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1-9 そうして彼はやってきた

「――ダミリル・ベルディフ? ああ、『銀の風』の人達ですね。昨日ハンナを困らせたっていう冒険者パーティの」


 ギルド相談窓口の職員はどうでもいいことを思い出したかのように言った。


「それでそのギッ――ンンッ……コホン、『銀の風』がどうかしましたか?」


 職業としての潜行士達と違い、冒険者は一度パーティを結成すると、解散するまでは固定メンバーで活動することが多い。踏破や探求を目的とする場合、必要な装備や技能は汎用的で互いを補うことになるからだ。対応しなければならない魔物や地形は多岐にわたり、個人でのダンジョン潜行は不可能だと言われていた。


 それゆえに冒険者は、自分達のパーティに名前をつけることが多かった。パーティの団結を高める効果もあるが、スポンサーを獲得しやすくする狙いもある。有名になることが活動継続に必要な冒険者は、いかに名前を覚えてもらうかでその可否が決まると言っても過言ではなかった。


 職員が吹き出すのを堪えた理由は、そのパーティ名が原因である。


 いつもであればヴィンセントも失笑して付き合っていただろうが、今はクスリともしなかった。


「一応確認しとくけど、研修の申請はあったか?」


「どうかな、少しお待ちください」


 職員はパソコンを操作し、画面をスクロールしていく。


「銀……銀……銀……いや、ありませんね。加入登録はされてますけど、『銀の風』の研修の申請はまだみたいです。まあ、昨日の今日ですからね。しばらくはしてこないんじゃないですか? 『銀の風』がどうかしましたか?」


 口に出しているだけで面白いのか、職員はわざとらしくパーティ名を連呼する。


 真面目な顔を取り繕っているが、口元が僅かによによしている。ヴィンセントはまた無視した。


「あいつら、リベルタムに行った可能性がある。念のため、門に連絡を入れてくれないか」


「え? いやいや、ちょっと待ってくださいよ。どういうことですか? まだ研修が済んでないですよ? 申請もしてないじゃないですか」


 唐突な違法行為の申告に、職員は目を丸くしてモニターとヴィンセントの顔を行ったり来たりする。


 淡々とヴィンセントは続けた。


「さっきアゴラで会った。『ラブディ』って魔術具工房から出てきたところでな。完全装備で魔術具をいくつか買っていった」


「アゴラで? でも魔術具を買うぐらい、冒険者なら当たり前なんじゃ? 研修前に準備してたかもですし……」


「あいつらが買ったのは中層以降に必要なもんばかりだった。店主と確認したから間違いない。……研修内容は別に変わっちゃいないんだろ?」


「そんな話は聞いてませんけど、でも本当に間違いないですか? 勘違いとかなんじゃ……」


 煮え切らない態度を崩さない職員に、ヴィンセントは肩をすくめて言った。


「ならそういうことにしろ。俺は義務を果たしただけだ。問題になっても責任はないからな」


 そしてあっさり立ち去ろうとすると、職員は慌てて受話器を取りながら引き止める。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。今確認しますから!」


 そして内線でどこかとやり取りをする。


 その様子をヴィンセントは黙って見ていた。


 小さくコンコンとせわしなく、カウンターに置かれたヴィンセントの指は動き続けている。


「――わかった、頼むよ……やっぱり変更はないみたいです。管理課が対応する案件なんで、潜行門にはすぐ連絡がいくと思います」


 ギルドが対応すると言っても、ヴィンセントは別段安堵する様子はなかった。


 密猟や違法採取を取り締まる為の潜行門だが、リベルタム大森林は半島を埋め尽くさんばかりの広大な大ダンジョンだ。潜行門はあくまで信頼保証の為に設けているだけであり、入ろうと思えばどこからでも入れる。誰も馬鹿正直に正面から潜るとは思っていなかった。


