1-20 再び、ダンジョンからの帰還と本音と
「それで? 今回の潜行はなにが目的だったんだ?」
リベルタム大森林からの脱出の最中、エルザイルが尋ねた。
気絶したままのエリシュカを背負うヴィンセントが答えあぐねている間に、アランが首を傾げる。
「目的ってなに? この人達を救出することじゃないの?」
「ヴィンセントが金だけの為に人助けなどするわけがない。この男はそこまでお人好しか?」
「今まで散々ケツ拭いてきてやっただろ。十分過ぎるほどお人好しだろうが」
アランもエルザイルもその反論は無視した。
「まあ、そうだけど」
「おい」
「でも報酬以外に何があるの? 百万はもらえるんでしょ? 成功報酬なの? もしかして全員を助けなきゃゼロってわけじゃないよね」
「……いや」
「報酬に関しては嘘だ」
エルザイルがあっさりバラしてしまう。
アランは目を丸くし、ヴィンセントはため息をつく。「は? 嘘でしょ? どゆこと?」
「……ゼア、気づいてたなら言えよ」
「厳密には、いくらかの謝礼が出る程度だろう。ジョエルの店で私達が払った金額以上は出るかもしれない。だが百万ドラグマは嘘だ」
「ハアー!?」
アランは憤慨しヴィンセントを睨みつけた。
「どういうこと? マジ意味わかんないんだけど」
「なら適当に採取して売れ。違法に関してはマジで問題ない。それで勘弁しろ」
「いや、そういうことじゃないから。どうして嘘なんかついたのさ。それに怒ってるんだけど」
「そうでも言わないとお前らついて来なかっただろ。俺一人じゃ間違いなく死んでたわけだし」
「死ねばいいじゃん。僕達、仲間じゃなかったの? マジ意味わかんない。ちゃんと理由を教えてくれなきゃ絶交だからね」
憤懣やるかたないと、アランは鼻息荒く髭を撫でた。
今度ばかりは言い訳も冗談も通じないと悟ったヴィンセントは、背中のエリシュカを背負い直して口を開いた。
「確かめたかったんだよ」
「なにをさ」
「こいつらを助けられるかをだ。今回のルートも手段も、タレイアに助けて貰うのも全部俺達が独立してから確立した手段だったろ?」
「うん」
「確認したかった、もうウィリアムはギルドに必要ないのか。他の連中が言うように、俺がウィリアムの代わりをやっても問題ないのかをな」
ヴィンセントがウィリアムに対し、憧れや尊敬の念を抱いているのは、アランやエルザイルにも周知の事実だ。
二人もエイレティアに来てからはウィリアムの世話になり、潜行のイロハだけでなく副業先まで紹介して貰っている。この三人がパーティを組んだのも、ウィリアムが彼らを繋いだからだ。おかげで潜行士として安定して生活できるようになり、故郷を離れても面白可笑しく生きることができている。ウィリアムには感謝も尊敬もしていた。
だがヴィンセントの思い入れは別格だった。
「今回の件、ウィリアムなら絶対もっと上手くやれてた。俺達じゃエリシュカを回収するだけで限界だった。でもウィリアムなら、ダミリルだけじゃなくエリックの亡骸も回収できたはずだ」
「そんなの、わかんないじゃん。確かにウィリアムも彼らを助けようとしただろうだけどさ。それでも、僕達より早くたどり着けたかはわかんないよ。ハマドリュアスの加護だって、ヴィンスにだけしかないじゃん。ウィリアムとはビジネスライクな関係だったし」
「いや、ウィリアムならもっと早くたどり着けた。そもそも、ギルドで騒ぎを起こした時だって、ウィリアムがあの場にいたら何か出来たはずだ。俺みたいに、ただ黙らせるだけの説得じゃなくて、もっと慎重にさせるような……少なくとも違法潜行をさせずに済んだ。ギルドにはウィリアムがまだ必要なんだ」
ヴィンセントは確信めいた表情で語り、アランの反論に聞く耳を持っていない。
仮に今回にウィリアムが関わっていたとしても、同じ結果になっていただろうとアランは思っていた。
