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1-12 ゲーミングPCって高いの?

「というわけで、リベルタム行くか」


「いや、なんで?」


「意味がわからん」


 急にギルド前に招集されたアランとエルザイルはただただ困惑した。


 潜行用の装備で来い、とだけメッセージを受け取った彼らは、もちろん理由を尋ねる返信をしていた。しかし待てど暮らせど反応はなく、既読も付かなかった。


 ヴィンセントは一連の事件とマクシムとのあらましを説明すると、さっさとアゴラへと歩き出した。


「いやいや、待ってよ。さっぱりわかんないんだけど、どうして僕達が行かなきゃなんないの? ていうか、ホントにリベルタムにいんの?」


 歩みを止めないヴィンセントを慌てて追いかけながら、アランが食ってかかる。


「わからねえ」


「えぇ……」


「ただ追いかけることにした。だからお前らを呼んだ。付き合ってくれ」


 アランは顔を顰めた。


「普通に嫌なんだけど。もう昼過ぎだし、リベルタムに着く頃には夕方じゃん。入れなくない?」


「だな。だからアンテッサから潜る。昔、道に迷って出た場所があったろ。そこからな」


「違法じゃん」



「黙認されるから大丈夫だ」


「いやいやいや、ホントなんで? ダミリルだっけ? とかどうでもいいじゃん。僕らが助ける理由なんかどこにもないんだけど。依頼でも受けないよこんなの」


「だな。だから今回は依頼じゃない」


「じゃあなんで」


「色々ある!」


 話にならないとアランは小走りでついて行きながらエルザイルに助けを求める。


 エルザイルは頷き、ヴィンセントの背中に問い掛ける。


「金は出るのか?」


「出る! たんまりな」


「わかった」


 エルザイルは無表情のまま、それ以上なにも問わなかった。


「早いよ。てゆうかそのマクシムって誰?」


「ギルドの管理官補佐。今回の――まあ依頼人みたいなもんだ。安心しろ、金なら持ってる」


「詐欺じゃないの?」


「ギルドの人間が俺を騙してどうすんだよ。『連合』の連中じゃあるまいし」


 アゴラを突っ切ったヴィンセントは、再び『ラブディ』に突入した。


「ジョエル! お邪魔さん!」


 ほとんど突き破る勢いで開け放たれた扉が、不満を言うように鐘を打ち鳴らした。


「……うるさいぞヴィンセント。今度は何の用だ」


 むっつり顔のジョエルが店の奥の工房からエプロン姿で出てくる。


 ヴィンセントは愛嬌のある笑顔で髪を掻き上げて言った。


「記憶定着ポーションと神経興奮剤を三セット、それに聖光ポーション三つに、あと封咆呪符を二メートル分くれ」


「なんだ、本当に追いかけることにしたのか? 二人が受け容れるとは思わなかったが……」


 ジョエルが意外そうにヴィンセントの後にいるアランとエルザイルを丸眼鏡越しに眺める。


 アランは憮然としたまま肩をすくめた。


「僕はまだなんだけどね。ゼアはオッケーしたみたいだけど」


「物好きだな。金か?」


「そうだよ。それより売るのか? 売らないのか? 売らないなら他所に行くぞ」


「……まったく、騒がしい奴だな。待ってろ、用意してやる。十万ドラグマもあれば足りる」


「マクシム・エンデって名前でツケといてくれ。ギルドの職員の名前だから足はすぐつく」


 ツケのやり取りはしていなかったが、ヴィンセントはさも約束をしたかのような顔で言った。


 しかしジョエルは眉間の皺を鋭くし、カウンターの壁に掛けた看板を指さした。


「ツケはお断りだ。どんな理由があれ現金一括払い、これしか受け付けん」


「なんだよ堅いな。いいだろちょっとぐらい、ケチケチするなよ」


「なら帰れ。この件について話し合いはしない」


 鼻を鳴らし奥に引っ込もうとするジョエルを、ヴィンセントは慌てて引き留めた。


「わかったわかったって! わかったから用意して待ってろ」


 ヴィンセントはくるりと振り返った。


「財布出せ、どれぐらい持ってる。俺は一万ドラグマと三千オボルしかない」


「私は四万ドラグマだ」


「なんでそんなに持ってんだよ」


「潜行装備と言われたからな、こんな事になるような気はしていた。ヴィンセントは読みやすい、単純だ」


