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1-2 ギルドと検品とナンパと


 ラプカ地区は、エイレティア中央区域にあるこの街の顔だ。


 鉄道のハブであるティスラ駅を出ると、まず見えるのがギルド本部だ。大樹のような石柱が厳格な門となっており、巨大な石造りの建物には毎日多くの冒険者や潜行士が訪れる。彼らを眺めるだけでも、この街を訪れるに相応しい価値があった。


 そこから東側に少し行くとティスラ広場があり、グルメ屋台や大道芸人などがしのぎをけずっている。賑やかな広場から走る各通りにはそれぞれに個性があった。この土地特有の衣類を売るブランドショップが並ぶムエル通り、民芸品や装飾品などのパンドス通り、レストランや土産物のキダオン通りなど、買い物に適した旅の醍醐味が拡がる。


 北側には冒険者や潜行士の為の店が多い。鍛冶屋や武具防具店だけではない、既製品の魔術具を売る店や、魔術を使用する場合に使う触媒を扱う素材店もある。ヒューマン族以外は自前の魔術器官を用い、魔術具を作成できる。そんな彼らの為に必要な環境を提供する工房などもあった。


 しかし、外から来た者達が魔導店や屋台などの前に目を奪われるのは、駅から南にあるエイレティアの象徴。街並みを一望できる高い丘の上に聳え立つ、バルテアノ神殿だろう。


 大昔、このエイレティアが世界から見つかる前は、この丘の上は神域も同然だった。ある意味でそれは現代となっても変わらないが、エイレティアにおいて神々との対話は全てこの丘の上で行われた。当時の文明基準からすれば、どうやってこの神殿が建造されたのかはいまだにわかっていない。しかしそれこそ、この世界でダンジョン都市と謳われるエイレティアを象徴していた。


 丘の下からでもわかる、巨大な建造物。神々を象徴する石像が柱代わりとなって屋根を支えている。あくまで都市伝説ではあるが、夜な夜な石像たちは一人でに動きだし、何やら会話をしていると言われるほど、何千年という時が経っても風化は微塵も見られない。未だ解析不可能な古代の魔術によって生み出されたとされ、地上から見上げるだけでも威風に圧倒される。


 観光にエイレティアを訪れたなら、まずはここが旅のはじまりだった。


 だが、これらはすべて地上の話。


 ダンジョン帰りの潜行士や冒険者は地上の駅には向かわない。


 各ダンジョンから直通のそれらは、すべてギルド本部の地下へと繋がっている。


 危険な素材を取り扱う彼らは、専用ホームで降りることを義務づけられていた。


「すっかり昼前じゃないか。お前らのせいだからな」


「ヴィンスがゴネたからじゃないか」


「いつまでも人のせいにするとは。ヴィンセントはしつこい男だ」


 未だに言い争っているヴィンセント達が、専用車両からホームに降りてくる。


 そのまま入館審査室に向かい、ヴィンセントは背負ったマンドラゴラをドカリと置いた。


「IDをどうぞ」


 審査官はチラリとマンドラゴラを見てから促す。


 ヴィンセントは懐からカードを取り出すと、認証機にかざした。


 審査官はモニターに表示される情報を確認する


「――では、装備品の提出をお願いします」


 愛用の拳銃、弾倉、魔術具を入れた携行バッグをトレイに乗せ、ゲートをくぐる。


 アラームは鳴らなかった。


「認証は終了です。お帰りなさい」


 ヴィンセントはスキャナーに通されたトレイから装備を回収すると、審査官からマンドラゴラを受け取った。


 そしてゲートの先には、まるで地下神殿のような吹き抜けが拡がっていた。


 地下一階から搬入スロープがいくつも伸びており、その下にはギルド職員達や潜行士達が動き回る納品区画が見える。


 区画には職員と潜行士を区切る長いカウンターが伸びており、その奥では提出された魔物の品質チェックが行われていた。


 一言に魔物と言ってもその種類は様々で、生物だけでなく鉱物、遺物、植物など多岐にわたる。それらは各ブースで分かれており、それぞれに専門の知識や技術を修めた職員が詰めている。


