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1-10 風のゆくえ

「はっきり言う。アイツらを助けられる可能性はほぼない」


 ヴィンセントとマクシムはギルド三階の会議室にいた。 防戦としていた潜行士の二人はともかく、あのまま一階のロビーにいれば無駄な注目を集めてしまう。そうヴィンセントが面倒くさがるとマクシムが案内したのだ。


「まずリベルタムはデカい。あの大森林でたった四人の人間を見つけるのなんか不可能だ」


 リベルタム大森林の面積は、エイレティアのほぼ倍はあった。約五百万人の人口を誇る都市の大きさを考えると、その倍の樹海から四人を捜す困難は言うまでもない。


「アイツらがどこから入ったかもわからない。電車で近くまで行ったとしても、馬鹿正直に潜行門前で降りるとは思えない。イェカレスで降りて迂回するはずだ。イミュトス山の北と南、そのどっち側からかもわからない。もしかしたら、南区域からダリフェダのルートで潜ったかもしれないからな」


 イミュトス山とはエイレティアの東側に連なる山地で、まるで壁のようにリベルタム大森林とエイレティアとを隔てている。そこまで標高はないが、ダンジョンに潜る前に乗り越えられるような高さでもない。


 そんなイミュトス山は中央部の辺りで大きな丘陵や谷ができている。かつては森林だったその地域は、エイレティアの人口が増加すると共に切り倒され、まるで分断されたように途切れて見えた。イェカレスとはその中央部の町であり、リベルタム大森林の入り口のような役割があった。


 ちなみにダリフェダとは南イミュトス山の南端であり、ここからでも潜行はできなくはない。しかし交通の不便さと、その付近には危険な魔物が群生しているので誰も利用しようとは思わなかった。


「それに、そもそもアイツらが本当に死ぬかもわからない。お前、ダミリル達のことをどれぐらい知ってる」


「さっき登録された情報を流し見しただけです。ホロミンジェ出身で、シュニシュカ山を踏破した実績がある。他にもいくつかのダンジョンで実績があるようですが、主な活動内容は大学の研究調査のようですね。大ダンジョンへの挑戦履歴はありませんでした」


 流し身と言うには詳細なのは、ギルドには登録された冒険者や潜行士のデータベースが存在するからだ。これは全世界のギルドで共有されていた。


「装備はどれも魔装具だった。仲間が言うには特注品だと」


「仲間、というとドワーフ族のアラン・ガルババさんとエルフ族のエルザイルさんですね? その種族の目利きなら間違いはないでしょう」


「……お前、俺のことも調べたのか?」


「ロビーに降りる間にですけどね。話を伺うんですから、ある程度は知っておかないと」


 不気味なほど熱心である。


 しかしこの短いやり取りから、すでにヴィンセントはマクシムがかなりのやり手であると認識していた。


 いちいち驚くのも時間の無駄だと判断する。


「まあ、そういうことだ。わざわざ使い勝手の良い銃火器じゃなく、剣だの槍だのでダンジョンに挑んでる。かなりの鍛錬を積んでるはずだ。無謀になっても馬鹿じゃない。魔術具も調べて買っていたしな。今は気が逸って突撃したかもしれないけど、いざ入れば冷静になるかもしれない。あっさり帰ってくるかもな」


「それは、そうかもしれませんけど……」


「大体、アイツらがリベルタムで何がしたいのか、それもさっぱりわからない。わざわざ刑務所に入れられるリスクを犯して何がしたいんだ? その目的がわからないと手の打ちようもない」


 こうやって話せば話すほど、ヴィンセントはなぜ自分がギルドに通報したのかわからならなくなった。


 ジョエルの言うとおり、よくあるつまらない話だ。


 助ける理由もなく、義務もなく、方法もなく、仕事でもない。


 それに、ダミリル達は昨日今日出会ったばかりの赤の他人だ。


 どうなろうと、知った話ではなかった。


「ここ、禁煙?」 


「え? いえ、換気扇をつければ大丈夫ですけど……」


「んじゃ、遠慮なく」


 ヴィンセントは問題がないのを確認するとすぐさま煙草に火をつけた。


 マクシムはかなり微妙そうな顔をしたが、ルール上問題ないと言ったのは自分だったので、換気扇のスイッチを黙ってつけることにした。

「……灰皿いります?」


「いい、自分のがある。ありがとな」


 ヴィンセントはポケット灰皿を振る。


 マクシムは咳払い一つして、また椅子に座った。


「それで?」


「はい?」


「高すぎる死亡率をどうにかしたいんだろ? 正直言って、俺にはなにも思いつかない」


 思いつかないと言いつつ、考えようともしていなかった。


 ヴィンセントが席を立たずに煙草を吸っているのは、僅かばかりに残った最後の好奇心だ。


 優秀らしい貴族出の若者が、この状況において何を語るのか、それだけである。


「……状況は確かに困難を極めていると思います」


 深刻そうに考え込んでいたマクシムは静かに口を開いた。


「しかし、考えることはまだ可能です」


「あ?」


 マクシムは強い決意を秘めた眼差しをヴィンセントに向ける。


 それはとても、困難な状況に折れた者の眼差しではなかった。


「まず、ダミリルさん達『銀の風』の行方です。確かに何の情報もなければ特定するのは不可能でしょう。しかし手がかりはいくつかあります」


「例えば?」


「まず動機についてです。ヴィンセントさんの言うとおり、法を犯してまで大ダンジョンに向かうには、それなりの理由があるはずです。彼らは冒険者の中でも若く、才能あるエリートです。ホロミンジェ支部に所属できるだけでも、食い扶持を稼ぐことには困らないはずです。つまり理由がお金ではない可能性が高い」


