第10話 命令より、彼の膝の上
昼下がりのリビング。
ラルが開いた茶封筒の中には、一枚の命令書が入っていた。
「“戦術局本部、至急来訪のこと”。……はぁ」
ため息をつく間もなく、その紙はシュバッと横からかっさらわれた。
「なになに? はいはい、却下〜♪」
ソファの背もたれから身を乗り出したのはミア。
紙を丸めてポイッと放り投げ、当然のようにラルの膝に座る。
「お前な……まだ読んでたんだが」
「読む必要ないでしょ? ラルはここにいればいいんだよ。みーんな、ラルを待ってたんだから。今さら軍とか、正気?」
ラルが口を開こうとしたその時――
「軍からの命令など、わたくしたちが従う必要はありませんわ」
静かに現れたのはセリナ。上品な笑みを浮かべながら、ミアの投げた紙を拾い上げる。
「このような紙切れ、破ってしまってもよろしいのではなくて?」
「ちょっと〜セリナ、私が先に破ろうと思ってたんだけど」
のっそり現れたエリスが、ラルの隣に腰を下ろす。
腕に自然に絡みつき、優しく囁く。
「ねぇラルくん。行っても行かなくても、どっちでもいいよ?
だって、ラルくんのいる場所が、わたしの居場所だから」
「エリス……」
「でも、やっぱり行くなら一緒がいいな〜。ひとりで行かれたら、ちょっと不安になっちゃうから」
「はは、甘えてる〜」
ミアがラルの肩に腕を回しながらニヤニヤ笑う。
「ねぇラル。わたしがここにいるのに、まだ軍の言うこととか聞くつもり? まさかね?」
「いや、さすがに無視はできないだろ……」
「無視すればいいですわ。力で黙らせるのが、いちばん早いでしょう?」
セリナがさらりと言い放つ。
「昔のわたくしなら、そのまま本部を爆破して終わらせていたかもしれませんわね」
「セリナちゃん、わりと本気で物騒〜」
エリスが苦笑しつつ、ラルくんの腕に頬を寄せる。
「でも、セリナちゃんが暴走するなら、止めるのはわたしの役目かな。
……あ、もちろんラルくんのために、ね?」
「止める気なんてないくせに」
ミアがふっと笑って、ラルの首元に顔を寄せる。
「ラル。ここに残ってくれたら、もっといろんなこと、してあげるのに」
「な、何をだよ……」
その時、背後から現れた影が、静かに口を開いた。
「……皆様の動向と接触状況、現在すべて記録しております」
リーナがノートを持ち、淡々とラルに歩み寄る。
「ミア様、膝の上に座った回数は現在39回。うち、正面からの抱きつき12回。
エリス様は横抱き4回、密着レベル中。セリナ様、身体接触こそ少ないものの、心理的密着率は最も高く推移しております」
「ちょっと、記録しすぎじゃない? リーナちゃん、ストーカー?」
「いいえ。すべてはラル様のためです。誤った情報で包囲される前に、正確な“観測”が必要ですので」
「こわ〜……でも嫌いじゃないよ、そういうの♪」
ミアがにやりと笑い、リーナのノートを覗き込む。
「ところで私の“恋愛進捗率”はどのくらい?」
「80%です」
「え、思ったより高い!」
「リーナ、私のは?」
「エリス様、進捗率72%、ですが“粘着度”が急上昇傾向です。警戒レベル高」
「ふふっ、当たり前じゃん。ラルくんのそばには、わたししかいないんだから」
エリスがさらにぴとっと寄り、ラルの腕を締めつける。
「……だから、どこに行くとしても、わたしも行く。それだけ」
「私も〜。ミアを置いていくとか、絶対無理だし?」
「わたくしも当然、同行いたしますわ」
「皆さんが行くなら、当然、私も行きます」
ラルは一人ひとりを見渡し――そして、頭を抱えた。
「……勝手に話が進んでるな」
「話し合いっていうより、すでに“包囲”だからね〜」
ミアがくすくす笑い、エリスはラルくんの服の袖を指先でくるくる回す。
「だからもう、諦めちゃえばいいのに。ラルくんの隣は、わたしのものなんだから」
「それは……わたくしも同じですわよ?」
セリナが優雅に微笑み、だがその目の奥は鋭い光を放っていた。
「皆様が何を言おうと、記録上、最もラル様に寄り添ってきたのは私です」
リーナが淡々と告げる。
「記録じゃなくて、気持ちが大事だよ」
エリスがやんわり微笑んだが、言葉に含まれる“圧”は甘さとは裏腹。
「……いいから、もうみんなついてくるってことでいいんだな」
ラルがため息をつくと――
「当然〜!」
「当たり前ですわ!」
「決まってますよ」
「もちろん♪」
声を揃えてヒロインたちが応じる。
こうして、
「一人で行くはずだった任務」
は、
「最強で最重なヒロイン全員同行の軍本部突撃旅行」へと姿を変える。
ラルの静かな日常は、
また少し、静かではなくなっていく――。




