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1-3 街の潜行士達

「――では、口座への送金を確認してください」


「ああ」


 ぶすっとした顔のまま、ヴィンセントはスマホで入金履歴を確認する。


「確認した」


「では、これで依頼は完了です。お疲れ様でした」


「はいよ」


 収入証明書にサインをして、ヴィンセントは窓口から離れた。


 ギルド一階には、多くの潜行士達が詰めかけていた。


 地下と同じく広大な吹き抜けのフロア。違うのは天井に陽の光を取り込む巨大な天窓があることだ。フロア全体は白と灰を基調とした内装で整えられており、神殿然とした外装と相まって、息を呑むような荘厳な造りになっている。


 ヴィンセントがいた中央受付カウンターには、その上に巨大な電光掲示板がある。世界各国からの依頼が表示されており、これには大企業や富豪などの大口ばかりが並ぶ。一攫千金を狙う潜行士達は、その中から自分が契約できそうな物を選ぶのだ。


 ちなみに大口ではない依頼もある。それらはカウンター右手にある端末から探すことも出来るし、ギルドが専用に配布しているアプリからでも参照できた。


「ほらよ。これがお前らの取り分な」


 そう言ってヴィンセントは、無造作に現金をテーブルの上に置いた。


 アランとエルザイルはすぐさま手に取り、金額を確認していく。ヴィンセントはそれには目もくれず、不機嫌なままドカッと椅子に腰を下ろした。


 彼らがいるのはフロアの左手にある集会所兼待機ロビーだ。ここにはラウンジスペースやミーティングテーブルが並んでいる。


 潜行士といえども皆が皆、パーティを組んでいるわけではない。個人で活動している者もいるし、依頼によっては追加でメンバーを募集する必要もある。そんな時に利用するのがこのスペースだ。ここにも電光掲示板や端末が用意されており、依頼内容と募集人数や要項が表示されている。


「本当に四割しかないじゃないか!」


「がめついぞヴィンセント」


「経費はさっ引いてるに決まってるだろ。文句があるなら次からお前らが契約とってこい。申請も書類提出も全部やれ。ちゃんと三等分にしてやってんだからありがたく思えくそったれ共」


 現代となって、依頼の報酬は全て振り込みとなった。


 ゆえにロビーにあるATM前の言い争いは、ギルド本部の日常でもあった。


「だいたい、なんでスカルドッグが中層で出るんだよ。アイツらの縄張りはもっと奥だったはずだろ? 出現情報もなかったはずだ」


「さっきも言ったがスカルウルフだ。スカルドッグはリベルタムには発生しない。スカルドッグが生まれるのは都市近くの平原だけだ。基本だぞヴィンセント」


「だからどっちでもいいっての、犬でも狼でも。死んだら似たような骨じゃねえか」


「全然違う。狼は犬よりも危険だ。森を縄張りにする彼らの知性を甘く見てはいけない。それは死んでも同じだ。あれだけ追いかけられたのにわからないのか?」


「豚と猪ぐらい違ったら覚えといてやるよ」


 まるで興味がないと手をヒラヒラさせるヴィンセント。


 エルザイルは処置なしと言わんばかりにため息をついた。


「でも確かに変だよね。あの辺りにはドリュアス達が多いし、普通は近づいてこないよね。それが上層まで追いかけてくるなんてさ。数もスゴかったし」


 いそいそと取り分をしまい込んだアランが、椅子の上で胡座をかきながら言う。ヒューマン用に設置された椅子は、小柄なアランには少し足が長かった。


「それには私も違和感があった。上層には光が差し込むところも多い。奴等も愚かではない。それぐらいは熟知している。あれは異常と言っていいだろう」


 深刻そうに腕を組んで考え込むエルザイル。


 潜行士はダンジョンでの採取や狩猟を生業とする。それはただの森でするのとはワケが違う。濃密な魔素によって形成されたダンジョンは、常に死と隣り合わせの過酷な環境だ。魔物の対処は細心の注意を払わなければならならず、僅かな見落としが命を落とすきっかけとなる。