 天井にはそれら魔物から漏れ出す魔素を吸い上げる換気口が設置されており、施設内に魔素が充満するのを防いでいた。


 この場所はギルドに所属する潜行士達にとって、依頼を達成する最後の関門である。


 世界中から届く依頼を完遂するには、この場所で必要な品質チェックをクリアしなければならない。劣化や損傷だけではなく、余剰な魔素を含むと同じ魔物でも効能が変わることがある。それは時として大きな被害を生む危険性があるのだ。ギルドはその信用を担保するために、厳格な審査を行っていた。


「いつ来ても、このエスカレーターはちょっと緊張するよな」


 ヴィンセントがスロープにもたれかかりながら呟く。


 エルザイルは整った眉を僅かに上げた。


「私の目利きを信用していないのか?」


「そうじゃないって。ここ、ちょっとダンジョンの臭いがするだろ? だから緊張するんだ」


 アランとエルザイルは顔を見合わせる。


「する?」


「魔素のことじゃないか? ヒューマンの感覚器官についてはわからないが」


 三人はエスカレーターを降りきると、植物課のブースに向かった。


「ソフィ、検品頼む。リベルタム中層のマンドラゴラ五本な」


 ヴィンセントとは顔馴染みの鑑定士であるソフィ・シャレットに依頼品を提出する。


 白い鑑定服を身に纏ったソフィはヒューマン族の若い女性である。長い黒髪を肩の辺りで一つにまとめ、化粧も薄い。香水も付けていないのは、魔物鑑定には五感の全てを使う必要があるからだ。


「じゃあこれ持って待ってて。すぐ済むと思うから」


 マンドラゴラを無表情に受け取ったソフィは、代わりに番号札を差し出す。


「ああ、じゃ、頼んだぜ」


 ヴィンセントが番号札を受け取ると、ソフィはさっさと依頼品を持って鑑定台に持って行く。


 その後ろ姿を眺めたあと、ヴィンセントは二人のいる待合所のソファに座った。


「いい女だよな。あの歳でギルドお抱えの鑑定士だ。おまけに美人だし」


「彼氏はいないらしいよ」


「へえ、そうなのか。ならチャンスはあるな」


 ソフィのいる方向を眺めながらヴィンセントがにやけながら言う。


 しかし聞き捨てならない事実に気がついた。


「なんでアランがそんなこと知ってんだよ」


 自分の知らない個人情報をサラリと言ったアランにむっとして言う。


「友人だからね。彼女の友達の」


「友人? 誰だよ」


「ソニアだよ。ソニア・ベル」


「……ソニア・ベル? ソニア・ベルって、あのスピード狂いのソニア・ベルか? エイレティア中を暴走車で走り回ったあの?」


 意外すぎる名前にヴィンセントは目を丸くする。


 イメージするソフィの交友関係からは、考えもしない名前だったからだ。


「正確には、それはソニアじゃてなくメリッサだよ。ソニアはそのフロントガラスに張り付いていただけ」


「……なんだって?」


「だから、ソニアはフロントガラスに張り付いてただけで運転はしてないよ。サイドミラーに両腕をベルトで固定してたんだって。運転よりも風を感じるのが趣味なんだ」


「……どっちにしろヤベえ女だな。そんなのが友達なのかよ」


 衝撃的すぎる交友関係に絶句するヴィンセント。


 当人は淡々と呪符を剥がし、マンドラゴラを無害化させながらその品質を確認している。その手つきは慣れたモノがあり、確かな知識と技術がなければ出来ないことだ。それゆえにネジが外れた友人がいるようには見えなかった。


