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2-7 怒りの銃口

「……どうなってんだよ、おい」


 今まで幾たびの修羅場をくぐり抜けてきたダミトリスであったが、このような事態は初めてだった。


 目の前に血塗れで倒れているのは、先程までただのヒューマン族の女性だったモノ。


 しかしいまは異形となり、全身を蜂の巣にされて死んでいる。


 その姿は、ダンジョン都市あるエイレティアでも尋常ならざるものである。


 人が怪物に変化する、このような事態にどう対処していいのかわからなかった。


「なあニコ、お前どうおも――ニコ?」


 ニコラオスは拳銃をアリアナに向けたまま、目を見開いてその無残な死体を凝視していた。


 伸ばした腕はピクリとも動かず、引き金には以前として指をかけたままだ。


 ショックを受けているのは間違いない。しかし悲哀や恐怖とはまた違う、別種の感情に支配されていた。


 やがてニコラオスはゆっくりと拳銃を降ろすと、おもむろに出口へと向かう。


「おいニコ! どこ行くつもりだよ」


「オルベーンとかいうクソ亜人のとこに決まってるだろ。クソ売人の知り合いなら何か知ってるに違いねえ。聞き出してぶち殺す」


 扉に手をかけて振り返ったニコラオスの瞳は憤怒に燃えていた。


 酒に夢中になっているように見えて、アリアナの話はちゃんと聞いていたようだった。


「まずは報告だろうが。こんなもん、俺達の手に余る。カプローニに報告して指示を待つべきだ」


「なら、ダミがやっとけ。俺はクソ亜人を探す」


「そんなもん、とっくに逃げてるに決まってるだろ。それにこの死体を調べなきゃならねえ。お前、こんなの見たことあんのかよ」


「人呼んでやらせればいいだろうが。それに探す前から決めつけてんじゃねえ。もし逃げ出してたとして、そこら辺の亜人二三匹捕まえれば何か知ってるはずだ」


「お前、それじゃ戦争になるだろうが!」


 ニコラオスが脱力したように首を傾げた。


「なに寝ぼけたこと言ってんだよ。とっくに戦争は始まってんだろうが」


 そう言ってニコラオスは店から出て行った。


「クソったれッ、どこまで猪なんだあのバカタレは!」


 ダミトリスはすぐに相棒を追わず、未だにカウンターの内側で震えるバーテンダーに幾分かの金を投げながら指示する。


「いいか、ファミリーの人間をここに寄越す。それまで彼女を見張ってろ!」


「そんなッ!? 勘弁してくださいッ、僕はただのバーテンダーなんですよ!?」


「知るかアホンダラ! もしこれがクソドラッグのせいならお前の家族も化け物になるかもしれねえんだぞ! いいから黙って見張ってろ! 逃げたらニコに蜂の巣にさせるからな!」


 哀れなバーテンダーは絶望的な表情を浮かべ、二人が出て行った扉を見つめる。


 すぐに外から怒声と悲鳴、そして発砲音がいくつも鳴り響き、すぐさま頭を抱えて引っ込んだ。





「――ええ、だから早く兵隊を何人かアギヌスに送ってください! 『レモン』とかいうふざけたバーに死体があります! そいつを回収させてください!」


 店を飛び出したダミトリスは、自転車を全力で漕ぎながらスマホでカプローニに連絡を取っていた。


「だからッ、ヒューマン族の女がいきなり化け物になったんですよ! 多分例のドラッグのせいです、それでニコが完全にブチキレた! このままじゃアイツ、アギヌス中の亜人を片っ端から殺しかねませんよ!」


 件のニコラオスというと、店を出た直後、発砲音に集まった野次馬からバイクを強奪して『ナイトレイン』に向かって爆走していた。


 前方を信号無視ギリギリの運で駆け抜けており、アギヌスが小さな区でなければ追いつけない速度だった。


 ダミトリスは同じようにバイクを使いたかったが、先に発砲したニコラオスのせいで野次馬は蜘蛛の子散らすように逃げ去っていた。なんとか突然の出来事にボンヤリとしていた若者から自転車を借りたが、膝が爆発しそうになるまで全力で漕ぐハメになっている。


「そんなのわかるわけねえでしょ! こっちだって何が何だかさっぱりわからねえんです! わかるのは、このままだとニコが関係者の亜人を丸焼きにして東区域に投げ捨てかねねえってことです。あの馬鹿、亜人に戦争を仕掛けられたと思ってる。本気でやるつもりですよ!」