 ゆえに潜行士達は事前の情報収集を欠かさない。


 それが人類未踏破の大ダンジョンともなればなおさらだ。文明の発達とともに数多くのダンジョンが踏破されてきたが、今なお人の歩みを阻むのが大ダンジョンと呼ばれている。彼らが潜っていたリベルタム大森林は、エイレティアを囲む大ダンジョンの一つだった。


 上層にまで追いかけきたスカルウルフの群れ。


 銃弾では対処が出来ず、魔術で追い払うには素早い。


 唯一の対処法は陽の光で照らすこと。


 今回はヴィンセントの出費で事なきを得たが、もし専用の魔術具を持っていなかったら怪我では済まなかっただろう。


 ギルドにはすでに報告を済ませてあるが、以前に同じような事例はなかった。つまりこれは、リベルタム大森林で新たに発生した異常現象なのだ。


 特にエルザイルはエルフである。


 森の異常には敏感にならざる得なかった。


 ヴィンセントが手をあげる。


「はーい魔物博士ー、どうして骨の狼はあんなしつこかったんですかー。というかエルフなのになんで気づかなかったんですかー? おかげで余計な出費がかさんだんですけどー」


「ドリュアス達の住処で感知できるわけないだろう馬鹿め」


「あ? 誰が馬鹿だって?」


「私の目の前にいるのはヴィンセントだが?」


「言ったなこの野郎。よおし腕相撲だ。今日こそ決着を付けてやる。負けたら打ち上げの費用は全額もてよ?」


 そう言ってヴィンセントはテーブルに肘をついた。


「いいだろう。喧嘩を売ったのはヴィンセントだ。泣いても知らないからな」


 じろりと睨んだ後、エルザイルはその手を掴んだ。


「やった。じゃあ僕は払わなくていいんだね」


 険悪な空気の中、アランは呑気にスマホを触り出す。


 二人は無視して睨み合った。


「おい、魔力は使うなよ。純粋な腕力勝負だからな」


「ヴィンセントはどこまでも無知だな。エルフにとって魔力は血と同じだ。使わないことはあり得ない」


「そんなのズルだろ! こっちは身一つで戦ってんだぞ!」


「完全に抑えるのは無理だと言ってるんだ。恨むなら魔力器官を持たない人種であることを恨め」


「骨も追い払えねえ役立たずじゃねえか。エルフの魔力は尻尾巻いて逃げるためにあんのか?」


「種族への侮辱だと受け取った。覚悟しろヒューマン」


「野菜しか食わねえエルフなんぞに負けるか」


 二人はお互いの手を握り潰さんばかりに力を込めていく。


 組み合った手は既に震えており、あとは開始の合図を待つだけだった。


「アラン! 合図はお前がだせ!」


「別にいいけどさー、二人とも怪我だけはしないでよ?」


「その心配はヴィンセントだけにするといい」


「木の枝みてえなエルフがなに言ってやがる」


「野蛮なヒューマンらしい言い草だ」


「わかったから。怪我しても打ち上げは絶対にするんだからね?」


 目を離さず睨み合ったまま動かない仲間に呆れながら、アランはテーブルに身を乗り出す。


 そして自分よりも背の高い二人よりも、さらに大きく力強い両手で組まれた手を掴んだ。


「じゃ、恨みっこなしね?」


「「いいから早くしろ!」」


「仲が良いんだか悪いんだか。じゃあ、いちにっさんで離すよ? いいね?」


 緊張が高まる。


 二人の両腕はいっそう盛り上がり筋だっていく。


 一触即発の気配が弾ける瞬間、二人は短く息を吸った。


「いくよー、いち、に、さ――」



「どういうことなんだ!」



 突如としてフロアに怒声が響き渡った。


 ロビーで団欒していた潜行士達は何事かと声のした方へ首を傾ける。


 ヴィンセント達も例外ではなく、三人は手の平を重ね合わせたまま顔を上げた。


「……なんだ?」


「さあ」


 騒ぎは中央カウンター。


 先程までヴィンセントが並んでいた報告窓口ではなく、受領窓口だった。


「誰だ? あいつら」


 この街の潜行士として長いヴィンセントが彼らを知らなかったのは余所者だったからだ。


 まだ若く血気盛んであろうことは、その剣幕以外からも読み取れた。まだ依頼を受ける前だというのに、彼らは武具を持ち込んでいた。しかも銃火器ではない。剣や槍、弓を背負い、そのどれもが意匠に凝っている。


