反戦の映画
その映画監督は、幼い頃に戦争を体験した。
空襲で両親と兄を失くし、戦争が引き起こした貧困や治安悪化で当たり前のように知り合いが死んでいった。
当時は、身体の一部を失くしたり顔の大部分に火傷を負ったりした者は珍しくなかった。
戦争は敗戦で終わり、植民地となった国の扱いは、尊厳を踏みにじるものだった。
資源は奪われ、敗戦国の人間は人とはみなされていなかった。
そんな経験から、その映画監督は戦争反対を常に主張していた。
時が流れ、戦争の悲惨さを体験していない若者も増え、気に入らない隣国なんて戦争を起こして懲らしめればいいとの軽率な発言も目立つようになっていた。
世情が不穏になってきた危機感から、その映画監督は反戦の映画を作ることにした。
その映画監督の半自伝的な内容。主人公が戦争によって家族を失う話。
その映画を作る資金は、戦争反対に賛同してくれた大富豪が提供してくれた。
その映画の最後に、主人公が締めくくる。
こんな悲劇を起こさないために、戦争はしてはいけない。
その映画は公開され、大ヒットとなり、多くの観客は戦争はいけないことですねと口にした。
その国の軍の情報部。
現在は、近い将来ほぼ起こる戦争に、国民の戦争嫌悪を取り除く活動をしていた。
「ボス。わからないことがあるんですが。あの映画監督を排除するどころか、あの映画監督が作る反戦映画に架空の富豪を使って資金援助をしているのは何故です?」
「今の若者は、歌も小説も映画も戦争を止める手段だと思っているが、あれらは立派な戦争の道具だ。優秀な映画監督には、どんどん戦争の映画を作ってもらう」
「あとで脅して、戦争賛美の映画を作らせるわけですね」
「そんな面倒なことはしない。今のうちに反戦映画をどんどん作らせて、その時がきたら、三十秒ほど最後に付け足すだけだ」
こんな悲劇を繰り返してはならない。
大事な家族を守るために、我々は立ち上がらなければならない。
勇気をもって武器を手に取らなければならない。
卑劣な敵に、我々は家族を守るために戦わなくてはいけない。
おわり