 路地の角を曲がると、『110』と同じく防音加工が施された『ナイトレイン』があり、入り口の前にエンジンが掛けっぱなしのバイクが倒れていた。


「とにかく、何人か人を送ってください! 俺はニコを止めておきますんで!」


 ダミトリスは怒鳴りつけるようにして通話を着ると、店内に飛び込む。


 受付に並んでいた客達は一様に困惑しており、それらを押しのけてフロアへと向かう。


「ちょ、ちょっと待って、今はマズいっす!」


 受付はダミトリスを留めようとしたが、無視して仲へと入った。


 『110』よりもこぢんまりとした『ナイトレイン』のフロア内は騒然としていた。小階段の上にあるダンスステージでは女性客達が隅に集まって縮こまっている。


 ヒューマン族の客達はあるテーブル席からなるべく距離を取れるよう、壁際に集まっていた。


 そのテーブル席の周りには、うなり声を上げる人狼種の亜人達が囲っている。


 そしてニコラオスが眉間に拳銃を突きつけながら胸を足で押さえ込んでいるのは、オルベーンらしき白色の人狼である。


「クソ亜人、いいから俺の質問に答えろ。少しでも嘘と感じたらお前を殺す。お前の仲間も、お前の家族もみんな殺す。わかったな?」


「僕達が何をしたと言うんだ! このような扱いをされる覚えは――」


 抗議は銃声と悲鳴でかき消される。


 抗議をした亜人の一人が、腕を抱えながら倒れ込み痛みにのた打ち回る。ヒューマン族よりも太く長い爪の間からは、ヒューマン族と同じ真っ赤な血が流れていた。


 ニコラオスはまたオルベーンの眉間に銃口を向ける。


「次は殺す。ごちゃごちゃほざく度に一人ずつ殺す。その後、この店にいるクソ共を皆殺しにする。わかったら静かにしてろ」


 店内は一気に静まりかえった。


 目の前で起こった本物の暴力に息をひそめ、次の嵐が吹き荒れないよう目を逸らさず祈る。


「亜人、お前の名前はオルベーンで間違いないな?」


「……ああ」


「さっき、お前とザルガスとかいうクソ亜人でたらし込んだアリアナってヒューマン族の女が死んだ。真面目に働いてる、立派なエイレティア人の女性がだ。――理由はわかってるよな」


「アリアナが……? どうして……?」


 困惑するオルベーンにニコラオスは激怒し、銃口を眉間に押しつけながら叫んだ。


「お前らが原因だろうが! 弱ってる彼女につけ込んで、クソドラッグを売りつけたんだろ!! よくのうのうと遊んでられるな。ヒューマン族がどうなろうと知ったことじゃねえってか!?」


「待ってくれ、本当に私は知らない。先日の売人の件なら無関係だとソコロニスは承知してくれているはずだ」


「ふかしこいてんじゃねえよ。あのアホは騙せても俺は騙されねえ。エフォリアのこと、俺達が何も知らねえと思ってるのか? アリアナから全部聞いてんだよ」


「私達は本当に無実だ。確かに私は移民の亜人だが、エイレティアには敬意を持っている。一部の同胞が迷惑かけているのも知っているし、連合のやり方に不満を覚えているのは私達も同じだ」


「誰がお前らクソ亜人を信じるか。てめえらがどさくさに紛れて東区域を根城にしやがったこと、俺らが何も思ってねえと思ってんのか? 盗人の分際で御託並べてんじゃねえよ」


 憤激するニコラオスとは対象的に、オルベーンは冷静だった。


 銃口を向けられ、胸を足蹴にされているにもかかわらず穏やかな口調で答えている。


 その様子はアリアナが言っていたオルベーンの人物像と合致するものだった。ニコラオスの暴力にも動揺しているわけでもなく、怒りを向けられている事に慣れているようだった。


 埒がいかないとダミトリスは判断し、二人の間に割って入った。


「ニコ、落ち着け」


「俺は落ち着いてる」


 ニコラオスは目を離さずに言った。


「わかった、ならせめて放してやれ。このままじゃ話にもならねえ」


「お前、このクソ野郎を信じるのか? クソ亜人共が今までなにして、俺達の仲間がどんだけ殺されたか、忘れたわけじゃねえよな」


 ダミトリスも、相棒が激怒する気持ちは理解していた。


 亜人がこのエイレティアで東区域を支配するまでに至ったのは、街を五つに割る抗争の最中だった。


 当時、エイレティアでは二つの勢力が正面衝突を繰り返し、多くの死者を出していた。一つは地元住民で結成されたサマリス・ファミリー。そしてもう一つは、サマリス家に敵意を持つ他の地元組織を取り込んだ、オリツィオ・ファミリーという他国から来たマフィアだった。