「ああ、まあ、そうかもな」


「そして彼らが無茶をする先が、エイレティアのリベルタム大森林であるという点です。世界にはまだ大ダンジョンがいくつも残っています。仮に名誉や実績を得る為だけなら、この街でなくともいいのです。実際、ホロミンジェのあるハラプの近くにも大ダンジョンは存在します。ここよりもずっと近い場所にあるのに、わざわざエイレティアにまで来る必要はないでしょう。つまり名誉や実績が目的でもないと推測できます」


 ヴィンセントは黙って先を促した。


「ということは、具体的な目的がリベルタム大森林にあるはずです。特定の魔物の採取、狩猟でしょう。エイレティアのギルドの研修期間は半年、その間は大ダンジョンの行動に制限がかかります。つまりその特定の魔物はリベルタム大森林の中層以降にのみ生息、もしくは発生する魔物であると思われます。これはヴィンセントさんからの報告からも明らかでしたね」


 ヴィンセントは頷いた。


「そしてダミリルさん達は研修を待てなかった。問題を起こした昨日の今日です。つまり許可があれば、昨日のうちにリベルタム大森林に向かっていたかもしれないほど、彼らは追い詰められた状況にあるということ」


 マクシムは指を二本あげる。


「その状況で考えられるのは二つ。一つはその魔物を必要としている誰かには半年以内のタイムリミットがあること。もう一つは採取、もしくは狩猟できる魔物がこの半年を過ぎるとしばらく獲得できなくなることです」


 そこでようやくマクシムは口を休めるために一息ついた。


 しかしすぐさま先を続ける。


 まるでマクシム自身に時間がないかのように。


「私は前者ではないかと思われます。後者であれば、待てばいいわけですし、依頼で申請しても良かったわけです。でもそれすらも待てなかったなら、前者が濃厚である証拠だと僕は考えます」


 ギルドに申請する依頼は、その日そのまま受理されるわけではない。


 特に高額になりやすい大ダンジョンでは、依頼人にも身元調査や信用調査が行われる。報酬の支払い能力だけでなく、希望した魔物が合法的に使用されるかなど、調査は多岐にわたる。


 結果として、現場の潜行士が受理契約するには平均一月、危険物であれば半年以上かかる場合も多かった。


「となると、次はその魔物が何かということです。緊急性が高く中層以降、それにリベルタムの特性を踏まえると、種類は絞られてくるのではないでしょうか。ダミリルさん達が買った魔術具はどのようなものでしたか? そこからも推測することはできるはずです」


 ヴィンセントは覚えている魔術具を答えた。


 マクシムはメモを取るとこはせず、考える時の仕草なのか膝の上で手を組み目を閉じる。


「……どれも中層以降で確認された魔物に対応する物ばかりですね。レィシー、アウラウネ、マンドラゴラ、ランパサス、エンペウサ。南部ではなさそうですが、しかしヴィンセントさんのおっしゃる通りリベルタムは広大です。ルートを絞り込むには難しい」


 その頭の中にはどれほどの知識があるのだろう。メモも取らず、端末で調べもせずによく結びつくものだ。


 こうもすぐさま色々と推察を語れるマクシムの巡りの良さに、ヴィンセントは舌を巻く。


「どうでしょうヴィンセントさん。なにか心当たりはありますか? 中層以降で、これらの魔物が生息する地域、もしくはルートを通ってしか発見できない魔物です」


 不意に水を向けられて、ヴィンセントは面を食らう。


「……いや、さっきも言ったが何も思いつかない。お前の言う、緊急性の高い魔物ってのがわからない」


「そうですね、例えば薬になる物、解呪に使える物、魔術の触媒になる物でしょうか。効能が強いことが理由ではなく、特異な効果をもたらす固有の魔物であるはずです。でなければ他で代用できるでしょうから。例えばドリュアスはどうですか? 霊樹に宿るハマドリュアスなら特殊な密や枝を採取できるでしょう」


「ならあそこまでの魔術具は必要ない。レィシーはいま下層に縄張りを移した。ドリュアス達がいるのは中層だ」


「そうですか……いいアイディアだと思ったのですが」


 ガッカリしたようにマクシムは肩を落とす。


 しかしすぐさま切り替え、次々と魔物の名前を提示していく。


「ギルドで存在が確認された魔物で該当しそうなものは言うと……セレーネス、ムルミドン、ネクロクラシア――」


 マクシムが挙げ連ねるのは、リベルタム大森林における魔物の中で第二種特定魔素生物に分類されるものばかりだった。


 これはギルドが制度的に定義したもので、人命や社会秩序、国家安全に危険を及ぼす魔物を段階的に分類したものである。


 第二種とは都市壊滅を引き起こしかねない程の危険性があり、しかしダンジョンからは出てこない魔物を指している。リベルタム大森林が大ダンジョンとして未だ踏破されていない原因の一つは、この第二種に指定された魔物が数多く生息しているからだった。