「でもさヴィンス、ウィリアムはもう何年も前に引退したんだよ? 『イ・イェフィラ』を立ち上げるときだって、僕達全員でお祝いしたじゃん」
「ウィリアムはまだダンジョンに未練がある。それはお前達だってわかってるだろ」
アランとエルザイルは顔を見合わせた。
引退した原因については彼らでも触れにくい話題だった。
「……そうだけど、でもそれって普通じゃない? ウィリアムは根っからのダンジョン馬鹿だったし、引退しても懐かしく思うぐらいさ」
「そういうのじゃない。何かある、俺にはわかる」
アランは困り果てたようにエルザイルを仰ぎ見る。
エルザイルはやれやれと言わんばかりにヴィンセントをじっと見つめる。
「本当のところを言え。どうせ悩むウィリアムを見ていてイライラしたとか、そんなところだろう? 彼らの結末とウィリアムを重ねていたな?」
「ゼア、さすがにそんなわけないで――マジ?」
アランが目を丸くする。
ヴィンセントがまるで図星でも突かれたかのように、不機嫌な仏頂面を浮かべていたからだ。
アランは絶句したように言う。
「自己中過ぎでしょ」
「うっせえ」
「そんな理由でここまでしたの? 極端って言うか、むちゃくちゃって言うか……」
エルザイルが鼻をならす。
「ヴィンセントが極端で迂遠なのは今に始まったことじゃない。これでもまだマシな方だろう。エリーの事がなければ確かめもしなかったはずだ」
「これでも悩んだよ。ウィリアムがあんなクソつまんねえ顔してなけりゃ、俺だってオヤジごっこを応援した」
「オヤジごっこって……ウィリアムだって責任感じて引退したわけじゃん。レノアの事でエリーを優先するって決めたわけでしょ? 僕達がとやかく言う権利ないよ」
「そんなことはわかってるに決まってるだろ。けどあのウィリアムが未練たらしくジジイになってくのが許せないって言ってるんだよ。そんなの冗談じゃない。俺は絶対に認めない」
あまりに自分勝手な理由に二の句を継げなくなるアラン。
つまるところ、ヴィンセントの理由はその程度のものだった。
ヴィンセントも初めからウィリアムへの不満を露わにするつもりはなかった。本人に言うことも出来ず、その鬱屈は猫耳風俗と街の散歩で発散するつもりだった。
しかしダミリル達の暴走と、マクシムとの出会いで縁を感じた。
それらしい言葉の符合が揃っていく様に、ヴィンセントは運命に背中を押されているような気がしたのだ。それでもここまで決断を先送りにしていたのは、ヴィンセント自身もウィリアムの選択に一定の尊重があったからだ。
だから試した。
そして考えた。
故郷の玄関で靴紐を結びながらふと考えた時と同じだ。
このままずっと、未練を抱えたウィリアムがタヴェルナの店主として、彼を慕う者達の土産話を娯楽に生きていくのを見届けるのか。
その先には何があるのか。
ダミリル達の死が、それを教えてくれた。
結論は単純である。
「つまらないのはお断りだ。自分で決められないなら、俺がケツを蹴ってやる。ハッキリしてくれなきゃ旨い飯も不味くて仕方がない」
「……マジ自己中なんですけど。そんでやっぱり意味わかんない。ウィリアムの未練と、彼らを助けることと、何が関係あるの? 無関係としか思えないんだけど」
「さっきも言っただろ、確かめるためだって。こいつらを追って何を感じるのかを確かめたかったんだよ」
ヴィンセントは煩わしそうに答える。
「感じる? ヒューマン族ってたまにマジ意味わかんないことを気にするよね。それで? 何を感じたわけ?」
「クソむかついた。マジでつまんねえ死だよ。無茶して突っ込んでパーティは壊滅、成果はゼロ、故郷の幼馴染みも助からない上に罪悪感で死にたくなるだろうな。最悪もいいとこだ。そんで、俺はそれを防げたし、こいつらはもっと上手くやれた。ウィリアムがこうなるかもしれないと思うと反吐が出る」
