第6話:あなたの剣を見せろ
隊士としての朝は、いつもより早かった。
昨夜、土方副長と“契約”を交わしてから、初めての朝。
いつもの稽古の場でも、少しだけ空気が違って感じられる。
「隼人、今日は初任務だってな」
沖田がにこにこと笑いながら声をかけてくる。
「副長直々の推薦らしいぞ? よかったな!」
「……はい。ありがとうございます」
本当は、胃が痛くなるくらい緊張していた。
でも、逃げるつもりはない。
“隊士”として、この場に立つと決めたのだから。
⸻
その日の任務は、市中の巡察だった。
壬生浪士組にとっては日常茶飯事。
けれど、私にとっては“初陣”だ。
「お前には、現場の空気を感じてもらう」
そう言った副長は、軽く地図を指差した。
「ここ数日、夜になるとこの路地で不審者の報告がある。潜伏調査だ」
「了解です」
「……何かあれば、迷うな。剣で示せ」
副長の目は、いつもどおり鋭かった。
けれどその奥に、微かに“信じている”色が見えたのは、私の錯覚だろうか。
⸻
夜。
私は、細い路地の奥に身を潜めていた。
足音ひとつにも神経を尖らせる。
剣を持っているとはいえ、私はまだ“隊士になったばかり”の存在だ。
相手がどんな手を使ってくるか、わからない。
(でも、やるしかない)
何かの気配を感じたのは、そのときだった。
――カツン。
石畳に響く、乾いた足音。
ゆっくりと、確かに、こっちへ向かってきている。
暗がりの奥から現れたのは、ひとりの男。
顔は布で隠されていたが、手に握られた短刀が月に光る。
(武器持ち……!)
咄嗟に抜刀し、構えを取る。
「そこまでです。壬生浪士組です」
男は立ち止まり、しばし沈黙。
そして――いきなり駆け出してきた。
「くっ!」
一撃目を受け流し、刀の背で手元を打つ。
短刀が落ちた。だが男は体当たりの勢いで迫ってくる。
「甘いぞ小僧ォ!」
私の小柄な体は、簡単に地面に叩きつけられた。
息が詰まる。視界が揺れる。
だが、その瞬間――
「下がれ!」
その声とともに、何かが駆け抜けた。
視界に映ったのは、白い羽織と鋭い斬閃。
――副長だ。
男は一太刀で倒された。
倒れ伏したままの私に、土方が鋭い視線を向ける。
「なぜ斬らなかった」
「……!」
「腕を打つだけでは止まらん。死ぬぞ、お前が」
「でも……殺すことは……」
「甘い」
土方はそう言い放ち、刀を鞘に収めた。
「“剣を取る”とはそういうことだ。お前は正義の使者じゃない。命を守るための剣士だ」
「……はい」
悔しかった。
斬れなかったことも、副長に助けられたことも。
でも何より、自分が“覚悟”を持ちきれていなかったことが。
⸻
その夜、屯所に戻ると、部屋の前に一本の木刀が立てかけられていた。
白い布が巻かれ、そこには一言だけ、筆文字が書かれていた。
「剣は、決意だ」――副長
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
作品への感想や評価、お気に入り登録をしていただけると、とても励みになります。
作者にとって、皆さまの声や応援が一番の力になります。
「面白かった!」「続きが気になる!」など、ちょっとした一言でも大歓迎です。
気軽にコメントいただけると嬉しいです!
今後も楽しんでいただけるように執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。