母として
王座に座すレイヴェナ女王は、金色の瞳を細め、四姉妹をゆっくりと見渡した。彼女たちは膝をつき、固く拳を握る。戦士としての覚悟を示しながらも、その指先にはかすかな震えがあった。
女王は、静かに席を立つ。柔らかな衣擦れの音が響き、一歩、また一歩と彼女は近づいた。
まず、長女のエアリスの前で足を止める。
「エアリス、お前の強さは王国の誇りだ。だが、強くあろうとするあまり、自分を厳しくしすぎることはない。」
エアリスは瞳を閉じ、深く息を吸った。女王の言葉は、彼女の硬く結ばれた心にそっと寄り添うようだった。
次に、女王はフレアの前に歩み寄る。炎のような赤髪が微かに揺れる。
「フレア、お前の情熱は黒騎士軍の炎だ。だが、怒りだけに身を委ねるのではなく、その熱を導く術を学べば、お前はさらに強くなれる。」
フレアは唇をかみしめた。いつも戦いでは怒りを力に変えてきた。しかし、それだけでは不十分だと、今初めて理解した。
女王はさらに歩みを進め、ライの前で足を止める。
「ライ、お前の冷静な瞳は雷の如く鋭い。だが、時に仲間に頼ることも必要だ。孤独は力ではなく、枷となることもある。」
ライの肩がわずかに動いた。誰にも頼らず、ただ戦うことだけを己に課してきた。しかし、それが本当に正しい道なのか、この言葉は彼女の心に深く響いた。
最後に、女王はウェンディへと視線を向ける。ウェンディは息を詰め、緊張した面持ちで女王を見つめる。
「ウェンディ、お前は優しさを持つ者。だが、戦場ではその心を閉ざしてはならない。優しさこそが、お前を強くする。」
ウェンディの瞳に小さな輝きが生まれた。彼女は誰よりも繊細で、自分の弱さを恐れていた。しかし、女王はその心こそが力になると言ったのだ。
女王は微笑み、ゆっくりと王座へと戻る。
「お前たちは黒騎士軍の未来だが、それ以前に、お前たちは私の娘だ。戦場に出ても、そのことを忘れるな。」
四姉妹は顔を上げる。その瞳には、確かな決意と、女王の温かな言葉が刻まれていた。
レイヴェナ女王。氷の天井に反射する光が彼女の横顔を照らし、その姿はまるで永遠の冬を統べる女神のようだった。
「お前たちは、これから戦場に立つ。だが剣を振るうだけでは、真の戦士とは言えぬ。」
女王の声は低く、深く響いた。
「戦う理由を知れ。王国の歴史を知り、今我らがどこに立っているのかを理解せよ。それが、お前たちの力となる。」
エアリスが頷き、フレアは腕を組んだ。ライは黙して聞き、ウェンディはわずかに緊張しながらも、その言葉を心に刻み込もうとしていた。
女王は氷細工の地図に手をかけた。その中央に広がる大地が、ゼルグランディア――この世界の戦場だった。
「この大陸は、かつて魔法によって栄えた。」
彼女は指を滑らせ、幾つかの古い都市の跡を示す。
「我らフロストガルド王国の祖先は、魔法王国の血を引く者たちだ。魔法は生命と大地の力を司り、この世界の中心だった。しかし、千年ほど前、科学が台頭し、それはすべてを変えてしまった。」
フレアが息をのんだ。
「帝国のことですね?」
「そうだ。」
女王はゆっくりと頷いた。
「ゼルグラード帝国の者たちは、魔法を『過去の遺物』と呼び、否定した。彼らは機導術と錬金科学を生み出し、やがて魔法を排除しようとしたのだ。」
彼女の指が地図の東へと移動する。科学帝国の領土、ゼルグラードが冷たく刻まれていた。
「それは戦争の始まりだった。我らフロストガルドは魔法の伝統を守り、黒騎士軍を結成した。そして、亜族――竜族、獣人族、妖精族、影族――彼らもまた、魔法を否定せず独自の生き方を選び、ヴァルゼリオン王国を築いた。」
ウェンディは地図を見つめた。
「じゃあ、ゼルグランディアは、三国の戦いの場になったんですね…?」
「その通りだ、ウェンディ。」
女王は微笑んだ。
「ゼルグラード帝国は科学を誇り、我らを根絶しようとし、亜族は己の誇りを守ろうとしている。そして我らフロストガルドは、魔法の火を消さぬために戦う。」
ライが口を開いた。
「では、今の状況は?」
女王の瞳がわずかに鋭さを増す。
「…悪化している。」
彼女は指を進め、ゼルグラード帝国の軍が王国の南境界線まで進軍していることを示した。
「科学帝国は新たな機導兵器を開発し、黒騎士軍との戦闘を強化している。一方で、亜族は統一が揺らぎ始めている。竜族と獣人族が対立し、王ヴァル=ゼリオンの統治が揺れている。」
フレアが剣の柄を握る。
「つまり、私たちが動かなきゃ、王国も亜族も崩れる」
「そうだ。」
女王は頷いた。
「お前たちは戦うだけではない。この歴史と現状を理解し、この世界に何をもたらすのかを考えよ。それが、真の戦士の役目だ。」
四姉妹の瞳に、新たな決意が宿った。
「これが――ゼルグランディアの現状だ。」
今、この言葉が彼女たちの魂に刻まれた。