「元気だね。来たばかりなのかな」 


「だろうな」


「ああいった手合いは久しぶりだ。腕に自信があると見える」


 手を合わせたまま、ヴィンセント達は呑気に眺める。


「アラン、見ろよあの剣。あれ魔装具だ」


「本当だね。どこ製かな。鞘にロゴはないし、デザインもあんまり見たことないかも。雰囲気的には北欧っぽいけど、ゼアは見たことある?」


「エルフやドワーフのものではなさそうだ。名のある鍛冶職人の作品だろう。鞘であれなら剣身も見事に違いない」


「おい、よく見りゃ他の連中が持ってんのも魔装具だぞ。金持ってんなあ。どっかの大富豪の坊ちゃん達か?」


 周囲にあれこれ言われている間にも、余所者達は職人に詰め寄っている。


 不満を隠そうともせず、納得がいかないという態度だ。何かを職員に見せつけ、自分達が何者であるかを捲し立てている。


 職員は困り顔になって受け答えしているが、余所者達は聞き入れる様子がない。


 後に並んでいた街の潜行士が迷惑そうに口を挟んだが、ヒートアップするばかりだった。


 言い退けられた潜行士が助けを求めに来た。


「――なあヴィンセント、あいつらなんとかしてくれよ。ロクに話も聞きやしねえ」


「なんで俺が? ギルドの連中にやらせればいいだろ」


 ヴィンセントはさっぱり意味がわからないという顔をする。


 潜行士は肩をすくめた。


「上司を呼びに行ったヤツがなかなか戻ってこねえんだ。頼むよヴィンセント、ああいうの得意だろ?」


「やってられるか、そんな邪魔くさいこと」


 面倒はゴメンだと、ヴィンセントは手を振って拒否する。


 その間にも、見かねた周囲の潜行士達がヤジを飛ばし出し、フロア内はちょっとした騒ぎに発展しつつあった。


「アラン、お前からもなんとか言ってやってくれよ」


 ほとほと困り顔で潜行士が二人に助けを求めた。


 アランはテーブルの上から周囲を見渡して言った。


「どうする?」


「俺じゃなくていいだろ」


「血気盛んなのは若者の特権だ。ヴィンセントが労せずともそのうち治まるんじゃないか?」


「だろ? ガキのおもりなんかゴメンだ。俺はベビシッターじゃない」


「ぷぷ、ヴィンスがベビーシッターってなんかウケるね」


「だな。潜行士よりも天職かもしれないぞ?」


「ザけんなアホ共。自分のことしか考えてねえお前らとは違うんだよ」


 あっという間に脱線する三人。


 潜行士はじれったく感じたが、それよりもずっと気になっていたことを尋ねた。


「……ところで、なんでお前らそんなガッチリ手を組んでんだ? もしかしてそういう関係なのか?」


 握り合ったままだった三人はポカンと潜行士を見上げ、お互いを見やり、そして熱く組み合った手を見た。


「違えよバカタレ!」


「そういうのじゃないから!」


「私達は断じて違う! その手の趣向を否定はしないが」


 まるでドブに突っ込んだかのように手を引く三人。


「手汗スゴいぞゼア、ベタベタしやがる」


「それはお前だヴィンセント」


「……二人とも、そう言いながら僕で拭くの止めてくれる?」


 アランの抗議を無視して、二人は手の甲までこすり付けた。


「ヴィンセント……」


「わかった、わかったって。あいつら追っ払えば良いんだろ? ったく面倒くせえなあ」


 最後にもう一拭きしてから、ヴィンセントはかったるそうに立ち上がった。


 受付で騒ぎを起こしている余所者達は、近くで見るとヴィンセントの想像よりも更に若かった。少し前まで学生をしていた、と言われても疑わないほどである。


 そんな若者達が魔装具を携えてエイレティアにいる、呆れる前に少しだけ感心した。


「よおどうした? ――ハンナ、任せろ」


 声をかけると、若者達は新手が来たとヴィンセントを睨みつけた。


「誰だよ、引っ込んでろ。関係ないだろお前も」


 背は頭一つ高く、手脚も長いヴィンセントは最も脂ののった年齢だ。まだ若さを感じられる細身のリーダー格の男よりも一回り以上は体格に優れている。


 それでも若者は鶏冠を立てたまま彼を睨みつけた。


 ヴィンセントは愛嬌ある眼差しのまま肩をすくめた。


「ま、そうだけどな。でもお前らもこのままハーピーみたいにわめき散らしたくないだろ? せっかくこの街に来たってのにつまんねえじゃねえか。だから頼む、なにが納得いかねえのか教えてくれ」