「いちいち嫌みな奴だな。一言つけなきゃ気が済まないのかよ」


 そして、ヴィンセントとエルザイルはアランを見下ろした。


「ヤダ、僕は払わない」


 腕を組んだアランがヴィンセントを見上げ睨む。


 ヴィンセントの胸ほどの背丈しかないアランがごねると、まるで子供の我が儘のように見える。


 ちなみにヒューマン族より寿命の長いドワーフ族は、一定の年齢から見た目の変化に乏しくなる。


 顔つきは中年男性のアランだが、実年齢はヴィンセントより少し若いぐらいだった。

「ちゃんと説明して。出なきゃここから一歩も動かない」


「お前は俺の女かよ」


「はい女性差別。命懸けに男も女もないから。このご時世に何言ってんの? 古くさいのは嫌われるよ?」


 一瞬、青筋が立ちかけたヴィンセントだったが、仲間を説得しなければならない立場のは自分だ。こうしている間にも、時間は刻一刻と進んでいく。いくら違法の抜け道があろうと、すでにダミリル達に追いつけるかは五分を切っていた。


 冷静になれと自分に言い聞かし、ジトりと睨んでくるアランに微笑みかける。


「報酬はたんまり出るって言っただろ?」


「たんまりなんて聞いてない」


「たんまり出るんだ。一人頭百は固い」


 それはヴィンセント達がマンドラゴラの依頼で得た報酬よりも遙かに多い金額だった。


 アランの口角がによっと上がりかけるが、かき消すように首を横に振って厳めしい表情を作った。


「保証はあるの?」


「言ったろ。今回の依頼人はギルドの人間だって。ケルンから赴任してきた貴族の坊ちゃんだよ。報酬どころか予算も出してくれるんだ。ふんだくれるだけふんだくれるぞ。まあ、幾らかはダミリル達の負担になるだろうけど」


「それが何の保証になるのさ。貴族だか金属だか知らないけど、アンテッサから入るんでしょ? 違法潜行にどうやってギルドが報酬を出すの」


「金はそいつのポケットマネーから出る」


 アランは口をあんぐりと開けた。


 この世界に、見ず知らずの他人のために数百万も出す人間がいるとは思えない。しかもそれが違法行為で、しかも監督する立場がするというのである。仮にそのような人物がいたとしても、ヴィンセントが信じるとは思えなかった。


「俺はそいつと話をつけてお前らを呼んだんだ。ソフィも知ってるし、相談窓口のデビットも知ってる。あとシャイアとレイモンドの馬鹿コンビも顔を見た。だから、な? 詐欺じゃないって。なんなら今から電話してやろうか?」


 ヴィンセントはスマホを取り出す。


 そこには交換したばかりのマクシムの電話番号。


 アランは憮然と画面を見つめて言った。


「……気に入らない」


「どうして。他に何が気に入らないんだ?」


「なんかヤダ。怪しいし、変だし、おかしいよ」


「疑いの言葉を全て使ったな」


 エルザイルが感心したように眉を上げた。


「報酬が出て、費用はロハ、行き先もわかってて、違法し放題、それでも気に入らないのか?」


「そうだよ」


 半ば意地になっているとヴィンセントは判断した。


 理由は不明だが、アランも立派なドワーフ族の男だ。


 頑固で意見を曲げることはほとんどない。


 こうなるとよほど琴線に触れる言葉を探さなければならず、外せば外すだけより困難になっていく。ドワーフの言葉で『髭が絡まる』ようになる。


 ヴィンセントは早々に見切りを付けた。


「わかった。ならアラン、お前はもう帰っていいぞ。悪かったな急に無理言って」


「え?」


 つぶらな瞳を丸くするアランを尻目に、ヴィンセントは身体ごとエルザイルに向き、財布をしまう。


「俺は金をおろしてくる。ゼアはジョエルから魔術具を受け取って品質を確かめておいてくれ。値切りは通用しないけど、物に関してはジョエルは聞く耳があるからな」


「わかった」


「え? え? ちょっと!」


「ジョエル! 金おろしてくるから商品はゼアに渡してくれ。すぐ戻る!」


 ヴィンセントは工房に引っ込んだジョエルに声をかけると、奥から了解の返事が返ってくる。


「んじゃ頼んだ。ルートはアプリのマップに表示しておいたから、不足があれば追加で注文してくれ。他にも必要な道具があればリストにな。俺はついでに弾も補充してくるから」


