第5話:副長の目が怖いんです
気づいていた。
土方副長の視線が、ここ数日で確実に変わったことに。
観察から――疑念へ。
疑念から――確信へ。
そして今夜、その“答え合わせ”が始まろうとしていた。
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夜の屯所は、いつになく静かだった。
訓練場の砂地に、月光が淡く差し込んでいる。
そんな中、私はひとり呼び出された。
静寂の中に立つ、黒い影。
副長――土方歳三が、そこにいた。
「来たか、桜井隼人」
「……はい」
「ひとつ、確かめたいことがある」
その目には、一切の感情がなかった。
だがその分、言葉の重みが鋭く響いた。
土方は無言のまま、腰の刀を抜いた。
月光を受け、鋭く光る白刃が現れる。
そして――“キン”という澄んだ音を立てて、刃を地面に突き立てた。
「取れ」
たった一言。
けれど、そこに“逃げ道”はなかった。
私は、震える指で刀に手をかける。
帯をほどき、鞘から刃を抜いた。
――真剣の重みが、掌に伝わってくる。
「ここで確かめる。お前が何者なのか」
言葉と同時に、土方の眼が変わった。
“試す”ではない。“斬る覚悟”の目だった。
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一合目、風を裂いた。
二合目、火花が散った。
真剣と真剣が交わるたび、緊張が肌を裂く。
土方の剣は、まるで“問い”だった。
一撃ごとに問われる。
「なぜここにいる」「何を隠している」「剣の意味を知っているか」と。
私は、それに答えるように剣を振るった。
(負けたくない……!)
女だから、ではない。
私は、“桜井隼人”として、この場に立っている。
剣でしか示せない覚悟が、私の中にあった。
⸻
五合目、土方が刀をぴたりと止めた。
静寂が戻り、息づかいだけが夜に残った。
「やはり、お前は“女”だな」
――その言葉は、まっすぐに突き刺さった。
「構えが丁寧すぎる。力の入り方も違う。……何より、お前の目は“隠す者の目”をしている」
「……」
「だが――」
土方はゆっくりと刀を納めた。
そして、こちらを真っ直ぐに見据えたまま、言った。
「その剣には、嘘がない」
胸の奥で、何かがほどける音がした。
「お前が何者であろうと、今の剣に“命”があるのは確かだ」
土方は背を向け、砂を踏みしめながら数歩進む。
「正体を口外する気はない。だが、それは“俺とお前の契約”だ」
「契約……」
「“男としてここに立ち続ける”覚悟があるなら、俺はお前を隊士として扱う。それが条件だ」
私は息を整え、まっすぐに答えた。
「はい……覚悟はできています」
「ひとつだけ、教えてくれ。なぜ、男を装ってまでこの場所に来た?」
私は迷った。けれど、偽ることはしなかった。
「――私は、父の仇を探しています」
「かつて冤罪で処刑されました。でも、私は信じています。あの死には、裏があります」
土方は、しばし黙っていた。
その顔には、変わらぬ無表情。
けれど目の奥に、確かに“何か”があった。
「ならば、その目的のために強くなれ」
「“桜井隼人”として、生き抜け」
「……はい」
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その夜、私は初めて――
誰かに“自分”を知ってもらえた気がした。
女としてでもなく、隊士としてでもなく。
“剣士”として、認められた瞬間だった。
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