死者の証明
血に染まった静寂の戦場。
帝国兵たちの足音もなく、冷たい夜風だけが吹き抜けていく。
倒れたまま動かないアストリア・ヴェイルの亡骸。まだ温もりを失いきっていないその体を見下ろしながら、エミリア・フリューゲルは剣を横に置き、静かに息を吐いた。
彼女の冷たい瞳が、ウェンディを射抜く。
「……愚かね。」
ウェンディは歯を食いしばる。
「黙れ……!」
しかし、エミリアは微笑みさえ浮かべながら言葉を続ける。
「彼女は王国への忠誠を貫こうとした。でも、そんなものは戦場では意味を持たない。」
剣の柄を軽く握り、エミリアはアストリアの亡骸へと視線を戻した。
「この女は、ただの駒だったのよ。」
ウェンディが激昂する。
「アストリアは……仲間だった!」
しかし、エミリアはその言葉すら冷静に受け止める。
「駒が盤上でどれだけ美しい動きをしようとも、勝利に貢献しないなら切り捨てるべき存在。」
ウェンディの剣が震える。
「そんな……そんなの、人の命を何だと思ってるの!?」
エミリアは微笑んだまま、剣を持ち上げる。
「命?それはただの"結果"よ。」
エミリアが続ける。
「あの時の氷の魔女。お前は、王国の兵士たちから何と呼ばれているのかしら?」
ウェンディは黙ったまま、剣を構える。
エミリアは冷笑する。
「私はお前の名前すら興味がない。だが、お前は王国にとって特別な剣士……そうなのよね?」
沈黙。
「だからこそ、私はお前を殺さなかった。」
ウェンディの目が僅かに揺れる。
「ただの戦士なら、あの戦場で死んでいたはず。だが、お前は王国を動かす象徴になる。だから、生かした。」
ウェンディが声を絞り出す。
「……利用するために?」
「そうよ。」
エミリアの瞳が冷たく光る。
「戦場は、ただ敵を殺せば勝てる場所ではない。"動かす者"を操れば、戦いは終わる。」
ウェンディが剣を握りしめる。
「……お前は、王国の誇りをただの道具として扱う気なのか。」
エミリアは静かに歩を進める。
「誇り?戦場では、勝利が誇りになるのよ。」
そして――氷の刃がウェンディに向かれた。