第4話:剣の間合いが違う
朝の稽古。
今日も私は、男たちに混じって汗を流していた。
構えを崩さず、声を低く、動きを荒々しく。
“女らしさ”は一切排除。
この空間でただの一度でも油断すれば、私の正体は簡単に露見してしまう。
それでも、剣を握ると心が落ち着く。
この“感覚”だけは、誰にも負けたくない。
⸻
「隼人、いくよー!」
掛け声とともに、沖田が木刀を構えて飛び込んでくる。
華奢な身体に見合わぬ踏み込みの速さ。
だが私は、その間合いを正確に読み、すっと受け流した。
「おっ、今の見切ったね。やるじゃん!」
「ありがとうございます」
思わず微笑んでしまう。
(まずい、笑顔は抑えなきゃ……)
「隼人、いい剣してるじゃねえか」
永倉がうんうんと頷きながら隣に立つ。
「動きにムダがねえ。たぶん、よく鍛えてるな」
「……はい。独学ですが、少しだけ」
「それでこの型かよ。すげぇな。お前、戦えるぞ」
褒められるのは素直にうれしい。
けれど、それと同時に背筋がひやりとする。
――褒め言葉と一緒に、もうひとつの“視線”を感じていた。
⸻
「稽古、止めろ」
ぴしゃりと響いた声に、一斉に動きが止まる。
土方歳三が、腕を組んで稽古場の隅に立っていた。
「全体、整列。ひとつ、確認しておく」
私の背中が、ぴたりと固まる。
土方は無言で歩み寄り、稽古を見渡すように一人ひとりを見ていく。
そして、私の前でぴたりと足を止めた。
「……お前、桜井隼人だったな」
「は、はい」
「構えは正確。反応も悪くない。だが――間合いが妙だ」
――鼓動が跳ねる。
「他の誰とも違う間合いを取る。距離が半歩、狭い。切っ先の角度が浅い」
「……」
「それに、腰の回転。上体が浮かない。型は完成されている。だが……違和感がある」
それは、“女の剣”だ――
そう言われたような気がして、私は喉が渇いた。
「お前の剣は、どこで学んだ」
「……独学です」
「誰か、手本にした剣士は?」
「……亡き父が、昔剣を振っていたと聞きました。その姿を思い出して、真似ていただけです」
「そうか」
土方は、静かにその場を離れた。
けれど最後に、こう言った。
「剣は“本能”が出る。誤魔化すには限界がある。忘れるな」
⸻
稽古後、私はひとり縁側に座って、木刀を磨いていた。
土方の言葉が、脳裏を離れない。
(……間合い、見抜かれてた)
父の剣は、女向けのものではなかった。
けれど私の身体は、どうしても“男の動き”にはなりきれない。
足幅、重心、骨格。
その違いを“勘の鋭い人間”には、きっと感じ取られてしまう。
その“最たる人間”が、よりによって副長――土方歳三なのだ。
⸻
「隼人、いたいた!」
沖田が縁側に腰を下ろし、私の横に並んだ。
「さっきの、びっくりしたよなぁ。副長って、目が怖いっていうか、目で斬るよね」
「はい……正直、怖かったです」
「でもあれ、褒めてるんだよ。副長なりに」
「え……?」
「“違和感がある”ってことは、“注目してる”ってことでもある。何も思ってなければ、わざわざ言わないし、見もしないよ」
「そう……なんですか」
「うん。あれでも副長、ちゃんと見てるんだ。全部」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
(怖い人、だけじゃないのかもしれない)
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その日の夜、私の寝床の隅に、誰かがそっと木刀を置いていった。
巻かれた紙に、ひと言だけ、こう書かれていた。
「腰が甘い。これで矯正しろ」――副長
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