「了解した」


「頼む。じゃあなアラン、今日は悪かった。埋め合わせはまた今度するから」


 ぽんと肩を叩き、店を出て行こうとするヴィンセント。


 アランは叩かれた部分をじっと見つめ、エルザイルの顔を一瞥すると、うな垂れた牛のように鳴いた。


「んもー! わかったよ! 出せばいいんでしょ!?」


 ヴィンセントは踵を返して戻ってくる。


「いいのか!?」


 アランは唇を尖らせ、鼻息荒く自分の財布を取り出す。


「今回だけだからね! 失敗しても報酬はちゃんと貰うし割り勘もなし! 絶対に百万ドラグマだからね!」


「助かる! やっぱお前は頼りになるいい奴だよな!」


 ヴィンセントはアランのモジャモジャの髪をかき乱しながら言った。


 アランはそれを鬱陶しそうに振り払い、ビッと太くて大きな人察し指を向ける。


「それと! 今日は友達とMOMする予定だったんだ。その約束を反故にさせるんだから、帰ったら今度こそヴィンセントもMOMを始めて貰うからね!」


「MOMってなんだ、ゲームか? それスマホでもできる?」


 ヴィンセントが首を傾げると、アランは憤慨した。


「前に説明したばっかじゃん! PCのゲームだよ! マスターズオブミトス! ネットカフェとかでもあるでしょ!?」


「俺、そういうのわかんねえからな。いくらすんだ?」


「無料だよ! これも前に言った!」


「マジ? 無料のゲームって怪しくないのか? 変なエロサイトから請求されるって聞いたことがある。詐欺だろ?」


「全然違うよ! MOMの開発は超クリーンな普通のゲーム会社! PCとネットがあればすぐできるって――これも前に言ったよ!」


「パソコンとインターネットかあ、どっちも持ってないな。昔の会社じゃ支給されたの使ってたし、インターネットも会社でしか使ってなかったからなあ。ゲーム用のは高いんだろ? インターネットって何処で買えるんだ? 電気屋?」


「今回の報酬でどんなハイエンドモデルでも買えるよ! それにネットは買うんじゃなくて繋げるの! ヴィンス言ってることオジサンと一緒だからね? 何十年前からタイムスリップしてきたのさ」


「猫耳風俗じゃ駄目か?」


「どうでもいいよ! 猫耳とかそんな馬鹿みたいなの!」


「なッ!? アラン、今お前アンリを馬鹿にしたのか!」


「馬鹿言ってるのはそっちだろ!?」


「んだとこのチビ!」


「この化石野郎!」


 店内であるにもかかわらずギャアギャア罵り合う二人から財布を盗み取ると、エルザイルはジョエルと魔術具の売買を行う。


「いいのか?」


「そのうち気が済む。魔術具を見せてくれ」


 エルザイルはジョエルから必要な魔術具を受け取ると、体内を巡る魔素を魔力に変換し、それぞれに流し込んでいく。


「流石にいい物だ。あなたの腕前にはいつも感心している」


 背後で取っ組み合いを始める二人を完全に無視し、エルザイルは感嘆の言葉を述べる。


 ちなみにジョエルがいいのか、と言ったのは、喧嘩する二人の仲裁ではなく財布を盗み取ったことをさしていたのだが、エルザイルはまったく意に介していないようだった。


 ジョエルは微妙そうな顔で言った。


「お前ら、本当に気の合うパーティだな」


「……? 何の話だ?」


 エルザイルはさっぱり意味がわからないと眉をひそめた。


「いや、いい。検品が済んだらさっさと金を払って出て行け。これ以上騒がしくされたら他の客が寄りつかん」


 そう言ってジョエルは、小バエを振り払うように手を振った。



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