、彼は必死に手足を動かすが、氷の壁は微動だにしない。

セリナは優雅に扇子を閉じ、ガルザの前にゆっくりと近づく。


「護衛兵たちも、あなたの守りも、今は私たちの掌の上。無力化済みよ」


そのまま、彼の動きを封じたまま、リーナが静かに一歩踏み出す。


今度はリーナが静かに一歩踏み出した。


「これ以上の発言は“敵意”とみなし、排除します。──許可を」


ラルが無言でうなずくと、リーナの姿が掻き消えた。


次の瞬間──

ガルザの首筋には、冷たい金属が触れていた。


「……っ、ぐっ……!? いつ……?」


「“次に動けば斬る”という予告です。いまはまだ、実行していません」


リーナは冷たく告げる。


「護衛兵、全員戦意喪失。……無力化済み」


「……お、おい、なんだこれは……ッ!」


ガルザは身動き一つできずに固まった。

ミアが、ラルの隣からふらりと歩き出ると、金属音とともに斧を構えた。


「じゃ、せっかくだから……ごあいさつしとく?」


彼女が斧を振り上げ、そして──ガルザのすぐ横に振り下ろす。


ドガァンッ!!


地面が陥没し、粉塵が舞い上がった。


その振動に、ガルザの膝が折れた。


──その直後。


「ねえ、勘違いしないでくれる?」


エリスがガルザの正面に立ち、腰を落として視線を合わせる。


「ラルくんが“女に囲まれてる”んじゃないよ?」


その声音は甘く、優しく、そして酷く冷たい。


「私たちが……ラルくんの隣にいる“資格”を得るために、どれだけの地獄を見たと思ってるの?」


ミアが口を開く。


「戦場で何人殺した? 自分の手で“隊を切り捨てる”判断を下したことある? 全責任を背負って生き残った気分、知ってる?」


「知らないでしょ。あんたみたいな“安全な戦場の端っこ”で粋がってる奴に、分かるわけない」


セリナが、扇子をたたむ音が響いた。


「ラルさまは──“命令を守っていたら死ぬ”ような任務で、誰よりも早く、誰よりも深く踏み込んで、なお“戻ってきた”お方ですわ」


「誰かの加護があったからじゃありませんの。加護を“与える側”だったのですわよ。……わたくしたちに」


リーナが最後に、冷たく言葉を刺す。


「過去の記録、全作戦ログ、勝率。ラル=クローディアの指揮下で、部隊壊滅は“ゼロ”。」

「ラルのいない部隊? ……6割が壊滅、2割が壊乱、残りは降伏」


「──これが、“現実”です」


ガルザは、呆然としながらラルを見上げる。

だがラルは一言も言わず、ただ静かにその視線を受け止めていた。


「ねぇ。ラルくんの隣に立てる人ってさ──ほんの一握りなんだよ?」


エリスが微笑む。その目に、狂気と愛情と、信仰にも似た信頼が滲む。


「私たちは、ラルくんの隣に立つために、生まれたの」


「だからね?」


「ラルくんを“過小評価”することは──私たち自身の存在を、否定することになるの」


「……それ、分かる?」


再びリーナが、背後からナイフをガルザの首元に添える。


「……あなたみたいな人が、ラル様を“笑える”と思ってるの、本当に……腹立たしいです」


リーナの声は静かだった。

けれど、その奥に張り詰めた怒気と、はっきりとした“拒絶”の意思が滲む。


「無知ならまだしも、無礼。愚かなくせに……声だけは大きい」


彼女はナイフをわずかに傾け、ガルザの頸動脈に光を映す。


「そんな人が、ラル様を侮辱する資格なんて……どこにもない」


一拍の間に、ラルが手を挙げて制した。


「もういい。……これ以上、話す価値もない」


その言葉にリーナが静かにナイフを引いた。


「……黙ってください。命が惜しいなら」


ミアが肩をすくめて言う。


「まぁ……ギリギリ生かしてもいいんじゃない? どうせ、“次”はないし」


セリナが最後に優雅な笑みを浮かべた。


「ラルさまは、神ですのよ。命令を受ける者ではなく、“命を預ける価値のある方”──それが理解できぬなら、あなたには戦場は早すぎますわね」


エリスが、とどめの一言をそっと囁いた。


「ラルくんは、英雄なんかじゃないよ。“私たちの世界”の中心なんだ」



「じゃあ、バイバイ」


彼女たちは、何事もなかったかのように隊列を整え、ラルを中心に歩き出す。


ガルザ=シュヴァイン──

かつての“戦場帰りの英雄”を嘲笑した若き将校は、その場に座り込んだまま、ただその背中を見送ることしかできなかった。


「……くっ、あんな奴が……“英雄”……かよ……」


いや──

英雄だったのは、彼の周囲ではなく、

“彼の隣に立てる者たち”の覚悟と信仰の深さにこそあったのだ。



──そして、その中央を歩く一人の男、ラル=クローディアは、ただ静かに呟いた。


「静かに……静かに暮らしたいだけなんだがな……」


彼女たちが同時にこちらを振り返る。


「無理だよ〜」


「それは……困りますわ」


「同意しかねます」


「わたしが許さない、かな」


その圧倒的な統一感に、ラルはただ、目を伏せるしかなかった。


──王都到着。

だが、“再召集”が思惑通り進む日は、まだ遠い。


むしろ、これからが本番だった。

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