「ゼア、どう思う?」


「どんな友人を持つかは彼女の自由だ。その程度で失望するなら、止めておくのがソフィの為だろう」


「失望したなんて言ってないだろ。俺だってぶっ飛んだダチぐらいいる。ただ彼女にいるとは思ってなかっただけ」


 誤魔化しではなく、ヴィンセントは本気で思っていた。


 なぜならここはエイレティアだからだ。


 この街でギルド職員をし、かつ鑑定士を任される人物にクセがないとは思っていない。


 ただそのクセの方向が明後日なだけだった。


「でもどっちにしろ、ヴィンスには無理だと思うよ」


 からかうようにアランが言う。


 それには確信のようなものが見え隠れして、ヴィンセントは怒るよりも前に警戒した。


「どうしてそんなことが言えるんだよ」


「ヴィンスが好みじゃないからだよ」


 アランは愉快さを隠しもしていなかった。


「それもソニア・ベルが言ってたのか?」


「まあね。ヴィンスみたいにチャラチャラした男は好きじゃないんだって」


「俺のどこがチャラチャラした男だ」


「潜行士丸出しの、酒と煙草の臭いがする男だよ」


 その指摘に、ヴィンセントは懐から取り出そうとしていた煙草のケースを戻した。


「……じゃあなんでギルドなんかで働いてるんだ。ここは酒と煙草の臭いしかしないだろ」


「上の図書館がお気に入りなんだって。ギルド職員なら読み放題らしいよ」


「俺だって本ぐらい読む」


「それでも酒と煙草の臭いはするんでしょ?」


「俺が知的で他の連中と違うとわかれば彼女も見直す。晴れた日はダンジョンに潜り、雨の日は読書で知的探求するマッチョでイカした男だ。酒と煙草だけのバカ共とは違う」


「あとベラベラ喋る男も嫌いだって」


 どうでもよさそうにしていたエルザイルが吹き出した。


「ならヴィンセントは駄目だな。お喋りに脚が生えたような男だ」


「お前らも似たようなもんだろうが! 寡黙なドワーフなんて聞いたことねえよ! 嫌みを言わないエルフもな! いらないことしか言わねえじゃねえか!」


「十三番うるさい。あと鑑定が終わった」


 マイクで拡声されたソフィの声が響いた。


 呆れているよりも諦めているような声色だった。


「お前らのせいで怒られたじゃねえか」


「大声出してたのはヴィンスだろ? ほら行くよ」


 三人は揃ってソフィの待つカウンターに向かう。


 ソフィは鑑定書の最後を記入しながら待っていた。


 アランとエルザイルはその鑑定書をのぞき込み、採取した魔物と品質が合っているかを確認していく。これに同意が取れれば依頼は達成。明細書を持って一階の報告カウンターに向かい、そこで晴れて依頼を完了、その報酬が振り込まれる段取りとなる。


 つまりその鑑定書は、きちんと報酬が得られるかを確認するための重要な書類というわけだ。二人は真剣な眼差しとなって一文一文を読み込んでいく。


 しかしヴィンセントは、そんな鑑定書ではなくソフィを見つめていた。


「……なに?」


 ソフィは書き物を続けながら目もくれずに尋ねる。


 それでもヴィンセントは物怖じせず、手に入れた情報をさっそく活用することにした。


「ディビット・タイエル『1988年』」


 とても軽いとは言えない傑作SF小説のタイトルを聞いて、ソフィはピクリと反応した。だがそれも一瞬のこと、再びペンはさらさらと動き出す。


「セバスチャン・ダット『広大なる門』」


 打って変わって、今度は悲恋を題材にしたタイトルを口にする。


 釣り糸に反応があるのをヴィンセントは感じ取っていた。口にした物語はどれも有名ではあるが、誰もが読むような手頃なものではない。特に前者は、著者の国でも読んだフリをされることでよく知られていた。