自分本位と善意は恐ろしく似ている。
アランは再び絶句した。
ヴィンセントが苛立っている理由は、つまるところ自分の価値観にウィリアムがそぐわないでいることだ。
だがウィリアムの決断を理解する気持ちも、もちろんだがある。今回のダミリル達の結末は、そんなウィリアムの決断の、あるかもしれない未来の一つでしかない。
そんな仮定の一つを、ヴィンセントは受けいれられないと怒っているのだ。
ヴィンセントにとって、結末の状況に自分が何を感じるかだけが重要だった。ダミリル達には特別な思い入れはなく、これが他の誰かでも同じように行動していた。
つまりヴィンセントは、初めから救出は失敗することを前提として動いていたのだ。
その上で全力を尽くし、精一杯の果てを見に行こうとした。
これではまるで実験のようだと、アランは思った。
「……ゼアはわかってて今回の話に乗ったんだよね、なんで? ゼアもウィリアムには復帰して欲しいの?」
「いや、私はウィリアムの選択を尊重している。私から彼になにか促すようなことはしない」
「じゃあ、どうして今回は手伝ったのさ」
エルザイルは淡々と答える。
「放置すればヴィンセントが暴走すると思ったからだ。仮に私達が同行を拒否したとしても、一人でリベルタムに行った可能性が高かった。動機がウィリアムであるのは明らかだったしな。そして死んでいただろう」
「いや、言ってよ」
「俺は猪か何かか」
「ヴィンセントが死ねば私が不便だ。ウィリアムはその死に責任を感じるだろうし、エリーも落ち込むだろう。新たにパーティメンバーを探すの邪魔くさい。あとアランを慰めるのも面倒だった」
「……こっちもこっちでマジ自己中なんだけど。このパーティでまともなのは僕だけなの? なんかパーティ続けるのが怖くなったんだけど」
それから三人はこの話題を続けず、まっすぐにダンジョンの外を目指して歩き続けた。
森は行きと同様に恐ろしく静かで、帰り道には魔物が現れるような事はなかった。
それはリベルタム大森林に起こった異常が、まだなにも片付いていないことを意味していたが、三人は楽で良いぐらいにしか思っていなかった。
オルキュドラの沼に現れた、未だかつて観測されなかった新種の魔物。後にネクロタスと名付けられる魔物が、どうしてあの場所にやってきたのか。
それはタレイアの言うとおり、下層での縄張り争いに負け、深手に失った魔素をオルキュドラで補給しようと考えたからだ。ダミリル達は同じ獲物を狙って現れた、鬱憤を晴らすには丁度いい無力な存在でしかなかった。
そして、そんなネクロタスを敗走させ、アラクネのような強力な魔物すらも下層から逃げ出す原因となった存在は、森の奥深くで静かに胎動を始めていた。
それがどのような未来をもたらすかは、また別の物語である。
「あ、理由はどうあれ、MOMはやってもらうからね。これは約束だから。破ったら今回のこと全部ギルドにバラすからね。あと絶交する」
「アランお前……人の将来がかかってるのにゲームが気になるのかよ。いくら何でも最低だぞ」
「ヴィンスに言われたくないんだけど!!」
「どうやら、このパーティでまともなのは私だけのようだ」
「ゼアも激ヤバサイコパスだから! エルフのくせに血も涙もないとかどうなってんの!?」
「失敬な。私は人の気持ちは理解できる。その上で最良の選択をしているだけだ」
「サイコパスそのものじゃん」
「だな、いつか俺達も見捨てられるんじゃ――って、実際に見捨てたじゃねえか! ザけんな異常者共。俺をスカルウルフの囮にしたこと、忘れてないからな!」
「しつこい男は嫌われるよヴィンス」
「間違いない」
この後、ダンジョンから無事脱出した三人が頭を悩ませたのは、違法潜行したあげく半死半生のエリシュカを、深夜にもかかわらずどうやって病院に連れて行くかだった。




