第2話 流浪の剣
第2話 流浪の剣
長安の外れを抜けると、野分を思わせる冷たい風が吹き抜けた。
冬の気配がまだ残る道を、白衣の青年は細い肩を揺らしながら歩いていた。
腰には何の武器も帯びていない。だが、その足取りは弱々しいながらも迷いはなかった。
「もう……少し休みましょう、珣さま。」
後ろから追いつき、蘇蘭がそっと袖を引いた。
彼女の背には薬箱が結わえられている。
蘇蘭の掌が彼の冷えた手に触れたとき、劉珣はわずかに目を伏せた。
「すまない。無理をさせるつもりはなかった。」
「無理をしているのは、あなたのほうです。」
蘇蘭は声を落とし、目を細めた。
彼がこの道を選ぶと決めた夜から、もう何も言うまいと決めていた。
けれど、こうして病を押してまで歩む姿を目にするたび、胸の奥に苦い痛みが湧いた。
「この先に宿場があると聞きました。少しでも身体を温めないと……。」
「分かった。」
劉珣は頷くと、視線を遠くの空に向けた。
灰色の雲が千切れ、冬の陽がわずかに地を照らしていた。
その光は、彼にとってはひどく遠い温もりのように感じられた。
ふいに、街道の先から一つの影が近づいてきた。
髪を無造作に束ね、肩に長い剣を担いだ青年が歩いてくる。
引き締まった体と、飾り気のない粗末な旅装。
何より、その目には獣のような鋭い光が宿っていた。
「――おや。あんたら、こんな辺鄙な道を歩くにはずいぶん白い格好じゃないか。」
立ち止まったのは、張暁だった。
流浪の侠客と噂される男。
彼の名を、劉珣は遠い噂で聞いたことがあった。
「失礼だが……お前は、張暁だな。」
「そう名乗ったこともあったな。俺のことを知ってるのか?」
張暁は笑った。だが、その手は鷹のように緩まず剣の柄にかかっている。
荒くれ者や盗賊が跋扈する街道では、他人を疑うのが常だった。
「噂で聞いた。人を斬るより、人を助けるほうが好きだと。」
「……随分と物好きな噂ばかり拾っている。」
張暁は肩を竦めたが、その目がわずかに和らいだ。
劉珣は一歩進み、深く頭を下げた。
「張暁殿。私の名は劉珣。病に伏すことの多い身だが――乱世を変える志を胸に抱いている。どうか、その剣を貸してはもらえぬか。」
蘇蘭が息を呑んだ。
張暁は黙って彼を見下ろし、次の言葉を待った。
街道を吹き抜ける風が、白衣をはためかせる。
「……剣は、権力のために抜くものじゃない。人を守るために抜くものだと思っている。」
「同じことだ。私も、理不尽に泣く人を守りたい。そのためなら、この命も惜しまぬつもりだ。」
その声には、弱々しい肉体には不釣り合いな烈しさがあった。
張暁は目を細めた。
その顔に、わずかに苦笑が浮かぶ。
「……変わった坊やだ。だが――嫌いじゃない。」
ゆっくりと、剣を担ぎ直す。
長く孤独だった旅の終わりを告げるように、その背が並んだ。
「いいだろう。暫く、お前の道に付き合ってやる。ただし一つだけ約束しろ。」
「何だ?」
「無茶をして倒れるのは勝手だが――人を悲しませるな。」
「……約束する。」
劉珣は深く息を吐いた。
冬の風の奥に、確かに春の匂いが混じっていた。
(第2話 了)