 これはあくまで手続きに過ぎない。


 安堵する素振りも見せないのは、ダミリル達が心配だからではなかった。


「そうか、ならもういいな」


「あ、ちょっと待ってください。いま補佐が降りてくるそうなので、少しお待ちいただけますか?」


「……補佐? 誰だそれ」


「潜行管理官補佐です。最近赴任してきた人で、ヴィンセントさんの話を聞きたいそうです。お願いできますか?」


「話なんかもうない。いつも通りの手続きを済ませて終わりだろ。」


「自分もそう思うんですけど、補佐がヴィンセントさんに会いたいそうで」


 電話越しに誰とどんなやり取りをしたのかはわからなかったが、目の前の職員はただの一従業員に過ぎない。

上の人間の思いつきなど、いちいち説明されないだろう。現に職員は、皆目見当もつかない、とでも言いたげな顔だった。


 それに管理官補佐は、昼食時にソフィとのやり取りで出てきた名前だ。大陸の大都市から志願してエイレティアに来たという人物に、興味がないわけではなかった。


「……わかった。ここで待てば良いのか?」


 ヴィンセントが了承すると、職員はほっとしたようだった。


「ロビーの方でお待ちいただけますか? すぐに降りてくると思うので」


 指定先は少しばかり億劫な場所だったが、文句も言わずにヴィンセントはロビーの隅の席に座った。


「お、ヴィンセントじゃん。昨日ぶりぃ」


「一人でなにしてんだ? アランとエルザイルは一緒じゃないのか?」


 するとやはりすぐに知り合いの潜行士達に見つかり、声をかけられる。


 用が済めばさっさと立ち去ろうと思っていたヴィンセントは、これで質問攻めにされるのだろうと諦めのため息をついた。


「まあな」


「もう次の仕事探してんの? 帰ってきたばっかじゃん」


「違う、これからお偉いさんに会うんだ。ここで待たされてるんだよ」


 そしてまた、ヴィンセントの指はテーブルを叩き始めた。自分自身でそれに気がつき、顔を顰めて止める。


「お偉いさんって……なんで? なんかやらかした?」


「誰だ?」


「知るか。待てって言われたんだよ。誰かも知らない」


 当然、好奇心に駆られた潜行士達はその場を動こうとはしない。


 別にやましい事はしていないし、だからと言ってなにもないのだが、この話はすぐさま広まるだろう。


 潜行士達はこれからやってくるらしいお偉いさんが誰かを話し出し、立ち去るつもりは毛頭ない。


 ヴィンセントは段々と面倒になってきた。


 トイレに行くフリをしてバックれた場合、鳴り物入りの管理官補佐とやらとこの二人がどんな顔で出会うのか、そちらの方が気になりだしていた。


 そしていよいよ腰を上げかけた時、件の人物が現れる。


「すみませんお待たせしました。あなたがヴィンセント・ハドソンさんですね?」


 潜行士達が戸惑ったのをヴィンセントは見て取ったが、それも理解できると感じていた。


 現れた管理官補佐という男は、それほどエイレティアには場違いな雰囲気を醸し出していたからだった。


「……ああ、お前がケルンから来た補佐か?」


「マクシム・エンデと言います。故郷ではフォンを付けられますが、エイレティアでは必要ありませんよね。気軽にマクシムとお呼びください。もちろん、シャイア・リンドバーグさんとレイモンド・バエズさんも」


 ヴィンセントだけでなく、野次馬根性で残った二人にも愛想よくマクシムは話しかける。


「あ、ああ」


「おお、ども」


 初対面なのにフルネームを覚えられていたことに、潜行士の二人は虚を突かれたような顔のまま、狼狽えたような返事をした。


 マクシムはニコリとまた微笑みかけて、ヴィンセントに視線を戻した。


「僕の我が儘で予定を邪魔してすみません。ですが管理官補佐として、どうしても事態をきちんと把握しておきたかったんです。なにしろ僕が赴任してきて、初めての違法行為かもしれませんから」


 言葉数は多かったが、捲し立てるような印象をヴィンセントは覚えなかった。


 流暢で淀みなく、自然と言葉が耳に入ってくる。


 容姿にそれほど特徴があるようには見えない。輪郭は細く、鼻筋は通っているが派手でもなく、口元も整っているが普通だ。強いて言うならば、焦げ茶色の瞳には見られているという印象を感じるが、それもこの状況では当たり前のような気がする。