「ラウルテイル『カンデッド』」


 ソフィはようやくペンを止めた。


「……本当に読んだの?」


 自分の趣味が知られている不快感よりも、ただ適当に嘯かれているかもしれないことをソフィは気にする。


 その瞳は疑いに満ちていたが、ヴィンセントは勝機を見いだしていた。


「もちろん。この街の潜行士の中じゃあ俺ぐらいなもんさ。つまり俺は、時に危険なダンジョンに潜り、そして時に知的な読書に勤しむイカした男ってわけ」


 そうしてとっておきの笑みを見せる。


 それをじっと見つめたあと、ソフィは確かめるように尋ねる。


「『広大なる門』で最後に兄がとった選択は?」


「信仰に負けて自殺。従兄妹で恋だなんて悲劇だよな」


「『カンデッド』で主人公が最後に出した哲学は?」


「そんなことより仕事しなきゃ。ブドウ畑は手入れがいるからな。ワインが旨いのも納得だろ?」


 次々と出される質問にヴィンセントは淀みなく答える。


「……本当に読んだのね?」


「どう? 少しは見直した?」


「そうね。他の人とは少しは違うかも」


 ヴィンセントは自慢げに仲間達に胸を張る。


 二人は肩をすくめた。


「いまは『コルネリウス・マイスターの修業時代』を読んでる。孤児の女の子の純真な献身には泣かされたよ」

「本当? 抄訳版じゃなくて?」


「それだと作家の言いたいことの半分も伝わらない。あの作家は特にお気に入りでさ。詩集も全部買ったよ。もちろん電子版じゃない。文字は紙にこそ魂が宿る、そうだろ?」


「意外、詩なんか読むんだ」


「詩は人生を豊かにしてくれるからな」


「ヴィンスが詩的なこと言ってるの見たことないよ」


「詩が豊かにするのは同意だが、ヴィンセントが無縁なのも同意だ」


「うるせえボンクラ潜行士共。お前達に詩の話をする意味なんかないだろ。ウィリアムじゃあるまいし」


 口汚く罵り合うさまはよくいる潜行士のそれだが、しかしソフィがヴィンセントを見直したのは事実だった。


 その証拠に眼差しに疑いは消えていて、興味の色が出だしていた。


「あなたの好きな詩は?」


「いや近くをさまよい求むるか。みよ、善きものは遙か遠くにある。幸福をとらえるすべを求めよ。幸福は常に彼方にある」


 好きだと断言するのは本当で、ヴィンセントは詰まることなく詩をそらんじて見せた。


「潜行士らしいわね」


「じゃなきゃ、こんな街にいないね。君もだろ?」


「……かもね」


 ヴィンセントは勝利を確信した。


 ソフィが見せたのは自嘲気味な笑みだったが、それまでは険のある疑いの目か、むっつりとした無表情しかなかったのだ。プライベートな感情を見せたのは初めてだった。


 竿を上げるタイミングだ。


「というわけでさ、これから俺達仕事の打ち上げに行くんだけど、よかったら――」


「オォイ! ヴィンセント! 帰ってたのか!」


 誘いの言葉は最後まで言えなかった。


 愛嬌たっぷりだった笑みが固まる。


「またあの店連れてってくれよ! ほら、お前のお気に入りの亜人ちゃんがいる店! 猫耳で胸がすっげえデカいの!」


「うるせぇぞ馬鹿野郎共! 行きたきゃ勝手に行け!」


 アランが爆笑し、エルザイルは肩を震わせた。


「違うんだソフィ――」


「これが鑑定書。一階、三番窓口」


 いいわけを待たず、ソフィは奥へ引っ込んだ。


 引き留めようとした手が間抜けにも宙で止まる。


「ヴィンス、そんな店に行ってたの? 知らなかったなあ」


「趣味がいいな。今度私達も連れて行ってくれ」


 ニヤニヤする仕事仲間二人の尻を、ヴィンセントは思いきり蹴り飛ばした。


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