 ちなみに、叫び声だけで人間を死に至らしめるマンドラゴラは要注意指定である。


「――あとは、オルキュドラぐらいでしょうか。すみません、僕にはこれぐらいしか思いつきません」


「……オルキュドラ?」


 その名前に引っかかりを覚えたヴィンセントは繰り返し呟いた。


 オルキュドラとは巨大な蛇の魔物で、リベルタム大森林の中層から下層の境に生息している。全長十メートルを超える丸太のような身体と、尾の密集する鋼のような鱗から咲く胡蝶蘭が特徴的な魔物だ。


 この胡蝶蘭は、古くから寿命を延ばしたり死んだ細胞を生き返らせる為の薬として用いられていた。


「オルキュドラが何か?」


「ちょっと待て、確かめることがある……」


 ヴィンセントは吸いかけの煙草をポケット灰皿につっこみ、スマホを取り出してギルドが配信しているダンジョンマップのアプリを起動させる。


 このアプリには潜行士や冒険者から寄せられる魔物の生息域や地形図が常時更新されている。名前をタップすればその魔物の特性や対抗策が表示され、電子機器が機能する環境では重宝されていた。


 さらにこのアプリの便利なところは、自分達で拡張できる事だった。専門とする魔物の種類がかち合う場合、潜行士の優劣は情報力となってくる。ヴィンセント達の

マップにはギルドの初期マップよりも多くの書き込みがあった。ちなみにこれはアランが好んで追加している。


「……やっぱりそうだ。あいつらの行方がわかったかもしれない」


「本当ですか!?」


 歓喜の表情を浮かべたマクシムは前のめりになった。


 ヴィンセントは一瞬だけそちらに目をやって、再びマップに視線を落とす。


「確実ではないってだけは最初に言っておく」 


「もちろんです!」


 ヴィンセントは考えをまとめるように一呼吸おいて、頭の中で繋がった情報を話し出す。


「まず、あいつらの装備。完全装備だったが野営を前提にしているようには見えなかった。おそらく短期決戦、長くとも数日の勝負を考えているはずだ」


 ダンジョン潜行は安全性を考慮する場合、長ければ週を跨ぐ場合もある。それは上層だけの採取でも同様だった。


「次に、登録済みならギルドのマップは手に入れているはずだ。でも情報収集をする時間も伝手もないアイツらはルート選びをこれに頼るしかない。ここ数日の異常変動は度外視している」


「そうですね。危険な事ですが……」


「リベルタムの厄介なところは、魔物が群生していても位置が変わることだ」


 リベルタム大森林が未だに未踏破である最大の要因はこれだった。


 リベルタム大森林は文字通り生きている。それは魔物の生態系が変動するのではなく、木々そのものが変動することにある。原理は解明されておらず、森全体に満ちる高濃度の魔素によるものだとしか判断されていない。


 これによりリベルタム大森林では、一定のところから地図が全く機能しない。ヴィンセント達の持つ詳細な地図であっても、下層に関しては真っ白なままだ。


 この特異性によって方向感覚が狂うだけでなく魔物の位置も変化する。特に変動の大きい中層から下層にかけては、依頼対象を発見するにも困難であり、ルート上にいる魔物の対策も一筋縄ではいかなくなる。


「つまり緊急性の高い魔物は、この地図でも居場所が比較的把握しやすい魔物のはずだ。なら下層以降は除外される。となれば中層までに限定していいだろう」


「でも、レィシーはどうなるのですか? 下層に移動したと言うことでしたけど」


「いや、レィシーが移動したのはここ一月の間だ。それにまだ確定情報じゃないから、ギルドのマップにも反映されていない」


「ならルートはさらに限定されますね。買っていった魔術具から、マップ上に反映されている生息域が連なっているところに住む魔物が目的になります」


 手がかりが見つかったかも知れない興奮に、マクシムの声がうわずる。


 しかしヴィンセントは険しい表情のまま、自分のマップを睨みつけていた。


「ああ、その中で可能性が一番高いのがオルキュドラだ。アイツらが住み着く沼地は移動しにくい。木々が避けるからな。ムルミドンも候補に挙がるが、あれは簡単に採取できるような魔物じゃない。専用の装備が必要だし、見たところアイツらが持っている様子はなかった」


「他に候補は考えられますか? 何か見落としている魔物はいないでしょうか」


「いや、考えられない。セレーネスは短期でどうにかなある魔物じゃないし、ネクロクラシアにはヒューマン族だけでは対処できない。条件に当てはまるのはオルキュドラしかいない。あれから採取できる蘭なら、緊急で採取しなければならない理由にも合致する」


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