 愛嬌があって人当たりがよく、ハエ一匹も殺せそうにない優男。


 それがヴィンセントがマクシムに抱いた第一印象だった。


「そんな大した話じゃない。よくある血の気の多い若者がダンジョンに突撃したってだけだ。運がよければ怪我だけで帰ってくる」


「つまり悪ければ、命を落とすということですね?」


「まあ、並以下の運ならな。でもそんなの、ケルンでもない話じゃないだろ。どれだけ規制しても、踏み越える奴はいる」


 ジョエルとのやり取りからは矛盾している自分の言葉に、もちろんヴィンセントは気がついている。


 どの口かとも思ったが、別に口にだしはしなかった。


「ええ、残念なことですが、冒険者の方々は情熱的な人が多いので、ゼロにすることはできませんでした。手を尽くしたつもりだったんですけど」


 目を伏せるその姿は、心の底から無念に思っているよだった。


 このような純粋さで、本当にこのエイレティアでやっていけるのか、他人事ながら心配になる始末である。ヴィンセントは貴族という人種は、善くあると皆このような生き物なのかと不思議に感じる。


「ですが、少なくすることは出来ます。僕はその為に、ケルンからエイレティアに来たんです」


 ヴィンセントは呆然とした。


 二人の潜行士も同様で、マクシムがなにを言ったのか、まるで理解できないと口を開けている。


 気にする素振りは見せず、マクシムは続けた。


「皆さんはエイレティアのダンジョン潜行における年間死亡率をご存じですか?」


 ヴィンセント達は首を横に振る。


「全体を併せて七パーセントです。しかもこれは、追跡できる登録された潜行士と冒険者に限ります。実質の数字はもっと高いでしょう。この数字は世界各地のギルドで異常に高い数字になっています」


 七パーセントがどの程度なのか、ヴィンセントにはいまいちピンとこなかった。


 ただ毎年、誰かしら潜行士がダンジョンで命を落としているのは知っている。その死体回収も、潜行士の依頼に含まれることがあるからだ。ただそれが例年当たり前の事だったので、異常と言われるようなことだとは思っていなかった。


「この問題はギルド本部でも取り上げられました。ダンジョン潜行は世界でも社会問題になっていて、国によっては禁止にするべきという声も挙がっている程なんです」


「待て待て待ってくれ。潜行の禁止? てことは俺らに廃業しろって言ってんのか!? 冗談じゃないぜ!」


 禁止というワードに潜行士の一人が気色ばむ。


 落ち着かせるようにマクシムは微笑んだ。


「もちろんこれは過激な人権派の意見で、ごく少数に過ぎません。ダンジョンの資源は今の社会を成り立たせるのに必要不可欠で、多くの雇用や経済を動かしている現状はとても変えられませんから。あくまで一部の意見です」


 自分の食い扶持を失うかもと焦った潜行士は安心したように息を吐いた。


「ですが、問題でないわけではないんです。特にエイレティアは世界でも稀にみるダンジョン都市、四つも大ダンジョンに囲まれているなど類に見ません。その注目度は年々高まっていて、人の関心を引かずにはいられないんです」


 不安になったかと思えば安心し、そしてまた不穏な言葉を聞かされて潜行士達二人はすでに話に振り回されている状態になる。目を回して何が何だかわからない

っという顔だった。


 ヴィンセントはじっとマクシムを見つめたまま、冷静に口を開いた。


「……それで、それと今回の関係はなんだ? お前はなにが聞きたくて俺のところに来た」


 ヴィンセントが尋ねると、マクシムはハッとしたように目を瞬かせ、恥ずかしそうに笑みを零した。


「すいません、つい熱くなってしまいました。僕が知りたいのは、ダミリル・ベルディフさんが率いる『銀の風』を、どうにかして救うことはできないか、ということです。その為の手段を講じたくて、ヴィンセントさんに会いに来ました。エイレティアでも数少ない専業の潜行士で、依頼達成率も群を抜いて高いヴィンセントさんなら、何か考えがあるかもしれないと」

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