 そう穏やかに言い聞かせると、リーダー格もヴィンセントがただ口煩くしにきたワケではないと感じ取る。


 幾分か和らぐが、それでも警戒は崩さないで口を開く。


「僕達はハプラから来た。ホロミンジェ支部所属の冒険者だ」


「ホロミンジェって言えば、内大陸じゃ大手ギルドの一つじゃないか。たしか所属試験がかなり厳しいんだろ?」


「そうだよ。試験にはダンジョン踏破が含まれるんだ。僕達は最高難度のシュニシュカ山を攻略した」


「そりゃスゴい。あそこに一年中氷河の谷があったよな? なんてったっけなー、ほら、ラーベ川の泉があるところだ。そこにしか咲かない花があるっていう」


「クルコシュの膝元だよ。そこのライネスの雌花を採取することも試験の一部なんだ。……よく知ってるな」


「話のわかるヤツもいるってこと。その若さでホロミンジェ所属ってことは、ハイスクール出てすぐに試験を受けたのか?」


「歴代じゃ最年少さ。三十年は塗り替えられなかった」


 いつの間にか会話のペースはヴィンセントが握っていた。


 リーダー格の若者はすっかり鶏冠を畳み、すらすらと自分達のことを話していた。まるで仲間を見つけたかのように、ヴィンセントへの警戒を解いている。


「そいつはたいしたもんだ。けど、だったらわかるだろ? ホロミンジェにもあったように、エイレティアにもルールがある。大方、大ダンジョンへの潜行許可が降りないって話だろ?」


「……そうだよ。でもおかしいじゃないか。僕達はダンジョン踏破の実績もあるし、装備も充実してる。なのにどうして新人研修からなんだ。証明書だってちゃんとあるのに!」


 そう言ってリーダー格は書類を突き出す。


 ヴィンセントは目を通すフリをする。


 中身は読まなくともわかるからだ。


 感心したように頷きながら、書類を指で優しく叩いた。


「ま、わかるよ。歯がゆいよな。でもそれがルールだ。みんなこれを守ってるから生存率が担保できてる。ギルドにも仕事が来る。おかげで俺達潜行士も食っていけるってワケだ。それを知らないわけじゃないだろ?」


「僕達は素人じゃない。大ダンジョンがどういうものかぐらいはわかってる。そのために準備だってしてきたんだ」


「ならルールを守ってくれ。俺達の食い扶持の為にもな。俺もリベルタムで仕事出来るまで半年はかかった。よそで五年も潜行業やっててもだぜ? それでも何回も死にかけた。今日も命からがら帰ってきたとこさ」


 見るからに熟練のヴィンセントがそう語ると、少し頭が冷えたリーダー格も言い返せなくなる。


「それに、お前らだって一回のアタックで踏破出来るなんて思っちゃいないだろ? トライアンドエラーは冒険者にとっては当たり前だ。お前らにもその覚悟はあるはずだ」


 そこでヴィンセントはリーダー格から仲間達へと視線を向ける。


「装備だって整えなくちゃならねえ。作戦も何度だって練り直す。情報収集は絶対にサボれない。ちょっとした見落としが死に繋がるのがダンジョンだからな。知らなかったじゃ済まされない」


 そしてまた、ヴィンセントはリーダー格に目を戻した。


「でもここで嫌われてどうする? もう誰もお前らを助けてはくれねえ。精々、あっちのロビーでたむろってる連中の賭けの対象になるだけだ。いつまで保つかってな。ちなみに最短記録は二日、ギルドにいたら誰でも耳にした情報を知らなかったせいだ」


 息を呑んだリーダー格の肩に、ヴィンセントは手をおいて微笑んだ。


「――そんなの、つまんねえだろ?」


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