 二つの組織の抗争は、世界大戦時に押し寄せてきた他の都市国家との戦いが終結した後に始まった。


 しかしこの抗争は、サマリス家の圧倒的優勢で決着がつきかけていた。セオドロスは住民達の尊敬を集めており、敵対勢力は街でも少数派に過ぎなかった。戦力的にも住民の支持的にも、サマリス家の勝利は揺るぎようのないものだった。


 そこに横っ面を叩くように現れたのが、現在の北区域を支配するワイルドハントという冒険者パーティである。


 ワイルドハントはオリツィオ・ファミリーを瞬く間に全滅させると、その下部組織を取り込み組織化、海外から独自の戦闘部隊を用意すると、サマリス家との全面戦争を開始した。


 戦力が拮抗すると、戦いは泥沼化した。


 エイレティアは混沌に飲まれ、国際団体のギルドが介入しても一向に安定することはなかった。サマリス家がワイルドハントにかかりきりになると、その隙を突くようにオリツィオ・ファミリーのようなマフィアや都市国家、企業が押し寄せた。それらは街を独自に支配し、エイレティアにおける資源を確保しようと画策し始め、抗争は激化する一方だった。


 亜人による連合も、その組織の一つだった。


 世界大戦のおり、多くの亜人達が故郷を追われた。


 彼らが上手くエイレティアに潜り込めたのは、ヒューマン族では不可能なダンジョンの越境が可能だったことだ。魔素への耐性に優れ、ヒューマン族よりも頑丈な肉体を持つ亜人種は、航路だけでなく陸路からもエイレティアに流れ込んでいた。


 しかし亜人は種族や部族、家族単位で構成され、組織化されているわけではなかった。バラバラな彼らは抗争時のエイレティアでも圧倒的に少数派で、むしろ不当な扱いや迫害を受けることには変わりなかった。


 そこで彼らは結束することを決め、一大勢力を築き上げたのである。


 比較的田舎だった現在の東区域を根城とし、優れた身体能力を活かして敵対勢力を追い出したのだ。


 彼らは生存の為に手段を選ばなかった。


 示威を目的に多くの血が流れた。


 その中には当然、サマリス家の者達もいた。


 戦いが集結するには多くの年月を必要とし、ギルドと極東の魔法使い、そして現在の東西南北を支配する四つの組織の代表が会合を開くまで続いた。


 エイレティアはこれにより五つに分断され、中央区域を非戦闘地帯である不可侵領域とすることで決着がついたのである。


 抗争が終わると、ギルドの介入により法とインフラが整備され、エイレティアはただの港街から都市へと姿を変える。世界中から潜行士や冒険者、観光目的の者達が訪れることが可能となり、世界でも類に見ないダンジョン都市へと成長したのだった。


 しかし水面下では、未だに抗争の火種が燻っているのも事実だった。


「君が我々を嫌悪するのも理解できる。それだけの事をしたとも」


「口を挟んでんじゃねえよクソ亜人。殺されたいのか」


 ニコラオスが再度銃口を押しつけると、オルベーンは静かに提案する。


「もし本当に、私がそのドラッグと関係しているなら、殺してくれても構わない。だから事件の解決に協力させてくれないか? その為なら、先程の暴力も水に流させる。仲間達には私から言って聞かせるつもりだ」


「オルベーン!」


 仲間の亜人が反対の意を唱えるも、オルベーンは自分の言葉を覆すつもりはないようだった。


「祖先に誓って、私はこの件とは無関係だ。我々を受けいれてくれたソコロニスにも、戦いを終わらせてくれた君達のカペタニオスにも感謝をしている。だから力になりたい。アリアナは私の友人だった。彼女がザルガスによって不当な死を遂げたのなら、紹介した私の責任でもある。私が望んでいるのは、私の仲間が、この街で平穏に暮らせることだ。その為ならどんな協力だって惜しまない」


 ニコラオスが撃てなかったのは、淡々と語るオルベーンから嘘を感じ取れなかったからだった。


 アンバー色の三白眼は真摯にニコラオスに向けられ、一切の計算や憎悪を感じられなかった。


「ニコ、こいつが本気なのはわかるだろ? いいから放してやれ」


 ダミトリスはひとまずオルベーンを信じることにしていた。


 ダミトリスとて、亜人に対して含むところがある。仲間を殺された怒りは依然として残っており、この件の犯人は必ず始末すると決めていた。


 アリアナの非業の死は決して許せるものではない。


 オルベーンの申し出はその目的を達成する大きな力となる。


 そしてそのことは、ニコラオスも重々承知していた。


「……」


「ニコ」


「――クソッ! 嘘だったら承知しねえからな!!」


 そう叫んでニコラオスは、オルベーンから銃を下ろした。


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