第8話:はじめての市中巡察
「隼人、今日は頼むぞ!」
朝から永倉新八の大声が響き渡る。
どうやら今日の私は、“市中巡察”の担当らしい。
「副長からもお墨付きだ。お前、立派な隊士だってさ」
「……それは、ありがとうございます」
照れ隠しにそっけなく返したけれど、内心は少し嬉しかった。
土方副長は何も言わなかったけど、昨日の稽古で感じた。
無言の中に、確かに“認めてくれた”感触があった。
⸻
京の町は、朝から賑わっていた。
行き交う人々、香る屋台の匂い、喧嘩腰の商人たちの声。
「こうして歩くと、“隊士になったんだなぁ”って感じするだろ?」
隣を歩く沖田が、にこにこと笑いながら言う。
「ええ……そうですね」
羽織を着て、刀を差して、胸を張って歩く。
それだけで、周囲の目が変わるのがわかる。
(まだ慣れないけど……悪くないかも)
そんなふうに思っていた矢先だった。
「待ちやがれ、このスリめ!」
永倉の怒号が響いた。
見ると、少年が財布を握って走っている。
「こら、止まれ!」
「……っ!」
私と沖田もすぐに追いかける。
細い路地に逃げ込む少年。
こちらも人混みをかき分けながら走る。
「隼人、右から回り込め!」
「はい!」
沖田の指示に従い、路地を回り込む。
少年は必死に逃げていたが、角を曲がった瞬間――私は立ち塞がった。
「ここまでです!」
少年は驚いた顔で立ち止まり、観念したように財布を差し出した。
「……ごめんなさい」
⸻
「まったく、最近のガキは容赦ねえなぁ」
永倉がぼやきながら、少年を店主のもとへ連れていく。
「隼人、ナイスカットだね!」
「いえ……沖田さんの指示が的確だっただけです」
「謙遜しなくていいのに。でも、これでお前も立派な巡察隊員だ!」
沖田の言葉に、私は少しだけ笑った。
(こうして、仲間と肩を並べて歩くのも悪くない)
⸻
屯所に戻ると、土方が帳簿に目を通していた。
私たちの報告を聞いても、特に表情を変えない。
「スリ一人、捕まえただけか」
「ですが、被害は防ぎました」
そう答えると、土方はふっと鼻を鳴らした。
「当たり前だ。それが“隊士”だ」
その言葉に、私は小さく頷いた。
もう、“仮の居場所”じゃない。
ここは、私が“男として立つ場所”になったんだ。
⸻
夜、布団に入る前に木刀を握る。
今日も、自分に問いかける。
(私は、剣でここに立ち続ける)
誰かの期待に応えるためじゃない。
自分の誇りのために。
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