第7話:“男”としての誓い
朝の空気が、いつもより冷たく感じた。
昨夜の任務――斬れなかった自分。
それが、胸の奥にずしりと残っている。
襖を開けると、廊下にはすでに人の気配があった。
皆、いつも通りに動いている。笑って、叫んで、稽古に向かっている。
だけど、私だけが――置いて行かれている気がした。
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稽古場の隅に、一人の姿があった。
副長――土方歳三。
無言で木刀を振っている。
その剣筋は、一切の迷いがなかった。
鋼のように固く、静かで、凄まじい気迫を放っていた。
私は思わず見とれていた。
この人は、誰かの命を奪う覚悟を、最初から持っている。
それは残酷ではなく、“責任”の重さだった。
(私は……まだ甘い)
昨日の私は、命を守るための“剣”を振れなかった。
だから今、ここに立つ資格すら、本当はないのかもしれない。
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「隼人ー!」
背後から声がして振り返ると、沖田が手を振って走ってきた。
「昨日、大丈夫だったか? ちょっと顔色悪いぞ?」
「……すみません。足を引っ張りました」
「何言ってんだよ」
沖田はあっさりと笑った。
「最初から完璧な奴なんていないさ。俺も最初は斬れなかったもん」
「えっ……沖田さんが?」
「うん。初任務のとき、逃げた相手を追えなくてね。副長にめっちゃ怒られた」
「……それでも、今のあなたがあるんですね」
「そ。失敗は恥じゃないよ。次に立ち向かえるかどうかだ」
その言葉に、私は思わず胸を押された気がした。
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食事のあと、私はこっそり裏庭の稽古場に向かった。
誰もいないそこに、昨日副長から渡された木刀を持って行く。
“剣は、決意だ”
その言葉を、木刀の感触とともに何度も思い返す。
私は“桜井隼人”として、ここにいる。
だけど、私の中にある“桜井こはる”は、完全に消えたわけじゃない。
女であることを隠して、男として生きる。
その選択をしたときから、私は“何者でもない存在”になった。
(だったら私は――剣で、存在を示すしかない)
体が覚えている父の剣。
それに、自分なりの強さと覚悟を刻みたい。
私は木刀を握り、構えを取った。
一太刀、二太刀、三太刀――
肩の力を抜いて、呼吸を合わせる。
“斬るため”じゃない。
“守るため”でもない。
私は、私の誇りのために剣を握っている。
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気づけば、影が一つ伸びていた。
振り返ると、土方が静かに立っていた。
「稽古か」
「……はい」
「よく来たな」
それだけ言うと、彼はそっと木刀を手に取った。
私の隣に立ち、無言で構えを取る。
やがて、静かに言った。
「誰かを守るために剣を振るうのは、難しいことだ」
「……はい」
「だが、自分の覚悟を示すためなら、迷いはない。お前の剣は、そういう剣だった」
「……!」
「だから、お前はここにいていい」
その言葉が、胸の奥に深く染み渡った。
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夜。
私は日記帳の隅に、こう記した。
“私は桜井隼人として、誓う。
男として、剣士として――ここで、生き抜くと”
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